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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科24巻10号

1996年10月発行

雑誌目次

先端医療とプライマリー・ヘルス・ケアー

著者: 若井晋

ページ範囲:P.873 - P.874

 1978年旧ソ連邦,現カザフスタン共和国のアルマ・アータで行われたWHOの会議で「西暦2千年までに全ての人に健康を」(Health for all by the year of 2000)という宣言が採択されました.この会議ではそのための戦略としてプライマリー・ヘルス・ケアーの概念と方法が取り入れられ特に発展途上国で力を発揮してきました.それによってこの20年間で乳幼児死亡率や5歳児以下死亡率がかなりの国々で低下してきました(UNICEF.The State of the World Children,1995).しかし1990年代後半に入ってから発展途上国の中でも最貧国といわれる国々特にサハラ砂漠以南の国々では健康指標の改善が低迷し,国によってはむしろ悪化しているところも出てきています.その原因の一つに以下に述べる世界銀行(以下世銀)の政策が大きく影響しています.
 現在発展途上国の保健医療政策に大きな力を持っているのはWHOよりはむしろ世銀です.世銀は「北」の先進国からの拠出金から成り立っています.その政策決定は拠出金の額によって決められた投票権によっています.拠出金では1994年(世銀発足50年)には日本は米国の218億ドルについで世界第2位で,207億ドルでした.上位は全てG7で占められています.パート一(と世銀が名付けた先進国)の26カ国の総計は867億ドルで,それに対してパート二(発展途上国)の130カ国の拠出金総額は29億5千ドル,しかもその殆どはサウジアラビアの20億ドルで他の「貧しい国々」は殆ど0に等しいのです.従って政策決定に当たっては「貧しい国々」の発言権は殆ど皆無で,G7,中でも米国の発言力が最も大きいのです.

総説

無症候性脳動脈瘤—その対応と問題点

著者: 齋藤勇

ページ範囲:P.875 - P.884

I.はじめに
 最近の脳の人間ドック,いわゆる“脳ドック”の普及により無症候性脳血管疾患が極めて高頻度に発見されるようになり,その対応が問題になっている.外傷性疾患を除けば,あらゆる疾患は無症候性の時期があり,その大きさの増大,血管の破綻や閉塞に至って初めて症候性となり診断と治療が始められる.しかるに,疾患が無症候性のうちに早期発見を目指すのが人間ドックであり,MRIの普及に伴い脳疾患においても,無症候性のうちに脳動脈瘤を発見する試みが盛んになったわけである.最近の脳血管障害の分類でも,Table 1の如く,無症候性脳血管障害という疾患単位が独立し記載されるに至っている57)
 無症候性脳血管疾患は,Table 2に示すように,1.出血を起こす可能性のある,A.脳動脈瘤,B.脳動静脈奇形その他の血管奇形,2.脳血管の閉塞性変化で脳虚血を惹き起こす可能性のある,A.頸部頸動脈の狭窄—閉塞,B.脳白質の梗塞性病変,3.その他,に分類される.

研究

両側頸動脈内膜剥離術症例の検討

著者: 佐藤光夫 ,   西坂利行 ,   遠藤雄司 ,   前野和重 ,   高萩周作

ページ範囲:P.885 - P.890

I.はじめに
 脳血管障害における脳梗塞の比率は近年増えており,なかでも頭蓋外頸部動脈病変が増加しているといわれている14).この頸部内頸動脈狭窄症に対する頸動脈内膜剥離術(carotid endarterectomy,以下CEAと略す)については,最近のrandomized study,すなわちEuropean Carotid Study Trial(ECST)4),North American Symp—tomatic Carotid Endarterectomy Trial(NASCET)17)をはじめ,欧米での大規模な共同研究7,13,23-25)により,70%以上の頸動脈狭窄を有する症候例では,CEA施行群の方が保存的治療群より優れた脳梗塞の予防効果を有することが報告され今後本邦においてもCEAの症例数の増加が予想される.しかしながら,この頸動脈病変が両側性に認められる場合,その手術適応や手術法,周術期管理について問題となることが多い1,12,15,20).また,本邦において片側CEA症例を100例以上報告している施設の最近の報告でも,両側CEAは上田ら27)の20例を除くと5-9例2,8,18,28)と意外に少なく,未だ十分な検討がなされていないのが現状と考えられる.
 そこで今回著者らは,当科で施行した両側CEA症例について,その臨床像,治療成績を検討するとともに,治療上の問題点について文献的考察を加え報告する.

