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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科32巻2号

2004年02月発行

雑誌目次

動脈瘤手術教育と数の話

著者: 塩川芳昭

ページ範囲:P.107 - P.108

 自分自身が歩んできた道のりを振り返ってみても,脳神経外科手術の研鑚は外科解剖の理解や顕微鏡下操作手技の取得を中心とした,文字どおりミクロ的視野の世界で奮闘してきたように思います.特に初学者にとっては他に王道があるわけでもなく,手術の低侵襲性が強調される昨今ではありますが,精緻なマイクロニューロサージェリーの世界は今後もさらなる発展を遂げていくことは間違いありません.ここで畑違いの経済学の手法を模倣するわけではありませんが,脳神経外科手術の訓練についてマクロ的視点で考察してみると,今まで多くの事柄が見えていなかったことに改めて驚かされます.私自身が最も興味を持って取り組んでいる疾患である脳動脈瘤を取り上げて論を進めたいと思います.
 診療報酬の改定に伴う手術件数の施設基準の話が巷を喧しくさせたのは記憶に新しいものがあります.動脈瘤については当初その手術件数の基準は年間50件とされ,その根拠はどこにあるのかはともかくとして,諸先生方の働きかけにより条件付きで30件と緩和されて,その後はひとまず焦眉の話題から遠のきつつあります.その際に,実態を反映させるべきとする主張の根拠となった動脈瘤手術の現状が脳神経外科学会のホームページに公開されています.そこには全国の2001年に施行されたclippingの件数が1,173施設(A項350,C項823,これは全国の約97%をカバーしています)から報告されており,合計で破裂動脈瘤は17,491件,未破裂動脈瘤は8,050件が手術されていました.ちなみに2001年に新たに脳神経外科認定医を獲得した人数は223人でした.したがって,単純計算すると,最近の認定医一人当たりの生涯経験clipping数は115件となり,内訳は破裂79件,未破裂36件となります.この予想生涯経験clipping件数は,杏林大学脳神経外科関連・派遣14施設での年間手術集計と過去10年間の平均入局者数(2.2人)から算出した値(破裂104件,未破裂55件,2002年)とおおむね近似していました.すなわち若手脳神経外科医のミクロ的視野では,無限に経験できるという錯覚に陥りがちな生涯経験手術数が,実はマクロ的概算では極めて身近な数値であるわけです.

総説

脳神経外科におけるリスクマネジメント―脳神経外科は安全か?

著者: 宝金清博 ,   南田善弘 ,   野中雅 ,   三上毅 ,   小柳泉

ページ範囲:P.111 - P.119

Ⅰ.はじめに

米国において,脳神経外科は専門性の最も高い科の1つである一方,医療事故の最も多い科であることが知られている.医療事故に関する最も大きな研究の1つであるHarvard Medical Practice Studyの報告でも,脳神経外科は,血管外科,心臓血管外科と並んで,医療事故比率の点ではワースト3に入る専門科である1-3,8-10,13,14).これは,米国の報告であるが,本邦においては,脳神経外科におけるリスク発生に関するエビデンスに基づいたデータはまだない10)

 リスクマネジメントの目的は,一般には組織を危機から守り,組織が受ける被害を最小限に食い止めることとされている.しかし,医療におけるリスクマネジメントの意義は,これに加えて医療の質を確保すること(quality assurance)にある.あまり強調されていないことであるが,医療におけるリスクマネジメントは,その取り組み方次第によっては,治療成績向上のための有力なツールとみることもできる7,9,10)

 筆者はリスクマネジメントの専門家ではない.しかし,現在,医療の領域で,専門的な実務経験を有するリスクマネジャーはほとんど皆無であろうと思われる.しかも,それぞれの専門科における固有の問題は,一般的なリスクマネジメントの理論だけでは解決できないものである.脳神経外科におけるインシデンスの解析とリスクマネジメントは,脳神経外科医自身の責任においてなされる必要があり,他に依存することのできない問題である.本論文では,札幌医科大学脳神経外科における最近のデータに基づいて,インシデンスを解析し,脳神経外科がリスクの高い専門科であるかどうかを明らかにしたい.そのうえで,治療成績の向上のためにいかにリスクマネジメントを利用するべきかを考察する.

