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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科34巻12号

2006年12月発行

雑誌目次

臨床脳スポーツ医学に参加を!

著者: 森照明

ページ範囲:P.1187 - P.1188

最近の医療事情あれこれ

 新研修医制度が施行されて以来,人材不足になった医局は派遣病院から医師を引き上げ,その結果,地方の病院で深刻な医師不足が生じました.恵まれた待遇を経験した新研修医は,訴訟などの危険性の高い診療科や習熟するまで時間のかかる診療科,雑用が多い施設等を避けるようになりました.

 一方,大学病院は民間型の独立行政法人となり,従来のような赤字は出せなくなり,在院日数の短縮,経費削減などを求められ,かつ研究費も削減され,高度先進医療が確保できるのかと心配になります.

総説

脳神経外科手術支援のためのマルチモダリティ融合画像/モニタリング

著者: 鎌田恭輔 ,   斉藤延人

ページ範囲:P.1191 - P.1205

Ⅰ.はじめに

 脳神経外科手術において,脳機能温存のためには電気生理学的モニタリングが,低侵襲,かつ信頼性が高い手法と考えられている.1929年にHans Bergerが脳から発生する電気的現象を捉えることに成功し,その検査法は脳波(Elektroenkephalogram[独];electroencephalography:EEG)として脳機能の解明,脳疾患の病態生理の把握等広く,基礎脳科学,臨床医学に応用されてきた3).このときBergerは8~12Hzの電位変化をBerger rhythm(今日のαrhythm)と命名している.その後,生体になんらかの刺激,課題を負荷することで誘発されるEEGを加算平均することで誘発脳電位(evoked potentials:EP)が開発された.EPではクリック音刺激による聴性脳幹反応(ABR),末梢神経神経電気刺激による(SEP)などが代表的であり,現在広く臨床に普及している.

 生体計測とは機序の異なる脳機能マッピング手法としては,1950年代頃にPenfieldらにより行われた高周波電気脳皮質刺激法がある25).近年は短時間作用型麻酔剤であるpropofol,簡便な麻酔深度モニタ(bispectral index:BIS)などの開発により麻酔深度のコントロールが容易になったため,覚醒下手術を行う施設も増えている.この覚醒下手術と皮質電気刺激を併用して脳機能マッピング・モニタリング下に頭蓋内病変の摘出が行われているが,覚醒下手術は術前の患者の状態と,適切な電気刺激閾値,刺激部位の決定などが容易でないため,適応患者が限定されるのが現状である.

 一方,近年急速に進歩した画像,計測技術の発展に伴い,非侵襲的に脳機能の画像化が行えるようになった.非侵襲的脳機能マッピング法としては機能MRI(fMRI),脳磁図(MEG),positron emission computed tomography(PET),近赤外線スペクトロスコピー(NIRS),および経頭蓋的磁気刺激装置などが挙げられる.電気生理学的モニタリング装置も,シールドやデジタルアンプの改良,刺激,麻酔方法の進歩により,雑音の多い手術室内での全身麻酔下の患者から,SEPをはじめ運動誘発電位(MEP),視覚誘発電位(VEP)などの計測が可能になった.

 このような機器,技術の進歩で非侵襲的に脳機能局在を把握することが可能になりつつある.本稿ではまず近年臨床に応用されている脳機能画像・モニタリングについて解説する.さらに臨床において,上述した技術を融合することの重要性と,より確実な脳機能温存を目指した頭蓋内病変の切除手術の実際について述べる.

