最近の研究で,前頭前野の成長が完成するまでには20年を要することが判明してきた.10代後半の若者が,しばしば衝動的行動に走りがちなのは,まだ前頭前野が十分に発達していないことに原因があるという.
前頭前野(prefrontal cortex)は,解剖学的には運動野より前方の前頭葉を指し,眼窩面なども含まれるが,実際に状況の判断や将来を予見しての行動などの高度な精神的機能には眼窩面は含まれず,ブロードマン第10野より上方の前頭葉新皮質が関与していると思われる.
雑誌目次
Neurological Surgery 脳神経外科35巻9号
2007年09月発行
雑誌目次
扉
脳神経外科医と前頭前野
著者: 清水弘之
ページ範囲:P.865 - P.866
総説
Fiber tractographyと脳神経外科手術
著者: 橋本直哉 , 吉峰俊樹
ページ範囲:P.869 - P.879
Ⅰ.はじめに
MR拡散テンソルイメージング(magnetic resonance diffusion tensor imaging:DTI)が神経線維束の描出を目的として,近年研究目的だけでなく臨床の場面で応用されている.DTIは基本的に拡散強調画像(diffusion weighted imaging:DWI)の延長線上にあるが,DWIが水分子の「拡散能」の評価をもっぱらとするのと比較して,DTIは「拡散の異方性(an-isotropy)」を評価することが可能であり,このため白質における神経線維走行の方向性がより精密に決定できる.この概念が発表されたのは比較的新しく,1990年にMoseleyら39)が白質における髄鞘が存在するための拡散異方性を,「anisotropic water diffusion in cat brain」として発表した.その後,1994年にはBasserら9)が異方性を追跡(tracking)することの原理となるanisotropic water diffusion in image voxelについて記述した.
この稿で述べる神経線維のtractography(fiber tractography:FT)はDTIから得られた情報の表示方法のひとつであり,特定の機能的な神経線維束単位を描出するものである.これは,米国Johns Hopkins大学のMoriらにより確立され37),後に多くの研究者が発展させ32),現在も基礎,臨床を問わずに研究が行われている.特に,脳神経外科領域では活発に研究が行われ,日常診療への応用の報告も増加している.
従来から脳神経外科手術,特にeloquent領域の手術では,術前にfunctional MRI,magneto-encephalography(functional MEG)や,positron emission tomography(PET)による皮質機能領域の検討を行い,ナビゲーションシステムや電気生理学的モニタリング,最近では5-aminolebulinic acid(5-ALA)によるchemical navigationなどのマルチモダリティーを駆使して,神経脱落症状を回避しつつ外科手術の成績向上が目指されてきた.しかし,これらの手法は脳機能の把握という点では皮質機能にとどまり,白質の機能的神経線維束の情報を得ることは困難であった.これらの白質情報は近傍の手術を行う上で極めて重要であることは言うまでもない.われわれは,脳神経外科手術にマルチモダリティーの一環としてFTを活用できないかを検討し,その有用性や問題点について報告してきた16,24).臨床での使用に際しては,あくまでMRI情報をもとに,計算しつくして作り上げられた画像にすぎず,in vivoでの検証は不十分であることを強調した.このことは現在でも変わっておらず,昨今のFTの汎用には少し警鐘を鳴らす必要があるかもしれない.
この稿では,脳神経外科診療,手術に応用する上で必要なDTI-FTの基本的原理,方法を解説し,脳神経外科手術への応用の現状について述べる.これまでに明らかになったFTの有用性やピットフォールについて考察し,電気生理学的モニタリングによるFTのvalidationや神経科学に寄与する面について,今後の展望を含めて解説する.
研究
前交通動脈瘤手術におけるhypothalamic artery温存のための検討
著者: 斎藤隆史 , 倉島昭彦 , 山下慎也 , 本間順平 , 西川太郎 , 棗田学
ページ範囲:P.881 - P.885
Ⅰ.はじめに
前交通動脈瘤に対するクリッピング手術の合併症として,記銘力障害,見当識障害,精神症状の出現などの高次脳機能障害や電解質異常などが知られているが1,5,7,10),これら術後合併症は前交通動脈穿通枝,いわゆるhypothalamic arteryの血流障害によるものと考えられている1,7,10).したがって,前交通動脈瘤のクリッピング手術に際しhypothalamic arteryの温存は極めて重要である.今回われわれは,前交通動脈瘤に対しanterior interhemispheric approachによるクリッピング手術を行い2,3),hypothalamic arteryと脳動脈瘤との関係を検索したので報告する.
