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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科32巻10号

2004年10月発行

雑誌目次

恩師の喝

著者: 田中達也

ページ範囲:P.1005 - P.1006

 Robert NAQET先生の80歳を記念して,2003年10月に記念国際シンポジウムがマルセイユで開かれることになった.ちょうど,直前にリスボンでの第25回国際てんかん学会での発表もあり,参加の返事を送り,お祝いに駆けつけることにした.ほとんどポルトガル語しか通じないリスボンからマルセイユ国際空港に到着してフランス語圏に入ると,フランス留学が3年半と長かったせいか故郷に帰ってきたような錯覚に陥ってしまう.高速道路を走るタクシーの車窓からは,飛ぶように過ぎ去って行く荒々しい岩山の景色が終わり,古びた建物と狭くて騒然とした旧市街が流れてゆく.マルセイユ旧港が一望に見渡せるホテル・ソフィテル・ヴューポールには30分ほどで到着した.同行の若い津田宏重助手も,港の眺望の美しさに感激した面持ちである.翌日の,シンポジウム発表のスライドをコンピュータでチェックしてから,早速,夕暮れのマルセイユの下町に繰り出した.旧港の船着場には,以前は鰯の塩焼きを売っている屋台などがあったが,今は禁止されており,少し活気がなくなったような気がした.Alexandre Dumasの小説で,フランス人が大好きな,Monte Cristo伯爵が幽閉されていたイフ島行きの連絡船は,相変わらず繁盛しているようである.ディナーは当然ブイヤベースである.Naquet先生の親友のシェフが経営している「Chez Michel」に着くと,小太りのMichelおじさんは,大げさな身振りで,マルセイユ弁丸出しでNAQUET先生の弟子がレストランに来てくれたと大喜びである.「今夜の食事の注文はブイヤベースに間違いないだろう」と聞かれて,「当然そのために,はるばる日本からやってきました」と,大げさに返事をする.Michelおじさんは片目でウインクすると,「あとは,何も言うな.こちらで全て準備する」といって引っ込んでしまった.Cote de Provenceの冷たいロゼワインを楽しんでいると,早速小イカの輪切りを炒めた素晴らしい突合せが登場する.ころ合を計って,Michelおじさんが大きな平べったいざるを両手で抱えて登場となる.ざるのふたをさっと開いて,「エー,ヴォワラ,メッシュウ.これらの魚が,今夜のあなたたちのブイヤベースになります」.そこにはなんと,40 cmくらいの新鮮な3種類の魚が,真っ赤なホウボウ,マトウダイ,スズキと並んでいた.2人の量としては,多すぎるのではないかと一瞬思ったりしたが,Michelおじさんはどうだといわんばかりに,満足気である.つい「トレ・ビヤン」と相槌をうってしまった.その夜の豪華なブイヤベースとプロヴァンスのワインは筆舌に尽くしがたいものであった.

総説

杉田式手術セットアップの概念と実際

著者: 田中雄一郎 ,   本郷一博 ,   大屋房一 ,   後藤哲哉 ,   宮原孝寛 ,   高砂浩史 ,   中村一也

ページ範囲:P.1009 - P.1016

 Ⅰ.はじめに

本稿では,われわれが故杉田虔一郎先生(1932~1994年)から学んだ杉田式手術セットアップの概念とその実際の運用法を概説する.先生は生涯にわたり様々な手術機器の開発に携わり,多くを製品化に結びつけた.それらを武器に困難な手術に挑み,瞠目すべき結果を国際的な雑誌に次々と報告した14,15,21,23,25-27).開発は顕微鏡手術用の機器にとどまらず,定位脳手術機器7),手術室と教授室間のビデオケーブル敷設(約300m,1982年),顕微鏡ビデオ像立体視システム(1984年)24),手術室へのCT導入(1986年)5),顕微鏡手術ハイビジョン記録(1989年)6)など多岐に及んだ.本稿では,なかでも最も情熱を注がれた開頭手術のセットアップに絞って記載した(Table)4).それらの機器開発の背景や指導された使用方法に,われわれの解釈を交えて記述する.

