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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科26巻9号

1998年09月発行

雑誌目次

『脳死』

著者: 坂井昇

ページ範囲:P.756 - P.757

 1997年10月,臓器移植法が施行され,法の下で移植医療への道が開かれた.この法律の骨子は,(1)脳死体を含む死体からの臓器移植を認める,(2)脳死判定,臓器移植は本人が生前にその意志を書面で表明し,かつ遺族が拒まないときに限る,(3)脳死判定には移植医以外の2人以上の医師が当たる,(4)法律の内容を3年後に見直す,などである.これまで移植を必要とする日本の患者はアメリカをはじめとする諸外国で治療を受けるしか方法がなかったが,ようやく国内で治療を受けるチャンスが生まれたことになり,このこと自体は大変喜ばしいことである.移植でしか治療方法がない患者が存在することは医療関係者はもちろんのこと,一般社会でもすでに広く認識されていると思われ,本邦においても脳死体から移植医療が開始されるのはもはや時間の問題とさえ思われる.しかしながら,実際に移植医療が始まっても,この臓器移植法の施行に関してわれわれが忘れてはならないことがある.それは移植医療は臓器提供者の存在なしには成り立たず,そのため社会的,国民的合意が不可欠であることと,この法律が施行されるまでには脳死問題をめぐって激しい議論が続いたことである.移植医療を巡っては治療手段としての移植そのものの是非についてよりも,主に脳死問題について,もっと詳しく言えば「脳死を人の死と認めるかどうか」についてが論議の中心であった.社会的には,移植を行わなければならない患者に移植治療を行うという治療行為そのものは受け入れられても,自分自身や自分の家族が提供者となる場合に,脳死ではあるが心臓が動いている状態で臓器提供することは受け入れにくいということである.この問題は一般社会で脳死という言葉が認識されはじめてまだ日が浅いことや,一人一人の死生観にかかわる大変難しい面を持っており,閉鎖的かつ医師主導型で行われてきた日本の医療への不信が影を落としているという見解もある.とはいえ臓器移植法の成立によって,つまり法律によってこの論議には一応の決着がつけられたものと認識していた.すなわち臓器移植の意志を持った患者の脳死に際しては,しかるべき判定の後,移植を行ってよい,つまり脳死=人の死であると.しかしその法律施行後,重症の患者の治療に携わるたびに,ある種の奇妙な感覚を禁じずにはいられなかったのは私だけではないであろう.移植によって患者を救おうとする努力から生まれたこの法律が,期せずして,脳死となる直前まで不断の治療を続けた患者の死の定義を変えてしまったのである.

連載 脳神経外科と分子生物学

抗体の分子生物学

著者: 吉川和宏 ,   吉田純 ,   中屋敷典久

ページ範囲:P.758 - P.767

I.はじめに
 1975年にKöhlerとMilsteinがモノクローナル抗体の産生法1)を報告して以来多くの抗体が作製され,臨床検査における検査試薬として,また様様な研究のToolとして利用され,その有用性は増すばかりである.また色々な病気の診断治療のための医薬品としての開発も進み,本邦に於いても保険適用され,実際の臨床の場に利用されている抗体も少数であるが存在している.近年組み換え技術の進歩によりマウス抗体とヒト抗体よりなるキメラ抗体の作製2-4),マウス抗体の超過変域(CDR)の移植によるヒト型化抗体5),抗原結合部位のみからなる単鎖抗体(scFv)の作製6)など行われており,マウス抗体の免疫原性の低下や,トキシンとの融合タンパクとしてのイムノトキシンの作製7,8)など,目的に適合した抗体の作成が試みられている(Table 1,Fig.1).現在はそれらの改良型抗体を用いた診断・治療の再評価と更なる改良を目指した抗体の作成の時代になっている.
 本稿ではそうした組み換え技術を利用した抗体の改良,修飾,あるいは目的に応じた抗体の発現法について概略する.

