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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科35巻7号

2007年07月発行

雑誌目次

脳神経外科医の教育と手術用顕微鏡

著者: 高安正和

ページ範囲:P.647 - P.648

 脳神経外科の分野においては,つい数年前まで脳神経外科医の数が多すぎるためbirth controlが必要との議論もあったが,近年は事情が一変し,今われわれは脳神経外科医の希望者の顕著な減少という由々しき問題に直面している.さらに,これにとどまらず,いったん,脳神経外科医を志したものが途中で進路を変更することも多くなり,事態はますます深刻化している.その原因を考えてみると,新しい医師臨床研修システムの導入,医師個人の職業意識の変化,また外科系医師に対する社会の厳しい評価など様々な要因が挙げられるが,これらに加えて若手脳神経外科医に対する教育方法の問題も関与していると考えられる.

 若手への教育を彼らの立場から考えた場合,彼らがそもそも何を夢見て脳神経外科を選んだかという点を再考してみる必要がある.脳神経外科医を志す動機は様々である.しかし,脳神経外科が外科的手段をもって神経疾患の治療を行う診療科である以上,多くの医師の最大の動機は自分の手で高度な脳神経外科手術をしたい,特にマイクロサージェリーをしたいといった点であろう.そのための手術教育の手段として,手術書,手術ビデオ,学会参加,他施設へ手術見学,cadaverを用いた手術手技の実習,などを学ぶ機会も少しずつ増えてはいるが,最も重要なのは日々の手術において指導者のアシスタントとして学ぶこと,可能なら自分自身で指導者の指導のもとに手術に携わることである.しかし,医療に対する社会の評価は年々厳しくなっており,いったん合併症を生ずればすぐに訴訟につながるという社会の風潮の中では,経験の少ない若手の医師に術者を任せることは困難となっている.また,欧米に比べ,日本では症例が1施設に集中せず各施設に分散してしまうこともこの傾向に拍車をかけている.そこで,アシスタントとして学ぶことの意義はますます重要となる.こういった点から,われわれ指導医は現状において若い脳神経外科医に手術をより深く,効率よく学んでもらうために何ができるであろうか?

総説

視床と振戦

著者: 高橋章夫 ,   平戸政史 ,   好本裕平

ページ範囲:P.651 - P.662

Ⅰ.はじめに

 視床の腹外側核群は,末梢からの感覚性入力,大脳基底核,小脳からの入力を中継し,大脳皮質に伝えるkey-relayであり,運動と感覚の統合を行っていると考えられている20).特に,腹吻側核nucleus ventralis oralis(Vo核),腹中間核nucleus ventralis intermediate(Vim核),腹尾側核nucleus ventralis caudalis(Vc核)は,パーキンソン病に代表される運動異常症や中枢性疼痛に対する機能的定位脳手術のターゲットとして重要であり20),歴史的には,1950年代の後半に解剖学者のHasslerが提唱する視床手術がパーキンソン病に対して行われたのが最初である.これは,Vo核に比較的大きな凝固巣を作成することでパーキンソン病の振戦と固縮が改善するというものであったが5),Hasslerの視床亜核分類による前吻側腹側核nucleus ventralis oralis anterior(Voa核)が淡蒼球内節からの入力を受け,大脳皮質のブロードマン8野に投射し筋トーヌスの異常に関わり,その後尾側の後吻側腹側核nucleus ventralis oralis posterior(Vop核)は小脳からの入力を受け4野に投射し,振戦などのhyperkinetic な病態に関与するという考えに基づいたものである.Albe-Fessardらの微小電極法による視床の脳深部電気活動記録の解析から,視床腹外側核群の機能分化が解明され1),Ohyeらは術中に得られた視床腹外側部の電気生理学的所見から Vim核の最外側部に振戦に特異的な神経細胞群が存在することを明らかにし,この部分に選択的にごく小さな凝固巣を作成する選択的視床腹中間核手術を1980年代に完成させた22,23).この手術は,本態性振戦などのパーキンソン病以外の振戦にも有効であり,ジストニア,アテトーゼ,バリスム,舞踏病などにも応用された21,25).その後,1990年代に入ってからはさらに非侵襲的な慢性植え込み電極による脳深部電気刺激(deep brain stimulation:DBS)が台頭し,ターゲットも視床のほか,淡蒼球や視床下核が選択されるようになったが2,13),多くの臨床的データの集積があり,明確な電気生理学的特性を持つVim核を中心とした視床腹外側核群をターゲットとした定位脳手術は運動異常症の外科的治療の基本であり,かつその重要性はますます増してくるように思われる.また,視床の腹外側核群が振戦の発現や維持に関してどのような役割を果たしているのかについては,十分に解明されていない3,12,26,28,31)

