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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科35巻8号

2007年08月発行

雑誌目次

エビデンスと匙加減

著者: 渋井壮一郎

ページ範囲:P.759 - P.760

 大学を卒業し,脳神経外科医としての道を志して30年余りの月日がたつ.この間の脳神経外科診療の変貌ぶりは想像を絶するものがある.神経放射線学といえば,脳血管撮影と脳シンチ,さらには若いドクターは見たこともないと思われる気脳撮影のみで,当時,米国で脳腫瘍と診断された患者さんが持ち帰ったCTのポラロイド写真を見て,「どこが異常なんだろう」と皆で首をかしげた日を鮮明に覚えている.それもそのはず,それまでの脳の解剖学はすべて前額断が基本であり,どの教科書にも水平断の脳の構造は出ていなかったのである.CTの普及とともに,水平断での脳の構造に慣れてきた.さらにMRIが導入されると,再び前額断,さらには矢状断での確認もできるようになった.時代とともに新しい情報が入り,われわれの物の見方も変遷していく.

 日常の診療において,稀な疾患を診断したり,自分の選択した治療が著効したりした際の心地よさは何とも言えないものがある.これらはすべてその人の経験に基づく判断であり,経験が多ければ多いほど,極めて稀な1例を診断する可能性も高くなる.回診中の教授のひとこと,カンファランスでの先輩の意見に,目の前の霧が晴れる思いをした経験はだれにもあると思う.しかしながら,多くの経験を積むには,長い年月を要する.だれもがはじめから多くの経験を持っていないだけに,判断の材料が必要となる.

総説

内頸動脈瘤治療における親動脈閉塞およびバイパス術

著者: 清水宏明 ,   冨永悌二

ページ範囲:P.763 - P.770

Ⅰ.はじめに

 クリッピング術と瘤内塞栓術は脳動脈瘤治療の2つの主柱である.従来本邦では,クリッピング可能なものにはクリッピング術を,そのリスクが高い場合などには瘤内塞栓術を考慮することが多かったが,いずれの手術も困難な脳動脈瘤が稀ならず存在する.内頸動脈瘤については海綿静脈洞部,傍前床突起部の大きなもの,クリッピングや瘤内塞栓後の再増大などが代表的である.

 クリッピング術・瘤内塞栓術がともに困難な場合,親動脈ごと動脈瘤を閉塞する手術が選択されることがあるが,親動脈閉塞に伴う脳虚血を回避するための頭蓋外内バイパス術(以下バイパス術)をいかに有効かつ安全に併用するかが大きな問題の1つである14,16,44,49).本稿では,内頸動脈瘤に対する親動脈閉塞およびバイパス術による治療の歴史的背景から具体的な方法,pitfallまでをreviewする.なお,バイパスおよび親動脈閉塞術による治療には,バイパス術をしない単純な親動脈閉塞のみも含むため,親動脈閉塞±バイパス術と表記する.

研究

シャント術が有効であった特発性正常圧水頭症における術後症状改善パターンと家族満足度の長期追跡調査

著者: 竹内東太郎 ,   後藤博美 ,   伊崎堅志 ,   田村晋也 ,   笹沼仁一 ,   前野和重 ,   菊池泰裕 ,   冨井雅人 ,   小泉仁一 ,   渡辺善一郎 ,   沼澤真一 ,   伊藤康信 ,   大原宏夫 ,   古和田正悦 ,   渡邊一夫

ページ範囲:P.773 - P.779

Ⅰ.はじめに

 特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)では歩行障害(gait disturbance:G)や尿失禁(urinary incontinence:U)は治療後比較的早期より改善が認められるが,認知症(dementia:D)は徐々に改善する傾向があると言われている5,12).しかしiNPHはGが主徴であることが多いため1,4,9,11,15),医療従事者はGが改善すると治療効果に満足し,患者を介護している家族も同様であると判断することが考えられる.

 今回筆者らは,治療後有効と判定されたdefinite iNPHにおける治療後1年間の追跡調査を実施して,特に家族および医療従事者の満足度の継時的推移を比較検討し,同時にGとDの定量的測定によって継時的な症状改善パターンの再評価を行ったので報告する.

