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文献詳細

雑誌文献

臨床皮膚科27巻8号

1973年08月発行

文献概要

連載 皮膚科学に貢献した医学者たち・6

穿孔症

著者: 高橋吉定

所属機関:

ページ範囲:P.722 - P.725

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1.初めて記載した学者
 ネラトンの名は,わが国においてはネラトン・カテーテルがよく使われるので,医家一般の熟知するところである.しかし人の名であることはよくわかつていても,どんな人であるか,その人物についてはほとんど知る人がない.実は彼は外科医であつたのである.
 Auguste Nélatonは1807年5月7日パリで生まれた.彼の父は軍医であつたが,ナポレオンのロシア遠征に従軍して戦死した.初期の教育を終了したのち,ネラトンはブルボン大学(Collège Bourbon)に入学し,主としてアシル・ルカン(AchilleRequin)の指導を受けた.ルカンはのちにパリ医界において有名になつた人である.ルカンは当時まだ医学生であつたが,その影響を受けてネラトンも医学の勉学に専念した.ネラトンの生涯の活動を特徴づけたと同じの,目的に対するまじめな,妥協を許さない着実さをももつて医学に自分自身を打ち込んだ.そしてまもなくわかつてきたことは,彼は生まれつき外科に対する才幹を持つていることであつた.当時の若い外科志望者の誰しもが将来の目標としていたのは偉大なジュピュイトラン(Dupuytren)であつたので,ネラトンもそのインターンになる申請を何回も行なつたが,許可がおりなかつた.1835年にやつとその希望がかなつたものの,彼が実際の教示を受ける前に,この偉大な師匠は死亡してしまつた.しかし1年後にネラトンは骨結核に関して"Sur l'affectiontuberculeuse des os"というドクトル論文を提出した.

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1324

印刷版ISSN:0021-4973

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