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雑誌目次

雑誌文献

臨床皮膚科64巻9号

2010年08月発行

雑誌目次

連載 Clinical Exercise・36

Q考えられる疾患は何か?

著者: 大沼すみ

ページ範囲:P.643 - P.644

症例

患 者:21歳,女性.作業療法士

主 訴:右手指,両足背,左下口唇の皮疹

既往歴:アトピー性皮膚炎,アレルギー性鼻炎,アレルギー性結膜炎.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:初診6か月前,右手指,両足背,左口唇に痛かゆい皮疹が出現した.同時に両眼瞼の腫脹,鼻粘膜の違和感,口蓋粘膜の違和感,外陰部のそう痒も伴っていた.某病院を受診し,ステロイド内服にて皮疹は軽快した.初診前日,前回と同部位に同様の皮疹と症状が出現したため,当科を初診した.

現 症:初診時は右手指,両足背,左下口唇~オトガイ部に大豆大~鶏卵大の浸潤を伴った紅斑が認められた(図1a,b).初診約1週間後に再診したときには,紅斑はすべて消退し,褐色の色素沈着となっていた.

症例報告

若年発症の落葉状天疱瘡の2例

著者: 江川貞恵 ,   大谷朋之 ,   菊地克子 ,   奥山隆平 ,   相場節也

ページ範囲:P.646 - P.649

要約 症例1:17歳,男性.2008年秋頃より体幹に皮疹が出現し,拡大したため,当科を受診した.ほぼ全身にびらんや鱗屑を伴う紅斑を多数認めた.病理組織所見と蛍光抗体間接法の結果,および抗デスモグレイン(Dsg)1抗体が1,788であったことより,落葉状天疱瘡(PF)と診断した.プレドニゾロン(PSL)40mg/日(0.63mg/kg/日)内服を開始し,皮疹の著明な軽快がみられた.症例2:16歳,女性.2005年8月頃より頭部,体幹,四肢に水疱やびらんを伴う紅斑が出現し,近医皮膚科で生検と蛍光抗体直接法を施行され,PFと診断された.PSL40mg/日(0.66mg/kg/日)の内服を開始され,効果が不十分であったため,ステロイドパルス療法を施行されたが,皮疹の改善傾向に乏しく,当科を紹介された.当科初診時の抗Dsg1抗体は1,760であった.PSL40mg/日(0.66mg/kg/日)とシクロスポリン(CyA)200mg/日(3.3mg/kg/日)の内服を開始し,皮疹が著明に軽快した.

塗装従事者に生じた砒素性とみられる多発性Bowen病の1例

著者: 小池佑美 ,   並河弘美 ,   大江有希 ,   小関邦彦 ,   嶋岡弥生 ,   鈴木利宏 ,   濱崎洋一郎 ,   籏持淳 ,   山﨑雙次 ,   天谷博 ,   古城八寿子

ページ範囲:P.651 - P.654

要約 61歳,男性.塗装業.5年前より体幹,四肢に散在する褐色斑と両掌蹠に点状角化性局面が出現し,徐々に増加し,当科を受診した.約15年前までの25年間,年に2~3回木材の防腐剤を使用する塗装業に従事していた.手指背の病理組織所見は,過角化,錯角化を認め,表皮細胞には核の大小不同,個細胞角化を認め,clumping cellが散見された.足底の点状角化性局面の病理組織所見は,過角化を認めるのみで表皮細胞に異型性は認めなかった.体幹,四肢の計14病変を切除し,いずれもBowen病であった.木材の防腐剤を使用していた経緯より慢性砒素中毒による多発性Bowen病と診断した.

