半年前のことである.私の勤務する大学の登山隊が世界最高峰チョモランマ(エベレスト)の北東稜からの初登攀に成功した.この登山隊にはNHKが同行しハイビジョンで美しいチョモランマや周辺のヒマラヤの山々を放映したので,ご覧になった方もおられるかもしれない.私ごとで恐縮だが,この登山隊の一翼を担ったのは私自身がかつて所属していた山岳部である.2年以上も前からその準備の様子を近くで見てきた私にとって,この成功はまさに小踊りしたいくらいの喜びであった.
脳神経外科の手術と登山には数多くの共通点があるように私には思える.南米のアンデスで高度6000mの氷壁を登攀中に,身につけていた大切な道具が外れて吸い込まれるように眼下の霧の中に落ちていってしまったことがある.そういうときに[しまった!]と思った瞬間のゾッとするような感覚を,脳神経外科の手術を始めてからも感じた.それにもまして,目的を達するための戦略をたてるプロセスがそっくりである.どうやってアプローチしたらいいのか,あの部分はどういう形状になっているのか,どうやって切り抜けるか,こういうことをあれやこれや考えることが本当によく似ている.どのようなルートでも一度誰かが登攀に成功すると,その後はルートの要所が細かく研究される.そのためにだんだんと登るのが容易になっていく.そういった成果は専門誌に報告される.そんなことさえよく似ている.
雑誌目次
Neurological Surgery 脳神経外科24巻1号
1996年01月発行
雑誌目次
扉
極地法と脳神経外科手術
著者: 片山容一
ページ範囲:P.5 - P.6
連載 Functional Mappingの臨床応用—現状と展望・1【新連載】
Functional MRI:fMRIの信号機序とエコープラナ・イメージングによる脳機能の同定
著者: 成瀬昭二 , 古谷誠一 , 田中忠蔵
ページ範囲:P.7 - P.17
I.はじめに
本年は,核磁気共鳴現象(Nuclear Magnetic Reso—nance;NMR)発見の論文が発表されて50年目にあたる.X線とは異なり,NMRの本格的な医学応用は発見後25年以上たってから始められた.しかし現在では,磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging;MRI)法として,臨床の現場で広く活用されている.さらにNMRの持つ分析法としての優れた能力を活かし,生体の代謝,循環,機能などの解析に用いられつつある.中でも,MRIによるヒトの脳の機能部位を非侵襲的に画像化する方法(functional magnetic resonance imaging;fMRI)が可能となり,神経科学の領域で大きなトピックスになっている.それは,(1)非侵襲的検査である,(2)画像の空間分解能が高い,(3)測定の時間分解能が優れている,(4)繰り返し測定が可能である,(5)測定が簡易で誰にでも測定できる,(6)装置が特殊なものでない,など従来の脳機能画像法にはない大きな特長があるためである.しかも,脳の一次反応のみならず複雑な賦活法による高次の脳機能の評価も行われつつあり,非常な勢いで応用研究がなされつつある.ここではfMRIに関して,信号の機序,解釈,長所,問題点などを概説すると共に,超高速撮像法を含めて臨床装置によるfMRIの実例を述べる.
総説
平滑筋収縮機構からみたクモ膜下出血に続発する脳血管攣縮の発生機序
著者: 榊三郎 , 大田信介
ページ範囲:P.19 - P.28
I.はじめに
脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血(SAH)に続発する脳血管攣縮は脳動脈周囲のクモ膜下血腫中にもともと存在する物質または血腫中で産生される物質が長期にわたり作用することにより生じることは,臨床研究ならびに基礎的研究により明らかであるが1-3),その原因物質あるいは発生機序は未だ明らかではなく,したがってその本態は不明と言わざるをえない.脳血管攣縮の特徴を要約すると2つの大きな要素に分けることができる.その1つは2-3週間にわたり持続する動脈径の狭小化であり,他1つは時間の経過とともに発生する内皮細胞の膨化・脱落や平滑筋細胞の変性・壊死等の器質的変化,いわゆるmyonecrosisである.したがって,この特異な脳血管攣縮の病態を把握するためには平滑筋の収縮と血管壁の組織障害の2つの面から考えると理解し易い.機能的収縮に重点をおく立場からみると,脳動脈に血管収縮物質を持続的に作用させるとそれのみで血管壁に組織変化が生じるという事実から4),脳血管攣縮においてクモ膜下血腫の収縮物質によりまず生理的収縮が生じ,それが異常に持続するために最終的に組織障害を伴ったとも考えられなくはない5,6).器質的変化を重視する立場からは,クモ膜下出血初期より脳動脈壁に紺織障害を誘発する何らかの物質または機序がはたらき,その過程において平滑筋には収縮という現象が随伴すると考えることもできる.いずれにしても,組織障害が進行するに従い,形態学的には血管壁の変性・壊死が招来されることになる7,8).
