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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科20巻8号

1992年08月発行

雑誌目次

臨床研究とBasic Scienceの調和

著者: 榊三郎

ページ範囲:P.833 - P.834

 21世紀は神経科学の時代といわれている.私共,脳神経の疾患を対象に研究しているものにとっては,おおいに期待に胸がふくらむ思いがする.従来,神経科学の研究には神経解剖学,神経化学,神経生理学,神経薬理学など,比較的明確な手法が用いられ,その背景に脳脊髄,末梢神経などの臓器そのものを垣間みることができ,臨床家にとって解りやすく,説得力があったように思える.
 ここ,十数年間の分子遺伝学,分子生物学の輝かしい進歩により,神経科学における研究も方法論的にも,また,その方向性も様変わりしてきたように感ずる.神経単位における微量の蛋白質が同定でき,また,遺伝子そのものを単離し,遺伝子DNAの塩基配列を決定するところまでになってきた.それをもとに,異なる細胞集団から成りながら,多岐にわたる脳の機能を解明しようという試みがなされてきている.つまり,比較的具現化した病態ないし病変を解析し,理解した上で,それに合った治療法を導き出すという臨床研究に対して,その病態が起こって来る由来を解明し,分子レベルにおいて隠された本質に迫ろうとするbasic scienceが急速に進歩してきたわけである.来世紀に向けての神経科学の進歩を大いに期待したいところであるが,現在,果たして,この両者がうまく調和しているだろうか.

脳腫瘍の組織診断アトラス

(23)Germ Cell Tumor

著者: 松谷雅生 ,   船田信顕

ページ範囲:P.837 - P.841

I.はじめに
 Germ cell tumor(胚細胞腫瘍,生殖細胞腫瘍)とは,生殖器(睾丸,卵巣)原発の極めて多彩な組織像を呈する腫瘍群の総称である.これらは,生殖器以外にも体軸正中線上に位置する後腹膜,縦隔,脳などにも好発する(extragonadal germ cell tumor).頭蓋内原発germ celltumorの発生頻度は脳腫瘍全体の3.2%と極めて低い.
 頭蓋内germ cell tumorは,胎児の3胚葉成分をもつ腫瘍(奇形腫)や,受精—着床による組織由来の絨毛上皮腫(choriocarcinoma)が脳に発育する奇妙な腫瘍群である1,2).組織発生論として,全ての腫瘍型がprimordialgerm cellより発生するとするgerm cell theory(一元説)が広く支持されているが,イギリス学派(BritishTesticular Tumor Panel, BTTP)は,germinoma以外をteratomaとして一括する二元説を主張している2)

解剖を中心とした脳神経手術手技

頸椎症に対する前方側方合併到達法—Trans-unco-discal approach(TUD法)

著者: 岸廣成 ,   白馬明

ページ範囲:P.843 - P.848

I.はじめに
 頸椎症に対する外科的治療法としては,椎弓切除術に代表される後方進入法と,前方より椎間板を摘出し,椎体の固定を行う前方進入法とがある.手術にあたっては,症状の発現機序を考慮して進入法が決定されるが,症状の発現には多くの因子が複雑に関与しており,その選択に苦慮することもある.頸椎症における症状の発現機序については,椎間板の退行性変化に伴い椎体辺縁に形成された骨棘,肥厚した靱帯,脱出した髄核などによって脊髄,神経根,椎骨動脈などが圧迫される直接の圧迫因子がある.また,胸腰椎と比べて可動性の大きい頸椎の部分では,頸部運動によって圧迫が増強すると言う動的因子も考えられる6,12,14).また脊椎管前後径が通常より短い場合(developmental stenosis)には,軽度の髄核の脱出や辷り症でも脊髄の圧迫がおこるため,脊椎管前後径も頸椎症を発現する大きな因子となっている3,5,16).一方脊髄の血行については,前脊髄動脈から中心動脈を介して頸髄の前2/3を養っており,脱出した髄核や骨棘によって前脊髄動脈や椎間孔部で,神経根の腹側を走行する前根動脈が圧迫されると血行障害がおこると言う虚血に関する因子もある4,10,11,15)