多血小板血漿療法が有効であった難治性皮膚潰瘍

著者: 高橋綾 ,   横川真紀 ,   池田光徳 ,   佐野栄紀

ページ範囲:P.655 - P.658

要約 症例1:72歳,女性.うっ滞性皮膚炎のため,左下腿に潰瘍を生じた.症例2:78歳,女性.Sjögren症候群を合併した限局性結節性アミロイドーシスと診断されており,両下腿の結節が自壊後,潰瘍となることを繰り返していた.症例3:60歳,女性.限局型全身性強皮症と診断されており,左1趾腹に潰瘍を生じた.いずれも治癒が遷延している潰瘍であったが,多血小板血漿(platelet rich plasma:PRP)を外用し,2例で有効であった.各患者の末梢血およびPRP中の血小板数と成長因子を測定したところ,無効であった1例は,有効であった2例に比べて,末梢血中の血小板数が少なく,PRP 中の成長因子も低値であった.

膵癌を伴った皮下結節性脂肪壊死症の1例

著者: 青島正浩 ,   津嶋友央

ページ範囲:P.659 - P.662

要約 75歳,男性.初診の約1か月前より両下肢に自発痛,圧痛を伴う表面紅褐色の皮下結節が多発した.結節は硬く球状に触れ,可動性は良好であった.組織学的にはghost-like fat cellを認め,皮下結節性脂肪壊死症と診断した.腹部症状はなくアミラーゼの上昇も軽度であったが,膵疾患の存在を考え精査した.その結果,リパーゼ,トリプシンなどの膵酵素値が著明に上昇しており,CTにて膵体尾部に膵癌が確認された.外科的治療の適応はなく保存的に治療したが,皮疹出現から3か月の経過で死亡した.本症は内臓疾患を発見しうる皮膚疾患の1つである.特徴的な臨床像,組織像を示せば,膵疾患について精査すべきである.

神経線維腫症1型患児に生じたfibrous hamartoma of infancyの1例

著者: 高山有由美 ,   小林里実 ,   江崎奈緒子 ,   藍原康雄 ,   斎藤加代子

ページ範囲:P.663 - P.667

要約 10か月,男児.生下時より全身に大小の褐色斑が多発し,神経線維腫症1型として精査中であった.1週間前,左乳房下方の皮下結節に気づいた.結節は弾性硬で小豆大に触れ,下床との可動性は良好であった.局所麻酔下に全摘した.病理組織像は皮下組織に交錯する線維性組織,好塩基性の細胞質を有する未分化間葉系細胞の集塊,成熟脂肪細胞の3成分で構成されていた.線維性組織をなす線維芽細胞様細胞,未分化間葉系細胞はビメンチン陽性で,デスミン,α-smooth muscle actinは陰性であった.未分化間葉系細胞に混在する印環状あるいは胞体に小空胞を有する細胞はS100蛋白陽性を呈し,脂肪細胞への分化と考えた.本症は急速に増大する単発性の皮下腫瘤として発見され,自然消退しない.特に神経線維腫症1型患児に生じた場合,神経線維腫や他の間葉系腫瘍との鑑別を要する.

著明な浮腫により膠原線維間に裂隙が生じ,水疱様外観を呈した石灰化上皮腫の1例

著者: 中野倫代 ,   若林正一郎 ,   末廣敬祐 ,   外川八英 ,   鎌田憲明 ,   神戸直智 ,   松江弘之

ページ範囲:P.669 - P.672

要約 18歳,女性.初診の3か月前より左上腕外側に皮下結節を自覚した.2か月前より表面が紅色調となり,水疱様外観を呈した.単純X線で皮下に石灰化像,超音波検査で後方エコーの消失を認め,石灰化上皮腫を疑い全摘術を施行した.病理組織検査にて,皮下の腫瘍はbasophilic cellとshadow cellより構成される石灰化上皮腫であり,腫瘍直上の真皮には著明な浮腫と拡張した管腔構造を認めた.水疱様外観を呈する機序として,外的刺激によりリンパ管の狭窄や閉塞が起こり,それによりリンパ管の拡張や真皮の浮腫が生じるためとされてきた.しかし,自験例では管腔構造は,第Ⅷ因子関連抗原陰性に加え,リンパ管内皮と反応する抗D2-40抗体陰性であり,管腔様構造を呈した変化は,著明な浮腫により膠原線維間に裂隙が生じたものと推測した.