平滑筋の生理的収縮は細胞内のfree Ca++の上昇が引き金となり,その後の細胞内情報伝達機構としては2つのpathwayが明らかとなっている.一つは,Ca++-calmodulin系を介する収縮であり9),Ca++が細胞内に流人し,Ca++-calmodulinにより活性化されたmyosin light chain kinaseがmyosinを燐酸化し,actinとmyosin間に架橋が生じて細胞が収縮する系であり,急速な平滑筋の収縮の中心的役割を果しているが,その持続時間は短いと考えられている.他の系はprotein kinase C(PKC)を介する収縮であり10),Ca++の流人に伴い活性化されたphospholipase C(PLC)がphosphati-dylinositol(PI)をinositol triphosphate(IP3)とdiacyl-glycerol(DAG)に分解する.IP3は細胞内Ca++貯蔵部位からCa++の放出を促し,DAGは細胞質に存在するprotein kinase C(PKC)を細胞膜に移行させ活性化する.細胞膜に移行したPKCはmyosinとactinの重合を抑制しているcaldesmonやcalponinなどの収縮抑制蛋白を燐酸化して脱抑制することにより平滑筋の比較的長い収縮を起こすと考えられている.以下,脳血管攣縮の病態に対して,細胞内Ca++の変動とその後の平滑筋収縮・弛緩に関与する生化学的機構について,当教室で行った研究成果をもとに解説する.
研究
頭蓋底手術後に発生する髄液漏
著者: 山上岩男 , 芹沢徹 , 山浦晶 , 中村孝雄
ページ範囲:P.29 - P.33
I.はじめに
頭蓋底手術の進歩により,従来到達が困難とされていた頭蓋底部腫瘍も比較的安全に摘出することが可能となってきている.頭蓋底手術においては,頭蓋底付近の広範な骨切除が行われる上に,硬膜の完全な修復が不可能であることが多いことから,術後に髄液漏を発生することがまれでない1,2,7).頭蓋底手術法に関する報告のなかで,術後髄液漏について一部言及したものはこれまでもみられるが,頭蓋底手術後の髄液漏について,詳細な検討を行った報告は少ない11).われわれは最近5年間に行った頭蓋底手術における術後髄液漏について,発生率,手術法との関連,予防および治療法などについて検討したので報告する.
マイクロカプセル化ドーパミン産生細胞の脳内移植:パーキンソン病の治療をめざして
著者: 三好康之 , 伊達勲 , 小野武志 , 今岡充 , 浅利正二 , 大本堯史 , 岩田博夫
ページ範囲:P.35 - P.39
I.はじめに
パーキンソン病とは,黒質ドーパミン含有細胞の変性・脱落のため,線条体内ドーパミンが欠乏し,固縮・振戦・無動などの運動症状をひきおこす慢性進行性疾患である10).欠乏したドーパミンを供給する目的で,種々のドーパミン産生組織・細胞の脳内移植がパーキンソン病の臨床治療をめざして研究されてきている8).従来より脳は免疫租界とされ,その理由として,血液脳関門が存在し,脳内のリンパ系の発達が著しく悪く,脳組織には主要組織適合抗原(MHC抗原)が欠如していることなどがあげられてきた.しかし,脳内移植の研究がすすむにつれ,同種異系間(allograft)5-7,13,15)あるいは異種間(xenograft)4,13,16,19)の脳移植における免疫反応が報告されるようになり,脳は必ずしも完全な免疫租界ではないと考えられるようになっている.
脳内移植の臨床応用を考慮する際に問題となる点として,他臓器の移植と同様,ドナーの供給源の確保と,前述の免疫学的拒絶反応をあげることができる.われわれはドーパミン産生細胞(PC12細胞:ラット副腎褐色細胞腫由来のcell line)を用いることでドナーを確保し,宿主の免疫学的拒絶反応から細胞を保護するため,これをマイクロカプセル化したのちに脳内移植するという研究を行っている.マイクロカプセル化は岩田ら11)の方法に基づき行った.岩田らは,インスリン分泌組織である膵ランゲルハンス島をアガロース/ポリスチレンスルホン酸を主成分とする半透膜内に封入し,免疫などの宿主の生体防御系からランゲルハンス島を保護して移植し,糖尿病モデル動物の血糖値を長期間改善させ得ることを報告している11).
本稿では,カプセル化PC12細胞を同種異系あるいは異種宿主の脳内に移植し,マイクロカプセルの免疫隔離能力・腫瘍形成阻止能力・組織適合性について検討した.また,high-performance liquid chromatography with electrochemical detection(HPLC-EC)を用い,invitroでの,カプセル化PC12細胞からのドーパミン分泌も検討したので報告する.
