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雑誌目次

雑誌文献

medicina36巻11号

1999年10月発行

雑誌目次

増刊号 これだけは知っておきたい検査のポイント 第6集 臨床検査総論

臨床検査の基準範囲と病態識別値

著者: 菅野剛史

ページ範囲:P.10 - P.12

基準範囲が設定される背景
 正常域(または正常範囲,正常値)という概念は,基本的には健常者の95%が占める検査値として統計的手法より算出され,疾病を判別する一つの“物差し”として利用されていた.したがって,大部分の検査項目では平均値±2SDの値が利用されていたが,この概念が十分には理解されず,正常値の設定は平均値±SDと設定される項目も存在した.算出方法に一定の規準が存在していたわけでもなく,考え方に一定の縛りがあったわけでもなかった.しかし,この正常値という言葉は,医療関係者以外の一般市民の間では,病気と病気でないものを判別するものとして理解され,健診/検診などでは,短絡的な考え方から利用されると一部で混乱を招くことになった.
 この用語の不適切さをはじめに指摘したのがDybkaer1)であり,この値を算出する基本を考慮して,正常範囲ではなく,基準範囲(reference interval)という言葉を利用することを提案したのである.すなわち,その値を算出する基本となった母集団の性格付けを明確にし,その母集団と同じ環境に存在する人が,自己の計測値をその母集団と比較する(referする)という考え方である.そのために重要となるのは,“20代の男性の非喫煙群”というような,基準範囲を算出する母集団の性格付けである.

臨床検査の感度・特異度,予測値

著者: 井上裕二

ページ範囲:P.13 - P.15

 なぜ医師は検査をするのか.臨床検査はベッドサイドにおける意思決定の客観的な指標—確定診断のための検査計画,治療方針の決定,合併症や予後の予測など—として重要な役割を担っている.検査をするかしないか,最初にする検査は何か,その後の順番はどうするか,検査結果が陽性のときはどう解釈するか,陰性のときはどうか,検査をしなかったときと比べて臨床情報としての価値が期待できるのだろうか等々,直観や経験に基づいた判断に定量的な意味付けを加える必要がある.

検体探取・提出時の注意点

著者: 高木康

ページ範囲:P.16 - P.19

 臨床検査は図1に示す手順で,患者から採取された検体が分析され,結果が臨床に返却・報告される.臨床医師は検査成績がそのまま生体での代謝の状態を反映していると考え,診断をし治療を行う.しかし,実際には検体が生体から採取され,検査室まで運ばれ,遠心操作などを経て測定検体として分析装置にセットされて分析が行われる.
 したがって,検体採取,検体運搬・保存,分析の各ステップで適切な処置が行われない限り,生体中と同じ成分濃度とはならない.検査室での努力により,分析時の誤差は臨床的判断での許容誤差範囲内となっている.このため,検体採取時,あるいは保存・運搬時での変動が臨床上問題となる.

基本的臨床検査ガイドラインの考え方

著者: 渡辺清明

ページ範囲:P.20 - P.21

 日常診療において,臨床検査を用い患者の診断をより的確に行うことはもはや避けて通れない現状にある.ただし,診断のためにむやみに検査を依頼するのでなく,医療経済面から効率のよい特異度,感度の高い検査を選択することが一方で望まれている.
 この両者を可能にするには,患者に見合った最小限でかつ最適な検査を施行するほかない.そこで,日常初期診療における臨床検査の使い方の公式なガイドラインが必要になってくる.しかしながら,わが国においてはこのようなガイドラインはなく,検査の使い方は各診療科の医師によりまちまちである.

臨床検査と保険診療

著者: 森三樹雄

ページ範囲:P.22 - P.26

 2000年の診療報酬抜本改定に向けてすでに,厚生省案,与党協案,医師会案,医療保険福祉審査議会案などが発表されている.さらに内保連,外保連をはじめとする関係団体の要望もまとまりつつある.1998年11月より始まった日本版DRG/PPSの試行,2000年の診療報酬抜本改定において,高齢者や慢性疾患への包括払いの導入も示唆されている.
 1998年の診療報酬改定では,“検査の適正化”と称し,検体検査の受託料金を実勢価格に近づけるためという理由で,検査点数が平均7.4%と大幅に切り下げられた.厚生省の説明では,検査点数を切り下げて衛生検査所の実勢価格に近づけて差益をなくすとしている.このような厳しい状況のなかで,病院検査部をはじめ衛生検査所や臨床検査試薬会社の利益も激減し,競争はさらに激しくなっている.

内科研修医が実施すべき基本的検査手技

尿一般検査

著者: 伊藤機一

ページ範囲:P.28 - P.31

 尿一般検査は,ポイント・オブ・ケア検査(POCT),すなわち「診療・看護などの医療現場で行われる臨床検査」の代表である.尿一般検査とは通常,一般性状(量,色調,濁度,臭気),理学的所見(比重,pH),試験紙法による定性・半定量検査,顕微鏡的検査(沈渣鏡検)がある.非侵襲検査であり,得られる診断情報が多いことから,古くから医師自らが検査していた項目でもある.

ドライケミストリー

著者: 田口和三 ,   高木康

ページ範囲:P.32 - P.34

 ドライケミストリーは,「乾燥状態または外観上乾燥した状態で保存された試薬が,測定時に液状検体を添加されることにより,試薬が含まれるマトリックスにおいて化学反応が進行する検査法」と定義される検査法である.
 ドライケミストリーは,1956年にComer,Freeらが尿糖測定用の試験紙を開発したことに始まり,その後尿中微量物質の多くが測定可能な多項目試験紙が開発された.しかし,これらは多くが定性あるいは半定量分析であり,試験紙による定量分析には限界があると考えられていた.しかし,試験紙による色調の変化を簡単な比色計を用いて測定する簡易血糖測定器が開発されて以来,定量性に優れたドライケミストリーによる分析法が続々開発された.そして,現在では血中の多くの成分が液状試薬を用いる日常的な分析法とほぼ同等な精度で,定量的に分析可能となり,医療に利用されている.

血液塗抹標本(Wright-Giemsa染色)

著者: 土屋達行

ページ範囲:P.35 - P.37

 血液塗抹標本の作製,観察は医師自ら行う必要がある.その理由は,血液塗抹標本の観察は,ほとんどの血液疾患において確定診断を得ることができるし,白血球数,血小板数の概数の推定まで可能であること,また,血液疾患以外の疾患でも,赤血球,白血球,血小板の異常がしばしば認められるので,塗抹標本の注意深い観察により,血液疾患以外の診断や病態の理解に役立つ有用な情報を容易に得ることができる1)画像診断だからである.
 現在,白血球分画は,ほとんどの施設で自動血球計数器で行われており,末梢血における白血球の種類の分布は数値として簡単に得ることができるが,血液塗抹標本の観察は,血球の数,種類以外の形態の変化などをはじめ,種々の情報を容易に得ることができる優れた各種病態のスクリーニング検査法である.

塗抹検査

著者: 喜舎場朝和

ページ範囲:P.38 - P.39

 細菌感染によると思われる発熱患者に適切な治療を施すには,できるだけ正確な診断が先行しなければならない.病状の悪い患者を目前に,手をこまねいて培養結果を待つわけにもいかない一方,鑑別診断を絞らずに,性急に広域スペクトル抗菌薬を投与する傾向は戒められなければならない.
 診断方法として,問診・診察・スクリーニング的検査が重要であることはいうまでもない.これらのデータから,まず感染病巣を特定し,その部位から検体を採取するように努め,その検体について細菌学的検査を進める.これには大別して塗抹検査と培養検査がある.培養が最も重要な検査であることはいうまでもないが,その結果を得るのに少なくとも2〜3日を要する.早期に起炎菌に対するめどをつけるために,塗抹検査を用いる理由がここにある1,2).これは発熱患者の“診察の一部”と考えたい.

髄液細胞数算定

著者: 渡邊卓

ページ範囲:P.40 - P.42

 髄液細胞数の算定は,中枢神経系感染症の診断,治療経過の判定,くも膜下出血の診断などに不可欠な検査である.これらの疾患は,迅速な診断に基づき適切な治療を可及的早期に開始することが予後に大きな影響を及ぼすことから,必要と考えられる場合には直ちに髄液を安全に採取し,その細胞数算定検査を自ら施行,評価できるよう,修練を重ねておくことが望まれる.髄液採取法に関しては,ここでは比較的安全に行いうる腰椎穿刺による手技について述べる.

血液ガス分析

著者: 東條尚子 ,   奈良信雄

ページ範囲:P.44 - P.45

 血液ガス分析は,呼吸・循環管理や酸塩基平衡の指標として測定される.ここでは頻度の高い動脈血の採取法ならびに自動血液ガス分析装置を用いた測定手技について解説する.

血液型試験

著者: 村上純子

ページ範囲:P.46 - P.49

 内科研修医が実施すべき血液型試験は,ABO式血液型とRh0(D)血液型の2種類である.
 ABO式血液型試験は,赤血球上の抗原の有無を調べるオモテ試験と,血清(血漿)中の抗体の有無を調べるウラ試験を行って判定する.Rh式血液型は,C,c,D,E,eの5つの抗原が知られているが,なかでもD抗原は抗原性が強いので,輸血前の血液型試験で確認しておく必要がある.

交差適合試験

著者: 村上純子

ページ範囲:P.50 - P.52

 交差適合試験は,原則として,受血者とABO式血液型が同型の供血者血液(日本赤十字社製赤血球製剤)を用いて行う.受血者がRh0(D)陰性のときには,ABO式血液型が同型かつRh0(D)陰性の供血者血液を用いる.
 交差適合試験には,受血者血清と供血者赤血球との間の反応をみる主試験(major cross-match)と,受血者赤血球と供血者血清との間の反応をみる副試験(minor cross-match)がある(本誌,免疫血液学的検査の「交差適合試験」の項参照).

一般検査 総論

一般検査総論

著者: 只野壽太郎

ページ範囲:P.54 - P.57

一般検査の役割
 医学のなかに臨床検査が独立した学問として登場したのは古いことではない.しかし歴史を振り返ると,すでにヒポクラテスの時代に,現在の一般検査項目の一つである尿や糞便検査の記述がみられる.ヒポクラテスは,病気はその予後と診断を知ることが大切であるとし,その手段として尿と糞便の詳しい観察を勧めている.
 このあと,特に尿検査は盛んに行われ,尿検査の大家としてカービト2世が現れた.中国でも紀元300〜600年当時発行された医書に,尿の着色異常,混濁異常の記載がみられ,また中世のヨーロッパでは尿検査が必須の診断技術として定着していたことが,当時の宗教画にしばしば尿検査をする尼僧の姿がみられることからも知ることができる.

尿検査

尿量/尿比重/色調/尿pH

著者: 堀尾勝 ,   折田義正

ページ範囲:P.58 - P.61

尿量/尿比重(尿浸透圧)/色調
異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 腎は食事摂取,飲水,不感蒸泄,発汗,嘔吐,下痢など体液組成・量の変化に応じて尿の希釈・濃縮を行っている.尿浸透圧は50〜1,200mOsm/kg,尿比重は1.002〜1.040,尿量は500〜12,000mlの広い範囲をとりうる.このため尿量,尿浸透圧,尿比重の評価では絶対値が異常かどうかではなく,どのような病態を反映しているのかが重要である.
 生理的条件下では,尿量・尿浸透圧は抗利尿ホルモン(antidiuretic hormone:ADH)により調節されている.飲水制限などにより血清浸透圧が上昇するとADH分泌が増加し,尿細管における水の再吸収増加により尿は濃縮され,尿量は減少する.反対に飲水により血清浸透圧が低下するとADH分泌が減少し,水の再吸収を減少させ多尿となる.尿の濃縮にはこのADHによる調節と正常な腎で認められる皮質から髄質への浸透圧勾配が必要であり,両者のいずれかが障害されると尿濃縮力低下による多尿をきたす(図1).

尿蛋白

著者: 遠藤守人 ,   大井洋之

ページ範囲:P.62 - P.64

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 尿蛋白の検査は,特別の侵襲がなく,比較的簡便であることから,一般の外来診療や健康診断などにおいて幅広く行われており,腎疾患の診療ではもちろんのこと,種々の病態に関連して診断的価値の高いものである.
 尿蛋白の出現様式として,一過性,断続性,持続性と分類される.

尿糖

著者: 坂本敬子 ,   阪本要一

ページ範囲:P.66 - P.69

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 尿糖とは,単糖類のブドウ糖,果糖,ガラクトース,ペントース(五炭糖)や,二糖類の蔗糖,乳糖など尿中に出現する糖類を総称していう(表1).1950年代までは糖の還元作用を応用した検査が用いられていたので乳糖尿なども検出できたが,現在ではブドウ糖に特異的な検査法を用いており,ブドウ糖尿以外は検出できない状況になっている.したがって現在の尿糖検査は,主として糖尿病のスクリーニングおよび治療の経過観察,治療効果の評価に臨床的意義がある.
 血中のブドウ糖は蛋白と遊離して存在するため,糸球体基底膜で完全に濾過され(濾液/血漿濃度比=1),その後,ほぼ100%が近位尿細管のNa/glucose cotransporterで,Naとともに再吸収される.これは,細胞内外のナトリウムイオンの濃度勾配(尿細管腔と尿細管上皮細胞内のNa+の差)を利用し,これと共役した形で尿中のブドウ糖を吸収するしくみによる.この現象は血漿ブドウ糖濃度を上げていくとある一定値(TmG:尿細管再吸収極量)で頭打ちとなり,以後尿糖は直線的に上昇する.

尿ケトン体

著者: 阪本要一

ページ範囲:P.70 - P.72

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ケトン体はアセト酢酸(acetoacetate:AcAc),β-ヒドロキシ酪酸(3-hydroxybutyrate:3-OHBA)およびアセトンの総称である.ケトン体は主として肝において脂肪酸より生成され,正常人でもごく微量は尿中に排泄されるが,試験紙法で陽性になることはない.
 絶食,インスリン作用不足,カテコールアミン上昇時などで,糖質からのエネルギー供給が不足すると生体は脂肪からエネルギー産生を行うことになり,脂肪分解が亢進し血中遊離脂肪酸(FFA)が増加する.FFAは肝ミトコンドリア内でβ酸化されアセチルCoAとなる.このアセチルCoAからAcAcが生成され,さらに3-OHBA,アセトンへと代謝される.AcAcや3-OHBAは糖質の代わりに骨格筋,心筋,腎などで代謝されエネルギー源となるが,糖質の不足状態が著しいと脳細胞もこれらを利用する.

尿ビリルビン,尿ウロビリノーゲン

著者: 桑島実

ページ範囲:P.74 - P.75

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 1.ビリルビン,ウロビリノーゲンの代謝経路ビリルビンの70〜80%は赤血球内ヘモグロビンのヘム,残りは筋肉内のミオグロビンやその他のヘム蛋白に由来する.ヘムは主に脾の貪食細胞で処理され,ポルフィリン環が開環し,非抱合型ビリルビンに変化する.非抱合型ビリルビンはアルブミンと強固に結合しているため腎糸球体からは濾過されず肝臓に運ばれ,肝細胞小胞体に取り込まれ,グルクロン酸抱合を受け抱合型ビリルビンになり,胆管を経て十二指腸乳頭から腸管内へ排泄される.抱合型ビリルビンの一部は血液中へも移行し,大部分がアルブミンと結合するが,約1%は結合していないため容易に腎糸球体で濾過され尿中へ排泄される.一方,腸管内へ排泄された抱合型ビリルビンは大腸内常在細菌のグルクロニダーゼにより脱抱合と還元を受け,L型(ステルコビリノーゲン),I型(メゾビリルビノーゲン),D型ウロビリノーゲンになる.ウロビリノーゲンの約80%は糞便中へ排泄されるが,約20%は腸管から吸収され,門脈を経て肝細胞に取り込まれた後,再びビリルビンとなって腸管内へ排泄される(腸肝循環).一方,血液中のウロビリノーゲンの一部(主にL型,次いでI型)は腎を通り尿中へ排泄される(図1).

尿ポルフィリン体

著者: 竹内意

ページ範囲:P.76 - P.78

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ポルフィリンは,ヘモグロビンなどのヘム蛋白の構成成分であるヘムの前駆物質である.図1に示すように,グリシンとサクシニルCoAが素材となり,δ-アミノレブリン酸(ALA),ポルフォビリノーゲン(PBG),ウロポルフイリン(UP),コプロポルフィリン(CP),プロトポルフィリン(PP)などの中間産物を経てヘムが合成される.この中間代謝産物を総称してポルフィリン体(P体〉と呼ぶ.
 尿ではALA,PBG,UP,CPが測定可能である.UP,CPが存在すると尿は赤色を呈する.PBGは放置すると酸化され特有のブドウ酒色を呈する.

尿中β2-マイクログロブリン,α1-マイクログロブリン

著者: 伊藤喜久

ページ範囲:P.80 - P.81

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 β2-マイクログロブリン(β2-m),α1-マイクログロブリン(α1-m)は,いずれも分子量5万以下の低分子蛋白である.前者は全身の有核細胞で,後者は肝細胞で産生され,きわめて短時間に糸球体基底膜を通過し,そのほとんどが近位尿細管細胞で再吸収,異化され尿中にわずかに排泄される.
 腎糸球体機能の変化あるいは障害が起こると,その程度に応じて血中からアルブミン,IgGなどの中分子蛋白(分子量6.7万以上40万未満)が排泄され,これに付随して尿中排泄は増加する.

尿潜血

著者: 矢内充

ページ範囲:P.82 - P.84

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 尿潜血反応は,通常試験紙による定性反応で行われる.測定原理を簡単に述べると,ヘモグロビンのペルオキシダーゼ様活性によって,試薬の過酸化物が活性酸素を遊離させ,この活性酸素によって還元型色原体が酸化型色原体となり,発色するものをみるものである.尿試験紙には溶血剤も含まれており,尿中に赤血球が認められる場合,試験紙に触れることにより溶血が起き,遊離したヘモグロビンが上記の反応を起こすことになる.ペルオキシダーゼ様反応は,ヘモグロビンのほか,ミオグロビンでも同様の反応が起きる.
 本検査は非常に鋭敏であり,尿沈渣での赤血球3〜5/HF,またはヘモグロビン(もしくはミオグロビン)15μg/dlで陽性となる.健康診断にて行われる尿検査にて,尿潜血の陽性率は男性で2〜7%,女性で7〜21%と非常に高率であることが報告されている.しかし,二次検査にて明らかな原因の特定ができるものは陽性者の40%にすぎず,治療を必要とするものは,そのうちのさらに40%弱であることが示されている.すなわち,健康診断での尿潜血陽性者のうち80%以上は正常もしくは経過観察という結果になるが,陽性患者のうちで1〜2%の頻度で尿路系の悪性腫瘍が含まれていることも示されており1),決して無視できない検査項目であろう.

尿沈渣

著者: 矢内充

ページ範囲:P.86 - P.90

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 臨床所見から腎尿路系の疾患を疑うときや,健康診断などによる尿定性検査で何らかの異常がみられたとき,尿沈渣を観察することにより様々な情報が得られることがある.現在,尿沈渣検査の方法は,JCCLS(日本臨床検査標準協議会)により標準法が提唱されている1).その概略を述べると,新鮮尿10mlをスピッツにとり,500G,5分間の遠心後,上清を除去し,残存する沈渣のうち約15μlをスライドグラス上に滴下し鏡検するということである.鏡検の際には無染色で観察する場合と,Sternheimer染色などの生体染色を行う場合がある.
 尿沈渣には様々な有形成分が観察されるが,大きく分類して,循環血液由来の血球成分,剥離した腎尿路系の上皮細胞,腎の尿細管・集合管で形成された円柱類,尿路感染に伴う微生物類,代謝産物に由来する結晶成分・塩類が含まれる.実際に検査室では,30種以上に及ぶ沈渣成分を分類している(表1,図1)が,常に病的意義をもつものではなく,量的,質的な解釈が必要である.

糞便検査

便潜血反応

著者: 影岡武士

ページ範囲:P.91 - P.93

便潜血反応検査の意義
 消化器疾患では,病状経過中に多少にかかわらず出血を伴う機会が多い.しかし,症状が発現した時期では,消化器専門医による病因検索のための諸検査が実施されるが,その際には大きな精神的ならびに経済的負担を患者に強いることになる.しかも,症状が発現した段階では,根治的治療の時期を逸していることも稀ならず経験する.もし,便に混入している微量の出血を早期に検出できれば,疾患を初期の段階で発見することとなり,患者への負担は著しく軽減する.
 その簡便な方法として,便潜血反応検査法が用いられているが,それらの原理ならびに検出精度が異なっていることを念頭に置かなければ,判定を誤るおそれがある.また,すべての検査に該当することであるが,検体の採取,搬送および保存について適切な処置を講じなければ,誤った判定が下されることにもなりかねない.

寄生虫検査

著者: 藤田紘一郎

ページ範囲:P.95 - P.99

 近年,新興・再興感染症(emerging and reemerging infectious diseases)という言葉をよく耳にするようになった.過去20年以内にヒトにおける罹患率が上昇したか,近い将来増加が懸念される感染症としてWHOがその概念を提唱し,感染症対策に新しい対応が求められるようになったためである.わが国ではほとんど消滅したと思われていた寄生虫病が再び増加傾向にある.グルメブームや海外旅行ブームなどがその背景にあると思われる.
 水道水汚染によるクリプトスポリジウムの集団感染や熱帯・亜熱帯地域からの帰国下痢症者のランブル鞭毛虫感染など,糞便検査の重要性が再確認されている.本稿では,消化管寄生原虫類,蠕虫類について糞便検査の概略とその際の注意点,検査法について述べる.

髄液その他の穿刺液

穿刺液検査

著者: 猪狩淳

ページ範囲:P.100 - P.101

 胸水,腹水について述べる.
 胸腔,腹腔には正常でも少量の体液が存在し,摩擦を軽減する潤滑油の役割をしている.この体液が病的に貯留増加した状態が胸水であり,腹水である.胸水,腹水の検査の目的は,その性状と貯留原因を調べることであり,試験穿刺を行う.

髄液検査

著者: 渡邊卓

ページ範囲:P.102 - P.104

臨床的意義
 髄液(脳脊髄液:cerebrospinal fluid)は,くも膜下腔および脳室を満たす無色透明な水様の液体であるが,中枢神経系への物理的侵襲に対する保護の役目を果たすのみならず,脳室,くも膜下腔内の化学的ホメオスターシスの維持,栄養物質,代謝産物などの輸送,除去などの役割をも担うと考えられている.髄液は,成人では1日に約500ml程度,主として脳室の脈絡叢より産生されるが,脳室上衣,軟膜血管などからの寄与も考えられている.髄液は基本的には血液成分に由来するが,髄液の産生は単なる透過,拡散のみではなく,能動的かつ選択的な物質の輸送によるところが大きいと考えられる.実際,各成分の血漿/髄液間での濃度比には明らかな差異が認められる.産生された髄液は側脳室より第三脳室,中脳水道,第四脳室を経由し,Luschka孔やMagendie孔を通って脳,脊髄表面のくも膜下腔に拡散していくが,最終的には主としてくも膜顆粒のくも膜絨毛より静脈系に回収される.
 髄液検査が日常臨床のなかで特に重要な役割を果たすのは中枢神経系疾患の診断であるが,なかでも各種頭蓋内感染症の診断には不可欠な検査である.このほか,くも膜下出血,頭蓋内悪性腫瘍,脱髄疾患などの診断にも有用な情報を提供する.

血液検査 総論

血液検査総論

著者: 奈良信雄

ページ範囲:P.106 - P.110

 血液検査は一般的に,赤血球・白血球・血小板の数と形態を検査する血球検査,血栓止血異常を調べる凝固・線溶系検査に大別される.
 これらは血液・造血器疾患を診断し,経過を観察するうえできわめて重要な意義がある.というのも,ほとんどの血液・造血器疾患では血液検査に異常所見が検出できるからである.さらに,肝疾患,腎疾患,内分泌疾患,自己免疫疾患などといった種々の全身性疾患に伴う血液所見の変化や,薬剤による副作用の有無をチェックするためにも,不可欠な検査となっている.

血球検査

赤血球数/ヘモグロビン/ヘマトクリット/赤血球指数(MCV,MCH,MCHC)

著者: 奈良信雄

ページ範囲:P.111 - P.114

異常値が出るメカニズムと臨床的意義
 貧血,あるいは赤血球増加症の診断,ならびにそれらの程度を知るために検査が行われる.貧血がみられる場合には,赤血球,ヘモグロビン(血色素),ヘマトクリットの測定値から赤血球指数(MCV,MCH,MCHC)を計算で求め,貧血を分類する.
 赤血球の減少あるいは増加は,血液・造血器疾患により造血能そのものに障害がある場合だけでなく,種々の全身性疾患でも異常になる可能性がある.このため,初期診療では欠かすことのできない検査である.

網赤血球数

著者: 奈良信雄

ページ範囲:P.115 - P.115

異常値が出るメカニズムと臨床的意義
 網赤血球(reticulocyte)は,骨髄内で赤芽球が脱核した直後でミクロソームやリボソームが残っている赤血球のことである.1〜2日の寿命を経て成熟赤血球となり,末梢血液中にはごく少数しか存在しない.赤血球をメチレン青などで超生体染色してRNAが網状に染まった赤血球を視算法でカウントするか,RNA染色して自動測定装置で測定し,赤血球当たりの比率で算出する.
 出血や溶血などによって赤血球系の造血が旺盛になると,網赤血球が増える.この際,骨髄から通常よりも早く末梢血液に流出し,かっ網赤血球の寿命も長くなる.したがって,貧血が起きれば代償的に網赤血球が増えることになる.もしも貧血があるのに網赤血球数が増えていないか減少していれば,再生不良性貧血や赤芽球癆など,赤血球の造血そのものに問題があると解釈できる.

砂糖水試験/Ham試験

著者: 佐藤晶子 ,   二宮治彦

ページ範囲:P.116 - P.116

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 正常な赤血球は,細胞膜上に補体制御因子(CD55,CD59)を発現することにより,細胞膜上における補体活性化反応による溶血を抑制している.しかし,発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria:PNH)における異常赤血球は,CD55およびCD59が欠損するために,いわゆる補体感受性が亢進している.砂糖水(庶糖水)試験とHam試験は,この補体感受性の亢進した赤血球を検出するための試験である.
 砂糖水試験は,イオン強度の低い蔗糖水中では補体が赤血球に結合し溶血しやすくなること(古典的経路)を,Ham試験は,新鮮血清を塩酸で酸性化(pH6.5〜7)することにより補体の副経路が活性化されることを,それぞれ利用した赤血球の補体感受性の検査法である.

白血球数

著者: 奈良信雄

ページ範囲:P.118 - P.121

異常値か出るメカニズムと臨床的意義
 白血球は,骨髄の中で造血幹細胞が分化,成熟して産生される.成人では日々ほぼ1011個の白血球が作られている.末梢血液中を循環するだけでなく(循環プール:circulating pool),毛細血管壁に付着したり血管壁に沿って流れるものもあり(辺縁プール:marginal pool),感染症や外傷などの病態に応じて白血球は適宜動員される.さらに血管内から組織へと遊走しているものもある(組織プール:tissue pool).
 白血球は,好中球,好酸球,好塩基球,リンパ球,単球からなる.これらは,異物貪食,殺菌,免疫応答,アレルギー反応などの役割を担っており,感染,外傷,組織崩壊,腫瘍などの際において炎症反応の主体をなす.このため,白血球数の増減により,感染症などの診断や経過観察を行うのに有用な指標となる.また,白血病など血液・造血器疾患の診断や経過観察にも重要である.さらに,薬剤などの副作用として白血球数に変動のみられることもある.

末梢血液像/白血球百分率

著者: 奈良信雄

ページ範囲:P.122 - P.125

異常値が出るメカニズムと臨床的意義
 血液・造血器疾患では多くの場合,血球数に異常があり,診断される.
 しかし,血球数には異常がなくても白血球百分率に異常があったり,各血球の形態に変化が起きていることも少なくない.殊に白血病や骨髄異形成症候群の診断には末梢血液像と骨髄像を観察することが不可欠である.このほか,貧血の場合でも,赤血球にみられる種々の形態的な変化から鑑別診断がつけられることがあり,末梢血液像の観察は意義深い.

血小板数

著者: 沼岡英晴 ,   厨信一郎

ページ範囲:P.126 - P.129

異常値の出るメカニズム
 血小板は,骨髄中で骨髄巨核球からその細胞質の一部が分離する形で分離・形成される,直径1〜4μmの核をもたない血球である.骨髄での産生から,肝脾などの網内系臓器で処理されるまでの末梢での血小板の寿命は,正常では,8〜10日間であり,毎日1/8〜1/10が入れ替わっていることになる.また,末梢の血小板のうち約1/3が脾臓にプールされており,循環血液中の血小板と自由に入れ替わっている.
 骨髄巨核球からの血小板産生調節は,巨核球刺激因子あるいは血小板増加刺激作用をもつサイトカインであるthrombopoietin,EPO,SCF,GM-CSF,M-CSF,IL-1,IL-3,IL-6,IL-7,IL-11などの直接あるいは,間接的な作用により行われていると考えられているが,その生体内メカニズムの詳細はいまだ完全には明らかにされてはいない.

骨髄像

著者: 室橋郁生

ページ範囲:P.130 - P.132

異常の出るメカニズムと臨床的意義
 骨髄検査の適応となるのは,末梢血液検査(計測値,細胞形態,芽球の出現)の異常,造血臓器である骨髄細胞の異常が原因となる疾患,骨髄への腫瘍の転移,感染症のうち結核などの肉芽腫性疾患,Gaucher病などの蓄積病である.
 信頼性のある結果を得るには,検査の手技,部位,方法が適切でなくてはならない.骨髄は年齢とともに脂肪化が進むため,体幹に近い脂肪化の少ない部位がよい.脊椎骨,胸骨,腸骨の順で脂肪化が多くなる.

特殊染色

著者: 檀和夫

ページ範囲:P.134 - P.135

ペルオキシダーゼ染色
臨床的意義
 ペルオキシダーゼ(顆粒球系細胞に存在するミエロペルオキシダーゼ)染色が臨床的に最も有用なのは,急性白血病の病型診断の場合である.そのほかには,慢性骨髄性白血病の急性転化時における細胞系統の判定,さらに好中球機能検査として用いられることがある.

FAB分類

著者: 佐藤尚武

ページ範囲:P.136 - P.138

 FAB(French-American-British)分類は血液造血器腫瘍の国際分類で,名称は仏,米,英の血液学者による共同作業として提唱されたことに由来する.最初に急性白血病の分類が発表され,その後骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome:MDS)の規定など数回の改訂がなされた1〜6).このほか,慢性(成熟型)リンパ性白血病や慢性骨髄性白血病の分類も提唱されている.本稿では紙幅の関係もあり,最もよく利用されている急性白血病とMDSについてのみ記す.

異常ヘモグロビン

著者: 原野昭雄 ,   原野恵子

ページ範囲:P.140 - P.141

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ヘモグロビン(Hb)は,血液中の赤血球内蛋白の95%以上を占める赤色の複合蛋白質で,肺で結合した酸素を末梢組織へ運び,末梢組織の代謝によって生じた二酸化炭素を体外へ排出する生理的に重要な役目を担っている.異常Hb症は,それを構成する2種(αとβ鎖)のグロビン蛋白構造異常による異常Hb症と,グロビン構造は正常であるが,合成不均衡によるサラセミア症がある.いずれも遺伝性の疾患である.前者は構造遺伝子の塩基の置換などによるアミノ酸配列異常のグロビンで構成され,分子の不安定性や機能(酸素親和性)異常をきたし,Heinz小体形成や感染症(例えばパルボウイルスB19)により発作的な溶血性貧血を起こす不安定異常Hb,定期的瀉血を必要とする多血症となる異常Hbや紫藍症状を現わす異常Hbなど,多種多様な病態を示すものがある.後者では特徴的な小球性低色素性貧血を呈する.血球形態異常(標的,奇形など)を示し,肝脾腫が認められ定期的な輸血を必要とする重篤な症例もみられる.

凝固/線溶系検査

血栓止血のメカニズム

著者: 東田修二

ページ範囲:P.143 - P.145

正常の止血機構
 外傷により出血が起こると,生理的な反応として血管損傷部位に効果的な血栓(止血栓)が形成され止血する.一方,疎通している血管が閉塞して臓器障害を起こす病的な血栓もあるが,両者の形成機序はほぼ共通している.
 血液は,正常な内皮細胞でおおわれた血管内では血栓を作ることはない.しかし,外傷により血管内皮細胞が断裂し,血液が内皮下組織のコラーゲンなどに触れると,von Willebrand因子(vWF)を介して血小板が内皮下組織に粘着し,さらに活性化され凝集して一次止血栓を形成する(図1).また,内皮下組織にある組織因子(tissue factor:TF,因子番号では第III因子,組織トロンボプラスチンの蛋白成分に相当)は,血液中の活性化第VII因子と複合体を形成して第IX因子を活性化する.活性化第IX因子は第VIII因子と共同して第X因子を活性化する.活性化第X因子は第V因子と共同してプロトロンビン(第II因子)をトロンビンに換え,トロンビンはフィブリノゲン(第I因子)を分解してフィブリンを生成する.フィブリンは第XIII因子によって安定化し凝固機序が完了する.安定化フィブリンは血小板による一次止血栓を網状に包み込み,強固な二次止血栓にして止血を完全なものにする.成書にしばしば示される模式的な凝固カスケード(階段状に連続した滝の意)を,図2の太い矢印で示した.

PT(プロトロンビン時間)

著者: 福武勝幸 ,   香川和彦 ,   西脇圭子

ページ範囲:P.146 - P.149

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 PTは外因性および共通性凝固因子のスクリーニングテストとして広く日常の臨床検査に用いられている.原理は被検血漿に組織トロンボプラスチンとカルシウムイオンを加えて,凝固するまでの時間を測定するものである.この検査は外因性凝固因子と共通性凝固因子群の複合した反応を測定する方法であり,第II因子(プロトロンビン),第V因子,第VII因子,第X因子の活性に関する異常を検出することができる.一般的には内因性凝固因子群と共通性凝固因子群の反応を測定する活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)と組み合わせることにより,血液凝固異常症のスクリーニング検査として使われている.この原理についてはAPTTの項において解説する.

APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)

著者: 福武勝幸 ,   高橋陽子 ,   馬場百合子

ページ範囲:P.150 - P.153

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 APTTは主に出血傾向の有無を診断するための検査法で,被検血漿に血小板膜の代わりのリン脂質を十分に補い,接触因子を十分活性化させる添加物を加えて,さらにカルシウムイオンを添加して血漿が凝固するまでの時間を測定するものである.この検査は内因性凝固因子群と共通性凝固因子群の複合した反応を測定する方法であり,関連する凝固因子が単独または複合して欠乏すると,凝固するまでの時間が延長する.
 一般的には外因性凝固因子と共通性凝固因子群の反応を測定するプロトロンビン時間(PT)とAPTTを組み合わせることにより(図1),血液凝固異常のスクリーニング検査とされている.凝固因子の欠乏原因が先天性疾患である場合は単独の欠乏である場合がほとんどであり,APTTが著明に延長し,PTが基準範囲内の場合は内因性凝固因子のうちのどれかの異常であり,PTが著明に延長し,APTTが基準範囲内の場合は外因性凝固因子の異常であり,両者が著明に延長した場合は共通性凝固因子のうちのどれかの異常であると考える.

トロンボテスト,ヘパプラスチンテスト

著者: 村上直己

ページ範囲:P.154 - P.155

トロンボテスト
 異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ウシ由来組織トロンボプラスチン,ウシ吸着血漿(II・VII・IX・X因子を欠く)に被検血漿を加えて凝固時間を測定する方法で,ビタミンK依存性凝固因子II・VII・X因子の総合的な凝固能を判定する(IX因子は内因系のためほとんど影響しない).またビタミンK欠乏状態,ワーファリン®服用時には不完全なビタミンK依存性凝固因子(II・VII・IX・X因子)が産生されて,PIVKA(protein induced by vitamin K antagonist)と総称され凝固阻害に働く.トロンボテストはPIVKAの影響をも含めたII・VII・X因子の総合活性を反映する.このため抗凝固薬ワーファリン®治療のモニター検査としてわが国では広く用いられている.

出血時間,毛細血管抵抗試験

著者: 村上直己

ページ範囲:P.156 - P.157

出血時間
異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ランセットを用いて皮膚に小さな一定の切創を加えて出血させ,自然止血に要する時間を計測する検査.一次止血に関与する血小板数・血小板機能・毛細血管とその周囲組織の性状が主に影響する.現在は血小板数は容易に測定できるので,血小板機能のスクリーニング検査の意味合いが強い.耳朶を穿刺するDuke法が簡便で広く行われている(Ivy法では前腕部を穿刺する).

フィブリノゲン

著者: 村上直己

ページ範囲:P.158 - P.158

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血管組織が破綻すると,血小板による一次止血とともに凝固系が発動される.凝固の最終段階においては,形成されたトロンビンの作用でフィブリノゲンからフィブリノペプチドA,フィブリノペプチドBが離れフィブリンモノマーになり,重合してフィブリンポリマーを形成する.さらにトロンビンによって活性化されたⅩⅢ因子が作用して不溶性フィブリンとなり,強固なフィブリン血栓が形成され凝固機序は終了する.一方線溶亢進状態では,プラスミンの作用でⅤ・Ⅷ・ⅩⅢ因子とともにフィブリノゲンも分解を受ける.測定は,トロンビン添加による凝固時間を応用したトロンビン時間法が広く用いられる.

