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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科23巻4号

1995年04月発行

雑誌目次

見知らぬ人ではなく

著者: 太田富雄

ページ範囲:P.283 - P.284

 1990年代は「脳の世代Decade of the Brain」だと言われる.この標語は,1989年,当時のアメリカ大統領ブッシュ氏が,議会に対し予算獲得のために要請したときのものである.確かに,最近のように高齢化社会が急速に進行してくると,老人性痴呆の問題がこれまでにない大きな社会問題としてクローズ・アップされてきたのは至って当然のことである.この痴呆との戦いのための錦の御旗が「脳の世代」である.しかし,奇しくもこの「脳の世代」宣言が出されたその年に,アメリカ神経アカデミー(American Academy of Neurology)から,患者の「望まない治療を拒否する権利」の観点から,遷延性植物症患者の栄養および水分補給の差し控えないし中止をしても,医師は法的免責を受けることが出来るとの声明がだされた.遷延性植物症患者は自己ないし周囲が認識できず,したがって何らの精神活動もみられない.第三者として観察するかぎり,死よりも過酷な生であろう.そして,実際的には,家族の精神的・肉体的・経済的苦悩は想像を絶するものがある.
 アカデミーの主張によれば,栄養・水分の補給は医療行為だという.果してそう考えていいのだろうか.アメリカにおいてもこの考え方には反発もあるようである.われわれとしてもああそうですかと,すんなり受け入れるわけには行かない。では赤ん坊は医療行為を受けながら育ってゆくのだろうか.

連載 脳腫瘍の遺伝子療法:基礎研究の現状と展望・7

組み換え型単純ヘルペスウイルス1型による悪性脳腫瘍の実験的治療

著者: 峯田寿裕 ,   ,   田渕和雄

ページ範囲:P.285 - P.292

I.はじめに
 近年,悪性脳腫瘍に対する新たな治療法として,遺伝子療法が研究開発され,米国では既に数カ所の施設で臨床治験用プロトコールが承認,開始されている.遺伝子療法とは,特定の遺伝子を外部からヒトの体内に導入し,発現させて疾病を治療することである.この治療法を脳腫瘍に応用する場合,どのような遺伝子を導入するか,またどのような方法で効果的に腫瘍細胞に遺伝子を導入するかが重要となる.すなわち悪性腫瘍の場合,唯一欠損した遺伝子を補うという先天性疾患に対するような戦略は立てづらく,本特集に詳細に解説されたように,様々な遺伝子がその候補としてあげられている.また固形腫瘍を構成している脳腫瘍細胞に特定の遺伝子を導入するに際しては,in vitroで単層培養の細胞に遺伝子を導入するのとは異なり,高い効率で細胞に遺伝子を導入することのできるベクターを用いることが最も重要な課題である.
 脳腫瘍細胞への遺伝子導入方法としては,リボゾームなどを用いる物理化学的方法とウイルスベクターを用いる方法とが研究されている.近年,種々のウイルスの遺伝子構造が解析され,遺伝子を人工的に操作することが可能となり,多くの組み換え型ウイルス(recombinant virus)や,非増殖型ウイルス(replication defective virus)が作製されるようになってきた.現在,米国で脳腫瘍に対し臨床治験が開始されている遺伝子療法は非増殖型のレトロウイルスをベクターとして用いるものである.しかし最近,アデノウイルスベクターが神経系での発現にきわめて有用であるという報告がなされるなど,脳腫瘍の遺伝子療法においてもいろいろな基礎研究が行われている1,2,4,11,17).一方,単純ヘルペスウイルス1型(Herpes Simplex Virus type 1,HSV-1)は,神経親和性を示し,高い遺伝子導入効率を有することなどから,神経系への遺伝子導入の応用が試みられているが,その強い神経毒性が問題となっている.われわれは,逆にこの強い神経毒性に着目し,HSV-1の複製増殖能力が感染した宿主細胞に依存するような組み換え型HSV-1を作製することに成功している.この組み換え型HSV-1が増殖能力のない神経細胞を傷害することなく,分裂増殖を繰り返す腫瘍細胞を選択的に破壊する現象とその機序について研究を進めている.この方法は後述するように,ウイルスを一種の抗癌剤の如く用いる治療法(われわれはviral therapyと呼称している)であり,遺伝子療法とはその治療機序において異なる側面を有している.

