杉田玄白先生は1733年若狭国(現在の福井県)小浜藩医杉田甫山の子として生れ,21歳で小浜藩医となった.若い頃,家業のオランダ外科を学んだが,その頃の外科は膏薬療法を主とする程度の低いものでありたらしい.玄白先生は常々これに不満をもち,"それ医なるものは人を医す.人を医するものは,人を知らざれば能はず"という信念のもとに解屍を実見し,西洋医書の記述が真理を伝えているとの確信をいだき,同志とともに「ターヘル・アナトミア」の翻訳を決意したのであった.1774年「解体新書」が刊行されたが,当時の事情は「狂医之言」(1775年),「和蘭医事問答」(1795年),「形影夜話」(1802年),「蘭学事始」(1815年)などの玄白先生の著書や書簡集にくわしい.
「解体新書」が上梓されると,蛮夷の医書を信ずるのは医家の賊であるという漢方医の嗷々たる非難の声がおこった.しかし,玄白先生は外科医であったから,"解体は瘍科(現在の外科)の要にして知らざるべからず"との信念に立ち,"身体内外のこと分明を得,今日治療の上の大益あるべし"と説いてその非難をかわした.「解体新書」を翻訳したときの苦心を回顧した「蘭学事始」に,"一滴の油これを広き池水の内に点ずれば散って満池に及ぶとや"という一節がある.「解体新書」が世に出ると,当時の医師達は大いに刺激され,それまで日本の医学の主流を占めていた漢方医学が力を失ない,西洋医学がとり入れられる気運がつくられたのであった.
雑誌目次
Neurological Surgery 脳神経外科14巻9号
1986年08月発行
雑誌目次
扉
杉田玄白先生
著者: 林実
ページ範囲:P.1057 - P.1057
総説
モヤモヤ病に対する外科的治療
著者: 石井鐐二
ページ範囲:P.1059 - P.1068
I.はじめに
モヤモヤ病(ウィリス動脈輪閉塞症)は,疫学,循環生理,臨床など種々の角度から検討されてきたが,脳底部あるいはその他の部の異常血管網(モヤモヤ血管)は側副血行路であり,両側内頸動脈末端部を中心とした進行性の狭窄こそが病変の発端であり,本質であるとする考え与が一般的である,しかし,その原因の究明は未解決のままであり,したがって本症に対する根治的な治療はなく,脳虚血発作,頭蓋内出血,けいれん発作などに対する対症的な治療法にたよらざるを得ない状態にあった.最近になり,脳虚血症状に対する血流増加と側副血行路であるモヤモヤ血管よりの出血防止を目的として種種の外科的治療が多くの施設で試みられ,その有効性についての報告が散見されるようになった.1981年,第10回脳卒中の外科研究会(会長:故川淵純一教授)では「モヤモヤ病の病態とその対策」を主題として60題にものぼる演題が出され,本症の治療への関心の高さが示された.また,3年後の1984年には第12回日本小児神経外科学研究会(会長:高久晃教授)において「小児moyamoya病の外科治療」と題するシンポジウムが行われ,白熱した議論がたたかわされた.モヤモヤ病に対する外科的治療の歴史はまだ10年余りと浅く,その手術療法も術者によりさまざまである.また,できるだけ広範囲に血行再建を図ることを目的に手術の術式をいくつか組み合わせているのが実情で,一部では混乱もあるように思われる.
研究
基底核部脳出血重症例の手術適応と限界
著者: 川村伸悟 , 大田英則 , 鈴木明文 , 安井信之 , 上山博康
ページ範囲:P.1071 - P.1076
I.はじめに
基底核部脳出血(hypertensive intracerebral hemor—rhage in the basal ganglia:HIH)例の手術適応にはいまだに統一した見解をみず,特に半昏睡以上の重症例における手術適応は最も.議論のあるところである2-4,6,7,9,11).これら重症例では血腫が内包に進展する場合が多く,ときに視床・大脳脚,さらには中脳など脳幹にまで進展する場合もある.したがって,血腫除去を行い救命しえても高度の運動障害などを後遺する例が多く,不可逆的脳幹損傷を有する例では遷延性意識障害に移行する場合もある.
