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雑誌目次

雑誌文献

臨床皮膚科32巻9号

1978年09月発行

雑誌目次

図譜・431

Hidradenoma Papilliferum

著者: 森下玲子

ページ範囲:P.702 - P.703

患者 48歳,主婦
初診 昭和51年10月2日

原著

Angioleiomyoma—特にその発達機転に関する知見補遺

著者: 石橋康正 ,   都留紀子 ,   井上由紀子

ページ範囲:P.705 - P.709

 Angioleiomyomaは稀ならず遭遇する皮内,皮下の良性腫瘍であるが,多くは下肢に見られ,有痛性であるのを特長とする.
 著者は最近46歳,女子の顔面,鼻根部に拇指頭大の無自覚性腫瘤として現れた,比較的珍らしい症例を経験したので報告した.
 なお,その腫瘤は組織学的に多数の血管腔を形成し,一見海綿状血管腫を思わせる所見を示した.それらの組織像に基いて,angioleiomyomaの本体及びその発達機転につき考察した.

Multiple Glomus Tumorsの超微構造

著者: 玉置邦彦 ,   日野治子 ,   石橋康正

ページ範囲:P.711 - P.715

 Multiple Glomus TumorsのGlomus Cellについて電顕的に観察した.透過電顕所見では基底膜,細線維状構造,Pinocytotic Vesicles, Dense Bodyなどが認められ,平滑筋細胞ときわめて近い構造をもつものであると考えた.走査電顕での管腔内面の所見では,内皮細胞,Glomus Cellより成ると思われる敷石状ないしドーム状の突出物を認めた.

Apocrine Spiradenoma

著者: 白井利彦 ,   飯岡昭子 ,   北村弥 ,   兵行和 ,   星谷勤

ページ範囲:P.717 - P.725

 66歳,女子の右耳介に生じた,大豆大の腫瘤を光顕的,電顕的に検索した.病理組織像は腫瘍の中央部では腫瘍細胞はほぼ円形の核をもつ小型の細胞の集団からなり,ところどころ,裂隙状に管腔形成をなしている,間質には一見,泡沫細胞様の明るい細胞が密に浸潤するほか,コレステロール様針状結晶が多数,存在している部分がある.腫瘤の辺縁部では管腔形成のはっきりした胞巣がみられ,その一部の胞巣には大型の明るい細胞が存在し,時に管腔を塞ぐように位置している.この細胞は上記の間質の細胞と同じ染色態度(ジアスタービ抵抗性PAS陽性など)を示す.電顕的には多数の大きさ,形の多様な顆粒を有し,貪喰細胞と思われる.電顕的には腫瘍細胞巣は管腔形成の傾向をみせるlysosomeと考えられる大型の顆粒を多数有する細胞と基底細胞様細胞からなり,一部に筋上皮細胞と同定される細胞を認めたので本腫瘍をアポクリン汗腺分泌部に起源を有する腫瘍,すなわちApocrine spiradenomaと考えた.

Trichofolliculomaの1例

著者: 佐藤昭彦 ,   山内晳

ページ範囲:P.727 - P.730

 24歳,女子の鼻端に単発したtrichofolliculomaを報告したが,この腫瘍は中心部の生検後に自然に消褪した.

神経鞘腫の3例

著者: 田代正昭 ,   児浦純義 ,   大畑宜久 ,   寺崎健 ,   森下玲子

ページ範囲:P.731 - P.735

 神経鞘腫の3例を報告した.単発型2例,多発型1例であった.単発型の1例は67歳,家婦の側腹部に有茎性腫瘤として発生した症例であり,他の1例は,21歳,女性の被髪頭部に2個連続してみられた症例であった.多発型は,11歳,男子.全身に11個をかぞえる腫瘤がみられた症例である.多発型神経鞘腫について,レックリングハウゼン氏病との関係について考えを述べた.

陰茎に生じたKeratoacanthomaと考えられる1例

著者: 大塚藤男

ページ範囲:P.739 - P.743

 37歳,男.陰茎冠状溝近傍に22×18×7mm大,中心陥凹性,半球状に隆起する弾性硬の角化性腫瘤がやや急速に出現,増大した.試切にてkeratoacanthomaと診断し,単純切除した.keratoacanthomaが陰茎に発生することはきわめて稀である.また本症例では腫瘤周囲の一部にsquamous cell carcinomaを思わせるびらんがある.これらの点を考慮し,両者の鑑別ないし関連につき若干の検討を行った.

若年性黒色腫の2例

著者: 野口知子 ,   高橋正昭 ,   清寺真

ページ範囲:P.745 - P.752

 30歳女子の左足底,32歳女子の右下腿内側に発症した若年性黒色腫の2例を報告した.組織学的に,2例とも著明な線維増殖を伴い,腫瘍細胞は線維間に浸潤しているかの如き像を呈した.さらに,本邦における16歳以上の本症23例について統計的考察を加えた.

