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報告記
第1回中性子捕捉療法国際シンポジウム
著者: 畠中坦1
所属機関: 1帝京大学脳神経外科
ページ範囲:P.442 - P.443
文献購入ページに移動 去る10月12,13,14日の3日間,ボストン(正しくはケンブリッジ市)のマサチューセッツ工科大学で,第1回の原子炉治療の国際学会が開かれた.
フィラデルフィアのSwarthmoreカレッジの物理学者Locherが,1936年に中性子の医学利用の総説を米国レントゲン学会雑誌に書いたのは,英国のケンブリッジ大学のChadwickが中性子を発見した4年後のことであった.「重い元素に中性子をあてればγ線が出るが,軽い元素に中性子をあてるとα粒子が飛び出し,これを利用して癌の治療に利用できるだろう.ただし,この治療が可能になるのには長年月と多くの労力が必要だろう」と予言している.彼の言葉のようにこの治療は恐ろしく長い年月を要してやっと実現したのである.
フィラデルフィアのSwarthmoreカレッジの物理学者Locherが,1936年に中性子の医学利用の総説を米国レントゲン学会雑誌に書いたのは,英国のケンブリッジ大学のChadwickが中性子を発見した4年後のことであった.「重い元素に中性子をあてればγ線が出るが,軽い元素に中性子をあてるとα粒子が飛び出し,これを利用して癌の治療に利用できるだろう.ただし,この治療が可能になるのには長年月と多くの労力が必要だろう」と予言している.彼の言葉のようにこの治療は恐ろしく長い年月を要してやっと実現したのである.
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