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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科21巻4号

1993年04月発行

雑誌目次

鏡面文字

著者: 伊東洋

ページ範囲:P.287 - P.288

 或る夏,北イタリアを旅行した時,フィレンツェの本屋で10号サイズの人体解剖図譜のコピーを見つけ早速数葉を買い求めた.レオナルド=ダ=ヴィンチに依る素描である.それは茶褐色の紙に茶のインクで描いた手稿のコピーであった.比較的,印刷の出来はよかった.ルネッサンス初期から最盛期を代表する芸術家としてミケランジェロやラファエルらと彼を知らない者は今ではいないが,レオナルドは絵画は許より力学,数学,治水工事,軍事技術など14-5世紀の人々が当時想像だに出来ないような研究も残し,驚くべき天才だったことに間違いない.その点,同時代の芸術家の追随を許さない.並外れた天才である.
 帰国してその時,買い求めた手稿を見て驚いた.字が全く逆になって印刷されていたのである.しかし,頭蓋骨,(脳室は今,みるとおかしい)筋骨格系の解剖図は何等違和感がない.その写生は立体的で優れた出来栄えである.cranial vaultを取り去った頭蓋底の斜め傭鰍図などは向かって左に顔面,冶に後頭部を描き従来,誰もが描く一般的な方向であった.一方,人体内臓図では解剖学的には正しい左右内臓主要器官が描かれこれは左右逆ではなかった.手稿文字のみが逆であった.美術を知らない為か或はイタリア語を理解出来ないためか,初めは印刷の間違いか文字の入れ損い或は図と文字の合成のミスなどと考えていたが,とんでもない思い違いをしていた.理由はレオナルドの鏡面文字の故であった.なぜレオナルドが鏡面文字を書いたかは現在でも定説はない(高津著,新潮選書),文字の順当書きには利き腕の左,右が関係するらしい.従って或る研究者は彼が左利きであったため鏡面文字が書かれたと言う.どうもこの説に賛成する人が多いようである.しかし,どの絵を見ても左利きが優位となるようなものは無い.『岩窟の聖母』でも『受胎告知』でも人物の左手が右手を越えて優位に描かれてはいない.最近,友人の元外交官であるY君からイタリア在住時代に買い求めたDe Agostini社の画集を見せてもらった.この画集には沢山のスケッチが収められ,その代表的な絵画が完成するまでに描かれた素描が載せられていた.ウフィッイ美術館所蔵のもの,或は同一のモチーフでのロンドン・ナショナルギャラリーの試作とルーヴルの油彩のもの迄比較できた.それこそ丹念に整理された膨大な画集である.その中に,彼が右か左を意識するような変化があったかどうかを素描で調べたが,こと手に関しては極端に神経質と思われるスケッチの中で左優位性はなかった.従って左利きだからと言って鏡面文字が書きやすかったり左手を強調するものではないと思われた.本文中(勿論,イタリア語で書かれたY君の訳で理解できた)左利きに関しての記載より絵画的な手法に関しての論述で占められ当然のことだが鏡面文字については触れていない.

連載 脳循環代謝・4

脳血流量と酸素代謝(PETの意義づけ)—虚血性脳血管障害を中心に

著者: 大星博明 ,   藤島正敏

ページ範囲:P.290 - P.297

I.はじめに
 臨床例での脳循環代謝の測定は1945年のKetyとSchmidtによるN2O法に始まるが,それは全脳の平均血流であった.その後1960年代後半には133Xeを用いた脳表層部の2次元的な脳局所の血流測定法が開発され,1970年代後半には3次元的局所脳循環測定法としてsingle photon emission computed tomoegraphy/SPECT)が導入された,1980年代に入り,さらにposi—tron enlission tomography(PET)の登場によって脳循環代謝の研究は飛躍的に進歩した.本稿では,PETによって得られる脳血流量と脳酸素消費量の意義について,虚血性脳血管障害を中心に述べてみたい.

