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連載 脳神経外科手術手技に関する私見とその歴史的背景
1. EC-IC bypass
著者: 米川泰弘1
所属機関: 1Neurochirurgische Universitätsklinik Zurich
ページ範囲:P.859 - P.867
文献購入ページに移動やはり,私には脳神経外科の手術の中ではextracraniai-intracranial(arterial)bypass(EC-IC bypass)に関する事柄,逸話が最も心に浮かぶ.Jacobson-Donaghy-Yasargil の諸教授の流れを汲み,われわれが行っている微小血管吻合は別の論文7,15,17,18)で述べているので重複を避けるが,私は上述の如く1970年に当地チューリッヒにmicrosurgeryを学びにきた.当時勃興し,燎原の火の如く広がりつつあったmicrosurgeryであるが,私もまた沢山のメッカ巡礼者の1人であった.その頃はまだ,定年前の故Prof. Krayenbuehlが主任教授で,Prof. Yasargilが昇任されたのは1973年である.当初はmicrosurgeryを練習させてもらうまでに2年間,一般脳神経外科の“徒弟奉公”をした.お陰で,この間,椎間板ヘルニア,VAシャント,VPシャントの手術も習い,多くの経験を積ませてもらった.それからmicrosurgeryのlaboratoryに入ることが許された.チューリッヒで私が実際の症例にEC-IC bypassを行ったのは,1973年になってからである.オランダ人の内頸動脈閉塞症の患者さんが第1例目であった.したがって,私のbypass手術暦は33年になる.先日行ったSTA-MCA (superficial temporal artery-middle cerebral artery)bypass surgeryは,skin-to-skinで1時間30分で終了していた.このように短い時間で行えるようになったのは,線状切開,小開頭がその主なる理由であるが,そこに至るまでに,多くの先輩,同輩から技術を学んだ.
当科では,毎朝7時30分から臨床カンファレンスを行っている.先日もこの朝のconferenceで,若い先生方に(私は自分がどちらかと言えば,不器用なのを知っているので)“私より手術がうまくて速い人々が世界中には沢山いるだろう”ことを話した.思考の柔軟な若いときには,視野を大きく持って知識も技術も貪欲に吸収してもらいたいと考えるからだ.毎週月曜日の朝はjournal club (抄読会)と決められているが,先日,オランダのTulleken教授の教室からのエキシマレーザーによるhigh flow bypass後のendothelializationに関しての論文9)について,当科の若い先生の抄読があった.この抄読に対して私は次の点を指摘した.
1)Recipientの血流を遮断せずに吻合を行おうというアイディアは,古くからあった.実際の臨床の吻合では,吻合を施す間の,短期間のrecipientの血流遮断は問題ない.エキシマレーザーの方法でもringを取り付けるのに縫合が必要で,レーザー発信筒を挿入,除去するためのdonor血管(interposition graft)の他端にもう1つの吻合を要する.すなわち,interposition graftであるから,この方法を用いなくともこの他端のproximalで吻合を必要とすることは自明の事柄であるが,この部位での吻合では,通常の従来通りの手縫いでの吻合方法を用いているであろうこと.
2)何が何でもhigh flow bypassのほうがlow flow bypassよりよい,ないしは優れているというわけではないこと.
3)本論文では1968年にイヌの血管でのEC-IC bypass吻合にProf. Yasargilが成功したと書かれているが,この歴史的事実に関する記載はまったくの誤りである.実際は1967年に後述するProf. DonaghyとProf. Yasargilとで別々にアメリカバーモント州とチューリッヒで本手術が施行され,1968年にシカゴでの第36回AANS(米国脳神経外科学会年次総会)で発表されたのである3,13).またイヌの血管吻合に関するProf. Yasargilの論文は,シンポジウムのproceedingの形で出版された冊子の中に掲載されているが1967年のものである12).共著者のTulleken教授はこの点について見落として投稿したのであろうが,専門雑誌のreviewerもしっかりしないといけないこと.
4)Tulleken教授は1973年か1974年に当microsurgical laboratoryを訪れて,ラットの頸動脈血管吻合の練習を繰り返していた.当時のlaboratory instructor であった私がひそかに吻合完成までの時間を競争したのだが,何回やっても彼には追いつかず,彼のその出来上がりも見事なものであったこと.
などをコメントした.さらに,
5)その彼が,本論文のテクニックを開発したのにはそれだけの理由があるはずである.また,その見事な腕と技術をもった彼が,Moyamoya angiopathy の患者さんをオランダからわれわれの所に治療に送ってくるのである.Bypass surgeryができるだけではこの病気の患者さんの治療には十分でないという観点にたってのことである.
手術,臨床の難しさについて,いろいろ考えさせられた抄読会であったのでまず紹介した.
参考文献
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