解剖を中心とした脳神経手術手技

脳動静脈奇形手術の基本手技

著者: 高木康志 ,   橋本信夫

ページ範囲:P.1207 - P.1214

Ⅰ.はじめに

 AVM(arteriovenous malformation,脳動静脈奇形)については近年,その自然歴とそれに影響を与える因子について,多くのことが明らかになり4),またstereotactic radiosurgeryやendovacular techniqueの発達により治療におけるオプションも増加している.このように様々な治療法が増加し,それぞれが高度にspecializeしてくると,1つの考え方で治療方針を普遍化することは難しくなりつつある.今や自分の施設の経験と報告された結果とのギャップや,それぞれの施設で中心となっている考え方を吟味しながら,個々の症例の治療方針を決定していくことが重要であると考えられる.このような状況の中でわれわれが治療方針の軸として考えてきた,microsurgeryによる摘出術はAVMにおいて完治をもたらし,いまだ重要な地位を占めているとともに,他の治療法の進歩とともにより厳密な適応と確実な技術の必要性がますます増加している.AVMに対する直達手術の問題点としては,以前より思わぬ出血合併症の管理が最重要課題であり,Spetzlerら17)が提唱したNormal perfusion pressure breakthrough(NPPB)やal-Rodhanら1)が報告したOcclusive hyperemiaの報告などが知られている.一方,最近われわれはnidus内のvascular loopの重要性を指摘している5).これらの知識や経験の集積により,AVMの摘出術は以前より安全に行われるようになっている.今回われわれの施設におけるAVM治療における手術の実際の留意点を,microsurgeryの手術技術を中心にシルビウス裂近傍のAVMに対する治療を対象として述べる.

海外だより

Toronto小児病院におけるてんかん外科の歴史と現況

著者: 大坪宏

ページ範囲:P.1217 - P.1223

はじめに

 Toronto小児病院のてんかん外科は古く,1930年代よりMcKenzieらにより半球切除術が行われてきたことに発する.小児病院のてんかん外科は第一世代,半球切除術の時期,第二世代,1974年から側頭葉てんかんを対象にanterior temporal lobectomyをしていた時期,第三世代,1996年から現在まで脳磁図(magnetoencephalography; MEG)と硬膜下電極の登場で新皮質てんかんを対象とした時期,の3期に分けられる.ここでは,これらの小児てんかんに対するToronto小児病院でのてんかん外科手術の変遷を,発表された論文を渉猟しながら紹介する.

研究

脳梗塞急性期におけるhigh b-value diffusion-weighted imageの有用性

著者: 相原寛 ,   大西学 ,   門田知倫 ,   安部友康 ,   西尾晋作 ,   河内正光 ,   松本祐蔵

ページ範囲:P.1225 - P.1230

Ⅰ.はじめに

 脳梗塞急性期の早期診断においてMRI,特に拡散強調画像(DWI)は有用であり,かつ日常診療に欠かせないものとなってきている.しかし,すべての病変が検出可能というわけではなく,疑陰性例は少なからず存在する5,6)

 DWIは水分子の拡散運動を画像化する撮像法で,その拡散強調の程度はb値によって表現される.一般的には,b値は1,000s/mm2程度が用いられている.最近の強力な傾斜磁場を発生できるMRI装置は,b値をより高くし,より高度な拡散強調を行った撮像(high b-value DWI)を容易に施行可能とし,脳梗塞急性期における病変と正常組織との間のコントラストが高くなり,病変検出能は上がると考えられる.

 当院ではDWI施行可能なMRI装置を2002年4月に導入し,脳梗塞急性期のMRIとして当初はT2WI,FLAIR,TOF-MRA,b=1,000s/mm2のDWIを施行していたが,偽陰性例が散見されるようになり,b=2,000s/mm2のDWIを追加するようになった.

 今回われわれは,脳梗塞急性期にb=1,000s/mm2で撮像した通常のDWI(DWIb=1000)よりもb=2,000s/mm2で撮像したhigh b-value DWI(DWIb=2000)が病変検出能を上げることができるかどうかを調査した.

脳出血に対する内視鏡的血腫除去術の有用性と問題点

著者: 林央周 ,   西村真実 ,   沼上佳寛 ,   村上謙介 ,   井上智夫 ,   小原治枝 ,   西嶌美知春

ページ範囲:P.1233 - P.1238

Ⅰ.はじめに

 近年の神経内視鏡の進歩および内視鏡手術機器の改良により,脳神経外科領域における内視鏡手術の適応は広がってきている.脳出血に対する外科的治療としては,開頭手術や定位的吸引術が主に行われてきたが,内視鏡手術も治療法として確立したものとなってきている2-5,8,10,11)

 青森県立中央病院脳神経外科では2001年12月より神経内視鏡を導入し,脳出血に対する手術に内視鏡を用い始めた.当科における内視鏡的血腫除去術の治療成績と問題点に関して検討した.

