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雑誌目次

雑誌文献

medicina49巻6号

2012年06月発行

雑誌目次

今月の主題 新規経口抗凝固薬の光と影

著者: 後藤信哉

ページ範囲:P.947 - P.947

 日本人は新しいもの好きな民族である.明治維新とともに新規の西洋文明を一気に取り入れ,急速に近代化したのも,民族として「新しいものを取り入れることが好き」という特性があったからであろう.第二次世界大戦前後の日本における思想の転換の早さをみても,日本人が「新しいものが好き」との特性を持っていることがよくわかる.「新しい」ものは多くの場合「古い」ものよりもよく見える.新規経口抗凝固薬は「新規」とあるように「ワルファリン」よりも新しい.新規経口抗凝固薬の登場とともに,新しいもの好きの日本の医師たちは明治維新とともに「刀」が捨てられたようにワルファリンを捨てるのであろうか?それとも,見かけは欧化しながらも「武士道精神」を長らく維持したようにワルファリンのよさも認識して使い続けるのであろうか?

 筆者は医療においても思想においても保守的である.若者に読書を勧める時には,最近の芥川賞受賞小説を勧めるよりも,古典文学を勧める.ギリシャ神話,トルストイ,ドストエフスキーに代表されるロシア文学,スタンダール,バルザックに代表される19世紀の古典文学には時代を越えた価値がある.時間という試練を経て現代に残っているものには試練を乗り越えるだけの価値があるのだ.

理解のための20題

ページ範囲:P.1069 - P.1072

経口抗凝固薬が必要な病態とその動向

経口抗凝固薬と必要な病態

著者: 坂田洋一

ページ範囲:P.948 - P.951

ポイント

★新規経口抗凝固薬(抗活性化凝固第X因子,抗トロンビン薬)が,光を浴びて表舞台へ登場した.

★抗血栓薬は効果と副作用(出血)が同じベクトル上にある.

★新規薬剤の効果を予測する検査は未確立であり,効果の特異的中和薬も存在しない(影).

★新規抗凝固薬の投与は,注意深い患者の選択と投与量の設定,および経過観察が望まれる.

体内に人工物を入れたときの抗血栓療法について

著者: 吉田俊伸 ,   高山守正

ページ範囲:P.952 - P.956

ポイント

★体内人工物を用いた抗血栓療法には出血と血栓塞栓症の危険が共存している.

★体内に人工物を入れたときの抗血栓療法を行うには,推奨された方法があり,参考にして実施してほしい.

★抗血栓療法継続例の抜歯小手術の多くは中止不要だが,高危険手技には推奨される中止法と代替法がある.

抗凝固薬と抗血小板薬の薬効と適応の差異

著者: 高野勝弘 ,   尾崎由基男

ページ範囲:P.957 - P.959

ポイント

★血小板は,動脈のようなshear rateの高い場所での止血に重要である.

★したがって,抗血小板薬は動脈の血栓症の予防・再発防止・治療に用いられる.

★一方,静脈血栓塞栓症の予防・再発防止・治療には抗凝固薬が適応となる.

新規経口抗凝固薬とは

新規経口抗凝固薬:ワルファリンとどこが違うのか?

著者: 後藤信哉

ページ範囲:P.960 - P.962

ポイント

★新規経口抗凝固薬は魔法の薬ではない.

★新規経口抗凝固薬使用時には2~3%/年の重篤な出血合併症が標準化されて起こる.

★ワルファリンは個別最適化,新規経口抗凝固薬は患者集団に対する最適化を目指す薬剤である.

新規経口抗トロンビン薬ダビガトランの特徴

著者: 堀正二

ページ範囲:P.964 - P.968

ポイント

★ダビガトランは直接トロンビン阻害薬である.製剤はプロドラッグで,消化管から吸収後に活性体に変換され,速やかに血中濃度が上昇する.

★ダビガトランは約80%が腎臓から排泄されるため,腎機能障害患者,高齢者などでは用量調節が求められる.

★ダビガトランは薬物相互作用は少ないがP糖蛋白と相互作用を有する.

新規経口Xa阻害薬リバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバン

著者: 竹下享典 ,   小嶋哲人

ページ範囲:P.970 - P.975

ポイント

★従来の経口抗凝固薬であるワルファリンは,安全に安定した効果を得るのが困難である.

★経口Xa阻害薬は出血性合併症の抑制と安定した抗凝固作用が期待される.