研究

破裂脳動脈瘤早期手術後の血管攣縮と6カ月転帰—9年間における発生頻度と転帰の推移

著者: 後藤修 ,   田村晃 ,   仁瓶博史 ,   間中信也 ,   辻田喜比古 ,   岡秀宗 ,   佐野圭司

ページ範囲:P.299 - P.304

I.はじめに
 クモ膜下出血後の脳血管攣縮は破裂脳動脈瘤の治療において予後を左右する重大な病態であり,1980年代前半に日本も参加して行われた国際共同研究では,脳血管攣縮は破裂動脈瘤に対する早期手術における転帰不良の原因の約1/3を占めることが報告されている10,11).この血管攣縮の予防あるいは一旦発生した攣縮に対する治療として様々な試みがなされてきたが,未だに決定的な方法は確立されていない4).しかしながら最近の当院での臨床経験では,重篤な血管攣縮発生が減少し,攣縮が発生しても死亡する例が減って全体として治療成績が向上しているとの印象がある.そこで本研究では,われわれの施設における急性期手術例の血管攣縮を症状とCT所見の面から解析し,攣縮の頻度と転帰が1980年代の前半と後半とでどのように変化してきたかを比較検討した.

小児ウィリス動脈輪閉塞症のMR診断—MRIおよびMRAの有用性と限界

著者: 青樹毅 ,   松沢等 ,   宝金清博 ,   上山博康 ,   阿部弘 ,   宮坂和男 ,   斎藤久寿

ページ範囲:P.305 - P.311

I.はじめに
 近年急速な発展を遂げるMRIは脳血管障害の診断において不可欠な検査法となってきており,殊に高磁場MRIでは脳実質病変のみならず頭蓋内血管の異常をも診断可能で,その有用性が報告されている7,23,18).またMRIの応用であるMR血管造影(MR angiography;MRA)は非侵襲的に血管構造を描出する新しい画像診断法であり,臨床的有用性が認められつつある1-3,14).今回,小児ウィリス動脈輪閉塞症の血管病変の描出能についてこれらMRL, MRA所見と脳血管撮影所見を比轍し,本疾患の診断における有用性と問題点につき検討を行ったので報告する.

脳神経外科領域における四則演算ソフトの臨床応用

著者: 東保肇 ,   唐澤淳 ,   大西英之 ,   山田圭介 ,   香川雅昭 ,   安江博 ,   川端一弘 ,   北村俊也

ページ範囲:P.313 - P.317

I.はじめに
 脳神経外科領域での神経放射線学的診断,脳循環代謝評価は必要不可欠な補助診断となっている.特に,虚血性脳血管障害およびクモ膜下出血後の遅発性脳血管攣縮診断・治療には脳循環代謝評価が重要である.
 われわれは現在までstable xenon(Xes)とcomputedtomography(CT)を用いた三次元的局所脳血流量測定(Xes CT-CBF study)10-13)をルチーンに施行してきたが,加減乗除の四則演算ソフトを導入し脳血流量評価に有用と考えられたのでここに報告する.

外傷性髄液瘻のMR所見と手術適応について

著者: 夫由彦 ,   小宮山雅樹 ,   永田安徳 ,   田村克彦 ,   矢倉久嗣 ,   安井敏裕 ,   馬場満

ページ範囲:P.319 - P.323

I.はじめに
 外傷性髄液瘻の治療において最も重要なことは頭蓋内感染症の予防である.外科的修復の適応とその施行時期については議論のあるところである.受傷後数日以内に髄液瘻を認める場合には自然治癒することが多いために2週間程度は保存的に経過をみ,そして髄液の漏出が続いたり再発性の場合には修復術を考慮するのが一般的である11,13,15,17).しかし外傷後の頭蓋内感染は髄液瘻が自然に停止した例や,経過中に髄液瘻が認められなかった例にも生じており髄液漏の有無のみを指標にして修復術の適応を判断するのは問題がある1,2,4,7-9,12)
 またこれまで術前に瘻孔の部位,大きさを正確に知ることは困難であったため,再手術を要することも少なくなかった.すなわち外傷性髄液瘻の治療の問題点として①修復術の適応に関するものと②閉鎖すべき瘻孔の部位大きさの決定に関するものがあると思われる.しかし,従来の補助診断法である頭蓋単純写,X線断層撮影,CT scan, RI脳槽撮影などでは痩孔の十分な情報を得ることは困難である1,17)

