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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科25巻10号

1997年10月発行

雑誌目次

「天寿がん」について

著者: 松谷雅生

ページ範囲:P.873 - P.874

 本年4月,90歳を越えた大女優Sが膵臓がんにより死去した.報道によると昨秋の舞台を好評裡に終え,12月には今春公演の打ち合わせに元気に出席していたとのことである.ところが年末に体調を崩して入院し,公演は代役がつとめることになった.それでも2月頃は舞台復帰を目指し,病室で体操し体力の回復に努めていたそうである.その後1カ月余りで状態が急変したのであろう.死へ向かって坂道を転がった期間はごく短く,おそらく激しい苦痛もなかったのではないだろうか.痛みをこらえたという話は聞こえてきていない.
 高齢者,超高齢者のがんが増加している.これらのがんの中には,他の年代には見られない独特の生物学的特徴,ないし自然死を示すものがある.その1つの稀有な極型として,さしたる苦痛なしに天寿を全うしたように人を死に導く「天寿がん」という概念が提唱されている.癌研究会癌研究所の北川知行所長(病理学)を中心とする厚生省の助成研究の1つである.

総説

グリオーマ細胞の分化誘導の試み

著者: 坂井昇 ,   竹中勝信 ,   酒井秀樹 ,   吉村紳一

ページ範囲:P.875 - P.882

I.はじめに
 ヒトを含む哺乳動物の中枢神経系では多種の細胞群が部位特異的あるいは細胞種特異的な分化を遂げ,神経回路網を形成する.神経系の発生においてneuronとgliaの細胞起源に注目した研究は古くからみられ,一元的あるいは二元的だとする論争の歴史15)やBaileyとCushingによるneuronとgliaの細胞系譜に関する図式2)がよく知られている.その後,Raffら44)は免疫学的手法を用いてglia細胞分化の系譜を確立しType 1,Type 2 astrocyteおよびO−2A progenitor cellの存在を証明した.また,最近注目される研究として,1995年neuro—gliaのprogenitorにおいてneuronとgliaの分岐のスイッチを担う遺伝子(glial cells missing(GCM))の存在が明らかにされた16,18).このほかにも,正常なglia細胞の分化に関する研究については,分化における遺伝子発現とその制御など数多くの報告10-12,30,33,37,62)がみられる.一方,glioma細胞は,その起源,あるいは増殖能・運動能・浸潤能など解明されるべき多くの課題がある.最近目ざましい発展を遂げている分子生物学の成果は,これまでのgliomaの病理学的分類21)にも大きな影響を与えている.また,臨床材料を用いたglioma組織の分子生物学的解析技術,培養glioma細胞に対する遺伝子の解析や導入およびその発現抑制といった研究分野6,22,41,43,46,57,68)への発展につながっている.これらの成果に立脚して遺伝子レベルでのgliomaの治療法開発への先駆的な研究1,7,29)も始められている.本稿では臨床応用を目指したglioma細胞の分化誘導に関して,1)薬剤による分化誘導の試み,2)分化誘導に関与する細胞内情報伝達機構の解析,3)分化誘導に関連する未知遺伝子の探索の3点に話題を絞って,それと関連した最近の基礎的知見をreviewし,併せて教室で行っている培養glioma細胞の分化誘導に関する検討結果を紹介する.

解剖を中心とした脳神経手術手技

水頭症に対する神経内視鏡手術

著者: 岡一成 ,   朝長正道

ページ範囲:P.883 - P.892

I.はじめに
 神経内視鏡による手術も外科手術の基本手技に準じるが,すべての操作がテレビモニターの映像の下に,解剖学上のオリエンテーションをつけ,病変の観察・処置を行うことが大きく異なる.また,脳室内の脳脊髄液の中で処置を行うために必要な器材と術者の技術が求められる.開頭手術が脳の表面から順次病巣へ達するのに対して,神経内視鏡では脳室内と脳室側からの脳槽観察と,神経内視鏡の軸の回転による画像の上下変化のため,より立体的な解剖の理解が要求される.本稿では神経内視鏡で観察した脳室の解剖,神経内視鏡下手術の基本操作,手術適応について述べる.

