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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科35巻1号

2007年01月発行

雑誌目次

能(脳)のない脳神経外科医

著者: 小山素麿

ページ範囲:P.3 - P.4

 私が大学院生であったころは大学紛争が終結しておらず,研究室にも自由に出入りできない時代でした.実験のテーマは松本 悟先生(現 神戸大学名誉教授)からいただいたもので,種々のニトロソウレアによる神経系の奇形と腫瘍の関係を調べることでした.間もなく北野病院に移られたため,実際にご指導いただいたのは半田譲二先生(後の滋賀医科大学病院長)でした.この実験は妊娠中のラットに薬物を投与し,その子供の状態を観察することですから短期間には結果が出ません.しかし,精密な実験器具は不要で出産直前に開腹し,その胎児を顕微鏡下で解剖して脳や脊髄の変化をみることと,出産させた場合は,成鼠の死亡したとき,脳や脊髄に腫瘍があるかを観察し記録に残すだけの研究であったのです.このことが幸いし研究室が封鎖される直前に軽トラックを買い,これにケージを乗せて自宅やネーベン先の病院に移動することですみました.困ったことは,当時まだ家庭にはクーラーがなくラットを飼っている部屋だけ大金を払って設置したこと,冬は暖房の温度の管理に苦労したことでした.

 その頃,教室のほぼ全員が購読していた雑誌は Journal of Neurosurgeryで,私は「脳と神経」のお世話にもなりました.やがて,「脳神経外科」が発刊され,外科医は自然に移行してゆきました.

総説

転移性脳腫瘍に対する放射線治療

著者: 中洲庸子

ページ範囲:P.7 - P.16

緒言

 転移性脳腫瘍に対する診断/治療が着実に進歩して,過去30年間に,患者の生活の質(QOL)の改善と生存期間の延長に貢献してきた.転移性脳腫瘍の患者の余命は,ステロイド剤投与のみでは,わずか1~2カ月であったが,全脳照射で4~5カ月までに,さらに手術または定位放射線照射(stereotactic irradiation,SRI)注1)と全脳照射の組み合わせで,中央値が6~12カ月と延長した20).これで,脳転移を来したがん患者の生命予後を決定するのは,中枢神経系ではなく,多くは全身臓器の病態であると,いったん考えられるようになった.

 ところが,最近,特に化学療法のめざましい進歩を中心として,各臓器のがん治療の成績が向上しており,そのために中枢神経系への転移の問題が患者のQOLと生存期間を制限する因子として,再び重要となってきた.この揺り戻しは,年々顕著となりつつあり,転移性脳腫瘍の治療は新しい進展を求められ,多くの課題を投げ返されたかたちになっている.

解剖を中心とした脳神経手術手技

破裂脳動脈瘤治療のためのless invasive cisternal approachとくも膜下血腫除去

著者: 谷川緑野

ページ範囲:P.17 - P.24

Ⅰ.はじめに

 破裂脳動脈瘤によるくも膜下出血を開頭クリッピング術により根治せしめる場合,超急性期では頭蓋内圧亢進などにより脳の状態が悪いものが多いため,transsylvian approachでもinterhemispheric approachでも脳槽を開放する作業には困難を伴う場合が多い.Fisher 3型などの重症例ではくも膜下出血clotが脳槽を充満しているがために,脳槽内で軟膜間や軟膜-血管間をつなぐarachnoid trabecullaeの視認性が悪く,未破裂例で脳槽を開放しアプローチする場合よりも脳損傷を起こす危険性が高くなると思われる.

 本稿では,急性期くも膜下出血症例での直達手術を行う際に軟膜損傷を最小限にし,くも膜下血腫を効率的に洗浄除去し,動脈瘤処理に必要十分な術野を確保するための技術的な留意点について解説する.

