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報告記
第28回米国神経放射線学会に出席して
著者: 小林憲夫1
所属機関: 1兵庫県立こども病院脳神経外科
ページ範囲:P.98 - P.99
文献購入ページに移動 第28回米国神経放射線学会は,ロサンゼルスのCen—tury Plaza Hotelで,1990年3月17日から23日までの7日間にわたって開かれた(Fig.1).会場は高級ホテルの大広間を使って,講演会場,学術展示室,業者の展示場とも同一階に集めてあった.朝食,昼食,飲み物は会場内でとれるので便利がよく,時間的なゆとりがある.学会の初め2日間はCategorical Course,後の5日間はAnnual Meetingの二部から成る.会長はWisconsin大学のJoseph F.Sackettで,Anton N.Hasso, Robert A.Zimmermanらが役員として協力していた.この学会の構成員は主としてSenior Member(約1,500名)から成る.その資格は放射線科の専門医であって,特定の認定施設で2年間以上神経放射線の訓練を受けた西側半球の住人である.
参加者は初日から大変多かった.学会の登録料を2週間前までに支払った人は,Advance Registration Listでみると約900名であるが,その後に都合をつけた人も少なくなく,会期中にツアーなどで私が知り合いになった数人は誰もリストに見当たらなかった.日本神経放射線学会も近年大きくなったとはいえ,その3倍ほどの出席者が居るように思われた.日本からの参加者は3名で,日本の施設から採用された演題はパネルに1題のみであった.参加者はほぼ全員が放射線科医であり,日本神経放射線研究会では脳神経外科医が過半数を占めるのとは対照的である.私は何人かに’Are you a neuroradiolog-ist?と質問されたが,neurosurgeonだと答えると,何となく変なムードであった.
参加者は初日から大変多かった.学会の登録料を2週間前までに支払った人は,Advance Registration Listでみると約900名であるが,その後に都合をつけた人も少なくなく,会期中にツアーなどで私が知り合いになった数人は誰もリストに見当たらなかった.日本神経放射線学会も近年大きくなったとはいえ,その3倍ほどの出席者が居るように思われた.日本からの参加者は3名で,日本の施設から採用された演題はパネルに1題のみであった.参加者はほぼ全員が放射線科医であり,日本神経放射線研究会では脳神経外科医が過半数を占めるのとは対照的である.私は何人かに’Are you a neuroradiolog-ist?と質問されたが,neurosurgeonだと答えると,何となく変なムードであった.
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