研究

破裂動脈瘤と未破裂動脈瘤を合併する多発性脳動脈瘤―破裂部位とsizeから破裂率の検討

著者: 奥山徹 ,   笹森由美子 ,   高橋八三郎 ,   福山浩一 ,   齋藤孝次

ページ範囲:P.121 - P.125

 Ⅰ.はじめに

未破裂動脈瘤を合併する破裂動脈瘤症例では,しばしば破裂部位の特定が困難な場合がある.動脈瘤は,一般にsizeの大きなもの,blebをもつもの,前交通動脈に存在するものが破裂しやすいと言われ5),多発性動脈瘤では,くも膜下出血の所見や合併する脳内出血の部位を考慮して破裂部位を推測している.しかし,くも膜下出血が脳槽に広範にある場合や発症から時間が経過し,くも膜下出血が薄くなっているもの,動脈瘤が近接して複数存在しているものは必ずしも破裂動脈瘤の特定が容易でなく,手術中の所見から破裂した動脈瘤が診断されている.多発性動脈瘤では,術前に破裂動脈瘤部位を推定することによって,手術の安全性の向上と手術時間の短縮につながると考えられ,破裂部位を術前に診断することは非常に重要なことと考えられる.

 今回,われわれは,未破裂動脈瘤と破裂動脈瘤を合併する多発性動脈瘤症例について破裂部位とsizeについて検討した.さらに,これらの動脈瘤では同じ脳内の環境下にあって破裂するものと破裂しないものがあることから,動脈瘤の部位あるいはsizeによって破裂率が異なる可能性が推測された.そこで,破裂動脈瘤と未破裂動脈瘤のsizeと破裂部位に注目し,それぞれを比較することによって,動脈瘤の部位とsizeによる破裂率を検討した.

脳腫瘍に合併したカリニ肺炎に関する検討

著者: 宇塚岳夫 ,   高橋英明 ,   田中隆一 ,   西堀武明 ,   塚田弘樹 ,   下条文武

ページ範囲:P.127 - P.133

 Ⅰ.はじめに

脳腫瘍の治療において,併存する脳浮腫に対し経口ステロイド剤が投与される症例は少なくない.しかしながら,長期ステロイド剤投与の合併症であるカリニ肺炎についてはあまり知られていない.脳腫瘍に対するステロイド投与に合併したカリニ肺炎については,海外ではこれまでにいくつか報告されているが4,12,14),本邦での詳細な報告はなく,その特徴や危険因子についてもあまり知られていない.

 Pneumocystis cariniiはヒトの肺に常在する病原体で,真菌に近いと考えられている.細胞性免疫の低下した状態において間質性肺炎を来し,特に免疫抑制剤治療中の患者やacquired immunodeficiency syndrome(AIDS)においては最も重要な日和見感染症の一つである.

 われわれは1994年から2002年の9年間に当科で経験した12例の脳腫瘍に合併したカリニ肺炎の症例を経験したので,その特徴,危険因子について検討した.

悪性脳腫瘍に対するstereotactic biopsy―合併症と診断率について

著者: 高橋英明 ,   菅井努 ,   宇塚岳夫 ,   狩野瑞穂 ,   本間順平 ,   イゴリグリニョフ ,   田中隆一

ページ範囲:P.135 - P.140

 Ⅰ.はじめに

悪性脳腫瘍の治療に当たって,組織診断がその治療方針の決定や予後の推定に重要であることは周知のことである3,4,6).多くの悪性脳腫瘍において可及的全摘を目指すことが治療において有利であり,また腫瘍のmass effectを減ずる目的から開頭術による生検術が選択されることが多い.しかし,高齢者やperformance statusの不良例,脳の深部腫瘍,多発性病変といった,開頭術により部分ないし全摘出が不可能な症例においては定位脳手術による腫瘍生検術の適応となることも少なくない.stereotactic biopsyを選択するうえでの最大の注目点は合併症率,特に出血率と診断確定率であると考えられる.ことにインフォームドコンセントをするうえで不可欠な情報である.一施設における一定の方法による多数例の報告は,自験例の提示としても他施設との比較においても必要であろう.今回われわれは,臨床診断において悪性脳腫瘍と診断された201例のstereotactic biopsyを経験したので,その成績および合併症について報告する.