研究

無症候性髄膜腫の治療上の留意点

著者: 並河慎也 ,   木矢克造 ,   佐藤秀樹 ,   溝上達也 ,   大下純平 ,   近藤浩

ページ範囲:P.27 - P.32

Ⅰ.はじめに

 画像的診断学の進歩により無症候性髄膜腫は以前に比べ遭遇の機会が増加した.一般に髄膜腫の腫瘍増大率は2~3年の経過で20~30%の症例が増大傾向を示すとされ,臨床的にはまず経過観察を行うことも多い.特に高齢者においては手術合併症の危険性や全身合併症,余命期間を考慮し,手術選択はより慎重になる4,5,12).今回われわれは,無症候性髄膜腫症例のQOLを低下させないため,治療上の留意点について無症候性髄膜腫70症例を用い検討した.

三叉神経痛におけるneurovascular compressionの画像評価―Boundary fusion three-dimensional magnetic resonance cisternogram/angiogramの応用

著者: 佐藤透 ,   尾美賜 ,   大迫知香 ,   小野田恵介 ,   伊達勲

ページ範囲:P.33 - P.41

Ⅰ.はじめに

 特発性三叉神経痛において,責任血管による神経の圧迫状況を詳細に把握することは,診断のみならずmicrovascular decompression(MVD)の治療計画を立てるうえでも有用である11,16-18).最近のmagnetic resonance(MR)imagingとcomputer medical visualization softwareの技術革新により,三叉神経root entry zone(REZ)での神経と血管との圧迫状況(neurovascular compression)を立体的に画像評価することが可能となっている10,16,18)

 今回,構造物の境界面を選択的に描出するboundary fusion three-dimensional(3D)MR cisternogram/angiogramを新たに創作し,三叉神経痛におけるneurovascular compressionの画像評価に応用した11,13-18).Boundary imageでは,脳幹あるいは三叉神経内に仮想的視点をおき,境界面をring状に描出することで,脳実質や脳神経を透視して圧迫責任血管が同定可能であった.また,神経走行の軸方向を基準とすることで,神経と責任血管との解剖学的位置関係,ならびに神経の圧迫程度を標準化して立体表示することが可能となった.術前画像所見を臨床症状(疼痛領域)およびMVD術中所見と対比した結果,boundary fusion 3D MR cisternogram/angiogramは三叉神経痛におけるneurovascular compressionの評価に有用と考えられたので報告する.

頭部外傷データバンクにおける急性硬膜下血腫526例の検討―局所性およびびまん性脳損傷としての病態生理

著者: 沢内聡 ,   村上成之 ,   小川武希 ,   阿部俊昭

ページ範囲:P.43 - P.51

Ⅰ.はじめに

 急性硬膜下血腫(ASDH)の死亡率は,診断技術,医療機器の進歩,救急体制の発達にもかかわらず,過去40年間50~60%と高率であることは周知の事実である5,6,9-11).ASDHは,局所性脳損傷(focal brain injury:FBI)としての血腫と脳実質損傷に伴う脳腫脹の2つが存在するため,その病態は複雑である.

 日本神経外傷学会は,1997年に「頭部外傷データバンク検討委員会」を発足させ,1998年より頭部外傷データバンク(Japan Neurotrauma Data Bank:JNTDB)として,わが国で全国規模の臨床的多施設共同研究を開始した.JNTDBでは,従来と異なり,重症頭部外傷の病態をFBI単独例,DBI(diffuse brain injury)単独例, FBIとDBIの合併例に分類してる3,7,8).本研究では,JNTDB 1,002例におけるASDH症例をFBI単独例およびDBI合併例に分類し,その病態を分析することを目的とした.

症例

透明中隔部海綿状血管腫の1例

著者: 成澤あゆみ ,   隈部俊宏 ,   安斎高穂 ,   内海康文 ,   冨永悌二

ページ範囲:P.53 - P.58

Ⅰ.はじめに

 海綿状血管腫は,大脳半球の皮質下,深部白質,基底核,脳幹に発生する例が多く,脳室内に生じることは比較的稀である.特に,側脳室正中部で透明中隔を含むような症例の報告は少ない.また,典型的な画像所見を呈さない場合,術前の鑑別診断は困難である.今回われわれは,脳室内出血と,それに伴う急性水頭症を呈した,透明中隔部海綿状血管腫の1例を経験したのでこれを報告する.