 ここでは,ヒト視床腹外側核群の解剖と生理を機能的脳神経外科の見地から概説するとともに,代表的な運動異常症である振戦に対する定位的視床手術について,われわれの経験から得られた知見を中心に述べてみたい.

研究

頭部外傷データバンクにおける急性硬膜下血腫とびまん性脳損傷の受傷機転と病態の比較,検討

著者: 沢内聡 ,   村上成之 ,   小川武希 ,   阿部俊昭

ページ範囲:P.665 - P.671

Ⅰ.はじめに

 外傷性脳損傷の力学的メカニズムに関する研究の歴史は長く,病理学研究および画像診断の進歩により病態や損傷形態が解明されてきた1,3,5).1983年,Gennarelli 3)は,外傷性脳損傷の病態におけるworst typeとして急性硬膜下血腫(ASDH)とびまん性軸索損傷(DAI)を挙げ,この2つの病態の発生メカニズムが異なることを提唱した.実際の臨床の現場では,両者を合併している症例も存在すると考えられるが,脳表に出血する病態と,脳深部にまで損傷が及ぶ病態の力学的メカニズムにどのような違いがあるのか興味深い.

 わが国の頭部外傷データバンク(Japan Neurotrauma Data Bank:JNTDB)は,重症の外傷性脳損傷患者の臨床疫学的検討を目的として,1998年から開始された13,15).この医学的基礎資料を行政,工学系との連携において外傷性脳損傷の予防,治療に役立てる必要がある.特に,脳損傷発生の予防のためには,受傷機転を解析することが重要であると考える.本研究は,JNTDBにおけるASDH,びまん性脳損傷(DBI)の受傷機転の疫学的特徴を解析することを目的とした.

テクニカル・ノート

頸動脈ステント留置術におけるガイディングカテーテルの保持を目的としたgoose neck snareの使用

著者: 宇田武弘 ,   村田敬二 ,   一ノ瀬努 ,   日下部太郎 ,   阪口正和

ページ範囲:P.673 - P.676

Ⅰ.はじめに

 頸動脈ステント留置術(carotid artery stenting :CAS)では,親カテーテルを病変の近位部で保持する必要がある.安定した親カテーテルの保持が困難な症例では,上腕動脈経由のgoose neck snareにて良好な位置に親カテーテルを保持する方法が有用である.

症例

トルコ鞍内に限局し,手術単独で良好な結果が得られたTSH産生下垂体腺腫の2例

著者: 小川欣一 ,   冨永悌二 ,   池田秀敏

ページ範囲:P.679 - P.684

Ⅰ.はじめに

 Thyroid stimulating hormone(TSH)産生下垂体腺腫は,下垂体腺腫全体の内1%を占めるに過ぎない稀な腫瘍である1,4,7,14).臨床的にはinappropriate secretion of TSH(SITSH)を来さずにいわゆる非機能性腺腫として経過したり13),Graves 病の診断のもと抗甲状腺剤投与や甲状腺に対する放射線療法,甲状腺腫切除等不適切な治療を余儀なくされ,発見時には大きな腫瘍径を持つ浸潤性腫瘍となり治療に難渋することも少なくない.一方,本腫瘍は,間質の線維化が強い硬い腫瘍としての特徴を備えている.今回われわれは,トルコ鞍内に限局し比較的小さな状態で発見,手術を施行したTSH産生下垂体腺腫の2例を経験した.浸潤性の強い腫瘍に対して困難な手術を想定していたが,これに反して手術は比較的短時間で,肉眼的全摘出が可能であった.手術所見と内分泌,病理組織学的所見との対比につき,文献的考察を加え報告する.

