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恩師の喝
著者: 田中達也1
所属機関: 1旭川医科大学
ページ範囲:P.1005 - P.1006
文献購入ページに移動 Robert NAQET先生の80歳を記念して,2003年10月に記念国際シンポジウムがマルセイユで開かれることになった.ちょうど,直前にリスボンでの第25回国際てんかん学会での発表もあり,参加の返事を送り,お祝いに駆けつけることにした.ほとんどポルトガル語しか通じないリスボンからマルセイユ国際空港に到着してフランス語圏に入ると,フランス留学が3年半と長かったせいか故郷に帰ってきたような錯覚に陥ってしまう.高速道路を走るタクシーの車窓からは,飛ぶように過ぎ去って行く荒々しい岩山の景色が終わり,古びた建物と狭くて騒然とした旧市街が流れてゆく.マルセイユ旧港が一望に見渡せるホテル・ソフィテル・ヴューポールには30分ほどで到着した.同行の若い津田宏重助手も,港の眺望の美しさに感激した面持ちである.翌日の,シンポジウム発表のスライドをコンピュータでチェックしてから,早速,夕暮れのマルセイユの下町に繰り出した.旧港の船着場には,以前は鰯の塩焼きを売っている屋台などがあったが,今は禁止されており,少し活気がなくなったような気がした.Alexandre Dumasの小説で,フランス人が大好きな,Monte Cristo伯爵が幽閉されていたイフ島行きの連絡船は,相変わらず繁盛しているようである.ディナーは当然ブイヤベースである.Naquet先生の親友のシェフが経営している「Chez Michel」に着くと,小太りのMichelおじさんは,大げさな身振りで,マルセイユ弁丸出しでNAQUET先生の弟子がレストランに来てくれたと大喜びである.「今夜の食事の注文はブイヤベースに間違いないだろう」と聞かれて,「当然そのために,はるばる日本からやってきました」と,大げさに返事をする.Michelおじさんは片目でウインクすると,「あとは,何も言うな.こちらで全て準備する」といって引っ込んでしまった.Cote de Provenceの冷たいロゼワインを楽しんでいると,早速小イカの輪切りを炒めた素晴らしい突合せが登場する.ころ合を計って,Michelおじさんが大きな平べったいざるを両手で抱えて登場となる.ざるのふたをさっと開いて,「エー,ヴォワラ,メッシュウ.これらの魚が,今夜のあなたたちのブイヤベースになります」.そこにはなんと,40 cmくらいの新鮮な3種類の魚が,真っ赤なホウボウ,マトウダイ,スズキと並んでいた.2人の量としては,多すぎるのではないかと一瞬思ったりしたが,Michelおじさんはどうだといわんばかりに,満足気である.つい「トレ・ビヤン」と相槌をうってしまった.その夜の豪華なブイヤベースとプロヴァンスのワインは筆舌に尽くしがたいものであった.
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