★経口Xa阻害薬は静脈血栓症,心房細動の大規模臨床試験で良好な成績を収めている.

新規経口抗凝固薬の臨床試験とエビデンス

最初の大規模臨床試験SPORTIF

著者: 是恒之宏

ページ範囲:P.976 - P.979

ポイント

★SPORTIFは新しい経口抗凝固薬で初めての国際共同試験である.経口抗トロンビン薬ダビガトランは2011年3月に発売されたが,それより10年も前に行われた,この領域では試金石ともなるべき試験である.

★ワルファリンを対照とした無作為割付オープン試験で,日本も200例あまりの症例を組み入れた(SPORTIF Ⅲ試験).日本における症例組入は,ほぼ予定通りに進んだ.一方,米国では無作為割付二重盲検試験が行われた(SPORTIF Ⅴ試験).

★主要評価項目ではワルファリンとの非劣性が示された.また大出血,頭蓋内出血も有意差を認めなかった.

★残念ながら,肝機能障害がワルファリンより有意に高く承認には至らなかったが,日本におけるこの領域の国際共同試験参加の大きなきっかけとなった.

RE-LY試験とその解釈

著者: 原田和昌

ページ範囲:P.980 - P.983

ポイント

★経口トロンビン阻害薬のダビガトランは他の薬剤や食品との相互作用が少なく効果をモニターする必要はないが,心房細動の血栓塞栓症予防には1日2回の服用が必要である.

★ダビガトランで脳出血はワルファリンよりも少なく,消化管出血は多かった.血栓塞栓症予防と出血リスクを差し引いたアウトカムは,ダビガトラン150mg群でワルファリン群と比較して有効であった.ダビガトラン群のワルファリンに対する優位性はPT-INRコントロール不良例で大きい.

★高齢者では頭蓋内出血リスクの低下と頭蓋外出血リスクの上昇が相殺される可能性がある.ダビガトランは腎障害のある高齢者には推奨できない.

アピキサバンとARISTOTLE試験,AVERROES試験

著者: 棚橋紀夫

ページ範囲:P.984 - P.987

ポイント

★アピキサバンは直接的,競合的第Xa因子阻害薬で,非弁膜症性心房細動患者の塞栓症予防の有力な選択肢の1つである.

★ARISTOTLE試験では,アピキサバンはワルファリンよりも有意に塞栓症を抑制し,出血性合併症も少ないとする結果であった.

★AVERROES試験では,アピキサバンはアスピリンよりも有効性の面で明らかに優っており,出血性合併症の面でも有意差はなかった.

リバーロキサバンとROCKET AF試験

著者: 長尾毅彦 ,   内山真一郎

ページ範囲:P.989 - P.993

ポイント

★リバーロキサバンは凝固第X因子阻害薬のなかで最も開発が進んでいる新規経口抗凝固薬であり,本年4月に発売された.

★リバーロキサバンの非弁膜症性心房細動症例の塞栓症予防の大規模臨床試験がROCKET AF試験であるが,わが国では日本人を対象に減量したプロトコールを用いたJ-ROCKET AF試験が行われた.

★先に発売されたダビガトランと異なり,1日1回の内服で,日本人専用の投与量が設定されていることに注意が必要である.

エドキサバンとENGAGE-AF試験

著者: 山下武志

ページ範囲:P.994 - P.997

ポイント

★ENGAGE-AF試験は,選択的抗Xa薬エドキサバンの,心房細動を対象とした大規模な国際共同臨床治験である.

★ワルファリンを比較対照とし,厳格な二重盲検,二重ダミー法で行われ,対象患者数は2万人を超える.

★主要評価項目は,エドキサバン投与における脳卒中・全身性塞栓症の発症がワルファリンに劣らないことであり,本試験は現在も進行中である.

新旧経口抗凝固薬の薬理学的特徴に基づいた使用上の注意

ワルファリンとPT-INR

著者: 矢坂正弘

ページ範囲:P.998 - P.1001

ポイント

★ワルファリンの抗凝固作用はさまざまな因子の影響を受け内服用量から予測することができないので,PT-INRによるモニタリングが必須である.

★食事,継続的内服,併用薬,出血性合併症,休薬などに関する教育や指導を必ず行う.

新規経口抗凝固薬の薬効マーカーは考えられるか

著者: 大森司

ページ範囲:P.1002 - P.1006

ポイント

★新規経口抗凝固薬の血中濃度は,現行のPT,APTTよりも標的とする凝固因子活性の測定のほうが相関がよい.

