この拙文が読者諸賢の目に触れる頃,丁度各大学では新卒研修医の若々しい活気が医局に漲っている時期ではないだろうか.毎年,脳神経外科の新入局生歓迎会の席上,私が必ず話すことは,“数多くある医局のなかで,昼夜を問わず最も多忙で,私的時間がなくデートもままならぬ脳外科を選んだ,その大英断に心より敬意を払います.いかに医師過剰時代がこようとも,神経科学によせる情熱と根気さえ失わなければ,脳神経外科を専攻して良かったと思うであろう”と.しかし内心,新卒研修医にたいする臨床医として備えるべき基本の指導,専門医育成を目指したより質の高い教育は現状のままでいいのかなど,自問自答するときいずれも実に心許ない限りである.
さて,いきなり少し硬い話になるが,昨年(平成4年)9月に厚生省の医療関係者審議会臨床研修部会より,今後の卒後臨床研修制度の具体的改善方策に関する提言がなされた.ご存じの方も多いと思うが,この提言では卒後1臨床研修制度を今後改善していくうえでの要点が2つ指摘されている.その一つは研修医をり1き受ける各医療施設に初期臨床研修到達[標を組み込んだ2年間の「研修プログラム」の作成と,同時にそれを公表することを要請していることである.もう一つは大学病院や臨床研修指定病院と組み合せることにより,その他の医療施設群も研修施設として認められるということである.現在,厚生省の委託をうけて医学教育振興財団が中心となり,いくつかの医療機関と診療科独自の「卒後研修モデルプログラム」の作成が進行中で,この新しい制度は平成6年度から施行される予定のようである.厚生省主導の一方的な新制度とはいえ,私などいわゆる新設医科大学で研修医の指導に携わっている立場からは,将来この制度が実質的かつ有効に運用されるようになることを願っている.しかし,当面する問題は既存のいろいろな制度とかこれまでの慣習などとの整合性をいかに無理なく調整してゆくのかということであろう.今後,この制度は脳神経外科を含む診療各科がそれぞれの臨床研修の在り方を検討していく際,直接大きな影響を及ぼすことになるものと考えられる.言うまでもなく既設の伝統校といわゆる新設医科大学とで,あるいは各診療科問でもこの新制度に対処する姿勢に自ずと相違が生じてくることは当然予測されるところである.我々が携わっている脳神経外科では日本脳神経外科学会が中心となり早くから専門医制度が確立され,今日に至っている.今回の初期臨床研修制度力渓施されることになると,現行の専門医受験資格とか脳神経外科の研修内容なども,もう一度見なおす必要が生じてくるのではないだろうか.これからの口本の医療を支え,国民の信頼を担う着い医ll市達が,将来の専攻とは直接関係なく卒後2年間,臨床医としての基本的な事柄について系統だった研修を積むことは極めて重要であり,多少の不都合は我慢することにして,その趣旨には大いに賛同したいと思う.これを機会に現行の各訓練施設での脳神経外科専門医育成のための研修に関しても,たとえば日本脳神経外科学会などが中心となって,初期臨床研修から脳神経外科専門医の育成までを見据えた,一貫性のあるより合理的な研修内容を早急に作成すべき時期がきていると考える.
雑誌目次
Neurological Surgery 脳神経外科21巻5号
1993年05月発行
雑誌目次
扉
初期臨床研修制度を考える
著者: 田渕和雄
ページ範囲:P.385 - P.386
連載 脳循環代謝・5
Gliomaの循環代謝—Positron Emission Tomographyによる検討
著者: 白根礼造 , 吉本高志
ページ範囲:P.389 - P.394
I.緒言
PETは体内に投与された放射性薬剤の動態を体外から計測し,3次元的に定量的に分析できる装置で,中枢神経では生体脳の活動をイメージとして捉えることのできる数少ない方法論の一つである.日本では1978年以来PETが稼働しているが,現在ではセンターは17箇所となっている.PETによる脳腫瘍の研究は1978年に18F−2—deoxyglucose(FDG)が,Ido等8によって開発され人間の脳のブドウ糖代謝が検討されるようになり20),米国のNIHで臨床応用が始まった.現在日本では脳腫瘍の検査件数は1カ月あたり約30件である.PETで得られる画像は用いる放射性薬剤の動態に依存しており,検査の目的に即した薬剤の開発が必要となる.また各患者毎に標識薬剤を合成しなければならず,合成の際にchemistの被曝量を最小限とし,しかも頻回に合成できなければならない.標識薬剤は以下の条件を可及的に満たす必要がある.(1)毒性が少なく合成が短時間内に行える.(2)脳血液関門を通過する.(3)投予後,短時間の内に高い,標識組織/周辺組織比が得られる.(4)PETによって得られた画像に基づいて定量的解析が可能であること,つまり測定データの解析にはコンパートメントモデルが用いられるが,コンパートメントは薬剤が均一に分布する空間で,その数が多くなれば解析も困難となる.そこでコンパートメント数が少ない動態を示す事が必要となる.実際の脳腫瘍の研究において理想的な放射性薬剤はまだ存在していないが,以下にこれまでに報告された脳腫瘍の循環代謝に関する研究について述べる.
