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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科35巻3号

2007年03月発行

雑誌目次

脳神経外科医―自己健康管理のすすめ

著者: 淺井昭雄

ページ範囲:P.213 - P.214

 本項でこれまで多くの諸先輩が日本の抱える医療問題,医学教育問題,脳神経外科医の“少子化問題”などについて,広範かつ卓抜したご意見を寄せられているのを拝読するにつけ,深く感銘を受けると同時に私自身これまでこれらのことを自分のこととして真剣に捉えてこなかった怠慢さ,無責任さに対して反省の至りである.

 本稿は『脳神経外科』の扉ではあるけれど,少し脳神経外科から離れてみたいと思う.私は3年ほど前から歩いて通勤するようになった.歩くといっても10分や15分ではなく,1時間あまりしっかり歩くいわゆるウォーキングである.きっかけは,普段より1時間早起きをする回診日に掛けた目覚ましを,そのまま掛け直すのを忘れたために翌日も1時間早起きをしてしまったことだ.その日は必ず定刻に来るバスがなかなか来なかった.ほどなく1時間早起きをしてしまったことに気付いた.家に戻って休むほどの時間もなく,かと言って次のバスが来るまで30分も待ってはいられず歩くことにした.本川越駅前から当時勤務していた鴨田の埼玉医科大学総合医療センターまで約5.5km,1時間弱の距離である.きょろきょろしながら歩くと,それまで知らなかった町の様子が垣間見えた.翌日から,意図的に早起きをして歩くことにした.直前の職場健診でメタボリックシンドロームと診断されたことも後押しした.万歩計を購入した.この万歩計は体重,身長,歩幅を入力すると,歩数以外に歩行距離,消費カロリーなども表示される.コンピュータに接続すると付属ソフトで各パラメータを日々のグラフで表示してくれる.可能な限り復路も歩いた.夜8時を過ぎると唯一の公共交通機関であるバスの便がなくなるからである.80kgあった体重は1年で70kgまで減り,血液データからも赤色の数字が消えた.去る4月に現在の職場に移ってからも,続けている.新居を決めるにあたり,病院が淀川河畔にあるため,淀川の堤防を6kmあまり歩いて通勤できるところを選んだ.堤防なので車は通らず信号もない.淀川の河川敷には,素人の私が啼き声のみから判断できるだけで30種類余の鳥が生息していることがわかった.健康以外にウォーキングのもう1つの効用は,思考する時間を与えてくれることである.ウォーキングを始めた当初は歩きながら考えるなどはとてもできないと思っていたが,毎日同じ道を歩いているうちに,次第に内なる考えに集中できるようになった.懸案事項,前日の手術の反省,その日の予定手術の最終確認など,歩きながら考えられるようになった.そのときばかりは鳥の啼き声も耳に入らず,すれ違う人や追い越していく自転車も眼に入らない.以前読んだGeorge Mikesの“How to Be an Alien”(Penguin books Ltd,1970)の中に,「英国人は歩きながら考える」というくだりがあったが,読後何度か歩きながら考えようと試みたができなかったのを覚えている.いつも決まった道を歩くことを習慣にしておらず,かつ,集中力が高まるまで十分に長い時間歩かなかったためだろう.考えに集中するまでに今でも10分はかかる.早朝は集中力が高まりやすいせいか,歩いているので睡魔にも襲われず,日中机上で考えるより格段にシャープな思考が可能である.教授会で新任教授の挨拶としてこのような話をしたら,多くの先生から反響があり,「どんなふうにして歩くのかもっと具体的に教えてほしい」,「自分も以前淀川の堤防を歩いていたことがある」といった声がきかれた.なかには,「自分のウォーキングの著作をお贈りします」という教養部の先生までいた.皆さんの自己の健康管理に対する意識の高さを感じた.

