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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科29巻12号

2001年12月発行

雑誌目次

フランス革命期を生きたラヴォワジエとピネル

著者: 角田茂

ページ範囲:P.1124 - P.1125

 大きな三色旗が掲げられた凱旋門からコンコルド広場に向かってシャンゼリゼを進む7月14日の革命記念軍事パレードは,エコール・ポリテクニーク(理工科学校,グランドゥ・ゼコールの1つ)の学生を先頭に行進する.この伝統ある理工科学校はフランス革命直後の1794年に国防省の管轄下に創設され,毎年軍事パレードの先頭を歩く栄誉を担っている.このパレードを見ているといつも,私には思い起こすことがある.それは近代化学の父ラヴォワジエ(Antoine-Laurent Lavoisier,1743〜1794)と近代医学の父ピネル(Philippe Pinel,1745〜1826)の人生である.彼らは激動する革命期のフランスにおいて,われわれから見るとそれぞれ正反対の生き方を強いられた科学者であった.
 ラヴォワジエは1743年に最高裁判所の代訴人の第2子として旧体制下のパリで生まれ,旧体制派の知識人として生きた.1764年に法学の学士号を取得後,1768年には非凡な才能と豊富な財力で科学アカデミーの会員と徴税請負人になった.1775年には,テュルゴーの要請で王室火薬監督官となり,この時の弟子で革命時に亡命したデュポンが,米国において世界最大の火薬工場を建設することになる.化学者として彼を有名にさせたのは,燃焼に関するフロギストン(phlogiston:燃素)理論を打倒し,近代化学を創始したことである,それまで「燃えるもの」とは,フロギストンを持っている物質であり,「燃える」とはこのフロギストンが離脱することであると考えられていた.1777年,ラヴォワジエは水銀を空気中で加熱すると重量が増加し水銀灰(酸化水銀)になり,この酸化水銀に集光レンズを用いて光エネルギー(hv)を与えると新しい気体を発生しながら,もとの水銀に戻ることを実験的に証明した.そしてこの時にできる新しい気体を,1787年,酸素(oxygene)と命名した.酸素そのものの発見に関しては,英国の化学者プリーストリーの方が少し早かったが,化学反応の前後において物質全体の質量が変化しないという質量保存の法則の発見は,彼をして定量的に化学反応を論じる近代化学の父とした.バスチーユ襲撃の起こった1789年に出版された『化学原論』はニュートンの「プリンキピア』に相当するもので,彼はこの本の中で,錬金術以来の複雑怪奇な化学物質名を,リンネの植物分類学に基づいて合理的に体系化・記号化している.1793年にはメートル法の制定に貢献するが,1794年5月,断頭台の露と消えた.皮肉にもロベスピエールが処刑される2ヵ月前で,彼が2カ月早く処刑されていればラヴォワジエは助かっていたかもしれない.

総説

経頭蓋的磁気刺激

著者: 藤木稔 ,   古林秀則

ページ範囲:P.1127 - P.1134

I.はじめに
1.生体磁気科学と非侵襲性
 近年,磁気を応用した生体情報,特に中枢神経系の解析が長足の進歩を遂げている.MRIは形態的評価に加え,運動,感覚,言語などの大脳機能局在を同時に描出するfMRIとして応用範囲を広げている.一方,神経細胞に発生する興奮性後シナプス電位に由来する微弱な磁界を頭蓋外より非接触的に感知する脳磁図MEGは,ミリセカンドオーダーの優れた時間分解能を有し,脳内情報処理過程および発火ニューロンの局在・方向性を論じることができる点で有用である.
 経頭蓋磁気刺激法(transcranial magnetic sti-mulation)は,電気・磁気の強度の差はあれ,MEGとは逆の関係で大きな変動磁場を体外から生体に印加することで生体内に生じる渦電流がニューロンを発火させる.本法は,元来中枢運動機能評価法として開発され,その後急速に普及した.この方法が受け入れられた背景には不可能と考えられていた運動野の刺激を簡便かつ非侵襲的に行うことができるという利点がある.生体磁気計測であれ磁気刺激であれ,その非侵襲性こそが磁気を用いることの最も優れた利点である.

