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雑誌目次

雑誌文献

medicina34巻12号

1997年11月発行

雑誌目次

今月の主題 臨床医のための遺伝子工学 Editorial

臨床医にとっての遺伝子工学とは

著者: 森下竜一

ページ範囲:P.2066 - P.2067

 最初この企画を見たとき,これは大変難しいことを依頼された,と感じた.現在,分子生物学の飛躍的な進歩により,多くの疾患の原因が明らかにされ,分子病態に沿った治療法が考案されつつある.既に一部は臨床応用され,効果をあげていることが新聞などで報道されているので,耳にしていることと思う.また,なかには患者からその内容について質問された経験をお持ちの方も多いであろう.したがって,遺伝子工学を理解することは臨床医にとって重要であるのは間違いない.
 だが,重要であることと理解できる,あるいは馴染みがあるということとは別であって,多くの臨床医の方は,遺伝子工学を理解する必要などないよ,と思われていることであろう.筆者も初めて遺伝子工学の実験を行うのに(10年程前になるが),従来の実験手法との違いに驚き,遺伝子工学を理解するのに苦労した(幸い,わからないまま実験を行っているうちに,完全ではないが理解できるようになり現在に至っているが).しかし,遺伝子工学の方法は理解できなくとも,そこから得られた果実は,実地診療のためにも臨床医が食べる必要がある.本特集がその手助けになれば幸いである.

遺伝子の基礎知識

染色体の構造と遺伝子

著者: 服巻保幸

ページ範囲:P.2068 - P.2074

 生物の遺伝情報を担う構造物を染色体(クロモソーム)と呼ぶが,大腸菌などの原核細胞では遺伝情報が塩基配列として刻み込まれているDNAはほとんど裸の状態で存在している.しかし酵母からヒトに至る真核生物の細胞では,染色体はより複雑な構造をとっている.つまりDNAだけでなく,組織によらず均一なヒストン蛋白質と一部組織ごとに異なるノンヒストン蛋白質やRNAから成り,このような染色体の構成成分を染色質(クロマチン)と呼ぶ.本来,染色体は細胞周期のM期(分裂期)に凝縮してみられる棒状の構造体を示し,それ以外の間期に核内に分散してみられる塩基性色素で染まる物質をクロマチン(染色質)と呼んでいた.このクロマチンがM期に凝集して染色体を形作ることになるが,現在では染色体という言葉は細胞周期の時期によらず用いられ,特に染色体の構成成分を意識した場合,クロマチンという言葉が用いられることが多い.ここでは染色体の基本構造やゲノムと遺伝子との関係,ならびにクロマチンと転写や複製との関係について説明する.

遺伝子の構造と機能

著者: 藤澤順一

ページ範囲:P.2076 - P.2079

ゲノムと遺伝子
 現在,世界的な規模でのゲノムプロジェクトが着実に進行し,これまでに10種類以上の生命体の全ゲノム構造が明らかとなっている.そのほとんどが,病原性微生物をはじめとする原核生物のゲノム構造であるが,ワクチンや化学療法剤開発における意義はいうまでもなく,約半数の機能不明の仮想的遺伝子を含めた1,000種類足らずの遺伝子の機能で生命活動を説明し得る状況になったことのインパクトは大きい.
 ヒトのゲノムはハプロイドあたり約3×109塩基対(bp)存在し,はじめてそのゲノム構造が明らかとなった生命体Haemophilus influenzae(1.8×106bp)の2,000倍にも達するが,そのなかでRNAとして転写される領域,すなわち遺伝子領域はたかだか10%に満たないとされている.残りのゲノム配列の大部分は,いわゆるjunk DNAで,個体レベルあるいは進化レベルでの遺伝子組み換えや遺伝子重複に関与している.

転写因子

著者: 河邊拓己 ,   岡本尚

ページ範囲:P.2081 - P.2085

 一般に,遺伝情報はDNAに蓄えられており,そこから情報を引き出す最初のステップが,DNAからRNAへの転写である.転写は核内で行われ,転写された遺伝情報は,細胞質でリボソームとトランスファーRNA(tRNA)の働きによりアミノ酸配列へと翻訳され,実に様々な蛋白質が合成される.DNAからRNAへの転写を行うために用意された蛋白質群を転写因子と呼んでいる.ここでは,主に高等動物細胞における転写について述べる.

遺伝子の変異と疾患の発症

著者: 山縣和也 ,   松沢佑次

ページ範囲:P.2086 - P.2088

 遺伝性鎌状赤血球貧血の原因が異常ヘモグロビンであると判明したのが,特定の蛋白質分子の異常により疾患が発症することが明らかになった最初の報告であるという.その後も,血友病における凝固因子,フェニルケトン尿症におけるフェニルアラニンヒドロキシラーゼなどのように,いくつかの遺伝病においては生化学的な欠損が発見され,疾患の発症原因が同定された.しかし,大部分の遺伝病においてはその生化学的異常は不明であり,分子生物学の技術が発展する以前には,ヒトの疾患において遺伝子異常を解明することは大変困難であった.
 分子生物学の著しい発展により,疾患の原因は蛋白質レベルから遺伝子レベルで解明されるようになった.現在,遺伝子データベースには5,000以上の疾患遺伝子座がマップされている.注目すべきことは,生化学的な異常が同定される以前に原因遺伝子を同定する手法が開発されたことである.筋ジストロフィーのジストロフィンや,cystic fibrosisにおけるCFTR(cystic fibrosis transmembrane conductor regulator),若年発症成人型糖尿病におけるHNF遺伝子などはそのよい例である.