頭蓋咽頭腫の治療と長期予後の検討―56症例の分析結果
著者: 田中雄一郎 , 竹前紀樹 , 小林茂昭 , 酒井圭一 , 宮原孝寛 , 石坂繁寿 , 児玉邦彦 , 小林辰也 , 市川陽三 , 堤圭治 , 本郷一博
ページ範囲:P.887 - P.893
Ⅰ.はじめに
頭蓋咽頭腫では,内分泌機能や視機能,また認知能などがさまざまな程度に障害される.それらは治療前より既に障害されていることもあり,治療の過程や再発でも新たに障害されうる.一方,発生部位が第3脳室や下垂体柄,またトルコ鞍内と一定でないため,手術到達路も経蝶形骨洞,経シルビウス裂,経終板や経脳梁と多様である.摘出が完全であれば治癒するが,不完全であると再発し再度の摘出や放射線治療が少なからず必要となる2,6,8,10,12).このように頭蓋咽頭腫は個々の症例により症候や治療法が一定せず,再発による修飾も加わり,治療効果の評価は必ずしも容易ではない.また長期治療成績に関して欧米からの文献報告は多数あるが,本邦からの報告は稀少である.本研究では,治療後の生存率とQOL改善を目的にわれわれの施設で行われた治療法を総括し,各種治療法の是非と機能予後を左右する因子を分析した.
症例
斜台部に発生したfibrous dysplasiaの1例
著者: 照井慶太 , 越道慎一郎 , 中尾直之 , 上松右二 , 板倉徹
ページ範囲:P.895 - P.899
Ⅰ.はじめに
Fibrous dysplasiaは骨が部分的に破壊,または硬化性骨形成により障害をうける疾患で1,10),主として全身の骨格骨,特に長管骨,肋骨および頭蓋骨に発生する.一方,最近では,CT,MRIの精度の向上と普及により,無症候もしくは軽度の症状であっても,偶発的に斜台部の腫瘍が発見されるようになった.しかし,斜台部 のfibrous dysplasia は過去の報告が少なく2,10),十分に認識されていない.今回われわれは,斜台部に発生したfibrous dysplasiaの1例を経験したので,その画像上の特徴を文献的考察を加えて報告する.
乳癌からの腫瘍組織内転移を伴った頭蓋内髄膜腫の1例
著者: 宮城尚久 , 原真也 , 寺崎瑞彦 , 折戸公彦 , 山下伸 , 広畑優 , 徳富孝志 , 重森稔
ページ範囲:P.901 - P.905
Ⅰ.はじめに
今回われわれは,乳癌からの腫瘍組織内転移を来した稀な頭蓋内髄膜腫の1例を経験した.その臨床像や病態を中心に,文献的考察を加え報告する.
Rheolytic catheterとballoonを用いた機械的血栓破砕術が有用であった重症脳静脈洞血栓症の1例
著者: 中澤和智 , 藤本基秋 , 安藤充重 , 橋本信夫
ページ範囲:P.907 - P.912
Ⅰ.はじめに
脳静脈洞血栓症は全脳卒中のうち1%以下の比較的稀な疾患である.また,特徴的な症状がない場合が多く,しばしば診断治療に難渋することがある9).未分画または低分子ヘパリンの全身投与とそれに引き続き3~6カ月の経口抗凝固薬投与が標準的治療になっているが8,16),重症例の予後は極めて不良でありその対策には未だ議論が尽きない6).近年,脳神経血管内治療の応用により局所線溶療法3,12,15)や機械的血栓破砕療法1,2,5,7,8,13,14,18)が適用され,重症例においても比較的良好な結果が報告されるようになってきた4).しかし,大きな脳内出血が合併している場合にはurokinaseやtissue plasminogen activator(t-PA)などの線溶剤使用による出血性合併症はしばしば致命的となる11,18,19).われわれは,増大する脳内出血を伴った重症硬膜静脈洞血栓症にrheolytic catheterという水圧でベンチュリー効果を発生させ,陰圧を誘導し血管壁に損傷を来すことなく血栓を破砕除去するカテーテルとpercutaneous transluminal angioplasty(PTA)balloonによる機械的血栓破砕術を行い,経過が良好であった1例を経験したので報告する.