腫瘤内出血により進行性の症状を示した前頭骨内コレステリン肉芽腫の1例

著者: 芦田典明 ,   山元一樹 ,   藤田敦史 ,   近藤威 ,   甲村英二

ページ範囲:P.685 - P.689

Ⅰ.はじめに

 コレステリン肉芽腫(cholesterol granuloma)はコレステリン結晶に対する生体防御反応により形成される肉芽腫である6,15).コレステリン結晶の発生機序として長期にわたる微小出血が考えられているが,大きな肉芽を形成した後にさらに出血し血腫形成による圧迫症状を呈することもありうる11).今回われわれは,前頭骨に発生し骨破壊・出血を伴い眼窩内へ圧迫を生じ,複視・眼瞼下垂で発見され,術前診断に苦慮したコレステリン肉芽腫の1例を経験したので報告する.

真の後交通動脈紡錘状動脈瘤破裂の1例

著者: 中塚博貴 ,   大田信介 ,   黒田淳子 ,   森脇崇 ,   前田泰孝 ,   榊三郎

ページ範囲:P.691 - P.696

Ⅰ.はじめに

 後交通動脈そのものに発生する真の後交通動脈動脈瘤は比較的稀な疾患であるが,その中でも紡錘状の動脈瘤は極めて稀で,渉猟し得た限りでは6例の報告があるにすぎない.今回われわれは,くも膜下出血にて発症した真の後交通動脈紡錘状動脈瘤破裂例に対しtrappingを行い良好な転帰が得られた1例を経験したので,現在までの報告例と併せてその特徴などを考察した.

硬膜に発生母地を認めなかった大脳円蓋部solitary fibrous tumorの1例

著者: 佐野正和 ,   斉藤明彦 ,   西平靖 ,   大石誠 ,   柿田明美 ,   高橋均 ,   藤井幸彦

ページ範囲:P.697 - P.702

Ⅰ.はじめに

 Solitary fibrous tumor(SFT)は主に胸膜発生で知られる間葉系細胞由来の腫瘍性病変であり,1931年にKlempererとRabinにより初めて報告された8).全身のあらゆる臓器に発生することが明らかとなってきたが,中枢神経系における最初の報告は,1996年のCarneiroらが髄膜起源とした例である1).現在まで脊髄を含め中枢神経系発生症例の報告が散見され,臨床上はmeningiomaやhemanigopericytomaとの鑑別が重要とされている3,16,19).2000年のWHO分類では髄膜発生腫瘍として新たに分類され17),その発生母地を硬膜とする報告も多いが2,3),頭蓋内腫瘍性病変としては依然として稀な腫瘍であり,いまだ確立されたものではない.今回われわれは,その画像と術中所見が発生母地を考える上で興味深い所見を示した円蓋部SFTの1例を経験したので,過去の文献をふまえて報告する.

連載 脳神経外科手術手技に関する私見とその歴史的背景

3.脳動脈瘤:Anterior Circulation─Pterional Approach

著者: 米川泰弘

ページ範囲:P.703 - P.718

はじめに

 もう25星霜が経過したが,1982年にanterior communicating artery(AcomA)aneurysmをpterional approachで根治手術をすることに関して,当時のstatusを日本脳神経外科コングレスの『Neurosurgeons』に発表する機会を得た.その後も,今もなお同じようなことを行っている.本稿はそれ以来のlearning process Lernprocessを示すものである.整理のために当職就任1993年以来の1,100例あまりの動脈瘤自執刀例をExcelにまとめているが,個々の症例を思い出すと,手術の仕方,管理の仕方は当時と比べてあまり変わっていないと言えなくもないが,やはり各ステップでの自分で納得した手技が残ってきたとも言える.