総説

成人成長ホルモン分泌不全症(成人GHD)―疫学,病態,診断,治療

著者: 有田和徳 ,   平野宏文 ,   富永篤 ,   栗栖薫

ページ範囲:P.217 - P.230

Ⅰ.はじめに

 成長ホルモン(growth hormone,GH)の作用は,①軟骨形成と骨形成の促進,②タンパク合成促進,③筋組織の成長,④脂肪分解,⑤肝臓からのグルコース放出,⑥インスリンに対する拮抗作用,⑦カルシウムの消化管吸収促進,⑧カリウム,ナトリウム,水排泄の減少,⑨肝細胞におけるIGF-1産生促進,⑩性成熟促進作用,⑪心理面での健康感の維持,など多岐にわたっている6,38).小児期では骨や軟骨の形成,筋肉の発育が主体となるため,成長ホルモン分泌不全(growth hormone dificiency,GHD)では,成長障害を呈することとなる.一方,成人における成長ホルモン分泌不全症(成人GHD)でも上記諸作用の欠損によって,多彩な症状,徴候を呈し,QOL(quality of life)も障害される.また,GHD患者では心血管系疾患による死亡率が対照群に比較して高くなることが報告されている30)

 かつてはGHDに対する治療は下垂体性小人症に限られていたが,リコンビナントGHが大量に産生されるようになって以降,欧米では10年以上前から成人GHDに対するGH補充療法が行われており,代謝異常の改善,QOLの改善効果が相次いで報告されている.本邦でも2006年4月から,GH補充が成人GHDに対しても保険適応となった.一方,成人期に発症するGHDの大部分は,間脳下垂体腫瘍や頭部外傷などの脳神経外科疾患が原因である.このため,われわれ脳神経外科医も本病態に関して十分な知識を有し,必要に応じて患者や家族に説明することが必要となっている.本稿では,成人GHDの,疫学,病態,診断,治療について概説する.

解剖を中心とした脳神経手術手技

選択的前床突起除去手技

著者: 糟谷英俊 ,   堀智勝 ,   馬場元毅

ページ範囲:P.233 - P.242

Ⅰ.はじめに

 前床突起は蝶形骨の小翼の内後側に存在する円錐形をした骨の突起である.前床突起やその近傍の骨の構造にはvariationが多く,周囲は視神経,内頸動脈,上眼窩裂,海綿静脈洞などに囲まれて複雑な構造となっている.Dolencの報告11)以降,内頸動脈や脳底動脈の脳動脈瘤,前床突起近傍の腫瘍に対する前床突起除去の有用性が数多く報告され1,2,5,6,10-12,14,31,36,38,39),この周囲の微小解剖もほぼ明らかとなった4,7,16,-18,21,25,27,29,30,33,34).選択的前床突起除去術は,pterional approachを拡大させた方法として,一般の脳神経外科医が身につけておくべき頭蓋底外科手技であろう.このためには,顕微鏡手術手技やdrillingの技術をマスターしたうえで,前床突起近傍の解剖を熟知しておく必要がある.周囲には重要な構造物があるために(Fig. 1),視力視野障害,動眼神経麻痺,髄液漏,出血などの合併症を来す可能性がある.以下に前床突起近傍の解剖について,key wordとなる解剖学的用語を説明し,われわれの通常行っている選択的前床突起除去術を解説する.

海外だより

8年間の米国臨床研究留学と中枢神経疾患における拡散強調画像

著者: 森谷聡男

ページ範囲:P.243 - P.249

 1999年2月から現在に至る約8年間,米国ニューヨーク州ロチェスター大学放射線科とアイオワ大学放射線科において研究と臨床を行ってきました.この研究と臨床留学の経験から,米国における画像診断,特に私の研究課題である中枢神経の拡散強調画像と,米国の大学病院の放射線科と脳神経外科を紹介します.私は神経放射線科医なので,この「海外だより」の読者の皆様に米国の大学病院の脳神経外科についての十分な情報を提供できるかわかりませんが,私の知る限りお伝えしたいと思います.

研究

重症頭部外傷例に対する初期診療が転帰に与える影響―特に脳神経外科医の役割について

著者: 塩見直人 ,   宮城知也 ,   刈茅崇 ,   徳富孝志 ,   重森稔

ページ範囲:P.251 - P.257

Ⅰ.はじめに

 交通事故や墜落事故などの高エネルギー外傷例の多くは頭部外傷を伴っており,転帰向上のためには重症頭部外傷に対する適切な治療が不可欠といえる.このため高エネルギー外傷患者を受け入れる医療機関は,初期診療(初療)を確実に遂行できる能力を有すると同時に,重症頭部外傷の診断と治療が適確に行える必要がある.このことから脳神経外科医の常駐する救命救急センターへの収容が望ましいが,実際には外傷発生地の地理的条件や地域の救急医療体制などにより,1,2次救急病院が初療を担うことが多いのも現状であろう.