感染性硬膜下血腫が疑われた1例

著者: 大塚俊宏 ,   加藤直樹 ,   梶原一輝 ,   田中俊英 ,   沢内聡 ,   沼本ロバート知彦 ,   村上成之 ,   阿部俊昭

ページ範囲:P.59 - P.63

Ⅰ.はじめに

 慢性硬膜下血腫に感染が合併した感染性硬膜下血腫(infected subdural hematoma,以下ISH)は発生機序が硬膜下膿瘍と異なると考えられ,またその報告例も少ない.今回,われわれは痙攣発作にて発症したISHと思われる1例を経験したので報告する.

診断的脳血管撮影後早期に消失した硬膜動静脈瘻の1例

著者: 森谷匡雄 ,   糸川博 ,   藤本道生 ,   野田昌幸 ,   長島梧郎 ,   浅井潤一郎 ,   鈴木龍太 ,   藤本司

ページ範囲:P.65 - P.70

Ⅰ.はじめに

 硬膜動静脈瘻(dural arteriovenous fistula;DAVF)は頭蓋内血管奇形の10~15%を占め,多くの報告によりその病態および治療法は確立されているが6,15),DAVF の自然経過についてはいまだ不明な点も多い.今回われわれは,脳血管撮影後早期に DAVF が消失した症例を経験した.DAVF の自然閉塞例に関する報告は渉猟し得た限り15例1,5,8,9,11-13,16,18)と少なく,比較的稀な経過と考えられたので文献的考察を加え報告する.

頭蓋内進展を来したnasal dermal sinus-cyst(NDSC)の1例

著者: 高田能行 ,   角光一郎 ,   越永守道 ,   川又達朗 ,   井砂司 ,   佐々木健司 ,   片山容一

ページ範囲:P.71 - P.76

Ⅰ.はじめに

 Nasal dermal sinus-cyst(NDSC)は鼻部の皮膚に開口する皮膚洞を合併したdermoid cystに対して,Sessions(1982)が初めて提唱した名称である16).本症のdermoid cystはしばしば頭蓋内に進展し,感染の原因になることから,診断確定後は早期の外科的摘出が推奨されてきた.しかし詳細な手術方法を記載した報告は少ない.今回われわれは頭蓋内に発生したdermoid cystと鼻根部に開口する皮膚洞を開頭術にて全摘出した症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

関節不安定性を伴わない軸椎歯突起後方腫瘤の1手術例

著者: 諸藤陽一 ,   浅見尚規 ,   石坂博昭

ページ範囲:P.79 - P.83

Ⅰ.はじめに

 頭蓋頸椎移行部の腫瘤性病変は比較的稀であるが,近年軸椎歯突起後方に形成された非腫瘍性腫瘤pseudotumorによる脊髄症発生の報告が散見されるようになってきている.今回われわれは軸椎歯突起後方腫瘤に対する1手術例を経験したので報告する.

連載 脳神経外科医療のtranslational research(3)

脳神経外科領域における画像誘導手技・手術

著者: 伊関洋 ,   村垣善浩 ,   中村亮一 ,   南部恭二郎 ,   堀智勝 ,   髙倉公朋

ページ範囲:P.85 - P.91

Ⅰ.基礎研究から臨床応用へ

 Translational researchとは,基礎的な研究成果を臨床の場へと効果的 に応用,橋渡ししていく研究のことを言う.主要な臨床ニーズを大掴みに捉えるには,2005年3月経済産業省から公表された技術戦略マップが参考になる.ライフサイエンス分野(創薬・診断,診断・治療機器,再生医療)では,2025年までのロードマップとして以下の6つのニーズが記載されている10)