総説

モヤモヤ病に対する間接的血管吻合術

著者: 松島善治

ページ範囲:P.769 - P.786

I.はじめに
 1990年に私は本誌で「脳血管の間接的吻合術」という総説を書かせていただいた44).その後も更に,様々な間接的血管吻合術が,主としてモヤモヤ病の手術として報告されてきた.そして,現在ではTable 2で示すような数多くの手術が,モヤモヤ病の手術として挙げられている.これらの手術は何れもそれぞれ特徴があり,有効であったとされている.
 1997年の厚生省特定疾患ウイリス動脈輪閉塞症調査研究班の報告書によれば,1996年までに登録されたモヤモヤ病確診例885例に対して行われた血行再建的治療法はTable 111)に示すとおりで,直接法が168例,間接法が305例,両者を併用した混合法が173例,非手術例が239例であった.すなわち,年々増加の傾向を示している間接的血管吻合術が,現時点で直接法のほぼ2倍に達しているのが現状である.ちなみに前年の同じ報告書の大韓民国のモヤモヤ病の調査21)では95.3%に間接的血管吻合術が行われている.このように,脳の間接的血管吻合はモヤモヤ病の乏血状態に対する治療法として,確固たる地位を築いたと思われる.

研究

5-fluoro-2’-deoxyuridine(FdUrd)の髄腔内治療への応用に関する研究—髄腔内投与の可能性に関してin vitroでの検討

著者: 中川秀光 ,   山田正信 ,   福島正和 ,   清水恵司 ,   池中一裕

ページ範囲:P.787 - P.794

I.はじめに
 5-fluoro-2’-deoxyuridine(FdUrd)は,5-fluo-rouracil(5-FU)の活性化経路の中間体で,大腸,直腸癌あるいは腎癌の肝臓転移例に対して主として動注にて使用される抗癌剤である.本薬剤は5-FUと同様,thymidylate synthaseを不活化し,DNA合成を阻害することにより強力な細胞増殖抑制作用を発揮する4,8).その作用はin vitroで5-FUの10-100倍(molar basis)といわれている2,11,17,28).FdUrdは投与後thymidine kinase(TK)により速やかにFdUMPとなり,メチレンテトラヒドロ葉酸と共にthymidylate synthaseとtightなternary complexを形成することによりthymidylate synthaseを不活化し,DNA合成のみを特異的に障害する26).しかし,FdUrdをinvivoで全身的に投与すると,肝臓に主として存在するthymidine phosphorylase(TPase)により急速に5-FUに変換され1),抗腫瘍効果は5-FUと同程度まで減弱すると共に,RNA障害が出現したり26),神経毒性を有するF-β-alanineが生成されるため,高度な副作用の可能性が生じ16,23),その投与は極めて制限されることになる(Fig.1).しかし,一方,FdUrdは,ある濃度範囲内で神経培養系において増殖細胞のみを抑制し,神経細胞に障害を及ぼさないことが知られている.こうした事実より,われわれは,FdUrdを髄腔内投与で使用することにより,神経毒性のない有効な抗悪性脳腫瘍治療薬となりうるか否かをinvitroで検討したので報告する.なおFdUrdに関する一連の研究(ヒト胎児脳の使用を含めて)は大阪府立成人病センター倫理委員会の許諾を得て行われた.

脳腫瘍患者の入院中および治療後の情動反応からみたQOLの変化

著者: 鈴木龍太 ,   平尾元尚 ,   三代貴康 ,   長島梧郎 ,   藤本司 ,   大嶋明彦 ,   樋口輝彦

ページ範囲:P.795 - P.801

I.はじめに
 脳腫瘍と診断されることは,その患者にとって大変なストレスである.脳神経外科医は患者に神経学的症状を残さず治療し,その患者が社会復帰を果たし,高いquality of life(QOL)を維持してほしいと望んでいる.実際医療技術の進歩によって神経学的症状を殆ど残さずに治療できる例も多くなり,患者の社会復帰率も高くなっていると考えられる.しかし退院時に元気に退院した患者が,社会復帰後に外来で診察をするとそれほど満足そうに見えないことをよく経験する.このことは脳腫瘍患者が社会復帰後にもストレスを抱えた生活を強いられていることをうかがわせ,社会的サポートの必要性を感じる.しかし現在わが国では満足できる社会的サポート体制が出来ておらず,脳腫瘍患者がより高いQOLを得るためには病態を最もよく把握している脳神経外科医が中心となって努力しなければいけないと考える.しかし脳腫瘍患者のサポートを考慮したQOLに関しての研究はわが国では未だ行われていない.今回脳腫瘍患者の自覚的健康度,神経症の有無及び情動反応を入院中と社会復帰後に測定し,その変化を検討することによりより高いQOLを得るための一助にしようと考えた.