アンチトロンビンⅢ/TAT(トロンビンーアンチトロンビンⅢ複合体)

著者: 中野一司 ,   丸山征郎

ページ範囲:P.160 - P.161

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血管破壊や炎症などが原因となり,生体内で血液凝固反応が開始されると,凝固カスケード反応により,最終的に大量のトロンビンが生成される.トロンビンは,フィブリンの形成,血小板の凝集,平滑筋細胞の増殖などの様々な生体反応に関与し,血液凝固反応のみならず組織障害修復機構のキーエンザイムとして機能する.過剰のトロンビンは,容易に血管内血栓を生じさせる能力をもつため,役目を終えたら速やかに消滅させる必要がある.
 生体内で過剰のトロンビンを不活性化する因子の一つとして,アンチトロンビンⅢ(AT Ⅲ)がある.アンチトロンピンⅢ(AT Ⅲ)は,肝臓で合成されるセリンプロテアーゼ・インヒビター(serpin)ファミリーの一員で,トロンビンのほか,第Xa因子,第IXa因子などの強力な阻害因子である.生体内で産生されたトロンビンは,アンチトロンビンⅢ(AT Ⅲ)により,ヘパリン存在下で速やかに不活性化され,トロンビン・AT Ⅲ複合体(TAT)を形成する.したがってTATを測定することは,生体内で産生されるトロンビンを間接的に測定することである.TATの血中半減期は15分以下ときわめて短いため,TATは血管内でのトロンビン生成の適切なマーカーとなる.

FDP/Dダイマー

著者: 岡嶋研二

ページ範囲:P.162 - P.165

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 FDPは,フィブリンおよびフィブリノゲンの分解産物の総称である.Dダイマーとは,トロンビンと凝固第XIII因子(F.XIII)の作用によって形成された安定化フィブリンのプラスミンによる分解産物の総称であるが,正確には,架橋されたフィブリンの分解産物であるので,Cross-linked fibrin degradation products(XDP)とも呼ばれる.多くの場合,FDPやDダイマーの血中濃度の上昇は,血栓形成を反映する.
 フィブリノゲンは,ポリペプチドであるAα,Bβ,およびγ鎖の2量体,すなわち(AαBβγ)2であるが,この構造中,各ポリペプチド鎖間にss結合が多く存在し,蛋白分解酵素に対して耐性である部分がある.この構造は,フィブリノゲン1分子中に3カ所あり,N端に近い部分がE分画(1カ所),また,C端に近い部分がD分画(2ヵ所)と呼ばれる(図1).トロンビンの作用により,Aα鎖のN端からフィブリノペプチドA(FPA)が除去されると,フィブリンⅠになるが,さらにトロンビンの作用によりBβ鎖のN端からフィブリノペプチドB(FPB)が切断され,フィブリンⅡが生成する.フィブリンⅡはポリマー化しやすく,これらの結果,フィブリンポリマーが生成する(図1).

SFMC(可溶性ブイブリンモノマー複合体)

著者: 岡鳴研二

ページ範囲:P.166 - P.167

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 可溶性フィブリンモノマー複合体(soluble fibrin monomer complex:SFMC)は,大量のトロンピンによってフィブリノゲンから生成した過剰なフィブリンが,高分子物質であるフィブリノゲン,フィブリン分解産物,およびフィブロネクチンを結合し,複合体を形成したものである(図1).すなわち,SFMCが血中で検出されれば,過剰なフィブリン形成が引き起こされたことを意味する.
 いろいろな病態で,凝固系の活性化が惹起されると,トロンビンが形成され,それに伴い,トロンビン-アンチトロンビン複合体,フィブリノペプチドA,およびプロトロンビンフラグメント1十2などが生成される.しかし,これらのマーカーは,トロンビン生成のマーカーであり,決して血栓形成のマーカーではない.これに対して,可溶性フィブリンやSFMCが血中で検出されれば,これは血栓が形成されたことを意味する(図2).血栓が形成されても,線溶活性が低下していると,FDP濃度は上昇しないことがあるが,SFMC検出は,このような場合でも,血栓形成の指標となりうる.

PIC(プラスミンープラスミンインヒビター複合体)

著者: 小山高敏

ページ範囲:P.168 - P.168

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血液凝固反応が活性化され,フィブリン(線維素)が析出すると,フィブリンにプラスミノゲンアクチベータ(plasminogen activator:PA)が結合して,フィブリン分子上に結合したプラスミノゲンを活性化する.活性化で生じたプラスミンは即座にフィブリンを分解するように働く.この線維素溶解(線溶)機構は,(血漿)プラスミンインヒビター〔(plasma)plasmin inhibitor:PI,(従来α2-plasmin inhibitorないしα2-antiplasminと呼ばれた)〕とPA inhibitor(PAI)によって制御されている.PIは,プラスミノゲンのフィブリンへの結合を阻害し,また活性化XIII因子によってフィブリンに架橋結合し,フィブリン上で結合したプラスミンを即座に不活化する(次項の図1参照).フィブリン融解を行う二次線溶の制御において,フィブリンに結合していない遊離のPIは,フィブリンに架橋結合したPIに比較して,はるかに弱い働きしかしていないが,循環血液中に存在するプラスミンを即座に不活化し,フィブリンが析出していない状態での線溶反応を抑えている.

t-PA/t-PA・PAI-1複合体(組織性プラスミノゲンアクチベータ・プラスミノゲンアクチベータインヒビター1複合体)

著者: 小山高敏

ページ範囲:P.170 - P.171

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血栓表面上(固相)では,プラスミノゲン(plasminogen:PLG)が,フィブリン親和性の高い組織型プラスミノゲンアクチベータ(tissue-type plasminogen activator:t-PA)によって活性化され,プラスミンに変換されて線溶を起こす.T-PAは,血栓中の血小板から放出されたプラスミノゲンアクチベータインヒビター(PA inhibitor-1:PAI-1)によって不活化されるが,循環血中のt-PAより阻害を受けにくい.プラスミンは,フィブリンに架橋結合したプラスミンインヒビター(plasmin inhibitor:PI)(前項p168参照)によって阻害され,線溶過剰が抑えられている.循環血液中(液相)では,二本鎖ウロキナーゼ型プラスミノゲンアクチベータ(urokinase-type PA:u-PA)がPLGを活性化するが,血管内皮細胞から分泌されたPAI-1によって阻害され,生じたプラスミンも速やかにPIによって不活化される(図1).

プロテインC,プロテインS,APCコファクター2

著者: 小山高敏

ページ範囲:P.172 - P.173

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血液凝固反応活性化で産生されたトロンビンは,血管内皮細胞膜上の糖蛋白トロンボモジュリン(thrombomodulin:TM)と結合し,プロテインC(protein C:PC)を活性化する.内皮細胞上に存在するPC/活性化されたPC(activated PC:APC)受容体(endothelial protein C receptor:EPCR)は,トロンビン・TM複合体によるPCの活性化を著しく促進する.APCは,別のビタミンK(Vit K)依存性蛋白のプロテインS(protein S:PS)を補助因子として,活性化第V因子(FVa),活性化VIII因子(FVIIIa)の両方を蛋白分解して不活化し,凝固反応進行を遅滞させる.血漿中のPSは,約60%が,古典的補体活性化経路の制御蛋白であるC4b-結合蛋白(C4b-BP)に結合して存在する.C4b-BPに結合していない遊離型PSのみが,APCの補助因子として作用する.FVは,PSとともに存在すると,APCがFVIIIaを不活化する際の補助因子として働くため,APCコファクター2とも呼ばれる.欧米人において従来原因不明の先天性血栓性素因患者の多くがAPCの抗凝固作用に対する抵抗性(レジスタンス:低応答性)を示すことがわかり,APCコファクター2すなわちFVの異常であることが推測された.

血液凝固因子

著者: 新井盛夫

ページ範囲:P.174 - P.174

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血液凝固因子の活性化は,活性化された凝固因子が,特定の凝固因子を引き続き活性化させる逐次反応によって連続的に進行する.したがって,生体内で過剰な凝固反応が進んだときには,多くの凝固因子が連鎖的に活性化され,やがてアンチトロンビンなどにより失活を受ける.すなわち,過凝固状態の初期には,血漿中の各凝固因子の活生が見かけ上増加し,引き続き,消費性に低下する.各凝固因子は,主に肝臓で産生され,特定の血中半減期に従って代謝される.この際,凝固因子の血漿濃度は,産生や貯蔵部位からの放出が増えるときには上昇する.各種の誘因によるビタミンK欠乏症では,ビタミンK依存性凝固因子群のγカルボキシル化が抑制され,おのおのの活性は低下する.また,ある凝固因子に対する特異抗体が産生されたときには血中半減期が短縮し,血漿濃度は低下する.ループスアンチコアグラントや抗リン脂質抗体症候群の血漿では,リン脂質を用いる凝固因子の共通測定系に影響を及ぼし,見かけ上複数の凝固因子活性が低値を示すことがある.

血小板凝集能

著者: 田上憲次郎

ページ範囲:P.175 - P.175

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 光学的凝集計による凝集過程は,①膜表面の受容体によるアゴニストの受容,②その刺激の細胞内伝達および増幅,③膜蛋白GPIIb/IIIa(integrin αIIbβ3)の構造が活性化され初めてフィブリノゲンを結合しうるようになり,結合したフィブリノゲンがいわば細胞間の糊(paste)となり,血小板相互をくっ付ける,という3段階がこの順に進んで凝集となる.したがって凝集能の異常(圧倒的に低下が多い)をきたすメカニズムは,これらの3段階の先天性異常,稀ながら後天性の異常,あるいは薬物による阻害によって起こる.

血液生化学検査 蛋白

血清蛋白総論

著者: 櫻林郁之介 ,   藤田清貴

ページ範囲:P.177 - P.184

血清蛋白の種類と分類
 血清蛋白はヒト血清中に約8%の濃度で含まれ,現在,微量成分も含めて構造や性状の異なる約80種類以上のものが確認されている.これらの蛋白は種々の機能を有しており,体液の浸透圧維持,物質の結合と輸送,補体活性,血液凝固能,抗体活性など成分により機能分担があり,生体内における生命維持に大きな役割を演じている.したがって,特定の蛋白の定量,その増減の観察は病態を把握するうえできわめて重要である.表1には,pH 8.6の緩衝液の中における主な血清蛋白成分を相対易動度別に示した.これらのなかには,いまだ生物学的機能の判明していないものも少なくない.

血清総蛋白,蛋白分画,A/G比

著者: 木村聡

ページ範囲:P.186 - P.189

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血清蛋白の種類は100以上にのぼる.その主なものはアルブミン,免疫グロブリン,リポ蛋白などである.これらの総量をみるのが総蛋白であり,構成比から様々な病態の把握を行うのがA/G比と蛋白分画である.個々の蛋白定量に較べ疾患特異性は劣るが,いずれも迅速,簡便かつ安価に血清蛋白の概況が把握できる利点をもつ.このため日本臨床病理学会は,「日常診療における基本的臨床検査」の一つに組み入れている.
 それぞれの分画に含まれる主な蛋白を表1に示す.数が多くて覚えきれないようにみえるが,実際は各分画で最も量の多い蛋白1〜2種類の増減が大きく反映される.例えばα1分画に含まれる蛋白では,急性相反応物質α1アンチトリプシンが主体で,炎症性疾患で増加する,α2分画ではハプトグロビンが主体で,炎症で増加,溶血で減少する.β分画ではリポ蛋白とトランスフェリンが主体で,前者は高脂血症で増加,後者は腎糸球体障害で減少する.γ分画ではIgGが最も多く,炎症性疾患やM蛋白血症で増加する.また「血清総蛋白」としては,量的に最も多いアルブミン,グロブリンの増減に左右される.このように各分画の代表的蛋白を一つずつ覚えれば,基本的なパターンは判定できる.

免疫電気泳動

著者: 木村聡

ページ範囲:P.190 - P.194

どんな時に免疫電気泳動を検査すべきか
 免疫電気泳動を施行する目的は次の三つである.
 1.M蛋白の同定
 多発性骨髄腫,原発性マクログロブリン血症,本態性M蛋白血症などが疑われる症例において,M蛋白やBence Jones蛋白の有無,種類と大まかな量を知る.

プレアルブミン

著者: 島中公志 ,   高瀬修二郎

ページ範囲:P.195 - P.195

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 肝での蛋白合成能および栄養状態の指標として,従来より血清アルブミン濃度が用いられている.しかし,血清アルブミンは血中半減期が2〜3週間と長いため鋭敏な指標とはいえない.
 プレアルブミンはそのほとんど(99%)が肝で合成され,かつ血中半減期が1.9日ときわめて短いrapid turnover proteinであるため,その血中濃度は肝障害の程度および栄養状態の早期指標として用いられている.

α1-マイクログロブリン,β2-マイクログロブリン

著者: 伊藤喜久

ページ範囲:P.196 - P.197

異常値のメカニズムと臨床的意義
 α1-マイクログロブリン(α1-m)は分子量が3万の糖蛋白で,主にAGEの担送機能を有するとされる.一方,β2-マイクログロブリン(β2-m)は1万1千でHLA抗原のL鎖を構成し,ウィルス感染他の免疫応答に関与する.前者は主に肝細胞で,後者は全身の有核細胞,殊に免疫担当細胞,肝細胞などから産生される.異化動態は共通で,低分子蛋白であるためきわめて短時間に血清から腎糸球体基底膜で濾過され,近位尿細管細胞で再吸収,異化され,ごくわずか尿中に排泄される.血清α1-mではさらに血中IgA,プロトロンビン,アルブミンなどと結合存在するものが約50%を占める.ここでの異化の機序はいまだ明らかでない.
 したがって,α1-m,β2-mの血中濃度は,腎前性の産生能,腎による異化処理能,およびα1-mについては結合蛋白の濃度の動態により左右される.

α1—アンチトリプシン,α1—アンチキモトリプシン

著者: 〆谷直人 ,   大谷英樹

ページ範囲:P.198 - P.199

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 α1-アンチトリプシン(α1AT)およびα1-アンチキモトリプシン(α1ACT)は,蛋白分解酵素を阻害する蛋白(protease inhibitor)に属し,前者はエラスターゼ,トリプシン,キモトリプシン,コラゲナーゼなど各種のproteaseの作用を中和ないし阻害するが,後者はキモトリプシンやカテプシンGを中和し,またPSA(prostate-specific antigen)と結合する特徴がある.また,両者は炎症や癌などで組織障害時に血中に増加する急性期蛋白の一種でもある.
 α1ATは主に肝細胞で生成され,炎症時には2~3日で基準値の約2倍に達し,炎症の指標となる.また,悪性腫瘍でも増加することが多く,腫瘍マーカーの一つでもある.α1ATには遺伝型として,20数種の表現型phenotypeがあり,それぞれ血中濃度が異なる.特にα1ATの最も低値を示す先天性α1AT欠乏症(表現型ZZ型)は慢性閉塞性肺疾患(肺気腫)を発症しやすく,また小児肝硬変を伴う頻度も高い.

α2-マクログロブリン

著者: 狩野有作 ,   大谷英樹

ページ範囲:P.200 - P.201

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 α2マクログロブリン(α2 macroglobulin:α2M)は,単球・マクロファージ系の細胞などで産生される分子量72,000の糖蛋白である.血中に最も多い蛋白分解酵素阻害蛋白(protease inhibitor)として,多くの蛋白分解酵素(protease)の活性を阻害することにより,血液凝固,線溶系,炎症反応などに関与している.
 血中α2Mの減少する病態はあまり多くはない.DICでは,形成されたα2 M-plasmin複合体が網内系で消費され,α2Mが低下すると考えられている.急性膵炎では,trypsinと結合し消費するとされる.骨転移を伴う前立腺癌では,血清α2Mが約20mg/dl以下に著減すること(α2M欠損症)があり,本症に特異的なものと考えられ,その機序としては,前立腺組織より放出されるPSA,urokinaseなどのproteaseとα2Mのcomplexの形成による異化の亢進が考えられる.

フェリチン

著者: 森啓 ,   小峰光博

ページ範囲:P.202 - P.203

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 鉄貯蔵蛋白には,水溶性のフェリチン,水に不溶性で沈着するヘモジデリンがある.フェリチンは,細胞内に貯蔵されるが水溶性であるため,組織から血中に溶解され血清フェリチンとして測定される.フェリチンは,球状で分子量44,500のアポフェリチンが,空洞状の中央部に2,500〜4,000原子の鉄イオンを含んだ鉄複合体である.アポフェリチンは,24個のサブユニットからなり,鉄イオンは,サブユニット間の隙間を通路として出入りする.サブユニットには,H型(heavy,分子量21,000)とL型(light,分子量19,700)があり,H型とL型が種々の比率に集合してイソフェリチンを形成する.各イソフェリチンは組織によって異なり,肝や脾では,L-subunitの比率が高く,心臓ではH-subunitの比率が高い.
 血清フェリチンの増加する機序の一つは,組織内のフェリチンの変動である.鉄は,細胞内でフェリチンmRNAを増加させ,また鉄調節因子が,フェリチンmRNA上の鉄反応要素に結合するのを抑制するなどにより,フェリチン合成を促進する.血清フェリチンの1ng/mlは貯蔵鉄8〜10mgに相当するとされ,組織鉄の変動を反映して変化する.貯蔵鉄を反映せずに血中フェリチンが増加する機序として,肝臓その他,脾臓,骨髄,心臓,肺などにフェリチンが存在しており,これらの臓器が障害されると血中に逸脱して増加する.

セルロプラスミン

著者: 友安茂

ページ範囲:P.204 - P.205

異常値をきたすメカニズムと臨床的意義
 セルロプラスミンは分子量132,000の青色を呈する銅蛋白であり,血清銅の95%はセルロプラスミンに含まれている.消化管から吸収された銅はアルブミンと結合して肝臓に運ばれる.肝臓で銅はアポセルロプラスミンと結合してセルロプラスミンとなり血中に放出される.排泄経路は主に胆道であり,そのほかに腎臓からも少量排泄されている.
 セルロプラスミンは銅運搬としての機能は弱く,重要な生理作用は鉄酸化触媒(ferroxidase)作用である.肝臓で合成されたセルロプラスミンの銅は1価の還元型であるが,酸素存在下に2価の酸化型となる.酸化型セルロプラスミンの鉄酸化作用により2価鉄は3価鉄に酸化される(図1).3価になることによつて鉄はトランスフェリンと結合して骨髄やその他の組織に運搬されヘモグロビン合成,非ヘム蛋白合成に利用される.したがって,鉄代謝とセルロプラスミンには密接な相互関係があり,セルロプラスミンが欠乏すると貧血が発症したり,貧血があるとセルロプラスミンが変動する.前者の代表的な疾患が銅欠乏による小球性低色素性貧血であり,後者の代表的な疾患が再生不良性貧血である.再生不良性貧血の鉄代謝異常を是正するためにセルロプラスミンが高値となっていると考えることもできる.

ハプトグロビン

著者: 小林正之

ページ範囲:P.206 - P.207

生理的意義と異常値の出るメカニズム
 ハプトグロビン(haptoglobin:Hp)は糖蛋白で,2個の軽(α)鎖と,ヘモグロビン(Hb)の結合部位である2個の重(β)鎖で構成されている.α鎖には遺伝的多型性があり,ポリアクリル電気泳動によりHp 1-1(日本人での出現頻度は6.5%),Hp 2-1(35.2%),Hp 2-2(57.6%)の3亜型に分類される.
 Hpはキモトリプシンファミリーに属する急性相反応蛋白であるが,蛋白分解酵素活性はない.産生部位は肝実質細胞であるが,リンパ球培養上清にも認められる.IL-1,IL-6,ステロイドホルモン刺激で産生は亢進し,CRPよりも約1日遅れて異常高値を示すが,急性相蛋白としての生理的意義は明らかではない.しかしα鎖がPHAなどによるリンパ球の幼若化反応を抑制することから,免疫抑制作用を有するものと推察されている.

トランスフェリン

著者: 石橋敏幸 ,   丸山幸夫

ページ範囲:P.208 - P.208

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 トランスフェリンは主に肝臓で産生される分子量約80,000の糖蛋白質で,鉄と結合し生体内で鉄輸送蛋白として機能している.トランスフェリンは血漿中に通常200〜350mg/dl存在し,β1グロブリン分画に属する.1分子のトランスフェリンは2原子の三価鉄イオン(Fe3+)と結合し,1mgのトランスフェリンは約1.3μgの鉄と結合する.鉄を結合しているトランスフェリンと結合していないトランスフェリンを併せて単位容積当たりの鉄を結合する能力を血清鉄結合能(total iron binding capacity:TIBC)という.TIBC値は血液中のトランスフェリン量を表すと考えてよい.
 トランスフェリン合成を調節しているのは肝細胞内鉄量と考えられている.肝細胞内鉄量が減るとトランスフェリン合成は増加し,肝細胞内鉄量が増加するとトランスフェリン合成は低下する.そのため,鉄欠乏状態や赤芽球造血が盛んになる病態ではトランスフェリンは高値を示す.反対に鉄過剰や鉄利用低下および鉄利用障害のときにはトランスフェリンは低値を示す.

免疫グロブリン

著者: 河野均也

ページ範囲:P.209 - P.212

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 免疫グロブリン(Igs)は抗原刺激を受けたB細胞系細胞が分化・成熟して産生する血漿蛋白成分であり,IgG,IgA,IgM,IgDおよびIgEの5つのクラスに分類され,おのおの抗体としての活性をもつ.したがって,Igsの量的あるいは質的な異常を捉えれば,免疫機構の機能異常を知る手掛かりが得られることになる.本稿では,比較的量的に多く存在するIgG,IgAおよびIgMに限って述べる.
 Igsは体液性免疫の中心をなす血漿蛋白質であり,その病的増加は抗原の刺激が持続的に加わるような病態,あるいはIgs産生細胞の腫瘍性増殖の結果生ずることが多い.前者は多クローン性の,後者は単一クローン性(M-蛋白)の増加が主としてみられる.しかし,Igs産生系細胞の先天的な異常(原発性免疫不全症)あるいは免疫抑制剤の使用などでみられる続発性の免疫不全症では,これらIgsの減少を認める場合が多い.

補体

著者: 狩野有作 ,   大谷英樹

ページ範囲:P.213 - P.215

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血清甲の補体(compliment:C)はC1〜C9の11種類の蛋白成分をはじめ,補体制御因子を含めると20種類近い成分から構成される.そして通常は活性のない前駆体(zymogen)として存在する.
 補体成分は主に肝臓で生成され,細網内皮系,陽管上皮細胞などでも産生される.その機能として,抗体の防御作用を補強する重要な役割がある.生体内で抗体が存在すると細菌などの細胞膜上の抗原に結合し,抗原抗体複合物を形成する.これが補体系を活性化し,病原体に結合した補体はマクロファージや多核白血球などの食細胞による貪食能を促進させる(オプソニン作用:opsonization).また,活性化された補体は,病原体の細胞膜に穴を開け溶解させることもある.したがって,補体成分の欠損症ではしばしば易感染性を呈し,広義の体液性免疫不全症に属する.

クリオグロブリン

著者: 大谷英樹

ページ範囲:P.216 - P.217

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 クリオグロブリン(cryoglobulin)とは,血清を低温(4℃)に保存すると白色沈殿またはゲル化し,34℃に温めると再溶解する熱凝固性蛋白(thermo-protein)の一種である.その主な構成成分は病的免疫グロブリンであり,M蛋白(単一クローン性免疫グロブリン),あるいは免疫複合体(immune complex)の一種である.したがって,クリオグロブリンは寒冷沈降性の特性をもつM蛋白,または寒冷沈降性の免疫複合体のいずれかであるといえよう.M蛋白はB細胞系の単一クローン性細胞の増殖,特に悪性腫瘍細胞によって産生されることが多い.低温でM蛋白の立体構造が変化し,溶解性が減少して白濁ないしゲル化するものと考えられる.他方,寒冷沈降性の免疫複合体の生成機序は不明であるが,ウイルス・細菌などの侵入あるいは免疫組織の不安定状態が原因となり,自己抗体が産生され,その結果免疫複合体が形成されるものと考えられる1).自己抗体としてはリウマトイド因子がしばしば見いだされ,免疫複合体はIgM-IgG型(IgMはIgGに対する自己抗体)のことが多い.
 寒冷過敏,Raynaud現象など血液循環障害に基づく諸症状がみられる場合や,膠原病などの,いわゆる免疫複合体病に属する病態,あるいは血管炎や腎障害を伴う本態性クリオグロブリン血症などでクリオグロブリンの検査が行われる.

Bence Jones蛋白

著者: 大谷英樹

ページ範囲:P.218 - P.219

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 免疫グロブリンフラグメントの一つであるベンスジョーンズ蛋白(Bence Jones protein:BJP)は,通常二量体として存在し,分子量は44,000と小さいため血中のBJPは糸球体から容易に濾過され尿中に排泄される.したがって,BJPは血清よりも尿のほうが証明しやすい.
 BJPは単一のL鎖からなるので,単一クローン性L鎖(monoclonal light-chain)とも呼ばれ,免疫グロブリンと同様に2つの型に区別される.すなわち,BJP-κとBJP-λである.一方,構造上多少異なった数多くのL鎖からなる多クローン性(polyclonal)L鎖があり,BJPとは免疫電気泳動により区別しうるが,両者の鑑別には注意を要する.

オリゴクロナルバンド

著者: 櫻林郁之介 ,   藤井英治 ,   実方和宏

ページ範囲:P.220 - P.221

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 オリゴクロナルバンド(oligoclonal bands:OB)は,髄液中に検出される免疫グロブリンである,含まれる成分がほとんどimmunoglobulin G(IgG)であることが多く,ポリクロナルなIgGとは区別されている.中枢神経系内に存在する2つ以上の形質細胞によって産生され,IgGの多様性に制限があることを意味している.
 多発性硬化症(MS)や中枢神経系の感染症では,髄液中:脳血液関門(BBB)の免疫グロブリンが増加し,BBBでの抗体産生を反映するが疾患特異性は低いと考えられる.手技的には,髄液蛋白のアガロースゲル電気泳動法でγ分画に1から数本の不連続な異常バンドとして認められる.

IgE,アレルゲン特異的IgE抗体(RAST),アレルゲン特異的IgG抗体

著者: 東田有智 ,   川合右展

ページ範囲:P.222 - P.223

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 気管支喘息を代表的疾患とするI型アレルギー反応は,抗原(アレルゲン)によるIgE抗体の誘導に始まる.このアレルゲン特異的IgE抗体の存在は,決してアレルギー疾患の病態すべてを説明しうるものではないが,原因となるアレルゲンを見いだすのに有用で,診断とその後の治療上きわめて重要である.この目的のため,また安全性の点から,今日ではin vivoよりもin vitroでアレルゲン特異的IgE抗体を検出する方法が一般に用いられ,行われている.
 IgE RAST(radioallergosorbent test)法は,その代表的検出法である.それに対し特異的IgG抗体,なかでもIgG 4抗体はshort-term sensitizinganaphylactic antibody,あるいは遮断抗体(blocking antibody)として注目されているにもかかわらず,その臨床的意義については一定の見解は得られていない.しかし,アトピー性疾患でIgE抗体が高値であると同時に,特異的IgG抗体,IgG1抗体およびIgG4抗体も高値を示す傾向があり,特異的IgG抗体の測定は臨床的に有用な情報が得られる可能性がある.

フィブロネクチン

著者: 西成田進

ページ範囲:P.224 - P.224

検査の目的・意義
 フィブロネクチン(fibronectin:FN)は血漿,羊水その他の体液中に存在する糖蛋白である.主な産生細胞は肝細胞,血管内皮細胞,血液単球である.血漿FN,細胞性FN,胎児型FNがある.その機能は細胞同士の接着,細胞移動,細胞の分化,損傷組織の修復,オプソニン作用などのほか,最近では癌転移の抑制,免疫,炎症反応への関与も報告されている.これら多彩なFNの機能が関与する免疫・炎症の病態を反映する一つの血清学的な指標としての意義をもつ.

炎症マーカー

炎症マーカー総論

著者: 河合忠

ページ範囲:P.225 - P.227

 炎症とは,細胞や組織の傷害に対する一連の防御的局所反応であって,形態学的には,①細胞の変性・壊死,②血管反応および③細胞の増殖により特徴づけられる.もちろん,炎症局所における生化学的変化についても詳細な研究がなされている.
 炎症を誘発する組織傷害因子としては,①各種の病原微生物(感染),②物理的因子(外傷,熱,寒冷,放射線など),③化学的因子(強アルカリ,強酸,テルペン油など),④循環障害(梗塞,腫瘍など),⑤免疫反応による傷害,がある.炎症が局所的反応を超えて全身的反応に及ぶと,いろいろな臨床検査結果に影響を及ぼすようになる.

CRP(C反応性蛋白)

著者: 尾鼻康朗

ページ範囲:P.228 - P.231

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 C反応性蛋白(C-reactive protein:CRP)は急性反応性物質の一つで,1930年にTillettとFrancisによって肺炎双球菌の細胞壁中のC多糖体と沈降反応を起こす血漿蛋白成分として初めて報告され,炎症,腫瘍および組織破壊などの病態により患者血清中に出現することが知られ,日常検査に繁用されている.
 CRPは肺炎球菌などの菌体に結合し拡散を防ぎ,補体を活性化し,オプソニン効果によって非特異的生体防御機構の一つとして働くが,本来の役割は各種炎症反応などで生じた多糖類の運搬であると考えられている.

シアル酸

著者: 森三樹雄

ページ範囲:P.232 - P.233

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 シアル酸(sialic acid)は,ノイラミン酸(neuramic asid)のアセチル誘導体化合物の総称である.生体内ではシアル酸の大部分が,糖蛋白または糖脂質で作られており,糖蛋白にシアル酸が結合したものはシアロ糖蛋白と呼ばれ,血漿,分泌液,細胞膜表面などに存在する.血漿中では急性相反応物質と呼ばれるα1-酸性糖蛋白,α1-アンチトリプシン,ハプトグロビン,CRP,SAA,セルロプラスミン,フィブリノーゲンなどがあるが,α1-酸性糖蛋白,α1-アンチトリプシン,ハプトグロビンは糖蛋白にシアル酸が結合した形で存在している.炎症や組織破壊を伴う疾患では,これらの糖蛋白が増加するため,シアル酸の量も増える.
 血清シアル酸値の変動に関与する糖蛋白群はインターロイキン1,インターロイキン6,腫瘍壊死因子,インターフェロンなどである.シアル酸の合成はグルココルチコイドにより修飾される.シアル酸含有蛋白の半減期は2〜4日と短い.シアル酸は他の急性相反応物質と同様に感染症,慢性関節リウマチなどの炎症性疾患および悪性腫瘍,心筋梗塞,肺梗塞による広範な組織破壊が起こるときに高値を示す.

赤沈(赤血球沈降速度)

著者: 河合忠

ページ範囲:P.234 - P.235

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 赤沈は一見簡単な現象であるが,赤血球と血漿蛋白成分との間に非常に複雑なメカニズムが関与しているらしく,その本態は完全に解明されていない.しかし,主として赤沈に影響するのは赤血球と血漿蛋白である.
 赤血球数が増加する多血症では赤血球同士が相互に沈降を妨げるので赤沈は遅延し,赤血球数が減少する貧血ではその逆に赤沈は亢進する.

APRスコア

著者: 後藤玄夫

ページ範囲:P.236 - P.238

APR増加のメカニズムと臨床的意義
 感染病原の侵入により局所の免疫細胞から産生されたサイトカインは,血行を介して肝細胞膜のレセプターに到達する.その情報は核内の遺伝子に伝達され,肝細胞におけるAPR(acute phasereactants)の生合成が開始される.この蛋白質の増加は病原侵入から12〜24時間後に血漿中で確認できるようになる.APRの増加は感染特有のものではないが,感染症状に乏しい新生児感染症の早期発見,スクリーニングに利用されている.

顆粒球エラスターゼ(GEL)

著者: 島貫公義 ,   櫻林郁之介

ページ範囲:P.240 - P.241

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 顆粒球アズール顆粒に局在する顆粒球エラスターゼ(granulocyte elastase:GEL)は非特異的中性蛋白分解酵素であり,細胞外マトリクスを構成するコラーゲン,不溶性エラスチン,プロテオグリカンや血漿蛋白,補体成分,免疫グロブリンの一部など多くの生体構成成分を標的とし,生体機能に影響を及ぼす.そのため,正常生体の血液・組織液中にはGEL作用を抑制する大量のα1-プロテアーゼィンヒビター(α1-PI)とα2-マクログロブリン(α2-MG)が存在し,活性型GELの90%がα1-PI,10%がα2-MGと結合してGELを不活化し,生体を保護している.現在は活性のないGEL-α1-PIの複合体量を免疫学的に測定し,局所侵襲により産生されたケミカルメディエータにより顆粒球が活性化され,GELが放出されたことを把握することができ,顆粒球を活性化した病態,および大量のGEL放出に伴う生体侵襲・組織傷害の程度を推測することができる(図1).

sICAM-1(可溶型細胞間接着分子-1)

著者: 日野田裕治 ,   高橋裕樹 ,   今井浩三

ページ範囲:P.242 - P.243

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ICAM-1(intercellular adhesion molecule-1)は5個の免疫グロブリン様ドメインを有し,免疫グロブリンスーパーファミリーに属する分子量75〜115kDの糖蛋白である.ICAM-1は血管内皮細胞や単球に恒常的に発現されているほか,消化管・肺などの上皮細胞,リンパ球や癌細胞などの各種細胞上にも認められる細胞接着分子の一つであり,その発現は炎症性サイトカィンであるIL-1やTNF-α,IFN-γなどで著明に亢進する.リンパ球上に発現されるLFA-1(lymphocyte function-associated antigen 1)やMac-1をリガンドとして,これら炎症・免疫反応に強く関連する細胞間の接着,および単なる物理的な結合のみならず細胞内への情報伝達にも関与する分子である.

アミロイドA(SAA)

著者: 山田俊幸

ページ範囲:P.244 - P.244

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血清アミロイドA(serum amyloid A:SAA)は,炎症刺激を受けて産生されたサイトカイン(TNF-α,IL-1β,IL-6など)の作用により,主に肝細胞で産生される血漿蛋白である.血中では高比重リポ蛋白HDL中に存在する.慢性炎症性疾患ではSAAのN末端側2/3部分がアミロイド線維化し,組織に沈着することがある(二次性または続発性アミロイドーシス).
 SAA濃度の変化は,急性心筋梗塞を例にすると,発作後半日程度で上昇し始め,2〜3日でピークとなり,1週〜10日で正常化する.SAAのピークはIL-6のそれに1日遅れると考えてよい.したがって,リアルタイムの観察にはIL-6が優れているが,サンプリングの時期によってはIL-6は低下していることもある.SAAはCRPと高い相関を示し,多くの炎症性疾患で同じ意義をもつと考えてよい.CRPの反応が低く,SAAの測定が勧められる病態としてはウイルス感染症,SLE,腎移植拒絶反応が挙げられる.また,後二者も含まれるが,シクロスポリン,副腎皮質ホルモンを服用している患者では,一般的にCRPが低反応,SAAが高反応となる傾向にあり,そのような状態では異常を検出する感度はSAAのほうが高い.

窒素化合物

窒素化合物の代謝総論

著者: 吉村学 ,   藤田直久 ,   稲葉亨

ページ範囲:P.245 - P.247

窒素化合物の内訳1)
 血中の窒素化合物は,蛋白質と非蛋白窒素(non-protein nitrogen:NPN)よりなる.NPNは血清の除蛋白窒素成分という意味で,残余窒素(restnitrogen:rest N)とも呼ばれる.NPNは尿素,尿酸,クレアチニン,クレアチン,アミノ酸,アンモニア,インジカン,その他の微量成分よりなる.尿素窒素(blood urea nitrogen:BUN)は健常者NPNの45〜50%を占めるが,腎不全NPNの80〜90%を占める.血中NPNの増加を窒素血症(azotemia)と呼ぶ.
 尿中NPNの85%は尿素窒素であり,次いでクレアチニン,アンモニア,尿酸,アミノ酸,クレアチン,その他よりなる.尿素窒素とアンモニアは蛋白代謝,クレアチニンとクレアチンは筋肉のクレアチン代謝,尿酸はプリン核酸代謝のそれぞれ終末代謝産物であり,いずれも腎を介して尿中に排泄される.これらの物質の血中濃度や尿中排泄量は,食事蛋白量,体内での同化と異化,腎からの排泄などにより影響される.

尿素窒素(BUN)

著者: 石黒千鶴 ,   富野康日己

ページ範囲:P.248 - P.249

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 尿素は体内の窒素化合物の終末代謝産物であり,主として腎臓から排泄されるため,その血中濃度の増加は腎機能の低下を反映し,従来から腎機能の指標として広く用いられてきた.尿素は,アミノ酸の脱アミノ化によって生じるアンモニアと二酸化炭素から肝臓の尿素回路によって主として生成され,血中では血漿と血球にほぼ均等に分布している.血中尿素窒素(BUN)は腎糸球体で濾過され,一部は尿細管で再吸収されるが,残りは尿中へ排泄される.BUNは残余窒素の約半分であるが,腎機能障害ではその比率が上昇し,尿毒症のような病態では90%近くにも達する.BUN値を規定する因子として,①蛋白摂取や異化といった腎前性因子,②腎臓での排泄に絡む腎性因子,③脱水や輸液といった循環血液量による因子など,いくつかの要素に分けて考える必要がある.

