icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科23巻3号

1995年03月発行

雑誌目次

近くの話と遠くの話

著者: 鈴木重晴

ページ範囲:P.187 - P.188

 群衆の中の個々の人にとっては夫々その人を中心とする小宇宙があり何物にも代え難い貴重な自分の人生があるが,群衆を眺める立場の一人称的人間にとっては全て他人であり“大勢の人がいる”程度の認識に過ぎないのが普通かと思う.しかし,その他人でも存在が身近となりその人の環境や人生を知る様になると二人称的な人となり,非常に気になる存在となってくる.医師にとっての診断対象の多くはそういったものかと思われる.
 もう一つ,生命の危機を目前にすると反射的に救命医療行為をとってしまうという後天的本能のようなものも医師にはあり,この行動は臨床経験が深く長い程迅速且つ正確になる.対象が充分高齢で且つ一つならざる病を持ち余命幾許もない状態と知りつつも呼吸障害には気管切開を考え,心停止には心マッサージを行い,脳死状態に陥ればその病んだ体から,たった一人の病める人を助けられるかもしれない一つの臓器を採って良いものかどうかに悩み,その議論には倫理委員会から国までにもエネルギーを費やさしめる.その一方で,同じ世の中において,どの臓器にも問題のない全く健康な人間が,単に意見や宗教が違うという理由での争いの中で何百人,何千人という単位で一気に命を奪われている現実がある.臓器移植推進の立場から見て“勿体無い”とは考えないまでも,その現実を知っても遠い世界の他人の出来事以上の認識が涌いて来ず,医療現場での目前の現実との格差の大きさに驚かされる.そういえば嘗て第二次世界大戦の某国のholocaust関係者が“一人の命を奪えば犯罪だが,万単位になると単なる統計にすぎない”とか述べていた.陰惨な表現ではあるが人間社会の一面をよく表しているのかもしれない.

連載 脳腫瘍の遺伝子療法:基礎研究の現状と展望・6

脳特異的遺伝子発現を伴うレトロウイルスベクターを用いた悪性脳腫瘍の遺伝子療法

著者: 清水恵司 ,   早川徹

ページ範囲:P.189 - P.194

I.はじめに
 脳腫瘍の約1/3を占めるグリオーマは,脳内にて浸潤性に増殖するため,腫瘍辺縁部が不規則不鮮明となり,時には隣接した脳葉にも連続的に伸展していることが多い.そして,麻痺,言語障害および知覚障害等の臨床症状を呈したグリオーマ患者に対し,術後の神経症状を悪化させないためには,最初から腫瘍の全摘出をめざす手術ができないことが多い.また,制癌剤の多くは,神経毒性のため投与方法や投与量に制限があり,脳腫瘍患者の補助療法として必ずしも確立していない.このような現状より,悪性グリオーマ患者の平均寿命は,手術,放射線および化学療法などの集学的治療にもかかわらず1年から1年半である.
 脳実質は,リンパ系組織がなくて血液脳関門(BBB)が存在するという特殊構造を有しているので1),血管内の各免疫担当細胞は容易に脳内に浸潤しえないことより,古くから免疫学的特殊部位(immunologically privi—leged site)と考えられてきた.しかし,脳実質内より発生した悪性グリオーマの新生血管には血液脳関門が存在しないことが報告されており2)),また,グリオーマ細胞がリンホカインに反応して増殖したり,時には幾つかのリンホカインを分泌することから,特殊な形であるにせよ脳実質内で免疫反応が生じる可能性が示唆されてきた.それゆえ脳腫瘍の治療には,開頭腫瘍摘出後,放射線療法や化学療法に加えて,前述した脳の特殊性を考慮した免疫療法や遺伝子療法の確立が急務であると思われる.1992年12月には,米国のBlaese博士らによって,ラットグリオーマに対する遺伝子治療成績を基にして,悪性グリオーマ患者に対し臨床治療(clinical experi-ments)が実施され,有効症例が報告され始めている.