海綿静脈洞部及び傍鞍部に進展した巨大下垂体腺腫に対するExtradural Temporopolar Approach

著者: 田宮隆 ,   小野恭裕 ,   伊達勲 ,   河内正光 ,   松本健五 ,   大本堯史

ページ範囲:P.803 - P.811

I.はじめに
 近年,神経画像診断の進歩,微小解剖の詳細な理解,microsurgeryの技術や術中ナビゲーション機器の発展により,頭蓋底外科の進歩はめざましく,海綿静脈洞内病変に対しても種々の手術方法が試みられており,その手術成績も著しく向上している1-5,7,9,12-14,17,18,21).Dolencら4)のcombinedepi-and subdural approachを応用したextraduraltemporopolar approachは,上部脳底動脈や視交叉下部の病変に対する手術方法としてDayら3)によって報告された.この手術方法の特徴は,海綿静脈洞外側壁硬膜を剥離することにより,側頭葉先端部の静脈を犠牲にせずに側頭葉を硬膜外から後方に圧排することができ,傍鞍部や視交叉周囲,上部脳幹前側面の病変に対し十分な視野が得られることである.
 そこでわれわれは,この手術方法を海綿静脈洞内から傍鞍部に進展した巨大下垂体腺腫の摘出に応用し,硬膜外及び硬膜内の両方から腫瘍摘出を行い,満足すべき結果を得たので,その有用性について報告する.

開頭手術を必要とした大きな下垂体腺腫の視力予後と再発について—Frontotemporal ApproachとInterhemispheric Approachの比較

著者: 黒川泰任 ,   上出廷治 ,   丹羽潤 ,   大坊雅彦 ,   端和夫

ページ範囲:P.813 - P.821

I.はじめに
 下垂体腺腫の手術目的は,1)異常高値を示すホルモンの正常化,2)術後のホルモン分泌の機能低下を引き起こさない,3)腫瘍自体のmass effectの減少(主に視神経に対して)である.しかしながら,腫瘍が大きくなり,また再発を繰り返すような例ではその発育形式はinvasiveで,全摘出することはきわめて困難である.すなわち,機能性腺腫におけるホルモン値の正常化や,術後に下垂体機能低下を引き起こさないようにすることは,ほぼ不可能である.したがって,大きなもの,あるいは再発例における下垂体腺腫の手術の目的はただ1つ,視神経に対する減圧,すなわち視力の維持のみといっても過言ではない.
 このような下垂体腺腫例において,開頭手術を必要とした大きな下垂体腺腫摘出の手術アプローチ法の違いによる予後,特に術前後の視力の変化と腫瘍の再発について検討した.

EC-IC Bypassにより脳虚血の再発は予防できるか?

著者: 石川達哉 ,   黒田敏 ,   宝金清博 ,   上山博康 ,   阿部弘

ページ範囲:P.823 - P.829

I.はじめに
 EC-IC bypassの虚血性血管障害に対する有効性は1985年のEC-IC bypass cooperative studyにて内科的治療に勝るものではないという結論になった17).しかしその後もhemodynamic strokeなど,ある特定のsubgroupに関してはEC-ICbypassの適応があると言われて久しい.しかし,先日日本で行われた多施設共同研究でも,脳血流量の低下が証明された症例に限定されていても,EC-IC bypassの有効性は証明されなかった12)
 Hemodynamic strokeでは理論的にはEC-ICbypassにより,ischemic strokeの再発は予防できるはずである.確かにEC-IC bypassが脳血流検査にてhemodynamic compromiseを改善することは確実であり,われわれの研究でもその結果は支持されている6,10).しかし,hemodynamiccompromiseが存在することをSPECTなどの方法で証明できた場合でも,ischemic strokeの再発はhemodynamicな要因のみで起こるものではなく,穿通枝の障害や,血栓塞栓症の関与などでも起こりうるため,必ずしも脳梗塞の再発を完全に予防できるものではないことは明らかなことである.