尿酸

著者: 山中寿

ページ範囲:P.250 - P.253

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
1.尿酸の体内動態
 尿酸は霊長類における核酸の最終代謝産物であり,通常1日700mgが産生され,このうち500mgは腎臓から尿中へ,200 mgは腎外(主として消化管)に排泄される.尿酸生合成経路と腎における尿酸転送経路を図1に示す.
 体内には約1,200mgの尿酸プールが存在し,血清尿酸値の上昇が持続するとプールも大きくなると考えられる.

アンモニア

著者: 中村郁夫 ,   井廻道夫

ページ範囲:P.254 - P.256

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 アンモニアは,①腸管内での食物由来の蛋白などの窒素化合物の腸内細菌による分解,②腸内細菌のウレアーゼの作用による尿素の分解,③肝臓,腎臓でのグルタミナーゼによるグルタミンの脱アミノ反応により生成される.一方,アンモニアの代謝は,①肝臓での尿素サイクルによる尿素への変換,②筋肉,脳組織,肝臓でのαケトグルタール酸,グルタミン酸への取り込み(グルタミンの産生),③腎臓での水素イオンとの結合によるアンモニア塩としての尿中への排泄により行われる.
 アンモニア生成の亢進のみによって血中アンモニアの上昇を呈することは,肝臓のアンモニアを処理する能力が高いため,ほとんど認められない.代謝の低下による血中アンモニアの上昇は,肝機能障害や尿素サイクルの酵素欠損がある場合に生じうるが,実際には肝機能が相当低下しても解毒機能は保たれており,肝疾患で血中アンモニアの上昇が認められるのは通常は門脈一体循環シャントあるいは肝内シャントの存在する場合,または,非常に高度の肝機能障害が存在する場合である.

クレアチン/クレアチニン

著者: 成川暢彦 ,   秋澤忠男

ページ範囲:P.257 - P.259

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 クレアチンは,腎でグリシンとアルギニンからトランスアミジナーゼにより合成されたグアニド酢酸が,肝でメチルトランスフェラーゼの作用により活性メチオニンからメチル基が転移されて合成される.その大部分は筋肉に存在し,クレアチンキナーゼ(CK)の作用により,高エネルギー化合物のクレアチンリン酸に合成され,体内エネルギーの役割を果たす.クレアチンは,腎糸球体から濾過され,大部分が尿細管で再吸収されるため,尿中にはほとんど排泄されない.クレアチニン(Cr)は,筋肉内で非酵素的にクレアチンの脱水によって生成され,ADPにリンを供給してATP生成に関与している(図1).クレアチニンは血中に出現する代謝最終産物で,腎糸球体から濾過された後,ほとんど再吸収されずに尿中へ排泄される.つまり,血清クレアチニン濃度はクレアチニンの産生とその尿中排泄のバランスによって決定される.血清クレアチニン濃度は腎排泄機能の代表的指標であるが,理論的には,代謝経路となる筋,腎,肝のいずれの異常においても,尿中,血清のクレアチン,クレアチニン値は変動する可能性がある.また,クレアチニンには,加齢による変化や性差,筋肉運動量や発育の影響が認められる1)

クレアチニンクリアランス(Ccr)

著者: 北端有紀子 ,   秋澤忠男

ページ範囲:P.260 - P.262

臨床的意義
 クレアチニンクリアランスは,糸球体濾過率(glomerular filtration rate:GFR)の指標として,腎機能や残腎機能の評価,腎不全症例における投薬量の調節などの目的で,外来,入院患者に広く測定されている.
 溶質Xのクリアランス(Cx)とは,1分間の尿量(V)とその尿中の濃度(Ux),およびそのときの血中濃度(Px)から,の計算式で求められる.これは,1分間に除去された物質の量は,もとの血漿量にしてどれだけに相当するか(ml/min)を意味する値である.したがって,糸球体基底膜を自由に通過し,尿細管から再吸収も分泌もされず,さらに腎臓で合成も分解もされない,という条件を満たす物質のクリアランスが,正確にGFRを反映する.この条件を満たす物質としてイヌリンがあるが,生体には存在しない物質で,体外からの投与が必要である.一方,クレアチニンは生体内物質で,一部尿細管での分泌を受け,正確なGFRは反映し得ないが,外部からの負荷を必要としないという利点がある.このため臨床ではクレアチニンクリアランスが,便宜上腎機能(GFR)の代替的指標として用いられている.

PSP排泄試験

著者: 加納麻衣子 ,   久保定徳

ページ範囲:P.264 - P.265

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 フェノールスルホンフタレイン(phenol sulfonphthalein:PSP)排泄試験は尿細管機能検査の一つである.PSPは体内で分解されず,静注すると6%が糸球体から濾過され,94%が近位尿細管から排泄される.排泄速度が非常に速いために,実際上は腎血流が律速となっている.本検査は腎血流量,近位尿細管の機能,尿路の通過状態を総合的に評価する簡便法として,よく用いられる.
 PSP 15分値が25%以上であれば,腎機能は正常と考えられるので,その後の排泄機能は省略してよい.このため,PSP 15分値がスクリーニングとして常用されている.ただし,ある程度以上腎機能が悪化すると,PSP 15分値は5%程度に固定して,残存した腎機能を正確に反映しなくなる.

アミノ酸

著者: 加納麻衣子

ページ範囲:P.266 - P.268

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 アミノ酸は,同一分子内にアミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)を有する化合物の総称で,蛋白質の主要構成成分である.成人血漿中には40種類のアミノ酸が存在し,アミノ酸窒素量は4〜6mg/dlである.この血漿中遊離アミノ酸は,生体の全アミノ酸の1%程度であり,摂取蛋白やアミノ酸の吸収量,体蛋白の合成と分解,アミノ酸の細胞内輸送などによって変動する.このため血漿中のアミノ酸濃度や組成の変化により,生体内の代謝異常や臓器の障害を推測することが可能となる.近年,HPLCによる生体試料中のアミノ酸分析が進歩し,先天性アミノ酸代謝異常症をはじめ,肝疾患,腎疾患,内分泌疾患,神経・筋疾患,低蛋白栄養などの診断や病態の解明に血漿や尿中のアミノ酸の測定が行われている.

酵素および関連物質

血清酵素総論

著者: 高木康

ページ範囲:P.269 - P.271

 体液中(特に血清)の酵素活性を測定して,その変動により臨床病態を推定するときには,体液中酵素活性の変動に影響を与える因子を理解する必要がある.血清中の酵素活性変動でのこれら因子には表1に示す項目が考えられる.

ビリルビン

著者: 高木康

ページ範囲:P.272 - P.273

異常値が出るメカニズムと臨床的意義
 血中のビリルビンの大部分は,脾臓をはじめとする網内系で破壊される赤血球中のヘモグロビンに由来し,図1に示す経路で代謝される.すなわち,ヘモグロビンが分解されてできたヘム蛋白から鉄が遊離してビリルビンとなる.網内系から血中に放出されたビリルビンはアルブミンと結合(間接ビリルビン)し,血流中を移動して肝臓に達する.肝細胞内では主にグルクロン酸と抱合し,抱合型(直接)ビリルビンとなり,胆汁成分として十二指腸に排泄される.
 このような一連のヘム・ビリルビン代謝系で,①赤血球の破壊亢進,②肝細胞傷害による肝細胞内ビリルビンの血中への遊出,および③胆汁の排泄障害による胆汁中ビリルビンの血流中への逆流,などの機序により血中ビリルビンが高値となる.ビリルビンが高値(2〜3mg/dl以上)となると皮膚や粘膜が黄染するため,これを黄疸という.

クレアチンキナーゼ(CK)とそのアイソザイム

著者: 高木康

ページ範囲:P.274 - P.275

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 クレアチンキナーゼ(CK)はクレアチンとクレアチンリン酸との間を触媒する酵素であり,共役するADP⇔ATPの変化に伴う高エネルギーリン酸を介して,エネルギー代謝上きわめて重要な役割を果たしている.CKは筋肉や脳に多量に存在しており,これら臓器の損傷があると血中に逸脱するため,血中での活性が上昇する,したがつて,血中変動はCKが多量に存在する骨格筋や平滑筋,あるいは脳などの損傷を反映することから,日常的に測定されている.臨床的意義が高い疾患は心筋梗塞,筋ジストロフィ症などの筋肉疾患であり,甲状腺疾患,中枢神経系疾患,骨疾患でも診断に有用である.
 CKには,細胞上清分画に存在するCK-MM(CK 3),CK-MB(CK 2),およびCK-BB(CK 1)と,ミトコンドリア分画に存在するミトコンドリアCK(mCK)の4つのアイソザイムが存在する.CK-MBは心筋に,CK-BBは脳に多量に存在するため,CK-MBが上昇する場合には心筋梗塞が,CK-BBが上昇する場合には中枢神経疾患が強く疑われる.また,mCKの上昇は疾患の重症度と関連して測定され,mCKが出現・増加する場合には重篤な病態と考えられる.

トロポニンT,ミオグロビン,ミオシン軽鎖,心筋型脂肪酸結合蛋白

著者: 清野精彦 ,   池田真人 ,   呉小怡 ,   柏木睦美

ページ範囲:P.276 - P.278

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 図1は心筋細胞内の各種心筋生化学的マーカーの局在と,循環血中への遊出動態を表したものである1).心筋生化学的マーカーとしては,主として細胞質可溶性分画に存在するクレアチンキナーゼ(CK),CK-MB,ミオグロビン,心筋型脂肪酸結合蛋白(hFABP)と,筋原線維を構成するミオシン軽鎖,トロポニンTなどが活用されている.虚血性心筋傷害が生じると,まず膜傷害により細胞質可溶性分画のマーカーが血中に遊出する(図1右上段).虚血が軽度で短時間のうちに解除されればマーカーの上昇は軽微であり(いわゆるnear normal elevation),心筋細胞傷害はまだ可逆性である可能性が考えられる.さらに虚血性傷害が進展し蛋白分解酵素が活性化されると筋原線維が分解され,トロポニンT,ミオシン軽鎖などの収縮蛋白が血中に遊出してくる(図1右下段,非可逆性傷害,心筋壊死).図2は著者らが急性心筋梗塞40例を対象に心筋生化学的マーカーの遊出動態を検討した成績である1)
 心筋トロポニンTは,約94%は筋原線維構造蛋白の一部を構成し,6%は細胞質可溶性分画として存在する.循環血中で半減期は約2時間であるが,健常者では検出されない(<0.05ng/ml).急性心筋梗塞では二峰性の遊出動態を示し,上記両相の病態を反映するものと考えられる.

乳酸脱水素酵素(LD)とそのアイソザイム

著者: 菅野剛史

ページ範囲:P.280 - P.282

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 乳酸脱水素酵素(LD)はあらゆる組織に広く分布し,細胞の可溶性画分に存在する.LD活性が血清中に上昇するのは,組織の損傷が存在し,LDが血清へ遊出(逸脱)していることを意味している.したがって,どの組織(臓器)が損傷しているかを知るためのスクリーニング検査に位置づけられる重要な検査である1,2).そして,引き続き損傷臓器を推定するための検索(酵素プロファイル,またはアイソエンザイム分画)が要求されることになる.その他の酵素と組み合わせた酵素プロファイル(例えばLD/AST比など)は臓器推定に非常に有用であり,スクリーニングの基本検査に含まれる.また,この酵素の各臓器に含まれるLDのアイソエンザイムパターンには臓器ごとに特徴があるので,アイソエンザイム分画と酵素プロファィルとを組み合わせた損傷臓器の推定は診断的意義が高い.

AST(GOT),ALT(GPT)

著者: 深津俊明

ページ範囲:P.283 - P.286

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 アミノトランスフェラーゼ(トランスアミナーゼ)は,アミノ酸とαケト酸の間でアミノ基の転移を触媒する酵素で,生体内ではTCAサイクルの代謝産物とアミノ酸との間でアミノ基の転移を調整している.病態の指標として臨床検査に利用されるのは,アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)とアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)である.かつてはグルタメートオキザロアセテートトランスアミナーゼ(GOT),グルタメートピルベートトランスアミナーゼ(GPT)と呼ばれたが,国際酵素委員会はAST,ALTを推奨し,日本でも浸透しつつある.
 AST,ALTのように組織・細胞の傷害により血中に逸脱する酵素の血中レベルを左右する要因は,①組織・細胞中の酵素産生量:どの臓器由来かの指標②血中への逸脱量:傷害程度の指標,高値ほど傷害強く広範③血中よりの消失速度:血中での半減期で推定である.逸脱酵素を評価するときには,上記を考慮する必要がある.

ALP(アルカリ性ホスファターゼ)とそのアイソザイム

著者: 菅野剛史

ページ範囲:P.287 - P.289

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 アルカリ性ホスファターゼ(ALP)は細胞膜に局在する酵素であるから,細胞からの逸脱ではなく,細胞での産生の上昇が血清中でのALPの上昇の原因となる.薬物性肝障害での肝由来ALPの上昇は,薬物誘導性の膜酵素活性の上昇による機序であり,甲状腺疾患などでの骨由来ALPの上昇は,骨芽細胞に対する甲状腺ホルモンの刺激作用によるALPの産生増加によるものである.今日では,アイソエンザイム分析が日常診療に利用されるようになり,由来臓器の判別は比較的容易となっている.
 このように,この酵素活性の血清中の増加はあくまでも産生増加を背景としたものであり,アイソザイム分画による臓器診断も分画法が確実であれば比較的容易である.

γ-GTP(γ-グルタミルトランスペプチダーゼ)

著者: 山内眞義 ,   戸田剛太郎

ページ範囲:P.290 - P.293

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 γ-glutamyl transpeptidase(γ-GTP)は,グルタチオン(γ-glutamyl-L-cysteinylglycine)のようなγ-グルタミールペプチドを加水分解すると同時にγ-グルタミール基を他のアミノ酸やペプチドに転移する酵素(EC 2.3.2.2.)である.剖検時に検討したγ-GTPの臓器分布は,腎に最も高く,膵がこれに次ぎ,肝の活性は低く,これらの3臓器の活性比は100:24:7である.血清γ-GTPは主として肝由来で,尿γ-GTPは腎由来である.腎疾患では,一般に血清γ-GTPは正常域にあり,膵疾患でも膵頭部病変による胆道系の狭窄・閉塞を伴わない限り,有意な血清γ-GTPの上昇は認められない。γ-GTPは,膜酵素として細胞内のグルタチオンの分解と再合成に共役しながら,アミノ酸の転入と利用に関与している(図1).正常肝組織を組織化学的に検討すると,毛細胆管から門脈域の胆管上皮,肝細胞膜の胆汁分泌側に分布する.したがって胆汁うっ滞では,排泄障害により血中に逸脱して血清値が上昇するが,詳細な上昇機序については明らかではない.

LAP(ロイシンアミノペプチダーゼ)

著者: 村井哲夫

ページ範囲:P.294 - P.295

 LAP(leucine aminopeptidase)は,臨床的にはFleisher(1957)らが初めて,L-leucyl-glycineを基質として測定される酵素(EC 3.4.11.1,cystsomal LAP:C-LAP)が急性肝炎で増加すると報告して注目された.Goldbarg(1958)らは,L-leucyl-β-naphtylamideを基質とする方法で測定される酵素(EC 3.4.11.2,microsomal LAP:M-LAP)が膵頭部癌で特異的に増加すると報告し,その後この酵素は閉塞性肝障害で増加することを明らかにした.以来この酵素がLAPと呼ばれ臨床診断に利用されてきた.
 一方,Tappy(1957)らが報告したシスチンアミノペプチダーゼ(EC 3.4.11.3,cystine aminopeptidase:CAP)もまたleucyl基をもつ基質を水解することから,妊婦でもLAPは増加するとされ,これは胎盤性LAPと呼ばれてきた.C-LAP,M-LAP,CAPは別の酵素であるが,強弱の差を認めるものの,いずれも“LAP”の測定に利用される基質を水解する性質をもつため,LAPとして臨床診断に使われてきた.ただし,今日LAPとして診断に利用されている酵素は主としてM-LAPである.

ADA(アデノシンデアミナーゼ)

著者: 久保定徳

ページ範囲:P.296 - P.297

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 アデノシンデアミナーゼ(ADA)は,アデノシンからイノシンへの脱アミノ反応を触媒する酵素であり,プリン代謝のサルベージ経路に関与している.生成されたイノシン,あるいはデオキシイノシンは尿酸に合成されて排泄されるか,一部は核酸合成に再利用される.ADAはヒトの組織に広く分布し,腸管粘膜,胸腺,脾,扁桃やリンパ球に活性が高く,次いで肝,腎,肺,副腎に存在する.
 血中ADAは,プリン代謝や組織破壊の亢進,あるいはADA分泌の増加により上昇するため,肝疾患や腫瘍性の血液疾患,あるいはウイルス感染症や悪性腫瘍の診断や経過観察に利用されている.

IV型コラーゲン・7S

著者: 五十嵐省吾

ページ範囲:P.298 - P.299

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 慢性肝疾患の終末像は肝硬変であり,線維の増成により硬化した組織は周囲を圧迫して,種々の症状を呈するに至る.肝線維化で増成するのは,主としてI,III,およびIV型コラーゲンである.肝線維化の過程で,その初期にはIII型コラーゲンが増加し,やがてI型コラーゲンの増成が優位になる.IV型コラーゲンはラミニンとともに基底膜の構成成分で,血管内皮細胞,胆管,細胆管周囲などに分布し,肝実質域では類洞壁細胞と肝細胞索の間に沿って存在し,線維化の過程での,いわゆるcapillarizationの現象として増加が認められる.
 線維化の診断は,最終的には肝生検による組織診断によらざるを得ないが,この方法は時に重大な事故につながることもあり,安全かつ簡便で非侵襲的な検査法が模索されてきた.1969年になってIII型プロコラーゲンのN末端ペプチドの測定法が発表され,以来いくつものいわゆる線維化マーカーが開発され,臨床に応用されてきた.IV型コラーゲンは基底膜の構成成分であり,肝線維化の過程での線維増成に伴って血中にその構成成分(7SやTHなど)の増加が認められ,線維化の程度とよい相関を示すため,優れた線維化マーカーとして認知されてきた.

コリンエステラーゼ(ChE)

著者: 松田信義

ページ範囲:P.300 - P.303

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 生体内にはアセチルコリンを加水分解する2種類の酵素がある.一つはアセチルコリンを特異的に分解するtrue cholinesterase(EC 3.1.1.7,AChE)と呼ばれる酵素で,神経線維,神経筋接台部,赤血球膜および胎盤などに多く分布している.もう一つは,アセチルコリンのほかにアシルコリンも幅広く分解するpseudocholinesterase(EC 3.1.1.8,PChE,ChE)で,血清中に多く含まれている.通常,臨床検査で測定されるのは後者のChEである.
 血清のChEは肝臓で合成・分泌されて供給される.その半減期は約16日で,血清アルブミンと高い相関性を保って減少する.血清ChEは肝実質障害性の疾患において低下するが,これは肝臓での蛋白合成障害によるためと考えられている.しかし,血清ChE活性の減少は,肝障害だけに特有なものではなく,各種の消耗性疾患や悪液質に伴う低栄養時にも減少する.ChEの阻害剤である有機リンやカーバメイト系の薬剤(農薬,殺虫剤)による中毒では,血清ChEは著しく低下する.さらに遺伝性のサイレント型ChE異常症では,血清ChEの活性がほとんどゼロを示すほどまで減少する.

アルドラーゼ

著者: 石井潤一

ページ範囲:P.304 - P.305

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 アルドラーゼ(aldolase:ALD)は分子量150kDの四量体蛋白であり,嫌気性解糖系酵素の一つである.ALDは六炭糖であるフルクトース-1,6-ニリン酸(FDP)を二分子の三炭糖,ジヒドロキシアセトンリン酸とD-グリセルアルデヒド-3-リン酸に,フルクトース-1-リン酸(FIP)をジヒドロキシアセトンリン酸とD-グリセルアルデヒドに分解する1,2)
 ALDには免疫学的に異なるA(筋)型,B(肝)型およびC(脳)型の3種類のアイソザイムが存在する.A型はFDPに高い親和性を有し,嫌気性解糖におけるエネルギー産生に適しており,解糖の盛んな組織に多く含まれる.一方,B型はFDPおよびFIPの両者に高い親和性をもつため糖新生に適している.また,C型はA型とB型の中間の性質を有する1,2)

ICG排泄試験

著者: 山田雅哉 ,   井上和明 ,   与芝真

ページ範囲:P.306 - P.307

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ICG(indocyanine green)は暗緑色の色素で,静注すると速やかに大半がリポ蛋白と結合し,その90%以上が肝細胞に摂取されて,抱合を受けることなく,そのままの形で胆汁中に排泄される.一定量のICG投与後,経時的に血中の残存量の測定を行う.色素の血中より肝臓への摂取速度が,血中における停滞もしくは消失に影響を及ぼす.すなわち,ICG排泄試験は主として肝細胞の色素摂取機能を表し,肝血流量によって大きく左右されることより,有効肝血流量,肝細胞の色素摂取能,排泄能がわかる.
 臨床的には内科的診断としての肝疾患の診断をはじめ,その重症度判定,治癒,予後の判定などに用いられる.また外科的にも手術適応や術式の決定,切除範囲の決定,術後の経過予測など,手術の患者管理面で肝予備能力を定量的に反映する検査法である.

アミラーゼとそのアイソザイム

著者: 田口進 ,   佐々木勝美 ,   渡辺浩之

ページ範囲:P.308 - P.311

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 消化酵素の一つであるアミラーゼは,糖質(炭水化物)を単糖に分解する作用をもち,分解された単糖は小腸から吸収され,肝や筋肉でグリコーゲンとして貯えられ,生体のエネルギー源として利用されている.
 アミラーゼは細胞の中の粗面小胞体で合成され,zymogen顆粒として消化管に,一部は間質に分泌され毛細血管から血流に入る.血液中のアミラーゼの一部は肝から胆汁中に排泄されるが,ほとんどは腎を経て尿中に排泄される.

PSTI(膵分泌性トリプシンインヒビター)

著者: 小川道雄

ページ範囲:P.312 - P.313

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 膵分泌性トリプシンインヒビター(pancreaticsecretory trypsin inhibitor:PSTI)は,膵臓で合成されて膵液中に分泌されるトリプシンインヒビターである.PSTIは膵臓以外の種々の正常組織や悪性腫瘍組織にも存在し,単に膵臓のトリプシンインヒビターであるだけでなく,急性相反応物質として,広く生体の防御反応に関与している物質であることが明らかにされている1〜3).血中PSTIの測定は,特に急性膵炎や悪性腫瘍の診断に用いられる.病勢をよく反映して敏感に変動するので,重症度や進行度の判定に有用である.

ペプシノゲン

著者: 三木一正

ページ範囲:P.314 - P.315

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 胃粘膜内で産生されるペプシノゲンの血中に流入する機序は不明であるが,その1%は血中に流入し,99%が胃内腔に分泌される.血清ペプシノゲンIおよびII値は,主に胃粘膜内主細胞量を反映する.血中ペプシノゲンの排泄は腎からなされるが,代謝機序の詳細は不明である.健常人ではペプシノゲンのIのみ尿中に認められる.異常高値を示す場合は,胃粘膜内での産生が増加しているか,腎からの排泄が減少しているかであり,異常低値を示す場合は,胃粘膜内での産生減少か,胃切除後などの胃粘膜量そのものの減少である.
 血清ペプシノゲンI/II比は,内視鏡的胃酸分泌機能検査法であるコンゴーレッド法による腺境界分類でみた胃粘膜萎縮の拡がりとその程度を反映することから,いわゆる“血清学的生検(serologic biopsy)”として,また,最大酸分泌量(MAO)と相関することから,無胃管胃分泌機能検査として使用できる.最近では,胃粘膜の炎症の指標としての臨床的使用法が注目されており,Helicobacter pylori(H. pylori)除菌判定,急性胃粘膜病変(AGML)の血清学的診断として使用できる.

リパーゼ,トリプシン

著者: 三宅一徳

ページ範囲:P.316 - P.317

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 膵リパーゼは,膵腺房細胞で生成され,膵液中に分泌される分子量48,000の酵素で,長鎖脂肪酸エステルを加水分解し,脂肪の消化を行う酵素である.血中に活性型として存在する数少ない膵酵素の一つであり,血清中の酵素活性が迅速,容易に測定できる.ヒトでは膵のほか,舌腺,胃などにも性質の異なるリパーゼが存在するが,現在の測定法は膵リパーゼに対する特異性が高く,その他のリパーゼの影響はないと考えてよい.
 トリプシンは,膵から分泌される分子量24,000の蛋白分解酵素である.トリプシンはほかの蛋白分解酵素と同様,膵腺房細胞から前酵素(トリプシノゲン)として膵液中に分泌され,十二指腸でエンテロキナーゼにより活性化されてトリプシンとなる.膵以外には存在せず,膵特異的な酵素である.血中での存在様式は主として活性のないトリプシノゲンであり,活性化されたトリプシンはprotease inhibitorであるα1アンチトリプシン,α2マクログロブリンと複合体を形成し,酵素活性を示さない.このため測定はトリプシンに対する抗体を用いた免疫学的測定法(RIA法)が用いられる.本法では交差反応を示すトリプシノゲンとα1アンチトリプシン結合トリプシンの両者が測定され,α2マクログロブリン結合トリプシンは測定されない.

膵エラスターゼ1

著者: 小川道雄

ページ範囲:P.318 - P.318

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 エラスターゼは,エラスチンを分解しうる唯一のプロテアーゼである.ヒトでは膵臓のほか,白血球,血小板,血管壁など種々の組織に存在する.
 膵臓のエラスターゼは膵液中に分泌され消化酵素として作用している.ヒトの膵液中には,エラスターゼ1とエラスターゼ2の二つのエラスターゼが存在する.両者は酵素化学的にも蛋白化学的にも,また免疫学的にも全く異なった酵素である.

膵ホスホリパーゼA2

著者: 小川道雄

ページ範囲:P.319 - P.319

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 膵ホスホリパーゼA2(PLA2)は膵臓で合成され,膵液中に分泌されて消化酵素として作用する.しかし近年,膵PLA2には増殖因子としての強い活性があることが明らかにされた.すでにそのレセプターもクローニングされている.
 膵液中の他の酵素と同様に,膵PLA2の一部は血中に移行している.血中には由来の異なるPLA2が存在するため,膵PLA2を酵素活性で分別定量することは困難であったが,血中膵PLA2の測定系が確立され,特異的に膵PLA2のみを測定できるようになった.血中膵PLA2は膵酵素のうちでも膵臓に特異性の高い膵マーカーである.

ACP(酸性ホスファターゼ)

著者: 鵜澤龍一

ページ範囲:P.320 - P.321

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 酸性ホスファターゼ(acid phosphatase:ACP,EC3.1.3.2)は,酸性(pH約5)条件下でリン酸モノエステルを加水分解する酵素であり,ほとんどすべての臓器に存在する.しかし,前立腺組織の活性を100%とすると,ほかの臓器における活性は1%以下に過ぎない.また,体液中のACP活性にも大きな濃度差がみられ,血清ACP活性を1とすると,赤血球中ACP活性はその約100倍,白血球中は約20倍,血小板中は約1.5倍と高値を示す.精液中にもその活性は認められ,血清中の30万〜40万倍もの活性が存在する.
 細胞内ではACPは,主にマイクロソーム分画と,軽いミトコンドリア分画に存在するライソゾームに含まれる.ライソゾーム膜は細胞が虚血に陥り細胞内pHが酸性に傾くと破壊されるため,その中の蛋白分解酵素が遊離して細胞壊死が起こる.細胞壊死により血中ACP活性が上昇するので,ACPは一種の逸脱酵素である.

SOD(スーパーオキシドジスムターゼ)

著者: 鈴木敬一郎 ,   谷口直之

ページ範囲:P.322 - P.323

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 スーパーオキシドジスムターゼ(superoxide dismutase:SOD)は,スーパーオキシド(O2・-)を下記の反応を触媒することにより消去する.
  2O2・-+2H+→H2O2+O2
 本酵素には3種類のアイソザイムが存在し,細胞内の分布が異なる.

ADH(アルコール脱水素酵素)

著者: 山内眞義

ページ範囲:P.324 - P.325

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 アルコール脱水素酵素(ADH)には,多数のアイソザイムが存在するが,エタノールを基質としてその活性を測定した場合,本酵素の生体内分布は95%が肝であり,他臓器では胃粘膜,睾丸,脳,網膜などでわずかに活性を認めるのみである.肝細胞内では細胞質に局在する.また肝臓の小葉内分布では,中心静脈周囲の小葉中心部に局在する.したがって,GPTやLDHなどと同様に,肝の逸脱酵素としての性格を有することから,本酵素の血清中の活性を測定することは,肝細胞障害の程度,特に肝の小葉中心部の肝細胞障害を把握するのに有用である.

糖質および関連物質

糖代謝総論

著者: 河盛隆造

ページ範囲:P.328 - P.332

 糖代謝異常の有無,異常の程度の推定は,臨床検査学的には血糖値の測定によってなされているのが一般的であろう.しかし,血糖応答に異常が認められなくても糖代謝異常が発症していることも多い.糖代謝異常は,インスリン分泌の障害,インスリン作用の障害あるいはその両者の結果として発現してくる.インスリンの作用が多彩であることから,糖代謝異常の存在する際には脂質代謝異常や蛋白代謝異常が併発する可能性があり,その方面の追跡も必要となる.

グルコース

著者: 丸山道彦 ,   阪本要一

ページ範囲:P.333 - P.338

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 グルコース(ブドウ糖)は分子量180の単糖で,血液中の糖質の主成分であり,生体のすべての細胞の(中枢神経系にとっては唯一の)エネルギー源として最も重要な物質である.血中のグルコース濃度を血糖値といい,その恒常性(homeostasis)は血糖調節機構によって維持されている.生体内のグルコースは,大部分がグリコーゲンとして筋や肝に貯蔵されており,空腹時や絶食時には主にグルカゴンの作用によって,肝のグリコーゲン分解や糖新生から生成したグルコースが他の組織のために供給される.食物摂取時は,食物由来のグルコースが腸管から吸収されて血糖値が上昇すると,瞬時に膵β細胞からインスリンが分泌される.インスリンは体内に栄養を貯蔵する方向に作用し,門脈インスリンレベルの上昇は肝糖放出率を低下させ,全身の筋や脂肪組織での糖取り込みを促進して血糖値が低下する.夜間も血糖値が正常値を保っているのは,インスリンやグルカゴンがバランスを取り合い,肝糖放出率と全身の糖取り込み率が一致しているためである.この際,骨格筋や脂肪組織の糖の取り込みはインスリンに依存しているが,脳,肝,腎,胎盤,赤血球などはインスリンに依存せずに糖を消費している.

グリコヘモグロビン

著者: 熊坂一成

ページ範囲:P.339 - P.341

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 グリコヘモグロビンは,ヘモグロビンAのβ鎖のN末端アミノ酸にグルコースが非酵素的に結合したものであり,糖の結合が比較的急速に進むシップ塩基結合のアルジミンと,さらにその後,ゆっくり反応が進行し,アマドリ転移を受けて安定したケトアミンとに分類される(図1).前者のヘモグロビンと糖の結合は可逆的であり不安定型HbA1cと呼ばれ,後者の反応生成物は不可逆的である.現在の測定法のほとんどのものは,後者の安定型HbA1cのみを測定している.糖が結合する割合は,血中のグルコース濃度と時間に依存性であるために高血糖の程度とその期間に応じてその生成物は増加する.加重関数を用いた理論的な解析では,HbA1cは過去の単なる平均を反映するのではなく,加重平均血糖を反映することが証明されており,採血直前の1カ月間の血糖値が50%,その前の1カ月間の血糖値が25%,さらに前の2カ月間の血糖値が25%寄与していると考えられている.したがって,糖尿病の治療で血糖コントロールの指標の一つとして広く利用されており,実際の糖尿病患者への教育の場面では,HbA1cは採血時より遡っておよそ1〜2カ月間の血糖コントロール状態の平均を反映すると説明することが多い.
 糖尿病の慢性合併症を予防するには,HbA1cをできるだけ正常に近い状態(基準値に近い値)に長期間にわたり維持することが重要である.

グリコアルブミン(糖化アルブミン),フルクトサミン

著者: 熊坂一成

ページ範囲:P.342 - P.343

グリコアルブミン
異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 グルコースと非酵素的に結合した生体内蛋白は,過去の血糖値の変動を反映する指標として利用できる.グリコアルブミンは,血清アルブミンのN末端のα-アミノ基またはリジン残基のε-アミノ基にグルコースが非酵素的に結合してケトアミンを形成したものである.アルブミンの半減期はおよそ20日前後なので,この蛋白が糖化されたグリコアルブミンは,HbA1cに比べてより短期間,すなわち過去1〜3週間の血糖の平均値(厳密には過去40〜60日の加重平均血糖を反映し,特に直前の17日間の血糖値がグリコアルブミン値の50%に寄与)を反映していると考えられている.
 グリコアルブミンの測定は,異常ヘモグロビン血症やmodified Hb,溶血性疾患などで赤血球寿命が短縮し,HbA1cが血糖コントロールの指標として使用できない場合には殊に有用である.

尿中微量アルブミン

著者: 古家大祐 ,   吉川隆一

ページ範囲:P.344 - P.346

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 健常人では,腎糸球体毛細血管のsize barrier,charge barrierによりアルブミンを主とした血漿蛋白の透過は規定されている.しかしながら,わずかなアルブミンは腎糸球体毛細血管を透過するが,その大部分は尿細管で再吸収されるため,通常の測定法では,尿蛋白あるいは尿中アルブミンは検出されない.したがって,尿中アルブミンの出現は糸球体障害の存在を示唆する.

1,5-AG(1,5-アンヒドログルシトール)

著者: 山内俊一

ページ範囲:P.348 - P.349

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 1,5-アンヒドログルシトール(1,5-AG)は,構造がグルコースに類似したポリオールの一種で,体内に豊富に含まれる.この膨大な体内プールと不活発な代謝のため,正常人ではきわめて安定した血中濃度を示す.ごく微量が食物中より恒常的に供給され,体内に分布したうえで,余剰な分は尿中に排泄される.正常では腎尿細管の1,5-AG選択的トランスポータで99.9%再吸収されるが,高血糖に伴うグルコース排泄(尿糖)によりこの再吸収が競合阻害を受け,尿中へ喪失されて体内(血中)濃度が低下する.治療により尿糖排泄が全くなくなると,通常の摂取下で,0.3μg/日の一定の率で,その個人の正常値に回復する.血糖改善度が思わしくなく,尿糖排泄が続く例ではこの回復度が鈍くなる.
 1,5-AGはHbA1cや糖化アルブミンと異なり,直近の血糖コントロール状況を鋭敏に反映する高感度の血糖総合指標で,特にHbA1cが6〜9%の軽症糖尿病領域での血糖変動の把握に優れる.

インスリン,C-ペプチド

著者: 河盛隆造

ページ範囲:P.350 - P.352

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 インスリンとC-ペプチドは等モルで膵β細胞より分泌される.血中インスリンレベルの測定は,①内因性分泌動態の追跡に,あるいは②外来性投与インスリンの血中プロフィールの把握に必須となる.一方,血中C-ペプチドの測定は,血中インスリンレベルを測定しても意味がない際に必要となる.すなわち,インスリン治療時に内因性インスリン分泌状況を追跡するときである.しかし,尿中C-ペプチド排泄量の測定は内因性インスリン分泌量の推定に有用となる.

抗インスリン抗体

著者: 内潟安子 ,   岩本安彦

ページ範囲:P.353 - P.355

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗インスリン抗体測定は,血液中に存在するインスリンに結合する抗体を検出する検査である.
 抗インスリン抗体には2種類ある.通常はインスリン治療患者の血中に存在する,つまり外来性インスリンに対して産生された抗インスリン抗体(insulin antibody:IA)のことをいう.もう1種類のインスリン抗体は抗インスリン自己抗体(insulin autoantibody:IAA)のことである.

インスリン受容体,抗インスリン受容体抗体

著者: 佐藤智己 ,   浜口朋也 ,   花房俊昭

ページ範囲:P.356 - P.357

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 インスリンは標的細胞のインスリン受容体と結合し,作用を発揮する.そのシグナル伝達に異常をきたした場合,インスリン抵抗性が生じ,糖尿病を引き起こす原因となる.伝達異常のメカニズムの一つとして,インスリン受容体遺伝子に異常があり,細胞膜上の受容体数の減少や構造異常のためインスリン結合の低下をきたすことが挙げられる.また,血中に出現した抗インスリン受容体抗体が競合的にインスリンとインスリン受容体の結合を阻害していることもある.

血中ケトン体

著者: 山田拓 ,   阪本要一

ページ範囲:P.358 - P.359

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血中ケトン体には,アセトン,アセト酪酸(acetoacetate:AcAc),βヒドロキシ酪酸(3-hydroxybutyrate:3-OHBA)の3種類があるが,アセトンは代謝されにくく,利用されることなく呼気,尿中へ排泄されるため,血液中は微量であり通常は測定されていない.絶食,インスリン作用不足,カテコールアミン上昇時などで,生体が脂肪からのエネルギー産生を必要とし,脂肪分解が亢進したときに血中遊離脂肪酸(FFA)が増加する.FFAは肝ミトコンドリア内でβ酸化され,アセチルCoAが産生される.アセチルCoAはAcAcと代謝され,さらに3-OHBA,アセトンとなる.特にケトアシドーシス増悪時は,主に3-OHBAが増加し,総ケトン体の約80%を占めるまでになる.このように肝でのケトン体産生亢進のほか,末梢ケトン体利用低下,尿細管機能異常によって血中ケトン体が上昇するとされている.
 以上のように,血中ケトン体は,糖代謝が阻害され脂質代謝が亢進することにより増加するため,糖尿病の病態把握,治療の指標として特に重要である.