Rigid External Distraction(RED-Ⅱ)System®を用いた frontofacial monobloc advancement

著者: 鴨嶋雄大 ,   澤村豊 ,   岩𥔎素之 ,   岩𥔎喜信 ,   川嶋邦裕

ページ範囲:P.781 - P.786

Ⅰ.はじめに

 Crouzon病に代表される頭蓋内圧亢進や眼球突出を呈する頭蓋顔面縫合早期癒合症では,生後6カ月前後に前頭眼窩前方移動術(fronto-orbital advancement)を行い,その後は必要に応じて頭蓋拡大術を追加して,成長発育に従い著明となる中顔面発達不良・発声障害などに対して追加治療が行われている.

 外固定型骨延長器であるRigid External Distraction System®(以下RED-ⅡSystem®,KLS Martin,Inc., Jacksonville,Fla.)を用いて,前頭骨と中顔面骨の骨延長を一期的に行うfrontofacial monobloc advancementを,中顔面発育不全を呈した年長児の頭蓋顔面縫合早期癒合症3例に対して施行したので報告する.

 RED-Ⅱ System®(Fig. 1)はリング型のフレーム(arrow)を頭部に固定し,前面の支柱に設置した牽引ポート(arrow head)よりワイヤーを介して骨牽引を行うシステムであり,主に中顔面発育不全,上顎発育不全の患者に対して使用されている.

 今回,頭蓋顔面縫合早期癒合症3例に対しRED-Ⅱ System®を使用したことにより,手術時間の短縮,出血量の減少が可能となり,術後段階的に行う牽引の方向性・自由度が高いため,美容および治療上良好な結果を得ることが可能であった.代表症例を中心に適応,手技,注意点を含めて報告する.下記にあるすべての診断と治療方針決定と手術は脳神経外科と形成外科の共同で行った.また,より術前後の変化がわかりやすいように,外観写真は患者側に使用許可を頂き,修正せずに提示した.

症例

硬膜外内頸動脈の症候性多発性狭窄症に対し近位部結紮術を施行した1例

著者: 菅康徳 ,   小笠原邦昭 ,   斉藤秀夫 ,   小林正和 ,   井上敬 ,   近藤竜史 ,   小川彰

ページ範囲:P.787 - P.791

Ⅰ.はじめに

 錐体部から海綿静脈洞部の硬膜外内頸動脈における症候性狭窄症に対しては,薬物治療が第一の選択となる.一方,薬物抵抗性の同病変に対しては血行再建術が必要となるが,直達による観血的血行再建術は不可能であり,近年ではステントを用いた経皮的血管形成術(percutaneous transluminal angioplasty:PTA)が試みられている1,12).しかし,病変部の性状によっては血管解離や血管破裂,プラーク飛散といった重篤な合併症が起こり,本法にも限界がある11)

 今回われわれは,頸部から錐体部・海面静脈洞部の硬膜外内頸動脈の薬物抵抗性症候性多発性狭窄症に対して,親動脈結紮術を施行した症例を経験したので報告する.

Marfan症候群に合併した頸部内頸動脈瘤の1例

著者: 伊東雅基 ,   黒田敏 ,   中山若樹 ,   岩𥔎素之 ,   椎谷紀彦 ,   岩㟢喜信

ページ範囲:P.793 - P.797

Ⅰ.はじめに

 Marfan症候群は結合組織の障害を主体とする常染色体優性遺伝性疾患で,主として骨格系・眼組織・心血管系に障害が生じるが,脳血管系に合併症が生じることは必ずしも高頻度ではない.今回,われわれはMarfan症候群に合併した頸部内頸動脈瘤の1例を経験したので,その手術適応・手法を中心に報告する.

特発性低髄液圧症候群に合併した治療抵抗性の慢性硬膜下血腫

著者: 高橋照男 ,   仙北谷伸郎 ,   堀越徹 ,   佐藤英治 ,   貫井英明 ,   木内博之

ページ範囲:P.799 - P.806

Ⅰ.はじめに

 慢性硬膜下血腫は通常,血腫のドレナージ術にて良好な予後が期待されるが,術後の再発も少なからず認められ,術後1カ月から3カ月の間に約10%の症例で再発し,再手術が必要となる1,15,26,28,29).この血腫の再発の危険因子として,高齢,脳萎縮,巨大血腫,アルコール常飲,抗凝固薬使用,腎不全,肝機能障害,隔壁により分割された血腫,CTにおける高信号域,受傷より手術までの期間が短いこと,手術時の多量の空気の混入などが指摘されている1,3,4,6,13,15,19,23,24,31-33,36)