研究

脳神経外科領域におけるMRSA保菌者に対する補剤の効果

著者: 刈部博 ,   隈部俊宏 ,   石橋安彦 ,   酒井邦雄 ,   椎名巌造

ページ範囲:P.893 - P.897

I.はじめに
 メチシリン耐性ブドウ球菌(methicillin resistant sta—phylococcus aureus,MRSA)は,メチシリンをはじめとするβ—ラクタム薬に耐性となったブドウ球菌の総称で,有効な抗生物質はほとんどなく,遷延性意識障害・広範囲熱傷・未熟児など栄養状態/免疫状態の低下した患者に重篤な感染症を引き起こす.このようなMRSA感染症は抗菌剤投与法の工夫等により,減少傾向にあるものとされるが11),かわって最近では,明らかな感染徴候を伴わなくても咽頭,喀痰,褥瘡などにMRSAを保菌する内因性保菌者が注目されつつある.脳神経外科領域のMRSA患者の多くは,MRSA内因性保菌者で6),しばしばMRSA保菌/排出状態が遷延化し,院内感染発生の危惧から院内感染対策を講ずる場合が多い.
 MRSAによる院内感染予防対策としては,患者を隔離し,直接接触を避け,滅菌消毒を励行する菌拡散防止策が一般的である.しかし,この方法は診療や介護の負担を増大させ,リハビリテーション進行のうえでも大きな妨げとなる6).しかも,内因性保菌者では耐性菌出現のため積極的な抗菌治療ができない場合も多く,治療が確立しているとは言い難い.

Pure cortical arterial injuryによる急性硬膜下血腫:自験例14症例からの考察

著者: 朴永銖 ,   下村隆英 ,   奥村嘉也 ,   榊寿右

ページ範囲:P.899 - P.905

I.はじめに
 急性硬膜下血腫(以下ASDH)は通常脳皮質の挫傷の結果,動静脈が損傷されて発生してくる.
 一方,高齢者や脳に萎縮のある場合は,比較的軽い外傷で脳実質には挫傷を伴わず皮質動脈のみが損傷してASDHが発生したという報告が散見されるが3,4,6),まとまった症例数の報告は少ない.われわれは過去12年間に14例のpure cotical arterial injuryによるASDHを経験したので,その臨床的特徴について報告する.

血管撮影にて異常を認めないくも膜下出血症例の治療方針

著者: 安井敏裕 ,   坂本博昭 ,   岸廣成 ,   小宮山雅樹 ,   岩井謙育 ,   山中一浩 ,   西川節 ,   中島英樹 ,   韓正訓

ページ範囲:P.907 - P.912

I.はじめに
 臨床症状ならびにCTスキャンの所見からは明らかなくも膜下出血(以下,SAH)であるにもかかわらず,脳血管撮影では脳動脈瘤などの異常を認めない症例が存在する.これら原因不明のSAH症例の予後は一般には良好であると言われている17,26).しかし,中には再出血を来たしたり重篤な脳血管攣縮のために予後不良となる場合もある.すなわち原因不明のSAH症例の原因は単一とは言いがたく,特に問題となるのは剖検や試験開頭により確認されているように破裂脳動脈瘤による症例も含まれている可能性があるということである.今回は,自験例について臨床所見ならびに長期追跡調査結果を検討し,脳血管撮影で異常を認めないSAH症例の管理方法について考察する.

眼窩内腫瘍31例の治療経験:fronto-orbito-zygomatic approachによる全摘出術を中心に

著者: 秋山英之 ,   近藤威 ,   鈴木寿彦 ,   中村貢 ,   江原一雅 ,   玉木紀彦

ページ範囲:P.913 - P.917

I.はじめに
 眼窩内腫瘍は頻度としては比較的少ないものであるが,その組織型は多種にわたり選択すべき手術アプローチも異なってくる.われわれは当施設において経験した眼窩内腫瘍について手術アプローチを中心に検討を加えた.