解剖を中心とした脳神経手術手技

脳性麻痺の痙縮の外科治療

著者: 平孝臣 ,   堀智勝

ページ範囲:P.1137 - P.1150

I.はじめに
 脳性麻痺の運動機能障害では痙縮が最も多くみられる症状である.また痙縮は脳性麻痺だけでなく,脊髄損傷,脳血管障害などの後遺症としてきわめて一般的にみられる症状である.麻痺を伴っている場合には痙縮が起立歩行や姿勢の維持に必要不可欠な場合もあるが,一方で痙縮自体が日常動作の妨げになっていることも少なくない.このような場合を有害な痙縮(harmful spasticity)と呼び,積極的治療の対象ととすることで,全体的な機能的改善が得られることは少なくない.たとえば完全脊髄横断障害による両下肢の激しい痙縮では,坐位保持や車椅子への移動が困難となる.このような痙縮を緩和することで下肢の運動機能は決して改善されないが,日常の全体的な動作が大幅に楽になることは容易に想像できる.一方脳性麻痺では,随意運動が痙縮によって覆い隠されており,痙縮が存在するために随意運動の発達が妨げられている可能性が十分ある.このような場合には痙縮の緩和により随意運動をうながし,後述するように起立歩行ができるようになる場合も少なくない.これまで痙縮の治療の主体は薬物治療とリハビリテーション,あるいは整形外科的手術が中心であった.しかしこれらには限界があり,積極的な脳神経外科的治療が期待され,対象となる患者数も膨大である.
 痙縮の脳神経外科治療にはその症状の程度に応じてさまざまなものがある20,22,25)が,本稿では,局所的な痙縮に対する末梢神経縮小術12,19,26,27)に関して,その神経筋解剖と手術手技を中心に総説する.

脳性麻痺の整形外科的手術法

著者: 野村忠雄

ページ範囲:P.1153 - P.1165

I.はじめに
 脳性麻痺をはじめとした脳性運動障害(以下脳性麻痺とする)児・者に対するわが国の療育は,全国の肢体不自由児施設の整形外科医により行われてきた歴史がある.この間,脳性麻痺の四肢体幹の拘縮除去,変形矯正,あるいは運動機能の改善を目的に多くの整形外科的手術が行われてきた.近年,松尾ら10,11)が脳性麻痺児・者のもつ異常筋緊張(痙性)の特徴について独自の考え方を明らかにし,その考え方に基づいた治療システムを発表し,良好な治療成績を報告してきた9).この治療システムの導入により,従来は変形・拘縮・脱臼の治療として手術が位置付けられてきたものが,痙性コントロールのための手術OrthopedicSelective Spasticity Control Surgery(OSSCS)として位置付けられるようになった.本論文では,OSSCSを含め,わが国の整形外科的手術法の幾つかを部位別で紹介し,その有効性について実証したい.

研究

3D-CTAによる頭蓋内静脈の評価—脳動脈瘤手術の観点から

著者: 遠藤孝裕 ,   鈴木泰篤 ,   池田尚人 ,   神保洋之 ,   池田幸穂 ,   松本清

ページ範囲:P.1167 - P.1174

I.はじめに
 近年,脳動脈瘤の治療にあたり,脳血管造影を行わなくとも,three-dimensional CT angiogra-phy(3D-CTA)からの情報のみで手術が可能であるとの報告が多い3,11,21,29).しかし,これらの報告では脳血管造影と比較して脳動脈瘤と親血管の描出能の優秀さのみを強調した内容に終始しているように思われる.一方,術後合併症においてはpterional approachを例として取り上げても静脈系の関与が重要な要因となっている2,7,16,20,27).このようなことから,脳血管造影を行わないことで静脈系の情報が確認されないまま手術に臨んでしまうことが危惧される.3D-CTAから得られる静脈系の情報が術前検索に利用できるかは重要な問題と思われる.今回われわれは,内頸動脈周囲に介在する静脈系について3D-CTAを用い,その描出能を検討した.