再発悪性神経膠腫に対するtemozolomide単独治療の経験

著者: 小林浩之 ,   澤村豊 ,   石井伸明 ,   村田純一 ,   岩﨑喜信

ページ範囲:P.1241 - P.1247

Ⅰ.はじめに

 テモゾロマイド(temozolomide,TMZ)は経口投与にて血液中で活性化し,中枢神経組織へ良好に移行するアルキル化剤系抗癌剤であり,様々な神経膠腫に対する抗腫瘍効果が期待されている.米国では1999年に再発anaplastic astrocytoma(AA)に対して,また欧州各国では2000年に再発AAおよびglioblastoma multiforme(GBM)の治療として認可された.さらに欧州において実施された初発GBMを対象としたランダム化第Ⅲ相臨床試験において,放射線療法とTMZの併用療法が放射線単独治療に比べ生存期間が有意に延長したと報告された8)

 このような背景から欧米においては既に初発,再発を問わずTMZが悪性神経膠腫の標準的な第一選択薬として認知されるようになった.本邦においても2006年9月にTMZが認可となったが,日本人における効果,安全性に関する情報は非常に限られたものであり,また本邦からの治療経験の報告は少ない.そこでわれわれは,2003年から開始された北海道大学病院神経外科での再発悪性神経膠腫に対するTMZ単独治療の結果をまとめ検討した.

読者からの手紙

「Intraoperative photodynamic diagnosis for spinal ependymoma using 5-aminolevulinic acid」の論文について

著者: 宇津木聡

ページ範囲:P.1231 - P.1231

 貴誌に掲載の荒井隆雄先生らのテクニカル・ノート「Intraoperative photodynamic diagnosis for spinal ependymoma using 5-aminolevulinic acid」(No Shinkei Geka 34:811-817)を興味深く拝読いたしました.脊髄上衣腫におけるphotodynamic diagnosis(PDD)の有用性について述べておられますが,われわれの施設でもPDDを用いた脊髄上衣腫の摘出を経験しました1).著者らも指摘しておりますが,脊髄髄内腫瘍におけるPDDの役割は残存腫瘍がないことの確認ということになります.われわれの脳腫瘍におけるPDDの経験ではほとんどの場合,肉眼でprotophyrin IX(PPIX)の赤い蛍光の確認が有用ですが,PPIXの蓄積した腫瘍細胞の細胞密度が低い場合や腫瘍の塊が小さいときなどには赤い蛍光が観察しづらく,時に術野での蛍光スペクトル分析がより有用なことがあります2).著者らは赤い蛍光が観察されたときに,それがPPIXの蛍光であることを確認するために腫瘍摘出標本のスペクトル分析を行っておられますが,肉眼で赤い蛍光が観察されないtumor bedでスペクトル分析を行うほうが微細な残存腫瘍の検出により有用と思われます1)

コラム 医事法の扉

第8回 「問診義務」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.1239 - P.1239

 「問診」は,医師法には規定されていませんが,診療契約(「準委任」民法656条)に基づき医師に課せられた義務の1つであるとされています.とはいうものの,われわれが普段,何気なくこなしている業務であり,「問診が義務である」といった堅苦しいイメージはないように思われます.

 内科的な日常診療では,「今日はどうされましたか」といった問いかけから始まり,患者側の疾病に関する情報を聞き出した後,検査,診断,治療へと移行していくものです.「問診」がないと診療は始まりませんが,われわれ脳神経外科の救急現場では,患者自身から直接情報を聞き出すことはほとんど不可能であり,家族等の周囲の人間から情報を得るしかありません.たとえ「問診」が不十分でも,目の前の患者さんの客観的な臨床データから,ただちに診断し治療を開始しなければなりません.