われわれは,これまで脳内血腫がもたらす病態を考察し,HIH重症例の手術適応・手術時期などを積極的な立場で検討してきた4,9,10).しかし,上記のようにこれら重症例では,機能の面で必ずしも満足のゆく転帰が得られないことも少なくなかった.そこで,本稿では,機能予後を重視する観点からHIH重症例の手術適応と限界につき検討を加え報告する.
破裂脳動脈瘤患者における局所脳血流—動脈瘤の部位と局所脳血流との関連について
著者: 山上岩男 , 礒部勝見 , 小野純一 , 須田純夫 , 岡陽一 , 丹野裕和 , 山浦晶 , 砂田荘一
ページ範囲:P.1079 - P.1084
I.はじめに
脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血(SAH)に続発する脳血管攣縮は患者の予後を左右する重要な因子であり,その病態に関して現在まで多くの報告がある.SAH患者における脳血管撮影と133Xe動注および吸入法などによる局所脳血流(rCBF)測定を用いた検討により,多くの報告は脳血管攣縮と脳血流減少との相関を指摘し,強度の脳血管攣縮により脳血流が減少し,さらには脳虚血による神経症状の悪化をきたすと述べている12,17,18).一方,破裂脳動脈瘤の部位と脳血管写上の脳血管攣縮の分布との間にも相関がみられ,脳血管攣縮は破裂脳動脈瘤の近傍に最も強く出現すると報告している11,14).今回われわれは破裂脳動脈瘤患者57例において133Xe吸入法によるrCBF測定を施行し,破裂脳動脈瘤の部位とrCBFとの相関について検討したので報告する.
Trigonocephalyの乳児期早期根治・手術—前頭縫合早期癒合症の病態分析からみた手術理論と術式の考案
著者: 大井静雄 , 松本悟
ページ範囲:P.1087 - P.1092
I.緒言
頭蓋骨縫合早期癒合症の治療は,古くから可能な限りの早期外科的治療が良好な結果をもたらすといわれてきた.しかし,それと同時に手術術式そのものがその治療効果を左右するものとして各病態に応じて検討されてきた.近年,特にcoronal sutureからfronto-sphenoiclalそしてfrontoethmoidal sutureへとcranial vaultの縫合が頭蓋底の縫合に連続性をもち,前頭骨の発育不令をきたすcoronal sutureやmetopic sutureの早期癒合症においては,これらの前頭骨底の縫合の癒合症が存在し,cranial vauitのみならず前頭蓋底,眼窩,さらには顔面の変形,形成不金が生ずるという考え方が支配的となってきた.それに伴い,これらの縫合の早期癒合症に対する従来のstrip craniectomyの手術成績が反省され,近年欧米において,より根治的な手術術式が考案されてきた,しかしながら,本邦においてはこれらが広く普及しているとは言い難く,trigonocephalyにおける手術理論を前頭蓋窩の発育状態の分析から検討するとともに,その術式の選択につき,われわれが乳児期早期の根治術として行ってきたlateral canthal advancement・radical frontal remodelingの術式を示しつつ検討した.
症例
Precocious pubertyをきたしたHypothalamic hamartomaの手術経験
著者: 久間祥多 , 桑原武夫 , 千葉康洋 , 山口和郎 , 関戸謙一 , 柳下三郎
ページ範囲:P.1095 - P.1103
I.はじめに
hypothalamic hamartomaはprecocious pubertyの原因のなかでは稀なものであるが,しかし高率にpre—cocious pubertyを合併することで従来より注目されている.最近は詳細な内分泌学的検索のもとに,その内分泌異常の成因について,いくつかの興味ある報告がなされている.
一方,外科的治療については,部位的に摘出困難な場所であること,また多くは脳実質と連続しているため全摘された例はなく,ほとんどが試験切除程度にとどまっている.しかし近年,手術後にprecocious pubertyが改善したり,治療困難なけいれん発作が軽快するような報告が散見され,手術に対する関心が高まりつつある.