研究
クモ膜下出血で発症した解離性椎骨動脈瘤の手術—Proximal ClippingとTrappingの比較
著者: 安井敏裕 , 矢倉久嗣 , 小宮山雅樹 , 夫由彦 , 永田安徳 , 田村克彦
ページ範囲:P.395 - P.401
I.はじめに
近年,解離性椎骨動脈瘤(以下VA-DA)によるクモ膜下出血(以下SAH)症例の報告がふえている.VA—DAによるSAH症例では,慢性期に手術を行うべきであるという報告もあるが14),最近では早期に再破裂し急激な症状の悪化を来すため,やはり早期手術を行うべきであると言う考えが支配的となっている1,10,11)。これまでのところその手術的治療方法としては椎骨動脈(以下VA)のproximal clippingが広く行われてきたが3,5,9,13,14),この方法で再破裂した報告もある1,5,7).著者らもproximal clipping後再破裂した例を経験しているが,同時にtrappingによりWallenberg症候群を来した例も経験している.今回,自験例を提示し,文献的考察をも加えてこれら両治療法の比較を行う.
高齢者の特発性正常圧水頭症の病態および診断
著者: 田中公人 , 米川泰弘 , 三宅英則 , 小林映 , 塚原徹也 , 新島京 , 緒方伸好 , 郭泰彦 , 風川清 , 竹田誠 , 小室太郎 , 深尾繁治
ページ範囲:P.403 - P.409
I.はじめに
痴呆症に対する治療の多くは病態進行の抑制を主目的とする姑息的な内科的治療であるが,正常圧水頭症(NPH)は外科的治療により治癒可能な原因疾患の1つである.くも膜下出血や髄膜炎など原因の明らかなNPHの外科適応は容易であるが,原因不明の高齢者NPHは,診断および手術適応が困難となることが多く,手術の合併症等を考えると外科治療に躊躇することがある.今回,われわれは原因不明の脳室拡大とともにNPH症状をきたした高齢患者全例(11例)に外科的治療を施行し,そのうち10例と高頻度に治療効果を得たが,1例はshuntのpatencyであるにもかかわらず症状の改善は得られなかった。これらの結果より,原因不明の高齢者NPHの病態,診断および治療の問題点について文献的考察を加えて報告する.
被殻出血急性期における言語障害の推移
著者: 堀越徹 , 永関慶重 , 小俣朋浩 , 橋爪和弘 , 貫井英明 , 小宮桂治
ページ範囲:P.411 - P.416
I.はじめに
高血圧性脳内出血の予後に関しては,ADL5段階評価に基づく報告が多いが,優位半球障害に合併しやすい言語障害を中心に論じたものは少なく,ことに急性期における言語障害の動向についての報告は散見されるのみである1,4).しかし脳内出血急性期患者を扱うことの多い脳神経外科医にとって,この時期の言語障害について知っておくことは重要である.CT所見など各種臨床因子と言語障害との関連を把握することにより,言語障害の有無や程度,改善度などについて当初より予測し得るならば,治療方針を決定する上で一助となると思われる.そこで被殻出血急性期例における言語障害について,種々の臨床因子,特に発症時のCT所見と言語障害の有無,様式,重症度,改善傾向との関連を検討した.