症例

脊髄円錐部および仙骨部に発生した多発脊髄動静脈瘻の1例

著者: 秋山英之 ,   片山重則 ,   田中浩司 ,   頃末和良

ページ範囲:P.1177 - P.1181

I.はじめに
 脊髄動静脈奇形において離れた2カ所以上の部位に病変が存在する症例は過去に報告が少なく非常に稀であると考えられる.われわれは脊髄円錐部に硬膜内髄外動静脈瘻(intradural perimedul-lary AVF),仙骨部に硬膜動静脈瘻(dural AVF)の2つの病変を有する症例を経験し,治療する機会を得たので若干の文献的考察を加え報告する.

下垂体卒中症状で発症した症候性ラトケ嚢胞の1例

著者: 福島浩 ,   岡秀宏 ,   宇津木聡 ,   藤井清孝

ページ範囲:P.1183 - P.1187

I.はじめに
 MRIの導入によりラトケ嚢胞の診断は容易となったが,その多くは無症候性で,症候性ラトケ嚢胞に遭遇することは比較的稀である.その臨床症状は,頭痛,嘔吐,視力,視野障害,複視,髄膜炎,下垂体機能低下で発症することが多い.
 今回われわれは,下垂体卒中症状で発症した症候性ラトケ嚢胞の稀な1例を経験したので,その発生機序について若干の文献的考察を加え報告する.

橋梗塞による若年発症閉じ込め症候群の1長期療養例

著者: 松岡士郎

ページ範囲:P.1189 - P.1192

I.はじめに
 閉じ込め症候群(locked-in syndrome:LiS)は1966年,Plumら8)によって提唱され四肢麻痺と発語不能はあるが,意識は清明で開閉眼と垂直方向の眼球運動のみにより意志疎通が可能な病態である.その予後は一般に不良と言われている1,6,9).今回典型的なLiSの若年例で,発症より3年間大きな合併症もなく経過して,自宅で有意義な療養生活を送っている症例を経験したので若干の考察を加えて報告する.

脳血管造影中にextravasationを来した高齢者脳動静脈奇形の2症例

著者: 上田祐司 ,   浦川学 ,   川上憲章

ページ範囲:P.1195 - P.1199

I.はじめに
 脳動静脈奇形(cerebral arteriovenous malforma-tions:AVM)において血管造影中の造影剤漏出(extravasation)は極めて稀とされており,また脳動脈瘤破裂患者のそれとくらべ比較的予後がよいとされている.しかしAVMの破裂により脳実質内出血を来す年齢は一般に他の頭蓋内出血を来す疾患に比べ若年であり,再出血率の違いからみても一概にextravasation症例の予後についてAVM例と破裂動脈瘤例とを比較するには検討の余地があると考えられる.
 最近,われわれは脳内出血で発症した2例の脳動静脈奇形患者に来院直後に脳血管造影検査を施行する機会があり,造影剤のextravasationを来した.これまでの報告例も加え,出血で発症したAVM症例における造影剤血管外漏出について考察する.

出血にて発症した小脳glioblastoma multiformeの1例

著者: 太田貴裕 ,   山田正三 ,   鮫島直之 ,   高田浩次 ,   臼井雅昭

ページ範囲:P.1201 - P.1205

I.はじめに
 Glioblastoma multiforme(以下GMと略す)は成人に好発し,その大部分は大脳半球に原発する悪性脳腫瘍である23).これに対し小脳原発は稀で,現在までにわれわれの症例を含め106例の報告を認めるのみである1-6,8-11,13,15,16,19-22,24),またその際,頭蓋内圧亢進症状にて発症することが一般的とされている15.今回われわれは出血にて発症し,脳出血として手術され,組織検査にて小脳GMと診断された極めて稀な1例を経験したので報告する.