症例

Lymphocytic Infundibuloneurohypophysitisの4例の報告

著者: 岩井謙育 ,   山中一浩 ,   吉岡克宣 ,   岡本泰之 ,   佐藤利彦

ページ範囲:P.831 - P.835

I.はじめに
 下垂体部の慢性炎症性病変には,妊娠に関連して発症することが多く,下垂体前葉に限局した病変であるlymphocytic adenohypophysitisがある3,4,6).一方,尿崩症を主症状とし,下垂体茎から下垂体後葉を主座とする下垂体部の慢性炎症性病変が報告されており,これをlymphocytic in-fundibuloneurohypophysitisとしてKojimaらが最初に報告し10),その後Imuraらが特発性尿崩症とされた症例の中に同様の病態を示す9例を認め,lymphocytic adenohypophysitisと区別すべく,一つの疾患群としてlymphocytic infundi-buloneurohypophysitisとすることを提唱した9).われわれも,MRIにて下垂体部から下垂体茎に及ぶ病変を認め,慢性の炎症性の病変により尿崩症を来たしたと思われた4症例を経験し,Imuraらが提唱したlymphocytic infundibuloneurohypo-physitisと同様の病態と思われ,この疾患の特徴などについて検討した.

硬膜との癒着を示した脳内原発Malignant Fibrous Histiocytomaの1例

著者: 藤原和則 ,   上之原広司 ,   鈴木晋介 ,   鈴木博義 ,   荒井啓晶 ,   西野晶子 ,   桜井芳明

ページ範囲:P.837 - P.844

I.はじめに
 Malignant fibrous histiocytoma(MFH)は,軟部組織のsarcomaでは最も多く,10.5-34%を占め,四肢,後腹膜に好発する4,6,29).一方,頭蓋内原発のMFHは,1976年にGonzalez-Vitaleらによって初めて報告されたが8),いまだ文献上散見するのみであり,極めて稀と思われる.今回,我々は,興味ある発育形態を示した頭蓋内原発MFHの1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

報告記

The 2nd ISAVM印象記

著者: 宮本享

ページ範囲:P.847 - P.848

 脳および脊髄動静脈奇形に対する第2回国際シンポジウム(The second international symposiumon cerebral and spinal cord arteriovenous mal-formations(The 2nd ISAVM)は平成10年6月13日・14日の二日間にわたって国立京都国際会館において開催された.平成8年6月名古屋において脊髄外科学会に引き続いて第一回国際シンポジウムが愛知医科大学 中川 洋教授と信大学小林茂昭教授により共催されたのを受け,その2年後の今年に再び本邦において京都大学 橋本信夫教授により開催された.当初第一回シンポジウムと同じように脊髄外科学会(会長:大津市民病院 小山素麿先生)と連動してその翌日に大津において開催される予定となっていたが,会場その他の都合で脊髄外科学会の翌日から2日間にわたって京都で開催されることになった.
 The 2nd ISAVMは橋本会長の方針でAVMの治療・臨床研究に実際に携わっている第一線の脳神経外科医を主な対象としてプログラムが構成された.そしてAVMに対する治療法であるmicro-surgery, radiosurgery, endovascular interventionをどのように組み合わせて用いるかという主題を中心にspinal AVMやdural AVFを含めて熱心な討議が行われた.このため,各分野を代表してBonn大学Schramm教授・Florida大学Friedman教授・Emory大学Dion教授により特別講演が行われた.また,もう一つの主題であるposttreat-ment sequelae of palliatively treated AVMを検討すべくSeoul大学Han DH教授によりAVMに対するpalliative embolizationの長期成績がmini-lectureとして発表され,聴衆の関心を引いていた.いずれの招待講演の内容も臨床データに基づく誠実な発表であり,radicalityのある治療を重要視し,可能であればAVMは外科的治療により治療すべきであり,より困難な症例に対してradiosurgery, endovascular interventionを如何に効率よく外科治療と組み合わせるかという現実的な内容であった.これらの発表を中心に本邦からも総演題数50を越える多くの優れた報告がなされた.討論を通じてAVM各治療法のcompeti-tion, combination, cooperationという本シンポジウムの主題が再確認された.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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