Hidroacanthoma simplexの1例―ダーモスコピー所見を加えて

著者: 石川明子 ,   大松華子 ,   大西誉光 ,   渡辺晋一

ページ範囲:P.673 - P.675

要約 74歳,女性.右下腿に径14×15mm大の軽度角化を伴う扁平隆起性の淡紅色局面がある.ダーモスコピーで乳白色から褐色調の背景をベースに大小の血疱様の房状構造がみられ,lacunas様を呈していた.病理組織像では肥厚した表皮内に,類円形でクロマチンに富んだ小型の細胞より構成された大小さまざまな胞巣を多数認め,胞巣内の一部に管腔構造を含んでいた.腫瘍細胞の一部に軽度の異型性があり,clumping cell様の多核細胞も少数散見された.異型細胞はごく一部のみで,Bowen病変化を伴ったhidroacanthoma simplexと診断した.また,当科のhidroacanthoma simplex,エクリン汗孔腫,Bowen病のダーモスコピー施行例を集計し,血管所見を比較した.

Folliculosebaceous cystic hamartomaの1例

著者: 平井亜衣子 ,   盛山恵理 ,   福山國太郎

ページ範囲:P.677 - P.680

要約 38歳,女性.十数年前より前額部に結節を自覚し,近医で粉瘤として経過観察されていた.当院でも粉瘤を疑い切除したところ,特徴的な病理組織像を認め,folliculosebaceous cystic hamartomaと診断した.本腫瘍は毛包脂腺系への分化を示す過誤腫として,1991年にKimuraらにより提唱された疾患概念であり,中高年者の頭部や顔面に多いとされている.今回,本邦において報告された症例のまとめを行ったところ,中高年の脂漏部位に多くみられる傾向があった.そのため,脂腺の密度や年齢による発達などが本腫瘍の発生に関与していると考えた.

臍部に生じた基底細胞癌の1例

著者: 二階堂(豊野)まり子 ,   紺野隆之 ,   門馬文子 ,   吉澤順子 ,   大浪宏介 ,   橘知睦 ,   鈴木民夫

ページ範囲:P.681 - P.683

要約 74歳,男性.認知症の既往あり.初診の2週間前に臍部の皮膚腫瘍に気づいた.径8mmの比較的境界明瞭な辺縁黒色調の広基性結節あり,一部潰瘍を形成し,易出血性であった.悪性黒色腫も疑い,全摘生検を施行した.病理組織像では,好塩基性のbasaloid cellの胞巣があり,辺縁は柵状に配列していた.臍部の基底細胞癌はきわめて稀である.当施設における170例の基底細胞癌の部位別頻度を集計したところ,臍部に生じた例は今回が初めてであった.

鼻尖部に生じた低色素性基底細胞癌の1例

著者: 山口祐子 ,   田中隆光 ,   後藤恵子 ,   石川武子 ,   大西誉光 ,   渡辺晋一 ,   帆足俊彦

ページ範囲:P.684 - P.686

要約 61歳,男性.約4年前から鼻尖部に自覚症状のない小豆大の扁平隆起性の皮疹が出現し,徐々に増大した.現症は14.8×14.4mm大のドーム状の淡紅色結節であった.表面は軽度角化性で,拡張した血管が透見され,半米粒大の黒褐色斑を十数個混じていた.ダーモスコピーでは樹枝状の血管拡張を認めた.3mmマージンで軟骨直上で切除した.組織像は表皮と連続して真皮全層に不規則形の充実性胞巣と一部はレース状の胞巣がみられ,腫瘍胞巣は基底細胞様細胞で構成され,辺縁では柵状に配列していた.