遷延性意識障害患者に対する頸髄硬膜外電気刺激療法の基礎的,臨床的研究

著者: 桑田俊和

ページ範囲:P.325 - P.331

I.はじめに
 近年の医療技術の進歩にともない,脳神経外科領域における治癒率,生存率は著しく向上しているが,一方では生存しえても意識障害が遷延していわゆる植物状態となる症例も増加しており,大きな社会問題となっている.このような遷延性意識障害患者の意識を回復させるために,これまでL-DOPAの投与3,5),髄液腔シャント手術11),自家血衝撃注入療法9),脳深部刺激15)などが試みられている.
 われわれは,1982年に遷延性意識障害患者に対して頸髄硬膜外電気刺激を試み著効を得たことを報告し10),その後も症例を重ねてきた1).これまでの臨床例の結果から本法の有用性について検討するとともに,本法の作用機序についても動物実験により検討を加える.

症例

著明に拡張した両側総頸動脈及び頭蓋外内頸動脈を有した破裂前交通動脈動脈瘤の1例

著者: 中井啓文 ,   川田佳克 ,   苫米地正之 ,   相沢希 ,   大神正一郎 ,   米増祐吉 ,   村岡俊二

ページ範囲:P.333 - P.339

I.はじめに
 われわれはこれまでに報告を見ない,著明に拡張した左右の総頸動脈及び頭蓋外内頸動脈を有した破裂前交通動脈動脈瘤の症例を経験した.本例の診断上の可能性について,手術時採取された外頸動脈分技の病理組織学的所見を参考にして,特にfibromuscular dysplasia(FMD)とEhlers-Danlos syndrome(E-D)のtype IV(arterial, ecchymotic, or Sack-Barabas type)との関連について述べる.

MRI上,聴神経鞘腫との鑑別が困難であった第8脳神経炎の1例

著者: 齊藤晃 ,   半田譲二 ,   北原正章

ページ範囲:P.341 - P.344

I.はじめに
 内耳道内に限局する小さな聴神経鞘腫は従来その診断が困難であったが,MRIとくにgadolinium-DTPA(Gd—DTPA)投与後のそれにより比較的容易に検出できるようになった.しかし,Gd-DTPAで増強効果をうける病変は必ずしも腫瘍ばかりではなく,内耳道内の病変においてもその鑑別が問題となることがある.われわれは,難聴および耳鳴で発症し,MRI上聴神経鞘腫との鑑別が困難であった第8脳神経炎の1例を経験したので,そのMRI所見を中心に報告する.

Down症候群に合併した基底核Endodermal Sinus Tumorの1例

著者: 大下昇 ,   山下勝弘 ,   後藤和生 ,   永田泉 ,   植田浩之 ,   三谷哲美

ページ範囲:P.345 - P.349

I.はじめに
 Down症候群に白血病が合併しやすいことはよく知られているが,他の悪性腫瘍が合併することは稀とされている.1970年のMillerらの統計では,56,199例のDown症候群の患者のうち5例に脳腫瘍,206例に白血病の合併を認めており,白血病と比較すると明らかに脳腫瘍の合併する頻度は少ない6).今回われわれは,Down症候群の患者で右片麻痺にて発症した基底核en—dodermal sinus tumorの1例を経験したので報告する.