★現段階で新規経口抗凝固薬の薬効を評価しうる測定値や測定時間は明らかでない.

★トラフ時のAPTTを測定することで薬剤の過剰投与を予見できる可能性がある.

APTTと内因系凝固機能

著者: 橋口照人 ,   一瀬白帝

ページ範囲:P.1008 - P.1011

ポイント

★トロンボプラスチンの概念は1800年代に遡る.

★内因系凝固反応を構成する因子は欠損症・異常症の解析により発見されてきた.

★APTTはダビガトラン,エドキサバンの治療域における薬効モニタリングにはならない.

★APTTは出血傾向の診断法の1つであり,血栓傾向を予知するものではない.

腎機能障害,肝機能障害,糖尿病,高血圧,高齢者などの場合

著者: 桑島巌

ページ範囲:P.1012 - P.1016

ポイント

★大規模臨床試験では,服薬管理ができない高齢者や腎障害合併高齢者などは対象から除外されており,実臨床とは異なる世界である.

★新規抗血栓薬の登場は,脳塞栓/全身性塞栓症予防のための選択肢が増えたと解釈すべきである.

★現在ワルファリンで良好にコントロールされ特に不自由を感じていなければ,新規抗凝固薬に変更する必要はない.

新規経口抗凝固薬とワルファリンの類似点と相違点

心房細動と脳卒中予防におけるワルファリンの使用実態

著者: 戸田恵理 ,   後藤信哉

ページ範囲:P.1019 - P.1021

ポイント

★本邦での心房細動患者数は増加傾向にある.

★ワルファリンの脳卒中予防効果は実証されているが,使用するにあたり,世界と本邦では至適INR,血栓症発生率が異なっている可能性を考慮する必要がある.

新規経口抗凝固薬導入における注意点

著者: 瀧澤俊也

ページ範囲:P.1022 - P.1025

ポイント

★新規経口抗凝固薬導入時は,高度腎機能障害,出血リスクなど禁忌項目のチェックが必須である.

★新規抗凝固薬投与中においても,全身状態の把握や定期的な血液検査が必要である.

【新規経口抗凝固薬とワルファリンの選択】

高血圧を合併した心房細動症例

著者: 中神理恵子 ,   島田和幸

ページ範囲:P.1026 - P.1028

ポイント

★高血圧患者では高血圧そのものが心房細動発症のリスクとなる.

★患者背景はさまざまであり血栓塞栓症のリスク層別化が重要である.

★抗凝固療法では厳格な血圧管理が最優先事項である.

腎機能障害を合併した心房細動症例

著者: 森本聡 ,   市原淳弘

ページ範囲:P.1030 - P.1033

ポイント

★腎機能障害例では心房細動の発症率が高い.

★出血性疾患の発生リスクが高いため,抗凝固療法施行時には注意が必要である.

★現行の新規経口抗凝固薬は高度腎機能障害例では投与禁忌であるが,一部の薬剤では中等度の腎機能障害例における有用性および安全性が報告されている.

冠動脈疾患を合併した心房細動症例

著者: 伊苅裕二

ページ範囲:P.1034 - P.1036

ポイント

★冠動脈疾患に対する冠動脈インターベンション(PCI)は有効な治療法であるが,ステント植込み後に抗血小板薬の内服が必要な点は欠点である.

★心房細動を合併するPCI症例には抗血小板薬を用いるべきか,ワルファリンを用いるべきか,明らかなエビデンスはない.

★データが不足した現状においては,PCI後2剤の抗血小板薬が必要な期間には抗血小板薬を使用することが良い方法かもしれない.

★抗血小板薬が必須な期間後において,抗血小板薬を続けるかワルファリンに戻すかという判断を,臨床医は症例ごとに行わなければならない.

肝機能障害を合併した心房細動症例

著者: 加川建弘

ページ範囲:P.1038 - P.1041

ポイント

★肝予備能が保たれた慢性肝炎や脂肪肝を伴う心房細動患者にはワルファリン,新規経口抗凝固薬,どちらも投与可能である.

★肝硬変を合併した心房細動患者に抗凝固薬を投与する場合は出血に対する細心の注意が必要である.

★投与中に血清ALTが正常の3倍以上かつビリルビンが2倍以上になった場合には,直ちに投薬を中止する.