症例

ステント留置時の血流遮断に不耐性であり,治療後に再々狭窄を来した頸部内頸動脈狭窄症の1例

著者: 林健太郎 ,   北川直毅 ,   森川実 ,   川久保潤一 ,   堀江信貴 ,   堤圭介 ,   永田泉

ページ範囲:P.1249 - P.1254

Ⅰ.はじめに

 頸部頸動脈閉塞性病変に対するステント留置術はますます広がりつつある.特に内膜剝離術高危険群に対しては血管内治療の有効性が示された15).本邦では術中に生じるデブリスによる脳塞栓症を予防するためにバルーンによる血流遮断が行われているが,稀に血流遮断により一過性の麻痺や意識障害を来すことがある4).また,頸動脈病変においてもステント留置後に再狭窄を来すことがある5,7,10).今回,われわれは血流遮断に不耐性であり,再狭窄を繰り返した内頸動脈狭窄症の1例を経験した.血流遮断不耐性への対策と再狭窄の病態について文献的考察を加えて報告する.

延髄に発生したgangliogliomaの1例

著者: 秋山英之 ,   中溝聡 ,   河村淳史 ,   長嶋達也 ,   長谷川大一郎 ,   小阪嘉之 ,   吉田牧子

ページ範囲:P.1255 - P.1260

Ⅰ.はじめに

 Gangliogliomaは神経節細胞とグリア細胞の2種類の腫瘍化した細胞からなる比較的稀な腫瘍である.大部分はテント上に発生するが,約3%は脳幹に発生するとされる19).約80%が30歳以下で発症し小児や若年成人に多い腫瘍であるが,頻度としては小児の中枢神経腫瘍の約4%,成人では約1.3%と報告されている5,6,10,16).基本的に発育緩徐な良性腫瘍であり,手術で全摘出することにより治癒が得られ予後は良好である9).しかしテント上でも視床などの正中部や,脳幹部,脊髄では全摘が困難であるため再発が多く,また神経後遺症を残すことも少なくないとされる8,11,12).われわれは延髄全域から上部頸髄にかけて発生し非常に治療困難であったgangliogliomaの1例を経験したので報告する.

ステロイドのみで軽快し,経時的変化を追跡したisolated angiitis of CNS(IAC)の1例

著者: 吉野正紀 ,   保谷克巳 ,   金山政作 ,   岡村耕一 ,   森川栄治 ,   齋藤勇 ,   佐野圭司

ページ範囲:P.1261 - P.1264

Ⅰ.はじめに

 Isolated angiitis of CNS(以下IAC)は免疫学的機序に基づいた中枢神経の小,中血管を選択的に侵す血管炎である.IACは当初,脳梗塞を頻回に起こし予後不良とされていたが,ステロイドや免疫抑制剤に良好な反応を示すことが判明してきた.今回われわれは頭痛にて発症し,経過中著明な血管狭窄を認めたIACの1例を経験し,その経時的変化を詳細に追跡したので報告する.

連載 脳神経外科手術手技に関する私見とその歴史的背景

2. 聴神経腫瘍

著者: 米川泰弘

ページ範囲:P.1265 - P.1280

はじめに

 聴神経腫瘍acoustic neurinomaが脳神経外科手術の修練-training-Ausbildungの最終課題の1つであるというのは洋の東西を問わずに云われることである.これは局所解剖の十分な理解と,腫瘍摘出に際して頭蓋底深部での狭い術野での手術操作ができることが要求されるからである.1970年代の中ごろ,ZurichでProf. Kurzeの講演を聴いたのが,初めてのこのトピックの重大さ,難しさとの出会いであった.Prof. Kurzeは,1961年にそれまでProf. Houseの助手としてtranslabylinthineに腫瘍摘出を行っていたのをsuboccipitalに変換し,1965年にProf. Randとtransmealtalにacoustic neurinomaの全摘とfacial nerveの保存を発表していたのである13).Prof. Kurzeはmicroneurosurgeryの夜明けの時代,1970年代の初めに京都で行われた半田 肇先生(京都大学名誉教授)主宰のシンポジウムの主賓であった.私はその頃Zurichにいて事情に疎く,この頃のProf. Kurzeの業績を知らなかった.1970年代初頭にここZurichで彼の講演と,手術のデモンストレーションを身近に体験した.手術は,イタリア人でSinus sagittalis superior中1/3のparasagittal meningiomaの再々発症例であった.座位での手術であったが,中途でProf. Yaşargilに手術を引き渡し,Prof. Yaşagilもcentral regionの内側に位置しているということもあって,その腫瘍を,結局かなり取り残して終了したのである.後日,ゲーテボルグのProf. Norlenのところに治療を受けにいったこの患者さんのmenigiomaは,肉眼手術で首尾よく全摘されたということを聞いた.これは静脈側副路がよく発達していたためである.

