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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科29巻9号

2001年09月発行

雑誌目次

荊の道

著者: 中込忠好

ページ範囲:P.802 - P.803

 『脳神経外科』の読者の方々で,何人くらいの人が裁判を傍聴したことがあるでしょうか.裁判は傍聴したことがあっても,自分が裁判の当事者になった方はまずいないでしょう.小生,大学の教員ということもあって,交通事故の後遺障害の認定や医療事故に関する裁判などで時々意見を求められます.たいていの場合は意見書を裁判所に提出すれば済むのですが,時に,裁判所から書いた意見書について証言を求められます.意見書は,原告,被告,いずれの側からも依頼されます.時には,鑑定書という形で裁判所から直接依頼されます.その際,常に公正な意見を書こうと心がけています.ここでいう公正とは,診療録に記載された神経学的所見や画像所見,検査所見などの客観的な証拠に基づき,原告被告側いずれにも片寄らない中立な立場であるということなどです.ですから,証言のため裁判所に出廷した段階では,自分の書いた意見書は原告被告双方から納得できるものであろうと考えています.
 しかし実際の裁判では,そのような淡い期待は吹っ飛びます.特に依頼された側と対立する側の弁護士からは,これまでの医師としての経歴を否定するかのような質問が矢継ぎ早に飛んできます.例えば,これまでの経歴や臨床の経験数をネチネチと質問されます.また,裁判になっているような事例の経験数を聞かれますが,ほとんどの場合稀な事例なので経験は少ないことが多いのです.そうすると,それなのになぜ意見書が書けるのかときます.また,診療録の最後の日付けはいつであったかなどといった,たいていは意見書の内容とは関係のない質問をされます.そして,このように経験と知識に乏しい医師が書いた意見書は信用できないという結論にもっていかれます,非常に不快な思いで裁判所を後にすることがしばしばです.意見書を書いただけでこのように扱われるのですから,裁判の被告になった場合は想像して余るものがあります.現在裁判の迅速化が叫ばれ,近い将来に法曹人口が増加することが決まっております.医療の現場でも情報公開が進み,患者側は医療の知識を容易に得ることができ,また,病院は医療事故を積極的に公開する方針をとっています.最近では治療の結果が悪いとすぐに医療ミスと考えられる傾向にあります.このような状況では医師は医療事故を起こした被告という立場に立たされることが多くなると予測されます.このような時代に,どうわれわれは対処すべきなのでしょうか.あらかじめ疾患についての治療方針を十分説明し,患者さん側の同意を得ておくこと,そして,手術の際にもリスクや後遺症,合併症の起きる可能性を十分説明し同意を得ておくことは当然でしょう.さらに,事故が起きてから患者さん側に誠実に対応することも大切です.でもどれにも増して重要なことは,事故自体を発生させないことです.医療が人間の行う行為である以上,事故がゼロになることはないでしょう.したがって,可能な限りゼロに近づける努力をする必要があります,そのためには日頃から事故防止の対策=リスク管理をしておかねばなりません.

総説

重症くも膜下出血の問題点と治療戦略

著者: 鈴木倫保

ページ範囲:P.805 - P.813

1.はじめに
 わが国におけるくも膜下出血の年間発症率は,対10万人当たり約20人と考えられている。ところが,永年脳卒中疫学のフィールドワークが行われ,くも膜下出血の診断が髄液診・CTあるいは剖検により正確に行われている久山町では,96.1/10万人とその約5倍であり,高齢になるほど直線的に増加していた.また,くも膜下出血によるsudden death例の半数が,他の病因と誤診されていた27).このことは,われわれの診断しているくも膜下出血例は,発作後のsudden deathや急性期死亡を免れた氷山の一角であり,pre-hospital careが充実し,かつ高齢化社会となる将来,われわれが加療すべき重症くも膜下出血例は増加する可能性を意味する.重症くも膜下出血は,その手術成績が徐々に向上しつつあるが24),適応や治療法にはいまだ議論がある.近年,超急性期手術10,21,22,31,52),脳内出血や水頭症合併例に根治術を行う16,35,41),脳圧コントロール下に観察しグレードの改善した例に根治術を行う38,46),低体温療法や,barbiturate療法32)などの脳保護法の応用等,多くの方法が積極的に行われるようになってきた.血管内手術法も1つのオプションとして考えられている9),Mass effectを呈する脳内出血合併例あるいは鋳型状脳室内血腫を伴う例に対する緊急手術の適応は,ほぼコンセンサスが得られてきたが5,29,54),純粋なくも膜下出血のみの例に対する手術適応は定まっていない.その理由として,重症くも膜下出血に多くの問題が内在していることが挙げられる.
1)重症くも膜下出血の定義が曖昧(くも膜下出血の神経学的グレードそのものが曖昧).2)神経学的グレードに代わる客観的な検査法が確立されていない.3)重症くも膜下出血本態の詳細な解明がなされておらず,複数の病態が混在している.4)開頭クリッピングあるいは血管内手術と,引き続く血管攣縮やcatecholamine surgeによる心肺機能低下等の合併症に対するsystematicな考え方の不足2,7).5)根治術後の予後不良例では,家族・自治体・医療保険支払い機構を含めたsocioeconomical,あるいはethicalな問題の存在.7)脳死臓器移植時代となった今日では,最重症くも膜下出血症例が,時としてdonorとして捉えられており,これまでの14例の脳死臓器移植例の半数はくも膜下出血例である.しかし,重症くも膜下出血例にintensive careを行えば行うほど,脳死判定に至るタイミングが困難となり,また使用する薬物・低体温療法の基準が曖昧であり,いまだdonorの数は少数に留まっている.