内頸動脈に水かき状狭窄(Internal Carotid Artery Web)を認めた線維筋性形成異常症の1例

著者: 熊井潤一郎 ,   西川方夫 ,   小出智朗 ,   児島正裕 ,   伊藤毅 ,   秋山恭彦 ,   岩城和男 ,   森和夫

ページ範囲:P.351 - P.353

I.はじめに
 頸部頸動脈の動脈硬化による狭窄や潰瘍が脳虚血発作の責任病巣となることはよく知られている.一方,線維筋性形成異常症(FMD)は偶然に発見されることが多く,脳虚血発作を伴うものは比較的稀とされている2).また,FMDの典型例では血管の全周にわたる輪状の狭窄が第2頸椎の高さのレベルに好発し,血管撮影上string of beadsの像を示すが,FMDのなかには,粥状硬化症と同様,内頸動脈が総頸動脈より分岐した直後に好発し,動脈壁の一部に鳥の趾の水かき(web)に似た狭窄像を示すものがある.このような症例の報告は稀であり,また,今までの報告例の多くが脳虚血症状を伴っており,手術により改善がみられている.われわれは血管撮影上web状狭窄を示し,123I-IMP SPECTにより,術後血流改善が認められたFMDの特殊型を経験した.

前大脳動脈の解離性脳動脈瘤の経験

著者: 石川陵一 ,   砂川繁夫 ,   伊東功 ,   岩下一彦

ページ範囲:P.355 - P.359

I.はじめに
 頭蓋内の解離性脳動脈瘤(以下DCA)は比較的稀な疾患と考えられてきたが,脳血管造影の普及により報告例が増加してきた22,24).本症は脳梗塞の素因の少ない健康な若年者に多く,中大脳動脈(以下MCA)や椎骨脳底動脈(以下VA-BA)に発生しやすいと考えられている19).しかし前大脳動脈(以下ACA)に発生したDCAの報告は少なく文献上渉猟し得た症例は14例であった1,3,7,11,12,14,22,26).最近われわれはACAに発生し良好な経過を示したDCAの1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する.

若年者男性Prolactinomaの1例

著者: 宮之原修 ,   楠元和博 ,   朝倉哲彦 ,   児玉晋一 ,   川崎卓郎

ページ範囲:P.361 - P.366

I.はじめに
 若年者の下垂体腺腫は一般的に稀とされている5,6,12,16).さらに男性prolactinomaとなると女性例に比べ,その報告はもっと少ない.今回われわれは腫瘍内出血を伴っていた15歳男児のprolactinomaを経験した.この症例の臨床像を中心に,若干の文献的考察を加え報告する.

小脳橋角部海綿状血管腫の1例

著者: 大熊晟夫 ,   杉本信吾 ,   安藤弘道 ,   村瀬悟 ,   岩間亨 ,   三輪嘉明

ページ範囲:P.367 - P.371

I.はじめに
 CT, MRIなどの画像診断の進歩により,中枢神経系の海綿状血管腫(CA)の診断は容易となった.血管性奇形の1つであり髄内に好発するCAが内耳道・小脳橋角部に発生することは稀であり,本邦における報告は見あたらない.われわれは小脳橋角部CAの1例を経験したので報告し,文献報告17例に本症例を加えた18例を対象に本症の特徴について検討する.

Nail-Gunによる穿通性脳損傷の1例

著者: 渋谷肇 ,   櫛英彦 ,   宮城敦 ,   宮上光祐 ,   坪川孝志

ページ範囲:P.373 - P.377

I.はじめに
 頭蓋内への穿通性損傷の報告は,経鼻的16)あるいは経眼窩的15)なものがほとんどであり,脳内異物も種々のものが報告されている7,15,16).しかし,頭蓋骨を貫通するようなものはGunshot injury7,12)や戦争に関係したものなど特殊なものに限られていた.一方,Nail-gunは建築用の強力な工具として,外国では広く普及している.しかし,Nail-gunの本邦での使用頻度はまだ低く,その性能および危険性については,あまりよく知られていない.したがって,本邦におけるNail-gunによる事故もまだ少なく,散見される程度と考えられる.現在,著者らの調べ得た範た範囲では,Nail-gunによる頭蓋内損傷の報告例は,本邦では文献上まだみられていない.今回著者らは,まれなNail-gunによる頭蓋内損傷の1例を経験したので,その診断,治療法につき,若干の文献的考察を加え報告する.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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