総説

悪性神経膠腫の免疫療法

著者: 能勢忠男 ,   中川邦夫

ページ範囲:P.195 - P.206

I.はじめに
 悪性脳腫瘍の中でも悪性神経膠腫は,種々の治療に対して最も抵抗性を示す腫瘍である.現在,外科的治療,放射線治療,化学療法および免疫療法を中心とした治療が行われているが,十分な成果を得ていないのが現状である.免疫療法の長所は,他の治療法に比して腫瘍特異的であるので,正常組織に対する障害が少ない点にある.特に,脳は機能的に特殊な臓器であるので,腫瘍周辺の正常脳組織への障害を可及的に少なくする必要がある.また,脳腫瘍が中枢神経系以外の臓器に転移することは極めて稀であるのは,よく知られた現象である.従って,脳腫瘍の局所コントロールが正常脳組織を損なうことなく改善されれば,それが脳腫瘍の患者さんの生命および機能予後を改善することになる.これらの点から,悪性神経膠腫に対して免疫学的な反応を利用した治療法を研究,開発することは,意義のあることと考えられる.そこで,本稿では悪性腫瘍に対する免疫療法の歴史的経過を踏まえて,最近行われている主な免疫療法について,自験例を含めて言及したい.さらに,近年発展しつつある免疫遺伝子療法についても言及する.

研究

外傷性嗅覚脱失症のMRI診断

著者: 高橋立夫 ,   小林由充子 ,   岡本奨 ,   服部和良 ,   今川健司 ,   浅井昭 ,   桑山明夫

ページ範囲:P.207 - P.211

I.はじめに
 頭部外傷の4.2-7.2%3,9)に嗅覚障害が発生するといわれている.しかしながらあくまでも自覚症状に頼った感覚障害の診断は被検者の態度によって信頼性に欠けることもある.CTによる画像診断の発達で前頭蓋底病変がかなり把握できるようになったが,さらに頭蓋底骨のアーチファクトが無視できるMRI(magnetic resonance imaging)の進歩により嗅神経領域の画像診断が可能となった.最近,経験した5例の外傷性嗅覚脱失症例に対し,thin slice thickenessのMRI検査を行い有用な所見を得たので報告する.

亜急性硬膜下血腫—CT・MRI・手術所見と発生機序の考察

著者: 森永一生 ,   松本行弘 ,   林征志 ,   大宮信行 ,   三上淳一 ,   佐藤宏之 ,   井上慶俊 ,   大川原修二

ページ範囲:P.213 - P.216

I.はじめに
 急性硬膜下血腫の非手術例において,受傷約1-3週後の亜急性期に,mass signが増強し,神経症状が悪化する症例が存在することを著者ら3-5)は亜急性硬膜下血腫として報告してきた.今回,亜急性硬膜下血腫症例の画像および手術所見を検討し,その発生機序を考察したので,報告する.

Optico-hypothalamic Glioma 16症例の臨床病理学的検討

著者: 新田泰三 ,   佐藤潔

ページ範囲:P.217 - P.222

I.はじめに
 視神経路(視神経,視交叉,視索)および視床下部に発生するoptico-hypothalamic gliomaは,10歳以下の幼小児に好発する視力障害を主訴とし,組織学的には良性のpilocytic astrocytomaであることはよく知られている1,17,26).発生頻度は小児脳腫瘍の0.5から5%と言われ,10万人に1人の発生が報告されている19).臨床上の特徴は,神経線維腫症1(neurofibromatosis−1:NF—1)の合併が20-30%に認められることである3).このoptico-hypothalamic gliomaは真の腫瘍ではなく過誤腫(hamartoma)とする学説もかつては出されているが,約5%の症例で再発および悪性変化を示す例もあり,現在は病理学的にグリオーマとみなされている9,15).治療面では,外科切除および放射線療法を行うことで予後は良好で,日本脳腫瘍統計でみると5年生存率は約80%であ23).しかし,治療後10年以上経過して,glioblas—tomaへの悪性変化を示す症例も存在し,Collinsの法則には当てはまらない脳腫瘍と考えられる1,29).また,視交叉より後方で,視床下部に主座をおき,視力障害は軽度で視床下部症状(尿崩症,肥満,情動障害)を呈する後方進展型においては,発症年齢も高く且つ予後不良例も少なからず存在する16,24,28).そこでoptico-hypothala-mic gliomaの臨床像を仔細に検討することは治療を考える上で重要であると思われる.本稿ではCTが導入されて,腫瘍の局在が明らかとなり,1例を除いて病理組織学的にoptico-hypothalamic gliomaと診断された16症例を対象に長期観察を行い予後に影響を与える因子の検討を行った.