新規経口抗凝固薬の課題

臨床試験の世界と実臨床の世界の差異をどう乗り越えるか?

著者: 後藤信哉

ページ範囲:P.1042 - P.1044

ポイント

★エビデンスとして示されるランダム化比較試験の世界は実臨床の世界とは異なる.

★ランダム化比較試験の環境の特殊性を十分に理解すべきである.

★新規経口抗凝固薬についても,実臨床のデータベースの構築が重要である.

出血に寄与しない凝固因子とその阻害―XI因子とXII因子

著者: 浅田祐士郎

ページ範囲:P.1046 - P.1048

ポイント

★生理的な止血機能における内因系凝固反応の関与は軽微と考えられている.

★XI因子およびXII因子阻害薬は,出血性副作用の少ない新規抗血栓薬として期待される.

服用中に頭蓋内出血を起こしたらどうするか

著者: 佐藤祥一郎 ,   豊田一則

ページ範囲:P.1050 - P.1053

ポイント

★薬剤の中止と輸液などによる尿量の確保が基本である.

★急性期の血圧管理を厳格に行う.

★拮抗薬の開発が望まれるが,現時点ではプロトロンビン複合体製剤などの血液製剤での中和治療を考慮する

服用中に消化管出血を起こしたらどうするか

著者: 上村直実

ページ範囲:P.1054 - P.1057

ポイント

★消化管出血のリスクを加味した患者背景に熟知することが大切である.

★吐血やタール便には内視鏡的な止血術を前提とした上部消化管の緊急内視鏡検査が必要である.

座談会

新規経口抗凝固薬を語る

著者: 後藤信哉 ,   大森司 ,   是恒之宏 ,   寺山靖夫

ページ範囲:P.1058 - P.1068

ワルファリンとは作用機序の異なる新しい経口抗凝固薬が相次いで登場しています.それら新規薬剤は国際的な大規模臨床試験によって,効果が裏づけられているようにみえます.しかし,そうした臨床試験とわが国の臨床現場との間には,無視することのできないギャップが潜んでいるようです.

そこで,新規経口抗凝固薬の特徴を理解し,大規模臨床試験の結果をどう読み,わが国での臨床にどのように使っていくべきか,現状を具体的にお話しいただきました.

REVIEW & PREVIEW

EBMと診療ガイドライン

著者: 中山健夫

ページ範囲:P.1079 - P.1081

最近の動向

 近年,医療の各領域において根拠に基づく医療(evidence-based medicine:EBM)の考え方,さらにEBMを用いた診療ガイドラインの作成・利用が普及しつつある.診療ガイドラインは米国医学研究所の定義によると「特定の臨床状況のもとで,臨床家と患者の意思決定を支援する目的で,系統的に作成された文書」(1990)であり,そして「エビデンスのシステマティックレビューに基づき,患者ケアの最適化を目的とする推奨を含む声明書」(2011)である.診療ガイドラインの作成方法としては,EBMの精緻な方法論を基盤としたGRADE法が注目されている1)

 現在,国内では公益財団法人日本医療機能評価機構の医療情報サービス事業(Minds)が,各領域の根拠に基づく診療ガイドラインや関連情報を提供している.サービス利用は医療者・非医療者問わず無料であり,重要かつ有用な医療情報源として整備されつつある(図1).

連載 手を見て気づく内科疾患・42

ミュルケ線:低アルブミン血症・化学療法で認める

著者: 松村正巳

ページ範囲:P.941 - P.941

患 者:52歳,女性

病 歴:血液疾患のため3カ月前から,シタラビン,塩酸イダルビシンで化学療法中である.

身体所見:両母指以外のすべての爪に2本の帯状の白色線を認める(図1).

感染症フェローのシンガポール見聞録・6

移民国家の結核事情

著者: 馳亮太

ページ範囲:P.943 - P.943

 今回は結核の話です.Tan Tock Seng Hospitalのメインの建物から少し離れた場所に,歴史建造物のようなおしゃれな建物があります.この建物は,tuberculosis control unitと呼ばれる,結核患者の診療と接触者検診を行う専門の部署です.事前に依頼して,結核診療歴20年以上の大ベテランWang教授の外来を見学させてもらいました.

 シンガポールの結核罹患率は,10万人あたり約40人で,日本の罹患率の約2倍です.清潔な国のイメージがあるだけに,意外に結核患者が多いことに驚きましたが,人口密度が高いことや移民による持ちこみ症例が多数存在することがその理由のようです.

