心電図講座
WPW症候群
著者:
石川恭三
ページ範囲:P.2098 - P.2100
WPW症候群は,1915年にWilsonが第1例を報告し,1930年にWolff, Parkinson, Whiteの3人が11例について総括的な検討を加えて以来,今日に至るまで数多くの基礎的,臨床的な研究がなされてきてはいるが,依然として未知の分野が多く,謎とミステリーにつつまれた離れ小島といえるのではないであろうか.ここでは,今までに解明された問題点を症例を中心に検討し,読者諸氏がこれから"WPWへの探険"に向かう下準備のお役に立つことを願って筆を進めてゆきたいと思う.
WPW症候群は周知のごとく,この症候群の概念の設立に貢献したWolff, Parkinson, Whiteらの3人の頭文字をとって名付けられたものである.このWPW症候群とは,心電図上で1) PQ時間の短縮(0.12秒以下),2)デルター波の存在,3) QRS幅の延長が認められるものをいうのである.WPW症候群は,1種の刺激伝導異常の疾患であることはいうまでもない.正常の房室伝導路の他に心房と心室とを短絡(short-circuit)する経路--これはKent束と呼ばれている*--があって,心室の一部はこの短絡路を通ってくる刺激によって興奮し、残りの心室は正常なコースを通ってきた刺激によって興奮することになる.すなわち,WPW症候群のQRS波形は一種の融合収縮(fusion beat)といえる.この短絡路を介して刺激が早期に心室の一部に伝達されるので,PQ時間は短縮するのであり,また,デルター波は,心室の一部が早期に興奮するために生じるわけである.Rosenbaumらは,右側胸部誘導で高いR波が認められるものをA型,深いS波またはQSパターンが認められるものをB型と分類した.この分類は,現在でも広く用いられているが,この他にも上田ら**の3型に分けた分類もある.何故このようにA型,B型が認められるかという点に関しては,A型では短絡路が左室領域にあり,B型では右室領域にあるとされている. WPW症候群の症例で1はしばしば頻拍発作がみられるが,その発生頻度1は40〜80%といわれている.にの頻拍症のうち,最も多いのは上室性頻拍症で,次いで心房細動,心房粗動が続き,心室性頻拍症はごく稀れとされている.WPW症候群にみられる発作性頻拍の多くは比較的短時間に,自然におさまったり,自然に治癒しない場合でも,眼球圧迫(Aschner法),息こらえ(Valsalva),頸動脈洞圧迫(Czermak)などのように機械的に迷走神経を刺激することで消失することが多い、このような簡単な手技により頻拍発作の消失をみない場合に1は薬物療法が適応となる.薬物療法として1はジギタリス,プロカインアミド,プロプラノロみル,ジフエニールヒダントイン,キニジンなどが用いられる.現在で1は頻拍発作が頻回に認められ,薬物療法が無効な重*WPW症候群の房室問の刺激伝導様式に関しては,一般的には房室間に短絡路があることで説明されているが,その他にPrinzmetalらは,正常な房室伝導路の中に,異常に早く刺激を伝える通路が存在するという説(accelerated conduction theory) を提唱している.この説では,WPW症候群の患者の房室結館には,正常心にみられるような房室結節内での刺激伝導の遅延現象が存在する部分と,この遅延現象が非常に少ない部分とがあり,その各々が個有の心室筋に連結しているとするのである,刺激伝導の遅延現象が少ない部分を通つて心室に伝わった刺激は当然早期に心室を興奮させ,デルター波を形成し,PQ時間の短縮に関与する,また,この早期に伝導された刺激より少し遅れて,正常な伝導コースを通ってきた刺激が残りの心室を興奮させることになるわけである.WPW症候群におけるHis束心電図(His bundle electrogram)の検討で,洞調律では,心室興奮の開始は,His束の興奮波(His bundle spike)より先行していることが明らかにされている.また,重篤な頻拍発作をくり返す症例で,Kent束と思われる部分の切断を行ない,頻拍発作を完治し得たという報告もある.これらのことから,少なくともWPW症候群の一部の症例では,房室聞を結ぶ短絡路が存在することが確実といえる.