リニアックによるStereotactic Radiosurgery—位置決めとポジショニング

著者: 高山誠 ,   中村正直 ,   池崎廣海 ,   池田郁夫 ,   楠田順子 ,   古屋儀郎 ,   原充弘 ,   斎藤勇

ページ範囲:P.223 - P.228

I.はじめに
 Leksell8)により開発されたGamma unitによる動静脈奇形や聴神経腫瘍などの頭蓋内病変に対する治療成績は非常に高く7,13),近年わが国でもGamma unitを導入する施設が増加している.しかしGamma unitは極めて高額な機器であるため,広く普及することは困難であると考えられる.一方,現在放射線治療機器として広く普及しつつある医用直線加速器(リニアック)を用いた高エネルギーX線によるstereotactic radiosurgeryが考案され,1974年Larsson6)により紹介された.現在までにリニアックを用いたradiosurgeryに関する多くの報告がある3,7,12,16).わが国でもその関心が高まり,多くの施設で照射方法などの治療技術が検討されている15)
 リニアックによるradiosurgeryを行うためには1)治療装置の精度,2)高エネルギーX線ナロー・ビームを得るためのコリメータの作製,3)高エネルギーX線ナロー・ビームの測定方法,4)高エネルギーX線ナロー・ビームが一点に焦点を結ぶような照射方法(リニアック本体と治療台の回転方法など),5)患者頭部の固定方法,6)病巣の位置決め方法などの多くの問題が検討されなければならない.

内頸動脈による視神経偏位の検討

著者: 今泉俊雄 ,   相馬勤 ,   鶴野卓志 ,   新谷俊幸 ,   竹田正之 ,   森繁樹

ページ範囲:P.229 - P.234

I.はじめに
 内頸動脈による視神経の圧迫が視野視力障害を引き起こすことは古くより知られているが,その診断,治療については未だに明かになっていない.しかし,時に減圧術にて改善したり,悪化を防止できる症例がある3)
 高齢者では,術中,硬化した内頸動脈により偏位した視神経を観察することが稀ならずあるが,こうした症例で視野視力障害を訴えることは稀である.

症例

脳動脈瘤を合併した神経線維腫症の2例

著者: 浦西龍之介 ,   落合慈之 ,   奥野修三 ,   永井政勝

ページ範囲:P.237 - P.242

I.はじめに
 神経線維腫症は,cafe au lait spotsや,多発性のneu—rofibromaなどの皮膚症状,骨形成不全,末梢および中枢神経系腫瘍を主病変とする常染色体優性遺伝疾患であり,脳血管系に関してはこれまで閉塞性病変や,動脈瘤の合併例の報告が散見される.今回われわれは,脳動脈瘤を合併した神経線維腫症の2例を経験したので文献的考察を加え報告する.

頭蓋内多発転移および脊髄播種を来たしたACTH産生下垂体腺腫の1例

著者: 松山純子 ,   森照明 ,   堀重昭

ページ範囲:P.243 - P.247

I.はじめに
 頭蓋内多発転移および脊髄播種を来たしたACTH産生下垂体腺腫の1例を経験した.主に治療および病理学的問題点について文献的考察を加え報告する.