目でみるトレーニング

著者: 村本弘昭 ,   佐伯恭昌 ,   小塚輝彦 ,   粟井一哉

ページ範囲:P.1073 - P.1078

Festina lente

初々しさ

著者: 佐藤裕史

ページ範囲:P.1083 - P.1083

 この数年,縁あって年に一度ほど中国を訪ねている.北京大学医学部の学生にも講義した.接した若手医師や医学生はもとより,北京,上海,天津や香港のホテルの受付の若者なども皆,その初々しさとひたむきさが強く印象に残る.勉強中の英語や日本語を少しでも練習しようと,恥じらいながらも懸命に話し案内してくれる様子は健気でならない(彼らの名誉のためにいえば,少なからぬ学生や若手研究者はわれわれが恥じ入るほど流暢で正確な英語で堂々と論じる).韓国や台湾,インドネシアやタイの若手医師に会う折にもこうした初々しさ,まっすぐな混じりけのない姿勢を常々感じる.無論これとは対照的な日本の若手の引っ込み思案,受身で白けたような無反応ぶりが念頭に去来するわけだが,こうした傾向は私の学生時代にもすでに散々批判されていたから,今に始まったような顔で現在の学生を非難する資格は私にはない.初々しさやその欠如は,数十年以上の中長期的単位で考えるべき問題なのだろう.

 天津と北京への出張から帰った夜,たまたま衛星放送をつけたら溝口健二監督作品『新平家物語』(1955)が放映されていた.昔『雨月物語』『西鶴一代女』の白黒の幽玄な画面に圧倒されたので,「総天然色」によるdigital remasteringの画面には少々違和感があったけれども,つい引きこまれて最後まで見てしまったのは,若い市川雷蔵や久我美子の迸るような真摯さと,戦争の間ずっとこらえてきたものが吹っ切れて溝口監督の下で思い切り演技ができる幸福感からか,進藤英太郎らヴェテラン勢のやはりはちきれるような勢いの故である.敗戦後十年余りの日本映画は,溝口,小津安二郎,衣笠貞之助,黒澤明,成瀬巳喜男ら綺羅星の如き名監督達によって一気に世界の耳目を集めて,映画史上特別な一時期であったという.それにしても,1950年代の日本の若者には,今私が日本以外のアジアの若手に感じるようなひたむきな初々しい情熱が横溢していたように思えてならない.私の学生時代,朝の講義の出席の悪さに業を煮やして「自分の学生時代は講堂の最前列の席を早朝から我先に奪い合ったものだ」と慨嘆した教授があったのを覚えている.その教授の学生時代はまさに1950年頃だった勘定になるから,平仄は合う.

皮膚科×アレルギー膠原病科合同カンファレンス・3

発熱と多関節炎の高齢女性

著者: 岡田正人 ,   衛藤光

ページ範囲:P.1084 - P.1087

後期研修医(アレルギー膠原病科) 今回は,自己免疫性肝炎の既往のある79歳の女性で,発熱と関節痛を訴えて来院しました.入院2日前から両側下肢の浮腫,両側性多関節の疼痛と腫脹[遠位指節間(DIP)関節,近位指節間(PIP)関節,手関節,肘関節,肩関節,膝関節,足関節]が出現.入院前日には37℃台の発熱があり,救急外来を受診したものの経過観察となっていましたが,入院当日に発熱,関節痛が悪化し,深夜に再度受診し入院となりました.先行する感冒症状や下痢,小児との接触はありません.

アレルギー膠原病科医 高齢女性の広範な多関節炎と発熱というのはあまりない所見ですね.何か病歴で手がかりになるものはないでしょうか.

研修おたく 指導医になる・5

ベッドサイド ティーチング(1)

著者: 白井敬祐

ページ範囲:P.1089 - P.1089

 日本ではまだ一般的ではないようですが,米国のICUなどでは“withdrawal of artificial life support(延命治療を止めること)”は,比較的よく見られる光景です.ただ「いとも簡単に呼吸器が止められ,葛藤や困難は見られない」というのは,言い過ぎのような気がします.当然,米国でも葛藤や,それに伴うドラマが見られることも少なからずあります.「よく見られる光景」であるがゆえに,医師もスタッフも経験が豊富で,それに伴う準備ができているのは確かです.そういった経験がない学生や研修医を,ベッドサイドでどのように教育し,共感,共有してもらうかについて,ICU回診の一風景を紹介したいと思います.