圧可変式シャントシステム(SOPHY):バルブの前胸部設置における問題点
著者: 布施孝久 , 高木卓爾 , 福島庸行 , 橋本信和 , 唐沢洲夫 , 山田和雄
ページ範囲:P.41 - P.45
I.はじめに
シャント機能不全にはパルプ圧不適合によりシャントシステムの機能が患者に適合しない場合と,シャントシステム本体の故障やシャントチューブの断裂等でシャントシステムに機能異常がみられる場合がある.最近,シャントシステムに圧可変式バルブが使用されるようになり,バルブ圧不適合に関する問題は解決されつつあるが1,3,4),一方でバルブ圧不適合以外の問題点が目立つようになってきた2,6,8).今回,著者らは当院で経験したSOPHYシャントシステム使用例68症例(いずれもバルブは前胸部皮下に設置)を基にして,シャントシステムのバルブ圧不適合以外の問題点,すなわちシャント経路の閉鎖,離断やバルブ本体の不調,そして消化管穿孔などシャント設置部周囲への影響等について若干の文献的考察を加えて報告する.
慢性硬膜下血腫の年齢別発生素因
著者: 山崎義矩 , 橘滋国 , 北原行雄 , 大和田隆
ページ範囲:P.47 - P.51
I.はじめに
慢性硬膜下血腫の発生機序に関しては,Troutter14)の頭部外傷説やVirchow15)の炎症説に代表される種々の仮説が提唱されているが,いまだに定説は得られていない.しかし,何等かの原因により硬膜下に血液もしくは髄液が貯留することが本症発生のinitiating factorであろうという点に関しては諸説は一致しており8,14,15),本症が高齢者に好発する理由も脳萎縮に伴い発生する頭蓋—脳容積の不均衡状態が硬膜下出血を惹起し易いためであると考えられている8).加齢変化以外にも本症を誘発する可能性がある病態として,脳室—腹腔短絡術5,6),外傷後硬膜下水腫7,10),くも膜嚢胞2,11),出血傾向3,4),等のいくつかの因子が報告されており,各々,個別に検討されてきた.しかし,本症の発生原因を明らかにするためには,これらの因子と本症との因果関係の有無を総合的に検討する必要があり,特に加齢変化のない若年者における検討は重要であると考えられる.
そこで,今回われわれは過去10年間に当院で手術を施行した慢性硬膜下血腫症例を対象に,本症の発生に関与する可能性がある種々の因子の合併の有無および既往にある頭部外傷の重症度を年齢別に分析し,特に若年者慢性硬膜下血腫の特殊性に関して検討した.
症例
左視床前内側部の出血により生じた健忘症候群の1例
著者: 前島伸一郎 , 中大輔 , 呂建平 , 中井國雄 , 板倉徹 , 駒井則彦 , 前島悦子 , 藤本あきみ
ページ範囲:P.53 - P.56
I.はじめに
健忘を中核とする病態は健忘症候群と呼ばれる.これは意識障害がなく,全般的な知的機能は保たれるが,前向きおよび後向きの記憶障害を呈するもので,その原因として脳血管障害,頭部外傷,脳腫瘍,脳炎,変性疾患,感染症,膠原病,痴呆性疾患,代謝障害,アルコール中毒,低酸素脳症などがある1).健忘症候群が限局性病変で発現する場合には,脳血管障害2-4)によるものが最も多く,脳梗塞が一般的であるが,脳出血の報告は少ない5-7).今回,われわれは左視床に限局した出血巣で健忘症候群を呈した1例を経験したので報告する.
高齢者モヤモヤ病の脳塞栓症合併症例
著者: 久保田司 , 平野亮 , 官尾邦康
ページ範囲:P.57 - P.61
I.はじめに
頭蓋内出血や脳虚血症状の既往がない高齢者のモヤモヤ病に脳塞栓症が合併した症例を経験した.急性期超選択的局所線溶療法にて,閉塞していた左中大脳動脈の再開通が得られ,神経脱落所見なく回復した.残存する左中大脳動脈狭窄に対して施行した慢性期STA-MCAanastomosis後に,バイパス血管のSTAが塞栓によって閉塞するという稀な事象も合併した.2度目の超選択的局所線溶療法では完全な再開通が得られず,左前頭葉に脳梗塞を惹起し,軽度運動性失語症が残存した.
本症例に対して,若干の文献的考察も含めて検討したので報告する.