 近年,endovascular techniqueの勃興によりconventional microsurgical techniqueの活用の場が狭まってきているのは確かではあるが,依然として必要不可欠なtechniqueであることも事実である.こちらに着任して間もなく,それを象徴するような出来事があった.AcomA aneurysmの患者さんで,Prof. Yasargilからinterventional neuroradiologistのProf. Valavanisに紹介されcoilingがなされ,当科にV-P shuntだけのために入院してきた症例があった.しかし治療としてのcompletenessの立場から言えば,neck clippingを今の段階で去ることはできないし,endovascular method で解決できない場合にもどうしても必要なstandardなtechniqueである.私がいつもstaffに言うことは,

 1)一般的に言って,convemntional microsurgical methodで難しい手術はendovascular methodでも難しい.これらの技術は多くは互いに相補うのではなくて,むしろ競合するものであるが,その競合が相互技術の発展につながる.

 2)ある技術を完成に近づけることができたと考え始めると,必ずそれに対抗する良い技術が出現してくる.脳神経外科関連の分野で言えばmicrosurgery,Gamma-knife,endovascular surgery などがそれぞれ発展の歴史をもち,他の技術に対抗しながら,個々の中でも競争しながら洗練されてゆくものである.

 日本の実情にそぐわないかもしれないがconventional microsurgical method の発展の中に身をおいてきたものとして,本稿では,conventionalか endovascularかの議論には深入りしない.当科に13年前に赴任して,それまで行われていなかったくも膜下出血急性期重症例の治療を始めた.幸い,病態生理の解明の進展に対応してその治療にふさわしいneuroresuscitationを標榜した脳神経外科集中治療室を,スタッフを含めて整備することができたように思う1,12).今回は,ごくスタンダードなpterional approachとanteriorcirculation aneurysmsについて私見とその歴史的背景を述べてみたい.

てんかんの画像と病理

2.内側側頭葉てんかんと海馬硬化

著者: 亀山茂樹 ,   柿田明美

ページ範囲:P.719 - P.729

Ⅰ.はじめに

 内側側頭葉てんかん(mesial temporal lobe epilepsy:MTLE)は,比較的画一的な臨床的特徴を有し,病理学的に海馬硬化(hippocampal sclerosis:HS)を伴う症候群として捉えられている29).MTLEは薬物治療よりも外科治療が著効を示すというクラスⅠエビデンスを有する唯一のてんかん症候群として知られている28).てんかん外科の歴史のなかでも最も多くの症例に手術が行われ,海馬と扁桃体を含む側頭葉内側構造を切除するという手術戦略は確立され,発作消失率も80%に達している.画像診断が十分でなかった時代から,MTLEが病理学的にHSを基盤とする病態を有していることが注目されていた23).HSは神経細胞の脱落とグリオーシスによる海馬の萎縮を特徴としているが,海馬のみならず嗅内皮質や海馬傍回,扁桃体にも硬化所見が認められることから内側側頭葉硬化(mesial temporal sclerosis:MTS)とも呼ばれる.HSとMTSはほぼ同義として用いられているので本稿ではHSを用いることとする.Magnetic resonance imaging(MRI)の導入以降,MTLEの確定診断に海馬の萎縮や硬化所見の有無を判定することが盛んに行われている.MTLEの概念と画像診断の要点,切除標本におけるHSの診断分類と術後の発作転帰との関係について解説する.本稿で取りあげるHS病理分類はてんかん術前術後評価の標準化に必要なものと考えられる.WylerらのHS病理分類(1992)30)の欠点を補う新分類としてWatsonらのHS病理分類(Table 1)が1996年に発表され,MRIによる海馬容積の定量的測定結果とよく相関することが示された27).われわれは独自の定性的な海馬硬化診断とこのWatson分類を対比検討し,その有用性について検証した.さらに発作転帰などの臨床データと対比検討することによって,MRIによる海馬硬化診断が発作転帰の予測に有用かどうかも明らかにした.海馬硬化と海馬以外のてんかん原性病変が併存する症例もあり,このような場合をdual pathology と呼ぶが,本稿ではこれ以上言及しない.