 1)健康を維持し,疾患にできるだけならないようにするという観点から,疾患の罹患リスクを診断し,普段の生活において健康状態を把握する-「生体モニタリング」

 2)疾病の早期発見の観点から,健康診断や定期検診等の場面における微小疾患部位の位置,形状および性状を正確・精密に診断する-「早期診断の精密化」

 3)治療効果の向上や患者の身体的負担の低減の観点から,画像誘導(ナビゲーション)や術中診断等により,より低侵襲な治療をする-「診断・治療の一体化」

 4)患者のQOLの向上の観点から,生体適合性等の高い人工組織による身体機能の維持・回復をする-「安全・安定で早期退院できる機能代替治療」

 5)医療過誤の防止等の観点から,医療に係る機器・システムのメカニカルインターフェースの規格の統一化とそれによる医療情報システムを構築する-「安全な医療システム」

 6)事故や急性疾患への対応の観点から,例えば,救急車内における生体情報計測の精密化と計測情報の伝送システムを開発する-「救急救命医療システム」

コラム:医事法の扉

第9回 「医療水準」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.93 - P.93

 医療は常に進歩していますので,その時代ごとに「医療水準」というものがあります.われわれは,絶えず新しい医療情報に耳を傾け,それらを日常診療に取り入れていかなければなりませんが,全国の医療施設が常に同一水準の医療行為を行うことは,実際問題として不可能と言わざるを得ません.

 その点について,最高裁も,「(新規の治療法実施のための技術・設備等の普及は)限られた医療機関のみで実施され,一般開業医において広く実施されるということにならないこともある」(未熟児網膜症事件:平成7年6月9日判決)とし,施設単位で水準が異なり,大学病院と一般開業医との間に「医療水準」の差を認めているようです.また,ある施設における医療水準は,「新規の治療法に関する知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており,当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合」に決定されるとしています.つまり,同規模の病院では,同水準の医療が望まれるということです.もちろん,その医療機関の性格,所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであるといわれています(未熟児網膜症事件).

包括医療の問題点

2.診断群分類の妥当性について

著者: 神服尚之

ページ範囲:P.94 - P.102

 「包括医療の問題点」の連載1回目は,「DPCの概要と平成18年度改訂の骨子」として,医療費の包括払い制度の骨幹となる診断群分類の仕組みと,診療報酬の算定方法,本年度DPC改訂の概略を述べるとともに,DPCの問題点を明確化するため,日本脳神経外科学会保険委員会がDPC対象病院に行ったアンケート結果を報告した.連載2回目は,アンケート結果をもとに,DPCの骨幹である診断群分類の妥当性について様々な観点から評価を行っていきたい.

書評

『カラーアトラス神経病理 第3版』―平野朝雄・編著

著者: 久保田紀彦

ページ範囲:P.70 - P.70

 神経病理の入門書である『神経病理を学ぶ人のために』の姉妹版として1980年に初出版された『カラーアトラス神経病理』の第3版が,第2版から18年ぶりに改訂され,出版された.本書は,著者の平野朝雄教授が「まえがき」で述べておられる如く,実物を本から学び取れるように,すべて美しいカラー写真で統一されている.改めて最初からつぶさにカラー写真を観察し,所見の解説を読むと,まるで私が25年前のMontefiore病院の剖検室に戻ったような錯覚を起こした.

 まず,頭蓋骨,硬膜,脳,脊髄表面の肉眼病理所見から観察し,脳と脊髄の割断面を観察する.肉眼所見と同じ標本の光学顕微鏡所見を対比しながら読むと,実像が明瞭化し,興味が尽きない.通常,教科書は通読するような構成になっているが,本書は常に異なった頁の関連図を読むように工夫されている.著者が最も強調されている如く,正常構造と異常構造の対比が異常所見を探すのに役立つ.そのため,正常の肉眼および顕微鏡所見を詳細に解説している.さらに,サイズを考慮して病的所見を観察できる工夫がなされており,異常所見がわからない場合には,正常所見と比較しながら観察すると大変わかりやすい.

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編集後記

著者: 片山容一

ページ範囲:P.110 - P.110

 この号にも,すばらしい原稿を多数いただいた.ご執筆いただいた先生方に深く御礼申し上げる.

 竜巻の被害で,何人もの人が亡くなった.その家族の心情を,マスコミは「やり場のない怒り」と表現した.「怒り」には必ず相手がある.やり場がないのであれば「怒り」とは言えない.それをあえて「怒り」と表現するところに,現代という時代に漂う特有の気分が表れている.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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