 今回,高エネルギー外傷による重症頭部外傷例に対する初療の転帰に及ぼす影響を検証するため,当院高度救命救急センター(以下,当センター)に直接搬入された症例と他院から転送されてきた症例をretrospectiveに比較検討したので,初療時の脳神経外科医の役割に関する考察を加えて報告する.

三叉神経痛におけるneurovascular compression部位での新しい3D MR angiogram所見

著者: 佐藤透 ,   尾美賜 ,   大迫知香 ,   鍋島睦栄 ,   小野田惠介 ,   伊達勲

ページ範囲:P.259 - P.265

Ⅰ.はじめに

 神経血管圧迫症候群の代表的疾患である三叉神経痛は,superior cerebellar artery(SCA),anterior inferior cerebellar artery(AICA),posterior inferior cerebellar artery(PICA)あるいはsuperior petrosal vein(SPV)などの圧迫責任血管により三叉神経root entry zone(REZ)が圧迫され発症する4,5,9,17).そのため,根治的治療としてmicrovascular decompression(MVD)が広く施行され良好な治療成績が報告されている4,5,9,17)

 三叉神経痛の画像診断には,magnetic resonance(MR)angiogramやMR cisternogramなどのMRIが使用される1-3,6-8,13-16).このなかで,3D time-of-flight,spoiled gradient-recalled(3D TOF SPGR)sequenceで撮像されたMR angiogramでは,血流によるinflow effectがMR信号強度に反映されるため,peak inflow velocityに関連した管腔内の血流情報が血管構造物として描出される10,12).今回,三叉神経痛症例において,neurovascular compression部位での3D MR angiogramを詳細に検討した結果,責任血管による圧迫部位や圧迫程度を画像評価するうえで有用な,新しい3D MR angiogram所見を得たので報告する.

症例

椎骨脳底動脈合流部の窓形成に伴う動脈瘤―GDCコイル塞栓術の1例

著者: 中右博也 ,   永谷等 ,   中右礼子 ,   花山弘 ,   飴谷敏男

ページ範囲:P.267 - P.272

Ⅰ.はじめに

 われわれは,椎骨脳底動脈合流部の窓形成に伴う動脈瘤という稀な疾患に対してGDCコイル塞栓術を行い,2つの術中合併症にもかかわらず良好な結果を得たので報告する.

短期間に増大する頭部皮下腫瘤を契機に診断されたhemangiopericytomaの1手術例

著者: 井上智夫 ,   西村真実 ,   林央周 ,   沼上佳寛 ,   緑川宏 ,   嶋村則人 ,   矢嶋信久 ,   西嶌美知春

ページ範囲:P.275 - P.280

Ⅰ.はじめに

 Hemangiopericytomaは静脈洞近傍に発生し,静脈洞閉塞に起因する頭蓋内圧亢進症状や発生部位に応じた局所症状を契機に診断されることが多い1,4).また,再発や遠隔転移を生じ,悪性な経過を辿る可能性があり5,6),早期の診断および治療が必要な疾患と考えられる.今回,短期間で急速に増大した無痛性・無症候性の頭部皮下腫瘤を契機に診断されたhemangiopericytomaの1手術例を経験したので報告する.

頸部頸動脈石灰化プラークの破綻によるartery-to-artery embolismの1例

著者: 青山剛 ,   大瀧雅文 ,   野村達史 ,   千葉昌彦

ページ範囲:P.283 - P.288

Ⅰ.はじめに

 脳塞栓を起こす栓子は“hyper-dense MCA sign”10)のようにCT上高吸収値としてみられることがある.しかし脳動脈末梢に石灰化の高吸収値をみた場合,動脈自体の石灰化と考えるであろう.また頸動脈のcalcified plaqueは,soft plaqueに比べ塞栓源とはなりにくいとされている7).今回,発症時のCTで左中大脳動脈末梢が多発性の高吸収値を呈し,頸動脈超音波検査と頸動脈内膜剥離術(CEA)の術中所見でcalcified plaqueが塞栓源と判明したartery-to-artery embolismの1例を報告する.