乳酸,ピルビン酸

著者: 戸谷誠之

ページ範囲:P.360 - P.361

異常値が出るメカニズム
 乳酸(α-オキシプロピオン酸)は,αヒドロキシ酸の一つで,骨格筋,脳および赤血球でのグリコーゲン代謝に始まる解糖系代謝経路の最終産物として,嫌気的にピルビン酸(pyruvate)から産生される.血液中の乳酸濃度は主に肝臓や腎臓,骨格筋における乳酸合成や代謝回転の結果を示す.正常な代謝回転が保たれている場合,乳酸総産生量の約30%は肝臓の糖新生系(Coriの回路)の基質として利用される1).血液中の乳酸は一価の陰イオンとして存在し,ピルビン酸との濃度比がほぼ10:1に保たれている.この比率に乱れを生じる原因には,次の場合がある.第一にNADH:NADは変化せずピルビン酸値が急増した場合と,第二にNADH:NADは増大したがピルビン酸値は変化しない場合,さらにこの二つの現象が合わさった場合である.

ヒアルロン酸(ヒアルロナン)

著者: 村田克己

ページ範囲:P.362 - P.363

ヒアルロン酸存在の臨床的意義
 ヒアルロン酸(hyaluronic acid,hyaluronan)は単鎖状構造をもつグリコサミノグリカン(ムコ多糖)の一つで,グリコサミノグリカンのうち最大の分子量を示す(5万〜800万).他のグリコサミノグリカンと異なり硫酸基を含まない.ヒアルロン酸は保水性がきわめて大で,これが生体内組織に存在する意義となる.組織中のヒアルロン酸はコア蛋白を介してアグリゲート(会合体)として存在する.
 最近このヒアルロン酸に特異的に結合する蛋白,アグリカンやネクチンを利用して,血中のヒアルロン酸測定が可能となった.

脂質・リポ蛋白

脂質・リポ蛋白代謝のメカニズム

著者: 疋田稔 ,   武城英明 ,   齋藤康

ページ範囲:P.366 - P.369

リポ蛋白の構造と特性
 生体の血清脂質には,主に中性脂肪(triglycerides:TG),コレステロール(cholesterol),リン脂質(phospholipids:PL),脂肪酸が存在し,コレステロールはさらに,遊離コレステロール(free cholesterol:FC)と脂肪酸と結合したコレステロールエステル(cholesteryl ester:CE)に分けられる.脂質の特徴は疎水性であり,なかでもTGとCEは非極性脂質と呼ばれ不溶性である.生体ではTGとCEを核として,極性物質であるPL,FCが表面を取り囲み,さらにその表面に蛋白質(アポ蛋白)が存在する球状粒子(リポ蛋白)として血清中に存在する.
 血中リポ蛋白は脂質組成・含有量やアポ蛋白の違いなどにより5種類に大別され,その基本的性状の違いは比重に反映される.

総コレステロール

著者: 平晃一 ,   齋藤康

ページ範囲:P.370 - P.373

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 総コレステロール(TC)はコレステロールエステル(CE)と遊離型コレステロール(FC)の総和である.血中で,コレステロールはトリグリセライド(TG),リン脂質などの他の脂質成分やアポ蛋白とともにリポ蛋白を形成して存在している.高脂血症の本態はリポ蛋白の増加であり,リポ蛋白が増加することにより血清TC値やTG値が上昇する.各病態で増加するリポ蛋白がそれぞれ異なり,増加したリポ蛋白によりWHO表現型分類I〜V型に分類される(表1).増加したリポ蛋白の判定法として超遠心法やポリアクリルアミドゲル(PAG)電気泳動などがあるが,血清静置試験または血清脂質値(TC値とTG値)から,表1に示すように増加しているリポ蛋白が推測できる.TC値測定の臨床的意義の第一は,どのリポ蛋白が増加または減少しているかの病態の把握にある.以下に,TC値の上昇する病態をWHO分類に則して述べる.
 1)IIa型高脂血症:TC値の上昇する最も代表的な病態で,低比重リポ蛋白(LDL)がうっ滞することにより発症する.TC値のみ上昇し,TG値は変動しない.

LDLコレステロール,HDLコレステロール

著者: 岡田正彦

ページ範囲:P.374 - P.377

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血液中のコレステロールは,一部が食事由来で,多くは肝臓で合成され分泌されたものである.コレステロールや中性脂肪は水に溶けにくいため,血液中では両親媒性(外側が親水性で内側が親油性)の膜に包まれている.種類がいくつかあり,それぞれ比重(サイズ)が異なっている.総称してリポ蛋白と呼ばれるが,大別するとカイロミクロン,超低比重リポ蛋白(VLDL),中間比重リポ蛋白(IDL),低比重リポ蛋白(LDL),高比重リポ蛋白(HDL)がある(図1).各リポ蛋白とも,固有の代謝回転を行っており,各種酵素やアポリポ蛋白が重要な働きをしている.例えばリポ蛋白リパーゼ(LPL)と呼ばれる酵素は,カイロミクロン,VLDL,IDL,LDLなどの異化を促進している.
 動脈硬化症で血管壁に沈着するコレステロールはLDL由来である.一方,HDLは血管壁やLDLなどに存在する過剰なコレステロールを引き出し,肝臓に戻す役割を果たしている.コレステロールは,ステロイドホルモンや胆汁酸などの原料となるほか,細胞にとって必須の構成要素である.したがって,常に一定量のコレステロールが血液中に存在している必要があり,また多すぎると動脈硬化症を起こす.血液中のコレステロールを一定量に保つため,一方で過剰に合成し,他方で余分な量を絶えず分解するという方式の制御機構が働いている.

TG(トリグリセリド)

著者: 岡部紘明

ページ範囲:P.378 - P.381

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 トリグリセリド(triglyceride:TG)はトリアシルグリセロールあるいは中性脂肪ともいい,グリセロール(G)に3分子の脂肪酸(FA)がエステル結合している.このFAはアルブミン(ALB)と結合して,肝臓や筋肉に取り込まれ,ミトコンドリア内でβ-酸化され,アセチルCoAが生成されてTCAサイクルに入り,エネルギー源として利用される.血中ではキロミクロン(Chyl),超低比重リポ蛋白(VLDL)に多く含まれている.一部は中間比重リポ蛋白(IDL),HDLなどにも存在している.一般にTGの1日の摂取量はコレステロール(Chol)の摂取量(0.2〜0.5g)の約200倍といわれ,食物のTGは膵リパーゼ(LIP)でジグリセリド(DG),モノグリセリド(MG)に水解されるが,90%以上はTGとして存在する.TGは小腸絨毛から吸収され,腸管粘膜細胞内でChylを合成し,腸管リンパ管,胸管を経て血中に入る.カプリル酸など炭素数C8〜C10の脂肪酸は,TGに再合成されてもChylにはならず肝臓に取り込まれる.Chylは血中でHDLのアポC-II,アポC-IIIやアポEにより成熟したChylとなる.このChylのTGはLPLにより毛細血管内皮細胞上で水解され,小型化してChylレムナントとなり,アポEをリガンドとして肝細胞の受容体から取り込まれ,外因性TGとなる.

リポ蛋白分画

著者: 山田信博

ページ範囲:P.382 - P.384

 リポ蛋白は脂質と蛋白の複合体を指し,その特性によりいくつかの分画に分けられる.分画する方法としては,①密度に基づく方法,②電気泳動法に基づく方法,③粒子サイズに基づく方法がある.
 一般によく知られている命名法は,密度に基づく分画法によっている.リポ蛋白は,脂質と蛋白の複合体であり,脂質含量が多いとその比重は低くなり,蛋白含量が多いと比重は高くなる.低いリポ蛋白より,超低比重リポ蛋白(very low density lipoprotein:VLDL),低比重リポ蛋白(lowdensity lipoprotein:LDL),高比重リポ蛋白(high density lipoprotein:HDL)が正常には存在する.ある種の病的状態で,VLDLとLDLの間のリポ蛋白(intermediate density lipoprotein:IDL)が増加することがある.

アポリポ蛋白

著者: 山田信博

ページ範囲:P.385 - P.387

 血漿中の脂質は蛋白と結合してリポ蛋白という形で存在しているが,この蛋白部分をアポリポ蛋白と呼んでいる.アポリポ蛋白(アポ蛋白)は,脂質との結合,脂質の輸送などリポ蛋白代謝において重要な機能を果たしている.そして,最も重要な役割としては,水に不溶性の脂質と結合して,リポ蛋白粒子を形成することにより水溶性とすることである.種々のアポ蛋白が現在までに分離,同定されており,主たるアポ蛋白ではその遺伝子構造が明らかにされている.アポA-I,A-II,A-III,A-IV,B48,B100,C-I,C-II,C-III,D,E(A-IIIと同じ),F,G,H,Jなどが知られている.現在までによく分析されているアポ蛋白は,アポA-I,A-II,B48,B100,C-I,C-II,C-III,E,アポ(a)である.

Lp(a)〔リポプロテイン(a)〕

著者: 三宅紀子

ページ範囲:P.388 - P.389

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 Lp(a)はLDL粒子のapoB100にapo(a)が結合したリポ蛋白粒子の1つである.apo(a)はプラスミノゲンと相同性が高く,線溶系に関与する.例えば,フィブリンや単球・マクロファージ,血管内皮細胞へのプラスミンの結合を競合的に阻害することで血栓形成を促進する.また,プラスミンがTGF-βを活性化し,平滑筋細胞の遊走・増殖を抑制する作用を阻害する.これらの作用により動脈硬化を促進するとされている.Lp(a)血中濃度は0.5mg/dl以下〜100mg/dl以上と個体差がきわめて大きい.これはapo(a)の多型性による.apo(a)はクリングル様構造とプロテアーゼドメインからなる.クリングル様構造は10種類のクリングル4と1つのクリングル5からなる.このうち,クリングル4のうち2番目は3〜40の繰り返し構造をもつ(図1).この繰り返し数が多いほどLp(a)の血中濃度は高い.さらに,apo(a)遺伝子5'発現調節領域の塩基配列の多型性もLp(a)血中濃度に関与する.
 高Lp(a)血症では心筋梗塞,虚血性心疾患の発症頻度,心筋梗塞後の冠動脈バイパスや経皮的冠動脈形成術(PTCA)後の再狭窄頻度が高い.さらに,脳梗塞,頸静脈硬化など動脈硬化性疾患で高Lp(a)血症の頻度が高い.

遊離脂肪酸

著者: 澤田正二郎 ,   石川俊次

ページ範囲:P.390 - P.390

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血中脂肪酸の大部分は各種脂質とエステルを構成し,約5%程度が主にアルブミンと結合した遊離脂肪酸(非エステル型脂肪酸:FFA)として存在する.FFAはturn over(代謝回転)が速く,脂肪酸転送能が高く,末梢組織のエネルギー源として重要である.FFAは主に2つの経路で生成される.第1の経路としては,食事から吸収された中性脂肪はカイロマイクロンを形成し,末梢組織のリポ蛋白リパーゼが作用しFFAが血中へ遊離される.第2は,脂肪組織に貯蔵された中性脂肪が,ホルモン感受性リパーゼによって水解されFFAが動員される.多くのホルモン(カテコラミン,ステロイドホルモン,甲状腺ホルモン,成長ホルモンなど)はこのリパーゼを活性化することにより中性脂肪の分解を促進する.一方,インスリンは分解を抑制する.よって,これらの代謝に異常をきたしたときにFFAは異常値を呈する.

LCAT(レシチン-コレステロールアシルトランスフェラーゼ)

著者: 杉本元信

ページ範囲:P.391 - P.391

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 レシチンコレステロールアシルトランスフェラーゼ(LCAT)は,血中および組織の脂質代謝に関与し,レシチンの脂肪酸をコレステロールの水酸基に転移させて,リゾレシチンとコレステロールエステルを生成する酵素である.大部分がHDLを基質とするα-LCATであるが,VLDLやLDLを基質とするβ-LCATも知られている.
 家族性LCAT欠損症は稀ではあるが,高脂血症患者の一部に存在する.LCATは肝で合成され,半減期が2〜3日と短いため,肝蛋白合成能が低下する重症肝疾患で減少する.一方,脂質合成が亢進する種々の病態で増加する.

CETP(コレステリルエステル転送蛋白)

著者: 稲津明広 ,   小泉順二 ,   馬渕宏

ページ範囲:P.392 - P.394

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 CETPは,Zilversmitにより1975年に,リポ蛋白間でのコレステリルエステル(CE)の転送,交換を促進する蛋白としてその存在が知られるようになった.その単離はHeslerら,Jarnaginらによりなされ,1987年にDraynaらによりcDNAがクローニングされた.CETPはコレステロール(CHOL)逆転送系(reverse cholesterol transport:RCT)の重要な因子であり,CETP欠損症の病態解析を通じて,その測定が普及しつつある.HDLの脂質転送能の評価,HDLコレステロール(HDL-C)値の個体差や変動を理解するために有用な検査である.HDL関連酵素である,リポ蛋白リパーゼ(LPL),肝性リパーゼ(HTGL),レシチンコレステロールアシルトランスフェラーゼ(LCAT)を同時に測定することでその検査価値は向上する.CETPとHTGLの低下はHDL-C値増加をきたし,LCATとLPLの低下はHDL-C値低値と関連している.
 HDLは,①動脈硬化巣を含めた末梢細胞由来や,②食事性および内因性のトリグリセリド(TG)の多いリポ蛋白(キロミクロンとVLDL)の水解により生じた余分なCHOL,リン脂質を受け取る.LCAT活性を介してCHOLのエステル化に伴い,HDL3からHDL2への粒子サイズの増大が認められる.

血清胆汁酸とその分画

著者: 米山啓一郎

ページ範囲:P.396 - P.397

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 胆汁酸は肝細胞においてコレステロールより生成される.一次胆汁酸であるコール酸(CA),ケノデオキシコール酸(CDCA)と,これらが腸内細菌によって脱水酸化されて生ずる二次胆汁酸であるデオキシコール酸(DCA),リトコール酸(LCA)があり,さらにウルソデオキシコール酸(UDCA)が存在する.これら5種類の胆汁酸には,おのおの遊離型,グリシン抱含型,タウリン抱合型の3型が存在するため,合計15分画の胆汁酸抱合体分画に分けられる.胆汁酸は十二指腸に分泌後,脂肪の消化吸収に重要な役割を果たし,回腸末端から再吸収され門脈を経て肝に至り,腸肝循環を繰り返している.そのため,胆汁酸は健常者の血中に微量存在するが,肝での輸送障害・胆汁うっ滞などに際し腸肝循環が破綻するとき,血中に増加する.

血液ガス・電解質・微量金属

pH,PaCO2,PaO2,SaO2,HCO3-,Base Excess

著者: 松尾収二

ページ範囲:P.399 - P.407

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 pH,PaCO2,PaO2,SaO2,HCO3-,baseexcess(BE)は,血液ガス検査と呼ばれ,バイタルサインをみるための基本的検査であり緊急検査として頻用される.
 臨床的意義は,呼吸・循環機能,末梢でのガス交換,細胞代謝,酸塩基平衡の評価を行うことにある(図1).したがって,呼吸器,循環器,腎臓などの臓器障害のほか,血流やヘモグロビン,重炭酸緩衝系などの血液成分の変化でも異常値を呈する.このように血液ガスには種々の因子が絡み合っているが,検査データの判読には,ガス交換をみる呼吸.循環系と酸塩基平衡に分けると病態を把握しやすい(表1).前者の評価はPaCO2,PaO2,SaO2,後者の評価はpH,PaCO2,HCO3-,BEで行う.

Na/K/Cl(ナトリウム/カリウム/クロール)

著者: 矢内充

ページ範囲:P.408 - P.411

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 健常人の血清浸透圧は,自由飲水の状態ではおおよそ285mOsm/kgに調節されている.Naは,細胞外液の主要陽イオンであり,これに随伴する陰イオンを合わせると,細胞外液の浸透圧を構成する溶質の95%以上を占める.
 血清浸透圧(Posm)は,
 Posm=2・[Na(mEq/l]+[BUN(mg/dl)]/2.8+[Glucose(mg/dl)]/18
 なる関係がある.血清浸透圧は,ADH系と中枢神経内の渇中枢による口渇系の2つの制御系により,非常に狭い範囲で調節されているため,血清Naも非常に狭い範囲で調節されていることになる.細胞外液と細胞内液の浸透圧は,水が細胞膜を自由に通過するため常に等しく,細胞膜を介した浸透圧勾配は形成しない.一方,Naは細胞膜を介しての移動は自由にはならない.したがって,血清Na濃度は,体内のNa総量の動きを示すものではなく,あくまでも体液の浸透圧を反映し,主として水代謝系に異常を呈したときに血清Naも異常値をとる.すなわち,血清Na濃度の低下をみた際には,細胞外液量の優位の増加もしくは総Na量の優位の低下を考え,逆に血清Na濃度の増加の場合は,細胞外液量の優位の減少もしくは総Na量の優位の増加を考える.

Ca/P(カルシウム/リン)

著者: 井上大輔 ,   松本俊夫

ページ範囲:P.412 - P.415

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 Ca・Pのバランスは主に腸管からの吸収,腎からの排泄によって決定されており,血清中の濃度は体内における分布にも大きな影響を受ける.生体内のCaの99%は骨に貯蔵されており,残りのほとんどは循環血漿を含む細胞外液中に存在する.骨,細胞外液の2つのコンパートメントには動的平衡が保たれており,同時に腎および腸管における吸収閾値を調節することにより,血清Ca濃度は厳密に制御されている.一方,リンは骨に約85%が貯蔵されており,残りは細胞外よりもむしろ細胞内に高濃度に分布する.血清P濃度はCaほど厳密には調節されていない.
 Ca・P代謝の最も重要な調節因子は,PTHおよび1α,25(OH)2-vitamin D(活性型ビタミンD)である.主な生理作用として,PTHは骨吸収の促進によるCa・Pの血中への動員,腎からのP排泄促進,腎近位尿細管における活性型ビタミンD産生(1α水酸化酵素活性)の促進,ビタミンDとの協調作用による遠位尿細管でのCa再吸収促進などの作用をもつ.一方,活性型ビタミンDは,腸管からのCa・Pの吸収促進,PTHとの協調作用による腎遠位尿細管でのCa再吸収促進などの作用を有する.

血清銅

著者: 友安茂

ページ範囲:P.416 - P.417

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血清銅は,アルブミン結合銅とセルロプラスミン結合銅の総和である.胃,上部小腸から吸収された銅は,アルブミンと結合して肝臓および各種臓器に運ばれる.肝臓に運搬された銅は貯蔵されるか,セルロプラスミンに合成される.銅の主な排泄経路は胆道であり,胆道が閉塞されると血清銅は増加する.銅結合蛋白であるセルロプラスミンにはferroxidase(鉄酸化触媒酵素)作用があり,銅代謝異常によって鉄代謝異常をきたし貧血を発症することもある.また,セルロプラスミンは急性炎症性蛋白であり,炎症性疾患で血清銅は増加する.

Mg(マグネシウム)

著者: 宮哲正

ページ範囲:P.418 - P.418

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 マグネシウム(Mg)は生体内では4番目に多い陽イオンで,細胞内における生理反応での種々の酵素の活性剤であるとともに,高分子構造の保護物質として重要である.
 成人は300mg/日のMgを経口摂取し,その約40%が小腸から吸収され,尿から排泄される.吸収量の制御はなされてないようで,体内での維持は腎尿細管での排出・再吸収で制御されている.成人の体内には約1モル(24g)のMgが存在するが,主として骨や軟部組織を主とした細胞内にあり,血中には1%にも満たない.

亜鉛

著者: 田部井薫

ページ範囲:P.420 - P.421

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
●亜鉛は補酵素として重要な金属である.
●炭酸脱水素酵素,蛋白分解酵素,乳酸脱水素酵素など100以上の酵素活性に関与する1)

血清鉄と鉄結合能

著者: 石橋敏幸 ,   丸山幸夫

ページ範囲:P.422 - P.424

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 体内の総鉄量は約3,000〜4,000mgで,約2/3は赤血球内の血色素鉄(ヘモグロビンに結合した鉄)として,1/3弱は肝,脾,骨髄などの網内系組織に貯蔵鉄(フェリチンとヘモジデリン)として存在する.血清中の鉄は体全体の約0.1%(3〜4mg)にすぎない.血清鉄は,血清蛋白のβ1グロブリン分画に属するトランスフェリンに結合し存在している.トランスフェリンは肝臓で合成され,1分子あたり2個の三価鉄イオン(Fe3+)を結合することができ,生体において鉄輸送蛋白として機能している.
 血清中のトランスフェリンと結合できうる鉄の量を総鉄結合能(total iron binding capacity:TIBC),不飽和のトランスフェリンと結合できうる鉄の量を不飽和鉄結合能(unsaturated iron binding capacity:UIBC)という.血清鉄値とUIBC値を加えたものがTIBC値となる.通常,TIBC値は血清トランスフェリン値を意味するものと考えてよい.

血漿浸透圧

著者: 菅野一男 ,   平田結喜緒

ページ範囲:P.426 - P.427

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血漿浸透圧(Posm)はNa,K,ブドウ糖などの容質濃度の総和によって決定される.臨床検査としては凝固点降下法によることが多いが,血中の各溶質成分濃度より,次の計算式により算出可能である.
 Posmを決定する最大の因子は血清Na濃度である.したがって,高Na血症では血漿浸透圧の上昇を認める.Posmの上昇は,視床下部の浸透圧受容体を介して抗利尿ホルモン(ADH)の分泌を増加させる.ADHは腎集合尿細管に作用し,水チャネル・アクアポリン2(AQP2)を活性化し,水の再吸収を促進し(尿浸透圧は上昇),Posmを一定に保つように作用する.したがって,Posmは血漿ADH濃度,尿浸透圧と関連させて評価する必要がある.ADHの分泌異常と腎での作用障害を生じる様々な病態でPosmの異常が生じる可能性がある.

ビタミン

ビタミンB12,葉酸

著者: 橋詰直孝

ページ範囲:P.428 - P.429

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ビタミンB12や葉酸の異常値の出るメカニズムを表1に示した.ビタミンB12が低値に出る場合は,内因子欠乏以外に胃切除,吸収不良症候群,盲管症候群,Zollinger-Ellison症候群,慢性膵炎,Kostman症候群,Imerslund病(選択的B12吸収不良),先天性トランスコバラミンIおよびII欠損症などの吸収障害が最も頻度が高い.アルコール依存患者でも起こるが頻度は少ない.ビタミンB12の競合は広節裂頭条虫,ランブル鞭毛虫で起こる.薬物はネオマイシン,コルヒチン,パラアミノサルチル酸,ビグアナイドで起こる.
 葉酸が低値に出る場合には,アルコールなどによる吸収障害が最も頻度が高い.

ビタミンA,B1,B2,B6,D,E

著者: 橋詰直孝

ページ範囲:P.430 - P.431

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血中ビタミンが高値に出て臨床的に問題となるのはビタミンA,D,Eである.ビタミンAが高値に出る場合はA過剰症(中毒),高脂血症や脂肪肝をきたす過栄養,腎不全である.25(OH)D値が高値に出る場合はD過剰症(中毒)で,1α,25(OH)2Dが高値ならば原発性副甲状腺機能亢進症,慢性肉芽腫症,ビタミンD依存症くる病II型,カルシウム欠乏性,1,25D産生悪性リンパ腫が考えられる.ビタミンEは高脂血症や妊婦で高値をきたす.
 低値をきたすメカニズムは表1に示した.

血中薬物濃度

血中薬剤濃度(TDM)総論

著者: 西園寺克

ページ範囲:P.432 - P.433

 TDMを理解するためには,臨床薬理に関する基本的知識が必要とされる.しかし,現在の医学部では,血中薬物濃度に関する教育,すなわち治療薬物モニタリング(therapeutic drug monitoring:TDM)に関する教育は系統的に行われていないのが現状である.以下,TDMにおける基本的知識について述べる.

抗てんかん薬/向精神薬

著者: 岡島由佳 ,   上島国利

ページ範囲:P.434 - P.436

 向精神薬とは,中枢神経系に対する選択的な影響を通じて,精神機能や行動に特徴的な変化を起こすことを主な作用とする薬物で,抗てんかん薬,抗精神病薬などの精神科治療薬と,麻薬や幻覚剤といった精神異常発現薬を含んでいる.
 本稿では,抗てんかん薬と,痴呆の随伴症状,せん妄などの鎮静に対し内科でもしばしば用いられるhaloperidol(HPD)などの抗精神病薬のTDMについてふれる.

強心薬

著者: 廣田路子 ,   伊賀立二

ページ範囲:P.437 - P.439

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ジギタリス製剤は様々な薬物間相互作用があり,血中濃度の変動が起こる.表1,2に,添付文書に記載されている相互作用のメカニズムを記す.
 新生児期は腎機能が未発達であることからジゴキシンの消失半減期は35〜70時間であり,その後は腎機能の発達に伴って徐々に短くなり,生後1年では15〜30時間になる.生後1日から1年程度までの小児の分布容積は,成人の1.5〜2倍程度大きい.小児期にはジギトキシンの腎クリアランスは成人と変わらなくなるが,全身クリアランスは成人より高く,ジゴキシンやジギトキシンの投与量は成人よりも高くする必要がある.また,小児期にはジゴキシンの心筋中濃度/血清中濃度比は成人の約2倍である.このように,生後しばらくの間は体内動態が大きく変化するので,血清中濃度モニタリングが必要な時期である.

抗生物質

著者: 西園寺克

ページ範囲:P.440 - P.441

抗生物質のTDMの総論
 抗生物質は,「血中薬剤濃度(TDM)総論・対象薬剤」(p432)で述べた5項目のうち,剤形が注射剤の場合は“(4)non-compliance(服薬義務違反)により患者に重篤な症状が出る可能性がある”に該当しない.例外を除けば投与期間も長期とならないので“(5)長期投与が必要で,患者の腎機能,肝機能の変化により血中濃度が変動する可能性がある”にも該当しない.
 抗生物質のTDMにおいては,起炎菌の変遷と使用薬剤の選択毒性が重要である.

免疫抑制薬

著者: 花田恵理花 ,   伊賀立二

ページ範囲:P.442 - P.444

 免疫抑制剤のなかでシクロスポリン(サンディミュン®)とタクロリムス(プログラフ®)は,本邦において臨床で広く用いられているが,血中濃度を測定して投与量の調節を行うことが重要となっている.ここでは,シクロスポリン(CyA)とタクロリムス(FK)の血中薬物濃度測定について概説する.

先天性(代謝)異常のスクリーニング

新生児マス・スクリーニング

著者: 大和田操

ページ範囲:P.445 - P.447

新生児マス・スクリーニングの対象疾患
 特定の遺伝子の先天的な異常に起因する疾患は,先天性代謝異常症(inborn errors of metabolism:IEM)と総称され,メンデル遺伝を示し,その多くに今日なお有効な治療法が存在しない.しかし,1934年に初めて報告されたフェニルケトン尿症(phenylketonuria:PKU)では,1953年にフェニルアラニン(Phe)摂取制限食が有効なことが報告され,1961年には本症の簡易スクリーニング方法が開発されて,欧米では1960年代後半からPKUの新生児マス・スクリーニングが広く行われるようになった.また,治療法があるPKU以外のIEMについてもスクリーニング方法が開発されている.
 わが国では,1977年からPKUを含む5種類のIEMにっいて公費による新生児マス・スクリーニングが開始され,1980年には先天性甲状線機能低下症(クレチン症)が追加された.一方,約20年の成績から,ヒスチジン血症は良性のIEMと判定されてスクリーニングから外され,1989年からは先天性副腎過形成症の一種である21-ヒドロキシラーゼ欠損症が加わった.1999年現在,わが国で新生児マス・スクリーニングの対象となっている疾患とその特徴を表1に示す.

内分泌学的検査 総論

内分泌総論

著者: 池田斉

ページ範囲:P.451 - P.453

内分泌疾患の特徴
 内分泌疾患では,原因となる病変(腫瘍,炎症など)によって起こる局所症状,全身症状のほかに,各ホルモンの過剰や欠乏に基づいた特徴的な症状が現れる(表1).これらの症状から内分泌疾患の疑いをもたれることが多い.診断に重要なのは血中や尿中のホルモンの測定である.診断が下されれば治療に移るが,基本的な方針は,ホルモン過剰の是正またはホルモン欠乏の補充である.治療後の経過観察にも,血中,尿中のホルモン検査が重要である.内分泌疾患の予後は,基礎疾患が悪性腫瘍である場合を除けば,概して良好である.

下垂体

GH(成長ホルモン)

著者: 家入蒼生夫

ページ範囲:P.454 - P.455

 成長ホルモン(growth hormone:GH)は,下垂体前葉から分泌される単純蛋白ホルモンで,視床下部のGRH(GH-releasing hormone)とソマトスタチン(somatotropin-release inhibiting hormone:SRIH)とにより分泌刺激および分泌抑制の調節を受けている.

TSH(甲状腺刺激ホルモン)

著者: 家入蒼生夫

ページ範囲:P.456 - P.457

 甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone:TSH,thyrotropin)は,下垂体前葉TSH産生細胞から分泌される糖蛋白ホルモンで,α,β二つのサブユニットから成り,このうちαサブユニットは,LH,FSH,hCGなどと共通の構造をとる.TSH分泌は,視床下部TRH(thyrotropin-releasing hormone:TSH分泌刺激ホルモン)により刺激され,甲状腺ホルモン特にトリヨードサイロニン(T3)により負の調節(negative feedback)を受けている.甲状腺機能状態の把握には最も有用な検査である.

PRL,LH,FSH(プロラクチン,黄体化ホルモン,卵胞刺激ホルモン)

著者: 久保田俊郎

ページ範囲:P.458 - P.459

PRL
異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 PRL(prolactin)は,脳下垂体より分泌されるアミノ酸198個が鎖状に連なった単純蛋白ホルモンで,血清中PRLの測定は内分泌診療において不可欠な検査である.
 下垂体前葉のlactotrophsの増加・機能亢進と,視床下部のPRL分泌抑制因子の分泌低下などにより高PRL血症となる.高濃度のPRLは視床下部-下垂体-卵巣系に作用して,排卵を抑制して無月経や不妊をもたらす.また,妊娠中に増加するPRLは乳腺の発育を促して,産褥期の乳汁分泌に重要な役割を果たす.産褥期以外にも乳汁分泌がみられる乳汁漏出症では,高PRL血症による性腺系の機能低下を伴う場合が多い1)

ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)

著者: 庄司優 ,   須田俊宏

ページ範囲:P.460 - P.461

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ACTHはアミノ酸39個からなるポリペプチドホルモンで,下垂体前葉から分泌される.分泌されたACTHは,副腎皮質からのコルチゾールの分泌を促進する.ACTHの分泌調節は,視床下部で産生されるCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)により刺激され,コルチゾールにより抑制される.血漿ACTH濃度は下垂体前葉からの分泌を反映し,日内変動が認められ,起床時に高く就寝時に低い(乳幼児期には日内変動不明確).脈動的間歇的分泌もあり,また,ストレスや食事などの影響を受けやすい.
 ACTHが高値を示すときには,視床下部または異所性のCRH産生増加,下垂体または異所性のACTH産生増加,または,副腎皮質からのコルチゾールの分泌低下などが考えられる.ACTHが低値を示すときには,視床下部におけるCRH産生障害,下垂体におけるACTH産生障害,副腎皮質からのコルチゾールの分泌充進や合成糖質コルチコイド剤の大量長期投与などが考えられる.

ADH(抗利尿ホルモン)

著者: 庄司優 ,   須田俊宏

ページ範囲:P.462 - P.463

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ADHはアミノ酸9個からなるペプチドホルモンである.その前駆体は視床下部において転写・翻訳を受け,軸索輸送下にプロセシングされて下垂体後葉に貯えられ,刺激を受けて血中に分泌される.分泌されたADHは,腎集合管のV2受容体に作用し水再吸収を亢進させ(抗利尿作用),細動脈平滑筋のV1a受容体に作用して血管収縮を起こす.
 主な分泌調節は血漿浸透圧,循環血液量,血圧によって行われているが,生理的には,血漿浸透圧による調節が主体をなすと考えられている.血漿ADH濃度は下垂体後葉からの分泌を反映する.血漿ADH濃度と血漿浸透圧との間には正の相関関係が認められ,血漿浸透圧が272mOsm/kg以下になるとADH分泌は抑制される.このようにADHの正常値は血漿浸透圧によって変化すると考えてよく,ADH値の異常の検討には同時採血による血漿浸透圧の検査が必須である.

甲状腺・副甲状腺

T4/free T4,T3/free T3(サイロキシン/フリーサイロキシン,トリヨードサイロニン/フリートリヨードサイロニン)

著者: 池田斉

ページ範囲:P.464 - P.465

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血中甲状腺ホルモン(T4,T3,FT4,FT3)が増加する主な機序には二つある(図1).一つは,甲状腺の自律的な機能亢進(Basedow病)によるもので,甲状腺内でホルモン合成と分泌の過程が亢進する.甲状腺濾胞細胞膜のTSHレセプターに対する自己抗体(TSHレセプター抗体:TRAb)の刺激によって起こる.第二は,甲状腺組織破壊によるホルモン漏出のために,血中甲状腺ホルモンが増加する場合である.これには,無痛性甲状腺炎(慢性甲状腺炎が基礎にあり,これに何らかの機序で濾胞破壊が起こる疾患)と亜急性甲状腺炎(ウイルス感染によると考えられる)がある.この場合は,甲状腺機能そのものは低下しているので,甲状腺のヨードやテクネシウム摂取率(123I摂取率,99mTc摂取率)は低下している.その他,機能性甲状腺結節による機能亢進症(Plummer病),下垂体からのTSH分泌増加によるTSH産生下垂体腺腫,下垂体のT3受容体異常による下垂体性甲状腺ホルモン不応症などがある.なお,甲状腺ホルモン結合蛋白(TBGなど)の増加によって,甲状腺機能に異常がなくても,T4,T3は高値になる(例えば妊娠など).その場合,FT4,FT3は結合蛋白の増加の影響を受けないため変化しない(図2).

Tg/TBG(サイログロブリン/サイロキシン結合グロブリン)

著者: 藤村英昭 ,   橋本琢磨

ページ範囲:P.466 - P.467

Tg
異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 サイログロブリン(Tg)は,甲状腺濾胞細胞で合成される糖蛋白であり,濾胞腔へ分泌される過程で甲状腺ペルオキシダーゼの作用により分子内のチロシン基がヨウ素化される,いわば,甲状腺ホルモン合成の前駆体として重要な役割を果たしている.臓器特異性の高い物質であるが,種々の甲状腺疾患で上昇するため,Tgだけで疾患を鑑別することはできない.
 Tgは,乳頭癌や濾胞癌などの甲状腺分化癌で高値を示すことが知られている.一方,髄様癌や未分化癌ではほぼ正常であることが多い.腫瘍部位の切除手術後には速やかに正常化するが,高値を持続する場合は転移の可能性が疑われる.また,再発例では血中Tg濃度が再上昇することが多い.したがって,甲状腺分化癌の術後経過の観察に有用であるといえる.

カルシトニン

著者: 藤村英昭 ,   橋本琢磨

ページ範囲:P.468 - P.469

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 カルシトニンは,主として甲状腺の濾胞細胞(C細胞)で産生されるペプチドホルモンで,副甲状腺ホルモンや1,25ビタミンDと同じカルシウム(Ca)調節ホルモンの一つである.その主たる作用は,①腸管からのCa吸収抑制,②破骨細胞の骨吸収抑制,③腎からのCa排泄促進であり,総合的に血中Ca濃度の低下に働く.
 カルシトニンは,血中のCaあるいはガストリンやグルカゴンなどの消化管ホルモンによって分泌調節されているため,これら調節因子の代謝や分泌に異常が生じると高値または低値を示すことが知られている.また,カルシトニンは腎で代謝されるため,腎機能が低下すると血中濃度が上昇する.

PTH/PTHrP(副甲状腺ホルモン/副甲状腺ホルモン関連蛋白)

著者: 三上ともこ ,   中村浩淑

ページ範囲:P.470 - P.471

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 PTH(副甲状腺ホルモン)は,副甲状腺から産生されるアミノ酸84個のペプチドホルモンであり,骨と腎尿細管に存在するPTH/PTHrPレセプターに結合し,骨吸収と腎尿細管でのCa再吸収を促進する.また,腎における1,25(OH)2D3の合成を促進し,その結果,小腸でのCa吸収を高める.PTHの異常値は,副甲状腺そのものの異常による場合と,ほかの原因による血清Ca,P濃度の変化に対する変動である場合がある.PTH測定時には,同時に血清Ca濃度(アルブミンによる補正値)とP濃度を測定することが不可欠である.
 PTHrP(副甲状腺ホルモン関連ペプチド)は,悪性腫瘍に伴う高Ca血症(humoral hypercalcemia of malignancy:HHM)を引き起こす主要な因子として知られている.N末端13アミノ残基中8個はPTHと同一であり,ここがPTH様の生物学的活性をもつと考えられている.PTHrPは,ほとんどの正常組織で産生されており,骨・軟骨組織の成長・分化,ケラチノサイトの増殖・分化や胎盤のCa輸送,平滑筋においてトーヌスを一定に保つ働きなどに関与するパラクリン因子である.正常人の血中にはごく微量しか存在しないが(多くの場合測定感度以下),腫瘍細胞から過剰発現されると骨と腎尿細管に存在するPTHと同一の受容体に結合し,骨吸収およびCaの再吸収を促進し,高Ca血症を起こす.