総説

近赤外線

著者: 星詳子 ,   田村守

ページ範囲:P.293 - P.299

I.はじめに
 近赤外分光法は,組織の酸素化状態をリアルタイムで連続的にモニターすることができる新しい非観血的計測法で,近年多くの注目を集めている.この方法により組織血液量,ヘモグロビン(Hb),ミオグロビン(Mb)の酸素化状態,さらにミトコンドリア内チトクロームオキシダーゼ(cyt.ox.)の酸化一還元状態を測定できる.特にcyt.ox.の酸化—還元状態の測定は,従来の方法では知り得なかった細胞内(ミトコンドリア内)の酸素化状態の情報を直接与えてくれる.本法は患者モニターのみならず,様々な生体現象解明の一手段としても応用することができる.しかし,現時点ではまだ解決すべき幾つかの間題が残されており,主たる問題点は定量化とcyt.ox.の酸化一還元状態の測定法に関するものである.定量化とcyt.ox.の測定法の問題は,本法の将来性にかかわる重大な問題である.そこで,近赤外分光法の基本原理やHbの測定の詳細は幾つかの総説1,2)を参照していただき,本稿ではこれらの問題点を整理し,さらにその解決法を提示してみた.

研究

大孔および上位頸椎病変に対するHigh Lateral Approach

著者: 堤一生 ,   浅野孝雄 ,   茂野卓 ,   松居徹 ,   伊藤正一 ,   金子勝治

ページ範囲:P.301 - P.309

I.はじめに
 上位頸椎に対するlateral approachは,1966年のWhitesidesの報告19)以来よく知られているが,内頸動脈の後方から進入するという意味で“lateral”であり18),一種のanterior(anterolateral)approachである.真の意味でlateral approachと呼べるものは頸椎側面部に対して真横から視野を得る方法であろう,この方法はHenryにより紹介されているが,椎骨動脈(以下VAと略)の存在が大きな障害となるため一般には普及しなかった9).しかし,VAの問題さえ解決すれば,下位脳神経を前方に避け,頸椎(以下Cと略)に対して最も側方から視野が得られるため極めて有用な方法であろう.
 われわれは1988年以来,high lateral(cervical)approach(以下HLAと略)と名付けた胸鎖乳突筋(以下SCMと略)後縁から頸椎側面部に進入するアプローチを用い,前方からでも後方からでも治療が困難な症例,たとえば頸椎側面部から前方へ延びた骨腫瘍,脊髄前面の上下に伸展したexophytic astrocytoma,dumbbell型の神経鞘腫などに対して摘出術を行ってきたので,その詳細および適応につき考察を加え報告する.更にcadaverを用いて,このアプローチの詳細を解説する.

シネフィルムを用いた脳血管撮影による横静脈洞の血流動態

著者: 黒岩敏彦 ,   小川大二 ,   浮田透 ,   冨士原彰 ,   長澤史朗 ,   太田富雄

ページ範囲:P.311 - P.314

I.はじめに
 横静脈洞に関しての解剖学的考察は数多くなされており1,4,5),脳血管撮影による横静脈洞の所見は,成書にも必ず記載されている2,3).しかし,その血流動態に関する報告は,われわれの検索し得た限り現在までにない.今回われわれは,脳血管撮影所見をシネフィルムを用いて観察し,特に横静脈洞について検討したので報告する.

小脳橋角部腫瘍により発症した三叉神経痛45例の検討—その発生機序

著者: 長谷川浩一 ,   近藤明悳 ,   絹田祐治 ,   田辺英紀 ,   川上雅久 ,   松浦伸樹 ,   沈正樹 ,   斉木雅章

ページ範囲:P.315 - P.320

I.はじめに
 1934年Dandyは,三叉神経痛に対するposterior fos—sa rhizotomyを行う際,これを圧迫している血管を認めた事実を報告し,さらに1959年Gardnerはこの所見に基づいて三叉神経を圧迫している動脈を神経より遊離することにより神経を減圧し,三叉神経痛を治癒せしめる手術法をはじめて報告した2,4).これらの先駆的な治療法を踏まえて,Jannettaは1967年頃から手術用顕微鏡下に,三叉神経のObersteiner-Redlich zoneよりこれを圧迫している血管をmicrosurgicalに遊離する,いわゆるmicrovascular decompression surgeryの方法を確立し普及せしめた7-9)
 一方Dandyは彼のposterior fossa explorationの症例中に脳腫瘍の神経圧迫による神経痛発生例を認め,以来これについても多くの症例の報告がある1,10,14).さらに近年CT,MRI等の画像診断法の進歩により,症状発生原因として腫瘍が関与している症例はより多く発見されるようになってきた.

