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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科26巻3号

1998年03月発行

雑誌目次

ダイアモンド・ダスト

著者: 田中達也

ページ範囲:P.197 - P.198

 実験室の外壁がパァーンと唸った.左右両大脳皮質に独立したてんかん焦点をもつ猫を用いたcallosotomyの実験も佳境に入って,手術用顕微鏡を用いたcallosotomy直後から,左右同期していたgeneralized spikeが,左右independentに出現するようになり,さらに発作も左右独自に起始するようになって,実験室で歓声が上がった直後のことである.また,パァーンと低く音が響いた.教授室に戻って部屋の明りを消して,窓から外を透かして見ると,満天の星空である.真冬の星座はきらきらと輝いて,薄明りにも明るく映える真っ白な銀世界を幻想的に浮かび上がらせているようである.
 旭川に赴任した頃は,この音は建物が爆発したのではないかと騒然とした気持ちになったが,旭川出身の医局員が,これは,外気温が氷点下15度以下になると,コンクリートと中の鉄筋に歪みが生じて,音を出すらしいとの説明を聞いてからは,この音にもだんだん馴れてきた.時計は11時を廻っており,帰り支度を始めた.この寒さには,厚い手袋,フード付のコート,スリップ防止付の外靴が必需品である.研究棟から外の雪道に出たとたん,鼻腔内の水分が瞬間的に凍って鼻毛がバリバリになり,鼻腔が閉塞する.指で鼻を左右にグニュグニュとすると,すぐに氷が溶けて,鼻から呼吸できるようになるが,駐車場の車に着くまでは,3回程,グニュグニュを必要とする.雪道も寒さで締まり,雪を踏む度にきゅっきゅっと足音が鳴いている.車のエンジンをかけてからが大変である.窓に固く張り付いた氷を,プラスチック製のT字型の道具で,ガリガリと剥ぎ落とす作業が待っている.この3分間程の仕事の間に体は冷え切ってしまうが,暗い駐車場の頭の真上にある北斗7星が美しくまたたいているのにしばし目を奪われたりもする.車のスタッドレスタイヤもアスピリンスノウの路面を踏みつけて,キュルキュルと軋んだ音を出す.車の外気温センサーのスイッチを入れると,すでに氷点下17度を示している.10分程走って自宅の近くに来ると,夜霧が発生して車庫が霞んで見える.これは,旭川の大気は通常は乾燥しているが,近くを流れる忠別川の水温と,大気との温度差が大きくなり,水面から大量の水蒸気が発生して川霧となって,周囲に広がって来るためである.深夜のテレビ天気予報を見ると,旭川の上川地方は快晴で,放射冷却現象が予想され,明朝の最低気温は氷点下20度位で,しかも異常低温注意報が発令されている.これで,条件は整ったわけで翌朝が楽しみになってきた.

連載 脳神経外科と分子生物学・1【新連載】

序文

著者: 吉田純

ページ範囲:P.199 - P.199

 今世紀後半は生命科学において革命的な展開があった.その中心的存在が分子生物学である.遺伝子の分子構造とその複製メカニズムが解明され,全ての生物が営む生命現象はもとはDNAという物質に刻み込まれた生命情報にあることが明らかになった.すなわち分子生物学は物質世界と生命世界がつながった世界であることを示し,自然科学に大きな変革をもたらした.そしてその後もDNAの組換え技術をはじめとする新しい遺伝子工学技術が続々と開発され,DNAのクローニングやそのDNAの塩基配列が次々と解析されている.また現在30億塩基対からなるヒトゲノムの全塩基配列を決定するヒトゲノム計画が地球レベルで推進され,これも2005年までには,すべてのヒト遺伝子が決定されることになっている.一方こうした分子生物学や遺伝子工学の革命は脳の研究にも向けられ,500億個よりなる人間の脳細胞の構造としくみを分子レベルで解析し,感覚や記憶などの脳の高次機能やその発達のメカニズムが次々と解明されてきている.時期を同じくして脳神経外科領域ではコンピューター工学の進歩に伴い発展してきた3D-CT,MRI,MRAあるいはPET,MEG,functional MRI等の画像診断法や機能診断法の導入の上に,分子生物学や遺伝子工学の導入によってもたらされる新しい脳神経外科学Molecular Neurosurgeryに大きな期待が寄せられている.