研究

3D-GDCによる脳動脈瘤の塞栓術における問題点

著者: 新堂敦 ,   坂井信幸 ,   酒井秀樹 ,   東登志夫 ,   永田泉 ,   菊池晴彦

ページ範囲:P.815 - P.820

I.はじめに
 血管内手術による脳動脈瘤塞栓術を成功させるためには,これまでに開発された様々な特性をもったcoilのうち最適なものを選択し,使用することが重要である.Three-dimensional shaped Gug-lielmi detachable coil(3D-GDC:Target Thera-peutics/Boston Scientific)は,主として動脈瘤のframing coilとして開発されたものであるが(Fig.1),使用する際にはその適応や特性をよく理解しておく必要がある.当センターでの3D-GDCの使用経験をまとめ,考察を加え報告する.

橋出血に対する治療とその機能的予後—保存的療法と手術的療法の比較

著者: 原貴行 ,   永田和哉 ,   河本俊介 ,   指田純 ,   阿部正 ,   和田晃 ,   坂本哲也

ページ範囲:P.823 - P.829

I.はじめに
 高血圧性橋出血に対する手術的治療はいまだ論議の域を出ない.直達手術としては1932年のDandyの報告以来成功例がいくつか報告されているが,元来橋出血自体が他の脳内出血に比べ重篤であり,血腫がうまく除去できても多大な後遺症を残しうること,手術自体が侵襲の大きいものでまた橋という場所がら手術によって症状を悪化させる可能性のあることから,ほとんど行われていないのが実状である4,6,8,10,11,13)),しかし,こうした深部脳内出血に対する侵襲の少ない手術法としてわが国では1978年に駒井らがCT下定位血腫吸引術を施行し良好な成績をおさめており5),この定位血腫吸引術が現在橋出血に対する唯一の手術的な治療法といえるかもしれない.ただし,この手術の有用性つまり機能的な予後に関する報告例は少なく1,3,9),特に保存的療法と比較検討したものは数えるほどである5,14,15).今回われわれは1988年から1996年の8年間にわたり橋出血に対して手術した年度と保存的加療のみとした年度に分け,その機能的予後を発症後3カ月の段階で評価し,両群で比較検討したのでこれを報告する.

中大脳動脈領域広範囲梗塞に対する減圧開頭術の試み

著者: 黒木一彦 ,   田口治義 ,   隅田昌之 ,   湯川修 ,   村上太郎 ,   恩田純 ,   江口国輝

ページ範囲:P.831 - P.835

1.はじめに
 中大脳動脈領域の広範囲脳梗塞は予後不良の疾患で,著しい脳浮腫により5日以内に78%が脳ヘルニアを来し2),mortalityは約80%と報告されている1-5),このように致死率の高い疾患であるにもかかわらず,その治療法に一定の見解は得られていない.最近,広範囲脳梗塞に対し減圧開頭術を行い,良好な成績が報告されている6-10).われわれも1997年より,積極的に減圧開頭術を行ってきた.今回その有用性を検討した.

症例

橈骨動脈グラフトが奏効した医原性内頸動脈解離の1例

著者: 酒井直之 ,   村井保夫 ,   鈴木紀成 ,   小南修史 ,   水成隆之 ,   小林士郎 ,   寺本明 ,   上山博康

ページ範囲:P.837 - P.841

I.はじめに
 内頸動脈解離の中で,外傷に起因しない特発性内頸動脈解離は比較的自然治癒する頻度が高く,保存的治療を第一選択とすることが多い12).これと比較して外傷性の頸動脈解離に関しては血行再建術などの外科的処置を必要とすることが少なくなく12,15),近年,血管内手術によるステント留置にて治療を行った報告3,11,12,15)も散見されるようになってきている.今回われわれは,くも膜下出血の症例に対する脳血管撮影で内頸動脈解離を来したと考えられる症例を経験した.外傷性内頸動脈解離の治療方針について検討を加えたのでここに報告する.