所属リンパ節に転移した隆起性皮膚線維肉腫の1例

著者: 山田元人 ,   鈴木教之 ,   稲坂優 ,   有本理恵

ページ範囲:P.687 - P.690

要約 25歳,男性.初診4か月前より左鼠径部に急速に増大する腫瘤を主訴に当科を受診した.初診時左鼠径部に手拳大の腫瘤を認め,拇指頭大のリンパ節腫脹を伴っていた.初診時の生検で隆起性皮膚線維肉腫と診断した.2009年3月,切除術を行った.皮膚病理組織では,storiform patternを示し,特殊染色でCD34が陽性かつKi-67が陰性の部分と,強い細胞異型があり,CD34が陰性かつKi-67が陽性の部分とに比較的明瞭に分かれた.また,転移リンパ節はstoriform patternを示し,CD34とKi-67がともに陽性であった.隆起性皮膚線維肉腫がリンパ節転移をきたすことはきわめて稀である.

AIDS関連Kaposi肉腫の1例

著者: 鈴木俊彦 ,   種瀬啓士 ,   若林亜希子 ,   宮川俊一 ,   艫居祐輔

ページ範囲:P.691 - P.695

要約 64歳,男性.全身倦怠感,胸痛および頭痛の主訴で2009年3月,当院内科に入院した.入院前より,四肢に点在する紫褐色斑,結節を認めていた.病理組織学的に,病変部に一致して紡錘型細胞が密に不規則平行に増生し,vascular slitsを形成していた.血液検査で,リンパ球372/μl,CD4陽性T細胞8/μl,抗HIV抗体陽性であった.以上より,本症例をAIDS関連Kaposi肉腫と診断した.入院時より,緑膿菌敗血症,サイトメガロウイルス感染症,カリニ肺炎を併発し,各種抗生剤および抗ウイルス薬にて加療するも軽快がみられず,同年9月,永眠した.本邦におけるAIDS関連Kaposi肉腫の報告例は,過去25年間で増加傾向にある.HIV患者が増加している今日,紫褐色局面をみた場合,本疾患を考える必要がある.

手指および口唇,口腔内に丘疹を生じた菊池病の1例

著者: 板谷利 ,   笠井麻希 ,   村田純子 ,   加藤直子

ページ範囲:P.696 - P.699

要約 27歳,女性.既往歴に外陰部の再発性単純性疱疹を有する.初診の1年前から反復する頸部リンパ節腫脹を自覚していた.初診の1週間前から左手示指に紅色の有痛性丘疹が出現した.その後,37.9℃の発熱を伴う右頸部リンパ節腫脹と,口唇および口腔内に丘疹とびらんが出現した.さらに外陰部に単純性疱疹が再発した.頸部リンパ節の病理所見では核崩壊像を伴う細胞の壊死と,これらを貪食する組織球の浸潤を認め,菊池病と診断した.手指の丘疹は表皮細胞の個細胞壊死と基底層の液状変性,真皮の血管周囲に組織球の中程度の混在を伴うリンパ球を主体とする炎症性細胞浸潤を示し,菊池病の特異疹と判断した.口唇および口腔内の丘疹,および小びらんは菊池病の約10%程度に出現する口腔粘膜疹と考えられた.菊池病の原因としてヘルペスウイルス群の関与が推察されているが,自験例では血清抗体,DNA検索とも否定的な結果を得た.

免疫低下患者に生じた原発性皮膚ノカルジア症

著者: 内藤洋子 ,   大野貴司 ,   岩月啓氏

ページ範囲:P.700 - P.703

要約 症例1:67歳,女性.関節リウマチに対しメトトレキサート,プレドニゾロン内服中.鼻背部に誘因なく出現した結節部からNocardia brasiliensisを同定した.塩酸ミノサイクリン内服にて治癒した.症例2:70歳,男性.皮膚型結節性動脈周囲炎で,過去にステロイドパルス療法,アザチオプリン投与,シクロホスファミドパルス療法を受けている.ベタメタゾン1.5mg内服中に,転倒し右手指,右下腿に擦過傷を負った.約2か月後右手指より排膿があり,右前腕に紅色皮下硬結を認めた.Nocardia asteroidesを同定し,ST合剤を約6か月内服し略治した.いずれの症例も免疫低下の既往が背景にあった.