 その講演の詳しい内容はもう覚えてないが,彼はこのacoustic neurinomaの手術の前日には海辺の波打ち際で,裸足で波の押し寄せる砂浜を歩きながら片足は海水の中につけ,片足は砂地を踏みしめ歩きながら手術のstrategyを考える,とのことであった.Prof. Yaşagilのacoustic neurinomaのroutineを見ていた私は,それほどまで深刻に考えなければならぬテーマかとも思った.ただしひょっとしたら,波打ち際をacoustic neurinomaを取り巻くくも膜に例えて比喩的に手術の際の心がまえを述べていたかもしれない.

 外科手術はどれでもそうであるが,このacoustic neurinomaほど,症例を重ねて経験を積むことにより,術後の臨床成績(主としてfacial nerve機能保存,聴力保存)がよくなり,手術所要時間が明らかに短縮する脳神経外科手術はない.

 こちらに着任した1993年当初,この手術ばかりは先人が行った方法に改良を加える新たな手立てがなく,またガンマナイフが治療として加わり,microneurosurgeonとしては出る幕がなくなる,もしくは,なくなったのではないかと思ったが,どちらもそうではないらしいことも分かってきた.私どもが担当するのはガンマナイフが敬遠する3cm以上,すなわちextrameatalが2cmを越えるもの(平均2.9cm)ばかりである(KoosのGradeⅢ/Ⅳ7)).

 最近ふとしたきっかけで,1998年に出版されたProf. Malisの『Acoustic Neuroma』9)を読む機会があった.序文をProf. Yaşargilに依頼しているのが永年の御親交を物語っている.Prof. Malisとは1970年代中頃に数回お会いし,また手術の助手もさせていただいた.その頃,craniopharyngiomaの手術のデモンストレ-ションを当科でしていただいたこともある.その時には,大きなcraniopharyngiomaであったが頭蓋内血管の走行がつまびらかでなく,“血管撮影なしにこの手術を続行することはできない”,“このような手術は友達に課するものではなく,enemyに課するものである”と途中で笑って冗談を言いながらProf. Yaşagilにバトンタッチをされたものである.またその際に,内耳道meatus acusticus internus(MAI)の入り口の硬膜からの出血に関して,“Porus acusticus internus 近傍での出血は時計の文字の位置の12時と6時の2点から起こる”とコメントされたことは今でも耳に残っている.12時の点はA. tentorii Bernasconi-Cassinari あるいはmiddle meningeal artery を経由した硬膜枝から,6時の点はvertebral artery,occipital arteryあるいはascending pharyngeal arteryを経由した硬膜枝からの出血である.このことを知っておくと,近接するfacial あるいはvestibulocochleal nervesに注意しながら出血点を処理できるというものである.

 さて,その『Acoustic Neuroma(タイトルはneurinomaでなくneuromaとなっている.最近の諸家の論文ではvestibular schwannomaとのタイトルを散見する)』の本に話を戻すと,Prof. Yaşargilはその序文の中でAVM(anteriovenous malformation)など他の脳神経外科の領域についてもこの『Acoustic Neuroma』のごとく書いて欲しいと望まれていたが,それを果たされることもなく昨年,鬼籍に入られた.“AVMは時としてdraining vein 側から摘出するととよい”など常人では思いつかぬことを言われたことを思い出すと,またこの本の処々で伺うことができる発想,着眼点のユニークさを思うとまさにその通りで残念なことである.またこのテーマは脳神経外科医の経験,philosophyを開陳する格好のテ-マであるとも思ったものである.