分子細胞生物学を理解するための基礎的知識

著者: 中村英夫 ,   佐谷秀行

ページ範囲:P.200 - P.206

I.はじめに
 細胞を構築している分子は,細胞の種類によって多少の違いはあるが,おおむね類似の組成から成り立っている.分子生物学とは,細胞を構成するこれら1個1個の分子をすべて対象とする学問領域である.ニューロンやグリアなどの神経系細胞の分子生物学的特性の多くは,他組織の細胞と共通であり,代謝経路,膜蛋白質,表在性蛋白質,細胞小器管,細胞骨格などの要素は,極めて他の細胞と類似している.近年,このような体細胞に共通して存在する要素が分子レベルで詳細に理解されてきたことは,神経系の分子生物学を学ぶ上で大きな恵みとなっている.つまり,他の細胞において解明された様々な分子メカニズムの知識が,脳神経系の分子生物学を研究する上で,極めて重要になってきている.言い換えれば,他の細胞で遂行されるが,神経系の細胞では遂行されないプロセス,逆に神経系の細胞だけに特徴的に存在するメカニズムの解明が,脳神経外科領域における分子生物学に取り組む上で興味深い点となりうるのである.本稿では,分子細胞生物学を理解するための基礎的知識として,遺伝子発現,細胞骨格,細胞周期,細胞内シグナル伝達について概説する.

総説

頸動脈内膜剥離術—最近の諸問題

著者: 山田和雄

ページ範囲:P.207 - P.215

I.はじめに
 頸動脈内膜剥離術(CEA)は,いくつかのcon-trolled randomized studyの結果,有効であることが明らかとなり,脚光を浴びている.また最近では血管内手術による血管形成(PTA)とステント設置術も発達しつつあり,CEAとの優劣が議論されている.このテーマではすでに山本が本誌に総説を書いており38),上田が手術手技に関連して解説している29).またLoftusによる総説も出されている13,14).ここではその時話題にならなかった項目,ならびにその後の新しいトピックスについて再度総説を試みたい.

研究

小児もやもや病におけるMultiple Burr-hole Operationの有用性について

著者: 川口哲郎 ,   藤田稠清 ,   細田弘吉 ,   柴田裕次 ,   小松英樹 ,   玉木紀彦

ページ範囲:P.217 - P.224

I.はじめに
 もやもや病は脳血管撮影上の特徴として両側の内頸動脈末端部の狭窄または閉塞と大脳基底核部の異常血管網を示し,臨床的には繰り返す脳虚血発作と特に成人例においては出血を呈する疾患である29).また原因不明であり緩徐ではあるが進行性であることもよく知られている13,21-23)
 もやもや病に対して現在まで種々の治療法が開発されその有効性も証明されてきた.手術法としては,直接バイパス法と間接バイパス法があるが,これらはすべて全身麻酔を要するためしばしば周術期に合併症を起こすことも報告されている4,27)

「人口動態統計」から見たくも膜下出血—年齢,性による変化

著者: 野口信

ページ範囲:P.225 - P.232

I.はじめに
 未破裂動脈瘤の発見は脳ドックの主要な目的となっている.検査前に受診者に対し,くも膜下出血が,どの程度危険な病態であるかを具体的に示すことは必要不可欠なことである.その際,くも膜下出血の発生も,それによる死亡も年齢,性により変化することに留意する必要がある.それを示す方法として,剖検などによる動脈瘤の発生率2,12,20,21),未破裂動脈瘤の破裂の確率5,6,22),また,コホート調査など疫学的研究1,3,4,8,13,15,16,18,19),複数の病院の共同研究による臨床データ7,9)などが有用である.しかし,いずれも結果にかなりのばらつきがあること,日本では大規模な臨床研究は行われていないこと,またコホート調査は対象の数が少ないために,年齢や性による変化を知ることや,他の死因との比較が充分できないことなどが難点である.
 それに対して,厚生省発行の「人口動態統計」10)による死亡統計は,死亡例だけのデータであるが,全数統計であるため日本全体のくも膜下出血の傾向を知るのに有用である.くも膜下出血については昭和26年以降各年の死亡数が,性別,5歳毎の年齢階級別にまとめてあり同疾患について得られる最大のデータベースといえる.

