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近くの話と遠くの話
著者: 鈴木重晴1
所属機関: 1弘前大学脳神経外科
ページ範囲:P.187 - P.188
文献購入ページに移動もう一つ,生命の危機を目前にすると反射的に救命医療行為をとってしまうという後天的本能のようなものも医師にはあり,この行動は臨床経験が深く長い程迅速且つ正確になる.対象が充分高齢で且つ一つならざる病を持ち余命幾許もない状態と知りつつも呼吸障害には気管切開を考え,心停止には心マッサージを行い,脳死状態に陥ればその病んだ体から,たった一人の病める人を助けられるかもしれない一つの臓器を採って良いものかどうかに悩み,その議論には倫理委員会から国までにもエネルギーを費やさしめる.その一方で,同じ世の中において,どの臓器にも問題のない全く健康な人間が,単に意見や宗教が違うという理由での争いの中で何百人,何千人という単位で一気に命を奪われている現実がある.臓器移植推進の立場から見て“勿体無い”とは考えないまでも,その現実を知っても遠い世界の他人の出来事以上の認識が涌いて来ず,医療現場での目前の現実との格差の大きさに驚かされる.そういえば嘗て第二次世界大戦の某国のholocaust関係者が“一人の命を奪えば犯罪だが,万単位になると単なる統計にすぎない”とか述べていた.陰惨な表現ではあるが人間社会の一面をよく表しているのかもしれない.
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