腰仙部脊髄脂肪腫

著者: 新井一

ページ範囲:P.1019 - P.1026

 Ⅰ.はじめに

脊髄脂肪腫は二分脊椎に合併し,主として腰仙部に発生するものと,脊椎奇形を伴わずに主として胸髄軟膜下に発生するものとに大別される.前者は臨床上,脊髄係留症候群を呈することが知られており,いわゆる潜在性二分脊椎症として包括される一連の疾患群のなかで最も頻度の高いものである.この腰仙部脊髄脂肪腫は出生4,000に対して1例程度発生するとされているが4,28),その正確な発生頻度は不明である.腰仙部脊髄脂肪腫の発生メカニズムは完全に解明されているとはいえないが,中胚葉由来の脂肪組織が神経外胚葉に癒合することによって病態が成立することから,primary neurulationからsecondary neurulationに至るいずれかの時点で発生するものと考えられている.本稿では,腰仙部脊髄脂肪腫の発生,症状発現の機序さらには診断と治療について,筆者の経験をもとに文献的考察を交えて解説する.

研究

201Tl-chlorideと99mTc-MIBIの2核種同時収集法を用いた脳腫瘍診断の意義

著者: 永井秀政 ,   山崎俊樹 ,   山本佳昭 ,   高田大慶 ,   宮嵜健史 ,   杉本圭司 ,   松本吉史 ,   秋山恭彦 ,   森竹浩三

ページ範囲:P.1029 - P.1037

 Ⅰ.はじめに

ニューロイメージングの発展により脳腫瘍の局在診断はほぼ達成され,無症状で偶然発見される脳腫瘍が増加している.脳腫瘍の治療方針の決定には,生検もしくは手術標本での病理診断に基づいた治療が基本である.しかし生検では腫瘍組織の一部しか採取されないため,その組織診断には限界がある.また組織診断を目的とした手術は高齢者や小児にとって危険性が高く,重要な神経構造の近傍では診断で得られる利益よりもリスクが高い場合もある.

 近年,MRS(magnetic resonance spectrography)やPET(positoron emission tomography),SPECT(single photon emission computed tomography)などの非侵襲的検査の進歩がめざましいが,現時点では脳腫瘍の質的診断としてはSPECTが普及し一般的である.SPECTは特異性や感度,分解能などに改善の余地があるものの,核種の開発とともにその有用性が期待されている.SPECTの核種にはThallium(201Tl),Gallium(69Ga),123I-IMP(N-Isopropyl-p-[123I]-Iodoamphetamine)などがあるが,なかでも心筋血流シンチグラフィーによる心臓疾患診断薬として開発された201Tl-chlorideと99mTc-MIBI(2-methoxy isobutyl isonitrile)は脳腫瘍の質的診断に応用されている1,3,10).この2核種の集積には若干の違いがあり,収集エネルギーの違いから2核種同時収集で画像を比較することで新知見を得られる可能性がある7,15)

 今回,われわれは201Tl-chloride(Tl)と99mTc-MIBI(MIBI)の2核種同時収集法による脳腫瘍イメージングで若干の成果を得たので,脳腫瘍におけるsimultaneous dual isotope SPECTの意義を報告する.

症例

血友病を合併していた急性硬膜下血腫の1手術例

著者: 目黒俊成 ,   東久登 ,   西本健 ,   中村達

ページ範囲:P.1039 - P.1043

 Ⅰ.はじめに

血友病は,男子出生人口あたり5~10人/10万人程度の稀な先天性出血性疾患である5).脳神経外科領域では頭蓋内出血を起こし得ることが知られているが,家族歴があるものや小児期に異常出血で発症するなどするために,既に診断されている症例が多い.

 今回われわれは,診断前の血友病を合併していた急性硬膜下血腫の手術症例を経験した.このような症例に遭遇することは稀であると考えられるが,出血傾向のある症例に対しては考慮に入れておくべきと思われたので報告する.

遺残性原始三叉動脈に対側頸部内頸動脈閉塞を伴った多発性脳動脈瘤の手術例

著者: 太田浩嗣 ,   厳本哲矢 ,   横田晃

ページ範囲:P.1045 - P.1048

 Ⅰ.はじめに

Persistent primitive trigeminal artery(PTA)は胎生期遺残動脈の中で最も頻度が高く,脳動脈瘤や脳動静脈奇形との合併した報告がみうけられるが2,4,16),加えて,対側の内頸動脈閉塞を伴った報告はない.今回,くも膜下出血で発症し,対側の内頸動脈閉塞を伴った多発性脳動脈瘤の手術例を経験したので報告する.

肥厚性硬膜炎に類似したRosai-Dorfman diseaseの1例

著者: 木下良正 ,   安河内秀興 ,   津留英智 ,   山口倫

ページ範囲:P.1051 - P.1056

 Ⅰ.はじめに

Rosai-Dorfman disease は1969年と1972年 RosaiとDorfmanによって記述された偽リンパ腫様病変でsinus histiocytosis with massive lymphadenopathy (SHML)として記載されており27,28),リンパ節腫大を特徴とする疾患であるが,中枢神経系の病変も報告されている.われわれは肥厚性硬膜脳炎類似の画像を呈したRosai-Dorfman diseaseの症例を経験し興味ある術前MRIが得られたので報告する.