左内頸動脈瘤術後に超皮質性感覚失語を呈した前脈絡叢動脈閉塞症の1例
著者: 武井明子 , 窪倉孝道 , 堀田二郎 , 小澤仁 , 猪森茂雄
ページ範囲:P.63 - P.67
I.はじめに
内頸動脈瘤手術において,瘤の周辺部より分岐する小血管を温存することは重要である.前脈絡叢動脈は,この血管閉塞によってAbbie症候群1)と呼ばれる特異な神経症状が出現することで知られてきたが,われわれは左内頸動脈瘤手術に際して前脈絡叢動脈の閉塞を生じ,従来からAbbie症候群を構成するとされてきた片麻痺・半身知覚障害・半盲の他に,超皮質性感覚性失語を呈した症例を経験した.そこで,文献的考察を加え,内頸動脈瘤手術時の前脈絡叢動脈温存の重要性を一層喚起すべく報告する.
頸椎黄色靱帯石灰化症の1例
著者: 原口浩一 , 八巻稔明 , 黒川泰任 , 大滝雅文 , 伊林至洋 , 上出廷治 , 田邊純嘉 , 端和夫
ページ範囲:P.69 - P.73
I.はじめに
頸椎黄色靱帯石灰化症は,脊柱管狭窄をきたして脊髄圧迫症状を呈し得る疾患であり,1976年に南光ら23)により初めて報告されて以来報告例が増加している.しかし,ときに黄色靱帯骨化症と混同され,病因もいまだ解明されてはいない.われわれは,短期間に進行性の脊髄症状を呈した頸椎黄色靱帯石灰化症の1例を経験した.過去の報告例と併せ,両者の相違点を中心に考察して報告する.
Craniospinal arachnoid cystの1例
著者: 福島裕治 , 佐藤雅春 , 田口潤智 , 佐々木学 , 松島豊 , 金井信博 , 早川徹
ページ範囲:P.75 - P.79
I.はじめに
頭蓋頸椎移行部に発生したくも膜嚢胞は,cranio—spinal arachnoid cystと呼ばれ,極めてまれである.われわれは小脳半球内から上部頸椎椎管内に至る同症例を経験し,治療し得たので,文献的考察を加えて報告する.
浅側頭動脈・中大脳動脈吻合術後に出現した硬膜動静脈奇形の1例
著者: 伊賀瀬圭二 , 岡芳久 , 久門良明 , 善家喜一郎 , 岩田真治 , 榊三郎
ページ範囲:P.81 - P.85
I.はじめに
後頭蓋窩硬膜動静脈奇形(dural arteriovenous malfor—mation,以下dural AVM)は,Newton12)が“dural arte—riovenous malformation in the posterior fossa”として報告して以来,診断技術の進歩に伴い多くの報告がみられるようになって来た.しかしその発生機序に関しては先天的に存在していた動静脈吻合が発達したとする先天説と,外傷や静脈洞血栓により後天的に発生したとする後天説の2つの考え方があり,未だ結論を見ていない.また治療法に関しても外科的摘出術やembolizationなどが行われているが,現在も議論を呼ぶところである.
最近われわれは,浅側頭動脈—中大脳動脈(STA—MCA)吻合術を施行後,外頸動脈系の拡張とともにdu—ral AVMが出現した症例を経験したので,特にその発生機序について,文献的考察を加えて報告する.
前大脳動脈解離性動脈瘤の1例
著者: 荒木朋浩 , 大内雅文 , 池田裕
ページ範囲:P.87 - P.91
I.はじめに
頭蓋内の解離性動脈瘤は嚢状動脈瘤に比較して発生頻度は著しく少ない9,13,15,19).脳血管造影検査の普及により,頭蓋内の解離性動脈瘤の症例報告も増えつつある9,13-15,18).しかしそれらの多くは内頸動脈,中大脳動脈,椎骨動脈に発生している1,9,13,15).前大脳動脈に限局して発生した解離性動脈瘤の症例報告はわれわれが文献を渉猟した限りでは16例のみであった1,2,4-16,18).今回われわれは右前大脳動脈のA2に限局した解離性動脈瘤の1症例を経験したので,文献的考察を加え報告する.
良性頭蓋内圧亢進症の1例:頭蓋内圧連続測定結果より
著者: 徳野達也 , 吉田真三 , 山本豊城
ページ範囲:P.93 - P.98
I.はじめに
良性頭蓋内圧亢進症(benign intracranial hyperten—sion)はpseudotumor cerebriともよばれ頭蓋内に占拠性病変が存在しないにもかかわらず頭蓋内圧亢進症状を示す症候群である.特異的な所見に乏しいため診断はしばしば因難であるが,今回われわれは頭蓋内圧連続測定が診断および治療に有用であった1例を経験したので報告する.
基本情報

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