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連載 festina lente
負い目の感じ
著者: 佐藤裕史1
所属機関: 1慶應義塾大学医学部クリニカルリサーチセンター
ページ範囲:P.501 - P.501
文献購入ページに移動私が初めて先生の著書を手にしたのは高校生の頃で,小児科開業の一方で幅広く批評活動をしておられるのに惹かれた.知的視野狭窄への解毒剤であった.そのうち出た『わが生活 わが思想』に人生の総決算のような口吻を感じお手紙を出した.すぐに毛筆の返信をいただいた.「私は医者から敵視されているので抗議の手紙しか貰いません」とあり,医学生からの手紙も記憶にないとのこと―学生までもがこの在野の大知識人を異端視するのかと,日本の集団主義の圧力を感じた.国家試験目前の冬,二条城近くのお宅を訪ねた.80歳を超えて“New England Journal of Medicine”や“Lancet”はもとより“Journal of Immunology”に至る十数種の学術誌を購読しておられたのに圧倒された(蔵書は2万冊を超え,現在熊本学園大蔵).人間はここまでできるのかという感銘と,自分は何をやっているのだろうという自責の念を抱えて帰京した.卒後は内科研修の慌ただしさを縫って時折文通があった.精神科に転じる時は「難しい領域を選んだね」といわれ,英国を留学先にしたのは賢明だと後押しもしてくださった.交通事故の後遺症の長かった奥様を看取られた後,編集者に私を紹介され,ご自分の没後の手続きを葉書で書店に指示された日に亡くなった.
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