 先日,肺癌と診断されたときには,すでに全身状態が悪い患者が入院してきました.全身転移で酸素が離せず,低ナトリウム,低栄養,腎機能,肝機能障害も進み,まさに抗がん剤治療もままならないであろう状態でした.入院して数日で呼吸不全に陥り,本人に確認のうえで挿管がされ,ICUに転送されました.「なぜこんな患者に挿管するんだ」と思われる方もいると思います.患者の病室の前で担当レジデントの患者背景,入院経過のプレゼンが終わった後からが,ICU指導医の真骨頂です.「なぜ,挿管がされたのか」「挿管するべきではなかったのか」がティーチングの出発点です.学生,レジデントが意見を述べていきます.“I think he was not ready(彼は準備がまだできていなかったと思う)”とその患者を担当する学生の一言に,指導医が反応しました.「同じステージⅣ,転移性癌の患者でも,さまざまな治療をすでに受けた患者(heavily treated patient),全く治療を受けていない患者(treatment naive patient)では,患者あるいは家族の心の準備が,全く違うよね.他にはどんなことが考えられる?」と彼女はさらに発言を促します.どういう説明を受けたか,患者の年齢,親類あるいは友人に癌で亡くなった人がいるかなど,さまざまな意見がでます.「癌の種類はどう?」聞かれて皆きょとんとしています.「リンパ腫などの血液癌や,肺の小細胞癌など,抗がん剤が劇的に効くことがある癌では,挿管していても抗がん剤治療をすることもあるわよね?」と僕に話を振ってきます.「状況をよく説明したうえで」とことわりながら,簡単に非小細胞肺癌と小細胞癌の抗がん剤の奏効率の違いを説明すると,非小細胞肺癌に抗がん剤があまり効かないことに学生,研修医はびっくりした様子でした.

こんなときどうする?内科医のためのリハビリテーションセミナー・3

廃用(1)入院の場合

著者: 坂田佳子 ,   上月正博

ページ範囲:P.1090 - P.1093

症例

〔85歳,女性〕

既往歴:脳梗塞(70歳),高血圧

現病歴:脳梗塞後遺症として軽度の左片麻痺があったが,T字杖歩行は可能であり,日常生活活動(ADL)も入浴以外は自立していた.

 200X年6月下旬に感冒症状が出現した.市販薬を服用して様子をみていたが,症状が改善しないために内科外来を受診した.肺炎と診断され入院となり,抗菌薬投与による治療が開始されたが,徐々に呼吸苦が増強し酸素飽和度の低下も出現した.胸部X線上で心拡大と胸水貯留を認め,うっ血性心不全の併発と診断された.その後,3週間ほどで肺炎および心不全は軽快したが,この間ほとんどベッド上安静を強いられていたため,立ち上がることもできなくなり,リハビリテーション(リハ)科に紹介された.

医事法の扉 内科編・18

応招義務(2)

著者: 福永篤志 ,   松川英彦 ,   稲葉一人

ページ範囲:P.1094 - P.1095

 今回も,前回に引き続き応招義務について検討します.医師法19条1項の条文内容に沿ってみていきましょう.

 まず,「診療に従事する医師」とは,具体的にどのような医師なのでしょうか.

書評

―岩田健太郎・土井朝子 監訳―トラベル・アンド・トロピカル・メディシン・マニュアル

著者: 大曲貴夫

ページ範囲:P.1017 - P.1017

 海外に向かう人々は年々増えている.海外への旅行は楽しみなものである.初めての土地での新たなる体験を想像するだけで心が躍ってくる.しかし,不安もなくはない.それはいわゆる時差ぼけに始まり,高所であれば高山病であり,熱帯に行くとなれば熱帯病も気になる.旅行に行くからには健康の問題に煩わされることなく楽しく過ごしたいものである.海外に向かう人々の質も以前とは異なってきている.まず高齢者の海外渡航が増えている.高齢者であるということは,基礎疾患をもっている可能性が高い.そのような方々が海外に行くわけである.近年は医療も高度化し,免疫抑制薬や生物製剤を用いられる影響で,免疫不全を抱えた患者が増えている.このような患者のすべてが海外旅行を忌避するわけではない.実際には免疫不全を抱える患者も多く海外に渡航している.よって,単に海外渡航者が増えているばかりでなく,そのなかには感染などの健康リスクの高い患者も一定数含まれている.