原発性皮膚形質細胞腫の1例

著者: 滝野長平 ,   吉田正巳

ページ範囲:P.755 - P.759

 71歳,女性.主訴は約2年を経過する右肩胛部の爪甲大および豌豆大の2結節.いずれも一見毛細血管拡張性肉芽腫様外観を呈した.組織学的には主病変は真皮上層より中層を占める稠密な細胞浸潤で,浸潤細胞のほとんどは形質細胞と同時に存在する細網ないし組織球様細胞との移行型と思われる細胞で,分裂像も散見された.また形質細胞には細胞や核のかなりの大小不同や多核のものもみられた.病巣内の間質はわずかで,血管形成も目立たなかった.一般検査ならびに骨のX線検査では多発性骨髄腫を思わせる所見なく,切除後3年7カ月を経る現在再発なく健康である.本例の位置づけとして形質細胞肉芽腫・cutaneo—us lymphoplasia (plasma cell type)およびいわゆる皮膚の随外性形質細胞腫に含まれるものなどとの関連について文献的に検討し,原発性皮膚形質細胞腫の範疇に入るもので,また結節は2個ではあるが多発型よりむしろ単発型に近い性格のものと考えた.

外陰部および腟に発生したPSM melanomaの2例

著者: 加藤泰三 ,   棚橋善郎 ,   佐藤昭彦 ,   高橋正昭 ,   清寺真 ,   藤山忠昭

ページ範囲:P.761 - P.767

 56歳,および73歳の女性外陰・腟部の悪性黒色腫を報告する.第1例はLMM(lenligo maligna melanoma)としてすでに報告したものであるが,近年提唱されたPSM(palmo-plantar subungal mucousal) melanomaの概念にむしろ一致するものであり,今回改めて報告する.これら2例はきわめてよく似た生物学的態度を示した.すなわち,色素斑発現から腫瘤発現迄の期間が短かく,黒色腫の進展度が急速であり,転移を伴い,短期間で死亡した.このような性状はLMMの性状とは異なるものであり,また組織学的にSSM(superficial spreading melanoma)とも異なるものである.

Malignant Hemangiopericytoma—自験例および本邦報告例の文献的考察

著者: 杉原平樹 ,   大浦武彦 ,   小野一郎 ,   青柳俊

ページ範囲:P.769 - P.776

 28歳女性の左側頸部に発生した巨大なmalignant hemangiopericytomaの1症例を報告した.2度目の切除後,急激に増大悪化した腫瘍に対し,左radical neck dissec—tionを併用した根治的外科手術を行ない,術後3年6カ月の経過にて再発転移は認められない.さらに自験例をふくめた本邦報告101例を中心に文献的考察を加えた.本邦におけるhemangiopericytomaは皮膚および皮下組織の発生率が高く,40歳以下での発生率が60.9%と高率である.転移は31例に認められ,上肢および後腹膜原発例に転移例がきわめて多い.また6例に所属リンパ節転移をみている.本腫瘍の治療は健常組織をふくめた局所広範囲切除が第一撰択であり,場合により所属リンパ節にたいする外科手術を考慮すべきである.なお生下時発生の本腫瘍は放射線感受性が比較的高いと思われる.

脂肪肉腫の1例

著者: 菊池禮子 ,   小宮勉

ページ範囲:P.777 - P.783

 皮膚科領域では稀とされる70歳男の脂肪肉腫の1例を報告した.本例は病理組織学的に,Enterlineらの分類上poorly differentiated myxoid typeに相当すると考えた.その腫瘍巣内に散見された奇妙な形を呈する大型細胞には電顕的に小脂肪滴,ribosomeに囲繞されたvacuole,顆粒状内容を有する封入体などがみられた.なお,内外の報告について文献的考察を加えた.

魚鱗癬様皮膚を呈した悪性細網症

著者: 上村仁夫 ,   長谷川正次 ,   増沢幹男 ,   竹崎伸一郎 ,   斉藤隆三 ,   堀嘉昭

ページ範囲:P.785 - P.791

1)41歳男子教員の右上腕伸側に多型皮膚萎縮.両下腿伸側及び屈側に魚鱗癬様変化をみた悪性細網症について症例報告した.
2)同症例の下腿の魚鱗癬様皮膚の成因は,腫瘍細胞の汗腺への浸潤に基づく汗分泌減少と関係があると思われる.
3)後天性魚鱗癬症と悪性腫瘍の関係について文献的に考察した.