頭部外傷におけるFLAIR(fluid-attenuated inversion recovery)法の有用性

著者: 鶴嶋英夫 ,   目黒琴生 ,   和田光功 ,   成島浄 ,   長友康 ,   鈴木謙介 ,   中井啓 ,   吉井與志彦 ,   能勢忠男

ページ範囲:P.891 - P.895

I.はじめに
 現在,magnetic resonance image(以下MRI)は脳神経外科疾患の診断に重要な位置を占めており,MRIの実際の撮像にはFast SE法を用いたT1強調画像,T2強調画像およびプロトン密度強調画像が広く利用されている.これらの撮像法の中で病巣の検出率に関してはT2強調画像が有効なことが多いが,T2強調画像では多くの病的組織が高信号領域として描出され,そして脳脊髄液も高信号に描出されるために脳脊髄液と接した脳室および脳溝周囲の病巣では鑑別が困難になることがある.
 今回われわれはIR法シークェンスを用いて脳脊髄液の信号を抑制し,T2緩和時間の差を強調した画像を撮影するfluid-attenuated inversion recovery法(以下FLAIR法)を頭部外傷に対して施行し,従来のT2強調画像およびCT scanとの比較検討を行ったので報告する.

脳動静脈奇形の血行動態モデル解析:血管壁応力の変化とNPPB予知の可能性

著者: 長澤史朗 ,   川西昌浩 ,   山口和伸 ,   多田裕一 ,   梶本佐知子 ,   梶本宜永 ,   田中英夫 ,   太田富雄

ページ範囲:P.897 - P.903

I.はじめに
 顕微鏡手術・血管内手術・γナイフなどの発達,さらに段階的手術や集学的治療の工夫により,脳動静脈奇形(以下AVMと略す)の治療は著しく向上した1,8,11,22,23,25).しかし巨大・高血流量AVMの成績は良好とは言えないのが現状である.この種のAVMでは周囲の脳血管が長期間低潅流状態にさらされたために脆弱になり圧・流量自動調節能(pressure autoregulation,以下ARと略す)が破綻していると推定されている.このためAVMの治療の進行に伴う潅流圧の増加に対処できず,hyper—perfusionや脳浮腫,出血など,normal perfusion pres—sure breakthrough(NPPBと略す)とよばれる現象が起こり,これが治療成績の向上を妨げる主要な原因となっている7-9,21,23)
 著者らはAVM周囲脳のARに何らかの破綻が存在し,AVM閉塞術時に同部に異常な血流増加が起こることがNPPBに至る必要条件の一つであるという立場に立ち,周辺脳にhyperperfusionが出現する条件を検討してきた14,15).その結果,著しいhyperperfusionの出現のためにはARの下限閾値の低下が必要であること,hyperperfusionないしはNPPBに至る血行力学的過程は一つとは限らないことが示唆された.そこで同様のモデルを用いてAVM周囲脳の細動脈壁の応力値を分析し,AVM閉塞術時に予想される血管壁の力学的変化が,hyperperfusionやNPPBに至る過程にどのように関与するのかを検討した.

プロボクシング外傷による急性硬膜下血腫の検討

著者: 沢内聡 ,   村上成之 ,   谷諭 ,   小川武希 ,   鈴木敬 ,   阿部俊昭

ページ範囲:P.905 - P.911

I.はじめに
 対戦相手をリングに沈める,すなわち脳震盪に陥れて勝利を得ることがボクシングの目的である.その反面,脳震盪にとどまらず頭蓋内出血などが発生すれば,事故として大きな社会問題となることも事実である.現在日本のプロボクシングは,脳神経外科医を含む日本ボクシング・コミッションにより試合中の安全対策がなされている.しかしプロボクシングの公式試合で1994年に4例,1995年には6例の急性硬膜下血腫が発生し,マスコミでもボクシング外傷による事故として話題になった.国外では急性期,慢性期を含めボクシング外傷による脳障害について多くの報告があるが,わが国ではボクシング外傷による急性硬膜下血腫の報告は少ない.今回プロボクシング外傷による急性硬膜下血腫例について検討し,若干の考察を加え報告する.

ブロモクリプチン治療中にけいれん発作を生じたプロラクチン産生腺腫:腺腫の鞍外側方進展様式とけいれん発現との関係

著者: 丹羽潤 ,   田辺純嘉 ,   端和夫

ページ範囲:P.913 - P.919

I.はじめに
 海綿静脈洞への側方進展を伴うプロラクチン(以下PRL)産生腺腫9症例に対してブロモクリプチンの単独大量投与を行い,うち3例で治療経過中にけいれん発作を認めた.下垂体腺腫の鞍外側方進展様式とけいれん出現時のMR所見から発作の発現機序について検討したので報告する.

