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医道そぞろ歩き—医学史の視点から・15
科学的医学を追求したベルナール
著者: 二宮陸雄1
所属機関: 1二宮内科
ページ範囲:P.1414 - P.1415
文献購入ページに移動 悪妻は学問を助ける.ソクラテスをはじめ,偉大な足跡を残した人で悪妻に苦しんだ人は少なくない.悪妻のゆえに偉大であったのか,悪妻に屈せず偉大であったのか,凡夫の察し得るところではない.フランス医学の巨星で,パスツールと同じく国葬までしてもらったクロード・ベルナール(1813〜1878年)も悪妻に苦しめられた.ベルナールは生きた動物を実験に使ったが,夫人は動物虐待防止協会の役員であった.ベルナールは離婚を要請し続けたが,離婚許可を手にしたのは死の8年前であった.それに,50歳前からは腎盂腎炎に苦しめられて,ベルナールは名声は高かったが幸福とはほど遠かったのかもしれない.医療をする者は人一倍心身の負担が大きい.結婚は特に慎重に決めるべきであろう.
ブドウ園の管理人を父として生まれたベルナールは,18歳のときに薬種商に奉公に出た.やがてベルナールは仕事に飽きて,暇を盗んで戯曲を書きはじめた.ジョン王の歴史劇など初期の作品が好評であったのに力を得たベルナールは,パリに出て,劇作家として高名であったソルボンヌ大学のジラルダン教授に原稿を見せた.しかし,教授はこれを高くは評価せず,薬種商での経験を生かして医者を志すよう助言した.
ブドウ園の管理人を父として生まれたベルナールは,18歳のときに薬種商に奉公に出た.やがてベルナールは仕事に飽きて,暇を盗んで戯曲を書きはじめた.ジョン王の歴史劇など初期の作品が好評であったのに力を得たベルナールは,パリに出て,劇作家として高名であったソルボンヌ大学のジラルダン教授に原稿を見せた.しかし,教授はこれを高くは評価せず,薬種商での経験を生かして医者を志すよう助言した.
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