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文献詳細

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科34巻7号

2006年07月発行

文献概要

雑感

著者: 山本勇夫1

所属機関: 1横浜市立大学大学院医学研究科脳神経外科学

ページ範囲:P.653 - P.654

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 近年の産科医,小児科医不足は深刻で,今回の診療報酬の改訂で多少ながらもそれらに対する優遇処置がとられるようになったが,われわれ脳神経外科にとっても他山の石ではない.厚生労働省に言わせれば脳神経外科専門医は総数,人口比における人数共に世界一ではあるが,その守備範囲は欧米,また韓国などと異なり,救急医療から,脳卒中の治療などでは神経内科の,血管内手術などでは神経放射線医の,さらには放射線治療では腫瘍科の領域までと広範であることを考慮すれば,その人材不足は深刻で,今のうちにその対策を立てなければならない.今年度から新臨床研修終了の一期生が後期研修医として新たに脳神経外科を専攻する人材が誕生するわけであるが,従来の研修制度とは異なりその数が減少することが確実な情勢である.前期研修で脳神経外科の実態を経験すると,研修前の脳神経外科という学問的興味,やりがいや使命を意気に感じて選択するよりも,仕事内容の厳しさ,給料の低さなどを目の当たりにすれば,目先の利く,優秀な若手医師であればあるほど,内科系の専門医を目指すか,開業志向が強くなるのもやむを得ないと考える.このような傾向は何も脳神経外科に限ったことではなく,外科系全体に共通した問題である.また医局制度の是非はともかく,今回の臨床研修制度は医局の影響力が大きかった時代以上に,本人の希望に依存して進路が決まる.昨年,神奈川県医師会で前期臨床研修医(平成16年研修開始527名,17年開始547名)に対するアンケート調査(回収率53%)を実施したところ,「将来希望する専門診療科目」に対する回答は,内科系では,内科18.9%,消化器科5.8%,循環器科4.9%,小児科6.7%,精神神経科3.3% 皮膚科3.2%,産婦人科2.4%などであるのに対し,外科系では,外科5.9%,整形外科4.3%,消化器外科3.1%,眼科5.2%,さらに脳神経外科1.7%,心臓血管外科1.1%,呼吸器外科0.6%と外科系全般に志望者の減少が目立ち,中でも脳神経外科,心臓血管外科などの専門性の高い診療科にその傾向が著しいことが判明した.このような医師不足や偏在化を是正するため,ようやくこの3月小坂文部科学相は厚生労働省の「医師需要に関する検討会」や文科省の「医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」で議論を踏まえながら検討するとの見解を示した.確かに国家的視野から専門医の適正配置を中・長期的に展望するための行政システムが不可欠である.しかし,現実的には現場を知らない行政に依存するのではなく,専門医の偏在,それがもたらす医療供給における弊害を最も熟知し,具体的改善策を議論できるのはわれわれ現場の医療人である.とりわけ専門医の偏在について論じるという点においては,各学会が個別ではなく,わが国の将来を考えた適正配置にする提言をより積極的に行う必要がある.これまでも「提言」と呼ばれるものは何度も出されてはいるが,「提言」にとどまることが多いのが現実である.日本の医療の10年先,20年先に禍根を残さないためには,実行力のある「提言」として行政に届くような団体としての政治力を増す方法を考える必要がある.現在医療界で政治に影響力を持つ団体は,日本医師会だけではないだろうか.しかし昨年の診療報酬における過去最大の3.16%引き下げや,今回の日本医師会の会長選などにみられる内部分裂による政治力の低下では心もとないが,こと専門医の適正配置などにかかわる問題は日本医師会における学術推進会議(高久史麿 座長)ではなく,学会主導で積極的に提言する政治力のある組織を構築するとか,開業医主導と言っても過言でない現在の医師会に勤務医が積極的に参画し,その発言力を強め,医師集団として一致団結して政治力を持つ組織を構築する必要があるのではないだろうか.昨年,日本医師会で実施した国民皆保険維持のための署名運動に県医師会の理事として携わったところ,全国で1,800万人近い賛同が得られたことからしても,国民と医療者双方が望む医療の姿はかなりの部分で合致しており,今後医療界全体はそれぞれが募らせている危機感を制度改革によって解消させるためにも,積極的な広報活動により国民を味方に付け,政治力のある組織の構築を目指すべきであろう.

 政治力,広報という観点から,もう1つ重要な点はメディア対策である.われわれの大学病院で起きた「患者取り違い」事件以降,医療事故報道は後を絶たない.しかもその報道は医療のマイナスイメージをひたすら強調するものが多く,また医療制度改革についても政府の片棒を担ぐような報道により国民の医療不信をますます高めることにより,われわれ医療従事者はリスクの高い治療を避け,安全性の高い治療,いわばより保存的な治療を選択し,最終的にはリスクを伴うなら何もしないほうがよいことになりはしないかと危惧している.このことは医療の質を低下させるばかりか,外科系医師の希望者減少にもつながる事になってしまう.これは国民にとっても望むものではないはずである.このためにもわれわれの考え方を国民に届けるための努力が不可欠であるとすれば,逆にメディアを上手に利用することを考える必要がある.これも医療関係の団体に求められる政治力ではないだろうか.

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1251

印刷版ISSN:0301-2603

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