 これらの患者の健康管理にあたるのは誰か.すでに健康の問題を抱える患者にとって,最も相談しやすい相手は,遠くの施設にいる旅行医学を専門とする医師ではなく,かかりつけの医師であろう.つまり普段から患者の高血圧や,糖尿病や,リウマチといった疾患を診ている医師こそがこのリスク管理を依頼される可能性があるわけだ.「専門外」といって避けては通れない時代になってきている.

―村川裕二 著―循環器治療薬ファイル―薬物治療のセンスを身につける 第2版

著者: 佐々木達哉

ページ範囲:P.1029 - P.1029

 世に氾濫するマニュアル本,ガイド本がいかに味気ないかということ,実際に患者を目の前にしたときにはそれほど役に立たないことなど,臨床の前線にいる医師はうすうす感じてはいるが,それをけして声に出せないような雰囲気が現在の本邦の医療界にある.しかし,本音で語られた言葉を聞くのがいかに心地よいものか,この書物は明確に示してくれる.

 マニュアルやガイドラインはある一定の水準を維持するには有用であるが,それらの記述に魅力を感じないのは何故であろうか? そもそも人を魅了するものは何か? 例えば精緻なシンメトリックな造形は一見すれば美しく見えるが,魅了されるものではない.それは,あまりにも「個」を排した姿勢に見る側が感情移入をできないためであろう.意図しない非対称のなかに美を見出すのは,古来日本の美意識ではなかったであろうか.それが個性というものであろう.元来,個性が発揮されるのは一人の人間の内なる経験が一つの完結した形に結晶することが前提なので,一つの作品が個性をもち,人を魅了するには合作であってはならないのである.そうでなければその造形は見る人を魅了できまい.シンメトリックな美は模倣され大量生産されるが,個性は模倣できないものである.

information

日本睡眠学会第37回定期学術集会開催のお知らせ

ページ範囲:P.979 - P.979

日時●2012年6月28日(木)~30日(土)

会場●パシフィコ横浜会議センター(横浜市西区)

NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC)主催第8回「医師のための母乳育児支援セミナーin名古屋」のご案内

ページ範囲:P.1016 - P.1016

日時●2012年10月7日(日)・8日(月・祝日)

場所●名古屋国際会議場(名古屋市熱田区)

第9回日本うつ病学会総会開催のお知らせ

ページ範囲:P.1025 - P.1025

日時●2012年7月27日(金)~28日(土)

会場●京王プラザホテル(東京都新宿区)

がん医療マネジメント研究会第10回シンポジウム

ページ範囲:P.1100 - P.1100

がん対策推進基本計画は,2007年の開始から5年が経過し,次期変更案へ移行する時期を迎えました.わが国のがん対策の節目でもあり,当研究会の10周年となる今回のシンポジウムでは,わが国のがん医療のこれまでの10年を振り返りつつ,次期がん対策推進基本計画も踏まえた,今後の新たなる展望をテーマに各職種と行政の立場からお話をいただく予定です.

日時●2012年6月16日(土)13:30~18:00

場所●品川インターシティホール
〠108-6105 東京都港区港南2-15-4

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バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.1102 - P.1103

購読申し込み書

ページ範囲:P.1104 - P.1104

次号予告

ページ範囲:P.1105 - P.1105

編集室より

著者:

ページ範囲:P.1106 - P.1106

●このたび,弊誌を担当することとなりました.どうぞよろしくお願いいたします.●本号は新規経口抗凝固薬を特集いたしました.これまで,抗凝固薬はワルファリンが中心でしたが,ここにきてワルファリンとは作用機序が異なる新たな抗凝固薬が相次いで開発されました.これまでの長年の経験の蓄積もあり,先生方にはワルファリンが一番信頼のおける使いやすい抗凝固薬かと思います.しかし,ワルファリンにも欠点があります.新規経口抗凝固薬には,そうしたワルファリンの欠点を解消する面があるとのことです.けれども,ワルファリンが有効な薬であることは間違いなく,新規経口抗凝固薬にも弱点があります.本号ではワルファリンと新規経口抗凝固薬のメリット・デメリットについてご解説いただいております.ワルファリンと新規経口抗凝固薬の使い分けの指標となることができれば幸いでございます.

基本情報

medicina

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1189

印刷版ISSN 0025-7699

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