症例

結核性髄膜炎の治療—治癒とその指標

著者: 辻篤司 ,   徳力康彦 ,   武部吉博 ,   木築裕彦 ,   半田譲二

ページ範囲:P.233 - P.238

I.はじめに
 抗結核薬の開発,結核対策の推進,栄養などの生活水準の向上により,近年,結核死亡は確実に減少した.それに比例して,結核性髄膜炎は比較的稀な疾患となったと考えている臨床家が多いと思われる.事実,小児においては比較的稀な疾患となりつつあるが,成人においては疑診の症例も含めると発生率が著明に減少しているとは言えない.結核性髄膜炎は現在でも難治性髄膜炎の一つであり,その予後は他の疾患と比較しても,必ずしも満足のいくものではない.治療薬としてrifampicinが登場してからも,ほとんど改善されていない.抗結核薬の開発に比べて,治療成績が向上しない理由として,本症に対する関心の薄れと共に,結核菌の髄液からの検出率が悪いために治療開始が遅れたり,治療が中途半端で終わってしまっていることが考えられる9,14)
 緩解期の抗結核剤投与中止の指標として,CTでのcontrast enhancementの消失が挙げられているが,真に適切な指標であるのかに言及した文献は少ない.本院で経験した結核性髄膜炎の症例を紹介し,緩解期の抗結核薬の投与計画における画像診断の役割について考察したいと思う.

多発性頭蓋外転移を来たしたHemangiopericytomaの1例

著者: 丹羽政宏 ,   小林達也 ,   口脇博治 ,   古瀬和寛

ページ範囲:P.241 - P.245

I.はじめに
 Hemangiopericytomaは血管に富み,急速に増大する腫瘍で,頭蓋外に転移することがしばしばみられる.今回われわれは脳腫瘍で発症し,肝臓,肺,脊椎,膵臓に転移を繰り返しながらも,手術を主体とする治療で,20年間大きな機能障害無く生存中の症例を経験したので報告する.

経過中に腫瘍内出血を来たした嚢胞性髄膜腫の1例

著者: 若本寛起 ,   宮崎宏道 ,   林拓郎 ,   島本佳憲 ,   石山直巳

ページ範囲:P.247 - P.252

I.はじめに
 嚢胞性髄膜腫は全髄膜腫の約2%とされ,症例報告も散見されるが,その多くは主に特殊な画像所見と嚢胞の発生機序について検討がなされている.しかし発生機序に関しては多くが病理所見からの推測であり,嚢胞の形成過程を経過を追って確認できた報告例は少ない.今回われわれは嚢胞性髄膜腫症例の経過中に,腫瘍内出血を来たし,嚢胞の増大過程を偶然画像所見として捕えることができた1症例を経験した,髄膜腫における腫瘍内出血も稀な病態であり,嚢胞性髄膜腫の嚢胞形成機序を中心に報告する.

上矢状洞を閉塞した腎細胞癌頭蓋骨転移の2例

著者: 藤本憲太 ,   川合省三 ,   渡部安晴 ,   知禿史郎 ,   二階堂雄次

ページ範囲:P.253 - P.257

I.はじめに
 転移性腫瘍は,quality of life(QOL)の改善のため,治療対象は拡大されつつあり,特にradio-surgeryの登場以後,多種多様な治療に対するoptionが考えられるようになってきた.腎細胞癌は初診時すでに30%の例において遠隔転移を伴っており,骨転移は肺,リンパ節,肝に次いで4番目に多いといわれているが,その大半は赤色髄が多く分布する脊椎,骨盤,大腿骨への転移で,頭蓋骨転移は1.5%と比較的まれである2,3,5,8).われわれは腎細胞癌が頭蓋骨正中部に転移し,硬膜外・皮下に広がり,superior sagittal sinus(SSS)を閉塞した2例を経験したのでここに報告する.

