icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科36巻11号

2008年11月発行

雑誌目次

茶道と脳神経外科手術

著者: 難波宏樹

ページ範囲:P.945 - P.946

 浜松医科大学に赴任して間もなくこの「扉」に寄稿させていただいたが,この度8年ぶりに再度寄稿する機会をいただいた.この8年間の医療界の移り変わりには驚かされるばかりであるが,新臨床研修制度や医師不足,それに伴う地域医療の崩壊については皆様がさまざまな視点から議論され,いろいろなアイデアがこの「扉」の中でも紹介されてきた.今回,そのような現実の世界からは少し離れ,表題のような「随筆」を書かせていただこうと思う.

 茶道の稽古を始めてから17年ほどになる.浜松に来てからは,余裕がなくあまり炉に向かう機会がないのが残念である.30代も後半になり,仕事や人生について漠然とした迷いがあったころ,妙に日本的なものに惹かれ,なんとなく始めたのが発端であった.最初はただひたすら理由もわからず覚えることが多く,何度もくじけそうになった.やがてひとつひとつの所作の意味が少しずつ感じられるようになると,「もっと知りたい,もっとできるようになりたい」という気持ちになり,一時はかなり「はまって」いた.たとえば,手術中になんとなくガーゼを茶巾のようにたたんでみたり….私が師事していた師範は,ただ単に点前を教えるのみでなく,稽古の一環として弟子たちが亭主と客の役をする茶会を1年に何回か開く,実践を重視する先生であった.初釜,夏の朝茶,炉開き,晩秋の夜咄など季節を感じるのも茶会の楽しみであった.

総説

スポーツによる頭部外傷

著者: 荻野雅宏 ,   金彪

ページ範囲:P.949 - P.959

Ⅰ.はじめに

 近年,スポーツによる頭部外傷が注目を集めている.PubMedでsportsとhead injuryをキーワードに文献の検索を行うと,年々そのヒット数が増加している(Table 1).

 時を経ても頭部外傷の本質が変わるわけではないが,現場におけるマネージメントの指針には大きな変化がみられる.筆者らは数年前にも本領域をレビューする機会を得たが63),その内容はすでに一部が陳旧化し,updateが必要である.本稿では,わが国のスポーツ現場における頭部外傷の現状を紹介するとともに,問い合わせを受けることの多い軽症頭部外傷(脳振盪)の診断と外傷後の復帰について概説する.

本態性三叉神経痛に対するガンマナイフ治療

著者: 林基弘 ,   田村徳子 ,   堀智勝

ページ範囲:P.961 - P.976

Ⅰ.はじめに

 三叉神経痛は人間における3大疼痛の1つとして知られ,発作的な激烈痛である.これに対し特効薬として処方されるカルバマゼピン(CBZ)は,初期症例にクリアカットに奏効するも徐々に無効となり,増量されても最終的にはまったく効かぬようになってしまうことも少なくない.高齢初発例が多いことから,全身麻酔下での手術を選べずに耐え難い痛みに日々悩まされている患者は実際に多い.だからと言って,定位放射線手術(ガンマナイフ)をすぐにfirst choiceとして行うのも,われわれは決して安易に勧めない.高線量一括照射による放射線障害,つまり三叉神経知覚障害や障害性疼痛にまで発展してしまい,かえって訴えが強くなる症例が少なからず存在しているからだ.また,これを嫌えば線量設定を低くせざるを得ず,再発率が確実に高くなってしまう.単に外科手術との治療効果の比較ではなく,ガンマナイフそのものは“最後の砦”として使うべき治療と考えている.つまり,内科的治療においても外科的治療においても,これ以上有効かつ安全に行える治療が見当たらない,いわゆる「難治性本態性三叉神経痛」に対してのみ,ガンマナイフが適応となる.

 本稿では,本態性三叉神経痛そのものの概念,病態と薬物動態に準拠したbest prescriptionに関して解説する.その上で,「難治性本態性三叉神経痛」に対するinclusion/exclusionを再認識していただき,本疾患に対するガンマナイフ治療法について東京女子医科大学および関連施設における300症例の経験を基に,文献および各関連学会において最近検討されている事案も含めて最大限詳細に解説していく.

解剖を中心とした脳神経手術手技

難治性てんかんに対する迷走神経刺激療法―刺激装置の埋込術

著者: 川合謙介

ページ範囲:P.979 - P.989

Ⅰ.はじめに

 迷走神経刺激療法(vagus nerve stimulation:VNS)は,難治性てんかんに対する低侵襲な緩和的治療である.開頭による根治的手術の適応とならない患者,すなわち難治性の全般てんかんや,両側多焦点を有する局在関連てんかんなどが適応となる.また,開頭手術後に遺残した薬剤抵抗性発作にも有効である.欧州では1994年に,米国では1997年に承認され,既に確立された治療として広く行われているが,日本では長らく未承認の状態が続いてきた.しかし,本年になって,厚生労働省の「医療ニーズの高い医療機器等の早期導入に関する検討会」は,日本てんかん外科学会(2007年,森岡隆人会長)が申請した迷走神経刺激装置を対象品目として選定した.現在,承認へ向けた検討作業が急速に進められており,先進国中唯一VNSを施行できなかったわが国の状況が一気に転換する可能性が高くなってきた.