片頭痛の評価にMR angiography, diffusion weighted imageが有用であった1例

著者: 柳川洋一 ,   加藤裕 ,   吉川哲夫 ,   阪本敏久 ,   岡田芳明

ページ範囲:P.1059 - P.1062

 Ⅰ.はじめに

 片頭痛発作は頭痛を中心として複雑な症状が連続または随伴して認められ,再発性あるいは周期性に出現するのを特徴としている6).片頭痛の病態には,血管説,神経説,セロトニン説,三叉神経血管説があり,三叉神経血管説が現在最も支持されている12).血管説は血管が収縮することにより前兆期が生じ,引き続く血管拡張により拍動性頭痛を説明するもの,神経説は神経細胞の興奮抑制が伝播し,脳浮腫を随伴していくspreading depressionで片頭痛の前兆を説明し,血管径もしくは血流の変化はこれに附随したものと考える説,セロトニン説は,セロトニンの過不足が血管の収縮,拡張に関与すると考えるもの,三叉神経血管説は,三叉神経への刺激が血管の拡張と神経原性炎症を引き起こし,頭痛につながると考える説である.いずれの説も原因,結果は別として脳血管径の変化が片頭痛の病態に関与していることは支持している7,12).しかし,実際に片頭痛の患者で脳血管径の変化を画像上捉えた報告は多くなく,本邦では渉猟し得た範囲では,2報告のみであった5,10)

 以前は脳血管径を把握するためには,侵襲的な脳血管造影検査が必要であったが,近年,3 dimensional(3D)CT angiographyやMR angiography(MRA)による非侵襲的検査が開発された.このMRAを用いて,片頭痛症例の血管径の変化を捉え,diffusion weighted image(DWI)により信号変化を観察できた症例をわれわれは経験し,片頭痛の診断,病態把握にこれらの検査は有用と考えた.

報告記

第12回国際頭蓋内圧および脳モニタリング学会(ICP2004)に参加して(2004年8月16日~20日)

著者: 間瀬光人

ページ範囲:P.1064 - P.1065

 ICP2004は2004年8月16日から20日の5日間,香港島にある香港会議展覧センターにおいて,Chinese University of Hong Kongの脳神経外科教授Wai S. Poonのもとで開催された.本学会は現在3年ごとにアジア,アメリカ,ヨーロッパの持ち回りで行われている.前回(第11回)はケンブリッジにおいて2000年に行われ,第12回学会は昨年ICP2003として香港で行われるはずであったが,あのSARS騒ぎのために延期になっていた.今回1年遅れで開かれたにもかかわらず盛況な学会となった.応募演題数約250題に対し80%の採択率で,約110題のoral plenary paperと90題のposter paperが発表された.各抄録は複数のinternational reviewersにより採点され点数結果が事前にメールで知らされた.Oral plenary sessionはメイン会場で,posterは2つの会場で行われたが,どのセッションにおいても極めて活発な討論がなされていたのが印象的であった.

 主なトピックは,種々の病態における頭蓋内圧管理,神経化学モニタリング,ニューロイメージング,水頭症,脳コンプライアンス,バイオフィジクスなどであった.特に頭蓋内圧代償能やコンプライアンスなど,頭蓋内環境の物理学的・生理学的解釈に話が及ぶと,それはもう一介のmedical doctorの理解を超えたハイレベルの物理学的,数学的内容で激しいバトルが繰り返された.ただしこれが他の学会にはない,本学会の何とも楽しい部分ではある.しかしこの楽しい部分が今回の学会では少し減ってきたように思う.その理由としては,最近のCTやMRI技術の進歩により,頭蓋内病態を画像から正確に診断することが可能となってきたため,一昔前のように頭蓋内圧波形などから頭蓋内病態の変化を予測する必要がなくなり,実際の臨床でもICPを日常的に測ることは少なくなっていることが考えられる.その代わり学会全体のフォーカスは,より臨床的な頭蓋内圧管理に移ってきた.重症頭部外傷患者の治療,バルビツレート療法や脳低温療法などにおいてはICPおよびCPP(cerebral perfusion pressure)管理が必須であり,この分野でのICP測定の重要性は疑いもないようであるが,これを含めすべてのclinical trialにはrandomizationが強く求められた.その中でEUの30以上のmedical centerが集まってBrain IT Groupを立ち上げ,脳外傷患者の集中治療のデータベース化を開始したという報告が光っていた.また審査の結果,Best oral presentation awardはシカゴのDr. Noam Alperin“Evidence of the importance of extracranial venous flow in patient with idiopathi intracranial hypertension(IIH)”に与えられた.

