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看護師の貧血で
著者: 高田清式1
所属機関: 1愛媛大学医学部第1内科
ページ範囲:P.209 - P.209
文献購入ページに移動 研修医のとき,直接の主治医ではなかったが貧血で20歳代前半の看護師が入院した.顔が真っ白であり,まさに白魚のような手をしており,Hb(ヘモグロビン)が5g/dlの高度貧血,かつ血清鉄などの値からは鉄欠乏性貧血のパターンであった.外来で鉄剤の内服をしたが,貧血の改善がみられなかったため入院した次第である.入院後鉄剤の静脈注射が行われたが,網赤血球の増加はみられたものの貧血は改善されなかった.その後,白血病の類縁疾患も疑われ,副腎皮質ステロイド剤や免疫抑制剤を投与されたが効果はなく,約半年後Hbが2.8g/dlまで低下した.対症的に幾度か輸血も行われたが,輸血後は悪寒を伴った40℃を超える間欠性の発熱が出現し,その際は白血球の増加も伴っていた.その後Hbは1.3g/dlまで減少した.毎週の総回診のたびに必ず検討会の話題になったが,結論は出なかったし,研修医の自分としても頭をひねるばかりであった.主治医も何度か交代したが,貧血の改善なく,彼女を不憫に思い車いすを押して散歩するのを日課とした主治医もあった.入院後約1年近く経った頃,当時の主治医が患者の偏食傾向に注目し,また最近薬や病院食を捨てる行動に気づいて家族歴や生活環境を再検討したところ,摂食障害とそれに伴う栄養障害の可能性があると最終的に結論づけた.高カロリー輸液を行いつつ経過をみたところ,Hbが3g/dlと貧血が改善しつつあったが,その後再び増悪したため,瀉血を疑い本人の所持品を検査したところ,注射器,翼状針,駆血帯などが発見された.いわゆるfactitious anemia(自己瀉血による貧血)で,後から思えば患者本人が看護師であり採血は得意であることに気づくべきであった.また,輸血後に急激な貧血とともに高熱が起こったのは,その使い古された翼状針が不潔なために,瀉血の際に一過性の菌血症を起こしたことが原因であった.その後,カウンセリングを繰り返し瀉血防止に努めたところ,Hbは12g/dl以上に改善し退院した.20年以上経った現在,結婚して子宝にも恵まれ幸せに暮らしているとのことである.当時,このような貧血は文献的にも少なくあまり話題にはなっていない疾患であり,疑うことを知らなかった自分自身にとって貴重な経験をしたと感じた.「女性をみれば妊娠を疑え」とともに「看護師の貧血をみれば瀉血を疑え」という教訓の1例であった.
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