 近年,慢性硬膜下血腫の原因として特発性低髄液圧症候群(spontaneous intracranial hypotension:SIH)の存在が報告されている16,18,21).SIHの本態は脊髄硬膜管からの髄液漏出であり,髄液量が減少し頭蓋内圧が低下するため,頭蓋内静脈の拡張,硬膜の肥厚,さらに硬膜下水腫を生じ,やがてそれが硬膜下血腫に変化するものと考えられるが,その詳細な機序は不明である.しかしながらSIHが存在していると常に硬膜下腔に陰圧が加わり,血腫が容易に再発する危険性を有し,その存在に気がつかないと,いたずらに手術を繰り返すことになりかねない.

 ただし,SIHを確定するためには,従来よりRI脳槽シンチグラフィーやCTミエログラフィーによる漏出部位の特定が行われてきたが,血腫による頭蓋内圧亢進が疑われる場合には,腰椎穿刺は危険であることは言うまでもなく,非侵襲的な検査方法が望まれる.

 今回,われわれはSIHに合併し,短期間に再発を繰り返した慢性硬膜下血腫を経験したので,その臨床的特徴および治療法について,文献的考察を加えて報告する.

頸動脈ステント留置術後遅発性に生じたコレステロールクリスタル塞栓症の1例

著者: 中澤和智 ,   太田剛史 ,   藤本基秋 ,   今村博敏 ,   橋本信夫

ページ範囲:P.807 - P.811

Ⅰ.はじめに

 コレステロールクリスタル塞栓症(cholesterol crystal embolism:CCE)は微細なコレステロール結晶が腎臓,皮膚,脳,眼,消化管,四肢などのさまざまな臓器の微小血管への塞栓を引き起こす全身疾患である14).時として腎機能障害や血管炎,下肢閉塞性動脈硬化症,糖尿病性壊疽などと診断されることもあり12),確立した治療指針もなく,診断・治療ともに困難な病態である6,11,13).線溶療法や血管内治療手技,血管外科手術などが誘因となることが多く,脳神経外科領域のCCEの報告も散見されるようになってきたが,その病態の認知度は未だ十分ではない2,9,10).しかしながら,脳神経血管内治療手技の普及に伴い今後より注目されるべき病態である.われわれは頸動脈ステント留置術(carotid stenting:CAS)後約1カ月を経過し発症したCCEを経験した.主にこの病態の早期診断の留意点を考察し報告する.

Internal trapping後に再発した破裂椎骨動脈解離性動脈瘤の1例

著者: 菊池陽一郎 ,   杉生憲志 ,   徳永浩司 ,   西田あゆみ ,   西村卓士 ,   伊達勲

ページ範囲:P.813 - P.819

Ⅰ.はじめに

 破裂椎骨動脈解離性動脈瘤(vertebral artery dissecting aneurysm:VADA)は初回破裂後24時間以内に高率に再出血を来すことから,超急性期の外科的治療が強く望まれる疾患である10,13,14).超急性期に低侵襲で再破裂予防処置を行えることから,VADAに対する血管内治療は近年広く応用されるようになってきた3,5,10-15).今回われわれは,破裂VADAに対しコイルによるinternal trapping 5,13-15)を施行し完全閉塞が得られていたにもかかわらず,その経過観察中に順行性の再開通・増大を来した1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

コラム:医事法の扉

第16回 「転倒・転落事故」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.821 - P.821

 脳神経外科では,入院患者が病棟内で転倒したり,ベッドから転落したりするなどの事故がしばしば発生します.病院は,診療契約(民法656条)に基づき,入院患者を適切に管理する義務を負いますので(644条),入院患者が転倒・転落して怪我をしてしまうと,病院の管理責任あるいは不法行為責任(709条,715条)を問われる可能性があります.

 転倒事例として,多発性脳梗塞の72歳女性(安静度トイレ介助歩行)が,入院した翌朝にトイレ前で転倒し,急性硬膜下血腫で死亡したケースで,「担当看護婦には,患者がトイレに行き来する際は,必ず患者に付き添い,転倒事故の発生を防止すべき義務があった」と判示し,病院側の不法行為責任を認めました(東京高裁平成15年9月29日判決).ただ,この事例では,患者自身が歩行時の介助を拒否していたので,大幅な過失相殺(722条)が認定されています.