急性骨髄性白血病患者に発症した播種性Fusarium感染症の1例

著者: 中野由美子 ,   村田久仁男 ,   杉森尚美 ,   増田信二 ,   河崎昌子 ,   宇田川俊一

ページ範囲:P.704 - P.708

要約 70歳,女性.急性骨髄性白血病再発に対する化学療法の3週間後から頭部・体幹・四肢に中心壊死を伴う有痛性紅色結節が多発した.病理組織で真皮から皮下脂肪組織に菌糸を含む膿瘍があった.培養でFusarium solaniが分離された.血液培養で細菌・真菌ともに陰性であった.肺の多発性結節,真菌性眼内炎を合併した.ボリコナゾール投与で皮疹は消退したが,突然の脾臓出血のため死亡した.剖検では腎臓,肺,心臓,横隔膜,脾臓,左眼球などに肉芽腫性膿瘍が認められた.

ウイルス関連血球貪食症候群(VAHS)を合併したと考えられた重症水痘の1例

著者: 川端栄理子 ,   浦川佳子 ,   日高良子 ,   磯田憲一 ,   黒川一郎 ,   水谷仁

ページ範囲:P.709 - P.712

要約 47歳,女性.悪性黒色腫(stageⅢc)に対する化学療法後3日目に水痘を発症した.γグロブリンとアシクロビルを投与したが,発熱と腹痛が続き,症状は悪化した.意識障害,劇症肝炎および播種性血管内凝固を生じた.血漿交換と血液濾過透析を行い循環動態は改善したが,進行性の汎血球減少が出現したため,ウイルス関連血球貪食症候群の合併を疑い,ステロイド療法を開始した.ステロイドパルス,内服療法を行い,抗凝固療法や輸血療法を併せて行うことにより,症状は軽快した.水痘は免疫機能低下症例においては,合併症を伴い,重症化するケースがあり,注意が必要である.

治療

ヒアルロン酸注入が有効であった進行性顔面片側萎縮症の1例

著者: 松尾光馬 ,   伊東秀記 ,   高見洋 ,   中川秀己

ページ範囲:P.713 - P.717

要約 34歳,男性.初診の9年ほど前から右頬部に陥凹が出現した.他の部位には同様の所見を認めず,口蓋,舌の萎縮もない.病理組織学的には,真皮浅層から中層の血管周囲性にリンパ球中心の細胞浸潤を認めた.MRI所見では陥凹部に一致して軟部組織の容積が減少していたが,脳,骨などの器質的変化はみられなかった.以上より,進行性顔面片側萎縮症と診断した.患者が形成外科的な治療を希望しなかったため同部にヒアルロン酸(レスチレイン®)2mlを注入した.施術直後から整容的な面で満足が得られ,3か月が経過しても効果は持続していた.ヒアルロン酸を用いたfillerによる治療は,ダウンタイムがなく効果的であり,今後,軽症,中等症の進行性顔面片側萎縮症においては考慮すべきと考えた.

書評

─監修:塩原哲夫─皮膚科の似たもの同士―目でみる鑑別診断

著者: 宮地良樹

ページ範囲:P.718 - P.718

 皮膚科医の臨床診断は「肉眼で見る画像診断」である.皮膚症状を一瞥して,瞬時に発疹の性状をパターン認識し,いくつかの鑑別診断をあげる手法であり,画像診断医がX線写真やCTを読影したり,病理診断医が病理組織を読み解いたりするのと同じである.実際の診療現場では発疹に触れることができるので,色調,浸潤の有無,熱感や圧痛,悪臭や稔髪音までまさに五感を駆使した(味覚は駆使できないが)追加情報を得ることができる.その段階で少なくとも3つ以上の鑑別診断を挙げることができるかどうかが皮膚科診断の力量を示す指標となる.最近の臨床医はすぐに血液検査や機器診断に飛躍するが,皮膚からの一次情報ほど貴重なものはない.医療機器や採血ができなくても自らの肉眼で臨床診断のかなりの領域まで到達できるのが皮膚科医の醍醐味であり,逆に皮膚科医が凛として矜恃すべき自負である.