脳神経外科における再生医療―臨床応用にむけて(4)

中枢神経回路の再生への戦略

著者: 山下俊英 ,   羽田克彦 ,   山口淳 ,   久保武一

ページ範囲:P.733 - P.739

Ⅰ.はじめに

 近年,中枢神経疾患による神経脱落症状を緩和するための治療法の研究が急速に進んでいる.特に脊髄損傷後の機能回復を高めるさまざまな手法が動物実験で試みられており,既に臨床応用されているものもある.しかしながら,それらの治療法がなぜ機能的回復をもたらすのかというメカニズムについては,実はよくわかっていない.脊髄の完全損傷の場合,損傷部を通過する軸索はすべて離断される.したがって運動機能を取り戻すためには,損傷した軸索が損傷部を超えて再生し,末梢の運動神経まで途切れなく回路をつくらなければならない.ところが中枢神経細胞をとりまく環境が軸索再生に適しておらず,さらに中枢神経自体の軸索再生力が弱いために,損傷した中枢神経回路は自然には再生しない.一方,不完全損傷の場合には,ある程度の運動機能の回復が長い期間のうちにもたらされることがある.これは,脳および脊髄で代償的な回路網の再形成が起こるためだと考えられる.実際に,損傷を免れた軸索からの側枝の形成による新たな回路の形成が,ほ乳類の成体でも起こっていることが明らかになってきた16).これらの知見から,損傷した軸索の再生を誘導したり,代償回路の形成を促進したりする治療法が有効ではないかと考えられる.本稿では,神経回路の再生を正と負に制御するメカニズムと,神経回路の再形成を促進する実験的治療法について概説したい.

コラム:医事法の扉

第15回 「家族への説明義務」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.731 - P.731

 本コラム第2回「説明義務」でとりあげましたように,「説明義務」は,医師に課せられた診療契約に基づく義務の1つとして医療法第1条の4第2項に明文化されています1).ただし,同条には患者「本人」への説明義務は規定されていますが,患者の「家族」への説明義務については何ら規定されていません.はたしてわれわれ医師は,患者の家族に対しても説明しなければならないのでしょうか.

 この点,進行性胃癌の患者本人と同居の家族に病名を告げず,別居の弟にのみその病名を告げ,結局,治療時期を逸して死亡してしまったケースに対して,最高裁は,「診療契約上の義務の観点からすると,…患者に病状等を説明すべきこと,何らかの事情で,患者本人に対する病状等の告知が適当でない場合には,その家族等の近親者に病状等を説明し,その協力の下に患者が適切な治療を受けることが可能となるような措置を執るべきことが含まれる」と判示しました(平成6年3月30日判決).つまり,原則として患者自身に説明すべきなのですが,患者に病名を告げることが好ましくない場合には,患者の家族に説明しなければならないと考えられます(同様の判例として,最高裁平成14年9月24日判決があります).

脳神経外科をとりまく医療・社会環境

日本と米国の脳神経外科診療の違い第4回―どこが違うか,アメリカと日本の臨床医療―1

著者: 北野正躬

ページ範囲:P.741 - P.745

はじめに

 私は日本で医学教育を受け,日本の大学の医局に席を置き,その後アメリカに渡り,UCLA(University of California at Los Angeles)で研究をし,教育にも携わりました.そして,カリフォルニアでneurologistとして開業しておりました.アメリカの医療制度や事情は,多くの方々によってさまざまなメディアを通してここ数年紹介されておりますので,既にご承知のことも多いと思いますが,私が実地で経験したアメリカの医療事情を,日米の比較をしながら述べたいと思います.

 特に本稿では,2回にわたり,現在,日本でも問題になっている,あるいは,これから変革されるであろうと予想される,トピック,すなわち,脳死,生命倫理,医療過誤と訴訟,医療費,医療保険,さらに,開示の問題を取り上げます.第1回目は,予備的な知識として,教育,医師免許,開業と病院の形態についての相違点を簡単に述べたあと,脳死,生命倫理の問題について解説します.