連載 定位脳手術入門(11)

パーキンソン病における患者選択

著者: 藤本健一

ページ範囲:P.1067 - P.1074

 Ⅰ.はじめに

 定位脳手術を成功させる秘訣は,これまでの連載で詳細に述べられてきた正確な手術と,これから述べる適切な患者選択に集約される.いかに優れた技術であろうと,適用を誤れば無駄になるし,時には害にすらなり得る.本稿ではパーキンソン病に対する定位脳手術の患者選択について述べるが,パーキンソン病はそれ自体が致死的な病気ではない.したがって治療の目標はADLの改善である.日常生活に必要な運動能力は,就業の必要性や介護力など,患者のおかれている状況によって大きく異なる.また治療効果の受け取り方も,患者の価値観や期待度によって異なる.したがって医療者側からみた「患者選択」と,患者側からみた「治療法選択」とは必ずしも一致しない.医療者は,判断に足りるだけの十分な客観的情報を患者に提供するようにし,手術治療を選択するかどうかの最終判断は患者に委ねるべきである.

頭蓋骨腫瘍の臨床と病理(7)

頭蓋骨巨細胞腫,筋線維腫,骨Paget病

著者: 河本圭司 ,   我妻敬一 ,   大石哲也 ,   上坂達郎 ,   瀬野敏孝 ,   川口琢也 ,   中嶋安彬

ページ範囲:P.1085 - P.1090

 Ⅰ.頭蓋骨巨細胞腫(giant cell tumor)

 1.定義

 多核巨細胞の存在が強調されがちだが,増殖の本体は単核細胞である.組織起源は不明であるが,多核巨細胞は未分化間葉もしくは組織球性マクロファージに由来する単核細胞が癒合したものとみる意見や,細胞分裂を伴わない核分裂の繰り返しにより単核細胞が多核化したとする考え方もある.頭蓋骨のPaget 病に続発した巨細胞腫も報告されている9)

医療経済

特定機能病院における入院医療の包括評価(Diagnosis Procedure Combination : DPC)の概要について(第12報)―保険請求における留意点:審査支払い・指導監査の視点から

著者: 安達直人

ページ範囲:P.1077 - P.1082

 1.はじめに

 平成15年度に急性期の入院包括評価としてDPCが初めて特定機能病院に導入され,平成16年度はその見直しがなされた.さらに平成16年度社会保険診療報酬の基本方針には,医療の質の向上を目的としたDPCへの重点評価が盛り込まれている.昨今の経済情勢や医療の質の向上を目指して,包括評価払い方式DPCへの期待は大きく,今後は特定の医療機関だけなく幅広く一般病院にも導入されていくであろう.既に平成16年度からは特定機能病院だけでなく,手上げ方式によりDPC調査協力医療機関として一般病院にその導入が始まっている.このような状況のなかでDPC対象医療機関の保険請求は今までと比較してどのように変わるのだろうか.

 筆者はこれまで,平成15年度版DPCにおける脳神経外科領域の診断群や平成16年度改定について概要を述べてきた.制度内容や導入後の改定内容についてはある程度ご理解いただけたと思うが,医療機関にとって経営管理上,最も重要となる診療報酬請求における審査支払いならびに医療指導監査はどう変わるのかはまだ不透明である.事務手続の上で診療報酬を請求するのはそれほど難しいことではないが,その適否や審査・医療指導監査はどのような方向になるのかは皆目検討もつかないのではなかろうか.

 DPC導入に先立ち,旧厚生省は国立病院を中心に平成10年より日本版DRG/PPS(Diagnosis Related Group/ Prospective Payment System)の試行を行ってきた.試行医療機関では,コーディングミスが意外に多いことや医療内容の評価が不十分であるなどの問題点が噴出しており,結果的に不適切な診療報酬が生じてしまう可能性がある.その中で保険医療行政は,DPCの目標として掲げる「医療の質の確保」と「適正な診療報酬請求」がなされるように,問題点の整理とその解決策を検討している.

 本報では実際の審査支払いや医療指導監査での留意点について解説する.DPCの診療報酬請求において適正な請求をするためにはどのように考えて行くべきかを概説したい.なお審査支払いについては,後述する米国における中間支払機関や同僚審査委員会のような審査機構やシステムがまだ十分に確立されていないため,具体的な記述が困難である.このため審査支払い・医療指導監査を含めた大枠の方向性について述べたいと思う.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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