人工血管による頭蓋外頸動脈再建術—4例報告

著者: 三宅裕治 ,   青木淳 ,   梶本宜永 ,   黒岩敏彦 ,   牧本一男

ページ範囲:P.1207 - P.1212

I.はじめに
 高齢化社会の到来に伴い,動脈硬化性頸動脈狭窄や閉塞,あるいは頸動脈に浸潤する頸部悪性腫瘍の摘出などに際し,頸動脈バイパスを余儀なくされる症例が増加してきている1,2,3,6,7,8).このような場合,従来は大伏在静脈が用いられてきたが,血管径の不適合や,採取のために新たな切開を要するなど問題点も多い.今回われわれは,4例の人工血管によるバイパスの経験からその有用性を報告する.
 なお,4例全例において人工血管の長所,短所,血管外科領域での開存率等を十分説明し,予め使用の許可を得た.

脳底動脈遠位部broad neck動脈瘤に対する意図的な頸部形成的不完全clippingを併用した塞栓術

著者: 牛越聡 ,   宝金清博 ,   黒田敏 ,   宮坂和男 ,   岩崎喜信

ページ範囲:P.1215 - P.1220

I.はじめに
 外科手術,塞栓術いずれでも単独では治療困難な動脈瘤に対しては,これらを組み合わせた治療法が1つのオプションとなる.Broad neckを有する脳底動脈瘤に対し,頸部を形成するような“意図的な”不完全clippingを行った後に塞栓術を行い,良好な結果を得た3症例を報告する.

報告記

第12回世界脳神経外科学会

著者: 堀智勝

ページ範囲:P.1222 - P.1223

 2001年9月16日から20日,オーストラリアのシドニーで開かれた世界脳神経外科学会は,オーストラリアという地の利もあって,日本からも大変多くの参加者があった.この学会の前にケアーンズで機器学会が開かれ,またアデレードでは定位機能神経外科学会が開かれた.ケアーンズでの学会は信州大学の小林茂昭先生がプログラム委員であったようで,私の方にも下垂体の手術法について発表するよう推薦していただいたが,丁度アデレードで同時に定位機能神経外科学会が開かれていたため,私は後者に参加し,前者には教室の川俣君に発表してもらった。個人的にはアデレードは以前に世界疼痛学会が開かれ,鳥取大学の竹信君と参加していたので,ケアーンズに行きたかったが,岡山で日本の第24回定位機能学会を開かせていただくことになっていたことと,最近の定位機能領域の著しい進歩もあり,私はアデレードに参加した.
 この学会では最も熱いトピックスはもちろん視床下核の刺激療法であった.この領域の先駆者はグルノーブルのBenabid教授である.彼は私がパリ,サントアンヌ病院のタレラック教授のところに留学していた1974年に同病院に1カ月半visit-ing fellowとして来ており,旧交を温めることもできた.彼はその他にも難治性てんかんの視床下核刺激・またシドニーでは側頭葉てんかんに対しての切除ではなく,遮断外科の成績を発表するなど,まさに油の乗り切った今をときめく素晴らしい研究者として自他ともに認められている存在である.ちなみにこのパーキンソン病に対するSTN刺激は,その長期成績(5年以上)とともに本年度のAANSにおけるplenary lectureとして第1番に発表された.その他にてんかんの視床刺激なども報告され,定位学会も今や破壊ではなく,刺激治療が主流を占めるようになったといっても過言ではない.またフランスマルセイユのレジスが行っているガンマナイフによる側頭葉てんかんの治療も注目を集めていた,この分野では医学・工学など学際的な協力がこれからの発展には必須のものと思われた.なおこの学会では群馬大学大江名誉教授が長年の功績を認められ,シュピーゲルワイシスメダルをライチネン教授とともに受けられたのは大変名誉なことと思った.また,世界定位機能神経外科学会の役員が変更になり,大江教授に代わって,Asia-Australasia地区のVice-presidentとして不肖私が推薦され承認された.今後の責任の重さを痛感している.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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