斜台脊索腫に対するstereotactic brachytherapy

著者: 松本健五 ,   為佐信雄 ,   富田享 ,   田宮隆 ,   古田知久 ,   大本堯史

ページ範囲:P.919 - P.925

I.はじめに
 斜台脊索腫はその発育部位,性質から,多くの場合全摘出は困難で,可及的摘出ののち残存腫瘍に対して放射線治療が行われている5,6).しかしながら,解剖学的に脳幹,脊髄,視神経や主要動脈などが近傍にあるため腫瘍増加の制御に要する十分の放射線量がかけられないことから従来の放射線治療にも限界があり,治療困難な腫瘍とされている7,12,16)
 この斜台脊索腫に対する新しいアプローチとして,正常組織を温存しながら腫瘍局所に大量照射が可能な集光照射の一つであるbrachytherapy(低線量率持続放射線組織内照射)の有効性が最近報告されている8,11).本法の最大の問題点は複雑な形をした腫瘍内へ正確にカテーテルを刺入することの困難性にある10)
 われわれはカテーテル刺入法の改良を試み,良好な成績が得られたので若干の文献的考察を加え報告する.

痙性斜頸に対する選択的末梢神経遮断術の定量的評価

著者: 平孝臣 ,   河村弘庸 ,   谷川達也 ,   伊関洋 ,   今村強 ,   厚地正子 ,   川島明次 ,   高倉公朋

ページ範囲:P.927 - P.932

I.はじめに
 痙性斜頸の多くは主として副神経に支配される胸鎖乳突筋の異常収縮だけでなく,第1頸神経(C1)から第6頸神経(C6)によって支配されている後頸部の板状筋,半棘筋などの多数の筋肉の異常収縮が複雑に組合わさって症状を呈してくる16).これが痙性斜頸の治療を複雑にしている要因の一つと考えられる.痙性斜頸の中には自然寛解する例も知られているが,患者の精神的負担などを考慮した場合,積極的な治療が必要となることが多い.しかし保存的治療の多くは無効であり,古くから定位脳手術や脊髄硬膜外刺激などの外科的治療が試みられてきた10,17).しかし現在でもこれらの外科治療の効果は一定しているとは言えない17,19).一方最近では,神経筋接合部に作用するボツリヌス毒素の微量局所注射(BTX)が注目されているが,効果の持続期間,耐性,深部筋への治療の限界などの問題が残されているのが現実である12,15)
 筆者らは痙性斜頸の外科的治療のひとつとして,異常収縮をおこしている筋肉への運動神経を末梢で選択的に遮断する選択的末梢神経遮断術(Selective Peripheral Denervation,SPD)2-4)を行っている20,21).今回その効果を定量的な方法で評価した結果を報告するとともに,文献的にもこの手術が効果や副作用,効果の持続性などの点で優れた方法であり,たとえボツリヌス毒素が一般的に入手可能となっても,今後さらに普及すべき外科的治療法であることを強調したい.

症例

脳梁辺縁動脈非血管分岐部より生じた破裂脳動脈瘤の1例

著者: 山下陽一 ,   鈴木紀成 ,   清水健司 ,   池田幸穂 ,   寺本明

ページ範囲:P.933 - P.937

I.はじめに
 前大脳動脈の末梢に発生する動脈瘤は比較的稀であり,その合併する血管奇形や特徴的な臨床症状などで興味ある疾患である.また,発生部位のほとんどが脳梁周囲動脈の血管分岐部であるが,今回われわれは,脳梁辺縁動脈上の血管非分岐部から生じた破裂脳動脈瘤によるくも膜下出血例を経験したので文献的考察を加え報告する.

海綿静脈洞に進展した上咽頭癌の1例

著者: 田口潤智 ,   佐藤雅春 ,   佐々木学 ,   尾崎正義 ,   花田正人 ,   久山純 ,   早川徹

ページ範囲:P.939 - P.942

I.はじめに
 上咽頭癌は,局所の腫瘤形成や頸部リンパ節腫脹などを呈する耳鼻科領域の疾患である.初診時に既に転移巣を有する症例が非常に多く全体の70%以上を占め,これがこの疾患の予後不良の一因ともなっている.このように転移しやすいのにかかわらず,連続性に頭蓋底に浸潤することは,非常に近い部位でありながらまれであるとされている.われわれは,外転神経麻痺を呈した患者の海綿静脈洞病変に対して生検を行うことにより,上咽頭癌の存在が判明した症例を経験した,本例は原発部位に肉眼的には病変が認められないのにかかわらず,既に連続性に頭蓋内への進展を示しており,非常にまれであると考えられた.さらにこの症例に対して,手術と放射線治療を行い,寛解をもたらすことが出来たので文献的考察を加え報告する.