5-aminolevulinic acidによる術中蛍光診断が有用であった肝細胞癌頭蓋骨転移の1例
著者: 諸藤陽一 , 松尾孝之 , 豊田啓介 , 竹下朝規 , 廣瀬誠 , 平尾朋仁 , 林之茂 , 堤圭介 , 安倍邦子 , 永田泉
ページ範囲:P.913 - P.918
Ⅰ.はじめに
5-aminolevulinic acid(5-ALA)を使用した蛍光診断photodynamic diagnosis(PDD)は,近年急速に普及し重要な術中支援装置の一つとなっている.脳神経外科領域においても悪性神経膠腫に対するPDDはその簡便性と有用性から多くの施設で使用されている2,7,8).しかし,頭蓋骨腫瘍に対する5-ALAを使用したPDDについてはいまだに報告されていない.今回われわれは,転移性頭蓋骨腫瘍において5-ALAを使用したPDDを行い,腫瘍浸潤部の同定に非常に有用であったため報告する.
アメーバ脳膿瘍の1例
著者: 森下暁二 , 山本浩隆 , 相原英夫
ページ範囲:P.919 - P.925
Ⅰ.はじめに
アメーバ感染症は,原虫である赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)を経口摂取することで発症する法定感染症である.症状は大腸炎を主体とし,重症例では肝臓,肺などの腸管外病変を示すことがあるが27),アメーバ脳膿瘍の報告は稀である.今回われわれの施設にて手術を行い軽快したアメーバ脳膿瘍の1例を経験したので報告する.
異なる臨床病理像をもつ多発性髄膜腫の1例
著者: 大下純平 , 曽我部貴士 , 前田仁史 , 佐藤斉 , 杉山一彦 , 栗栖薫
ページ範囲:P.929 - P.934
Ⅰ.はじめに
多発性髄膜腫は1938年にCushingとEisenhardtによって詳細に報告され8),CTやMRIなど画像技術の発達によりその発見の割合は増加している15,21).多発性髄膜腫は画像上,大きさの異なる髄膜腫が両側大脳半球の円蓋部に存在することが多い13).一方,髄膜腫は他の脳実質内の腫瘍にくらべ浮腫を生じる頻度は少ないといわれている1,6).今回われわれは,画像上ほぼ同じ大きさにもかかわらず,1病変のみが腫瘍周囲の著明な脳浮腫を伴っていた多発性髄膜腫の1症例を経験した.本症例に対し両側病変の摘出術を行い,病理学的検討を行ったところ,組織型や免疫染色所見など興味深い所見を認めたので,若干の文献的考察を加えて報告する.
コラム:医事法の扉
第17回 「業務上過失致死傷罪」
著者: 福永篤志 , 河瀬斌
ページ範囲:P.927 - P.927
医療行為は,「正当な業務による行為」の1つですから,たとえ患者の身体を傷つけても,原則として,罰せられません(刑法35条).しかし,医師の過失により患者の身体,生命を損傷・損失させてしまった場合には,「業務上過失致死傷罪」(211条1項)の適用が問題になります.
同条項は,「業務上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する.重大な過失により人を死傷させた者も,同様とする.」と規定し,非業務者の場合には「50万円以下の罰金」(210条,過失致死罪)と罪が軽いのに比べ,業務者は,より重く処罰されてしまいます.
連載 脳神経外科における再生医療―臨床応用にむけて(6)
ヒトES細胞移植によるパーキンソン病治療法の開発
著者: 髙橋淳
ページ範囲:P.935 - P.943
Ⅰ.はじめに
ES(embryonic stem)細胞はin vitroでの病態解明や創薬の分野において有用であるが,細胞移植のドナーとしても期待されている.神経難病に対する細胞移植治療として,特にパーキンソン病に対する胎児細胞移植が行われてきた.パーキンソン病は黒質から線条体に投射するドーパミン産生ニューロンの脱落により無動,固縮や振戦が起こる病気である.1980年代以来,すでに数百例の胎児中脳黒質細胞移植が行われその有効性が報告されてきた.近年,二重盲検臨床治験の結果が報告され,少なくとも60歳以下の軽・中症例には効果があることが明らかとなった6,13).しかし,15%から約半数の症例で移植後にジスキネジアがみられ,これはL―ドーパの投与を中止しても治まらなかった(off-medication dyskinesia).この原因としては,細胞の量(多すぎた?)や質(ドーパミン産生ニューロン以外にGABA(gamma-aminobutyric acid)産生ニューロンやアセチルコリン産生ニューロンなどが多く含まれている?),不均一性(線状体の中でドーパミン濃度が不均一になった)などの問題が考えられているが,詳細は不明である.また胎児1体分と4体分の細胞移植の比較では,後者でしか優位な行動改善が得られなかった.このことは,移植を成功させるにはある程度の量を移植する必要があることを示している.これらの結果から,患者の選択も含めて胎児細胞移植の方法はまだまだ検討しなければならない点が多々あると考えられる.また,胎児細胞を移植に使うには供給面,倫理面の問題があり,この治療法は広く普及するには至っていない.そこで注目されているのが培養によって増やすことのできる幹細胞の利用である.幹細胞は自己増殖可能なので胎児細胞などと違って培養によって大量かつ比較的均一な細胞を得ることができ,凍結保存も可能である.そして,分化をコントロールすることができれば理論的にはその疾患に必要な神経細胞を大量に得ることができることになる.候補として考えられている幹細胞は,胎児や成体脳から分離した神経幹細胞,ES細胞,間葉系幹細胞などであるが,それぞれが長所短所を持っている.本稿では,高い増殖能と多分化能をもち,細胞移植のドナーとして潜在能力は高いが,初期胚由来であるという倫理的問題も指摘されているES細胞について述べる.基本戦略は,まずES細胞からニューロンやグリア細胞(特に対象疾患治療に必要な細胞)を誘導し,それを移植して脳内で機能させるということである(Fig. 1).