歩行障害を伴うlowintracranial pressure syndrome患者の1治験例

著者: 鈴木伸一 ,   坂田勝巳 ,   権藤学司 ,   菅野洋 ,   宮原宏輔 ,   張家正 ,   山本勇夫

ページ範囲:P.843 - P.849

I.はじめに
 Spontaneous intracranial hypotension(SIH)は,1938年にSchaltenbrandにより初めて報告15)され,その後Bellらは,SIHを5つのカテゴリーに分類した2).このSIHの概念に含まれるshunt術後のlow pressure syndromeは,髄液のoverdrainageによる圧調節不全により低髄液圧が生じ,頭痛,複視,めまい,耳鳴りなどの症状を呈し,anti-syphon device(ASD)の設置,圧可変式バルブへの変更により症状の改善が得られることが知られている6)
 今回脳腫瘍(germ cell tumor)にてV-P shuntを設置し,その後髄膜炎を併発したため,V-Pshuntを再設置し良好に経過していたが16年の経過で歩行障害が出現し,低髄液圧症候群を疑い,ASDを設置したことで歩行障害が改善した1例を経験した.本例は低髄液圧症候群に高頻度に出現する頭痛などはなく,代わりに非特異的な歩行障害の症状を呈したのでこの病態や治療経過に関して若干の考察を加えて報告する.

Brown-Séquard' s症候群で発症した特発性高位頸髄くも膜下血腫の1例

著者: 奥野修三 ,   森本哲也 ,   榊寿右

ページ範囲:P.851 - P.855

I.はじめに
 脊髄くも膜下腔に限局性の血塊を形成したものは脊髄くも膜下血腫と呼ばれており,原因が明らかでない特発例は過去に13例の報告があるのみである1,6,8,10,12-15,17,18).その大多数が胸椎レベルに発生し病態,治療計画,および予後に関する特異性から脊髄くも膜下出血とは別個に取り扱われてきた.
 今回われわれは,Brown-Séquard’s症候群で発症した高位頸髄背側のくも膜下血腫を経験したので文献的考察を加え報告する.

右前頭円蓋部epithelial cystの1例—名称の混乱と統一への考察

著者: 本橋蔵 ,   亀山元信 ,   今泉茂樹 ,   三野正樹 ,   長沼廣 ,   小沼武英

ページ範囲:P.857 - P.862

I.はじめに
 テント上脳内あるいは円蓋部の上皮性嚢胞,いわゆるepithelial cystは稀で1977年にFriedeら5)がreviewした17例の後には若干の報告1,9-12)しかない.そのほとんどは四丘体部13-15),後頭蓋窩4,6,7,10,15-18)もしくは脊髄腔内10,11)に発生したものである.
 今回われわれは右前頭円蓋部に生じたepithe-lialcystの稀な1例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する.

頭蓋内圧低下症を来した胸椎術後髄液漏に対しepidural blood patchが奏効した1例

著者: 三野正樹 ,   成田徳雄 ,   安達守

ページ範囲:P.865 - P.869

I.はじめに
 脊髄手術後の髄液漏の合併に対しては,これまで直達手術による硬膜の修復または髄腔内の持続ドレナージが推奨されてきた5,8,17).今回,われわれは脊椎手術後に胸腔内への髄液漏を生じ,続発性頭蓋内圧低下症を呈した1例に対しepiduralblood patchを施行し,髄液漏の消失および症状の著明な改善をみたので報告する.

内頸動脈狭窄症に合併した“steal VBI”の2症例

著者: 七戸秀夫 ,   黒田敏 ,   宝金清博 ,   牛越聡 ,   岩崎喜信

ページ範囲:P.871 - P.876

I.はじめに
 内頸動脈起始部閉塞性疾患を有する症例では,椎骨脳底動脈領域に局在する症状が出現することがある.その多くは椎骨脳底動脈系の動脈硬化性閉塞性病変が原因として関与している3,4).しかし,その中には椎骨脳底動脈系に病変を合併しないにもかかわらず,椎骨脳底動脈循環不全(VBI)を呈する症例が存在することが,以前より散発的に報告されている1,5).その発現機序として,内頸動脈領域の脳灌流圧低下のため,後交通動脈を介して椎骨脳底動脈系から内頸動脈系にむけて,頭蓋内盗血現象が生じていると考えられており,“steal VBI”と呼ばれている1,5)しかし,近年はあまり報告もなく,本現象における脳循環動態も詳細に検討されたことがない.
 最近,われわれは,視野障害を合併する内頸動脈高度狭窄症に対して,内頸動脈stent留置術を施行したところ,術前に低下していた後大脳動脈領域の脳血流量が増加し,症状が改善した症例を2例経験したので,steal VBIのメカニズムとともに報告する.