ベッドサイドで可能な遺伝子診断

遺伝子診断概論:遺伝子解析と診断

著者: 田中一

ページ範囲:P.2090 - P.2093

 分子遺伝学の長足の進歩を背景に,近年,遺伝子解析・遺伝子診断が爆発的普及をみせている.最近は研究機関の基礎的研究にとどまらず,疾患によっては第一線の実地診療において日常的検査として様々な診断レベルで応用されるに至っており,民間の臨床検査施設でも解析可能な遺伝子項目が増えつつある.
 一概に遺伝子診断といっても,その対象はメンデル型遺伝形式を示す単一遺伝子病から,生活習慣病に代表されるような多因子遺伝病,癌などの体細胞遺伝子病,染色体異常,感染症,個体識別にまで多岐にわたっている.単一遺伝子病は,Victor A. McKusickによるMenderian Inheritance in Manと呼ばれるカタログに詳細が収録されているが,最近はサイバースペースの隆盛により,インターネット経由でいつどこからでもこれらの情報を入手することが可能となっている.このオンラインで検索可能なカタログはOMIM(Online Menderian Inheritance in Man)と呼ばれ,米国のNCBI(National Center for Biotechnology Information)によりホームページ(http://www3.ncbi.nlm.nih.gov/Omim/)の維持管理が行われている.

心疾患解析

著者: 広井知歳 ,   木村彰方 ,   永井良三

ページ範囲:P.2096 - P.2099

 最近数年間の分子遺伝学的解析により,心疾患領域においても,永らく原因不明とされていた遺伝性心筋症や遺伝性不整脈の原因の一部が明らかにされてきている(表1).これら遺伝性心疾患を診断するためには患者およびその家族を対象として,既知の原因遺伝子を検索し,遺伝子内変異を同定するのが一般的である.本稿では,特にその解析が進んでいる家族性肥大型心筋症,家族性QT延長症候群を中心に,現在までに明らかにされている原因遺伝子について最近の知見を概説する.

内分泌代謝領域

著者: 高橋義彦 ,   門脇孝

ページ範囲:P.2100 - P.2103

 PCR(polymerase chain reaction)法によって,遺伝子異常による疾病が多数明らかにされ,その変異の同定に至るまでの過程が以前より速まってきた.特に内分泌代謝領域では,ホルモンの異常あるいはその受容体の異常,輸送蛋白の異常などが,種々の内分泌学的負荷試験や血中代謝産物の解析により臨床的に特定され,それが実際の遺伝子解析に結びついて多くの成果が上げられている.この領域における遺伝子異常のすべてをカバーはできないが,概ね以下のように分類されよう.

高血圧解析

著者: 勝谷友宏 ,   檜垣實男 ,   荻原俊男

ページ範囲:P.2104 - P.2107

 高血圧症は臨床医が最も高頻度に接する疾患であり,日本には約3,000万人の患者が存在する.利尿剤しかなかった昔とは異なり,非常に多くの種類の降圧薬が市販され,あらゆる診療科で「血圧が高いですね.ではこのお薬を飲んでください」という光景がごく一般のものとなっている.しかし,食塩過剰摂取や喫煙が高血圧の増悪因子であることはよく知られているが,「高血圧」の原因はいまだ不明であり「本態性高血圧症」の病名を冠するものが9割以上を占めているのが現実である.高血圧に遺伝が関与することは理解されていても,それを診断補助に用いたり,患者への説明に用いられた方はほとんどないのではないだろうか.この5〜6年の間の急速な分子生物学的手法の進歩により,この「高血圧」という多因子遺伝性疾患が少しずつ解明されつつある.本稿では,病気を起こす原因遺伝子が明らかにされた「遺伝性高血圧」の紹介とその臨床像の特徴,また本態性高血圧症に罹患しやすくなると考えられる「疾患感受性遺伝子」の解析の現状について述べる.

腎疾患解析

著者: 桑原道雄 ,   丸茂文昭

ページ範囲:P.2108 - P.2110

 遺伝子工学の進歩によって,腎疾患においても疾患発症の原因となっている遺伝子異常が次々と同定されつつある.これらの主な疾患を表1に示した.

内分泌疾患解析

著者: 藤原裕和 ,   巽圭太 ,   網野信行

ページ範囲:P.2112 - P.2114

 内分泌系において,情報の伝達を担うのはホルモンである.paracrine(傍分泌),autocrine(自己分泌)あるいはneuroendocrine(神経内分泌)などの概念の確立とともに,内分泌およびホルモンの概念も大きく変化してきている.古典的には,内分泌器官でホルモン産生が行われ,血中に分泌,血流を介して標的器官に達したホルモンは,そのホルモンに特異的な受容体に結合し,標的器官内ではこれに対する反応が進み機能が発揮される.
 この一連の情報伝達のそれぞれの過程で,遺伝子異常に基づく疾患が最近明らかになってきた.表1に,病因が遺伝子レベルで明らかにされた内分泌疾患をあげた1).本稿では,筆者の研究室で世界に先駆けて病因を遺伝子レベルで明らかにした例を3例紹介する.いずれも先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)を呈する疾患で,放置すると重篤な知能・発育の低下を招くが,早期(生後3ヵ月以内)からの治療により発症は予防できる.