印象記

第39回米国皮膚科研究学会(SID)年次総会に参加して

著者: 西川武二

ページ範囲:P.792 - P.793

 第39回米国皮膚科研究学会(The Society for Investigative Dermatology,Inc. 以下SIDと略す)総会は昭和53年5月1日より3日間,サンフランシスコ市のSt. Francis Hotelで行われた.筆者にとってはじめての米国での学会について感じたこと,また知り得たことをここに記してみたい.
 学会場はDown townの中心,ユニオン広場に面するSt. Francis Hotel内のいくつかのホールで,ずっしりとした格調高いホテル内に厚いカーペットが敷かれ,きわめて豪壮な感じであった.学会は皮膚科領域の基礎および臨床に関する研究学会で,従って演題は最近の傾向を反映し,免疫・光生物学・組織培養等に関するものが多く,また,学会初日(P.M. 7:30-9:00〜10:00迄)のワークショップ,2日目朝のResident-Fellow Forum(若手向けのシンポジウム,A.M. 7:30-9:45),特別講演も免疫学,遺伝学等に関するものであった(表).学会は2日目10:00より会長のDr. KligmanがPresidential Addressとして"Cutaneous Toxicology:New Adventures,New Responsibility"なる講演をきわめてinformalなかたちで,短時間,スライドも全然つかわずに行ない,ついでRothman賞受賞者のDr. Odlandを電子顕微鏡を皮膚に応用した開拓者として紹介した.Dr. Odlandはいつもと変らない静かな微笑を浮べながら,メインホールを埋めた約300人の会員に向って短かいスピーチを行ない,そのまますぐに彼自身を座長として一般演題がはじめられた.各演題はスライド1面,12分の制限時間で討論3分という規定であったが,演題の多くは討論者が多すぎて,座長から「Last question!」の声がかかる程,活気に満ちていた.今回は98題の応募演題のうち,一般演題に30題,ポスターセッション34題が選択された.採択に当っては,プログラム委員であるDrs. Baden(MGH/Boston),Pinnel(Duke/Durham),Katz(NIH/Bethesda)が中心となり,特別講演者,ワークショップ等も彼らの意見が大きく反映したとのことである.

第77回日本皮膚科学会総会に参加して

著者: 溝口昌子

ページ範囲:P.794 - P.796

 第77回日本皮膚科学会総会および学術大会は5月19日より21日までの3日間,清寺真東北大学教授を会頭として仙台市民会館で開催された.学会初日の午前は雨であったが,午後には天候も持ちなおし,後の2日間は晴天となり,樹々に恵まれた仙台の新緑が映えた快い学会日和であった.
 学会の会場である仙台市民会館の1階が学会受付で,2階にメインのA会場,地下1階にB会場と学術展示があり,各会場への移動には大へん便利であった.演題はA,B2会場に分かれて編成され,常に他会場での進行がスライドで示されていて,聞きたい演題に合わせて両会場を往復出来た.両会場とも階段式の座席で,前列の人の頭にさえぎられることなくスクリーンに映写されるスライドが明瞭に見え,学会の会場としては申し分がなかった.

これすぽんでんす

スモン病を合併した腸性肢端皮膚炎の長期観察例

著者: 諸橋正昭

ページ範囲:P.797 - P.797

 森嶋隆文氏らの綜説「亜鉛と皮膚疾患--腸性肢端皮膚炎を中心として--」(本誌,32(4);259,1978)を拝読した.今まで比較的注目されていなかった亜鉛が,種種の皮膚疾患と密接な関係にあり,いくつかの疾患に亜鉛の欠乏症がみられることが明らかになってきたことは興味深いことである.このなかで腸性肢端皮膚炎はもっとも注目される疾患である.本症は,肢端部,開口部の乾癬様,膿痂疹様病変,脱毛,下痢などの胃腸症状を主症状とし,乳児期とくに離乳期に多く発病し,今までキノホルムが唯一の有効な療法であった.しかし近年スモン病とキノホルムとの因果関係が医学的,社会的にとりあげられ論議されるようになり,キノホルムに代る新しい療法として亜鉛療法が試みられるようになり,本邦でも森嶋らによってすでに報告されたところである.
 筆者も,スモン病を合併した腸性肢端皮膚炎の長期観察例を経験し昨年の日本皮膚科学会総会で報告した.症例は現在22歳の男子で生後6カ月頃に発病している.昭和33年(3歳)当科を受診し,本症の診断のもとにキノホルムを投与され(500mg/日→1000mg/日),症状が寛解した(皮膚科最近の進歩,Ⅲ,276頁,昭35;皮膚臨床,5;559,昭38の症例1).以後昭和51年1月まで本剤を服用していた(維持量250mg/日).昭和48年新潟大,眼科で視神経萎縮,神経内科でスモン病の診断を受けた.キノホルムの入手が困難となり,本剤の内服を中止したところ症状が急激に増悪し,昭和51年3月当科へ入院した.入院時,血清亜鉛値(原子吸光法,37μg/dl)の低下がみられたので,亜鉛療法(400mg/日,硫酸亜鉛)を開始し,数週で皮疹の著しい改善と血清亜鉛値の上昇をみた.それ以後,現在に至るまで血清亜鉛値を参考にして,硫酸亜鉛を1日量100〜600mgをときどき投与している.この間血清亜鉛値が上昇したとき(110μg/dl以上)は休薬としている.

基本情報

臨床皮膚科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1324

印刷版ISSN 0021-4973

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