 迷走神経刺激装置の埋込を受けた患者は海外諸国で4万人を超え,米国での年間新規埋込数は約5千件と言われている.米国では,てんかん外科医に限らず,頸動脈内膜剝離術(carotid endarterectomy:CEA)の経験がある脳神経外科医であれば,ルーチンにこなす手術の1つになっているという(私信:虎の門病院,中冨浩文医師).実際,刺激装置埋込の手術手技は,脳神経外科手術手技としては比較的容易なものであり,承認後の日本にも同じような状況が訪れるかもしれない.しかし,手術の対象となる迷走神経の特性上,不適切な手術手技は生命の危険を含めた重篤な合併症につながる危険性を秘めている.手術解剖の十分な理解と安全確実な手技の習得が要求されるところであり,特に不整脈については,迷走神経心臟枝の解剖や電極装着の高さなどについて十分な理解が必要である.

 本稿ではそのような点を踏まえて,VNSに用いる刺激装置埋込術について解説する.VNSの有効性や合併症の詳細な解説や,抗てんかん作用の発現機構については他の総説などを参照されたい5,16,17)

研究

頸動脈狭窄部位血管壁の新生血管による血液灌流―3次元real timeプラーク内灌流の観察

著者: 中岡勤 ,   荘司英彦 ,   田部田英之 ,   池嶋弘晃 ,   内田玉男 ,   伊藤建次郎

ページ範囲:P.991 - P.1000

Ⅰ.はじめに

 脳梗塞の2~3割は,頸動脈病変が原因と考えられている.しかし,その原因である血管壁のプラーク性状についての評価は十分になされていない.血管壁はミリ単位という微細な領域であることやプラーク内組織の多様性(新生血管,壁内出血,脂質成分,石灰化,線維化)などから,今まで信頼性のある臨床的評価を下せる検査法がなかったことに原因がある.今後,臨床的にはプラークの評価が可能な検査法が必須で,そのような検査法を通じてプラーク病変の進展機序や病態が解明され,脳虚血発作の予防や手術リスク軽減に寄与していくものと思われる1,7)

 今回は,超音波検査のmodalityの1つであるharmonic imaging法(以後HI法)の下で超音波造影剤を使用し,病理学的に観察されるプラーク内新生血管(以後NV)による血液灌流について検討し,さらには3次元的real timeプラーク内血液灌流所見も提示することで,若干の文献考察を加え報告する.

悪性リンパ腫におけるfluorescein術中蛍光診断の有用性

著者: 奥田武司 ,   片岡和夫 ,   加藤天美

ページ範囲:P.1001 - P.1004

Ⅰ.はじめに

 中枢神経系原発悪性リンパ腫に対する治療は,大量のmethotrexate(MTX)を含む治療プロトコールが長期生存の最重要因子とされる2).現時点ではこの大量MTX療法とその後の放射線治療が標準治療とされ,この治療方針より生存期間中央値は42.5カ月と報告されている3,8).一方,外科治療においては摘出術の有効性は認められず,予後不良因子ともされ,組織診断を目的とした生検術が推奨されている1,6).手術術式として定位的生検術やニューロナビゲーション,神経内視鏡を利用した生検術も行われているが,生検術における最も重要な因子は安全性と確実性にある.われわれはこの安全性と確実性をより向上させるため,術中にfluorescein Na(FNa)を使用しており,本法について報告する.

テクニカル・ノート

パルスレーザージェットメス―神経膠腫手術への臨床応用

著者: 中川敦寛 ,   隈部俊宏 ,   金森政之 ,   斎藤竜太 ,   平野孝幸 ,   高山和喜 ,   冨永悌二

ページ範囲:P.1005 - P.1010

Ⅰ.はじめに

 液体(水)ジェットメスは水流により組織を線状に切開,もしくは体積をもつ塊として破砕するデバイスである.最大の特徴は熱損傷がない点と高い組織選択性をもち細血管(200μm程度)温存下に組織切開・破砕が可能である点である21,26).こうした特性は早くから注目され,25年以上前から腹部外科を中心に臨床応用されてきた21).特に,脳と同様に細血管からの出血や胆管損傷の処置に難渋する肝切除術では,既存の手術デバイス(超音波手術装置)と比較して手術時間短縮と出血量減少効果が報告されている7).その一方,従来の液体ジェットメスでは術野外に飛沫が飛散することによる播種や医療従事者への感染の危険性,術野内での気泡発生や水分貯留による視野悪化,微調整や小型化が困難といった問題から顕微鏡手術機器としては普及していないのが実情である.