報告記

第75回 米国脳神経外科学会(AANS)報告記(2007年4月14~19日)

著者: 稲桝丈司

ページ範囲:P.746 - P.747

 第75回米国脳神経外科学会(American Association of Neurological Surgeons, AANS)総会は4月14日~19日にわたり,Washington D. C.において開催された.4月中旬のWashington D. C.といえば,例年ならばポトマック川辺の桜並木が非常に美しく,観光名所にもなっている.しかし今年は残念ながら,既に桜は散った後であった.今年はAANS総会が発足から75周年という節目の年(diamond jubilee)でもあり,会長のDonald Quest 先生(Columbia大学)は「過去を振り返ることで未来への展望を切り開いていく」重要性を会長講演で述べられた.4日間にわたり,米国内外からの最新の演題が発表された.内訳は,プレナリーセッション17題,一般口演132題,ポスター438題,招待・基調講演7題,教育講演11題,シンポジウム4個と盛りだくさんの内容であった.また79の朝食セミナーも開催され,私の恩師である河瀬 斌教授(慶應義塾大学)も講師として参加された.

 プレナリーセッションの中で特に目を引いたのが,頸椎人工椎間板置換術に関する発表である.Iowa大学のTraynelisらは,頸椎椎間板ヘルニアによる神経根性頸椎症患者において,人工椎間板置換術は従来の頸椎前方除圧固定術に比べ,除痛効果や神経症状改善効果の面でより優れている,という多施設共同研究の結果を発表した.頸椎人工椎間板置換術は腰椎のそれに比べ手術手技は容易で合併症も少なく,将来本邦においても導入が予想されるが,現時点では術後フォローがまだ2年間と短期間であり,今後より長期の経過観察が必要であろう.

文献抄録

Does the left inferior longitudinal fasciculus play a role in language? A brain stimulation study.

著者: 三國信啓

ページ範囲:P.749 - P.749

Motor tract monitoring during insular glioma surgery.

著者: 三國信啓

ページ範囲:P.749 - P.749

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編集後記

著者: 新井一

ページ範囲:P.756 - P.756

 本号の「扉」では,愛知医科大学の高安正和教授が,昨今の脳神経外科志望者の減少に関連して示唆に富むご意見を述べられている.決して容易とはいえない脳神経外科医への道を選んだ若者たちに,その夢を叶えさせるよう教育を施すのは指導者としての当然の責務である.そしてそのためには,まず指導者が「自分の手で顕微鏡手術ができるようになりたい」といった若者の純粋な思いに応えるだけの度量と愛情を持つこと,そして医療に対して向けられている社会の厳しい目に耐え得る安全かつ効率的な教育システムを創意工夫して構築することが必要と思われる.ずいぶん以前に術者と二人の助手,合計6本の腕が術野に出入りする故杉田虔一郎教授の手術ビデオを拝見し,その教育に対する姿勢とアイデアに感銘を受けたことを思い出す.この故杉田教授のDNAが高安教授に受け継がれていることを今回改めて知り,そこに「知識と技術の伝承」という教育の神髄をみたような気がする.目まぐるしく変わる社会情勢のなか諸事に惑わされることなく,顕微鏡を通して見る脳や脊髄の繊細さ,そしてそこに発生する病変を顕微鏡下に治療することのすばらしさをアピールすることは,3Kとも4Kともいわれる脳神経外科に新たな人材を得る大きな助けになるものと改めて感じ入った次第である.

 米川泰弘教授の長編論文には,脳動脈瘤クリッピングについてご自身が受け継いだ知識と技術を,新たな形で次世代に伝承しようとする先生の強いお気持ちが表れているように思える.われわれが今立っている場所は,多くの先人によって築かれたものであり,われわれは次世代のために,その上に新たな城郭を築かなくてはならないのであろう.異国チューリッヒの地におられる米川教授だけに,今後の日本の脳神経外科を担う次世代への思いには大変に熱いものがあるように推察申し上げた.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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