動脈硬化症の遺伝子診断

著者: 一瀬白帝

ページ範囲:P.2117 - P.2119

 動脈硬化症の中で臨床的に最も問題となるのは粥状硬化症で,その程度が軽い時期は無症状であるが,年月を経て次第に動脈内腔の狭小化が高度になると虚血症状が顕著になる.例えば脳梗塞,心筋梗塞,間欠性跛行症・下肢の壊死など,粥状硬化の起きた動脈によって還流される領域の虚血症状が引き起こされる.
 粥状硬化症の成因としては「障害反応説」が定説となっており1),その発生と進展には血管壁の障害に対する細胞遊走・増殖と脂質・細胞外マトリックス代謝が主役を演じ,内腔閉塞には血栓形成や血管攣縮も重要な役割を果たす.粥状硬化は健常人でも10代から発生して緩徐に進行するので,それ自体は加齢現象の一部とも考えられる.しかし食生活の欧米化とともに,比較的若年でも臨床症状を呈する症例が増加しつつあるので,死に至る「生活習慣病」として進行防止の努力が肝要である.

遺伝子工学の臨床への応用 基礎知識—遺伝子工学とは?

トランスジェニック技術

著者: 宮崎純一

ページ範囲:P.2120 - P.2123

 マウス受精卵にDNAを導入することにより,外来遺伝子を染色体に取り込ませたトランスジェニックマウスが初めて報告されてから10数年経つが,この技術は改良されて,様々な遺伝子を発現させることに成功してきた.トランスジェニックマウスにより,遺伝子の役割を,動物の発生・成長過程を含めて個体で研究することが可能になり,実際,複雑な生命現象の解析に大きな威力を発揮してきた.このトランスジェニック技術はマウスのみならず,ラット,ウサギ,ヤギなどにも応用されてきたが,一般的にはマウスを用いることが多いので,ここではトランスジェニックマウス作製法について概説するとともに,その医学研究への応用例を示す.

ノックアウト技術

著者: 深水昭吉

ページ範囲:P.2125 - P.2128

ノックアウトマウス作製
 ノックアウト技術は,遺伝子の機能を個体レベルで解析しようとする方法の一つで,現在様々な分野(発生,内分泌,転写,癌)で応用されている.この技術の出発点は,多分化能を有するマウス胚性幹細胞(embryonicstem cell:ES細胞)のin vitroでの継代培養を可能にしたことであった1)
 遺伝子ノックアウトマウス作製の第一段階は,ES細胞レベルにおいて相同組み換えによって目的の遺伝子を欠損させることである.導入した遺伝子が染色体に組み込まれる確率は103から104に1個程度であるから,遺伝子が導入されたものを選ぶための選別(positive selection)が必要である.ネオマイシン(neo)は蛋白質合成を阻害することによって細胞を死に至らしめる.neo耐性(aminoglycoside phosphotransferase)遺伝子はneoをリン酸化することによって,この蛋白質合成阻害作用を和らげる.よって,導入DNA内にneo耐性遺伝子を組み込んで発現させれば,導入したDNAが染色体に取り込まれた細胞のみを生き残らせることができる.

生体への遺伝子導入の方法

著者: 山野智基 ,   金田安史

ページ範囲:P.2130 - P.2133

 遺伝子治療は難治性疾患に対する画期的な治療法として1990年代に大きな期待を集めて登場した.しかし日本では,本格的な臨床治験は行われておらず,また遺伝子治療先進国である米国でも従来の治療にとって代わるだけの評価は得られていない.現在の遺伝子治療における最大の問題点は結局のところ,生体への遺伝子導入法が確立していないことに尽きる.すなわち現在の技術では,①目的とする組織にのみ遺伝子を導入すること,②高い効率で遺伝子を導入し長期に遺伝子発現を持続させること,③導入した遺伝子発現をコントロールすること,はできておらず,これらを克服するために遺伝子導入ベクターの開発・改良とともに,発現ベクターの研究も進められている.
 本稿では,ウイルスベクターとして現在最も広く用いられているレトロウイルスベクター,アデノウイルスベクター,選択的な遺伝子組み込み機能を持つAAV(adeno-associated virus:アデノ随伴ウイルス)ベクターを取り上げ,また非ウイルスベクターとしてリポソーム法,そして大阪大学で開発されたHVJ(hemagglutinating virus of Japan:センダイウイルス)リポソーム法,レセプター介在性遺伝子導入法などについて述べ,最後に発現ベクターについて簡単に触れる.

疾患解析への応用

自己免疫疾患

著者: 改正恒康

ページ範囲:P.2134 - P.2135

 ヒト自己免疫疾患の病因に関しては,まだまだ不明な点が多い.しかも遺伝的背景および複数の病因が絡むと考えられるので,解析は非常に困難である.一方,マウスにも種々の自己免疫疾患を呈するモデルが存在するが,近年その機構の一部が解明され,ヒト自己免疫疾患の病因解明に有用な情報が提供されてきている.また古典的なモデルに加えて,トランスジェニックマウス,ノックアウトマウスのなかで自己免疫様の病態を引き起こすことが時に観察される.当然のことながら,遺伝子工学的に異常な状況を作成しているので,直接ヒト自己免疫疾患に結びつくのかは明らかではないが,病態の理解にとって貴重な情報であることは疑う余地がない.ここでは,自己免疫様病態を引き起こす変異マウスをいくつかのグループにまとめて概説してみたい(表1).