症例

硬膜静脈洞血栓症—血管内手術による血栓溶解療法の1例

著者: 高見俊宏 ,   鈴木俊久 ,   得能永夫 ,   江頭誠 ,   露口尚弘 ,   小宮山雅樹 ,   白馬明

ページ範囲:P.321 - P.325

I.はじめに
 硬膜静脈洞血栓症は比較的稀な疾患であり,症状も多彩であることからその診断は困難であるとされている.治療についてはcontroversialであるが,最近では局所の血栓溶解療法を用いて良好な成績を得た報告4,8,10)も見られている.
 今回,われわれは右横静脈洞・S状静脈洞から静脈洞交会さらに直静脈洞にかけての硬膜静脈洞血栓症を経験し,血管内手術でウロキナーゼの局所注入療法を施行し,術後抗凝固療法を併用して良好な結果を得たので,若干の文献的考察を加え報告する.

髄内血腫による脊髄横断症状をきたしたAstrocytomaの1例

著者: 川上勝弘 ,   笠井治文 ,   山田明史 ,   沼義博 ,   坂井信幸 ,   河本圭司

ページ範囲:P.327 - P.331

I.はじめに
 急性の脊髄横断症状をきたす疾患のなかで,脊髄髄内腫瘍による腫瘍内出血は念頭に置くべき疾患であるが,その報告は少なく,なかでもastrocytomaからの髄内血腫により脊髄横断症状をきたして発症したとする報告はきわめてまれである1,2,13,17)
 今回,われわれは急性の脊髄横断症状をきたして発症し,MRIにより原因不明の髄内血腫と診断し,緊急手術により血腫を摘出したが,その採取した血腫腔組織からastrocytoma grade 2と病理組織学的に診断された1例を経験したので,本症例を提示するとともに文献的考察を加え報告する.

転移性と考えられる脳腫瘍の長期生存の1例

著者: 山口辰己 ,   松島俊夫 ,   三宅悦夫 ,   福井仁士 ,   鈴木諭 ,   松野治雄 ,   村田智

ページ範囲:P.333 - P.337

I.はじめに
 転移性脳腫瘍は剖検では全悪性腫瘍の10-30%にみられ1,3,17,18),原発巣としては肺癌,乳癌,消化器系の癌が多い.—方転移性脳腫瘍の原発巣不明例は0.5-8%にみられ5,8,22,28),このうち剖検によっても原発巣が特定できない症例が15-27%ある5,6,8,15,21).このように原発巣不明の転移性脳腫瘍は臨床において時に遭遇する.われわれは,非定型的な特徴をもつ分化型腺癌で3回の頭蓋内腫瘍摘出術を受け,7年の間隔をあけた2度の全身検索でも原発巣が不明であった転移性脳腫瘍と考えられる長期生存例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する.

胸椎部Spinal Meningeal Cyst(type Ia)の1治験例

著者: 土居浩 ,   豊田泉 ,   桑澤二郎 ,   木庭真治 ,   松本清

ページ範囲:P.339 - P.342

I.はじめに
 脊髄の嚢胞性の病変に対しては,病名の統一がされておらず,胸椎部の髄膜瘤は本邦でも各種の病名で報告がある4,5,9,10).さらに胸椎部の髄膜瘤の手術法に関しても,開胸による報告などもあり一致しない9,10).今回われわれは第10胸椎部に存在する髄膜瘤(spinal menin—geal cyst type Ia)に対し,侵襲度が低いと思われる1椎体の椎弓のみの除去による,根治術を施行し,良好の結果を得たので,病態とともに手術法に関しても検討を加えたので報告する.

上位頸髄損傷による中枢性呼吸不全に対する横隔膜ペーシングの試み

著者: 新納正毅 ,   下本地優 ,   朝倉哲彦 ,   門田紘輝 ,   岡原一徳 ,   児玉晋一 ,   笠毛静也

ページ範囲:P.343 - P.347

I.はじめに
 上位頸髄損傷による中枢性呼吸麻痺に対しては人工呼吸器による持続陽圧呼吸管理が必要であるが,意識清明であるにもかかわらず患者は臥床状態を余儀なくされ,rehabilitationや自宅療養を行うに際して大きな関門となる.1966年Glennらにより開発され3),欧米では臨床報告も多い1,3-5)横隔膜ペーシング法は横隔神経を電気的に刺激し横隔膜を収縮させることにより,より生理的な陰圧呼吸を可能にした.本症例のような中枢性呼吸麻痺に対しては画期的な治療法であるが,その一方,幾つかの問題点を伴うことも知られている.私どもは環軸椎脱臼術後中枢性呼吸麻痺に対して横隔膜ペーシングによる長期呼吸管理を試みたので,その有用性ならびに問題点等につき文献的考察を加えて報告する.