研究

BALT Magic Catheterの使用経験—カテーテルの利点,欠点,及びその適用について

著者: 倉田彰 ,   入倉克巳 ,   宮坂佳男 ,   矢田賢三 ,   菅信一

ページ範囲:P.849 - P.856

I.はじめに
 マイクロカテーテルの開発,進歩により超選択的血管造影,塞栓術が広く行われるようになり,その有効性についても数多くの報告がされてきている.しかし本邦では未だ,ガイドワイヤーを用いたTRACKERカテーテルの報告が主である.われわれは,ガイドワイヤーを用いずに誘導していくBALT magicカテーテルとTRACKERカテーテルの双方をそのカテーテルの持つ特異性を考慮し,使い分けて使用している.
 今回BALT magicカテーテルを用いた脳動静脈奇形の超選択的血管造影,塞栓術,硬膜動静脈奇形,髄膜腫の塞栓術を施行し,その有効性について検討したので報告する.

アンチセンスオリゴマーを用いた悪性グリオーマに対する遺伝子療法の試み

著者: 新田泰三 ,   佐藤潔

ページ範囲:P.857 - P.863

I.はじめに
 哺乳動物より分離された細胞はin vitroで特異な成長因子で増殖,分化することが知られている.さらにこの成長因子がin vivoでも同様にautocrine, paracrineに正常の細胞の増殖を制御しているものと想定される12).一方,癌のような病的状態に於てはこれら成長因子が自律性に産生されることが,癌化の基本的なメカニズムと考えられる3,18).頭蓋内に発生する悪性グリオーマ細胞に於ても,種々の成長因子,癌遺伝子が異常に増幅していることが報告されている23,26)
 これまで,悪性グリオーマに対して種々の治療が試みられてきた.しかし他臓器の癌,肉腫の場合と同様に,本質的治療に至っていないのが現状のようである.この悪性グリオーマの生物学を分子レベルで検討してゆくことが根本的治療を考える上で必須と考えられる.近年,グリオーマ発生に関する細胞生物学に関して成長因子,癌遺伝子に研究が向けられてきた.悪性グリオーマで同定された成長因子は,EGF, IGF, FGF, PDGFが挙げられる.また癌遺伝子にはc-sis, c-erb, gli, N-ras, c-mycが挙げられる26).殆んど全ての成長因子は,形質転換ウイルス遺伝子(transforming viral gene),つまり癌遺伝子,oncogeneと構造上塩基配列が近似している.例えば,今回の実験で用いたc-sisは血小板由来成長因子(PDGF)のB鎖と極めて相同性の高いことが認められている10,25),これらグリオーマ細胞中で,正常グリア細胞と比較して異常に高く発現されている成長因子,oncogeneを逆に治療に用いることが可能であろうか?1つの試みは,癌細胞内で何らかの機序でDNAより異常に転写され合成された癌タンパク(oncoprotein)に対する単クローン抗体を用いる治療方法であるが,すでにタンパクとして細胞に発現された状態では,抗体の標的とはなっても細胞白身の増殖を抑制することは不可能である.次に私達は細胞のタンパク合成の課程で,DNAからmRNAを経てtRNAへの翻訳(translation)の鋳型(template)となるsense RNAと相補的なアンチセンスRNAが細胞内で自然の抑制遺伝子(repressor gene)となることに注目し,合成アンチセンスオリゴヌクレオタイド(オリゴマー)が果たしてグリオーマ細胞の増殖を抑制しうるか否かを検討した13)