脳萎縮を伴う髄液循環障害(非定型正常圧水頭症)に対するShunt手術適応—血清α1—antichymotrypsin値と硬膜外圧持続測定での圧波の評価
著者: 竹内東太郎 , 笠原英司 , 神津仁
ページ範囲:P.417 - P.423
I.はじめに
近年,わが国では平均寿命の高齢化が進み“老人ボケ”あるいは“痴呆”が深刻な社会問題となっている.とくに,これらの痴呆患者の中でCT上,高度の脳萎縮を伴う脳室拡大を認める例では,従来は単なる脳の老化としてとらえられていた.また,これらの変化に髄液循環障害を認める例においてもshunt手術の適応外と考えられ,対症的な治療のみが行われていた9,22,35).しかし,最近このような症例でもshunt手術が有効であった例316,30)が報告されるようになり,その病態が注目されている6).今回著者らは,脳萎縮を伴う髄液循環障害の患者の中で,Fisher Rating Scale 3徴候4)の1つ以上を有し,その直接原因が特定できないものを非定型正常圧水頭症(atypical normal pressure hydrocephalus:ANPH)と定義して,とくに血清α1—anticymotrypsin(α1-ACT)と硬膜外圧(epidural press ure:EDP)持続測定での圧波出現がANPHのshunt手術適応の因子として評価できるか否かを検討した.
頸部頸動脈閉塞性病変の病理学的検討
著者: 古井倫士 , 長坂徹郎
ページ範囲:P.425 - P.430
I.はじめに
一過性脳虚血発作などの虚血性脳血管障害の原因としての頭蓋外頸動脈狭窄病変の関与については1905年のChiariによる塞栓症と頸動脈狭窄の7合併例の報告4),外傷や血栓による頸動脈閉塞例について考察した1914年のHuntの報告18)以来,臨床および病理の面から少なからぬ検討がなされてきた6,9,10,14,16,23,24,26).当初は虚血発生の機序としては狭窄に由来する血流減少という血行動態が強調されて外科治療の根拠にもなっていたが,1959年Fisher11)や1966年Ehrenfeldら8)が一過性黒内障の症例において網膜動脈中に小血栓の存在を観察したところから狭窄部から遊離した血栓による塞栓が注目され,これに続いてコレステリン結晶が栓子になる所謂アテローム塞栓の報告5,17)もなされ,高度狭窄例における血流低下を別にすれば,これらが頸動脈の閉塞病変を原因とする虚血性脳血管障害の主要な機序として現在広く知られるに至っている.
クモ膜下出血患者の長期予後
著者: 森貴久 , 有澤雅彦 , 本田信也 , 福岡正晃 , 清家真人 , 上村賀彦 , 森本雅徳 , 栗坂昌宏 , 森惟明
ページ範囲:P.431 - P.435
I.はじめに
脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血患者の院内予後や破裂6カ月後の予後についての報告は多くあるが3,7),5年以上経過した上での予後報告はほとんど無い.われわれは,当科に人院してすでに5年以上経過している患者の院内死亡の原因を明らかにするとともに,調査時点での生存率を求め,遠隔期の死亡原因を明らかにすることを試みた.
スパスムに対する血漿増量・高心拍出量療法における,血漿希釈と濃縮の指標としての血清膠質浸透圧の測定
著者: 戸根修 , 伊藤梅男 , 富田博樹 , 正岡博幸 , 富永勉
ページ範囲:P.437 - P.441
I.はじめに
クモ膜下出血よる症候性脳血管攣縮に対し,われわれは血漿増量・高心拍出量療法を行っている3).この治療法は血漿を増量し,β—stimulantにより心拍出量を治療前の1.5倍以上に増加させて,脳血流量を増加させることを目標としている.しかしながら,この治療にもかかわらず,遅発性脳梗塞が発症して脳浮腫が生じた場合,あるいは元々合併する脳内血腫により脳浮腫が合併している場合,血漿を増量しつつも脳浮腫の治療を同時に行わなければならない.このような場合われわれは,血漿の膠質浸透圧(COP)を上昇させる膠質浸透圧療法を併用することによって脳血管攣縮の時期を切り抜けている.
今回,血漿増量・高心拍出量療法を行った症例で,血漿増量による循環血漿の希釈と,膠質浸透圧療法の血漿濃縮の指標として,血清膠質浸透圧を経時的に測定し,その有用性を検討した,
症例
約30年の経過中,長期緩解を示した脊髄硬膜外嚢胞の1例
著者: 高橋宏 , 谷口真 , 太田敬 , 石島武一 , 武田克彦
ページ範囲:P.443 - P.447
I.はじめに
脊髄硬膜外嚢胞は1934年Elsbergら1)により初めて臨床像が明らかにされた稀な疾患である.青少年期の胸椎に好発し緩徐進行性の神経症状を示すが,ほぼ30%の例で症状の増悪緩解がみられる4,9).われわれは少年期の両下肢麻痺発症から長い緩解期を経て42歳の時にようやく診断が確定し外科的治療を行った1例を経験したが貴重な症例と考えられるので報告する.