連載 脳神経外科における再生医療―臨床応用にむけて(5)

成体由来神経幹細胞の自家移植

著者: 新郷哲郎 ,   安原隆雄 ,   村岡賢一郎 ,   亀田雅博 ,   伊達勲

ページ範囲:P.823 - P.829

Ⅰ.はじめに

 神経疾患の治療面に関しても,再生療法の応用が大変期待されている.脳内細胞移植はその手法の中の重要な位置を占め,これまで種々のドナー細胞が研究され,一部は臨床応用されてきた.ドナー細胞にはそれぞれ長所,短所があるが,臨床応用に関して最も問題になるのは,そのドナー細胞を用いる倫理的問題,免疫学的問題,腫瘍化の問題などであろう.自家細胞移植は,これらの問題を比較的クリアしやすいことから,ドナー細胞として大きな長所をもっている.神経幹細胞に関しては,胎児脳に神経幹細胞が存在することは知られていたが,成体の脳内にも神経幹細胞が存在することが報告されたのは最近のことであり,これを用いた再生療法研究の最大の長所は自家移植が可能になることであろう.本稿では,パーキンソン病と脳虚血を対象とした成体由来神経幹細胞を用いた再生療法の研究について,自家移植の側面を中心にまとめる.

てんかんの画像と病理

3.Dysembryoplastic neuroepithelial tumorと腫瘍性病変

著者: 亀山茂樹 ,   柿田明美

ページ範囲:P.833 - P.841

Ⅰ.はじめに

 てんかん原性病変のなかで,腫瘍性病変はMRIで明らかな局在病変として認められ,てんかん外科の中でも,最も発作転帰が良好なものとして注目されている.腫瘍性病変は限局性皮質形成異常focal cortical dysplasia(以下,FCD)に次いで多く,難治性部分てんかんの10~30%に見つかるという22).また,側頭葉腫瘍の91%はてんかんで発症し,71%は難治性であるという報告がある20).種類はいろいろであるが,胚芽異形成性神経上皮腫瘍dysembryoplastic neuroepithelial tumor(以下,DNT)や神経節膠腫ganglioglioma(以下,GG)などのmixed neuronal-glial tumorと,astrocytoma(以下,Astro)やoligodendrogliomaなどの良性のgliomaに分けられる.DNTは,難治性てんかんの原因として1988年にDaumas-Duportら4)によりはじめて報告されて以来注目され,治療成績の極めて良好な腫瘍という認識で一致している.FCDが前頭葉に多いのに比べて,腫瘍性病変は側頭葉に多い傾向がある.Gliomaもてんかん外科で扱うのは極めて良性のものであり,てんかん発症からの経過期間が長いのが特徴である.治療戦略を考慮する場合に最も大切なことは,MRI診断であり,FCDとの鑑別診断が重要である.つまり,FCDは病変そのものがてんかん原性を有しており(本連載第1回10)参照),その他の腫瘍性病変はその周辺部分にてんかん原性焦点が存在するからである.また,腫瘍性病変の病理診断において,腫瘍性病変にFCDが併存して認められることが少なくないことも明らかになってきている9,12,16,19,24).したがって,腫瘍性病変のてんかん原性は併存する FCDによる可能性が大きいと考えられる.腫瘍性病変と胎生期に形成されると考えられるFCDがなぜ併存するのか,GGとDNTの複合がなぜ生じるのかなど,過誤腫的あるいは異形成的な性格を示唆する論文もある16)が,病理学的研究はこれら良性の腫瘍性病変の発生やてんかん原性獲得機序の解明に手がかりを与えるかもしれない.

海外留学記

UCLA研究留学体験記

著者: 吉本幸司

ページ範囲:P.830 - P.832

はじめに

 2004年8月から2006年9月までの約2年間,カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に脳腫瘍研究を目的として研究留学をする機会がありましたので,留学体験記という形で紹介したいと思います.

報告記

第23回 国際脳循環代謝学会報告記(2007年5月20~24日)

著者: 加納恒男

ページ範囲:P.843 - P.843

 第23回International Symposium on Cerebral Blood Flow,Metabolism and Functionと,第8回International Conference on Quantification of Brain Function with PETが,2007年5月20日から24日にかけて大阪国際会議場で開催され,会長を岡山大学神経内科の阿部康二先生が,副会長を国立循環器病センターの飯田秀博先生が務められました.脳循環代謝学における最近の進歩を渉猟し,今後の研究の方向性を探ることを本会の主題として,12のシンポジウムを含む30のトピックスについて活発な意見交換が行われました.