脳室内出血を呈した成人モヤモヤ病の2例—血管造影からみた出血部血管構築の検討
著者: 宇都宮英綱 , 林隆士 , 正島和人 , 佐藤能啓 , 前原史明 , 奥寺利男
ページ範囲:P.1105 - P.1110
I.はじめに
モヤモヤ病はいまだその本体が明らかにされていない疾患の1つである.最近では本疾患を原因不明の両側内頸動脈終末部の狭窄あるいは閉塞を一次病変とし二次的に生じてくる側副血行路群を特徴とする1つの疾患単位として取り扱う考え方が主流を占めている7,12).
症状発現機序に関しては,一次病変である閉塞性病変から起こる虚血症状14)のと二次病変である側副血行路群すなわちモヤモヤ血管の脆弱性に起因する破綻出血1,5,8,11,16)に分けて考えられている.さらにCT scanの普及によってモヤモヤ病の出血の形態は,脳室近傍から脳室内へ穿破するものが多いことが明らかになってきた1,9,10,14).
MRI(磁気共鳴画像診断)およびBlink reflexの経時的検索が行われた延髄外側部梗塞の1例
著者: 河村弘庸 , 天野恵市 , 谷川達也 , 川畠弘子 , 久保長生 , 喜多村孝一 , 小野由子
ページ範囲:P.1113 - P.1119
I.はじめに
三叉神経脊髄路が下行する延髄外側部の障害では三叉神経第1枝の電気刺激により誘発されるblink reflex(以下BRと略す)のlate reflex(R2)が消失あるいは潜時延長を呈することが報告されている5-10,12,13).一般に,この部位の障害ではしばしばWallenberg症候群に代表される特異な神経症状を呈することから,障害部位の神経学的診断は容易である.しかしながら,延髄外側部梗塞(lateral medullary infarcion,以下LMIと略す)の的確な形態学的検索は従来のX線CTによる画像診断法を用いても困難な場合が少なくない.したがって,病巣の局在,形態学的変化とBRの変化との比較検討は病理解剖が行われない限り不可能であった.
今回,著者らはMRI(磁気共鳴画像診断)によりはじめてLMIの経時的変化を把握した得た症例を経験し,MRIの経時的変化とBRの推移とを検討したので報告する.
胸腰椎移行部の黄色靱帯骨化症の1例—そのMagnetic resonance imagingとともに
著者: 八塚如 , 北島具秀 , 田口芳雄 , 坂井春男 , 中村紀夫
ページ範囲:P.1121 - P.1125
I.はじめに
脊椎管狭窄により神経症状を呈する症例は,近年脳神経外科でも経験する機会が増えた.今回われわれは胸腰椎移行部の黄色靱帯骨化症(以後OYL)を経験したので,画像診断の重要性をMRIの有用性とともに示し,診断と治療について文献的に考察する.
鎖骨下動脈狭窄症に対する経皮的血管拡張術
著者: 窪倉孝道 , 磯野理 , 西村敏彦 , 坪根亨治 , 小山誠剛
ページ範囲:P.1127 - P.1132
I.はじめに
1964年DotterとJudkins8)によって導入されたper—culaneous translumianl angioplasty(以下PTAと略す)の技術は,1974年Grüntzig14)のdilatation ballooncatheterの考案により種々の末梢動脈に応用され飛躍的な発展をとげてきたが.brachiocephalic arteriesに対する応用はいまだ日も浅く症例数も少ない現状にある.
われわれはsubclavian steal症候群を呈した左鎖骨下動脈狭窄症患者に対してPTAを施行し,短いfollow—up期間ではあるが良好な結果を得たので,文献的考察を加えて報告する.
放射線照射後に消失した特発性頸動脈海綿静脈洞瘻の1例
著者: 伊東民雄 , 末松克美 , 中村順一 , 堀田隆史 , 鎌田一 , 下道正幸
ページ範囲:P.1135 - P.1139
I.はじめに
特発性頸動脈海綿静脈洞瘻(以下,頸動脈海綿静脈洞瘻をCCFと略す)は,海綿静脈洞部内頸動脈瘤の破裂による特殊な例を除けば,ほとんどの症例が内頸および外頸動脈の硬膜枝と海綿静脈洞部の硬膜静脈との短絡により生じた硬膜動静脈奇形である13).特発性CCFは外傷性CCFとは異なり,通常臨床症状は軽微であり,しかも進行性に悪化することは少なく,脳血管写や頸動脈圧迫など何らかの原因で軽快,消失する例のあることや4,6,7,9,11,18)手術が困難なこと18)などの理由から保存的に治療されることが多い.しかし症状が進行性に悪化する症例や重篤な症例に対しては保存的治療のみでは不充分で何らかの処置が必要となるが,今までのところ有効な方法はなく,種々の治療法が試みられている.