内頸動脈起始部に特異な病変を示したFibromuscular Dysplasia
著者: 渡辺修 , 田中敬生 , 中山禎司 , 金子満雄
ページ範囲:P.449 - P.452
I.はじめに
Fibromuscular dysplasia(以下FMD)は,1938年に,Leadbetterら10)により腎動脈撮影において初めて報告され以後頭頸部におけるFMDは欧米にて300以上を数えるに至った.しかし日本では比較的まれな病態で報告も少なく,30余例の報告のみである15).その好発部位は腎動脈がもっとも多く,ついで頭蓋外内頸動脈,椎骨動脈とされており,内頸動脈の病変は第2頸椎の高さに圧倒的に多い.今回われわれはTIAにて発症し,内頸動脈起始部に,“web shape”を示した狭窄性病変を認め,病理所見からFMDと判明した1例を経験した.本邦での報告はいまだみられず,文献的考察を含めて報告する.
嚢胞形成を伴った脳動静脈奇形の1例
著者: 山口崇 , 篠田宗次 , 増沢紀男 , 阿部富士夫
ページ範囲:P.453 - P.457
I.はじめに
脳動静脈奇形(以下,AVMと略す)は,一般に単純CTにて高吸収城,等吸収域および低吸収域の混在する病変として描出される.また,増強CTでは不均一で境界が不規則な増強効果を示し,mass effectをほとんど呈さないことを特徴としており8,13),嚢胞形成を伴うことは極めて稀である.われわれは,AVMに比較的大きな嚢胞を伴った稀な1例を経験したので,文献的考察を加え報告する.
前篩骨動脈を流入血管とするIntracerebral AVMの1例
著者: 山田與徳 , 奥地一夫 , 辻英彦 , 森本江津子 , 藤川朗 , 小延俊文 , 宮本誠司 , 榊寿右
ページ範囲:P.459 - P.462
I.はじめに
前篩骨動脈をfeederとする頭蓋内AVMは,1963年にLepoireらによってはじめて報告され5),現在まで文献上27例の報告がなされている.これらの大多数は,nidusが硬膜に存在する硬膜動静脈奇形(以下duralAVM)である.一方,Teradaらは前篩骨動脈がfeederであるものの,nidusが脳実質内に存在する非定型例を1984年に報告し9),以来3例の報告1,8,10)がなされている.今回われわれも,前篩骨動脈がfeederとなりnidusが皮質に存在した頭蓋内動静脈奇形を経験し極めて稀な症例と考えられたので,文献的考察を加えて報告する.
中耳原発AdenomatousTumorの1例
著者: 黒岩敏彦 , 森脇恵太 , 長澤史朗 , 太田富雄 , 堤啓 , 田邊治之
ページ範囲:P.463 - P.466
I.はじめに
中耳内に腫瘍が原発することはまれである.その中でも,adenomatous tumorの分類は混乱しており,われわれ脳神経外科医にはなじみが薄い.これまでの報告のほとんどは耳鼻科領域からのものであるが,脳神経外科医が頭蓋底を扱う機会が多くなった現在,錐体骨の病変を扱う際には常に念頭に置くべき疾患である.今回われわれは,中耳内に原発し,組織学的にpapillary patternを呈するadenomatous tumorと診断した症例を経験したので報告する.
末梢性巨大脳動脈瘤の2例
著者: 塩川和彦 , 谷川達也 , 佐藤和栄 , 川俣貴一 , 久保長生 , 加川端夫 , 高倉公朋 , 仙頭茂
ページ範囲:P.467 - P.472
I.はじめに
巨大脳動脈瘤が末梢動脈に生じることは稀で,特にanterior circulation末梢部の巨大血動脈瘤の報告は極めて少ない.今回われわれは中大脳動脈および前大脳動脈の末梢部に生じた巨大脳動脈瘤症例の各1例を経験したので,動脈瘤の増大機序,診断および治療について若干の考察を加えて報告する.
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