くも膜下出血に,外傷性急性硬膜下血腫を合併した1例

著者: 森俊樹 ,   藤本正人 ,   酒江けんじ ,   申博 ,   榊原毅彦 ,   山木垂水

ページ範囲:P.249 - P.252

I.はじめに
 脳血管障害の発症時に意識障害を生じ,その際に頭部外傷を合併することは珍しくない.その場合,CT像では脳血管障害による血腫と外傷性頭蓋内血腫の鑑別が困難なことがある2,9,12).脳血管障害発症時に頭部外傷を合併した場合,外傷性頭蓋内損傷が予後に影響する可能性は高く,原疾患と合わせて十分な注意が必要である10).今回われわれは,脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血発症時に頭部外傷を二次的に合併したと考えられる1例を経験したが,術前には脳動脈瘤の存在にとらわれ,単純な頭部外傷の所見を見逃していた.日常の救急診療の場で注意せねばならないことと考え症例報告する.

Presigmoid-transmastoidealアプローチによる脳底動脈—前下小脳動脈動脈瘤のネッククリッピング

著者: 新島京 ,   米川泰弘

ページ範囲:P.253 - P.257

I.はじめに
 脳底動脈—前下小脳動脈動脈瘤(BA-AICA AN)は,稀なもので,その解剖学的位置から,通常の手術アプローチではネッククリッピングが困難な場合がある8).BA—AICA ANに対して,presigmoid-transmastoidealアプローチを用いてネッククリッピングを行った.
 このアプローチの手技を述べ,その利点と問題点について考察を加える.

石灰化を伴った線維性のTSH産生下垂体腺腫の1例

著者: 佐藤雅春 ,   金井信博 ,   金井秀行 ,   菅瀬透 ,   花田正人 ,   早川徹 ,   斉藤洋一 ,   大西丘倫 ,   小田泰雄 ,   宮川潤一郎

ページ範囲:P.259 - P.263

I.はじめに
 TSH産生下垂体腺腫は,下垂体腺腫のうちで非常に稀であり内分泌学的にも興味のある疾患である.われわれはこの腫瘍が近傍組織に進展及び浸潤を示し,しかも線維性で一部に石灰化を有していたために摘出に難渋した症例を経験した.本自験例を報告するとともに,このhard pituitary adenomaに関して文献的考察を加えた.

水頭症に続発した非外傷性髄液鼻漏の1例

著者: 徳野達也 ,   伴貞彦 ,   中沢和智 ,   吉田真三 ,   松本茂男 ,   新宮正 ,   佐藤慎一 ,   山本豊城

ページ範囲:P.265 - P.269

I.はじめに
 髄液鼻漏の多くは外傷性で頭部外傷に起因するものが約80%,前頭蓋底腫瘍の手術や耳鼻科手術に続発する術後髄液鼻漏が約16%である.これに対し,非外傷性髄液鼻漏はまれであり,3-4%をしめるにすぎない8).今回,われわれは水頭症により中頭蓋底に瘻孔を形成したきわめてまれな非外傷性髄液鼻漏の1例を経験したので,その病因を中心に若干の文献的考察を加えて報告する.

強い健忘症で発症した松果体部Germinomaの1例

著者: 有田和徳 ,   魚住徹 ,   小笠原英敬 ,   杉山一彦 ,   大庭信二 ,   パントバサント ,   木村進匡 ,   大島英雄

ページ範囲:P.271 - P.275

I.はじめに
 松果体部腫瘍の初発症状としては,閉塞性水頭症による頭蓋内圧亢進症状あるいは眼球運動異常が殆んどで3,12,15)記銘力障害を初発症状とすることは極めて稀である5,13).われわれは頭蓋内圧亢進症状や眼球運動障害を伴うことなく,強い健忘症を初発症状とした松果体部germinomaの1例を経験したので報告する.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?