血液疾患

著者: 平井久丸 ,   本田浩章

ページ範囲:P.2136 - P.2138

 Philadelphia染色体(Ph1染色体)は,慢性骨髄性白血病(CML)の90〜95%,急性リンパ性白血病(ALL)の10〜20%に認められる染色体異常である.これは9番染色体と22番染色体との相互転座t(9;22)(q34;q11)により生じ,この結果,9番染色体上のc-abl遺伝子と22番染色体上のbcr遺伝子との融合遺伝子産物p210bcr/ablが産生される1).P210bcr/ablは正常のc-abl遺伝子産物に比べて高いチロシンリン酸化能を持ち,この増強されたチロシンキナーゼ活性が白血病の発症に関与していると考えられている2).しかし,p210bcr/ablが実際に白血病の原因遺伝子であるかどうかを確かめるためには,逆に生体内で発現させることにより白血病が発症するかどうかを検討する必要がある.この目的のためには,個体内で特定の遺伝子を発現させることができるトランスジェニックマウスの手法が適している.ここでは,筆者らが作製したp210bcr/ablトランスジェニックマウスについて紹介する.

消化器疾患

著者: 浅部伸一 ,   井廻道夫

ページ範囲:P.2139 - P.2141

 近年,消化器分野の疾患においても遺伝子工学的手法を用いた研究が盛んに行われている.胃潰瘍や潰瘍性大腸炎などの病態解明,肝炎ウイルス,Helicobacter pyloriなどの感染症と病態との関連,大腸癌,膵癌,胃癌,肝癌などにおける遺伝子異常の研究など,多くの疾患で遺伝子レベルでの解析が行われており,診断と治療に応用されている.ここでは肝炎ウイルスを中心に疾患解析の現状を概説したい.

呼吸器疾患

著者: 菊地利明 ,   貫和敏博

ページ範囲:P.2142 - P.2144

 近年種々の疾患について,その原因遺伝子の発見がなされているが,こと呼吸器疾患に限ってみると,その責任遺伝子がわかっている単一遺伝子病は,α1アンチトリプシン(α1 AT)欠損症とcysticfibrosis(嚢胞性線維症)のみである.肺癌,気管支喘息,気管支拡張症,サルコイドーシス,および原発性肺高血圧症の一部に遺伝性が考えられているものの,その遺伝の本体は不明である(気管支喘息の責任遺伝子が発見されたという情報があるが,まだ論文発表はされていない).そこで本稿では,一般的な肺気腫の病態の理解に重要なα1 AT欠損症について述べることにする.

老化

著者: 名倉潤 ,   三木哲郎

ページ範囲:P.2146 - P.2148

 1970年に特異的な部位を切断する制限酵素が発見され,1973年に組み換えDNA技術が確立して以来,遺伝子工学は医学,生物学のほとんどの分野において欠くことのできない技術となった.老化研究もその例外ではなく,ほとんどの老化研究に遺伝子工学が使用されている.
 そこで本項では,種々の老化研究による知見とそれに基づいた老化に対する統合的な概念,および最近のトピックスとして,老化の代表的モデル疾患であるWerner症候群原因遺伝子単離とその後の研究を中心に紹介する.

発癌解析

著者: 野田朝男

ページ範囲:P.2150 - P.2152

 発癌解析においては,これまで2つの異なった観点からのアプローチが取られることが多かった.第一は癌細胞における遺伝子変異解析であり,第二は遺伝性の癌の連鎖解析である.しかし,癌化に関与する遺伝子が多数同定され,発癌過程ではいくつかの遺伝子の異常が多段階的に蓄積されることが明らかとなるに従って,この2つのアプローチは現在では個々の遺伝子変異の事例でも相互に検討されるようになってきている.本稿では,癌化を一連の遺伝子の変化に伴って起こる正常細胞の増殖破綻過程であるとして,その要因を解説する.

疾患治療への遺伝子工学の応用:遺伝子治療に向けて 日本での現状

遺伝子治療の現状

著者: 小澤敬也

ページ範囲:P.2155 - P.2159

 遺伝子工学の進歩は,分子病態の解明や遺伝子診断にとどまらず,その技術を治療にまで活かそうという遺伝子治療の発想を生み出してきた.本格的な遺伝子治療は,1989年の遺伝子マーキング臨床研究に引き続き,アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症を対象として1990年9月に米国NIHでスタートした.対象疾患はこのような難治性の遺伝性疾患(そのなかでも当面はシンプルな単一遺伝子病が対象)だけでなく,様々なアイデアのもとに遺伝子操作を利用した治療法が工夫され,癌やエイズなどの生命が脅かされる疾患も含められるようになった.
 それに伴い,遺伝子治療に対する社会の関心と期待も一段と高まってきている.ここ数年の間に予想を超える勢いで臨床研究が進められ,何らかの目的で遺伝子の投与を受けた患者数は1995年12月の調査では1,062例,1996年6月には1,537例,同年12月には2,103例に急増してきている1).国別では米国がやはり圧倒的に多く,そのうち1,700例以上を占めている.対象疾患は癌が1,446例(68%)で一番多く,次いでHIV感染症390例(18%),嚢胞性線維症176例(8%)などとなっている.なお,表1に米国の臨床プロトコールを示す2)

先天性疾患の遺伝子治療—アデノシンデアミナーゼ欠損症を中心に

著者: 﨑山幸雄

ページ範囲:P.2160 - P.2161

 1990年9月,米国国立衛生研究所(NationalInstitute of Health:NIH)のブーレイス博士らのグループが,酵素補充療法中のアデノシンデアミナーゼ(adenosine deaminase:ADA)欠損症の女児例に,ヒトへの初めての遺伝子治療を行った1).筆者らは同博士との共同研究で,ADA欠損症に対する遺伝子治療臨床研究を1995年8月から開始している.