Fibrin Glueによる動脈瘤塞栓療法の実験的研究

著者: 須賀俊博 ,   菅原孝行 ,   高橋明 ,   甲州啓二 ,   吉本高志

ページ範囲:P.865 - P.873

I.はじめに
 脳動脈瘤の手術成績は,microsurgeryの導入や,種種の手術機器の発達により,年々向上してきている.しかし,いわゆる巨大動脈瘤や深部の動脈瘤では,到達の困難さや動脈瘤柄部の処置の困難さのために,直達手術成績は,未だ不良であり,より安全かつ根治的な治療法の開発が求められている.
 このような直達手術の困難な動脈瘤の治療法の一つとして,最近では,いわゆる“血管内手術法”の技法を用いて治療しようとする試みがなされ始めている3,6,12)
 液体塞栓物質は,小さな注入口より望む量の物質を注入することが可能で,またどのような形の動脈瘤にも適合して,その柄部を含め閉塞しうるという柔軟性を有している.1984年Debrunらは,犬の頸部に作成した実験的動脈瘤に対して,経動脈的にballoonを挿入し,動脈瘤の開口部において動脈を上一時遮断し,この間に動脈瘤内に液体塞栓物質としてisobuthyl 2—cyanoacrylate(以下IBCAと略)を注人し,動脈瘤の閉塞を企てる試みを報告した2).これは,血管内balloonを利用することにより,親動脈への塞栓物質の流入を防いで親動脈を温存しようとする優れた考えであった.しかし,IBCAには,血管内balloonとの接着性や毒性・発癌性の問題点も指摘されており9,13),塞栓物質としてのIBCAの使用には問題がある.
 われわれは,より適切な液体塞栓物質について検討し,fibrin glueに着目した.fibrin glueは,血液凝固の最終段階であるfibrin生成過程を模倣しているが,生体組織接着作用や創傷治癒作用も有している7,10).われわれは,このfibrin glueを用いて,Debrunらの実験4)に準じ,実験的動脈瘤を用いて,balloonによる血流の一時遮断を併用して動脈瘤閉塞を試みた.使用したfibrin glueは,Behring社製のfibrin adhesive set(Beriplast P®)で,人フィブリノーゲン・アプロチニン・血液凝固第XIII因子を含有するA液とトロンビン・塩化カルシウムを含有するB液を同量混和して硬化させる製剤である.本報では,実験の詳細について報告するとともに,液体塞栓物質を用いた動脈瘤閉塞の今後の展望について考察を加える.

円蓋部開頭—いかにして正確に病変部をlocalizeするか

著者: 池田公 ,   伊藤薫 ,   松澤和人 ,   田中佳 ,   宮崎喜寛 ,   山本勇夫 ,   佐藤修

ページ範囲:P.875 - P.881

I.はじめに
 開頭術を計画する場合,まず病変部への最適なac—cessを考え,これにより開頭部位が決定される.前頭側頭開頭等頻度が高くまた頭蓋底に近い部の開頭は,眼窩上縁,頬骨上縁,外耳口等,landmarkが多く比較的容易に正確な開頭が行いうる.円蓋部から接近する病変は,深部の神経膠腫等の病変を除くと髄膜種,転移性脳腫瘍,皮質下血腫等,脳表もしくは脳表に近い部に存在することが多い.脳血管写で所見が乏しい場合は時に病変の正確なlocalizationが難しく,必要充分な開頭を行うのに困難な場合もみられる.頭頂部付近の病変において開頭してみたところ予想した位置からずれていることは誰しも経験することである.Coronal sliceのCT,MRIを行うと,axial scanでは得られなかった切線方向となる頭頂部付近でのsliceより,頭蓋骨とlesionの関係が明らかとなるが,前後方向の同定はそれでも決定し難く,特に緊急例では,locahzationのための時間的余裕が少ない.今回,円蓋部特に頭頂部の病変に主眼を置き,“いかにして必要充分な正確な開頭を行うか”について検討を加えた.

症例

左海馬の萎縮により言語性の近時記憶障害をきたした悪性グリオーマの1例

著者: 荒舘宏 ,   山嶋哲盛 ,   土田哲 ,   野口善之 ,   久保田紀彦

ページ範囲:P.883 - P.886

I.はじめに
 記憶機能における海馬の役割については,1950年代の後半より臨床ならびに基礎の両面から詳細な研究がなされてきた.その結果,左側の海馬は言語性の近時記憶に,右側の海馬は非言語性の近時記憶に関与することが明らかになってきた.最近われわれは,悪性グリオーマに左海馬の萎縮を合併し,臨床的に言語性の近時記憶障害を呈した稀な症例を経験したので報告する.