 この稿では現在,当科で私が行っているacoustic neurinomaの手術の実際について述べ,なぜそうするに至ったのか基本的なことに考えをめぐらせてみたい.体位,頭位の取り方から最後の皮膚縫合まで,視ながら覚えたものをなぜそうしているのか自分で理解している範囲で,当科の手術の原則について,諸家の見解,レポ-トを比較顧慮しながら述べてみる.

 実際に私がacoustic neurinomaを自分で手術し始めたのは,京都で半田先生のもとであった.日本で23例(1983~1992年),Zurichで104例(1993~2005年)の自験例である.この間,動脈瘤症例を1,200例あまり経験した.Samii教授の1,000例のneuroma 15,16)に比べるとbescheiden(たいしたことのない)な症例数であるが,ガンマナイフがacoustic neurinomaの治療選択肢となり,脳神経外科医が扱う症例が大きな腫瘍症例に限られつつある中で,これらをどう扱っているかを知っていただくには,また,どうしてうまくいかなかったかを知っていただくには十分な数であると思う.

 Prof. Yaşargilのもとで視つつ学び20,21),少しずつmodifyしてきた手術の手順,手技(facial nerve 温存のためのstimulation-mirror でのチェックを含む), 成績については,当時, 帝京大学教授の田村 晃先生が会長のときの第15回日本脳神経外科コングレスで報告した24).それから10余年経ってEMG-stimulation monitoringおよびauditory evoked potential,AEP)の使用5,10)を含めて,どの程度のLernprozess学習習得過程があったかについて考察するので参考にしていただければ幸甚である.

脳神経外科医療のtranslational research(2)

放射線外科治療

著者: 森美雅

ページ範囲:P.1281 - P.1289

Ⅰ.はじめに

 放射線外科治療(定位放射線治療)は,病巣に放射線を集中照射して治療する高度な先端医療の1つである.放射線を病巣に集中することで,周辺組織への照射を極力少なくし,より安全に高線量を照射して治療することができる10).当初は機能外科の1つとして,放射線の集中照射治療が行われた56).その後,脳動静脈奇形40),聴神経腫瘍13)の治療に応用され,さらに,種々の脳腫瘍,最近では特に患者数の多い転移性脳腫瘍に対する有効な治療法として多数の患者が治療を受けている36,37).また,三叉神経痛などの機能的疾患にも非常に有効であることが示されている38).放射線外科治療は,当初から臨床使用され,臨床データの積み重ねにより発展してきた.ガンマナイフ(Gamma Knife,エレクタ社)によるものだけで,2005年末までに世界で約35万人の患者が治療を受けている(エレクタ社資料).ガンマナイフは構造上,頭部病変の専用機である.コバルト60の崩壊により生じる安定した多数のガンマ線を集中照射する.患者頭部が頭蓋フレームを介してガンマナイフ本体と機械的に固定されるために,非常な高精度が保証される.最近では,このガンマナイフで示された各種病変に対する放射線外科治療の有効性が認知されたこともあり,その体幹部病変への応用が広がってきている.リニアックベースの定位放射線治療機が開発され,全身の定位放射線治療が行えるようになってきた.脳神経外科分野としては脊椎,脊髄腫瘍への応用が始まっている12).体幹部の放射線治療では,放射線照射の機械精度,患者への照射の精度などのquality assurance(QA),quality control(QC)が問題となるため,臨床研究以外に精度管理の研究が多数なされている35).このように,放射線外科治療では臨床研究が先行している特徴がある.また,放射線外科治療の特長として,もとより開頭手術せずに低侵襲に治療できることが利点である.聴神経腫瘍,原発巣が既知の転移性脳腫瘍などmagnetic resonance imaging(MRI)等の画像のみで診断がつく場合,治療前の組織診断が省かれていることが多く,また,有効性が高いために,かえって治療後の組織標本が検討されない場合が多い.治療後の組織変化について,わずかの臨床報告7,11,14,28,43,48,56,58,59)があるのみである.したがって適切な動物実験による解剖組織所見を含めた研究が非常に重要である46).当論文では,放射線外科治療に関する動物実験についての文献を概説したい.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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