側頭葉神経膠腫における聴覚誘発磁界

著者: 菅野彰剛 ,   中里信和 ,   溝井和夫 ,   吉本高志

ページ範囲:P.921 - P.925

I.はじめに
 聴覚野は側頭葉上面に存在し,一側耳の聴覚刺激に対しても両側性に反応することが知られている1,4,6,13,15,16,19,24,26,29)が,頭皮上記録による聴覚誘発電位では両側半球由来の信号が重畳して観察されるため左右の聴覚機能を分離して評価できなかった3,6,14,28).一方で,聴覚誘発脳磁界は左右半球由来の信号を明確に分離できるのが特徴である.すでにわれわれはヘルメット型脳磁計による健常例の検討から,中・長潜時成分における振幅,潜時,信号源位置の左右差について報告している10-12,19,20)
 本研究では,側頭葉神経膠腫が大脳皮質聴覚機能に与える影響を調べるため,純音刺激による聴覚誘発磁界を計測し健常人データとの比較検討を行った10-12,19,20)

症例

多彩な脊椎病変を合併した末端肥大症の1例

著者: 須賀俊博 ,   村上栄一 ,   石塚正人 ,   方宇壽楠 ,   吉岡邦浩 ,   佐野光彦 ,   細矢貴亮

ページ範囲:P.927 - P.932

I.はじめに
 末端肥大症や巨人症では,四肢の骨・関節病変とともに脊柱変形を呈しやすく,診断基準副症状の一つに数えられている14).脊椎骨の肥大や脊柱管内の軟部組織の肥大による脊柱管狭窄症もよく知られているが3,9,15),椎間板ヘルニアや脊柱靱帯骨化症の合併は比較的少ない1,2,10,16).また,脊髄・脊椎の海綿状血管腫は,椎体骨よりの発生が大部分であり,硬膜外発生例は極めて稀である5,7)
 われわれは,頸椎椎間板ヘルニア,胸椎の黄色靱帯および後縦靱帯の骨化症および硬膜外発生の海綿状血管腫,腰椎狭窄症などの多彩な脊椎病変を呈した末端肥大症の1例を経験した.四肢麻痺と対麻痺を,短期間のうちに相次いできたし,手術により軽快したが,このような例は極めて稀である.文献的考察を加え,報告する.

Klippel-Feil症候群に合併した頭蓋外椎骨解離性動脈瘤の1例

著者: 清水重利 ,   諸岡芳人 ,   田中公人 ,   中川裕 ,   黒木実 ,   小島精

ページ範囲:P.933 - P.937

I.はじめに
 Klippel-Feil症候群は2つまたはそれ以上の頸椎の分節障害による奇形であるが,単に1つまたは2つの椎間が癒合したものでは症状を呈さないものが多い.しかし今回われわれは椎骨癒合上位での過剰運動部位で椎骨動脈損傷を生じ外傷性解離性動脈瘤を併発したと考えられるKlippel-Feil症候群の1例を経験したので報告する.

後頭蓋窩嚢胞を合併した脊髄空洞症の1例

著者: 若本寛起 ,   小林一夫

ページ範囲:P.939 - P.943

I.はじめに
 脊髄空洞症は多くがキアリ奇形に合併し,その発生原因についてはGardner6)の報告以来,多くの研究と諸説が発表されているが,未だ解明には至っていない.しかしキアリ奇形における大孔部での髄液循環障害が脊髄空洞症の発生に関与している可能性は以前より指摘されており,実際にキアリ奇形を合併していない症例で,大孔部での髄液循環障害をきたすような後頭蓋窩病変を合併した脊髄空洞症の報告が散見される4,5,8,9).今回われわれは出生時外傷により発生したと思われる後頭蓋窩嚢胞を合併した脊髄空洞症の1例を経験し,嚢胞腹腔シャント術にて改善が見られたので,今までに報告された後頭蓋窩嚢胞を合併した脊髄空洞症の6例を含め,若干の文献的考察を加えて報告する.

急性硬膜下血腫を来した被虐待児症候群の3例

著者: 福井啓二 ,   安部智宏 ,   久門良明 ,   榊三郎 ,   藤田仁志 ,   畠山隆雄

ページ範囲:P.945 - P.948

I.はじめに
 1946年アメリカの小児放射線医Caffeyが,小児の長管骨の異常な多発性骨折と硬膜下出血の合併する6例を発表し2),1962年にKempeがchild abuseによる特殊な外傷をbattered child syndrome(被虐待児症候群)として報告して以来9),本邦においても数多くの報告がなされている1,5,8,10-12).この被虐待児症候群においては,皮膚症状,骨折・脱臼,硬膜下出血,精神運動発達の遅滞,腹腔内損傷などの多彩な症状を呈するが,この中でも頭部外傷が予後に与える影響はきわめて大きい.今回われわれは急性硬膜下血腫を形成した被虐待児症候群の3症例を経験したので,その臨床経過を提示し,早期診断と患児・両親に対する早期治療の重要性につき報告する.