コラム:医事法の扉

第11回 「診療録記載義務」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.289 - P.289

 「カルテはきちんと書くように」ということは,医師であれば誰でも必ず一度は注意されたことがあるのではないでしょうか.カルテが診療上,大変重要であることはいうまでもありませんが,法律上も,医師法24条1項に,「医師は,診療をしたときは,遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない.」と規定され,「診療録記載義務」が明文化されています(医師法施行規則23条では,診療録の記載事項として,一 診療を受けた者の住所,氏名,性別および年齢,二 病名及び主要症状,三 治療方法(処方および処置),四 診療の年月日が規定されています).しかも,この義務に違反した場合には,「50万円以下の罰金」(33条の2)という罰則まで科せられてしまいます.

 しかしながら,われわれ脳神経外科医は,忙しい日々の臨床において,診療内容のすべてをカルテに記録することは実際には不可能です.たしかに24条1項の条文をよく読むと,「診療に関する事項」と書いてありますが,「診療に関するす・べ・て・の・事項」とは書いてありません.このように,法は抽象的に規定することによって,医師に注意を喚起し法律上の義務を履行させようとするのが「ねらい」なのです.

連載 脳神経外科医療のtranslational research(5)

脳神経外科領域における新規画像診断法―解剖・機能画像の進歩

著者: 大石誠 ,   宇塚岳夫 ,   米岡有一郎 ,   五十嵐博中 ,   藤井幸彦

ページ範囲:P.291 - P.300

Ⅰ.はじめに

 脳神経外科領域では,手術をより確実で安全なものとするために少しでも多くの情報を得ようと,形態のみならず機能をも可視化する画像診断法が積極的に導入されてきた.最近は,術中ナビゲーションシステムに解剖や機能に関する様々な画像情報を統合したfunctional neuronavigationも汎用されてきており,脳神経外科手術自体が画像情報を駆使したスタイルへと変遷を遂げている.

 新規画像診断技術の開発に関して脳神経外科医の立場から言えば,顕微鏡を駆使した繊細な手術を手掛けるがために「さらに詳細な解剖を知りたい」,またquality of lifeにかかわる脳機能の温存に努めるがために「直接見ることのできない機能を可視化したい」という2つの大きな欲求が根底にある.前者に対しては,3.0T装置をはじめとするMRIの高磁場化や3次元画像構築技術の進歩があり,後者に対しては functional MRI(fMRI),positron emission tomography(PET),magnetoencephalography(MEG)をはじめとした機能画像法の開発や,diffusion tensor imaging(DTI)による白質情報の画像化,MR spectroscopy(MRS)のような代謝性産物の分子イメージングなどの発展があった.これら新規画像診断法を臨床の中で運用していくにあたって,脳神経外科医は唯一脳そのものに触れることができる立場にあるものとして,術中モニタリングや頭蓋内マッピングなどの神経生理学的手法での検証や,摘出標本の病理学的所見との比較に絶えず取り組み,また新たな画像法開発のためにその結果をフィードバックしていかなくてはならない.

 われわれは,脳研究所所属の脳神経外科学教室として,他の脳研究部門との連携が自由にある環境を生かし注1),今まで「脳腫瘍」「脳血管障害」「機能性疾患」などの各脳神経外科領域に適応すべき高解像度解剖画像や機能画像診断法の確立,つまり脳神経外科領域での画像診断法において一貫したtranslational researchに取り組んできた.本報告では,MRI画像の研究に関しては新潟大学統合脳機能研究センターと,MEGとてんかんの研究に関しては国立病院機構西新潟中央病院てんかんセンターと,optical imagingに関しては新潟大学脳研究所システム脳生理学教室とともに手掛けて来た研究を中心に,脳神経外科領域における新規画像診断について現在のトピックと今後の展望を交えて紹介する.

海外留学記

アリゾナ州フェニックス留学記―米国留学で見えたこと

著者: 中田光俊

ページ範囲:P.301 - P.305

はじめに

 2002年10月より米国アリゾナ州フェニックスで留学生活を送っています.前半の2年間はAmerican Brain Tumor Associationの奨励研究員として,後半は日本学術振興会の海外特別研究員として悪性脳腫瘍浸潤の分子メカニズムに関する研究を行うとともに米国脳神経外科の臨床を見学しています.