肺サルコイドーシスの治療経過中に胸椎カリエスを併発した1例

著者: 朝本俊司 ,   杉山弘行 ,   土居浩 ,   飯田昌孝 ,   池田幸穂 ,   林宗貴 ,   小林信介 ,   松本清

ページ範囲:P.879 - P.883

I.はじめに
 脊椎サルコイドーシスと脊椎カリエスは,画像上類似することもあり診断に苦慮することがある3).今回,われわれは肺サルコイドーシス治療中に胸椎カリエスを併発した1例を経験した,その診断から治療までの経過の中で,反省点も含め報告したい.

読者からの手紙

慢性期高齢者病棟でみられた紫色尿バッグ症候群

著者: 高野尚治 ,   細渕朋志 ,   西村直久 ,   橋本康弘

ページ範囲:P.885 - P.885

 療養介護保険が開始され,脳神経外科の対象患者も高齢者がふえています.当院でも療養型病棟を開き,一般病棟ではみられなかった紫色尿バッグ症候群(purple urine bag syndrome:PUBS)を経験しました.1978年に最初に報告され1),1988年に細菌学的に着色機序が解明されたが2),まだ十分に理解されていません.当院(定数218)で,32例の膀胱カテーテル留置患者のうち6例に認めました.全例女性で平均年齢は78.3歳,4例は脳血管障害慢性期で,5例が経管栄養管理で長期臥床の高度意識障害の患者でした.
 着色機序は,慢性便秘のために腸内細菌が異常増殖し,アミノ酸のトリプトファンがインドールに分解され,血液中に吸収されて,肝臓で硫酸抱合されインジカンとなって尿中に排泄される.感染尿があると,尿中細菌の産生するサルファターゼによって不溶性のインジゴ色素に変化し,蓄尿バッグに付着して,PUBSとなる.感染尿はあっても発熱原因とならない症例が多く,抗生剤は必要ない.本症候群は,安易に臥床管理を続け,食物繊維の少ない経管栄養管理で慢性便秘とし,膀胱カテーテル留置で感染尿を繰り返し,外陰部周囲の不潔が原因であり,これらの悪環境を断つことで容易にPUBSは改善される.当院でも尿をオムツ管理にしたり,膀胱カテーテル留置患者に週2回の膀胱洗浄をして感染尿を抑え,日中の座位を促して,ミキサー食(経口食を砕いたもの)を経管栄養に併用したり,腸内細菌叢の正常化のために乳酸菌製剤を摂取して,便秘の改善を図ったことで,5例のPUBSは消失した.1例は着色が薄くなったが消えず,尿路感染の発熱に伴い,1週間の抗菌剤の内服でPUBSは消退した.
 本症候群は寝たきり高齢患者に対して,安易な臥床管理や管の留置管理をしてはならない現代医療への警鐘であり,この現象に病的意義は少ないが,臨床の場では見過ごさずに衛生環境改善に対処すべきである.

未破裂脳動脈瘤の破裂率について

著者: 椎名巌造

ページ範囲:P.886 - P.886

 先日の日本脳神経外科コングレスのプレナリーセッションで未破裂脳動脈瘤のテーマはとても勉強になり,金 彪教授の御質問も非常に興味深く,大変有意義でした(2001年5月,山形,Anterior cir-culationの未破裂脳動脈瘤の治療法の選択根拠と治療法).
 私の勤務している病院は人口約5万人の田舎町で,日常診療で常々未破裂動脈瘤の破裂率について疑問を感じています.愚問とは思いますが,どなたかに御教示を頂きたく,手紙を書きました.

椎名巌造先生に対する返答

著者: 森田明夫

ページ範囲:P.887 - P.888

 椎名先生のご質問に対してUCAS Japan事務局からコメントさせていただきます.まず質問の主旨をまとめると,
1)UCAS Japanなど一定の病院を受診したCohort群の追跡を行う調査では限られた母集団における未破裂脳動脈瘤の破裂率を求めることになるのではないか?これらは一般には通用しないデータとなるのではないか?2)椎名先生のこれまでの経験からすると未破裂脳動脈瘤の破裂率は報告されているよりかなり高率なのではないか?ということになるかと存じます.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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