延髄嚢胞性血管芽腫の1例

著者: 増田彰夫 ,   藤岡政行

ページ範囲:P.949 - P.953

I.はじめに
 血管芽腫はおもに後頭蓋窩に好発する腫瘍で,小脳では壁在結節を伴う嚢胞性腫瘍が多い3,9,12,13,16).しかし脳幹部にみられる場合おもに延髄背側正中部で実質性のものであり6,8,12,14),摘出術においては技術的にも非常な困難を伴い,手術死亡率も高く,悲惨な結果に終ることが多い.しかし血管芽腫であれ星細胞腫であれ脳幹部に嚢胞を伴う腫瘍の報告はきわめてすくない1,2,7,9,16,17).今回われわれは壁在結節を伴う延髄嚢胞性血管芽腫の非常にまれな症例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

解離性脳動脈瘤による中大脳動脈閉塞の1例

著者: 夫由彦 ,   小宮山雅樹 ,   井上剛 ,   大畑建治 ,   松岡好美 ,   白馬明

ページ範囲:P.955 - P.959

I.はじめに
 解離性脳動脈瘤による脳虚血は40歳までの脳梗塞の原因の10%をしめる重要な疾患であるが6),その診断と治療法については議論のあるところである.解離性脳動脈瘤に特徴的な血管撮影所見としてはdouble lumen1-3,5,9,12)とString and pearl Sign2,3,7-11)があるが,これらの所見の経時的変化と相互の関係についての報告はない.今回,血栓溶解術を施行し中大脳動脈を再開通せしめ良好な結果を得た症例を報告し,興味ある経時的血管撮影所見と治療の妥当性について考察する.

レンズ核線条体動脈末梢動脈瘤の1小児例

著者: 遠藤賢 ,   落合慈之 ,   渡辺邦彦 ,   好本裕平 ,   若井晋

ページ範囲:P.961 - P.964

I.はじめに
 レンズ核線条体動脈末梢の動脈瘤の多くは高血圧性脳内出血の出血源である微小動脈瘤であり26),通常の血管撮影で発見される例は,もやもや病,AVMなどの脳血管奇形を合併していることが多い.今回,高血圧や脳血管病変を合併しない女児で,脳内出血で発症し,レンズ核線条体動脈最外側枝末梢の動脈瘤が出血源であった1例を経験したので報告する.

報告記

「第2回世界頭蓋底学会」印象記

著者: 端和夫

ページ範囲:P.966 - P.967

 6月29日から7月4日まで米国サンディエゴ市で行われた第2回世界頭蓋底学会に参加した.これは4年前にMadjid Samii会長のもとでハノーバーで行われた第1回の会議に続くもので,今回は耳鼻科医であるHouse Ear InstituteのDerald Brackmann会長のもとで行われ第7回北米頭蓋底学会も兼ねているという.サンディエゴへは始めて来たが,カリフォルニアの南端の海辺で,年中,快適な気温で毎日雲一つない日本晴れが続く.しかし緑も多く,夜は涼しいという大変結構なところである(写真1).
 参加者は全体で約500人程度に見えたが,日本を含めて,インド,韓国,台湾などアジアの国からの参加者は多くはなかった.ヨーロッパからも多いとは見えず,実際は北米学会で,世界学会がそれにくっ付いているという印象である.米国人の中には,何度も会があり過ぎるとこぼしている人もいて,4年に一回の世界学会という認識はあまりないらしい.会議の内容も圧倒的に米国が主導である.多少いまいましい感じもするが,米国の頭蓋底外科の層の厚さを考えると仕方がないことであろう.

読者からの手紙

伏在静脈バイパス術:グラフト側枝利用によるモニタリングの限界について

著者: 長澤史朗 ,   川西昌浩 ,   太田富雄

ページ範囲:P.968 - P.968

 私たちは伏在静脈を用いた頭蓋内外バイパス術時に,太い静脈分枝をグラフトに残し,この側枝を利用して吻合後に管腔内に残存した空気や血栓の除去,また流出する血流の速さや内圧測定からバイパス機能を判定する右用性を本誌で発表しました1).今回このようにして術中にグラフト開存性が良好と判断した症例で,術直後に塞栓症が発見されて失った症例を経験しました.既に発表した内容の中に,術中判断に関連して留意すべき重要な点があったため,本誌にletterをしたためました.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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