三叉神経第一枝より生じた神経鞘腫の1例

著者: 前澤聡 ,   田中孝幸 ,   木田義久 ,   吉田和雄 ,   小林達也 ,   福田慶三 ,   斎藤清

ページ範囲:P.259 - P.264

I.はじめに
 三叉神経鞘腫は比較的稀な腫瘍であるが,その報告例は既に300例を超えており,その発生母地や進展様式に対して様々な分類が行われている.今回われわれの経験した症例は,上眼窩裂部の三叉神経第一枝を発生母地とし,眼窩内へ発育進展したと考えられる神経鞘腫であり,非常に稀と思われる.その臨床像,診断と治療について,既存の報告例と比較検討し,若干の考察を加え報告する.

小脳テントに発生したClear Cell Meningiomaの1例

著者: 伊東民雄 ,   中村博彦 ,   岡亨治 ,   中川原譲二 ,   長嶋和郎

ページ範囲:P.265 - P.270

I.はじめに
 Clear cell meningioma(CCM)はWHO新分類に新しい腫瘍概念として登場した髄膜腫の稀な一亜型であるが4)その症例報告はいまだ少ない.腫瘍細胞はグリコーゲンに富みwhorl patternやstriform patternなどの配列を持たず細胞質が明るく抜けているのが特徴的である1,9).その臨床病理像については,脊髄硬膜内や後頭蓋窩に多く発生し,組織学的には良性ながら局所再発や浸潤性格が強いことを指摘した報告も見られる11)
 今回われわれは小脳テントに発生したCCMの1例を経験したので文献的考察を加え報告する.

類もやもやを伴った再発頭蓋咽頭腫に対する経蝶形骨洞手術およびガンマナイフによる治療

著者: 朽木秀雄 ,   片倉康喜 ,   金城利彦 ,   佐藤清 ,   嘉山孝正

ページ範囲:P.273 - P.278

I.はじめに
 脳腫瘍に対する放射線治療後に脳血管の狭窄もしくは閉塞を来たすことがあり1,3,8,10),もやもや病と類似の血管写所見を呈する類もやもや12)も報告されている.今回われわれは放射線治療11年後に再発した頭蓋咽頭腫で類もやもやを合併していた症例に対し,開頭手術を行わずに経蝶形骨洞手術とガンマナイフによる治療を行い良好な結果を得た.その臨床経過を報告するとともに,放射線治療後の類もやもやを伴った再発頭蓋咽頭腫に対する治療法の選択について考察する.

読者からの手紙

日本脳神経外科女医会(WNA)アンケートについて

著者: 山中千恵

ページ範囲:P.279 - P.279

 現在,日本脳神経外科女医会の会員数は167名で,日本脳神経外科学会の会員数約6500名の2.4%である.
 1994年に女医会として,A項指定施設の施設長とWNA会員を対象にアンケート調査を行った.施設長からは「女性の進出を歓迎する」から「女性には無理」まで様々な意見があったが,「仕事については男女に差はないが,結婚や出産の予定があれば人事の都合があり早く申し出て欲しい」という声が多かった.女医からは,家事や育児に関しての不安や問題点の意見が多かった.

報告記

第4回アジア・オセアニア頭蓋底外科コングレス(4th AOICSBS)印象記

著者: 名取良弘 ,   福井仁士

ページ範囲:P.282 - P.283

 本学会は,1995年韓国・ソウルで行われた第3回の学会に引き続いて行われた学会で,11月8日より3日間の日程で清秋のイスラマバード(パキスタン)で開催された.参加総数187名(19カ国から),日本より25名(内,脳神経外科医23名)の参加があった.
 プレナリーセッションにはアジア以外では,ドイツからDr.Madjid Samii,アメリカからDr.Ossama Al-Meftyとパキスタン出身のDr.Malik(Henry Ford Hospital)が招待されており,日本からの招待演者とともに多くの臨床経験を元にした発表と参加者からの多くの質問が寄せられていた.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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