頭部外傷例における抗菌薬療法―細菌培養陰性時の対応と問題点について

著者: 長島梧郎 ,   佐々木純 ,   葛目正央 ,   兼坂茂 ,   高橋愛樹 ,   野田昌幸 ,   鈴木龍太 ,   藤本司

ページ範囲:P.143 - P.149

 Ⅰ.はじめに

頭部外傷を含めた外傷例では,手術以外にも汚染創・髄液漏・合併損傷等があれば初期治療として予防的抗生物質の投与を行うのが一般的であり,初期治療としての予防的抗生物質の投与は第一・第二世代セフェムが推奨されている5,11).しかし,初期治療後も感染兆候が遷延したり発熱が続くような症例では,起因菌もわからないまま抗生物質の変更を余儀なくされることがある.特に重症頭部外傷例や手術治療が行われるような症例では,いわゆるneurogenic feverと言われるような細菌感染と鑑別が難しい発熱や炎症反応を示すことがあり,外傷後に強い炎症反応や発熱があっても感染症としての診断に疑問がもたれる場合もある12).Fig. 1Aにその典型例を示すが,Fig. 1Aは抗生物質の初期投与のみで感染症を予防できた症例である.Fig. 1Bはflomoxef sodium(FMOX)からcefpirome sulfate (CPR)に抗生物質を変更したにもかかわらず発熱・炎症反応が治まらず,結局起因菌は同定されず,CPR中止後しばらくして発熱および炎症反応が沈静化した,感染症ではないと考えられる症例である.Fig. 1CはFMOXを投与するも起因菌が検出できないため,発熱・炎症反応が続いていたが抗生物質を中止して監視培養を行ったところ,C-reactive protain(CRP)値が27.6 mg/dlまで上昇したためCPRを開始.炎症反応は徐々に改善したが,最終的に喀痰培養からmethicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA)を検出,という経過を辿った症例である.この2つの症例は,いずれも2回目の抗生物質投与の選択に問題があった可能性を示唆する症例であり,重症頭部外傷例でよく遭遇するところである.

 本論文では初期選択としての抗生物質の種類,抗生物質の使用理由,初期治療後の抗生物質の選択状況等とともに,感染症の診断に迷った場合の抗生物質の投与方法等について検討した.

鎖骨下動脈,腕頭動脈の動脈硬化性狭窄・閉塞病変に対するステント留置術の成績と治療戦略―親カテーテルの安定性と椎骨動脈のdistal protection

著者: 原田啓 ,   中原一郎 ,   田中正人 ,   岩室康司 ,   渡邉芳彦 ,   藤本基秋

ページ範囲:P.151 - P.158

 Ⅰ.はじめに

鎖骨下動脈,腕頭動脈の狭窄・閉塞病変に対する血管内治療を用いたステント留置術は低侵襲性の有効な治療法として確立しつつあり1,3-8,10,14),周術期のmorbidityは3%(0~5%の報告例)1-3,10),mortalityは0.5%以下(0~0.9%の報告例)1,3,10),長期的なフォローアップによる鎖骨下動脈病変に対するステント留置術後の再狭窄率は5~10%1,3,10)という見解である.

 鎖骨下動脈,腕頭動脈狭窄/閉塞性病変に対するステント留置術では大動脈から分岐直後に狭窄病変が位置し,また,椎骨動脈が分岐するという解剖学的特性から親カテーテルの安定性と椎骨動脈への塞栓が問題となることがある.鎖骨下動脈にステント留置する場合,特に鎖骨下動脈が大動脈分岐直後で狭窄病変がみられる症例で親カテーテルの安定性が得られずステント留置過程で苦慮する症例がある.また,椎骨動脈へのdistal embolismが起こった場合,重篤な神経症状に至る可能性は高く,術前の血管造影で椎骨動脈の順行性血流がみられずsubclavian steal phenomenon(以下SSP)を示す症例においてもステント留置の過程で病変部の拡張が得られた後,SSPを示していた患側椎骨動脈が順行性に流れ出すことがあり,椎骨動脈へのdistal embolismの可能性がある9,13)

 当科で施行した鎖骨下動脈狭窄・閉塞病変14症例の治療成績と,その代表症例を呈示し,親カテーテルの安定性と椎骨動脈のdistal protectionを中心に治療戦略について検討したので報告する.

症例

脳梁離断術が有用であったepileptic spasmを主症状とする難治性小児てんかんの1例

著者: 田中信宏 ,   藤井正美 ,   秋村龍夫 ,   原田克己 ,   梶原浩司 ,   加藤祥一 ,   野村貞宏 ,   石原秀行 ,   鈴木倫保

ページ範囲:P.161 - P.165

 Ⅰ.はじめに

現在,難治性てんかんに対する外科手術の中で脳梁離断術は遮断手術の1つとして用いられており,手術例の70%近くで発作が軽減することが報告されている7).しかし,脳梁離断術は発作型では脱力失立発作,てんかん分類ではLennox-Gastaut症候群,両側の前頭葉てんかんなどがよい適応とされているものの,厳密な手術適応基準がないことが問題として挙げられる.今回われわれは脳梁離断術が有効であったepileptic spasmを主症状とする難治性小児てんかんの1症例を経験し,手術適応に関して若干の知見を得たので文献的考察を加え報告する.