HIV感染症に対する遺伝子治療

著者: 松下修三

ページ範囲:P.2163 - P.2165

 ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus type-1:HIV-1)感染症に対する遺伝子治療には2つのストラテジーがある1).1つは標的細胞に抗ウイルス遺伝子を入れて細胞レベルで感染抵抗性にする方法で,もう1つはHIVに対する細胞性免疫を強化する方法である.筆者らの計画は後者の方法で,平成9年5月,文部省および厚生省の了承を得た.しかしその後,米国のベクター製造プラントで増殖可能レトロウイルス(replication competent retrovirus:RCR)が検出されるロットがあることがわかり,薬事審議会の遺伝子治療用医薬品調査会で再審議されることとなった.レトロウイルスベクターを用いる限り,ある確率でRCRが出現すると考えられ,どのような基準でRCR混入が否定されたものを安全とするのかが明確にされるべきだと考えられる.

癌の遺伝子治療:癌抑制遺伝子療法

著者: 藤原俊義 ,   田中紀章

ページ範囲:P.2167 - P.2169

 最近の分子生物学的解析により,癌は癌関連遺伝子の異常が多段階的に集積した結果生じた遺伝子病であるという概念が定着しつつある.実際に切除標本を用いた検索で,前癌病変から進行癌に至る各段階での癌遺伝子の活性化や癌抑制遺伝子の不活化など,複数の遺伝子異常が検出されている.癌抑制遺伝子は,正常な状態では遺伝子転写,細胞分裂,DNA修複などに働いており,変異や欠失などの異常が生じることで癌化に寄与している.なかでも,p53遺伝子産物は転写調節因子として細胞周期やアポトーシス誘導に関する多くの関連遺伝子を制御しており,トランスフェクションの実験系では,正常なp53遺伝子導入による癌細胞の増殖抑制やアポトーシス細胞死が認められる1).さらにp53は,抗癌剤や放射線によるアポトーシスの過程でも重要であることが明らかになってきており,p53遺伝子の異常は癌細胞の抗癌剤耐性のメカニズムの一つと考えられる2)
 本稿では,このp53遺伝子を分子標的とした遺伝子治療の可能性について概説する.

癌の遺伝子治療:免疫遺伝子治療

著者: 谷憲三朗

ページ範囲:P.2171 - P.2176

 近年の癌・白血病に対する治療法の進歩にはめざましいものがあるが,一方でいまだに治療抵抗症例も多く,悪性腫瘍は過去十数年以上も日本人の死因の第1位になっている.現在まで,これらの手術療法,化学療法や放射線療法などの主要な治療が有効でない症例群に対して,いくつかの新しい治療法が開発されてきており,遺伝子治療もこのうちの一つである.
 癌に対する遺伝子治療法としては表1に示すような遺伝子治療プロトコールが,現在計画もしくは実施されている.これらは方法論的に大きく2つに分けられる.すなわち,癌細胞に直接的に遺伝子導入することによって治療を行う方法と,癌細胞以外に遺伝子導入をすることで間接的に治療を行う方法が検討されてきている.前者は従来の癌治療法の方向性と類似しており,その抗腫瘍効果には期待が持てるものの,現在の方法論ではまだ正確な腫瘍細胞の標的化が困難であるため,非腫瘍細胞への副作用の出現も懸念される.一方後者では,患者自身の免疫機構を利用しており,腫瘍細胞の標的化が現在の技術水準でも可能と考えられ,実用性が高いものと考えられる.

これからの遺伝子治療

循環器疾患の遺伝子治療

著者: 米満吉和 ,   古森公浩 ,   杉町圭蔵

ページ範囲:P.2177 - P.2179

 心疾患,脳血管疾患など,動脈硬化に起因する疾病は国民死亡原因の第1位であり,その対策は急務である.循環器疾患において,臓器不全に陥る最大の原因は血管内腔の閉塞とそれに続発する臓器虚血であり,局所的な血管内腔の狭小化を制御する手段の確立,また虚血による臓器機能低下の回復が重要となる.また動脈硬化促進因子の制御も,発生予防上重要である.
 これまで多くの薬剤や血管内治療法が確立され,一定の成績を治めているものの十分な効果をあげているとは言い難い.近年,遺伝子治療によるこれらの問題の解決が期待されているが,臨床応用にはいくつかの越えるべきハードルがある.本稿では循環器領域,特に血管壁内膜肥厚と虚血性疾患の遺伝子治療研究の現状と今後の課題について概説する.

自己免疫疾患(リウマチ)の遺伝子治療

著者: 冨田哲也 ,   越智隆弘

ページ範囲:P.2180 - P.2183

 慢性関節リウマチ(RA)は関節を主座とする慢性炎症性の疾患であるが,その治療については,近年のRAの病因・病態解明の著しい進歩により変化しつつある.非ステロイド系抗炎症剤,遅効性の抗リウマチ薬に加え,最近では抗TNF-α抗体,抗IL-6受容体抗体,抗Fas抗体などの生物製剤の高い有効率が報告されている.さらに,RA病変部位で過剰に発現している炎症関連蛋白を遺伝子レベルで抑制しようとする遺伝子医薬に関する研究も進みつつある.本稿では,筆者らの用いているHVJ-リポソーム法1)を中心にRAに対する遺伝子治療の可能性について述べる.