 会の印象は,神経細胞,グリア細胞ならびに脳血管相互の関わりあいに関する研究が多かったこと,また脳機能イメージングでは疾患あるいは病態に対するイメージングの感度,特異度の問題が議論されていたことなどで,これらの研究は今後しばらくの間本学会におけるトピックスになるものと思います.阿部会長は,脳循環代謝研究の温故知新ともいうべき“Meet the History”というセッションを企画され,Siesjö,Hossmann,Krieglstein,Moskowitz,Bazan,Pulsinelli,Park Chan,Heiss,Welsh,後藤文男,小暮久也,桐野高明,菅野 巌といった各領域の礎を築いた先生方より貴重な話を聞くまたとない機会を得ました.脳循環代謝研究の変遷を知るとともに,若い研究者に対する激励のメッセージをいただき,本セッションを企画された阿部会長に感謝いたします.

脳神経外科をとりまく医療・社会環境

日本と米国の脳神経外科診療の違い―第5回―どこが違うか、アメリカと日本の臨床医療―2

著者: 北野正躬

ページ範囲:P.845 - P.854

Ⅰ.医療事故と訴訟

1.医療事故

 “To Err is Human”(誰でも人は過ちを犯す)11).日本でもあまりにも有名になったこの格言は,もともとイギリスの詩人,Popeの残した“To err is human, to forgive divine”(過つは人,許すは神)から引用した言葉です.これは「Institute of Medicine」という学術団体が,これからも医療事故はどうしてもなくならない大きな医療界の課題であるとして投げかけた言葉です.毎年,アメリカでは44,000~46,000人が医療事故で死亡し,全米での死亡順位の第8位,その数は交通事故死(43,458例)の2倍,乳癌(42,297例)をも凌ぐと報告しました.これにはMRSAなどの院内感染や薬剤副作用によるSteven Johnson Syndromeなども含まれており,過大評価の感がないでもありませんが,ショックな数字です.これに伴う経済的損失を年間,17~29billion dollar(200~300億円)と算定しています.

 リスクマネジメントはアメリカで50年間,言われてきました.はじめはエラーの低減とは関係なく,いかに保険料を抑制するか,訴訟を起こさせないための方法論とされてきました12,13).別の統計を見ますと,入院患者の事故発生率は2.9(California Study)~4.7%(Harvard Study),そのうち死亡したのが6.6~13.6%を占め,うち約30%は医療提供者の過失責任とされています.100人のうち4人が障害に遭い,そのうち1人は医療上での過誤によるものとされているのです3,6)

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編集後記

著者: 冨永悌二

ページ範囲:P.862 - P.862

 本誌には総説1編の他,2編の研究,5編の症例報告が掲載されています.いずれもが力作であり筆者の先生方に御礼申し上げます.

 特に症例報告の「頸動脈ステント留置術後遅発性に生じたコレステロールクリスタル塞栓症の1例」は故あって大変感慨深く読ませていただきました.われわれも以前cholesterol crystal embolism(CCE)を経験しました.その症例は,アメリカ駐在中に軽い脳幹梗塞を発症し帰国後われわれの病院に治療のため入院,偶然無症候性高度頸動脈狭窄が発見され,われわれはそれに対してCEAを予定しました.脳血管撮影後,心臓のカテーテル検査を施行,その後腎機能が急速に悪化したため転院にて腎不全の治療につとめました.いったん自宅退院できたものの,最終的に心筋梗塞にて急逝されました.患者さんはわれわれの医局員のお父様であり,息子の勤務先を頼っての治療でありましたが,血管撮影を契機に結局不幸な転帰をとられました.当時われわれにはCCEの知識がなく,どうして急激な腎機能の悪化を来したのかすぐには理解できませんでした.かつて,その医局員との個人的な交友から,故人との黒鯛釣り等の思い出話を聞いていたこともあって慙愧の念に耐えず,今でもCCEという疾患にふれるたびに粛然とした思いがします.この報告の症例は幸い軽症ですみましたが,筆者らが述べているとおり,早期診断のためにまずこの疾患を疑うことが大切であり,読者がこの疾患を知って一人でも多くの患者さんがCCEから救われることを期待したいと思います.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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