副腎

コルチゾール

著者: 中井利昭

ページ範囲:P.472 - P.473

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 コルチゾールは糖代謝,蛋白代謝,脂質代謝,水・電解質代謝,消炎,免疫機能抑制など多彩な作用を発揮する糖質コルチコイドの代表である.その生合成は副腎皮質束状層の細胞で行われ,生合成・分泌はCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出因子)-ACTH-コルチゾール系のネガティブフィードバック機構によって調節されている.CRH,ACTHの分泌は,日内リズムやストレスなどにより変動するneurotransmitterや,コルチゾールによる負のフィードバック機構によって調節されているため,コルチゾールの血中濃度もこれらの影響を受ける.血中コルチゾールは,その90〜95%が結合蛋白であるCBG(corticosteroid binding globulin)と結合していて(CBGと結合したものは非活性である),5〜10%が遊離型である.大部分は肝腎で代謝され,抱合型として尿中に排出されるが,一部は血中の遊離コルチゾールがそのまま尿中に排泄される.
 血中または尿中コルチゾールの異常は,一つは副腎皮質そのものに異常がある(原発性)場合,もう一つは視床下部からのCRHまたは下垂体からのACTHの分泌異常がある(続発性)場合のいずれかによって起こる.

尿中17-OHCS,尿中17-KS(尿中17-ヒドロキシコルチコステロイド,尿中17-ケトステロイド)

著者: 中井利昭

ページ範囲:P.474 - P.475

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 尿中17-OHCSは,コルチゾール,デオキシコルチゾールやこれらの代謝産物を総和として測定したものである.しかし,量的にはコルチゾールが多いのでコルチゾール分泌を反映したものといってよく,副腎皮質からの糖質コルチコイドの分泌状態を知るよい指標である.RIA法の進歩で血中コルチゾールの測定が比較的容易になっているが,尿中17-OHCS測定は日内変動を受けないなどの利点があり,現在でもルーチン検査として広く用いられている.
 尿中17-KSは性ステロイド系のテストステロン,デヒドロエピアンドロステロンなどの分泌動態を反映する.副腎と性腺両方に由来するが,副腎由来のものは年齢による変動がきわめて少ないので,男性では尿中17-KS排泄値は睾丸からのアンドロゲン分泌の多寡を知るよい指標となる.これに対して,女性ではほとんど全部が副腎由来であるので,副腎性性ステロイド分泌のよい指標となる.しかし,男性でも副腎の疾患の場合は17-KS値に異常をきたすので,測定意義が大きくなる.

アルドステロン

著者: 内田健三

ページ範囲:P.476 - P.477

異常の出るメカニズムと臨床的意義
 レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系はフィードバック機構を形成し,血圧,体液のホメオスターシスを維持している.アルドステロン分泌異常は,血圧,レニン,Na-K代謝,体液の異常をきたし,レニン分泌異常はアルドステロン分泌異常をきたし,Na-K代謝,体液の異常はレニン,アルドステロン分泌に影響を与える.したがって,血漿レニン活性と同時に測定する場合が多い.原発性アルドステロン症では副腎病変(腺腫,過形成,癌)により増加する.稀なものではあるがアルドステロン以外の鉱質コルチコイド増加では,体液量増大,レニンおよびアルドステロン減少を伴う.これらはいずれも低カリウムと高血圧を有している.Addison病では低下し,高カリウム血症を伴って,血漿レニン活性は増加する.常用薬(降圧薬,ピル)あるいは腎血管高血圧ではレニン分泌亢進を伴って増加する(二次性アルドステロン症).糖尿病などの腎実質病変では低レニン性低アルドステロン症をきたす.水-Na貯留による体液量増大(減少)では,血漿レニン活性は減少(増加),アルドステロンは減少(増加)する.

血中・尿中カテコールアミン

著者: 猿井宏 ,   安田圭吾

ページ範囲:P.478 - P.479

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 1.カテコールアミン(CA)の産生・分泌
 CAは主に脳,副腎髄質および交感神経に存在する.生体にはドーパミン(DA),ノルアドレナリン(NA),アドレナリン(A)の三種のCAがある(図1).CAは副腎髄質および交感神経節で産生され,恐怖,痛みなどのストレス時に多量に産生される.
 2.CAの作用
 NAの前駆物質であるDAは,それ自体中枢神経系での神経伝達物質として働き,下垂体に対しては,プロラクチンの分泌を抑制する.また,腎循環系などに作用を及ぼす.NAは多くの臓器でα1受容体を介し血管収縮作用を示し,血圧を上昇させる.Aは主としてβ1受容体と結合し,血管拡張,脈拍数,心拍出量増加をきたす.またCAは,肝臓でのグリコーゲン分解,糖新生の促進,脂肪組織での脂肪分解の促進,膵臓におけるインスリン分泌抑制,グルカゴン分泌促進を介して,血糖値,遊離脂肪酸値を上昇させる.

尿中メタネフリン,尿中VMA(バニリルマンデル酸)

著者: 猿井宏 ,   安田圭吾

ページ範囲:P.480 - P.481

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 メタネフリンおよびノルメタネフリンはカテコールアミンの中間代謝物であり,バニリルマンデル酸(vanillyl mandelic acid:VMA)は最終代謝産物である(前項図1参照).分泌されたカテコールアミンの約35%はVMAとなり,約55%は遊離型,抱合型メタネフリン,ノルメタネフリンとして尿中に排泄される.そのため,尿中メタネフリン,ノルメタネフリン,VMAの測定は血中,尿中カテコールアミンと同様に,褐色細胞腫,神経芽細胞腫の診断,治療効果の判定,経過観察に重要である.

性腺

hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)

著者: 久保田俊郎

ページ範囲:P.482 - P.483

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 Human chorionic gonadotropin(hCG)はヒト胎盤絨毛において合成・分泌され,妊娠の成立・維持に重要な働きを示す糖蛋白ホルモンである.分子量は39,000で,α,β,2種類のサブユニットの非共有結合により結成される異分子二量体である.そのうちαサブユニットは92個のアミノ酸残基からなり,狭義の糖蛋白ホルモングループに属する下垂体由来のLH,FSH,TSHに共通であり,βサブユニットはおのおののホルモン特異性を担っている1).したがって,hCGの生物学的ならびに免疫学的特異性はβサブユニット部分にある.
 hCGは,絨毛のジンチチウム細胞(栄養膜合胞細胞)から分泌されると考えられ,妊娠の成立とともに急激に増加するため,尿中hCGの検出が妊娠診断の決め手となる.また,妊娠初期での血中または尿中hCGの分泌パターンが異常を示せば,異常妊娠を知る重要な指標となる.妊娠のごく早期の診断や絨毛性疾患の管理に際しては,LHと交叉反応を示さないhCG-β測定が有用である.さらにhCGは,着床周辺期における黄体機能を助け,卵巣での月経黄体から妊娠黄体への変化とその機能維持に重要な役割を果たす.

エストロゲン,エストラジオール/尿中エストリオール,プロゲステロン

著者: 久保田俊郎

ページ範囲:P.484 - P.485

エストロゲン
 エストロゲンは女性ホルモン作用を示すステロイドの総称で,エストロン(E1),エストラジオール(E2),エストリオール(E3がよく知られ,卵巣の顆粒膜細胞でFSHの刺激によりaromatase活性が亢進し,英膜細胞より供給されたアンドロゲンからエストロゲンが産生される.
 その臨床的意義としては,①女性における第2次性徴や妊娠・出産をはじめとする生殖機能への関与,②骨代謝や心血管系の機能調節における役割,③乳腺や子宮内膜などのエストロゲン標的臓器の増殖や癌化への関与,など非常に幅広い生理作用をもつ.

テストステロン

著者: 石坂和博 ,   大島博幸

ページ範囲:P.486 - P.487

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 テストステロン(testosterone:以下T)は,男子における血中アンドロゲンの主体で95%以上が精巣から分泌される.その合成分泌は視床下部-下垂体-精巣系により調節されている.この生成調節系の異常により血中Tは異常値となる.責任病変はHCG産生肝癌や,副腎によるアンドロゲン過剰産生など調節系外の場合もある.
 女性の血中主要アンドロゲンは,T,アンドロステンジオン(A),デヒドロエピアンドロステロン(DHEA),およびDHEA-Sである.Tの50〜60%は末梢組織におけるAからの転換により,残りが副腎,卵巣からのほぼ等量ずつの分泌である.Aの分泌も副腎と卵巣それぞれ等量なので,Tは副腎,卵巣半々の由来である.

その他のホルモン

レニン

著者: 内田健三

ページ範囲:P.488 - P.489

異常の出るメカニズムと臨床的意義
 血中のレニンは直接測定できないので,試験管内で血漿中のレニンとレニン基質を反応させ,生成されたアンジオテンシンIをラジオイムノアッセイにより測定し,血漿レニン活性として表している.レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系はフィードバック機構を形成し,血圧,体液のホメオスターシスを維持している.レニン分泌に異常が起これば,アルドステロン分泌,血圧,Na-K代謝,体液の異常をきたし,逆に血圧,Na-K代謝,体液の異常はレニンおよびアルドステロン分泌に影響を与える.したがって,血漿レニン活性はアルドステロンと同時に測定する場合が多い.腎および腎血管の虚血性病変では血漿レニン活性の増加を伴って高血圧をきたし,糖尿病などの腎実質病変では血漿レニン活性が減少し,低アルドステロン症をきたす.副腎原発の鉱質コルチコイド増加(低下)症では,低(高)カリウム血症,高(低)血圧を伴って,血漿レニン活性は低下(増加)する.水-Na貯留による体液量増大(減少)では,血漿レニン活性は減少(増加)する.常用薬の降圧薬,ピル,鎮痛剤などはレニン分泌に影響を与える.

ANP/BNP(心房性ナトリウム利尿ペプチド/脳性ナトリウム利尿ペプチド)

著者: 楽木宏実 ,   荻原俊男

ページ範囲:P.490 - P.491

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ANP(atrial natriuretic peptide,心房性ナトリウム利尿ペプチド),BNP(brain natriuretic peptide,脳性ナトリウム利尿ペプチド)は,いずれも心臓から分泌されるホルモンで,ナトリウム利尿作用や血管拡張作用をもつ.BNPは,ブタの脳から発見されたために「脳性」と命名されたが,血液中で測定されるものは心臓性である.
 いずれも,心臓に圧負荷(伸展刺激)が生じることにより分泌が亢進するが,ANPは主に心房から,BNPは主に心室から分泌される.また,ANPは心房で分泌顆粒を形成して分泌されるが(regulatory pathway),BNPは負荷に対して速やかに合成されてそのまま分泌されるため顆粒をもたない(constitutive pathway).すなわち,ANPは心房負荷や体液量増加により上昇し,BNPは心室への圧負荷や心筋肥大により上昇する.

免疫学的検査 感染症関連検査 ウイルス抗原・抗体検査

ウイルス抗原・抗体検査総論

著者: 川名林治

ページ範囲:P.494 - P.497

 ウイルス感染症はきわめて多彩であり,その病原ウイルスも多種にのぼっている.
 最近の臨床ウイルス学の進歩は非常なものであり,したがって,ウイルス感染症に関しての実験室診断法も著しい進歩を示している.しかし,細菌感染症の検査法が普及し広く実施されているが,ウイルス感染症の場合は自分で検査する医師は多くなく,また近年は外注する傾向もある.筆者自身は長年にわたって,ウイルス感染症については組織培養を軸とするウイルス分離,抗原検査,電子顕微鏡による形態学的検査,そして種々の血清検査などを実施してきた.そして,臨床家との協力研究や実験室診断によるサービスを行ってきた1〜3)

A型肝炎ウイルス抗原・抗体

著者: 佐田通夫

ページ範囲:P.498 - P.499

検査の目的・意義
 A型肝炎は,衛生環境が改善された今日も散発性急性肝炎のなかで最も多くみられるウイルス性肝炎である.毎年の患者発生数は異なるが,冬から春先,すなわち11月頃から増加し,3月から4月をピークにした発生が知られている.最近の特徴は,罹患年齢の上昇とそれに伴う重症例の増加である.A型肝炎の予防にγ-グロブリンが用いられてきたが,不活化A型肝炎ワクチンが開発され,その予防効果も明らかにされ,ワクチンによる感染予防が可能になった.そこでわれわれは,A型肝炎ウイルス(HAV)の抗原,抗体を測定する目的や意義を十分に理解したうえで,抗原や抗体の測定を実際の臨床に役立てねばならない.

B型肝炎ウイルス抗原・抗体

著者: 飯野四郎 ,   橋本和幸

ページ範囲:P.500 - P.503

 B型肝炎ウイルス(HBV)マーカーは多数存在するが,いずれもHBV感染例にのみ認められ,未感染例では検出されない.
 いずれかのマーカーが陽性の場合には,陽性であるマーカーの組み合わせによって,既往の感染であるのか,現在の感染であるかの区別,および定性的・定量的測定も加えることによって,疾患の病態を細かく推察でき,経過予測,予後推定,治療効果判定,治療効果予測など,きわめて多くの情報を得ることができる.

C型肝炎ウイルス抗体および遺伝子

著者: 渡辺秀樹 ,   榎本信幸 ,   佐藤千史

ページ範囲:P.504 - P.507

HCV抗体
 異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 HCV抗体は,どの領域に抗原を設定するかによって異なったものが開発されている.主なものとして,C100-3抗体(第一世代),NS3領域,NS4領域,コア領域を抗原とした第二世代抗体,コア領域,NS3領域,NS4領域にさらにNS5領域を抗原として加えた第三世代の3種類がある(図1).
 C100-3抗体は1989年に最初に開発された抗体であり,血中HCV-RNA陽性例の約70%しか陽性を呈さない.また偽陽性も多く,現在はほとんど用いられない.第二世代は1991年に開発され,偽陽性・偽陰性が減少し,HCV-RNA陽性例の約95%が陽性となる.第三世代は1995年に開発され,HCV-RNA陽性例の約99%で陽性となる.

その他の肝炎ウイルス抗原・抗体

著者: 田中雄二郎 ,   佐藤千史

ページ範囲:P.508 - P.509

 本稿では,わが国では稀なデルタ肝炎ウイルス(HDV),E型肝炎ウイルス(HEV)のほか,いまだ評価が確定していないG型肝炎ウイルス(HGV/GBV-C),TTウイルス(TTV)を取り上げる.

風疹ウイルス

著者: 植田浩司

ページ範囲:P.510 - P.511

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 風疹の症状の軽重および合併症の発症,胎児への影響とその程度,先天性風疹症候群(妊婦の風疹ウイルス感染に起因する先天異常)の症状の軽重と測定された風疹抗体価の高低との間に特別な関係は見いだされていない.現時点では,風疹抗体検査においては生化学検査などでいわれる“異常値”に該当する検査値は臨床的にはない.したがって,異常値を示す疾患・病態についての教科書的記載はない.
 技術的に赤血球凝集抑制試験(hemagglutination inhibition test:HI試験)において血清中の非特異的赤血球凝集抑制因子の除去が不完全なとき陰性が陽性に(偽陽性),陽性の抗体価が実際より高い値を示すので,検査結果を読むときに注意が必要である.

麻疹ウイルス

著者: 富樫武弘

ページ範囲:P.512 - P.513

麻疹の病態生理と臨床症状(図1)
 麻疹はRNAウイルスのparamyxovirus群morbillivirus科に属するmeasles virus(麻疹ウイルス)の呼吸器系感染症である.ウイルスは飛沫感染し,鼻咽頭粘膜細胞に吸着して感染が成立する.ウイルスは粘膜細胞をcell to cellの形で感染拡大したのち,所属リンパ節に到達する.ここで増殖の後,ウイルス単独あるいは細胞ごと血流にのって全身諸臓器に到達,そこで再増殖する.ウイルスの増殖によって細胞変性,脱落が起こり,さらにウイルスおよび感染細胞に対して,サイトカイン,免疫担当細胞が反応して炎症反応を起こす.
 感染から炎症反応開始すなわち臨床症状が表面に表れるまでの期間を潜伏期間という.通常この期間は10〜12日である.高熱に咳嗽,鼻汁,流涙,咽頭痛などのカタル症状を伴う(カタル期).高熱開始から約3日後に,左右の頬粘膜に特有の口内疹(Koplik斑)が出現する.一時解熱するが再度高熱が出現すると同時に,顔面に始まり,躯幹,四肢に至る紅斑性丘疹が出現する(発疹期).高熱,カタル症状出現から約7日後に解熱し始め,発疹はやがて色素沈着を残す(回復期).その後約1週間から10日後に色素沈着も消失する.

インフルエンザウイルス

著者: 板村繁之

ページ範囲:P.514 - P.516

検査の目的・意義
 インフルエンザは急性の呼吸器疾患で,一般に悪寒,発熱,頭痛,倦怠感,筋肉痛,関節痛などの全身症状から始まり,鼻汁,咽頭痛などの上気道炎の症状を呈する.また,2次的に併発する肺炎などにより,いわゆるハイリスクと呼ばれる慢性疾患を有する人および高齢者などの死亡要因として重要である.また近年,小児におけるインフルエンザ感染に伴った脳炎・脳症も,その予後の悪いことから注目されている.
 インフルエンザは臨床症状だけで確定診断することは非常に困難である.日本では,いわゆる「かぜ」とインフルエンザはしばしば混同されて扱われている.「かぜ」にはいくつかの病原体が関与しているが,インフルエンザはインフルエンザウイルスによって引き起こされる呼吸器感染症である.このことはワクチンの効果を議論する際にもよく問題となっている.したがって,インフルエンザの確定診断にはウイルス抗原の検出やウイルスに対する特異的抗体の検査が必要である.また,1998年11月よりすでにParkinson病の治療薬として認可されていたアマンタジン(シンメトレル®)がインフルエンザへ適応拡大された.このためアマンタジンによるインフルエンザの治療が可能になり,確定診断は治療上も重要である.

ムンプスウイルス

著者: 木村吉延

ページ範囲:P.518 - P.519

 ●ムンプスウイルスはパラインフルエンザウイルスと同じパラミクソウイウルス科に属する.
●エンベロープに覆われたRNAウイルスで直径150nmの球状粒子である.

HTLV-I抗体

著者: 山口一成

ページ範囲:P.520 - P.523

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 HTLV-I感染者の大多数はいわゆるキャリアである.日本全体で120万人,九州・沖縄・南四国のみで60万人のキャリアが存在する.世界的には南西日本,カリブ海地方を含む中南米,中央アフリカ,イランの一部などがHTLV-I浸淫地域である.キャリア率は年齢とともに上昇し,特に女性でその傾向が強い.
 HTLV-I抗体は成人T細胞白血病(ATL),HTLV-I関連ミエロパシー(HAM/TSP),HTLV-Iぶどう膜炎(HU)などのHTLV-I関連疾患の診断,母児感染や輸血による感染防止のためのキャリアを同定するために不可欠である.ATL,HAM/TSP,HUなどのHTLV-I関連疾患は,HTLV-Iキャリアの中から発症し,キャリアは感染リンパ球を通じ他人への感染源となりうる.HTLV-IにはpX遺伝子(tax,rex)があり,taxはIL-2などのサイトカインを活性化し,ATL発症に重要であり,発症時の様々な臨床病態とも関連している.

HIV-1,HIV-2

著者: 中村哲也 ,   森本幾夫

ページ範囲:P.524 - P.528

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 レトロウイルス科のレンチウイルス亜科に分類されるヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus:HIV)にはHIV-1とHIV-2とがあり,AIDS(acquired immunodeficiency syndrome)の原因ウイルスである.
 HIVの外被糖蛋白質(HIV-1:gp120/HIV-2:gp125)がTリンパ球,単球やマクロファージの細胞膜に発現しているCD4抗原に結合すると,外被膜と細胞膜との融合が起こってHIVは細胞内に入り感染が成立する.細胞内に入ったHIVゲノムRNAは逆転写酵素(reverse transcriptase:RT)により2本鎖DNAに逆転写され核内に入り,宿主DNAに組み込まれプロウイルスとして存在し,宿主細胞自身の転写調節機構を巧みに利用しながらHIVを複製する.複製したHIVは直接的あるいは間接的な経路でCD4陽性Tリンパ球を傷害する.

ヘルペスウイルス

著者: 木村吉延

ページ範囲:P.530 - P.531

 単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:HSV)は,ヘルペスウイルス科のうち水痘帯状疱疹ウイルスと同じ向神経性を示すαヘルペスウイルス亜科に属する.
 中和血清反応における抗原性の相違から1型(HSV-1)と2型(HSV-2)に分類する.

水痘・帯状疱疹ウイルス

著者: 中山哲夫

ページ範囲:P.532 - P.533

水痘と帯状疱疹の臨床像
 水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus:VZV)は,ヘルペスウイルスに属する二本鎖DNAウイルスで,初感染は小児期の水痘として発症し,成人に至るまでにはほとんど感染し,感染したVZVは三叉神経節,脊髄神経節後根の知覚神経節に潜伏感染し宿主の免疫能の低下,放射線療法,ストレスなどの誘因により再活性化され,知覚神経支配領域に有痛性の帯状疱疹として発症する.
 水痘患児の上気道分泌液,水疱液,末梢リンパ球からVZVが分離され,咽頭からは発疹出現2日以内には分離され,感度の高いPCR法では発疹出現数日前からVZV遺伝子が検出され,リンパ球からも発疹出現数日前からウイルスは検出されている.VZVは上気道粘膜から侵入し,所属リンパ節で増殖し第一次ウイルス血症を起こし,全身に散布され,肝臓,脾臓,リンパ節といった全身の網内系組織においてさらに増殖したウイルスは,第二次ウイルス血症を起こし全身に水疱を形成する.VZV特異抗体,細胞性免疫は水疱の出現した後から検出されるようになり治癒する.

EBウイルス

著者: 東田修二

ページ範囲:P.534 - P.535

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 EBウイルスは通常,幼児期までに唾液を介して初感染するが,症状は示さず(不顕性感染),以後生涯にわたりリンパ球での潜伏感染状態となる.思春期以降に初感染すると伝染性単核球症の発症がみられる.EBウイルスは腫瘍の発症にも関与する.
 EBウイルス抗体には,カプシド抗原に対する抗体(抗VCA IgG,IgM,IgA),早期抗原に対する抗体(抗EA IgG,IgA),核内抗原に対する抗体(抗EBNA)がある.これらの抗体価は初感染後,図1のように推移する.抗VCA IgMは初感染の急性期に一過性に出現し,1〜2ヵ月で消失する.抗VCA IgGは終生持続する.抗EA IgGはウイルスの増殖の程度と相関する.抗EBNAは遅れて出現し終生持続する.これらの抗体価を測定すると,表1のようなパターンより,EBウイルス未感染,既感染,初感染による伝染性単核球症,慢性活動性EBウイルス感染症,Burkittリンパ腫や上咽頭癌などのEBウイルス関連腫瘍を診断する根拠となる.

サイトメガロウイルス

著者: 本田順一 ,   大泉耕太郎

ページ範囲:P.536 - P.537

ウイルス抗体価測定の臨床的意義
 サイトメガロウイルス(CMV)は分類上herpes viridaeに入るDNAウイルスである.日本人においては,成人になるまでに約90%前後の人が感染しており,ほとんどの人は不顕性感染の型をとり,潜伏感染の状態で生活していると思われる.したがって,既にほとんどの人がウイルス抗体陽性となっている.よって,ある一時点のウイルス抗体価を検査しても,既感染であるか否かを判断できるのみである.
 サイトメガロウイルス感染症を診断する場合,その他のウイルスと同様,ペア血清のウイルス抗体価を測定する必要がある.ペア血清で有意な上昇が認められた場合のみ,潜伏感染から再活性化の状態にあることを証明することができる.ここで注意しなければならないことは,抗体価の上昇はCMVの再活性化の証明であって,感染症の診断にはならない,ということである.しかし,単一血清でIgM抗体が検出された場合は,CMVの初感染を検出している可能性が高く,感染症の診断として有用な場合がある.しかし抗体価の測定は,陽性所見を得ても,あくまで感染症の原因ウイルスとして確定することができる検査ではないということである.CMV感染とCMV感染症は同意語ではないことを肝に銘じておく必要がある.

ロタウイルス

著者: 牛島廣治

ページ範囲:P.538 - P.539

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ロタウイルスは,腸管アデノウイルス,アストロウイルスおよびカリシウイルス(その一部はSRSVすなわち小型球形ウイルスあるいはsmall round structured virusともいわれる)とともに下痢症ウイルスに含まれ,頻度,重症度でもそのなかで一番重要視されている.その他のウイルス,細菌,アレルギーなどでも下痢症を示すが,ここでは省略する.
 ロタウイルス感染症は冬期乳幼児下痢症と呼ばれるように,冬期に乳幼児を中心にみられる嘔吐・下痢症であるが,冬期でも2〜3月を中心とし,乳幼児のみならず高齢者にもみられる.家族・学校・施設などでの集団発生もみられる.糞口感染によるといわれているが,飛沫感染も認められる.しかし,なぜわが国では冬期にみられるかははっきりしない.これらのウイルスは腸管上皮細胞で増殖する.ロタウイルスの場合は,ウイルス毒素あるいはエンテロトキシンといわれる感染細胞内でウイルスにより作られる非構造蛋白が,下痢との関係で注目されている.ロタウイルスの診断を行う目的は,集団発生のときの感染経路・原因をはっきりすること,感染の伝搬を防ぐことにあるが,個々の患者においても抗生薬の使用を考えるのに役に立つ.ロタウイルス感染での直接的死亡は,わが国では現在ほとんどない(10人以下)が,開発途上国では推定100万人(〜50万人)の乳幼児が死亡するといわれている.

その他のウイルス(日本脳炎ウイルス,エンテロウイルス群,パルボウイルスB19)

著者: 布上董

ページ範囲:P.540 - P.541

 臨床診断上,ウイルス検査は分離と抗体検査が基本である.本項で扱うウイルスは臨床ではいずれも重要な病原体であるが,単一でないためそれぞれに検査法が異なる.

微生物の抗原・抗体検査

クラミジア・トラコマティス抗原・抗体

著者: 藤原道久 ,   副島林造

ページ範囲:P.542 - P.543

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 クラミジア・トラコマティス(CT)感染症の診断には,感染局所からの抗原(含DNA)検査と血清抗体検査がある.

ボレリア・ブルグドルフェリ抗体(ライム病)

著者: 川端眞人

ページ範囲:P.544 - P.545

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 Lyme病は野山に生息するマダニ(tick)によって媒介されるボレリア感染症である.本症は全身性に多彩な臨床症状を呈するが(表1),感染早期に出現する遊走性紅斑を除き特異的な所見はない.マダニ刺咬傷後に遊走性紅斑がみられる症例では経過から診断できるが,多くの症例は臨床診断は困難で,血清反応は補助診断として広く利用されている.マダニ刺咬傷後のインフルエンザ様症状,遊走性紅斑様の皮膚所見,原因不明の神経症状や関節症状などではLyme病を疑い,ボレリァ・ブルグドルフェリ抗体の検出を試みる.

ASO,ASK(抗ストレプトリジンO/抗ストレプトキナーゼ)

著者: 内山聖 ,   中山正成

ページ範囲:P.546 - P.548

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 溶血レンサ球菌(溶連菌)は,自らが増殖しやすい環境を作るため,ストレプトリジンO,ストレプトキナーゼ,デオキシリボヌクレアーゼB,ピアルロニダーゼなど多くの菌体外毒素を産生する.これらはいずれもヒトに強い抗原性をもち,患者血中に抗体を認めることから,菌体外毒素の血清抗体価測定が診断に応用されている.
 化膿性疾患,猩紅熱,扁桃腺炎,膿痂疹などの一次症の原因となるA群溶連菌が臨床的に最も問題になる.B群溶連菌は新生児に敗血症や髄膜炎を引き起こすが,妊婦の保菌検索と治療により予防ができるようになった.C群,G群溶連菌は上気道炎を起こすが,臨床的にはあまり問題にならない.溶連菌感染症の診断は,①特異的臨床症状,②菌の分離・同定,③血清学的検査による.

エンドトキシン

著者: 福井博

ページ範囲:P.550 - P.551

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 エンドトキシン(Et)は,グラム陰性桿菌の細胞壁に存在するリポ多糖類である.敗血症をはじめとする各種のグラム陰性桿菌感染症において感染巣から血液中に放出されるほか,肝疾患では腸管内グラム陰性桿菌の増殖,腸管透過性亢進,Kupffer細胞機能不全,門脈・大循環シャントなどの複合要因によりEt血症が生じる.

梅毒血清反応

著者: 濱松優

ページ範囲:P.552 - P.555

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 梅毒血清反応は,献血,集団検診,妊婦検診などに際し,梅毒のスクリーニングとして,あるいは感染機会があった症例に対して梅毒感染の診断として行われ,梅毒患者における治療の適応および治療効果の判定などに欠かすことのできない検査である.反応は,感染後4〜6週で陽性化するといわれてきたが,最近では1〜3週後に陽性化するものが多くなってきている.
 梅毒血清反応は抗原の種類により2種類に大別される.一つは,リン脂質のカルジオライピン・レシチンを抗原として用いるserological test for syphilis(STS)法である.カルジオライピン・レシチンはウシ心臓より抽出されるリン脂質で,梅毒抗体と反応性を示す.ガラス板法,rapid plasma reagin card test(RPR法),梅毒凝集法,緒方法などが,この方法に該当する.STS法はTreponema pallidum(TP)を直接の抗原としていないため,梅毒に感染していなくても,時に陽性反応を示す生物学的偽陽性反応(biological false positive:BFP)が生じることがある.

マイコプラズマ抗体

著者: 小田切繁樹

ページ範囲:P.556 - P.558

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 Mycoplasma科にはMycoplasma属とUreaplasma属があり,前者のMycoplasma属でヒトから分離される主な種はM. Pneumoniae,M. hominis,M. fermentas,M. salivarium,M. oraleなどである.このうち,急性呼吸器感染症の起炎微生物として病原性が確立されているのはM. pneumoniae(以下,Mp.)のみである.そこで,本稿ではMp. の抗体について述べることとする.
 もとより抗体とは,抗原と特異的に結合する蛋白質で,免疫グロブリンと総称され,IgG,IgA,IgM,IgD,IgEの5つのクラスがある.このなかで主として感染防御に関与するのはIgGとIgMである.

つつが虫病抗体

著者: 橘宣祥

ページ範囲:P.559 - P.559

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 つつが虫病はOrientia tsutsugamushi(Rickettsia tsutsugamushi)の感染による発熱,発疹ならびに刺し口を主要症状とする急性熱性疾患である.潜伏期は5〜14日である.典型的な症状がそろえば臨床的にも診断は困難ではないが,確定診断は病原学的検査による.血清抗体の証明が一般的である.
 つつが虫病抗体すなわちO. tsutsugamushiに対する特異抗体は5〜7病日に上昇し始め,3〜4週で最高値に達する.急性期にはIgM抗体が陽性であるが,IgG抗体も同時に証明されることが多い.

真菌抗原・抗体

著者: 多田尚人 ,   網野信行

ページ範囲:P.560 - P.561

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 深在性真菌症(カンジダ症,アスペルギルス症,クリプトコックス症など)は,immunocompromised hostにおける日和見感染症として,医療の高度化に伴い増加している疾患である.診断には検体からの真菌の細菌学的な分離同定がもちろん重要であるが,必ずしもその陽性率は高くなく,また結果に時間を要することも多い.
 そこで,抗原または真菌由来の代謝産物を検出する方法が,感度および迅速性の点から注目されている.血中や髄液中に抗原が検出されれば,今そこに真菌が存在することを示唆する.一般に真菌抗原血症は一過性で,病初期に繰り返して検体採取するほうが陽性率が上がるといわれ,検体の採取時期は検出率に大きく影響する.

マラリア

著者: 大友弘士

ページ範囲:P.562 - P.563

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 マラリアの免疫学的検査には,赤血球内寄生の無性原虫に対する患者の血中抗体を検出する方法と,患者血中に存在する病因原虫の特異蛋白や酵素などを免疫学的な手法を用いて検出する方法などが開発されている.
 抗体検出法では間接蛍光抗体法が感度と信頼度の高い標準法として評価されているが,同種抗原あるいは異種抗原(サルマラリア原虫)を用いるかにより診断価値が異なり,医療機関がその抗原を確保して検査を行うのは一般に困難である.

自己免疫関連検査

自己免疫疾患検査の進めかた

著者: 宮坂信之

ページ範囲:P.564 - P.566

 生体は,自己の成分(自己抗原)に対して過剰な抗体を産生したり,感作リンパ球を作り過ぎないように調節する機構をもっている.これを免疫調節機構と呼ぶ.この機構にひずみが生ずると,過剰な自己抗体や自己抗原に感作されたリンパ球の産生が誘導され,組織傷害が起こる.このようにして生じた病的状態を自己免疫疾患と呼んでいる.

抗核抗体

著者: 小池竜司

ページ範囲:P.568 - P.571

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗核抗体はその名のとおり,真核細胞の核内に存在するいずれかの物質(すなわちそれは動物の自己構成成分にあたる)に対する抗体である.いわゆる自己抗原になりうる物質の多くは核成分であり,その種類はきわめて多いが,臨床検査における抗核抗体とは,Hep2細胞などの核と反応する血清中の免疫グロブリンを間接蛍光抗体法(fluorescent antinuclear antibody:FANA)によって検出した結果を指す.したがって,非常に雑多な核成分と反応するものを全体で見ているだけであり,かなり非特異的なものであることを認識しておく必要がある.さらに近年測定系の改良や,判定に用いる蛍光顕微鏡の性能向上により健常者の陽性判定の頻度が上昇してきており,現在なお自己抗体の一次スクリーニングとしては有用ではあるが,その臨床的意義は薄れつつある.
 抗核抗体をはじめとする自己抗体が出現するメカニズムは依然不明であるが,全身性エリテマトーデス(SLE)を代表とする自己免疫疾患の一部ではほぼ100%で出現するものが存在し,一つの可能性として自己成分への免疫学的寛容の破綻が推測されている.それ以外にも感染の際の外来抗原と自己成分との抗原交差性,組織障害による自己成分の血流への曝露なども予想されている.また,自己免疫疾患の発病も健常者の抗核抗体保有者も明らかに女性が多く,性ホルモンの関与も予想されている.

抗RNP抗体

著者: 小池竜司

ページ範囲:P.572 - P.573

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 いわゆる抗核抗体の抗原を検索する過程で,核成分抽出物の可溶性分画はENA(extractable nuclear antigen)と呼ばれた(→「抗ENA抗体」の項参照).そのうち,リボヌクレアーゼで処理すると患者血清との反応性が消失する抗原に反応する抗体(RNase感受性抗ENA抗体)のかなりの部分は,抗RNP抗体に相当する.RNP(ribonuclear protein)とは,mRNA,rRNA,tRNA以外に細胞内に大量に存在する低分子RNAと蛋白の複合体を指すが,そのうちのU1RNPという複合体を構成する蛋白(8サブユニット存在する)のうち3種類を抗原とする自己抗体が狭義の(一般的に用いる)抗RNP抗体に相当する.最近では定義を厳密にするために抗U1RNP抗体とも呼ばれる.
 抗RNP抗体は混合性結合組織病(MCTD)の診断に必須とされているが,SLEをはじめとするその他の自己免疫疾患でも検出される.その存在はさほど特異的なものではないが,臨床像と照合するとある種の症候と相関していることを示唆する報告もいくつか存在し,興味深い点もある.

抗DNA抗体

著者: 佐藤和人

ページ範囲:P.574 - P.575

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗DNA抗体は,細胞核のDNA成分に対する抗体であり自己抗体の一つである.全身性エリテマトーデス(SLE)をはじめとする自己免疫性リウマチ性疾患において出現するが,特にSLEにおいて疾患の診断,活動性の評価,治療効果の判定に重要な指標となる.抗DNA抗体は2本鎖DNA(dsDNA),1本鎖DNA(ssDNA),および稀に左巻きDNA(zDNA)に対する抗体が存在する.抗DNA抗体はその反応性から①dsDNAのみと反応する抗体,②dsDNAとssDNAの両者と反応する抗体,③ssDNAのみと反応する抗体に一般的に分類される.このなかで①②のdsDNAに対する抗体が臨床的には最も重要な意義をもつ.抗dsDNA抗体は通常の場合,ssDNAとも反応するため②のタイプとして存在する.①のdsDNAのみと反応する抗体はごく稀である.抗dsDNA抗体はDNA構造の糖-リン酸骨格部と反応し結合する.抗dsDNA抗体はアメリカリウマチ学会(ACR)のSLE分類基準項目の一つに挙げられている.一方,ssDNAのみと反応する抗体(DNAの塩基配列に反応するIgMクラスの抗体など)は,SLE以外の自己免疫性リウマチ性疾患や薬剤誘発性ループスでも高率にみられるため,疾患特異性は低い.