蛇行した椎骨動脈による延髄圧迫の1例

著者: 村田浩人 ,   和賀志郎 ,   小島精 ,   清水健夫 ,   清水重利

ページ範囲:P.349 - P.353

I.はじめに
 Dandy1),Gardner2),Jannetta4)らの報告以来,hyper—active cranial nerve dysfunction syndromeのetiologyとしてneurovascular compressionという概念が定着した.現在ではtrigeminal neuratgia(TN),hemifacial spasm(HFS)のみならず,時にはtinnitus,vertigoなどに対してもmicrovascular decompression(MVD)が応用されている4).また,椎骨動脈による延髄圧迫によって高血圧が生ずるとの報告もある9,13).しかし,正常径の椎骨動脈によって延髄が圧迫され,痙性四肢麻痺等の延髄圧迫症状を呈した症例の報告は少ない.今回,われわれは蛇行した椎骨動脈による延髄圧迫を解除することにより,著明な臨床像の改善をみた1例を経験したので報告する.

破裂末梢性前大脳動脈瘤と拮抗性失行

著者: 和田学 ,   梶川博 ,   藤井省吾 ,   山村邦夫 ,   梶川咸子

ページ範囲:P.355 - P.358

I.はじめに
 右手の随意運動の開始時,最中あるいは終了直後に左手にみられる様々な異常行動を拮抗性失行(diagonistic dyspraxia)というが,脳神経外科診療において本症候に遭遇することは比較的稀であると思われる.われわれは,破裂末梢性前大脳動脈瘤の2症例で,経過中に典型的な本症候を観察したので,その1例の詳細を報告し,若干の文献的考察を加える.

頸部内頸動脈閉塞術後13年を経過して発生し破裂した同側true posterior communicating artery aneurysmの1例

著者: 小笠原邦昭 ,   沼上佳寛 ,   北原正和

ページ範囲:P.359 - P.363

I.はじめに
 脳主幹動脈閉塞後,閉塞血管領域の血流を補うため他の脳動脈に側副血行路としてhemodynamic stressが加わる.こうしたhemodynamic stressは脳動脈瘤の成因となりうることが知られている2,5-8,11-13).一方,内頸動脈,後大脳動脈との関係をもたず,後交通動脈そのものから発生した動脈瘤はtrue posterior communicating artery aneurysmと呼ばれ極めて稀なものとされている1,9,14)
 今回われわれは頸部内頸動脈閉塞術後13年目に発生し破裂したtrue posterior communicating artery aneu—rysmの1例を経験し,contralateral zygomatic approachにて根治せしめたので報告する.

著明な両側総頸動脈拡張性病変の1例

著者: 今泉俊雄 ,   加藤孝顕 ,   官尾邦康 ,   青山真也 ,   林えり ,   高木陽一 ,   柴田真吾 ,   畔蒜正義 ,   滝上善市 ,   藤瀬幸保

ページ範囲:P.365 - P.369

I.はじめに
 脳動脈拡張性病変は日常診療においては稀であるが,その原因として動脈瘤,動脈硬化症,結合織疾患2,8),炎症性疾患9,14),先天性疾患12,15),FMD(fibromuscular displasia)3)などが挙げられる.
 著明に拡張した総頸動脈に脳動脈瘤を合併した症例を中井らが本誌で発表したが10),今回われわれも同様な総頸動脈拡張性病変を経験したので,文献的考察も加え報告する.

主幹動脈の閉塞により自然消失を来した脳動静脈奇形の1例

著者: 渡邉英昭 ,   中村寿 ,   松尾嘉彦 ,   酒向正春 ,   久門良明 ,   大田信介 ,   榊三郎

ページ範囲:P.371 - P.376

I.はじめに
 脳動静脈奇形(AVM)は,発症形式が出血か非出血かで以後の経過に大きな違いがある.出血例の再出血率は30-45%であるのに対し,非出血例の出血率は5-10%程度とされている3,7,12).一方,AVMの自然消失は2—3%に起こると報告されているが,AVMが自然消失する機序は必ずしも明らかでない1-11)今回われわれは,痙攣発作で発症し経過観察中に脳血管写上主幹動脈の閉塞とともにAVMの自然消失を認めた1例を経験したので自験例のAVMの自然消失の機序について若干の文献的考察を加え報告する.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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