脳疾患の遺伝子治療

著者: 夏目敦至 ,   吉田純

ページ範囲:P.2184 - P.2187

 脳の解剖,生理機能の複雑さゆえに,脳疾患には現在の薬物療法,手術療法では不十分であるものが少なくなく,新しい治療法として遺伝子治療が期待されている.ここ10年間の急速な分子生物学の発展は,一部の脳疾患に対する遺伝子治療を現実にした.まず,1992年に悪性脳腫瘍に対してNIH(米国立衛生研究所)でherpes simplex virus-thymidine kinase(HSV-TK)/ganciclovir(GCV)を用いる自殺遺伝子治療が試みられた.脳は以下の特殊性のために,遺伝子治療を有利にも不利にもしている.
 脳は血液脳関門により他臓器より隔絶されているclosed cavityであるため,各種遺伝子導入ベクターを脳内に局注してもベクターあるいは導入遺伝子が他臓器に影響を及ぼす可能性が低いことや,脳は分化を終えた非分裂細胞からなる組織であり,レトロウイルスベクター,リポソームなどで遺伝子発現されないことである.本稿では,脳疾患の遺伝子治療に焦点をあてるが,紙面の都合上,限られた疾患の遺伝子治療の概念に触れる.詳細については,文末に取り上げる文献を参照されたい.

腎疾患の遺伝子治療

著者: 冨田奈留也 ,   檜垣實男 ,   荻原俊男

ページ範囲:P.2188 - P.2190

 遺伝子治療とは,遺伝子導入技術に基づき遺伝子を外部より補充することによる治療法を意味する.対象疾患としては単一の遺伝子欠損症が第一に考えられ,腎疾患においてはAlport症候群,多脳胞腎などがそれらの疾患にあてはまることになる.しかし現在のところ,上記2疾患は遺伝子治療の対象とは考えられていない.現状では,対象としては主に糸球体硬化病変を有する疾患があげられ,遺伝子導入が盛んに行われている.糸球体硬化病変の進展をいかにして抑制するかということで,オリゴヌクレオチドや遺伝子の導入によりメサンギウム細胞の増殖や,細胞外マトリックス産生の抑制を目指した治療法が現在の主流となっている.

遺伝子工学のトピックス

核酸医薬の臨床応用

著者: 青木元邦 ,   森下竜一 ,   檜垣實男 ,   荻原俊男

ページ範囲:P.2191 - P.2193

 分子生物学の進歩は,従来の医療では治療困難であった疾患に対し遺伝子治療という新しい治療法を与え,その流れは循環器領域にも及びつつある.遺伝子治療の一つの方法は,核酸合成機で作製されるアンチセンスオリゴヌクレオタイド(アンチセンスオリゴ)であり,新しい核酸医薬という薬物療法の概念を作った.この核酸医薬の新しい仲間として,おとり(デコイ)型核酸医薬やリボザイムが開発されてきて注目を集めている.

クローン技術

著者: 小関良宏

ページ範囲:P.2195 - P.2197

 「クローン」とは,「1つの生物体から由来する同じ遺伝子情報を持った生物の集団」ということと「それを無限に増やせる」という2つの条件を満たすものと考えることができる.しかし,これまで遺伝子操作において最も重要であった生物体,すなわちin vivoにおける外来DNA断片を含んだ「クローン」の考えかたは,PCR(polymerase chain reaction)法の開発によって大きく変化した.両端の塩基配列がわかっていれば,それらの配列に対するプライマーを用いて,PCRによってその両端に挟まれるDNA領域を無限に増幅することができるようになったためである.またinverse PCRなどを用いれば,その配列の外側部分,すなわちその配列の近傍のDNA領域を増幅することも可能である.すなわち,塩基配列が一部分わかっていれば,生物の助けを借りなくとも,PCR法によってDNA断片の「クローン」はinvitroで手軽に無限に増幅して得られるようになった.このため,塩基配列の相同性をプローブとして,vivoクローンをスクリーニングすることは少なくなりつつある.

ジーンタイトレーション

著者: 松川直道 ,  

ページ範囲:P.2198 - P.2201

 多くの疾患は,遺伝因子と環境因子が組み合わされて引き起こされる.線維性嚢胞症やDuchenne型筋ジストロフィーなど遺伝因子が単一な疾患もあるが,高血圧,動脈硬化,糖尿病に代表されるように,多くの場合は多因子疾患である.これら多因子疾患の原因遺伝子を決定するには,大きく2つの方法論が考えられる.
 一つは疾患モデル動物やヒトの疾患家系において,広くゲノム全体をカバーするマイクロサテライトのような遺伝子マーカーとその表現型との相関をみるか,またあらかじめ候補となる原因遺伝子を定めRFLPを調べるようなanalytic experimentである.この場合,原因候補遺伝子が絞り込まれたとしても,そのlocusとリンクしている他の遺伝因子の影響も受けうるなど,その遺伝子と疾患との直接的な因果関係が証明できない欠点がある.これに対してもう一つの方法論として考えられるのが,特定の遺伝子のみを選択的に不活化することによりその遺伝子機能を調べるsynthetic experimentであり,1990年にSmithiesらのグループが最初に成功1)して以来,ジーンターゲティングとして現在では広く普及している.その利用法もnull変異を作るにとどまらず,遺伝子の置換,挿入など様々な変異を導入することが可能である.