抗ENA抗体

著者: 佐藤和人

ページ範囲:P.576 - P.577

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗ENA抗体は,細胞核成分中の可溶性抗原であるENA(extractable nuclear antigen)に対する抗体である.ENAは混合性結合組織病(MCTD)患者血清中の抗体が反応する抗原として見いだされた.狭義の抗ENA抗体は,可溶性核抗原で感作した赤血球を用いた受身血球凝集反応(PHA)で検出される.感作赤血球をRNase処理すると,凝集反応が消失する抗体(RNase感受性)と反応が残る抗体(RNase抵抗性)に分類する.その後,RNase感受性抗体は抗U1-RNP抗体に対応し,RNase抵抗性抗体は抗Sm抗体に対応することが明らかになっている.抗U1-RNP抗体は各種の自己免疫性リウマチ性疾患において検出されるが,MCTDでは特に疾患標識抗体として重要である.抗Sm抗体はSLEの疾患標識抗体であり,陽性率は低いが特異性は高い.広義の抗ENA抗体は,二重免疫拡散法によって検出される多くの非ピストン核蛋白に対する抗体を総称する.対応する抗原には,核内RNA蛋白としてU1-RNP,Sm,SS-B/La,細胞質RNA蛋白としてJo-1など,DNA関連核蛋白としてScl-70,PCNA,Kuなどが挙げられる.

抗Sm抗体

著者: 上阪等

ページ範囲:P.578 - P.578

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗Sm抗体は,全身性エリテマトーデス(SLE)患者の血清に見いだされて報告された自己抗体で,発見の由来となった患者名Smithの初め2文字が冠されている.以前よく用いられた受身血球凝集法(PHA法)による抗ENA抗体測定でRNase抵抗性抗体として検出される抗核抗体の一つである.
 この抗体は,細胞核内のRNA/リボ核蛋白複合体である核内低分子リボ核蛋白(small nuclear ribonucleoprotein:snRNP)分子のうちのU1,U2,U4/6,U5RNPと反応する.U1RNP分子は,1分子のU1RNAに,68K,A,B/B',C,D,E,F,Gなどの蛋白が結合するもので,その他のRNP分子は,U1RNA結合蛋白のうちのB/B',D,E,F,G,これに加えてそれぞれに固有の蛋白が結合している.抗Sm抗体は,これらの蛋白のうち,B/B'およびD蛋白を認識するものである.

抗Scl-70抗体(抗トポイソメラーゼI抗体)

著者: 上阪等

ページ範囲:P.580 - P.580

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗Scl-70抗体は,強皮症(scleroderma)に特異的に出現するとして報告された自己抗体である.Sclはsclerodermaの略で,70は抗体の反応する抗原の分子量が70kDaであったことに由来する.同じ抗体は,Og抗体など他の名称でも呼ばれた.その後,対応抗原が細胞核内に存在するDNAトポイソメラーゼIであることが明らかになり,分子量も実際は100kDaで,当初報告された70kDa蛋白はトポイソメラーゼIが部分分解されたものであったことがわかり,近年は,抗トポイソメラーゼI抗体と呼ばれることも多い.
 トポイソメラーゼIは,2本鎖DNAの超らせん構造を巻き戻す酵素の一つで,遺伝子発現や複製といった細胞の基本機能にかかわる酵素である.血清中に検出される本抗体が,細胞核内のかかる酵素を抑制して症状を起こす可能性はほとんどない.この抗体も,他の自己抗体の多くと同様に診断の補助となる抗体であり,特に強皮症の診断や予後の推定に役立つ.

リウマトイド因子

著者: 小竹茂

ページ範囲:P.581 - P.583

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 アメリカリウマチ学会(ACR)がrheumatoidarthritis(RA;慢性関節リウマチ)を公式に採用したのが1941年であり,同じ頃の1940年にOsloのEric Waalerにより,またWaalerとは別に1948年にNew YorkのHary M.Roseによりリウマトイド因子(rheumatoid factor:RF)は発見された.しかし,当時その実体は明らかではなく,ヒツジ赤血球に対するウサギ血清で感作されたヒツジ赤血球に,RA患者の血清を加えると赤血球が凝集する現象から,RAに特異的な血清因子の存在が推定されRFと呼ばれた.
 今日では,RFはIgGのFc部分の抗原決定基と結合する自己抗体,つまり抗体に結合する抗体であることがわかっている.このRFは主にIgMであるが,IgG, IgA, IgD, IgEなどに属する低分子免疫グロブリンにも分布している.ほかの多くの自己抗体と同様に,産生機構は不明である.RAのほかの膠原病,慢性感染症,慢性肝疾患でも高率に検出される.また,健常人においても1〜5%の頻度で検出され,生理的な役割も示唆されている.高齢者ほど陽性率が高くなり,75歳以上では約75%が陽性となる.ことに家族歴を有する人の陽性率は10%に達するといわれている.健常者では,RFが高力価陽性の者は将来RAを発症する確率が高いという.

LE細胞

著者: 今福裕司 ,   吉田浩

ページ範囲:P.584 - P.585

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 LE細胞は,1948年HargravesらによりSLE骨髄塗沫標本中に発見された.SLE(全身性エリテマトーデス)の病態と関連すると考えられ,これが抗核抗体研究の始まりとなり,末梢血を用いるLE細胞試験として今日も行われている.
 LE細胞の形成には4因子(血清中LE細胞因子,変性白血球核,正常好中球,補体)が必要であり,特にLE細胞因子,今日で言うヒストン結合核蛋白あるいはヒストンに対する抗体が必要であり,これが産生されやすいSLEに特異性が高い.この検査が他の自己抗体の検査と異なる点は,この検査の陽性は単に自己抗体の存在を示すだけでなく,患者体内で自己免疫現象が実際に起こっていることを直接的に示唆することである.

抗Jo-1抗体および,その他の抗アミノアシルtRNA合成酵素抗体

著者: 宮脇昌二

ページ範囲:P.586 - P.586

異常の出るメカニズムと臨床的意義
 いずれの抗体も多発・皮膚筋炎に特異的に発現する抗核抗体である.対応抗原は,アミノ酸を対応するtRNAに結合させる際に触媒として働くアミノアシルtRNA合成酵素である.最も代表的な抗体は抗Jo-1抗体であり,ヒスチジンを結合させるヒスチジルtRNA合成酵素が対応抗原となっている.このほか,抗PL-7抗体はスレオニン,抗PL-12抗体はアラニン,抗EJ抗体はグリシン,抗OJ抗体はイソロイシンを,おのおのtRNAに結合させるアミノアシルtRNA合成酵素が対応抗原となっている.

抗SS-A/Ro抗体,抗SS-B/La抗体

著者: 宮脇昌二

ページ範囲:P.588 - P.589

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 いずれも抗核抗体の一つである.シェーグレン症候群(Sjögren's syndrome:SS)の患者血清より発見されたためSjögren's syndrome A(SS-A),Sjögren's syndrome B(SS-B)の名が付けられており,またRo,Laの名はこれらの抗体が最初に発見された患者のイニシャル名である.SS-A/Ro抗原は60kDaと52kDaの複合体蛋白で核内と細胞質に分布し,またSS-B/La抗原は48kDaの核内リン酸化蛋白である.抗SS-A/Ro抗体は単独で発現するが,抗SS-B/La抗体はほぼ常時抗SS-A/Ro抗体とともに出現する.両抗核抗体ともにSSに発現しやすいが,絶対的な特異性はなく,SSを伴わない全身性エリテマトーデス(SLE)などの他の膠原病にも幅広く出現する.

抗サイログロブリン抗体(TgAb)

著者: 家入蒼生夫

ページ範囲:P.590 - P.590

 サイログロブリン(Tg)は甲状腺濾胞細胞で合成される蛋白質で,分子量33万のモノマー2個からなるダイマーを形成し,甲状腺ホルモン合成の基質となっている.濾胞腔に貯蔵され,必要に応じ再吸収され,甲状腺ホルモンが血中に分泌される.このTgに対する自己抗体がTgAbで,橋本病をはじめとした自己免疫性甲状腺疾患患者血中に存在し,甲状腺炎の発症および進展に関与している.
 TgAbの測定は,125I標識Tgに抗体を結合させ,プロテインAを用いて沈降させ,放射能を測定するRIA法と,ヒト由来の精製されたTg蛋白質を固相化して測定するEIA法とがある.現在いくつかの測定キットが市販されているが,用いられている標準物質の濃度がキット間で統一されておらず,測定値の表示値が大きく異なる.

抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)〔抗甲状腺マイクロゾーム抗体(McAb)〕

著者: 家入蒼生夫

ページ範囲:P.592 - P.593

 抗甲状腺マイクロゾーム抗体(McAb,MCHA,MCPA)の主要な対応抗原は,甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)である.McAbの約90%はTPOAbと思われるが,甲状腺ミクロゾームはサイログロブリンを含んでおり,McAb抗体価は抗サイログロブリン抗体(TgAb)の影響を受ける.
 TPOAbの測定は,125I標識TPOに抗体を結合させ,プロテインAを用いて沈降させ,放射能を測定するRIA法と,組み換えTPO蛋白質を固相化して測定するEIA法とがある.現在いくつかの測定キットが市販されているが,用いられている標準物質の濃度がキット間で統一されておらず,測定値の表示値が大きく異なる.

抗TSHレセプター抗体(TRAb)

著者: 家入蒼生夫

ページ範囲:P.594 - P.595

 TSHレセプターは細胞膜を7回貫通するG蛋白にカップルして情報を伝達する受容体で,甲状腺に発現している(脂肪組織など甲状腺以外の組織でも発現しているが,機能については不明の点がある).TSH受容体の細胞膜外の領域に対する抗体が自己免疫性機転で産生されたものをTRAbといい,TSHの結合を阻害する活性を有する(TSH binding inhibitory immunoglobulin:TBII).TBIIとTRAbは同義語として用いられることが多い.TBIIには,甲状腺を刺激する活性をもつTSAb(thyroid stimulating antibody)と,TSHの刺激作用を阻害するTSBAb(thyroid stimulation blocking antibody)とがあり,それぞれTSH受容体の細胞外領域に異なるエピトープを有する.

抗アセチルコリン受容体(AChR)抗体

著者: 宮崎泰 ,   楠進

ページ範囲:P.596 - P.596

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗アセチルコリン(ACh)受容体抗体は,重症筋無力症(MG)の患者血清中に認められる疾患特異性の高い自己抗体で,本疾患の診断のみならず病因とも深くかかわっている.AChRは神経筋接合部のシナプス後膜(筋肉側)に存在する膜内在性の糖蛋白質で,これに対する自己抗体が産生されると受容体数は減少して神経筋伝達障害が起こる.その結果としてMGに認められる筋力低下や易疲労性などの症状が出現する.なかでも眼球運動障害や眼瞼下垂などの眼の症状のみを呈するものは眼筋型と呼ばれ,四肢の筋も障害されるものを全身型と呼ぶ.
 抗体の測定は,受容体と特異的に結合する神経毒(a-bungarotoxin)との結合を阻害する阻止抗体の活性の測定(blockade assay)と,受容体一神経毒複合物に対する非阻害型結合抗体の測定(binding assay)に二分され,後者の検出感度が高い.陽性率はbinding assay(抗ヒトIgG法)で全身型で80〜90%,眼筋型で10〜30%程度である.胸腺腫合併例ではこれらの値はさらに高率になる.全身型のなかでは,抗体価と臨床症状の重症度には必ずしも相関関係はみられない.個々の症例では,症状の変化と抗体価の変動に相関が認められることがある.

抗ミトコンドリア抗体

著者: 菅井進

ページ範囲:P.598 - P.599

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 原発性胆汁性肝硬変(PBC)は中年女性に好発する慢性進行性の胆汁うっ滞性肝疾患である.病理学的には慢性非化膿性破壊性胆管炎が特徴であり,小葉間胆管が胆管炎により破壊され,消滅する.その結果として黄疸を生じ,黄疸は徐々に進行し,胆汁うっ滞による肝細胞の破壊,線維化も加わって,最終的には肝硬変から肝不全に陥る.余命は黄疸発現より5〜7年とされる.臨床的に黄疸がなく自覚症状を欠いたまま長年経過することも多く,無症候性PBCと呼ばれ,この場合は必ずしも予後は悪くない.
 抗ミトコンドリア抗体(AMA)はPBCの90%以上の高頻度で出現する自己抗体である.その対応抗原はM1からM9までの亜型に分類され,M2がPBCの特異抗体であることが明らかにされた.M2抗原の主要なものは,ミトコンドリア内膜に分布するピルビン酸脱水素酵素複合体(pyruvate dehydrogenase complex:PDC)の74kDのE2成分(PDC-E2),dehydrolipoamideacetyltransferaseであることが証明された.AMAはリポ酸コファクターが結合する部位に反応し酵素活性を阻害する.

抗平滑筋抗体(SMA)

著者: 安村敏 ,   渡辺明治

ページ範囲:P.600 - P.600

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗平滑筋抗体は,主にactinに対する自己抗体で,IgG,IgMの両者が存在する.抗平滑筋抗体は臓器特異性,種特異性はなく,補体結合性をもたない.自己免疫性肝炎I型(ルポイド型)で,抗核抗体と並んでIgM型の抗平滑筋抗体が高力価で場性となるが,その対応抗原は平滑筋や横紋筋に多く存在するS-actinである.この抗原は細胞膜や肝細胞の細胞骨格にも分布しており,抗平滑筋抗体が肝障害を起こす機序が想定されている.一方,高力価のIgGクラスのactin抗体は,抗核抗体よりも自己免疫性肝炎特異性が高いとされている.抗平滑筋抗体はSLE(全身性エリテマトーデス〉で通常は陰性であり,自己免疫性肝炎I型とSLEによる肝障害との鑑別に有用である.
 1976年Bottazzoらにより,抗平滑筋抗体はラット腎切片の染色様式により,尿細管染色されるSMA-T(tublar),糸球体が染色されるSMA-G〔glomeruli),血管壁が染色されるSMA-V(vessels),の3種に分類されたが,活動性自己免疫性肝炎では,SMA-V(vessels)やSMA-T(tublar)が検出される頻度が高い.

抗胃壁細胞抗体,抗内因子抗体

著者: 小川法良 ,   菅井進

ページ範囲:P.601 - P.601

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 経口摂取されたビタミンB12(以下B12)は胃底部,胃体部に存在する胃壁細胞が胃液中に分泌する内因子と結合し,複含体を形成することによって回腸終末部の腸粘膜に存在する内因子受容体を介して吸収される.吸収されたB12はトランスコバラミンIIと結合して組織に運搬される.活性型B12の一つであるメチルコバラミンは,ホモンステインからメチオニンを合成する補酵素として作用し,この経路は葉酸の代謝経路における5-メチルテトラヒドロ葉酸からテトラヒドロ葉酸への変換経路と共役している.このためB12の欠乏はテトラヒドロ葉酸の欠乏,さらに5,10メチレンテトラヒドロ葉酸の欠乏をもたらす.この結果造血細胞におけるDNA合成が障害され,巨赤芽球貧血が発症する.巨赤芽球は成熟した細胞質と未熟な核をもつ大型の赤芽球であり,葉酸欠乏でも認められる.同時に汎血球減少を認めることが多い.
 抗胃壁細胞抗体の対応抗原はH,K-ATPase(プロトンポンプ)であるため萎縮性胃炎と無酸症を示す.通常蛍光抗体法にて測定する.

抗リン脂質抗体

著者: 佐々木毅

ページ範囲:P.602 - P.603

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗リン脂質抗体(anti-phospholipid antibody:APA)は,カルジオリピンなどのリン脂質に対する自己抗体として報告された.その後APAはアポリポ蛋白H(β2-glycoprotein I:β2-GPI)やプロトロンビンなどに対する自己抗体であり,このほかにもプロテインC,プロテインS,アネキシンVなどの抗リン脂質・蛋白質に対する自己抗体も含む多様な自己抗体であることが判明してきている.
 臨床上では抗カルジオリピン抗体(抗CL抗体,抗β2-GPI-CL抗体)とループスアンチコアグラント(lupus anticoagulant:LAC,抗プロトロンビン抗体)に大別される.LACは,個々の凝固因子活性を抑制することなく,リン脂質依存性の凝固検査を阻害する免疫グロブリンとして見いだされ,抗プロトロンビン抗体の動態と相関することが指摘されている.いずれのAPAも血栓症,梗塞,習慣性流産の発現と関与することが多く,この場合には抗リン脂質抗体症候群(APS)と診断される.APAは,凝固因子あるいは血管内皮細胞,血小板にも結合し,局所での凝固線溶系異常をきたすことにより血栓症発現を惹起すると考えられている.

抗血小板抗体

著者: 宗像靖彦 ,   佐々木毅

ページ範囲:P.604 - P.605

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗血小板抗体は,抗血小板自己抗体と抗血小板同種抗体の二群に大別される.
 抗血小板自己抗体は,待発性血小板減少性紫斑病(ITP)に代表される自己免疫性血小板減少症で出現し,血小板減少症の病態形成に直接関与するとされている.この抗体は,患者自身の血小板に結合するIgG型抗体〔platelet associated IgG:PAIgG)で,対応(自己)抗原については,血小板上のglycoprotein IIb/IIIa複合体,glycoprotein Ibなど複数のエピトープについて報告されている.PAIgGの惹起メカニズムについては不明である.PAIgGの測定は,ITPにおいて有用である.すなわち,ITP例ではPAIgG量が血小板数と逆相関の関係を示し,ステロイド剤などの治療効果判定にも有用な指標となりうることが知られている.もっともPAIgGは,敗血症,白血病,担癌患者でも検出されることがあるので,PAIgGの検出だけでは,ITPの診断根拠にはならない.

抗好中球細胞質抗体(ANCA)

著者: 吉田雅治

ページ範囲:P.606 - P.607

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophil cytoplasmic antibody:ANCA)は,1982年Daviesらにより,腎の半月体形成を伴う巣状,壊死性糸球体腎炎を示す患者に初めて見いだされた,ヒト好中球細胞質に対するIgG型の自己抗体である.主として腎や上気道,肺の細・小動静脈および毛細血管の壊死性および肉芽腫性血管炎を呈する諸疾患に高率に見いだされ,疾患活動性と相関してANCAが変動する傾向を認める.ANCAは蛍光染色パターンにより好中球の細胞質がびまん性顆粒状に染色されるcytoplasmic(C)-ANCAと,好中球の核の周辺が強く染色されるperinuclear(P)-ANCAに大別される.C-ANCAの対応抗原は好中球細胞質α顆粒中のproteinase-3(PR-3)で,Wegener肉芽腫症(WG)に高率に見いだされる.一方,P-ANCAの対応抗原は主として好中球細胞質α顆粒中のmyeloperoxidase(MPO)で,特発性半月体形成腎炎(ICr-GN)および顕微鏡的多発血管炎(MPA)に高率に見いだされる.

免疫複合体

著者: 今福裕司 ,   吉田浩

ページ範囲:P.608 - P.609

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 血清病などの病因研究から,免疫複合体(immune complex:IC)の病因的意義が確立された.1970年代には血中IC検出がほとんどの疾患について行われ,検出法についてのIUIS/WHO Working Groupによる成績評価が1981年に報告された.その後,ICの研究活動は急速に低下したが,近年モノクローナル抗体を用いた測定法が開発され日常臨床上利用可能となっている.
 ICが病因的意義を果たしている疾患は免疫複合体病(IC病)の範疇に含まれるものと考えられ,CoombsとGelのアレルギー分類ではIII型反応に分類されている.疾患としては血清病,SLE(全身性エリテマトーデス),糸球体腎炎,PN(結節性多発性動脈炎),過敏性肺臓炎などが含まれると考えられている.ICすなわち抗原抗体複合物は,正常な免疫応答で炎症局所にて生成されるものであるが,これが何らかの機序で大量に生成され組織に沈着すると,それに対し好中球や補体系などの関与により種々の組織障害が発生し,IC病を形成するものと考えられる.それらIC病では,血中ICが高値を呈することが多い.

抗神経抗体

著者: 松下ゆり ,   黒岩義之

ページ範囲:P.610 - P.611

末梢神経障害にみられる抗神経抗体
異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 ガングリオシドはシアル酸を有する酸性糖脂質で,特に神経系に多く分布する.糖鎖構造に基づいて多くの分子種が存在するが,各分子種ごとに独特の局在性を示すことが知られている.末梢神経障害には,ミエリンを障害する(脱髄性)か軸索を障害する(軸索性)か,運動神経障害優位か感覚神経障害優位か,などにより様々な臨床病型がみられる.代表的な抗ガングリオシド抗体として,抗SGPG抗体,抗GM1抗体,抗GQ1b抗体や抗GD1b抗体などが知られている.いずれも,抗ガングリオシド抗体が抗原糖脂質の局在する部位に結合して障害性に働き,特有の障害分布や臨床病型を規定する因子となる.

免疫血液学的検査

血液型試験

著者: 村上純子

ページ範囲:P.612 - P.614

 血液型には,赤血球型,白血球型,血清型,酵素型,唾液型,DNA型などいろいろな種類がある(表1)1)が,輸血にあたって重要なのは赤血球の抗原性なので,通常は血液型といえば赤血球型を意味する.ヒト赤血球膜には400種余りの血液型抗原が知られている.
 ABO式血液型とRh0(D)型の検査手技については,本誌の〔内科研修医が実施すべき基本的検査手技〕「血液型試験」の項で述べた.本稿では,検査結果の解釈を含め,臨床上必要と思われる知識を整理しておきたい.

交差適合試験

著者: 村上純子

ページ範囲:P.615 - P.617

 交差適合試験は,供血者の血液が受血者に輸血されたときに,即時的な溶血性輸血副作用が発生する危険を可能な限り低下させ,より安全な輸血を実施することを目的に行われる.
 通常,輸血に先だって検査される血液型は,ABO式血液型とRho(D)型だけである.したがって,輸血はそれ以外の血液型については,不一致の可能性に眼をつぶったまま施行されている.受血者が有していない型抗原が輸注されれば,これに対して抗体を産生する可能性がある.そのため,2回目以降の輸血では,常に血液型不一致が原因の輸血副作用が発生する危険を伴っている.

抗グロブリン試験(Coombs試験)

著者: 村上純子

ページ範囲:P.618 - P.620

 抗グロブリン試験(anti-globulin test:AGT,またはCoombs試験)は,赤血球に対する抗体を検出する試験法の一つで,1945年Coombsらによって開発された.
 直接抗グロブリン試験(D-AGT)は,赤血球表面にすでに結合している抗赤血球抗体や補体を検出する試験で,抗体は自己抗体であることが多い.一方,間接抗グロブリン試験(ID-AGT)は,血清中に存在する抗赤血球抗体を検出する試験で,輸血や妊娠・分娩によって産生された不規則抗体の検出法として広く用いられている.

不規則抗体

著者: 村上純子

ページ範囲:P.621 - P.626

 ABO式血液型では,A型のヒト(赤血球膜上にA抗原をもつ)は,血清中には抗B抗体を有するというように,型抗原と抗体の間に規則性がある(Landsteinerの法則).
 不規則抗体とは,IgM型の抗A抗体および抗B抗体以外の抗体,すなわちABO式血液型抗原以外の赤血球型抗原に対する抗体を指す注)

細胞性免疫検査

白血球表面マーカー

著者: 木村暢宏

ページ範囲:P.627 - P.630

 リンパ球は大きく分けて,Tリンパ球とBリンパ球とに区別することができる.Tリンパ球は主として細胞性免疫を,Bリンパ球は液性免疫をつかさどり,相互に密接な関係をもちながら生体の免疫機構を形作っている.細胞性免疫検査として,ここではリンパ球芽球化反応試験,表面マーカーのCD4/CD8比,白血球表面マーカーと白血病細胞系列との関係などについて臨床的意義を中心に解説する.

サイトカイン

サイトカインと可溶性サイトカインレセプター

著者: 宮坂信之

ページ範囲:P.631 - P.633

 サイトカインとは,免疫担当細胞をはじめとする種々の細胞から産生される生理活性物質の総称である.従来は,リンパ球から産生される物質をリンフォカイン,単球・マクロファージから産生されるものをモノカインと呼んだが,産生細胞から区別するのは困難なため,最近ではサイトカインのことばが汎用される.また,インターロイキンということばもある.遺伝子クローニングがされ,その生理活性が明らかにされた物質に対して,最近では順番にインターロイキン(IL)-1,2,3……と呼ぶ傾向にある.現在までに1から18までが同定されている.
 サイトカインレセプターは,細胞表面に発現されているサイトカインの受容体分子である.サイトカインとサイトカインレセプターとは,あたかも「鍵」と「鍵穴」の関係のように特異的であり,両者が細胞表面で結合することにより初めて細胞内にシグナルが伝達され,当該の遺伝子発現が行われ,サイトカインの生理活性が発揮される.

エリスロポエチン

著者: 別所正美

ページ範囲:P.634 - P.635

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 エリスロポエチン(EPO)は主として腎で産生される分子量約34kDの糖蛋白で,骨髄における赤芽球系造血前駆細胞の分化・増殖を刺激し,アポトーシスを抑制することによって赤血球の産生を調節する造血因子である.したがって,血中EPO濃度の測定は生体内での赤血球造血の状態を把握する指標となりえる.
 EPOによる赤血球産生の調節機構は図1のようになる.すなわち,腎機能が正常な場合には,心肺疾愚や貧血など様々な原因による酸素分圧の低下が腎の酸素センサーで感知され,腎でのEPO産生が亢進し,結果として骨髄での赤血球産生が盛んになる.一方,EPOの産生臓器である腎に障害があるときは,貧血があっても,それに対応するだけの血清EPO濃度の上昇がみられない.したがって,血中EPO濃度は腎機能によって大きく影響を受けることになる.

腫瘍マーカー 総論

腫瘍マーカーの選択基準

著者: 大久保昭行

ページ範囲:P.638 - P.640

 腫瘍細胞がつくる物質,あるいは腫瘍細胞に反応してつくられる物質のなかで,腫瘍の検出,あるいは腫瘍細胞の種類を判定するのに役立つ物質を腫瘍マーカーと呼び,その検査が腫瘍の診療に利用されている.腫瘍と腫瘍マーカーとの関係は表1のように,腫瘍マーカー検査の目的は,表2に示す項目にまとめられる.

消化器系

AFP(α-フェトプロテイン)

著者: 石塚英夫

ページ範囲:P.642 - P.645

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 α-fetoprotein(AFP)は,電気泳動上α1分画に泳動される蛋白であって,胎児の血清蛋白の7割を占めるが,出産時には痕跡程度に低下し,成人においてはごく微量しか存在しない.この蛋白は,胎生期には上部消化器官の原基である前腸(foregut)および卵黄嚢(yolk sac)で産生される.
 悪性腫瘍の発生に伴い,胎生期に産生されていた蛋白が再び産生される現象があり,一般に「癌細胞の先祖帰り」と呼称されている.

CEA(癌胎児性抗原)

著者: 藤野雅之 ,   坂本美穂子

ページ範囲:P.646 - P.649

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 CEA(carcinoembryonic antigen)は分子量約20万の糖蛋白で,1965年Goldらにより,ヒト大腸癌組織および胎児腸管に存在する癌特異性抗原として報告されたが,癌のみならず一部の良性疾患でも血中に増量し,さらに成人正常組織でもCEAが産生されることなどの点から,そのcarcinoembryonicな性格は否定されるに至った.
 正常組織で産生されたCEAは,細胞膜を通過して管腔面を被う粘液中に分泌されglycocalyxに局在して,血液内には移行しないが,癌細胞が正常の組織構築を破壊,浸潤し始めると,CEAが血中に移行するものと考えられる.さらに,こうして血中に移行しやすいCEAは,分子構造上も正常組織の産生するCEAと相違がある可能性は否定できない.

CA 19-9

著者: 小田桐恵美

ページ範囲:P.650 - P.651

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 癌化に伴い糖鎖の変化が起きることはよく知られている.糖鎖は基幹構造からI型糖鎖(1Galβ3→3GlcNAc β1)とII型糖鎖(1Galβ3→4Glc-NAcβ1)に分けられる.CA19-9は代表的なI型糖鎖であり,抗原の決定部位はシアリルラクトN-フコペンタオースIIで,ルイス式血液型のルイスA(Lea)の糖鎖をシアル化したシアリルLea抗原とされる.
 CA19-9は,ヒト結腸・直腸癌培養株SW1116を用いて作製されたモノクローナル抗体NS19-9により認識される糖鎖抗原である1).当初,消化器癌を中心に検討されたが,膵,胆管,胆嚢癌において高い陽性率を示したことから,それまで特異的な腫瘍マーカーがなかった膵,胆管,胆嚢癌の腫瘍マーカーとして急速に臨床応用されるようになった.C19-9は正常の膵管,胆管,胆嚢,胃,唾液腺,気管支,前立腺,結腸,直腸,子宮内膜などの上皮細胞の細胞表面に微量見いだせるが,膵管,胆嚢,胆管に比べ他の部位のCA19-9の局在はまばらである.これらの部位の癌化に伴ってCA19-9は大量に産生され血中で検出される.CA19-9は分泌型として血中に存在するものは,健常人では分子量約20万の糖蛋白上に,癌患者では分子量約500万の巨大なシアロムチン上に多くの糖鎖抗原とともに存在すると報告されている.

CA 50

著者: 川茂幸

ページ範囲:P.652 - P.652

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 CA50はC50モノクローナル抗体により認識される糖鎖抗原で,sialyl Lewis Aとsialyl Lewis Cの2つの糖鎖構造を含む.sialyl Lewis AはCA19-9測定系で,sialyl Lewis CはDU-PAN-2測定系でそれぞれ認識される.しかし,C50抗体はsialyl Lewis Aに対する反応性が非常に強いので,CA50測定系はほとんどCA19-9測定系と同一であり,一部DU-PAN-2測定系の成績を含むと考えてよい.したがって,当初考えられていたルイス陰性症例に対する診断の有効性はほとんど認められない.異常値の出るメカニズムは大きく,①腫瘍からの産生,②外分泌腺のうっ滞,の2つが考えられる.腫瘍から産生されたCA50は高分子ムチンとして血清中に放出され,腫瘍マーカーとして診断に応用される.壊死を伴う大きな腫瘍,血管浸潤や遠隔転移を認める例では高値となるが,早期診断には有用性が乏しく,膵癌手術可能例では陽性率は約50%である.一方,これら糖鎖抗原は唾液,気管支分泌液,胆汁,膵液中などの正常外分泌液中に高濃度に存在し外分泌腺より排出されている.したがって,これら外分泌のうっ滞が生ずる病態でも異常値を認め,臨床的には偽陽性の背景を考えるうえで考慮しておかなければならない.

KMO 1

著者: 神垣隆 ,   黒田嘉和

ページ範囲:P.654 - P.655

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 KMO1は,ヒト大腸癌株化細胞COLO 201を免疫原としてハイブリドーマ法で作製されたモノクローナル抗体により認識されるI型癌関連糖鎖抗原である.KMO 1抗原は,CA19-9抗原であるシアル化Lewis a(Lea)と,それより分子量が大きい2つの糖鎖よりなる長鎖シアル化Leaと考えられている1).KMO 1抗原決定基はCA19-9に近似しており,膵癌あるいは胆嚢・胆管癌などの胆道癌において高い陽性率を示す.一方,CA19-9と異なり肝癌においても高い陽性率を示し,α-フェトプロテイン(AFP)と明らかな交叉性を認めずAFP陰性例において陽性を示すことがある.

SPan-1

著者: 佐竹克介

ページ範囲:P.656 - P.657

臨床上の重要性
●SPan-1抗原は,ヒト膵癌培養株SW1990を用いて作製されたマウスモノクローナル抗体が認識する癌関連抗原である.
●SPan-1抗原は膵癌患者の血中に最も高率に検出され,膵癌の診断に有用とされる.しかし,胆道癌,胆嚢癌の血中にも高率に検出され,さらに,頻度は少ないが他の消化器癌や非消化器癌にも陽性例がみられる.

シアリルSSEA-1(SLX)

著者: 大倉久直

ページ範囲:P.658 - P.658

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 SLXとは,II型糖鎖3[Galβ14GlcNAcβ]1→Cerの基幹部分[ ]が長い繰り返し構造をもつ胎児性抗原SSEA-1(stage specific embryonic antigen 1)のc末端にシアル酸がついた構造(NeuAcα2→n[3Galβ14GlcNAcβ(3±1Fucα)]1→Cer)の糖鎖であり,初期胚の8細胞期と胎児肺胞や気管粘膜と,微量には成人腎の近位尿細管と顆粒球にみられる.
 癌では肺,胃,大腸,乳腺,膵臓,卵巣などの癌組織で大量に産生され血清中に検出され,これらの癌の診断補助と治療モニターに利用される血清腫瘍マーカーである.本抗原が細胞接着に関与するため,陽性腫瘍は陰性腫瘍よりも遠隔転移率が高く,患者の予後も短いとの報告がある.

NCC-ST-439

著者: 菅野康吉

ページ範囲:P.659 - P.659

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 NCC-ST-439は,ヒト胃癌細胞株St-4を免疫原として作成されたモノクローナル抗体であり,その認識する抗原は胃癌をはじめとする各種癌組織に高率に発現する.癌患者血清中に出現する抗原の測定は,腫瘍マーカーとして有用である.NCC-ST-439の抗原決定基は長いこと不明であったが,最近,ムチンのコア蛋白にN-アセチルガラクトースアミンを介して直接II型糖鎖であるシアリルルイスX抗原が結合した構造を認識することが明らかにされた.

DU-PAN-2

著者: 藤井保治 ,   澤武紀雄

ページ範囲:P.660 - P.661

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 本抗原は,Metzgarらによりヒト膵癌培養細胞株HPAF-1を免疫原として作成された単クローン抗体DU-PAN-2により認識される糖鎖抗原である.そのエピトープは長い間不明であったが,最近,sialyl Lea(CA 19-9)より側鎖のフコースの除かれたsialyl Lecであり,抗CA-50抗体の認識する糖鎖構造に一致すると報告されている.ただし,抗CA-50抗体はその構造中にsialyl Lecを有するCA 19-9に対しても交差反応を示すが,抗DU-PAN-2抗体はsialyl Leaとは反応しないとされている.
 DU-PAN-2抗原は上記したように,CA l9-9やCA-50抗原と同様に血液型物質糖鎖抗原に属するものの,日本人の約10%にみられるLe-a-bの個体ではCA 19-9を産生しえないが,DU-PAN-2の産生は可能であり,本抗原の利点として挙げられる.

PIVKA-II

著者: 田中直英 ,   荒川泰行 ,   森山光彦

ページ範囲:P.662 - P.663

異常の出るメカニズムと臨床的意義
 PIVKA-II(protein induced by vitamin Kabsence or antagonist-II)は,des-γ-carboxyprothrombinともいわれる異常プロトロンビンである.Liebmanら1)により肝細胞癌患者血清に高率に検出されることが報告されて以来,現在でも肝細胞癌に対する腫瘍マーカーとして,AFP(α-fetoprotein)とともに臨床応用されている.
 プロトロンビンは,肝臓で合成される凝固因子の一つであり,そのアミノ酸末端付近に10個のγ-カルボキシグルタミン酸(Gla)残基を有しているが,その合成過程において必要とされるvitamin Kがvitamin Kの欠乏や肝障害などにより不足すると,プロトロンビン前駆体のグルタミン酸(Glu)残基がGlaに転換されにくくなり,生理活性を有しない異常プロトロンビンとして血液中に出現してくる.

呼吸器系

CYFRA

著者: 北村諭

ページ範囲:P.664 - P.665

 肺癌の診断における腫瘍マーカーとしてはCEA, SCC, NSE, SLX, ProGRPなどが挙げられ,臨床の場で診断,経過観察などに用いられている.それぞれに特徴があるが,まだ十分とはいえず,補助診断法の域を出ていないのが現状である.
 従来の腫瘍マーカーは,喫煙,肺の炎症などによる影響が大であり,肺癌のスクリーニングにも十分とはいえない状況であった.また,治療におけるモニタリングも満足のできるものがないのが現状である.

NSE(神経細胞特異的エノラーゼ)

著者: 有吉寛 ,   桑原正喜

ページ範囲:P.666 - P.666

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 解糖系酵素エノラーゼはα,β,γの3種類のサブユニットのうち,2種類からなる二量体酵素であるが,αγまたはγγのγサブユニットを有するNSEは神経組織に特異性が高いことから,神経特異エノラーゼ(neuron-specific enolase:NSE)と呼ばれている.NSEは神経組織以外に,神経内分泌細胞にも局在し,神経内分泌腫瘍や,その類似性格を有する腫瘍のマーカーとなる.臨床では血清腫瘍マーカーとして利用される.
 血清NSE値の上昇機序は,腫瘍細胞に含まれるNSEが細胞崩壊により血液中へ逸脱した結果であり,その意味では血清NSEは逸脱酵素である.したがって,悪性腫瘍で血清NSE値が上昇する場合は,細胞増殖が激しいために起こる増殖細胞の自家崩壊機転か,抗癌剤投与や放射線照射などの治療行為に伴う腫瘍細胞の崩壊機転が存在することが示唆され,その臨床的意義は大きい.換言すれば,腫瘍増殖が激しい場合(通常の血清NSE値上昇)と,治療の殺細胞効果が認められる場合(治療後の一過性血清NSE値上昇)が想定される.

乳腺・婦人科系

CA 125

著者: 坂元秀樹

ページ範囲:P.667 - P.667

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 卵巣癌株OVCA 433に対するマウス単クローン抗体が認識する抗原がCA 125である1).現在まだクローニングはされていないが,最近の研究では分子量1,000Kd以上の糖蛋白であり,77%がgalactose,n-acetylglucosamine,n-acetylgalactosamineでglycoslationを受けている2).また,赤血球抗原Ley,Lex,H type2を共有する2).その産生はcelomic epitheliumで起こるとされ,腫瘍,偽腫瘍,炎症などで産生が増加する.CA 125は正常人での陽性は1%,卵巣上皮性腫瘍では85%と報告されているが3),生理的状況においても比較的高い値を示すことがあり,判定には他の要因も考慮する必要がある.