片側モヤモヤ病に合併した破裂脳動脈瘤に対し脳血管内治療を行った1例

著者: 村上謙介 ,   緑川宏 ,   高橋昇 ,   鈴木保宏 ,   野村耕章 ,   西嶌美知春

ページ範囲:P.167 - P.171

 Ⅰ.はじめに

近年,脳血管内治療の技術の進歩により,全身麻酔下の開頭直達手術の困難な脳動脈瘤症例に対しても治療がより安全に行われるようになった.

 内頸動脈終末部近傍に進行性の狭窄や閉塞を来すモヤモヤ病は,脳循環の低下により一過性脳虚血発作や脳梗塞が,また脆弱なモヤモヤ血管の破綻により脳内出血が生じる原因不明の疾患である.本疾患に脳動脈瘤が合併することがあるが,その直達手術は一般に困難であり,また問題点も多い1,2,8,12,15,16)

 今回われわれは,片側モヤモヤ病に合併した破裂脳動脈瘤に対し,Gaglielmi Detachable Coil(GDC)を用いた脳動脈瘤瘤内塞栓術による治療を経験したので,文献的考察とともに報告する.

MRIによる脳幹周囲の解剖学的検討が有用であった脳幹損傷の1例

著者: 柴田將良 ,   守田誠司 ,   石坂秀夫 ,   白水秀樹 ,   秋枝一基 ,   池谷義守 ,   飯塚進一 ,   儘田佳明 ,   松前光紀 ,   猪口貞樹

ページ範囲:P.173 - P.176

 Ⅰ.はじめに

外傷性一次性脳幹損傷には,diffuse brain injury(DBI)の重症例に伴うものではなく,比較的軽度な外力により発生し,受傷直後からの意識障害も遷延せずに転帰良好な例が存在することが指摘されている3,4,9-12).このタイプの脳幹損傷はテント切痕縁による脳幹の局所性損傷とされ,側方からの外力によって打撲部と同側で,テント切痕縁と脳幹の距離が最も近い脳幹側方部に病変が生じると考えられている10,11)

 今回,われわれは右頭部を打撲した頭部外傷で対側の局所性中脳損傷例を経験し,magnetic resonance imaging(MRI)によって中脳とテント切痕縁の距離の左右差が,損傷の機序に関与したと示唆された1例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

連載 定位脳手術入門(3)

定位脳手術のための生理学

著者: 南部篤

ページ範囲:P.179 - P.191

 Ⅰ.はじめに

神経生理学あるいは狭く電気生理学の知識というものは,臨床に即,役立つことは多くはないが,神経生理学を志す者にとって幸いにも,これから記すことはその例外である.これまで筆者は,何度かヒトの定位脳手術に立ち会う機会に恵まれたが,動物実験で体得したニューロンの発射パターンや体部位局在に関する神経生理学的知識は,定位脳手術のターゲットを決定するに当たって極めて有用である.本稿では大脳基底核疾患を対象に,前半で定位脳手術によって症状が改善するメカニズムについて考え,後半では定位脳手術の際に役立つ実践的で有用な生理学的知識についてまとめてみたい.

医療経済

特定機能病院における入院医療の包括評価(Diagnosis Procedure Combination : DPC)の概要について(第7報)―「脳梗塞」における医療行為別の包括評価点数比較

著者: 安達直人

ページ範囲:P.196 - P.200

 第1報から第3報では,特定機能病院における入院医療の包括評価における概要,診断群分類の決定方法,包括評価点数の算定方法のそれぞれについて述べ,第4報から第6報では「脳腫瘍」「くも膜下出血・破裂脳動脈瘤」「非外傷性頭蓋内血腫」の診断群分類における医療行為別の包括点数の比較を各論として示した.

 本報では,幅広く虚血性脳血管障害を対象とした「脳梗塞」を例にして,医療行為の違いにより診断群がどのように振り分けられ,さらにどれだけ請求点数が異なってくるか比較検討する.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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