直達ネジ固定術を行った新鮮歯突起骨折の1例

著者: 長谷川健 ,   浜田秀剛 ,   宮森正郎 ,   山野清俊

ページ範囲:P.887 - P.891

I.はじめに
 軸椎歯突起骨折のうち,type II(Anderson & D'Alonzo2))はもっとも頻度が高く,また報告されてきた保存的,観血的いずれの治療成績にも大きなばらつきがあり議論が尽きない.近年,前方経由によりネジを用いて歯突起片と軸椎椎体を直接内固定する全く新しい視点からの術式が報告された5,19)
 今回われわれは,この方法を適用した新鮮歯突起骨折type IIの1例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

前交通動脈動脈瘤を合併した一側内頸動脈欠損症の1例

著者: 中井啓文 ,   川田佳克 ,   相沢希 ,   田中達也 ,   米増祐吉

ページ範囲:P.893 - P.898

I.はじめに
 内頸動脈欠損症はこれまでに80例以上が報告されている.内頸動脈欠損症の約1/3の21例に脳動脈瘤が合併したことが知られており1,16,27,36,44),脳動脈瘤の成因を考える上でも極めて興味深い.われわれは破裂前交通動脈動脈瘤で発症し,神経放射線学的検査で完全な一側内頸動脈欠損を証明し得た症例を経験したので報告する.

小脳橋角部に発生したPineoblastomaの1例

著者: 沼本ロバート 知彦 ,   田中順一 ,   蓮村誠 ,   福田隆浩 ,   宮崎芳彰 ,   松本賢芳 ,   赤地光司 ,   神吉利典 ,   橋本卓雄 ,   中村紀夫

ページ範囲:P.899 - P.903

I.はじめに
 われわれは頭蓋内圧亢進症状で発症,小脳橋角部に髄外腫瘍として発生,数カ月以内に再発および髄腔内播種をきたし,短期に死に至った症例を経験した.腫瘍は免疫組織化学的および電顕的にpineoblastomaと、診断した.この極めて稀有な症例を報告し,若干の文献的考察を加える.

腎肝多発性嚢胞症に両側性末梢性前大脳動脈動脈瘤を合併した1例

著者: 黒岩敏彦 ,   田邊治之 ,   高塚広行 ,   坂井伸好 ,   新井基弘 ,   長澤史朗 ,   太田富雄

ページ範囲:P.905 - P.908

I.はじめに
 末梢性前大脳動脈(以下DACA)動脈瘤は,脳動脈瘤の発生原因を考察する場合にしばしば取り上げられる特異な脳動脈瘤である.その報告は多いが,両側性に発生することはきわめて稀12,14,20)である.一方,成人型の腎肝多発性嚢胞症(嚢胞腎III型;Potter III型)と脳動脈瘤の合併頻度が高いことはよく知られた事実2,7,16)である.今回われわれは,嚢胞腎III型に両側性DACA動脈瘤と右中大脳動脈動脈瘤を合併した,現在までに報告のない一列を経験したので,脳動脈瘤の発生原因に関する考察を加えて報告する.

頭蓋底部AV Fistulaの治療経験—von Recklinghausen氏病の1例

著者: 川上勝弘 ,   河本圭司 ,   坂井信幸 ,   松本昊一 ,   宮史卓 ,   河村悌夫 ,   辻裕之

ページ範囲:P.909 - P.914

I.はじめに
 von Recklinghausen氏病は皮膚のcafe au lait spot,末梢神経の神経線維腫を特徴とする常染色体性遣伝疾患であるとされている4).一般に本症に対する臨床分野は多岐にわたるが,脳外科的には種々の頭蓋内および脊柱内の合併腫瘍に対する治療が取り扱われ,その他頭蓋顔面骨や脊椎の変形,形成異常に対して治療もなされている4)
 今回われわれは難治を極めた頭蓋底部の内頸動脈のarteriovenous fistula(AVF)を有した本症の1例を経験し,手術にて全摘出したが,このような症例の報告は過去には見当らず,極めてまれであるため,本症例の臨床経過を提示し,文献的考察を加えて報告する.

CT scan上急速に自然消失した急性硬膜下血腫の2例—消失機序について

著者: 常喜達裕 ,   橋本卓雄 ,   赤地光司 ,   朴正一 ,   鈴木敬 ,   中村紀夫

ページ範囲:P.915 - P.919

I.はじめに
 急性硬膜下血腫の自然経過は多彩であり,神経学的所見や頭部CT scanの所見からだけでは,予後を明確に予測することは困難である.
 今回われわれは,受傷直後に見られたmass effectを有する急性硬膜下血腫が,神経症状の急激な改善と共にCT scan上数時間以内に消失した症例を経験したので,若干の文献的考察を加えその臨床的意義について検討する.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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