遺伝子工学を利用した医薬品開発

著者: 宮崎洋

ページ範囲:P.2202 - P.2204

 バイオテクノロジーの中核をなす遺伝子工学の発達は,医薬品開発に飛躍的な発展をもたらしてきた.なかでも遺伝子工学の利用によって,ヒトの体内に微量しか存在しない蛋白性生理活性物質の遺伝子組み換え型が大量に得られるようになり,その医薬品化が成功したことは特筆に値する.
 世界初の組み換え医薬品は,1982年(わが国では1986年)に発売されたインスリンである.その後,成長ホルモン,インターフェロン,組織プラスミノーゲンアクチベーター(TPA:血栓溶解剤),エリスロポエチン(EPO:赤血球増多因子),顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF:好中球増多因子)などの組み換え医薬品が登場し,これまでにわが国で10種類以上もの組み換え医薬品が臨床応用されている(表1).さらに現在,組み換え医薬品の候補となる様々な組み換え蛋白質の薬理効果が動物実験や臨床試験で検討されている.本稿では,これらの中から,血球の分化に重要な役割を担っているEPO,G-CSF,および筆者らが最近クローニングしたトロンボポエチン(TPO:血小板増多因子)を具体的事例としてあげ,遺伝子工学を利用した医薬品開発について概説する.

リボザイム

著者: 菊池洋

ページ範囲:P.2205 - P.2207

 分子生物学では遺伝子DNAからそのコピーであるRNAができ,その情報に従って蛋白質ができることが,生きていることの基本であると教えている.多くの遺伝子が調和を保ち,適宜うまく発現されていることにより,生物は快適に時を過ごしていると思われる.しかし,遺伝子が変異を持っていたり,ウイルスなど外来遺伝子に侵入されたりして,この調和が乱されると,時に重篤な疾患となる.この遺伝子発現のステップにかかわる疾患としては,癌,遺伝病,ウイルス疾患などが含まれるが,その多くは根本的な治療法が確立されていない.悪い遺伝子を発現させないようにする一つの方法として,悪いDNAから読まれた悪いRNAを見分けて分解してしまえばよい,という方法が考えられる.そのためには非常に特異性の高いRNA分解酵素が必要とされる.そのようなRNA分解酵素が1980年代に発見され,現在,任意の標的のみを切断するような設計も可能となってきた1)
 このRNA分解酵素は「リボザイム(ribozyme)」と呼ばれている.リボザイムは,RNA分解酵素ではあるが,それ自身蛋白質ではなく,RNAからできている.本稿では,リボザイムの発見から,その設計法,および医療への応用研究の現状について紹介したい.

理解のための26題

ページ範囲:P.2211 - P.2216

カラーグラフ 感染症グローバリゼーション・8

消化器系寄生原虫性疾患(2)—最近話題になっている消化管原虫症

著者: 西山利正

ページ範囲:P.2223 - P.2226

 前回は消化管原虫の中で最も病原性が強く,頻度も高い赤痢アメーバ症について述べたが,今回は最近話題になっている消化器系寄生原虫であるランブル鞭毛虫(Giardia intestinalis;従来G.lambliaと呼ばれていた),クリプトスポリジウム(Cryptosporidium parvum),大腸バランチジウム(Balantidium coli),プラストシスチス・ホミニス(Blastocystis hominis)について述べる.これらの原虫症は,一般的にはそれほど強い症状を呈さないが,後天性免疫不全症候群(AIDS),移植後の免疫抑制剤を投与されているような免疫能の低下しているヒト,小児などに感染した場合に,時に重篤な感染症を起こすことがあるので注意する必要がある.

連載

目でみるトレーニング

ページ範囲:P.2229 - P.2234

図解・病態のメカニズム 腎疾患・11

ACE gene polymorphism

著者: 坪井伸夫 ,   吉田裕明

ページ範囲:P.2235 - P.2238

 われわれ内科医が日常診療において取り扱う疾患の多くは“common disease”と呼ばれ,様々な遺伝的素因を兼ね備えた個人が様々な環境因子に曝露することによって発症する多因子疾患であると考えられる.すなわち同じ環境因子に曝露しても,疾患を発症する個人と発症しない個人がおり,また同じ疾患に罹患しても,その重症度・予後は個人により大きく異なる.遺伝子多型(gene polymorphism)は,このような疾患と個人差という現象を説明しうる有力なファクターの一つと考えられている.

内科医が知っておきたい小児科学・最近の話題・11

小児科からみた不登校

著者: 衛藤隆

ページ範囲:P.2239 - P.2241

不登校とは?
 学校に行かない(あるいは行きたいのだけれども行けない)子どもは,一体いつからいたのだろうか.まだ日本が貧しかった頃には,貧困が理由で学校に行けない子どもたちは存在した.しかし,このような経済的な事由がないにもかかわらず,どうしても学校に行きたくない,行けない,行かないという状況がいつの間にか目立つようになり,登校拒否と称されるようになった.
 昭和30年代にこのような名称が広く用いられたかどうか定かではないが,筆者の同学年の仲間にもこの状態に該当する児童・生徒がいたことを記憶している.必ずしも本人が積極的に登校を拒否するという明確な意志を持っているとは限らないので,登校拒否という名称は不適当であるという考えかたが広まり,いつしか不登校という現象を記述する用語が用いられるようになった.