Meckel's caveに発生したepidermoidの1例

著者: 太田浩嗣 ,   乙供通則 ,   中村達美 ,   横田晃

ページ範囲:P.943 - P.947

I.はじめに
 頭蓋内類上皮腫は原発性脳腫瘍では稀で0.2-1.0%にみられ20,22),40歳台に最も多い3),本腫瘍は小脳橋角部に50%と多く,他に錐体骨先端部,板間層,鞍上部及び傍トルコ鞍部にもみられるが5,19),Meckel's caveに発生したものは極めて稀である18).われわれはMec—kel's caveに発生した類上皮腫の1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

Metaplastic bone formationを伴う脳室内腫瘍の1例

著者: 鶴嶋英夫 ,   亀崎高夫 ,   野口昭三 ,   吉井與志彦 ,   能勢忠男

ページ範囲:P.949 - P.952

I.はじめに
 神経膠腫内の石灰化はしばしば観察されるが,間質系成分である骨形成を観察することは極めてまれである.今回,結節性硬化症(TSC)が疑われる患者に合併した脳室内腫瘍で腫瘍の病理診断がsubependymal giant cell astrocytomaでなく,しかも標本上にbone formationが観察された症例を経験したので報告する.

後頭蓋窩髄膜腫摘出術後,広範な脳血管攣縮を呈した1例

著者: 楠瀬睦郎 ,   福田修 ,   斎藤隆景 ,   高久晃 ,   遠藤俊郎

ページ範囲:P.953 - P.957

I.はじめに
 脳腫瘍摘出術後に脳血管攣縮を合併した報告は,下垂体およびその近傍腫瘍例に散見される1,3,6,7,9))が,同部以外の腫瘍例で術後に血管攣縮を併発することは極めて稀である.後者の血管攣縮の原因は術中のくも膜下出血が多いとされている1,3,7)が,厳密なetiologyに関しては,不明な点が多い.今回われわれは,後頭蓋窩髄膜腫摘出術後,くも膜下出血がきわめて少なかったにもかかわらず,術翌日に広範な脳血管攣縮を併発した一例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する.

gyrectomy法にててんかん焦点を含めて全摘出し得た難治性向反発作を呈したtuberous sclerosisの1手術例

著者: 小久保安昭 ,   嘉山孝正 ,   斎藤伸二郎 ,   黒木亮 ,   斎野真 ,   中島雅央

ページ範囲:P.959 - P.964

I.はじめに
 近年,画像診断の進歩とともにより精密なてんかん焦点の同定が可能となり,薬物治療のみでは発作が十分抑制できない難治性てんかんの中に外科的治療の適応となる症例が見い出されるようになってきた1).今回われわれは,薬剤抵抗性の難治性てんかんで発症したtube—rous sclerosisの症例に対し,外科治療を試み,術中皮質脳波にててんかん焦点を同定しsulcotomyによる“gyrectomy法6)”を用いて焦点を含む脳回切除を行い,術後てんかん発作が消失した1小児例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

報告記

第3回国際定位的放射線外科学会

著者: 大江千廣

ページ範囲:P.966 - P.967

 国際定位的放射線外科学会(ISRS)の第3回学術集会は6月25-28日の四日間(実質三日),スペインのマドリッドで行われた,第1回はストックホルム(1991年),第2回はボストン(1994年)で行われたものの続きである,私は第2回は欠席したが,今回の印象のまとめを先に述べると,非常に参加者がふえて内容も多彩になりつつあること,しかし会長のLindquist,前会長のLunsfordのL-L金太郎飴的な色彩が濃厚であったこと,それに全体としてかなり豊富な資金で運営されたと言うことである.
 学会は8時から9時半まで朝食セミナー,4会場にわかれて色々なテーマでかなり実質的な発表と討論が行われた.私はその中で,一つずつ「AVMに対する放射線外科後の出血の危険性」,「実験的放射線外科」,「聴神経腫瘍,分割照射か否か」,に出席した.AVMの自然経過では容積の小さいものに出血の危険性が大であるとされているが,照射後は大きなAVMで年齢,部位などに関係なく出血の危険性が大であることが示された.AVMの一部が残りやすく,その部分への血流に対する負担が大きくなることが主な原因と説明された.実験的放射線外科では生物学的効果が聞けるのでは,と期待していたがこれまでに発表されている動物実験の範囲を出なかった.色々な神経要因にどのような経過で放射線の作用が及ぶのかは,まだ不明のようだ.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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