著者らは最近,低血圧療法やMatasの手技などの保存的治療を試みたにもかかわらず症状が悪化していったため放射線照射を行ったところCCFが消失した症例を経験したので報告する.
Cerebral arterial ectasiaの4例—その臨床像と治療法について
著者: 花北順哉 , 三宅英則 , 長安慎二 , 鈴木孝典 , 西正吾
ページ範囲:P.1141 - P.1145
I.はじめに
異常に拡張,蛇行した脳血管はさまざまな名称で呼ばれており,たとえばarteriosclerotic aneurysm5),fusi—form aneurysm1,11,13),aneurysmal malformation16),ser—pentine artery15),megadolichoectasia14,17,20),arterialectasia2,19)などの名称が使われている.これらの血管は臨床的には種々の脳神経の圧迫症状を呈したり,第3脳室を圧迫して水頭症をきたして発見されることが多いが,ときにはくも膜下出血をきたすことがあり,また虚血性脳病変を生じることも報告されている.われわれは最近,4例のcerebral arterial ectasia症例を経験したので,その臨床像と脳血管撮影所見を報告し,その治療法について考察を加えた.
瘤内血栓を認めた急性期破裂脳動脈瘤の2手術例
著者: 松崎隆幸 , 武田利兵衛 , 和田啓二 , 福岡誠二 , 島田孝 , 橋本郁郎 , 戸島雅彦 , 佐土根朗 , 中村順一 , 末松克美
ページ範囲:P.1147 - P.1152
I.はじめに
破裂脳動脈瘤に対する治療目標は,早期手術による再出血の防止およびsymptomatic vasospasmの軽減にあるといえる.しかし,急性期CTにて多量のくも膜下出血(SAH)の所見を呈しながら脳血管造影にて破裂動脈瘤が同定されない場合,上記の早期手術の方針決定に際しては困難性が生じてくる.microaneurysmを想定してex—plorationすべきか,脳血管攣縮軽減という根拠に基づいて凝血塊だけでも除去すべきか,controversialな面が多い.攣縮期を経過した後に瘤の造影を認める可能性はあるが,高度の脳血管攣縮による脳虚血を防止できるとは限らない.本報告では,初回脳血管造影で,瘤の同定が不可能で,しかも瘤内血栓を急性期に認めた脳動脈瘤の2手術例について述べ,文献的考察を加える.
Lymphoid adenohypophysitis—CT上自然消失したトルコ鞍部腫瘍の2例を中心にして
著者: 織田祥史 , 上條純成 , 姜裕
ページ範囲:P.1155 - P.1159
I.はじめに
臨床上,反復する頭痛と発熱を主訴として来院し,視野欠損あるいは,下垂体ホルモン低下と,CT scanでトルコ鞍部腫瘍が証明されたが,経過観察中にCT上腫瘍陰影の消失した2女性例を経験し,またIgAの著増を伴う免疫異常とトルコ鞍部腫瘍を合併した例を経験したので,本症例の発生機序についての文献的考察を加えて報告する.
Embryonal carcinomaを伴う多発性奇形腫の1例
著者: 宮町敬吉 , 阿部弘 , 田代邦雄 , 会田敏光
ページ範囲:P.1161 - P.1165
I.はじめに
頭蓋内germ cell tumorは,本邦では欧米に比較すると発生率が高く,そのなかでteratomaの発生率は全脳腫瘍中0.5%であり9),それほど稀なものではない.しかし,multiple teratomaは極めて稀なものであり,その報告も少ない1,6,11).われわれは,鞍上部と透明中隔部に明らかに分離された腫瘍が存在し.鞍上部はma—ture teratoma,透明中隔部はmature teratomaとem—bryonal carcinomaの組織診断を得た症例を経験した.combined germ cell tumorの場合,その起源を原発性とするか,転移性とするかという問題が生じてくるが,われわれの症例について文献的考察とともに報告する.
基本情報

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