CA 15-3

著者: 松井哲 ,   池田正 ,   北島政樹

ページ範囲:P.668 - P.669

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 Carbohydrate antigen 15-3(CA 15-3)は高分子の糖蛋白と炭水化物の複合体であり,代表的な乳癌関連抗原である.乳癌特異性をめざすために,Hilkensら,およびKufeらにより作製された2種類のモノクローナル抗体(115D8,DF 3)を組み合わせて測定される.115D8はヒト乳脂肪膜に対するモノクローナル抗体であり,DF 3は乳癌肝転移細胞の膜成分に対するモノクローナル抗体である.CA 15-3は転移陽性乳癌で高値を示すことが多い.

SCC抗原

著者: 加藤紘 ,   尾縣秀信

ページ範囲:P.670 - P.670

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 SCC抗原は,子宮頸部扁平上皮癌より抽出精製された分子量約45kDの蛋白質である.現在2種類の遺伝子(SCCA 1,SCGA 2)が18番染色体長腕上に同定されており,それぞれ等電点の異なるいくつかの亜分子種を発現しているが,特にSCCA2由来のものは酸性の等電点を示しており細胞外へ放出されやすい.SCC抗原は正常扁平上皮にも存在するが,扁平上皮癌ではこのSCGA 2由来の蛋白分画の産生が亢進しているところから,患者の血中で高濃度のSCC抗原が出現するものと考えられている.
 いずれにせよ,SCC抗原は正常扁平上皮(皮膚や呼吸器,あるいは食道など)にも発現しているので,扁平上皮を有する器官で高度な組織破壊や重篤な異常をきたす場合は血中のSCC抗原濃度が上昇する.

泌尿器系

PSA(前立腺特異抗原)

著者: 飯田暢子

ページ範囲:P.671 - P.673

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 前立腺特異抗原(prostate specific antigen:PSA)は,第19染色体長腕にある遺伝子(APS)の産物(分子量30,000〜34,000の糖蛋白質)で,主に前立腺上皮細胞で生成(Cowper,LittreおよびMorgani副生殖腺でも少量産生)され,前立腺液として精漿中に分泌され,そのキモトリプシン様酵素活性により射精された前立腺精漿の凝固を阻止して,精子の運動性を助け,受精の条件を整える機能をもつ.
 健康な男性の血清中にも微量(前立腺液中濃度の1/106)含まれており,前立腺および精漿PSAと同じ抗原性を示す.一部は精漿中のものと同じ分子量であるが,ほかはα1-antichymotrypsin(ACT)その他のセリンプロテアーゼインヒビタ(α2-Mなど)と1:1のモル比で結合している(分子量;PSA-ACT:100〜110,PSA-α2-M:700〜800).PSA-α2-Mは,抗原エピトープがα2-Mにより覆われているので抗PSA抗体を用いる測定法では検出できない.セリンプロテアーゼインヒビタと結合していないPSAは酵素前駆体,または分子の一部が限定分解を受けて酵素活性を失った開裂型のいずれかであるために反応できず,free PSAの状態で存在する.

γ-Sm(γ-セミノプロテイン)

著者: 宮原茂

ページ範囲:P.674 - P.675

異常値の出るメカニズムと臨床的意義
 γ-lSmの産生部位は前立腺上皮と尿道周囲腺で,前立腺産生物とともに前立腺液として精漿へ分泌されるが,一部が血中に移行している.血中濃度は,前立腺体積に相関したり,前立腺上皮が新生増殖,変性する疾患では上昇する.γ-SmとPSA(prostate-specific antigen)は,当初は分子量の差異,臨床データの違いから別個の物質として評価されたが,アミノ酸配列の決定とプロテアーゼとしての機能が明確となり,同一物質であることが明らかになっている.また,血清酸性ホスファタアーゼ(ACP)は,古くより進行前立腺癌の診断と治療後のマーカーとして用いられてきた.ACPは,前立腺組織以外に肝,腎,脾,血球成分などに含まれているため,前立腺特異分画のみを測定することはできなかったが,前立腺性酸性ホスファタアーゼ(prostatic acid phosphatase:PAP)の測定法が開発され,精度が改善されたため,汎用されている.

PAP(前立腺性酸性ホスファターゼ)

著者: 江藤弘 ,   原勲 ,   守殿貞夫

ページ範囲:P.676 - P.677

 1936年にGutmanらにより,酸性ホスファターゼ(acid phosphatase:AP)が骨転移を有する前立腺癌患者の血清中で上昇することが報告されて以来,前立腺癌の診断や治療効果判定に血清酸性ホスファターゼ活性が測定されてきた.しかし,酸性ホスファターゼは前立腺に特異的ではなく,赤血球,肝,腎,骨などにも存在することから,後に前立腺特異分画である前立腺性酸性ホスファターゼ(prostatic acid phosphatase:PAP)が分離精製され,その特異抗体を用いた種々の免疫学的測定法が開発され現在に至っている.前立腺特異抗原(prostate specific antigen:PSA or PA)が臨床的に普及する80年代まで前立腺腫瘍マーカーとして広く用いられてきたが,現在では,PSAに比べ早期癌での陽性率が低いことからスクリーニングには用いられていない傾向にある.

細菌検査 総論

細菌検査総論

著者: 山口恵三

ページ範囲:P.680 - P.683

 抗菌薬の選択に際しては,まず①その疾患が感染症であることの確認,②感染部位の決定,③起炎病原体の推定あるいは決定を行う必要がある.次いで,患者背景を正しく把握するとともに,使用薬剤の抗菌活性,目的臓器への移行性とその部位での安定性,および副作用などを勘案しながら,最も適した抗菌薬を選択することになる.

検体別同定検査各論

耳鼻科・咽頭領域の検査

著者: 菅野治重

ページ範囲:P.684 - P.685

耳鼻科・咽頭領域の感染症
 この領域の感染症と,その原因となる微生物を表1に示した.

喀痰の細菌検査

著者: 高橋洋 ,   渡辺彰

ページ範囲:P.686 - P.687

気道検体としての喀痰の意義
 喀痰は,下気道分泌物と口腔内の唾液成分が混合した不均一な検体である.すなわち,喀痰中には多数の常在菌の混入が不可避であるが,一方では患者の負担が少なく非侵襲的に繰り返し採取できるという大きな利点を有しているため,喀痰は呼吸器感染症の細菌検査の主役となっている.
 下気道由来検体の採取法としては喀痰以外にも経皮的肺穿刺,経気管吸引法,気管支鏡などを挙げることができる.これらの検査は,より病巣に近い部位から常在菌混入度の少ない検体を採取できるという利点を有しており,重症例や難治例などに必要に応じて施行されるが,患者の身体的負担も大きいため日常的な気道感染症に対してルーチンで施行されることはない.

細菌尿検査

著者: 松本哲朗

ページ範囲:P.688 - P.690

尿路感染症の診断
 尿路感染症の診断は,症状・所見および膿尿・細菌尿の存在により行われる.膿尿は,無遠沈尿を用いた検体で10個/mm3以上の場合有意とするが,遠沈尿を用いた場合は5個/HPFとしている.細菌尿は尿の定量培養が基本であり,104ないし105CFU/ml以上の場合に有意としているが,急性膀胱炎では103CFU/ml以上でも,膿尿や症状のある場合は有意としている.細菌尿は菌数とともに菌種の同定が重要であり,培養同定が必須となる.
 細菌尿の迅速診断としてテストテープ法が用いられている.細菌の硝酸還元能を利用したもので,定性検査となる.この場合,硝酸還元能の少ない細菌,特に腸球菌などのグラム陽性球菌は偽陰性となるので注意が必要である.また,尿沈渣を用いた検鏡法も手軽な検査法となるが,感度が低い欠点がある.さらに,膿尿や細菌尿も自動分析装置により検査が行えるようになっている.

便検査

著者: 坂本光男 ,   相楽裕子

ページ範囲:P.693 - P.695

 腸管感染症の診断に際して,糞便の細菌学的検査は顕微鏡検査と併せて必要不可欠であるが,これらの検査が常に行われるとは限らない.この理由として,腸管感染症はチフス性疾患を除いて自然治癒傾向が強い一方,原因菌分離までには少なくとも2日間,場合によっては数日間を要し,この間すでに症状が軽快していることが多いこと,近年では細菌性赤痢,チフス性疾患などは著しく減少したこと,原因菌の検出頻度が必ずしも高くないことなどが挙げられる.しかしながら,腸管感染症は食品・水媒介感染症として集団発生する可能性が高いため,症状ばかりでなく,患者背景を十分問診し,状況に応じて糞便検査を行う必要がある.

血液培養検査

著者: 賀来満夫

ページ範囲:P.696 - P.698

 血液培養は,菌血症(bacteremia)あるいは敗血症(sepsis)の確定診断として,臨床細菌検査のなかできわめて重要な位置を占めている.
 近年の医療の進歩による免疫不全宿主の増加により,これまで起炎菌としての意義が少ないと考えられてきた,常在菌あるいは弱毒菌などが起炎菌となったり,耐性菌が起炎菌となる場合が見受けられるようになってきている.

髄液検査

著者: 砂川慶介 ,   野々山勝人 ,   高山陽子

ページ範囲:P.700 - P.701

 髄液検査は,髄膜炎を疑った症例については診断確定のうえで是非とも実施すべき検査であり,原因微生物の決定,抗微生物薬の選択や効果判定のうえで細菌検査も必ず実施する.

外科的検体

著者: 草地信也 ,   炭山嘉伸

ページ範囲:P.702 - P.703

 外科領域の感染症は,皮膚の表在性感染症や穿孔性腹膜炎などの一次感染症と術後感染の二次感染症に分けられる.一次感染症では,細菌検体は腹腔や胸腔,または表在性の膿瘍から採取されるが,そのほとんどは各部位の常在細菌であり,薬剤感受性からみても耐性菌は少ない.二次感染のうち,術後感染のほとんどは,術野感染〔創内感染,手術部位感染(SSI:surgical site infection)〕と呼ばれる創感染と腹(胸)腔内膿瘍である.この原因菌は消化器外科領域では,手術操作で開放となった消化管内の常在菌であり,菌量は多い.術野感染からの分離菌は,術後感染予防の目的で投与された抗菌薬に対する耐性菌であることが多く,薬剤感受性検査がその治療に有益な情報を提供する.いずれの検体でも嫌気性菌が関与することが多いため,検体の採取には嫌気性検体輸送容器で素早く採取することがポイントである.

感受性検査

ディスク法

著者: 福地邦彦

ページ範囲:P.704 - P.707

 細菌検査の目的は,疾患の起炎菌を同定し,その特定の細菌の抗菌薬感受性を判定し治療の方向性をつけることである.現在臨床検査室において,抗菌薬感受性検査はディスク法と微量液体希釈法の二つが行われている.どちらも,in vitroでの被検細菌の生育が目的の抗菌薬により抑制されること,すなわち表現形質を判定する検査である.遺伝形質の検索は,抗菌薬耐性化機構の解析に必須であるが,本項では解説しない.
 ディスク法は,細菌の抗菌薬感受性を定量的に判定する手技であり,小さい吸水性の紙の円板に既知量の抗菌薬を含ませたものを使用して行う.検査対象とする菌株を塗り広げた寒天平板の上表面にこのディスクを置き培養を行う.ディスクは培地中の水分を吸収して抗菌薬が溶解し,ディスクから培地中へ拡散し,時間とともにディスク周辺の培地中に染み出た抗菌薬の濃度勾配ができあがる.被検菌は増殖を開始するが,菌の感受性に従い高濃度領域では発育が阻止され,発育阻害の同心円(阻止円)ができあがる.検査手技が確実であれば,この阻止円の半径はほとんどの抗菌薬において,微量液体希釈法で求められるminimalinhibitory concentrationとほぼ完全に相関する.したがって,感染症治療の現場では,簡便で,かつ信頼度の高い抗菌薬感受性検査として利用される.

MIC(微量液体希釈法)

著者: 大野章 ,   山口恵三

ページ範囲:P.709 - P.712

 サルファ剤およびペニシリンによる抗菌化学療法が開始されて以来,半世紀以上が経過した.その間様々なタイプの抗菌薬が発見され,またそれぞれの構造に改良が加えられて,現在市場に上程されている抗菌薬の種類は百数十種類にものぼる.
 しかし,抗菌化学療法の進歩とそれに並行した医療技術の進歩は,抗菌薬耐性菌の台頭を招き,易感染性宿主の数を増大させて,やがて感染症の主流は耐性菌を主体にした日和見感染症へと変遷した.また,国際交通網の発展による人々の激しい交流も,感染症の様相をさらに複雑化させる要因となった.このような背景のなかで,感染症患者に対していかにして適切な抗菌薬を選ぶかが臨床医に求められている.そのためには各抗菌薬の特徴を把握することは当然であるが,検査室で実施された感受性試験の成績をどのように解釈するかが重要である.そして抗菌薬感受性試験についての十分な理解と,被験菌がその抗菌薬に対して感性か耐性かを判定するブレークポイントについての理解が必要となる.

HLA検査と染色体検査

HLA系とHLAタイピング

著者: 谷川宗

ページ範囲:P.714 - P.719

HLA抗原の多型性
 1.HLA抗原とは
 HLA抗原(ヒト白血球抗原)は,ヒトのMHC(major histocompatibility antigen)と呼ばれる生物学的に重要な遺伝子群の標識として臨床医学,基礎医学の分野で貴重な情報を提供している.臨床的には臓器移植の実施に際して必要であり,また,ある種の疾患の罹患と相関がある点で重要である.
 2.HLA抗原の検査法と命名
 HLA抗原は最近まで,抗血清を用いて同定されてきた.HLA抗原にはクラス1抗原のHLA-A,B,C抗原とクラスII抗原のHLA-DR,DQ,DP抗原がある.抗血清を用いて同定される血清型には,表1-1,2のHLA specificityに示すような種類がある1)

染色体検査

著者: 小林泰文

ページ範囲:P.720 - P.722

 染色体は細胞周期の分裂中期にある核DNAが高度に濃縮されたもので,染色体検査は核DNA変化のスクリーニングとなる.誌面の都合で方法・手技は他書に譲る1).検査の対象としては,末梢血リンパ球などの体細胞と腫瘍細胞がある.体細胞を用いるのは主に先天性染色体異常症の診断で,腫瘍細胞を用いるのは腫瘍における遺伝子変化の検出である.本稿では,染色体検査がよく用いられる先天性疾患と血液腫瘍を中心に述べる.

遺伝病のDNA診断

著者: 須藤加代子 ,   前川真人

ページ範囲:P.723 - P.725

 近年の分子生物学の進歩にはめざましいものがあり,多くの疾患の原因や病態形成に関する遺伝子の解明が進んでいる.徐々にではあるが臨床に応用されはじめ,遺伝子検査および遺伝子治療という新しい医療が実施されつつある.本稿では,遺伝子病の遺伝子診断(検査)の現状について概略を記す.

癌の遺伝子診断

著者: 鈴木利哉

ページ範囲:P.726 - P.729

 かつて遺伝子検査は研究室レベルで行われていたため,一部の研究医しか利用できない特殊検査であった.しかしながら,最近では遺伝子検査は検査センターなどでルーチンに受け付けてくれるようになり,その有用性を考えると,遺伝子検査は今後大いに活用されてしかるべき検査であるといえる.現在のところ保険が適用されていないものがほとんどであるため,病院側で検査費用を負担しなければならないという問題点があることにも留意されたい.本項においては,主として造血器腫瘍の遺伝子診断を実例にとり説明し,全体像の理解の助けとしたい.

けんさ—私の経験

採血手技で変動する凝血学的検査データ

著者: 山崎昌子

ページ範囲:P.26 - P.26

 私が研修した教室では,脳血管障害患者で血液粘度,血小板凝集能,β-トロンボグロブリン,血小板第4因子,凝固線溶マーカーや血小板寿命などの検査を行い,病態の把握や抗血栓療法の参考にしている.

喀痰品質評価の重要性

著者: 石田直

ページ範囲:P.34 - P.34

 喀痰検査は,検体が容易に採取でき侵襲が少ないため,呼吸器感染症の起炎菌検索に最も頻用されてきた.しかしながら,口腔内常在菌の汚染を受けるために,塗抹や培養で検出された菌が起炎菌であるとは限らないという欠点を有する.定量培養を行うことが起炎菌を決定する良い方法であるが,もう一つ,喀痰の品質を評価し良質の痰にて検査を行うことも重要である.
 喀痰の品質評価法としてはGeckler分類が有名であるが,やや煩雑であり実際の臨床の場には導入しにくい点がある.われわれは朝野らの方法に従い,グラム染色の鏡検所見により以下のように分類を試みている.

尿蛋白—陰性にご注意!!

著者: 中根一憲

ページ範囲:P.81 - P.81

 腰痛や背部痛を訴えて来院した患者さんに,腎尿路系の疾患等を疑い尿検査をする場合,筆者は,尿一般定性検査(蛋白・糖・潜血・ウロビリノーゲン・ビリルビン・ケトン体・pH・比重)に加え,尿蛋白定量検査を行うことがある.以下にその理由を述べる.尿一般定性検査の尿蛋白定性反応は,一般的に試験紙法で行われており,pH指示薬であるプロムフェノールブルーが蛋白結合をすることを利用して蛋白を検出するものである.これはほとんどアルブミンしか検出せず,グロブリンやBence Jones蛋白等のM蛋白を検出しない.尿蛋白定性反応にてアルブミン以外の蛋白を検出するために,スルホサリチル酸法等が有用であるが,検査を外注にしている一般診療所ではスルホサリチル酸法等の検査を行うことができない.他方,尿蛋白定量検査は,現在ピロガロールレッド法が普及しており,同法によりアルブミン以外の蛋白の存在を知ることができる.したがって,尿蛋白が定性検査にて陰性,定量検査にて陽性ならば,尿中にアルブミン以外のグロブリンやBence Jones蛋白等のM蛋白が存在することになり,それらを呈する疾患(多発性骨髄腫,アミロイドーシス,マクログロブリン血症,悪性リンパ腫等)を疑うことになる.

救急医療と末梢血塗抹検査

著者: 河野正樹

ページ範囲:P.85 - P.85

 救急医療に末梢血塗抹検査は関係が薄いと考えている読者もいらっしゃると思います.しかし1992年に提唱され,救急医療の現場で汎用されているsystemic inflamrnatory response syndrome(以下SIRS)の診断基準のなかに「幼弱顆粒球>10%」との項目があります.本稿では,敗血症性ショックを呈し,死後に末梢血塗抹検査より急性前骨髄球性白血病(APL,M3)と判明した症例を紹介し,救急医療の現場でも末梢血塗抹検査は大切であることを強調したいと思います.
[症例]49歳,女性.主訴:発熱,出血傾向.

糖尿病外来における自宅採尿

著者: 長谷川岳尚

ページ範囲:P.93 - P.93

 糖尿病性腎症の早期診断には,尿中アルブミン排泄量の測定が欠かせない.その検体尿の採取方法は時間尿が望ましい.しかし,通常の外来診療において多数の患者さんにこれを行うのは現実的ではない.そうかといって来院尿を用いると,日によって変動が大きい場合がある.そこで,患者さんに自宅で早朝尿を採取していただいて,持参してもらうことにしてみた.
 当初,果たして尿を持ってきてくれるかが懸念された.しかし蓋を開けてみると,全回収率は93人中90人で96.8%と良好であった.そのうち87人(93.5%)には定められた日に検体を提出していただけた.初回時には自宅での再尿手順の説明を要したが,糖尿病の患者さん方は採尿慣れしているせいもあり,特に不都合は生じなかった.また,病院ではすぐに排尿できない前立腺肥大の患者さんや,採尿に手間取る麻痺のある患者さんにはむしろ好評であった.診療の待ち時間の短縮にも効果があると思われる.さらに,微量アルブミン尿以外の患者さんにも自宅採尿を希望される方がいらっしゃった.この場合,同一日に空腹時尿糖と随時血糖の2時点の情報が得られるというメリットがあった.糖尿病外来において,自宅採尿は広く応用できる可能性がある.

便潜血反応の落とし穴

著者: 早川康浩

ページ範囲:P.99 - P.99

 便潜血反応は,主として大腸ポリープ,大腸癌などを見つけるためのスクリーニング検査として,検診をはじめとして臨床の場で広く用いられている検査法である.以前の化学的検査法に比し,近年の免疫学的検査法は感度,特異度とも向上しており使いやすくなってきた.近年の大腸癌の増加傾向とも相まって,利用頻度は増す一方である.しかしながら,ここに大きな落とし穴がある.偽陽性で引っかかる場合はそれほど問題はないのであるが,偽陰性で見落としてしまう場合が,臨床の場では意外と多いのである.特に直腸癌の場合は,便の片側のみに血液が付着することがあり,これが偽陰性の原因になりうるのである.そのほか潰瘍病変を伴わない癌やポリープも偽陰性となる可能性がある.過去に当院でも,進行癌があるのに偽陰性になった例が少なからずあった.患者サイドで考えれば,陰性になった場合,まず自分は大腸には問題ないと判断してしまい,仮に便秘や血便の既往がある場合でも自ら精査を希望する人はほとんどいないのが現状である.大腸癌は,よほど進行して管腔内狭窄をきたさない限り痛みは伴わないため,どうしても進行した時点で発見されることが多い.本来切除も容易であり,予後も良いはずの癌ではあるが,発見時すでに肝臓・肺などの遠隔転移や腹膜・膀胱などの周辺臓器に浸潤していることも多く,こうした例では救命率も低くなる.

血小板減少を呈した教訓的2症例

著者: 石田茂夫

ページ範囲:P.132 - P.132

 〔症例1〕61歳,男性.1週間持続する微熱と倦怠感を主訴に来院.Plt 0.3万/μl,LDH 2,527IU/l,WBC 20,100/μl,Hb 6.5g/dlと,明らかに血液疾患とわかるデータ.T-bil 5.9mg/dl,D-bil 1.5mg/dl,マルクにて異型細胞を認めないことなどから溶血性貧血までは診断できたが,やはり血小板減少が不気味なため,3日目に大学病院に送った.即座にEvans症候群(自己免疫性溶血性貧血と特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の合併)と診断され,その日のうちにプレドニン®60mgが開始され,呆気ないぐらいに著効した.もう少し教科書を調べる努力をすれば,自分でも結論を出せて治療もできたのに,と早めの紹介をちょっぴり悔やんだ.

急激なHb低下の鑑別?

著者: 丸岡浩誌

ページ範囲:P.135 - P.135

 私は大学病院で膠原病を専門に診療していますが,3年前に経験したSLEの患者さんの話です.
 胸膜炎,腎症を伴った19歳の女性でしたが,今後の治療を決めるために,本人は嫌がっていましたが腎生検をすることになりました.もともと鉄欠乏性貧血がありHbは8.5〜9g/dlくらいとやや低めでしたが,早いほうが良いと考え,施行当日の朝CBCをチェックしたところ特に変わらず,出血凝固も問題なく,右手に輸液を確保し,午前の2例目で検査を行い無事終了しました.終了直後のCBCも特に問題なく,エコー上も明らかな出血もみられずひと安心と思っていました.6時間後のCBCもおそらく問題ないだろうと至急検査のboxの伝票を見てびっくり.Hbが3.2g/dlしかありません.中検に問い合わせましたが,再検済みで間違いないとのこと.病室の患者さんを診に行きましたが元気そうで,眼瞼結膜も特に白い感じはありませんでした.再度採血を行ったところHbは8.8g/dlと検査前とほぼ同じでした.

心臓カテーテル検査と好酸球増多症

著者: 猪子森明

ページ範囲:P.149 - P.149

 心臓カテーテル検査後にみられる好酸球増多症の原因は,造影剤や抗生剤などの投与された薬剤に対するアレルギーが多いと思われる.しかしながら,忘れてはならないものに,重篤な合併症として知られるコレステロール塞栓症がある.これは,大動脈壁のプラークから放出されたコレステリン結晶が全身に塞栓症を起こすことにより発症し,多彩な症状を呈する予後不良の疾患である.
 当院でも5年間に8例(0.16%)を経験しているが,発症1〜2年の間に半数が死亡している.多くの場合,好酸球増多(7〜56%)は臨床症状に先行し,カテーテル検査の平均15日後に全白血球の7%以上(あるいは1,500/mm3以上),かっ全白血球に対する比率が入院時の2倍以上に達した.そして,平均32日後に亜急性進行性腎不全や足趾チアノーゼなどの症状が出現した.経食道エコーが行われた症例(8例中5例)では全例で可動性プラークを認め,リスクの評価に有効であると考えられた.治療としては,抗凝固療法の中止や血液透析に加えてステロイド剤,血管拡張剤,腰部交感神経切断術などの有効性が報告されているが,当院では硬膜外麻酔を行い効果を認めている.近年,心臓カテーテル検査やインターベンションの適応が高度動脈硬化病変を有する症例に拡大される傾向があり,コレステロール塞栓症の予防と早期発見には常に留意する必要があると考えている.

吻合部胃潰瘍発症と同時期にEDTA依存性偽血小板減少症を呈した1例

著者: 藤原隆一

ページ範囲:P.161 - P.161

 症例は52歳の男性.会社の健康診断で肝機能異常を指摘され,精査加療のため来院した.特記すべき自覚症状はなく,血液検査で軽度のGOT,GPT,γ-GTPの高値を認めたが,血清蛋白値,血清脂質値,血小板数は正常であった.上部消化管内視鏡検査で胃前庭部小彎側にBorrmann I型の胃癌が発見され,直ちに胃切除術を施行した.術後経過は順調で,肝庇護剤と禁酒により肝機能は正常化した.胃切除術8カ月後に上腹部不快感が出現し,上部消化管内視鏡検査を行ったところ吻合部胃潰瘍あり,同時に施行した血液検査で血小板減少と軽度の白血球増多を認めた.消化性潰瘍治療薬を追加投与し経過をみたが,その後も血小板減少(約20×104/μlから2〜4×104/μlへと減少)は引き続き認められた.血液塗抹標本(May Giemsa染色)を観察すると,10〜20個の血小板がフィブリン形成を伴わず凝集し,白血球とほぼ同じ大きさの凝集塊が散在性に認められた.EDTA依存性偽血小板減少症(EDTA-PTCP症)の可能性を考え,①EDTA-2K管,②EDTA-3K管,③FC管(クエン酸,EDTA-2Na,NaF添加),④ヘパリン-Na管の4種類の採血管を使用して採血し,①〜④における血小板数と白血球数を自動血球計数器で測定した.

自動血球分析装置と血小板数

著者: 小野敬司

ページ範囲:P.173 - P.173

 自動血球分析装置では,血小板数に誤差を生じる要因がいくつか想定される.①血小板凝集による見かけ上の減少,②巨大血小板がカウントされないための血小板数減少,③破砕赤血球を血小板としてカウントするための見かけ上の増加,などである.
 実際に遭遇したケースを紹介する.まず最初の症例は,20歳男性.血小板数15,000/μlということで近医より紹介入院となった.入院時出血傾向を全く認めず,塗抹標本上血小板凝集像を認めたため,抗凝固剤としてそれぞれEDTA-2Na,クエン酸Naを用いた採血を行い,前者は53,000/μl,後者は132,000/μlと解離を示した.この症例はEDTA凝集による偽性血小板減少と考えられた.また,ほかにも外来患者で,健診にて血小板数3万台を指摘され来院,クエン酸採血で20万台と正常範囲であった症例も経験した.この方は数年前にも健診で血小板減少を指摘され,某医で特発性血小板減少性紫斑病としてステロイド投与された既往があった.

不明熱の患者に対する検査

著者: 猪熊哲朗

ページ範囲:P.184 - P.184

 症例は25歳,女性.主訴は発熱.入院10日前より38℃以上の発熱が持続し,近医で抗生物質の投与を受けるも無効.両膝の関節痛も自覚し精査・加療目的で入院する.入院12日前に抜歯を受けている.入院時の血液検査でCRP 6.63mg/dl,WBC 3,500/μl.生化学検査では異常を認めず.RA(-),ANA(-).胸腹部打聴診上異常を認めず.
 臨床の場で遭遇することの多い「不明熱:FUO」は,1961年にPetersdorfらの提唱した古典的定義では,①3週間以上持続する38℃以上の発熱で,②入院後1週間の精査でも診断のつかないもの,である.しかし最近では,古典的なFUOの患者以外に,他疾患で入院中の患者,好中球減少を伴う患者,HIV感染の患者の3群を設定し,しかも精査にもかかわらず3日以内に診断がつかない場合をFUOと定義する.その原因疾患として,従来より感染症・悪性腫瘍・膠原病がビッグスリーといわれている.

補体価とC型肝炎とクリオグロブリンと膜性増殖性糸球体腎炎

著者: 吉永泰彦

ページ範囲:P.194 - P.194

 私は,腎臓病・膠原病を専門としているため,しばしば補体価活性(CH50),補体第3成分(C3),第4成分(C4)を検査します.時々,C3,C4が正常範囲なのに,CH50が低下していることがあります.教科書的には,補体成分の欠損症を疑うべきでしょうが,最も頻度の高いC9欠損症でも,1,000人に1人くらいと稀です.大部分は血清・血漿補体価解離現象,すなわち,採血後の低温(25℃以下)のためにC2,C4の活性が急激に低下(cold activation)することによる現象です.CH50を血清でなく,EDTA血漿で測れば低下していないことが確認されます.この現象は,教室の天野らが20年以上前から指摘しており,CH50はEDTA血漿で測定することを推奨しています.EDTAなどの抗凝固剤は,カルシウムなどをキレートしたり,C1inhibitor活性を増強して補体反応を阻害しますが,測定時には十分希釈され,カルシウムなども不足しないため,血漿で測定しても問題はないようです.

膠原病+APTT延長=抗リン脂質抗体症候群?

著者: 都留智巳

ページ範囲:P.199 - P.199

 膠原病,APTT延長といえば,反射的に抗リン脂質抗体症候群と答えてしまう新人さんが多い.今回は,多少異なった病態について紹介したい.
 患者は58歳,女性.1983年来,多発性筋炎,間質性肺炎のため外来にて治療中であった.1997年7月8日,左前腕,背部に紫斑出現し来院.末梢血液検査では血小板数24.6万/μlと正常,凝固系検査ではPT 10.4secと正常であったがAPTT 93.6secと延長を認めた.凝固因子の検査ではFVIII抗原19.8%,FVIII活性<1%とFVIII活性の著明な低下を認めたが,他の内因系凝固因子活性はいずれも正常であった.FVIIIインヒビターを調べたところ19BU/mlと高値であり,FVIIIインヒビターによる出血傾向と診断した.FVIII製剤,FVII製剤の投与では症状のコントロールができず,血漿交換にてようやく治療しえた.

凝固時間延長を伴わないループスアンチコアグラント症例

著者: 山崎雅英

ページ範囲:P.201 - P.201

 抗リン脂質抗体症候群(APS)は,反復する動静脈血栓症,習慣性流産,血小板減少症を特徴とし,抗カルジオリピン抗体(aCL)またはループスアンチコアグラント(LA)いずれかの自己抗体を有する自己免疫疾患と考えられている.aCLは固相抗体法により定量的に測定可能であるが,LAは凝固時間法を用いた定性的測定により診断される.一般的には血栓症などの臨床症状が認められ,プロトロンビン時間(PT)または活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)の延長(特にAPTTの延長)を伴う場合にLAの測定が行われ,これらの凝固時間の延長が認められない場合には,さらなる精査が行われないことが多い.しかし,PT,APTTいずれも延長を認めないものの,カオリン凝固時間法(KCT),希釈ラッセル蛇毒時間法(dRVVT)などによりLAの存在が証明される症例もある.
 症例:35歳,女性.右下肢の深部静脈血栓症を発症し当科へ紹介.既往歴に自然流産3回あり.PT10.5秒(INR1.02),APTT32.5秒(対照33.5秒)と正常であったが,APSが強く疑われたためKCT,dRVVTを測定したところ,KCT234.5秒(対照102.5秒),dRVVT56.8秒(同35.8秒)と延長を認め,confirm testによりLA陽性と診断された(ちなみにaCLは陰性であった).

プライマリ・ケアにおけるCRP異常高値

著者: 長幹麿

ページ範囲:P.212 - P.212

 熱性疾患におけるCRPなどの炎症マーカーの異常高値は,重症感染症や悪性腫瘍を含む重症疾患の可能性を示唆する.熱源が明らかで,それに見合う数値であれば当然の状況だが,問診や診察所見からは熱源のはっきりしない発熱の場合,重症度・緊急性・精査の必要性を判断するうえで重要な指標となる.
 筆者は内科の無床診療所を開設しているが,2年間に印象に残る3症例を経験した.

研修医時代に経験した症例から

著者: 小橋吉博

ページ範囲:P.231 - P.231

 私どもの施設は市中総合病院という性格上,救急疾患を含め,内科全般にわたる疾患に遭遇する.特に夜間の救急患者に対しては,施行できる検査項目が限定されているため,まず患者の全身状態を把握することも兼ねて,末梢血,化学スクリーニング,ミネラルといった項目を必ず検査することにしている.こういった検査項目が非常に役立った症例を1例経験したので報告する.
 症例は60歳,男性.既往歴に特記すべきことはなく,心窩部痛を主訴として来院.胃を中心として消化器疾患を疑い,腹部X線検査,超音波検査を施行したが,異常所見を検出しえず,他の疾患を考慮しようかと思っていた矢先に血液検査の結果が返ってきた.その結果をみると,白血球数,CPK,GOT,LDHの上昇がみられたため,急性心筋梗塞をとっさに思い出し,心電図をとったところ,II,III,aVFの誘導で軽度ST上昇が認められたため,下壁梗塞と診断しえた.私の場合,専門領域が呼吸器,感染症領域であるとはいえ,特に下壁梗塞の場合,放散痛として心窩部に痛みとして感じることもありうるということを教科書では習っていたものの,改めて教訓になりえた貴重な症例であった.

高LDH血症,軽度AFP高値を伴い間欠的に発熱を繰り返す26歳の男性

著者: 飯田正人

ページ範囲:P.238 - P.238

 〔症例〕26歳,男性.最近1カ月間に3回,突然2〜3日持続する39℃の発熱を認め来院.理学所見上,胸腹部に異常なく,腫瘤,表在リンパ節腫大,肝脾腫を認めず.腹部CTで後腹膜リンパ節腫大を認めた.血液検査で,WBC 6,300/μl(分類正常),RBC 445万/μl,Hb 14.3g/dl,Plt 30.9万/μl,GOT 11IU/l,GPT 7IU/l,ALP 136IU/l,γ-GTP 16IU/l,LDH 2,913IU/l(LDH1が58.7%で優位),TP 7.3g/dl,Alb 3.7g/dl,CRP 8.6mg/dl,血沈 66mm/hr,HBs-Ag(-),HCV-Ab(-),AFP 39.0ng/ml.検査値の異常のポイントとして,①LDH高値,②CRPと血沈の炎症反応陽性,③肝障害がないと考えられるにもかかわらずAFP軽度高値,が挙げられる.その後の検査で,妊娠反応陽性,β-HCG(human chorionic gonadotropin)840ng/mlと高値であった.結局,診断は右精巣腫瘍とその後腹膜リンパ節転移であった.AFPは肝疾患が存在しない場合,軽度でも異常高値を示すことはまずない.肝疾患が存在しないAFP高値は,精巣腫瘍などのemblionic originの腫瘍の存在も疑ってみる必要があると考えられた.

ALP,γ-GTPの異常変動と胆道系腫瘍

著者: 辻靖

ページ範囲:P.247 - P.247

 ALPおよびγ-GTPは胆道系酵素で,閉塞性黄疸など胆汁のうっ滞時に上昇する.黄疸を全く認めなくても,正常値から軽度の異常値の間を変動するようなときには,胆道系腫瘍の存在を疑う必要がある.
 症例は65歳,男性.ALP,γ-GTP軽度高値のため腹部超音波検査を行ったところB2胆管の拡張を認め,精査の結果,径1.8cmの肝内胆管癌を認めた.血液生化学検査の異常値はALP,γ-GTPのみで,過去2年間の3カ月ごとの値はそれぞれ318→357→442→343→414→378→435→376IU/l,48→56→36→72→109→80→108→109IU/lと,変動しながらもやや漸増傾向にあった.

思わぬ疾患を拾い上げる血清総蛋白

著者: 杉原一信

ページ範囲:P.265 - P.265

 私どもの診療所では,初診時スクリーニングに血液・生化学検査を実施することがありますが,そのなかに血清総蛋白の項目を入れております.一般的には,受診者の栄養状態の把握として用い,ほとんど基準範囲内なのですが,時に思わぬ疾患の拾い上げに役立つことがあります.
 貧血症状で来院された70歳代女性の血清総蛋白が9g/dlと高値を示し,多発性骨髄腫の診断につながりました.また今,血清総蛋白が3.7g/dlの蛋白漏出性胃腸症の,30歳代女性の治療に難渋しております.

病的状態における正常値および疾患のマーカーとしての検査の判読についての教訓

著者: 山本淳

ページ範囲:P.278 - P.278

 検査値には正常範囲が決められており,これに従って正常および異常と判読する.しかし,病的状態では,検査値が正常範囲内にあっても異常と判読される場合がある.また,疾患と検査との間には1対1の関係は存在せず,ある疾患の活動性の指標となる検査でも,他疾患のマーカーとなりうる.この当然のことが現場で認識されずに,診断を遅らせてしまった私の苦い経験を紹介する.
 慢性肺気腫で在宅酸素療法を受けていた患者を,前医から引き継いで診療した際に血液検査を施行した.Hb値13g/dlであったが,貧血とは判読せず経過観察とした.半年後,患者は嚥下困難を訴え,かろうじて胃カメラを受けたが,Borrmann III型の胃噴門部癌と診断された.遠隔転移巣はなかったが,患者が低肺機能者のため治療できず,3ヵ月のターミナルケア後に死亡した.2次性多血症の存在が念頭にあれば,早期から貧血を疑い,診断が可能であったと考えられた.