演習 腹部CTの読みかた・6

発熱を主訴とした64歳の女性

著者: 岩田美郎

ページ範囲:P.2242 - P.2250

Case
 64歳,女性.主訴:発熱.
 9日前より38℃の発熱を生じ悪寒,右季肋部痛を伴っていた.経過観察していたが,1日に1回は高熱を生じ改善傾向のみられないことより近医へ入院した.抗生剤を使用するも解熱しないため,当院に転院となった.

Drug Information 副作用情報・20

薬剤性血液障害(1)—白血球減少・無顆粒球症(その1)

著者: 浜六郎

ページ範囲:P.2253 - P.2256

 血液障害,特に無顆粒球症は,生命にかかわる重大な薬剤性反応の1つである.このシリーズでは,すでにH2ブロッカーによる血液障害について解説した.また,クロラムフェニコールによる再生不良性貧血は社会的な問題にもなり,アメリカではこの問題を通じて,血液学者のWintrobeらの提唱で医師会に薬剤性血液障害の登録システムが発足し,薬剤による副作用モニタリングの先駆け的な存在となった.
 これから何回かは,薬剤性血液障害について解説する.今回はまず,白血球系の異常について述べたい.

日常診療に必要なHIV感染の知識・5

HIV感染症における日和見感染症の診断・治療・予防

著者: 安岡彰

ページ範囲:P.2257 - P.2260

 HIV感染症の治療においては,HIVに対する抗ウイルス治療と,日和見感染/悪性腫瘍の治療が,車の両輪のごとく並立して重要である.HIV陽性者にみられる日和見感染症は,日常臨床でよくみられる感染症とは病原体のスペクトラムや病態が大きく異なることから,大胆な視点の切り替えが必要である.表1にAIDSの診断基準にリストされている病原体をあげたが,単純ヘルペス,一般細菌(肺炎球菌,インフルエンザ菌など),結核菌,カンジダ以外は,一般臨床上は比較的稀な病原体である.これらの疾患が患者の免疫状態,一般的には末梢血CD4陽性細胞数に応じて,高頻度に繰り返し発症してくる.

CHEC-TIE—よい医師—患者関係づくりのために・11

末期の患者が診療への疑問や不安を表明したとき

著者: 箕輪良行 ,   柏井昭良 ,   竹中直美

ページ範囲:P.2262 - P.2263

症例 鎮痛と減黄のほかに有効な治療法がない再発胃癌例
 49歳のカトウさんは進行性胃癌の切除術を受けて約1年後に,肝門部リンパ節の局所再発を起こした.軽度の背部痛を自覚し始めて,CA19-9の上昇傾向があり,CTで診断された.病気については入院・手術時の主治医から告知されていた.子供2人で4人暮らし,会社の重役という立場もあり,少しずつ身辺整理を始めていた.
 次第に増強してきた背部痛にはボルタレン坐薬®が有効で,除痛して眠れた.2カ月後に黄疸が出現した.肝門部リンパ節の腫大による閉塞性障害で,入院してPTCDを行った.その後胆道内にステントを留置して内瘻化したところ,奏功してデータもすべて正常化した.退院の目処もたった.

医道そぞろ歩き—医学史の視点から・31

心電図学の創始者エイントーフェン

著者: 二宮陸雄

ページ範囲:P.2264 - P.2265

 心臓の搏動に伴う電気的変化に気づき,これを記録する試みは19世紀の中頃に始められた.1843年にはイタリアのマッテウッチがハトの心臓の電位変化を観察し,ドイツのケーリケルらがカエルの神経筋肉標本を心臓の上に置くと収縮することを発見している.1878年には,イギリスで毛細管電流計を使って心臓の活動電流が記録されているし,1887年には,ロンドンでワラーが自宅に研究室を作って体表の電極から心臓の活動電流を記録した.しかし,当時使われていた毛細管(水銀)電流計は精度が低く,心臓の活動電流以外の変化も加わって,計算補正を行っても真の心電図を得ることは難しかった.
 エイントーフェンがユトレヒト大学で医学の学位を得たのはワラーの研究が始まった頃である.父はインドネシア派遣軍の医師で,現地人との間に4人の子をもうけ,妻の死後オランダ女性と結婚して,6人の子が生まれた.その1人がエイントーフェンである.やがて母は子供たちを連れて帰国し,エイントーフェンはユトレヒト大学で医学を学んだ.この入学資格に必要なギリシア,ラテン語の学習はエイントーフェンに終生にわたる深い西洋古典への関心を植えつけ,折りにふれて古典の1節を暗唱してみせたという.冗談が好きで,率直で真摯な人であった.

medicina Conference・23

上腹部痛と嘔気を訴えた24歳の女性

著者: 雨森正記 ,   川上恵基 ,   三宅直樹 ,   井上雅史 ,   福田勝美 ,   松本恒司 ,   山内宏哲 ,   太田敬治 ,   田村忠雄

ページ範囲:P.2266 - P.2275

 症例=24歳,女性,事務員.
 主訴:上腹部痛,嘔気.
 既往歴:14歳時に十二指腸潰瘍,22歳時に急性虫垂炎,多発性卵巣嚢腫.

基本情報

medicina

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1189

印刷版ISSN 0025-7699

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