 アリゾナ州はカリフォルニア州の東に位置しています(図1).州内にはグランドキャニオンを含め多くの国立公園が点在しており,米国ならではの雄大な自然を堪能することができます.州都フェニックスは,人口では全米5番目の都市ですが他の大都市と異なり,広大な土地に低階層の建物が広がっています.砂漠地帯のフェニックスは,真夏の気温は摂氏45度以上になり乾燥しているため,自然発火による火災が見られるほどです.夏の日差しを経験すると,フェニックスでの皮膚がん発生率が全米で最も高いことが納得できます.しかし10月から5月は暖かく過ごしやすい気候で,避寒地として全米からフライングバードと呼ばれる定年退職者が集ってきます.雪国生まれの私はここで初めて雪のない冬を経験しました.

包括医療の問題点

3.DPCの現状と今後の課題

著者: 神服尚之

ページ範囲:P.308 - P.315

 「包括医療の問題点」の連載2回目は,DPCの骨幹である「診断群分類の妥当性」について評価を行った.診断群分類の問題点については,平成15年のDPC導入初期に比べ,日本脳神経外科学会保険委員会が中心となり厚生労働省と協議を重ねた結果,着実に改善されてきている.連載3回目は,診断群分類以外のDPC制度の問題点,DPC導入に伴う保険診療の変化,今後一般病院への普及が予想される同制度への対策などについて論じていきたい.

文献抄録

Olfactory mucosa autografts in human spinal cord injury: a pilot clinical study

著者: 岩月幸一

ページ範囲:P.307 - P.307

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編集後記

著者: 河瀬斌

ページ範囲:P.322 - P.322

 生まれて初めて人体の矢状断画像を見たのは1981年,サンフランシスコ郊外のUCSF研究所であった.所長自ら被験者となったその機械は覆布に隠され,所長が布をめくると巨大な銅線のコイルが現れた.日本では当時名前さえほとんど知られていなかった,「核磁気共鳴画像装置」すなわちMRIを初めて見た時の体験である.当時はポジトロンCTが脚光を浴びていたが,この機械の内に秘めた特性を知れば知る程MRIがより世界中に広まるテクノロジーになることを予感した.帰国後大学勤務となったので,研究室でこのことを啓蒙し誰かこの分野の研究に進むことを上申したが,聞いたこともない機械の話に本当に興味をもってくれる人はいなかった.自分があと5歳若ければ,あるいは自らその分野に進んでいたかもしれなかった.それ程それは衝撃的な一瞬であった.後になって何故私なんかに秘密のヴェールを開けて見せてくれたのだろうという疑問が湧いたが,後にその謎が解けた.私の訪問した時の名刺には「医長」と書いてある裏側に英語への誤訳で“Director of ○○ Hospital”と書いてあったのだ.研究所長は日本から訪問した金持ち病院の若い理事長に完成間近の新型機械を見せれば,後日取引材料に結びつくと考えたに違いない.それから2年経ち,その機械は「GM社MRI」という名で世に送り出された.

 それから25年経った今,MRIは日本の病院にくまなく導入された.しかし驚くことに今でもMRIを利用した新しい技術が続々と登場しており,本号の中にも4つの画像に関する論文が掲載されている.その1つは森谷聡男先生の拡散強調画像である.この画像は細胞性浮腫の有無を鑑別することができるため,脳梗塞の急性期に他に先がけて異常が検出される方法として注目されている.一方3.0ステラの高磁場MRIが色々な施設に導入されつつあり,増々精細な画像を提供している.T2を利用したMRI立体画像や脳槽内視鏡画像は佐藤 透先生や大石 誠先生の論文に紹介されているが,その精度は脳神経や細い血管をも顕微鏡手術で実際に観察した光景と同じく抽出できることは驚嘆に値する.また神経の走行を表現可能なtractographyなど解剖学的な画像のみならず,脳の活動部位を知ることのできるfMRI(機能画像)は高次脳機能の活動部位を知る臨床研究の場を提供している.NMRはMRを画像化する以前の代謝を知る研究機器であったが,それを利用して行うMRIスペクトロスコピーは代謝物質の相違から脳腫瘍の悪性度,他疾患との鑑別など画像を越えた物質の性格にまで診断が及んでいる.近い将来には「脳の立体機能画像」や「virtual operation画像」を前にして,患者に手術の説明を行う日も近いと思われる.しかしこのような先端画像の作成には,通常のMRIとは異なった費用と努力が必要である.折角進歩する技術を衰退させないためにも,医療制度がこのようなメリットに引換えられる費用と努力を正当に評価する時期が早く訪れることを望む.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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