肝障害で紹介された症例

著者: 小林由夏

ページ範囲:P.282 - P.282

 10年以上,心疾患として経過観察されてきた50歳代の男性.一度心筋梗塞の発作を起こしたことがあるそうで,その後もCPK高値が続いており,肝機能障害の精査目的で紹介されてきました.
 検査値をみると,CPK 1,000IU/l近く,GOT,GPTは100IU/l前後,GOT優位の上昇でした.まず頭に浮かぶのは甲状腺機能低下症ですが,よくよく話を聞くと,若い頃gynecomastiaの手術歴があり,兄弟もCPK高値を指摘されたことがあるらしい…….

急性心筋梗塞の血清マーカー

著者: 縄田隆浩

ページ範囲:P.293 - P.293

 急性心筋梗塞の発作後血中に増加するマーカーは,旧来のクレアチンキナーゼ(CK)およびCK-MB,GOT,乳酸脱水素酵素(LDH)に加えてミオグロビン,ミオシン軽鎖I(MLC I),トロポニンT,トロポニンI,CKアイソフォーム,ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白(H-FABP)と今や多種にわたり,いずれも感度は高く臨床応用されている.
 自験例(23例)ではCK-MB,ミオグロビン,ミオシン軽鎖I,トロポニンTの最高値は,冠動脈の閉塞部位が中枢にあるほど高値を示していた.冠動脈は終動脈であるので,病変が中枢にあるほど壊死心筋あるいは傷害心筋の量が多いと考えられた.しかし,側副血行の発達あるいは心筋梗塞発症直前の頻回の狭心発作(preconditioning効果)により,閉塞部位と壊死心筋量は必ずしも相関しないことがあるので,注意を要する.

CPKと心筋梗塞

著者: 茅野千春

ページ範囲:P.303 - P.303

 心筋梗塞の診断にCPK(クレアチンホスホキナーゼ)の上昇は不可欠ですが,心筋梗塞の急性期にCPKの上昇を待って治療方針を決めている臨床家はまずいないと思います.急性期にCPKの上昇が確認できないことは日常茶飯事ですし,CPKの上昇を待って治療を始めたのでは遅くなるからです.胸部症状,心電図変化,心エコーによる壁運動異常などより心筋梗塞の診断に至れば,CPKの上昇を待たずに,適応があれば冠動脈造影を行い冠動脈形成術などの治療を考えてゆきます.その後のCPKの上昇は梗塞の大きさや再灌流の有無の判断の大切な指標となります.通常,疾患を診断して治療となるわけですが,重要な診断項目でも,このように時間のずれがあることは銘記すべきことかと思います.
 CPKが当然上昇してくると考えていたのに,経過を通して有意な上昇が捉えられず,心筋梗塞といっていいものか困ったことがあります.1時間以上続く胸痛,心電図変化,心エコーの壁運動異常(前壁中隔領域でほとんど無収縮)より前壁の急性心筋梗塞と考えましたが,胸痛が自然に軽減してきたこと,前胸部誘導でST上昇が残っているものの陰性T波が出現していることより,自然再灌流したものと考えて,急性期は保存的に治療しました.その後何回か胸痛発作があり,約2週間後に冠動脈造影を行い,左前下行枝の起始部で90%の狭窄を認め,粥腫が一部主幹部にかかっていました.

全身性エリテマトーデスの経過中に急激なLDH上昇,汎血球減少を呈した症例

著者: 高橋裕一

ページ範囲:P.313 - P.313

 症例は59歳,男性.1998(平成10)年7月から37℃台の発熱と手指に紅斑が出現し,10月にK病院リウマチ膠原病科を受診.白血球数 5,100/μl,赤血球数 364万/μl,Hb 11.3g/dl,血小板数 26.5万/μl,抗核抗体×160(homogeneous/speckled),抗DNA抗体陰性,抗Sm抗体陰性であった.手指の紅斑部の生検ではループスバンドテストで陽性で,SLEに合致する所見であった.また,LDH 496U/l,CPK 361U/l(MM96%)と高値で,筋炎の合併も考えられていた.平成10年12月末頃から39〜40℃の発熱が出現するようになり,平成11年1月11日当科へ紹介入院となった.

あれ!?HbA1cが低い!?

著者: 片山泰之

ページ範囲:P.325 - P.325

 糖尿病の血糖コントロールの指標として,HbA1cはご存じのように伝家の宝刀的な役割を果たしています.たとえ患者さんが,「いや一,昨日まんじゅうを食べちゃったから血糖値が高いでしょ」などとあらかじめ言い訳を準備してくる理論派の人も,「ふっふっふ,検査の前はちょっと絶食するだけで血糖値なんてすぐに下がっちゃうんだよね」などと帳尻をうまく合わせて褒められたい一心で通ってくる人も,この伝家の宝刀を一振りすれば,たちまち本当のコントロール状態がばれてしまいます.
 しかし,このHbA1cも万能ではありません.ご存じのように,過去1〜2ヵ月間の平均血糖値を表す指標ですから,「1ヵ月こんなに頑張ったのにまだまだ高いわ」と,やる気のある優等生を落胆させたり,「あんなに不摂生したのにこんなものか」などと,不良?患者を安心させてしまうこともあるので,注意が必要です.すなわち,急激に血糖コントロールが増悪・改善した症例には,常にHbA1cにはタイムラグがあることを念頭に置き,血糖値や他のコントロールの指標などと抱き合わせて判断していかなければいけません.

200m全力疾走後に筋肉痛,高CK血症を呈した1例

著者: 佐久山雅文

ページ範囲:P.332 - P.332

 一般病院にいると種々雑多な症例に遭遇する.1999年6月6日午後4時,18歳の男性が,両大腿の疼痛を訴え救急車で来院した.顔面苦悶様で全身に冷汗あり.両大腿伸側に少しでも触れると,大声をあげ痛みを訴えた.
 現病歴:1999年5月下旬より居住地区の運動会のリレーに参加するため,職場の昼休みに軽いランニングを始めたという.運動会当日は,練習による両大腿の軽い筋肉痛を自覚していたという.午前中は炎天の下,会場をブラブラして過ごし,午後1時半リレー開始.スタート直後から両大腿にピリピリした痛みを自覚したが200mを完走した.ゴール直後から両大腿の疼痛のため歩行困難となり,会場内のテントで約2時間,大腿の冷却に努めたが改善なく,救急車で来院した.

成人のdouble-bubble sign

著者: 小林由夏

ページ範囲:P.352 - P.352

 腹部X線上のdouble-bubble signが,小児先天性消化管閉鎖や腸回転異常症でみられることは有名ですが,成人でも時としてこのようなガス像を認めることがあります.
 一般的なのは上腸間膜動脈症候群です.anorexia-nervosaなどによる急激かつ極度のやせのため,十二指腸水平脚が大動脈と上腸間膜動脈根部との間に挟まれて,通過障害をきたすという病態です.

慢性肝疾患において有用な検査データ

著者: 大森俊明

ページ範囲:P.361 - P.361

 領域を問わず,愚者さんの診療に当たっては検査値云々よりも,顔貌や血圧などといったビジュアルなもののほうが優先されるのは当然だろうと思います.例えば出血性ショック患者のHb値は急性期の出血量を反映しません.しかし,こと慢性肝疾患の診断や経過観察においては検査データこそが,診療において非常に重要な意味をもつことが多々あります.
 〔症例1〕61歳の女性.検診にて肝機能異常を指摘され受診.ALPが他の酵素より突出して高値であり,まずもって原発性胆汁性肝硬変(PBC)を疑う.エコーでは脾腫を認め,データではALP 890IU/l,GOT 42IU/l,GPT 44IU/l,γGTP 331IU/l,TCH 225mg/dl,IgM 876mg/dl,ANA+,AMA+80でPBCの診断が確定.肝生検するまでもなくUDCA(ウルソデスオキシコール酸)投与開始した.

HbA1c

著者: 村上貞次

ページ範囲:P.387 - P.387

 ヘモグロビン(Hb)のグロビン鎖と血液中に含まれるグルコースなどと結合することをHbのグリケーションといい,Hbに血液中にある糖質が結合したものをグリコヘモグロビンという.
 グリコヘモグロビンはグルコースと結合したHbを指すのではなく,血液中にある体内糖代謝産物によって修飾されたHbの総称である.Hbをイオン交換カラムクロマトグラフィーで分画すると,グリコヘモグロビンはHbAより早く溶出されることから,HbA1という分画で呼ばれている.現在,グリコヘモグロビンとHbA1は同義語のように理解されているが,正しくはHbA1もグリコヘモグロビンのすべてを表しているわけではない.また,HbA1はさらに細かく分離することができて,主なものにはHbA1a,HbA1b,HbA1cがあり,すべてHbの比率(%)で表現される.

LDLアフェレーシスと血清総コレステロール値

著者: 猪子森明

ページ範囲:P.397 - P.397

 高コレステロール血症が虚血性心疾患のリスクファクターであることは周知のことであるが,それを実感させてくれる症例を最近経験した.
 家族性高コレステロール血症のために26歳で狭心症を発症し,34歳で三枝病変に対し冠動脈バイパス術を受けたが,42歳から狭心症が再発した男性患者である.プラバスタチン,プロブコール,ベザフィブラート,コレスチラミンの投与を行っても,総コレステロール値は300mg/dl以下に低下させることはできなかった.冠動脈バイパスの狭窄病変を経皮経管冠動脈形成術(PTCA)とステント植え込みで治療するのだが,次々と新たな狭窄病変による狭心症が出現し,4年間で5回のPTCAと,全部で5個のステント植え込みを受けることとなった.このままでは予後は悲観的と考えられ,当院で初めてLDLアフェレーシスを行うこととした.1回3〜4時間の治療で総コレステロール値は220〜270から80〜100mg/dlへ,計算値でのLDLコレステロールは180〜230から60〜70mg/dlへ低下し,HDLコレステロールは23から20mg/dlでほとんど変わらず,トリグリセリドは150から50mg/dlに低下している.治療後,次の治療までの間に総コレステロール値は徐々に元に戻り,治療直前の採血では再び250mg/dl程度になっている.

鉄欠乏性貧血?—鉄剤投与の前に検査で確診を!

著者: 松崎泰之

ページ範囲:P.417 - P.417

 貧血.特に鉄欠乏性貧血は日常遭遇することが多い疾患である.そのためか,診断を怠り安易に「造血剤」と称して鉄剤を投与し,その後に紹介され診断に混乱をきたす症例に出くわすことがある.
 〔症例1〕72歳の女性.近医での健康診断にて貧血を指摘され来院.来院時RBC 354万/μl,Hb 11.0g/dl,Ht 33.2%,MCV 93.7fl,MCH 31.1pg,MCHC 33.2g/dl,Fe 69μg/dl,UIBC 215μg/dl,フェリチン 115μg/dlと貧血はなく,わずかにFeが低値ながらもフェリチンは低下しておらず,鉄欠乏とはいえない状態であった.患者に話を聞くと,「毎年健診を受けているが,今年の貧血はひどい」と言い,前医から鉄剤を処方され1カ月服用していたとのこと.鉄剤を一時中止のうえ,便潜血を調べると生化学的方法,免疫学的方法ともに陽性であった.消化管内視鏡検査を施行した結果,胃腺腫がみつかった.

糖尿病性ケトアシドーシスと低リン血症

著者: 並河整

ページ範囲:P.421 - P.421

 低リン血症は,赤血球中2,3-DPG減少の結果,組織の低酸素状態の原因となる.糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の治療経過中に,低リン血症による意識障害の遷延をきたした症例を経験した.
 症例は23歳,女性.1998年6月より口渇,多尿,体重減少があり,8月8日意識障害を主訴に当院救急外来を受診した.意識はIII-300で,血糖値652mg/dl,尿ケトン(4+)で動脈血ガスはpH 6.870,PaO2 85.1mmHg,PaCO2 26.7mmHg,HCO3- 4.9mmol/l,BE -29.3mmol/lで,糖尿病性ケトアシドーシスによる昏睡と診断し治療を開始した.輸液とインスリン投与により血糖値,アシドーシスは改善し意識レベルも改善したが,横紋筋融解症による急性腎不全のため第3病日血液透析を施行した.透析施行中,呼吸困難感の増悪,意識障害の増悪があり気管内挿管,呼吸管理を開始した.その後数回の透析で腎機能は正常化し呼吸状態も安定したにもかかわらず意識障害(III-300)は遷延し,頭部CTの所見も入院時と著変なく,髄液検査正常,下垂体ホルモンなど内分泌検査も正常であった.一方,血清リンは入院時4.9mg/dlであったが第3病日0.7mg/dlに低下しており,その後も低値を持続していた.リンの補充により第7病日には意識回復し始め,第8病日には抜管し,後遺症なく糖尿病教育後退院した.

長期経管栄養摂取による銅欠乏性の貧血・白血球減少症

著者: 白田明子

ページ範囲:P.429 - P.429

 以前,私が経験した症例で,貧血と白血球減少が進行し,最終的に銅欠乏症と判明した症例がありました.その症例は,70歳の男性で,多発性脳梗塞に伴う嚥下障害のために経管栄養を施行されていましたが,経管栄養開始後約1年目頃より大球性貧血・白血球減少が進行し入院となりました.入院時,WBC 2,200/μl,Hb 6.6g/dlと低下を認めましたが,血清鉄値,葉酸値,ビタミンB12値は正常で,骨髄穿刺所見では骨髄の低形成,芽球細胞細胞質の空胞化がみられましたが,そのほかに骨髄異形成症候群を疑わせるような形態異常はなく,巨赤芽球性変化もみられず原因は不明でした.その後の検査で,血清銅値が5μg/dl未満,セルロプラスミン値が2mg/dlと著しく減少していることがわかり,硫酸銅の経管投与により貧血・白血球減少は改善を認め,最終的に銅欠乏症に伴う貧血・白血球減少症と診断がつきました.
 銅は多くの食物中に含まれ,通常の経口摂取で不足することのない微量元素と考えられており,日常臨床において遭遇することは稀です.そのため普段は注意を払うことが少ないと思われますが,近年医療の高度化に伴い,経口摂取できない患者に対して経管栄養を長期に施行する症例が増加しており,それに伴い,人工栄養による微量元素の欠乏症を発症する症例も増加しています.高齢者における血球減少の原因となることがあり,銅などの微量元素値にも十分留意する必要があると考えさせられた症例でした.

プライマリ・ケア医の臨床疫学—日常臨床の不確実性と検査結果の解釈

著者: 宮田靖志

ページ範囲:P.439 - P.439

 14歳,女性.学校検診にて貧血を指摘され来院.ヘモグロビン8.3mg/dlの小球性低色素性貧血を認めた.胃腸の自覚症状はなく,成長期の鉄欠乏性貧血と考えられたが,うっかり(?)便潜血反応をオーダーしてしまった.不幸にも結果は陽性.さあ,大腸ファイバーを行うべきか?常識的に考えれば,否.それではその根拠は?―問題を簡素化するために,大腸癌に絞って考えてみよう.無症状14歳の大腸癌の有病率を1/10000(実際にはもっと低率かもしれないが)とする.便潜血の感度,特異度をそれぞれ,85%,95%とすると陽性的中率は0.17%となる.このように,便潜血検査をしても検査後の確率は臨床上意味のあるものとならない.よって,以後の精査は必要とならない―いささか具体例が極端であったが,日常臨床でよく遭遇する例として,50歳,男性の大腸癌検診の場合はどうであろう.有病率を1/1000とすると,検査の陽性的中率は1.7%.つまり,便潜血陽性者約60人に1人に大腸癌を発見できることになる.
 検査後には常に何らかの事後の臨床決断を迫られるのであるが,そのときに,有病率と検査の感度,特異度をもとに検査後の確率を想定しなければならない.そうでなければ,自分の思い込みによる検査結果の評価,診断が独り歩きしてしまうおそれがある.医学の不確実性を認識した臨床医は,不確定の臨床状況のなかで判断を誤らないために,この臨床疫学的な思考のトレーニングが必要である.

救急外来でのV1-2誘導への着眼

著者: 北沢仁

ページ範囲:P.457 - P.457

 当直の夜,未明2時にDr. Call. 胸痛と呼吸困難を訴える33歳の独身男性が,救急車で搬送された.睡眠中に突然発病し,1時間たっても治まらないという.
 救急車内と来院直後の心電図は,洞頻脈(110拍/分)のみで,不整脈やST-T変化はなく,当初自然気胸を疑った.しかし胸部X線で気胸はなく,心拡大と肺うっ血が認められた.また,心エコーでは,左室壁運動低下と僧帽弁のBB' step formationが認められた.血液ガス検査では低酸素血症(PO264mmHg)と高二酸化炭素血症(PCO2 56mmHg)を認め,急性左心不全と診断した.肺うっ血はフロセミド20mg静注のみで翌朝には軽快し,血液ガス検査所見や左室壁運動低下も速やかに改善した.

薬剤によるDexamethasone抑制不良の鑑別法

著者: 牧野晋也

ページ範囲:P.463 - P.463

 薬剤により血中ステロイドの代謝速度が早まり,デキサメサゾン(Dex)抑制試験の結果も修飾を受けることが知られている.それらの薬剤としては,各種の抗痙攣剤やリファンピシンなどがあるが,視床下部-下垂体-副腎系の異常が疑われる症例において上記薬剤の内服が行われているときは,Dex抑制不良が疾患によるものか薬剤の影響であるかの鑑別が必要となることがある.その際に有用なのがヒドロコルチゾン(HC:50mg)負荷試験である.夜中に50mgのHCを内服し,翌朝8時に血中のコルチコステロン(B)を測定する.薬剤によるDex抑制不良であれば,HCにより血中Bは270ng/dl以下に抑制される(Arch Intern Med 134:1068-1071,1974).上記薬剤により,Dexが正常の血中半減期の40%に短縮するのに対し,HCは70〜80%の短縮と比較的影響を受けないことを利用したものである.われわれも,てんかんで抗痙攣剤内服中に全身倦怠感を訴えた72歳男性において,empty sellaと血中ACTHの高値,Dex抑制不良を認めた1例を経験した.HC負荷試験を行ったところBは抑制され,抗痙攣剤により視床下部-下垂体-副腎系が修飾を受けたものであることが判明し,HC負荷試験の有用性が確認された.Dex抑制試験の結果が納得できない場合に,ぜひ試みていただきたい検査である.

単位を実感したとき

著者: 土井たかし

ページ範囲:P.483 - P.483

 研修医時代,指導医からサマリーや紹介状では,検査結果に単位を添えるようよく言われていました.その当時,CaやP,アルカリフォスファターゼ,コリンエステラーゼなど,施設によって単位の違うものも多かったので,紹介先への親切と自分のためと思い,検査結果には単位を添えておりました.その後,国際単位などで統一されたりして,あまり不便を感じなくなり,コンピュータ入力では,単位はひな形の段階ですでに記載してあり,数字を再入力するだけになったためか,特別なものを除いて,単位を書かずに済むようになってきました.そんなわけで,単位を意識することも少なくなってきましたが…….
 アルコール性肝硬変から糖尿病を合併した患者さんが入院されました.HbA1cは8.0,それほど悪くはないですが,高アンモニア血症などもあり,コントロールに苦渋しました.肝不全食1,400kcalで,インスリン治療を経て,なんとか経口薬でうまくいきかけていたその矢先に,胃静脈瘤破裂を起こしたため,そちらの治療に専念.IVH,インスリンにてコントロールし,硬化療法もうまくいき,さて再度糖尿病の評価を,というわけでHbA1cをチェックすると,結果は5.6.一瞬,IVHのときのコントロールがよかったのかなあ,などと思ったものの…….

速やかな結核菌検査の重要性

著者: 稲沢正士

ページ範囲:P.497 - P.497

 一般市民病院において気管支肺疾患患者を診て,最初は胸部の異常はなくてもその後異常影が出て,後に大きな影響を及ぼす結核に時々遭遇する.他の消耗性疾患で入院して,入院後のX線写真で胸部影があり,その後喀痰結核菌検査を行いガフキー何号と認めた例がある.それまで休日を含め1週間も大部屋に収容されていたため,その後同室の患者,かかわった医療従事者の検査,器具の滅菌,それも予防的観点から,かかわった人たちは1年も病院が自前でフォローしなければならないことがあった.
 胸部X線写真が早期の肺癌の発見にはあまり有効に機能しない一方,結核に関してはしばしば大事な情報を与える.結核に対して有効な処置がある以上,われわれは注意してそれを得る必要がある.結核の性質上,排菌がなくても治療が必要な患者も多いが,排菌しているかあるいはそれが否定できるかどうかは,次のステップに非常に大事な情報を与える.結核を少しでも考慮に入れるべき臨床症状をもつ患者や,胸部影のある患者については,受診日の喀痰,翌日の空腹時胃液を含めた早朝喀痰結核菌検査を行うこと,そして,それらの検査の結果がその日のうちにわかるかどうかということが,結核が周囲に広がりうる危険を最小限に抑えられるかどうかの,きわめて大きなポイントとなる.

HCV抗体陽性反応を伴い診断に苦慮した急性A型肝炎の1例

著者: 藤原隆一

ページ範囲:P.509 - P.509

 症例は38歳の女性.上腹部痛,食欲不振,悪心,全身倦怠,微熱を主訴に来院された.診察所見で,眼球結膜に軽度の黄疸を認め,右季肋部に肝を触知した.約2週間前に生ガキを摂取したとのことであり,当初急性A型肝炎を疑い,入院治療のうえで検査を進めた.入院時の検査結果は,総ビリルビン値 2.9mg/dl,GOT値 2,091IU/l,GPT値 2,344IU/l,LDH値 530IU/l,γ-GTP値 130IU/l,HBs抗原陰性,HBs抗体陰性,IgM型HA抗体陽性,HCV抗体陽性であり,A型急性肝炎とC型急性肝炎の併発が疑われた.過去の職場での健康診断では肝機能障害を指摘されたことはないとのことであった.
 入院後,安静保持と肝庇護剤の投与にて自覚症状は軽快し,総ビリルビン値,GOT値,GPT値,LDH値,γ-GTP値は順調に低下していった.自己免疫性肝炎や原発性胆汁性肝硬変の可能性も考えて,抗核抗体,抗ミトコンドリア抗体,LEテストを行ったがすべて陰性であった.入院3週間後に再度HA抗体とHCV抗体を再検し,さらにHCV-RNA定性を行ったところ,IgM型HA抗体陽性,HCV抗体偽陽性,HCV-RNA定性陰性であった.

C型慢性肝炎のインターフェロン治療効果予測

著者: 野口修

ページ範囲:P.523 - P.523

 42歳の男性が,近くの開業医よりC型慢性肝炎のため紹介されてきた.紹介状によると,数年来診察されており,最近GPTの異常値が高くなったとのことである.詳細な診療経過が示されており,以前,他施設でインターフェロン治療を考慮されたときに行われた検査では,ウイルスのセログループ1型でbDNA 4.0Meq/lと高ウイルス量であることから,インターフェロン難治性と判断されたとのことである.最近,GPTが200IU/lを超えるようになったので紹介されてきたわけである.インターフェロン治療の感受性については近年詳細に検討されていて,確かにセロタイプ1型・高ウイルス量・男性などが難治性の因子であることが明らかとなっている.しかし,このままではみるみる肝病変は進行してしまうので,何かよい方法はないものかと,保険収載はされていないが最近注目されているゲノタイプ1b型(セログループ1型にほぼ等しい)のNS5a領域のアミノ酸変異を調べてみた.すると,何と変異数4個のいわゆる変異型ウイルスであった.これならインターフェロンも可能性が高いことを説明し,導入した.1年後,見事に完全寛解となり,ウイルスも消失し肝機能も正常化している.1b型のHCVにおけるNS5a領域のアミノ酸変異数検査は,ウイルス量と独立したインターフェロン治療の感受性因子(治療予測因子)として重要な検査値である.

中枢神経系感染症の髄液検査の心掛け—急性発症の場合

著者: 原元彦

ページ範囲:P.528 - P.528

 髄膜炎,脳炎が疑われる場合の髄液検査では,①治療開始前に検査に十分な量の髄液を採取すること,②細胞数,蛋白,糖,C1などの髄液一般検査に加えて,細菌,結核菌,真菌の塗抹・培養検査を行うこと,③同時血糖を調べること,が原則である.細菌,結核,真菌による髄膜炎が疑われる場合はその旨を検査室に伝え,できるだけ多くの髄液を細菌検査に回し,病原菌が特定できるよう配慮する.髄液IgGウイルス抗体価などは冷凍保存した髄液からも検査可能な場合が多いので,残った検体は冷凍保存しておく.
 ウイルス性髄膜炎は予後良好な疾患であるが,検査で細菌,結核菌,真菌などの感染が否定されていること,臨床的に意識障害やfocal signが認められないことを確認する必要がある.結核性髄膜炎,クリプトコッカス性髄膜炎は亜急性の発症経過をとるが,初診時の問診でははっきりしない場合もあり,高齢者などは特に注意が必要である.髄液の糖は血糖値の40%以下の場合は明らかに低下しており,異常である.細菌性髄膜炎の場合,抗生物質投与前の髄液検査では,著明な多形核優位の細胞増多と蛋白増加,糖低値を認め,塗抹検査で細菌を認める場合もある.細菌性髄膜炎では敗血症の合併を認めることがあるので,抗生物質の投与前に必ず血液培養を施行する.

顕微鏡を覗いてみよう

著者: 平沢龍登

ページ範囲:P.551 - P.551

 今から8年前,22歳の青年が発熱を訴えて来院.問診では,マラリア感染地域に渡航していたが,クロロキンを予防内服していた.理学所見でも発熱以外に特記すべきことなく,急性上気道炎の疑いで3日間の投薬をした.
 しかし,発熱(発熱周期は一定せず)が持続するとのことで再来.眼瞼結膜がわずかに貧血様で,当初なかった肝・脾腫を認めたため,「もしかしてクロロキン耐性マラリア?」と考えた.血液・生化学検査では,CRP 9.4mg/dl,正球性正色素性貧血,LDH高値,網状赤血球高値を認めていた.

Helicobacter pyloriと私

著者: 小山孝則

ページ範囲:P.561 - P.561

 Helicobacter pylori(H. pylori)は,胃炎や胃潰瘍の主要原因として広く認められている.このH. pylori感染を診断するための検査は,生検材料を用いた培養法をはじめとする胃内視鏡を必要とする検査と,血清抗体価や尿素呼気試験といった内視鏡を必要としない検査に大別される.こうした検査による存在診断が行われたのち,適応を選んで除菌治療がなされる(1999年7月現在,本邦では保険適用外).
 こうした除菌治療において問題になっているのが,抗菌剤の投与によるクラリスロマイシンやメトロニダゾールといった薬剤に対する耐性菌の出現である.そこで,私はH. Pylori臨床分離株の抗菌剤感受性をMIC(寒天平板法)にて評価している.その結果,現時点において当院ではクラリスロマイシン耐性株は認められず,メトロニダゾールに関しても明らかな耐性株は1例のみであり,意外にも耐性株は急増していないようである.しかし,私にとってこの結果は喜んでばかりもいられなかった.というのは,唯一のメトロニダゾール耐性株は,私の胃の中から分離培養されたものであった.

血液透析患者では血中のβ-D-glucanが高値である

著者: 加藤明彦

ページ範囲:P.571 - P.571

 β-D-glucanは,candida,aspergillusおよびcryptococcusなどの真菌細胞壁を構成する主要な多糖類である.血中β-D-glucan値は,測定キットの感度が86%と良好なため,深在性真菌症のスクリーニングとしてしばしば用いられている(20pg/ml以上が陽性,本誌p560を参照).しかし開胸,開腹手術など大量のガーゼを使用した際は,血中濃度が300〜400pg/ml(正常は10pg/ml以下)と一過性に上昇し,偽陽性を呈することがある.
 今回,不明熱の血液透析患者において血中β-D-glucan値を測定したところ,1,000pg/ml以上と異常高値を呈していた.培養では真菌は検出されず,その後,透析膜を再生セルロース膜よりトリアセテート膜に変更したところ,2カ月後には血中濃度は80.8pg/mlまで自然低下した.

優秀な細菌検査技師は病院の宝

著者: 塚田弘樹

ページ範囲:P.585 - P.585

 日頃,呼吸器を中心とした感染症の診療に携わっている関係で,細菌検査室からのデータは,診断から治療の決定のうえで重要な情報として大事にしている.病原微生物の同定から菌のMIC測定,最近の遺伝子診断まで含め,信頼できるデータを返してくれる細菌検査室のスタッフの努力に敬意も表している.その責任者Oさんの臨床微生物学の知識と経験,分離菌のデータ管理の能力は,全国の大学病院どこに比べても遜色ない,私どもの病院の財産とも考えている.
 彼女らの毎日の超過勤務の連続により私どもに還元される検査結果が,有効に活用され,役立っているのかについては,Oさんならずとも危惧するところである.検体だけ提出して,重症肺炎でもグラム染色の確認をしない,抗菌薬がある程度効いているからといって,返されたデータを確認しない,耐性菌への菌交代時でも依然効果のうすい抗菌薬が使用されるなどの事例をたまに見るにつけ,Oさんの溜息が聞こえそうである.

胸部の救急と臨床検査

著者: 稲沢正士

ページ範囲:P.589 - P.589

 救急当直をしていて困るのは,応急的な処置で済まない,本当の意味の救急患者である.世間では救急を1次救急,2次救急,3次救急などというが,誤解の多い言葉である.1次は急な処置を必ずしも必要としない疾患が多く,3次というのは,次の処置が出せるかどうかで予後に大きな差異が生じる真性の急性疾患に対する救急である.最初に患者を診た医師が,最も数の多い疾患だけに固執してしまうということはままある.さらに,急性疾患を疑ったとしても,証明なり否定なりをするにはある程度の検査を行わなければならず,他の職員やコメディカルの協調を必要とするであろう.無言のプレッシャーがあったり,ルーチン化されていない処置や検査を行おうとするときは,現場で大きな決心を要することが多い.
 ある冬の夜に,日中からの飲酒で気分不良を訴えて来院した若い男性患者があった.自覚症状から左胸痛と思われる鈍痛があり,あまりリスクファクターはないものの,大至急心筋梗塞(AMI)を想定した補助検査を行ったが,強くそれを疑わせるような所見を欠いていた.しかし,この検査結果が出るまでに1時間程度を要し,その後,再度行った採血による検査結果からは,明らかに1回目の結果とは値の違うCRP,CPK,GOTなどの所見が現れ,心電図上の変化を認めPTCAをはじめ心筋梗塞に対する適切な処置が行われた.1回目の検査のときにはAMIの超急性期であったと思われる.

抗カルジオリピン抗体の測定

著者: 青木和利

ページ範囲:P.599 - P.599

 抗リン脂質抗体症候群を診断する際には,抗カルジオリピン抗体あるいはループス・アンチコアグラントを測定する必要があるが,現在保険収載されている測定法には,いわゆる抗カルジオリピン抗体である抗CL-β2-GP1キット「ヤマサ」EIAとMESACUPカルジオリピンテストがある.抗カルジオリピン抗体はカルジオリピンを認識するのではなく,β2-GP1を抗原とすると考えられるようになって,抗β2-GP1抗体の測定がまず保険収載され,その後国際ワークショップにおいて標準法とされたHarrisらのELISA法に基づいたMESACUPカルジオリピンテストも保険収載された.
 抗カルジオリピン抗体は,β2-GP1以外のcofactorにも反応すると考えられることから,MESACUPカルジオリピンテストはスクリーニング的に使用できると思われた.しかし,実際に多くの症例を測定してみたところ,MESACUPカルジオリピンテスト陰性で抗β2-GP1抗体陽性症例も少数例存在し,またそのなかには血栓症状をもつ者がみられた.原因としては,MESACUPカルジオリピンテストで使用しているウシ血清中のβ2-GP1の濃度が一定でなく,低いものが存在する可能性や,抗β2-GP1抗体測定においてはヒトβ2-GP1を使用していることから,ウシβ2-GP1には反応しない抗体もつかまえている可能性などが考えられる.

ANCA関連の血管炎は透析導入後も再燃する

著者: 加藤明彦

ページ範囲:P.609 - P.609

 抗好中球細胞質抗体(ANCA)陽性の半月体形成性腎炎は,急速に腎機能が悪化し,20%の患者は末期腎不全に移行する.しかし,透析導入後の疾患活動性について不明な点が多い(本号p.606を参照).
 今回,80歳で発症し,透析導入8カ月後にANCA関連の血管炎を再発した女性例を経験した.患者は発熱,全身倦怠感,腎機能低下で発症し,p-ANCA785IU/ml(正常10未満)および腎生検にて半月体形成性腎炎がみられたことより,ANCA関連腎炎と診断し,ステロイド剤の投与を開始した.治療開始後,p-ANCAは32IU/mlまで低下したが,腎不全は進行し,1ヵ月後に血液透析に導入された.高齢であり糖尿病も合併したため,ステロイド剤は徐々に減量し,透析導入半年後に中止した.しかし,中止2ヵ月後より発熱,咳,血中CRP強陽性ならびに両肺の間質影の増加がみられた.血中p-ANCA値が202IU/mlと上昇していたことよりANCA関連の間質性肺炎と診断し,ステロイド剤およびシクロホスファミドを投与した.治療後p-ANCAは陰性化し,症状は軽快した.

わずか1日で病気が治った!?

著者: 前野哲博

ページ範囲:P.617 - P.617

 患者さんは悪性リンパ腫.3週間前から化学療法を行い,今は白血球が減少してクリーンルームになっている.もう3回目であり,患者さんは,早く外に出てタバコが吸いたい,冷たいスイカが食べたい,と看護婦にこぼしている.
 昨日の白血球数は600/μlだったが,もうそろそろ増えてくる頃だ.前回の治療では肺炎を合併して大変だったので,今度は熱が出ませんように,と祈るような気持ちで毎朝カルテを見る.今日もバイタルは安定しているようだ.このまま何事もなく回復してくれますように….

CEA,CA19-9と糖尿病

著者: 辻靖

ページ範囲:P.645 - P.645

 CEA,CA19-9はともに消化器癌の腫瘍マーカーとしてよく利用されるが,糖尿病でも高値を示すことがある.

髄膜炎の診断は慎重に

著者: 近藤進

ページ範囲:P.677 - P.677

 脳脊髄液検査の適応はいろいろあるが,実際には髄膜炎を疑って行われることが最も多い.髄膜炎では一般に,項部硬直,Kernig徴候などの髄膜刺激症候がみられるが,病初期の場合にはこれらの症候がみられないこともある.したがって,発熱,頭痛,悪心,嘔吐などの症状がみられるときには,髄膜刺激症候がなくても髄膜炎を疑って脳脊髄液検査を行うべきである.また,結核性髄膜炎や真菌性髄膜炎の初期には,典型的な症状が出ないことが多い.発熱しかみられなかったり,時には発熱さえないこともある.大切なことは,まず病気を疑うことである.
 髄膜炎では髄液圧が上昇することが多いが,嘔吐や発熱のために脱水状態のときには上昇しないこともある.髄液の細胞成分は,化膿性髄膜炎では多核球優位,ウイルス性髄膜炎,結核性髄膜炎,真菌性髄膜炎では単核球優位のことが多い.しかし,化膿性髄膜炎では検査前に抗生物質が投与されると単核球優位になることがある.さらに,ウイルス性髄膜炎,結核性髄膜炎,真菌性髄膜炎でも病初期には多核球優位になることがある.髄液糖は血糖値のおよそ1/2〜2/3に相当する.髄膜炎の症状のために食事がとれなかったり,あるいは点滴をしている場合には,血糖値がかなり変動することがあるので,脳脊髄液検査のときに同時に血糖値も測定しておく.髄膜炎の鑑別には,髄液糖値,その他に留意し,臨床症状も含めて慎重に検討する.

約10年間,精神分裂病と診断されていた慢性脳炎

著者: 水谷江太郎

ページ範囲:P.712 - P.712

 以前に精神科より相談を受けた症例であるが,27歳男性で16歳時に幻覚妄想状態で発症し,自傷行為,幻聴,独語を認め,精神分裂病と診断され,約10年間ほとんど入院生活を送っていた.頭部CTで大脳萎縮および左右側脳室周囲の石灰化が認められたことから脳器質疾患の検索が開始され,髄液検査で細胞増多と蛋白上昇を認めた.この髄液細胞増多(細胞数は23〜57/mm3)は1年以上持続した.PCR法を用いた髄液からの単純ヘルペスDNAの検出は陰性であった.髄液ウイルス抗体価はCF法では上昇を認めず,ELISA法では数種類のウイルスについて陽性であったが,起因ウイルスは確定できなかった.
 精神症状や人格の変化で発症する脳炎は稀ではなく,時に分裂病様の症状を呈することも経験するが,発熱,痙攣,意識障害などの症状や病像の進行から脳炎と気づかれることが多い.本例では,臨床像からは精神分裂病との鑑別が長期間にわたって困難であった.このような慢性の脳炎例が存在し,分裂病と診断されていても,場合によっては髄液検査を施行することが必要であることを知らされた.

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出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1189

印刷版ISSN 0025-7699

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