報告記
LINNC Paris 2007報告記(2007年7月2~4日)
著者: 堀智勝
ページ範囲:P.944 - P.945
LINNCとは“Live Interventional Neuroradiology Neurosurgery Course”のことである.このたび私は第66回の脳神経外科総会において日本のエキスパート4人によるライブ手術デモンストレーションを企画しているので,よい機会であると思い,私が留学したパリで開かれるということもあり,知らせが来たとたんこのLINNCに申し込んでしまった.
さて,Paris Louvreで開かれた第1回の血管内治療と脳神経外科のlive surgeryをデモするこの会はMoret教授(Roth child Paris)とHelsinki大学脳神経外科Hernesniemi教授(Finland)が共同開催した形となっているが,実際はMoret教授の独り舞台のような学会であった.日本からも多数の血管内治療の専門の先生が参加していた.会としては非常に盛り上がったもので,私のような血管内治療の門外漢にとっても非常にためになる学会であった.パリコレクションでモデルたちが歩くギャラリーを,まるでモデルのようなMoret教授が,時に4面のビデオモニターを同時に見つつたくみに症例と手技を解説しながら,動脈瘤遺伝子や,rheology,クリッピング術などのトピックスとSpetzler教授を中心としたゲストの講演をうまく混ぜ,その一方で血管内治療手技を,わざわざ困難な症例を選んで,とことんまでこだわった治療をライブで見せ,ヘルシンキではマイクロ手術をH教授が見せ,双方が同時進行で,午前・午後と3例ずつライブデモするという息もつかせぬ早業でのプロフェッショナルの技を堪能させていただいた.
海外留学記
カリフォルニア州スタンフォード大学留学記
著者: 遠藤英徳
ページ範囲:P.947 - P.949
Ⅰ.はじめに
2004年6月から2006年8月までの約2年間に渡り,カリフォルニア州スタンフォード大学脳神経外科・Pak H Chan教授の研究室に留学させていただきました.スタンフォード大学は全米屈指の名門私立大学として知られ,サンフランシスコから南に約37マイル,シリコンバレーの中心に位置しています.サンフランシスコは霧の町として知られますが,ちょうど中間に位置するサンフランシスコ国際空港を境に天気が一変します.スタンフォードでは夏にはほとんど雨が降らずに眩いばかりの晴天が続き,冬の1月から3月にかけて多少雨が降る程度です.全米一広いキャンパスの中心にはヨーロッパ調の美しい教会がシンボルとして存在し,いつも観光客で賑わっています.
文献抄録
Cortical spreading depression causes and coincides with tissue hypoxia. フリーアクセス
著者: 菊田健一郎
ページ範囲:P.951 - P.951
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編集後記 フリーアクセス
著者: 岩㟢喜信
ページ範囲:P.958 - P.958
今夏は,地球温暖化によると思われる異常気象や環境の変化,時期はずれの大雨,台風,さらには中越沖地震などの自然災害が次々と発生している.一方,食生活においても,農薬づけ,禁止されている抗生剤の投与,不当表示の食材等が次から次へと摘発されている.
今日,さまざまな不安が周囲をとりまき,何となくイライラしている.今後もますますこの世の中が悪化するのではと,悲観的になってしまう.
基本情報

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