 次に問診や検査情報から,上記の鑑別疾患を仕分けしていく作業が行われる.鑑別に必要な要点を簡潔に要領よく選別することで,自ずと確定診断に限りなく近づくのである.ここまでで多くの臨床診断は完結するが,悪性腫瘍や鑑別に難渋する場合には皮膚生検で得られた皮膚病理所見により,自分の臨床診断を確認あるいは確信することが可能となる.皮膚科医は初診患者を診るたびに,この作業を不断に行うわけであり,豊富な経験と知識に裏付けされた仕分け作業こそが皮膚診断学の真髄であろう.「八卦見」と違うのは,単なる印象ではなく誰でも説得できるだけの根拠をもって診断思考過程の説明が可能な点であろう.

─著:Mary Dobson 訳:小林 力─Disease人類を襲った30の病魔

著者: 岩田健太郎

ページ範囲:P.720 - P.720

 「将来の人々は,かつて忌まわしい天然痘が存在し貴殿によってそれが撲滅されたことを歴史によって知るだけであろう」トーマス・ジェファーソン.エドワード・ジェンナーへの1806年の手紙 本書134頁より(以下,頁数は本書)


 われわれは,ジェファーソンの予言が1979年に実現したことを知っている.個人の疾患は時間を込みにした疾患である.社会の疾患は歴史を込みにせずには語れない.目の前の患者に埋没する毎日からふと離れ,俯瞰的に長いスパンの疾患を考えるひとときは貴重である.

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あとがき

著者: 塩原哲夫

ページ範囲:P.724 - P.724

 論文のタイトルを決めるのはいつだろうか.すべて書き終わってからか,それとも書きはじめる前か.いずれにせよ,ほとんどの読者はタイトルでその論文を読むか読まぬかを決めてしまうので,論文を見てもらえるか否かはタイトルにかかっている.しかし,初心者ほどその重要性に注意を払わない.「…の1例」というありきたりのタイトルにしてしまえば,余程その疾患に興味がある人以外はまず読もうとはしない.「…に生じた…の1例」となると,珍しい部位,あるいは年齢に生じたのだから読んでみようか,と思う人がもう少し増えるに違いない.さらに,もう少し加えれば…,となっていくと,今度は長くなり過ぎてインパクトを失う.このようにタイトルを決めることは決して簡単な作業ではないのである.

 こんなことを考えていたら,ふとある唄の題名が頭に浮かんだ.それは「First of May」という唄である.このタイトルは知らなくても,「若葉のころ」と言えば,ああそうかと思う方も多いに違いない.1970年代に青春を過ごした私には,ビージーズのこの唄は素敵な歌詞とメロディが相俟って,いつ聴いても懐かしさで胸がいっぱいになる.この邦題は,余りに感傷的だとの批判もあるが,歌詞の内容をよく表している秀逸なタイトルだと私は思う.この時代,洋楽のタイトルの多くはこのように日本語に意訳され,そこから当時の若者は曲をイメージしていた.もし今,「First of May」というタイトルで,この曲が発表されたとしたら,はたしてどうだろうか? たとえ流行したとしても,当時の若者がイメージしたような懐かしさを憶えたであろうか?「First of May」の歌詞の英語は極めて平易であるが,その意味するところを理解するのに,このタイトルはどれほど役立ったことか.このように短い言葉で,自分の意を伝えられたら,そして読んだ人の心に余韻を残すことができたなら,と思う.俳句や和歌にみる日本語の美は,そのようなムダを削ぎ落としたところから生まれるということを思うのはそんなときである.

基本情報

臨床皮膚科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1324

印刷版ISSN 0021-4973

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