 工学的には,前述の問題点は高圧連続流の利用が少なからず関与しているものと考えられる2).パルスレーザージェットメスは,holmium:yttrium-aluminum-garnet(以下Ho:YAG,ホルミウムヤグ)レーザーを駆動源として,実効水量が極めて微量の高速液体ジェットをパルス状に発生させ組織の切開・破砕を行うデバイスである.これまでの基礎実験では,効果ならびに安全性に関して従来の液体ジェットメスと同等以上であることを報告してきた3-6,10,13-15,20,24).2007年3月に東北大学病院倫理委員会の承認を得て同年5月から臨床応用を開始し,これまでテント上神経膠腫4例において使用した経験を報告する.

症例

診断が困難であったノカルジア脳膿瘍の1例

著者: 和久井大輔 ,   伊藤英道 ,   池田律子 ,   吉田泰之 ,   古屋優 ,   田中克之 ,   橋本卓雄

ページ範囲:P.1011 - P.1016

Ⅰ.緒言

 ノカルジア脳膿瘍はノカルジア感染症の25~40%を占め,全脳膿瘍の1~2%を占めるとされている9).近年日和見感染症として増加傾向にあるが14),ステロイド・免疫抑制剤内服,悪性腫瘍末期,糖尿病などの日和見感染症としてではなく,基礎疾患を有さない症例が25~50%を占めるとも報告されている8,9).感染経路としては,約70%が肺より血行性に転移するといわれているが,中枢神経原発例も5~8%に報告されている15)

 一般に脳膿瘍のMRI所見はring-enhanced areaとして描出され,悪性脳腫瘍との鑑別が問題となる.拡散強調画像において腫瘤内容が均一な高吸収域を示すこと,proton MR spectroscopy(MRS)所見はlactate,acetate,alaninなどのピークが特徴とされ,術前鑑別診断の手助けとなっている3,7,12)

 このような所見から脳膿瘍の鑑別診断は可能であるが,ノカルジアが起因菌である脳膿瘍のMRS所見に関しては症例数も少なく特徴的な所見に関する報告も散見される程度である.

 今回われわれは,lactate,acetate,alaninなどのピークが認められないという特徴的なMRS所見を呈し,転移性脳腫瘍や膠芽腫との鑑別に苦慮した中枢神経原発と思われるノカルジア脳膿瘍の1例を経験した.遺伝子解析にて16S rRNA遺伝子の塩基配列が100%一致したためN. asiaticaを起因菌として同定した.N. asiaticaによる脳膿瘍は渉猟し得た範囲では本邦で初の症例となる.

 本症例から画像診断上の鑑別点を,特にノカルジアと他の起因菌との代謝過程の違いをもとに考察し報告する.

脳動脈瘤塞栓術中に瘤内血栓化を起こした1例

著者: 目黒俊成 ,   田邉智之 ,   村岡賢一郎 ,   寺田欣矢 ,   廣常信之 ,   西野繁樹 ,   浅野拓

ページ範囲:P.1017 - P.1022

Ⅰ.はじめに

 脳動脈瘤のコイル塞栓術中に血栓塞栓合併症を起こすことはときに経験されるが1,2,3,7),治療手技中の脳動脈瘤内に限局した血栓化を観察することは稀である.今回われわれは,脳動脈瘤コイル塞栓術中に瘤内血栓化を起こして脳動脈瘤の大きさが変化したために塞栓に難渋した症例を経験した.本症例を提示するとともに,脳動脈瘤塞栓術中に瘤内血栓化を起こした場合や血栓塞栓合併症を起こした場合の対処方法について考察を加えたので報告する.

右後頭側頭葉の腫瘍摘出後に一過性の相貌失認を呈した1例

著者: 井上悟志 ,   近藤威 ,   西原賢在 ,   細田弘吉 ,   甲村英二

ページ範囲:P.1023 - P.1027

Ⅰ.はじめに

 相貌失認は,物体の認識は障害されていないが,顔に関する認知の障害が前面に出る症候である.文字や風景,物体の認知は何ら問題なく,有名人や家族友人など,よく知っている人の顔を見ても同定することができない.1947年にBodamer 1)により,相貌と表情に失認が強い頭部外傷の症例において初めて報告された.責任病巣は両側あるいは一側の後頭側頭葉内側と考えられている.その後,臨床症状の特徴についての理解が深まり,画像診断技術が飛躍的に発展したこともあり,近年では,発達期にみられる相貌失認,進行性相貌失認,一過性(可逆性)相貌失認等,さまざまなパターンの相貌失認が報告されるようになったが,脳神経外科手術後の合併症として認識されることは少なく,報告も稀である.今回われわれは,右後頭葉の転移性脳腫瘍の術後,典型的な相貌失認を呈し1カ月の経過で症状が消失した症例を経験したので,その発生機序について文献的考察を加えて報告する.

カテコラミン分泌型頸静脈孔部グロームス腫瘍の1例―治療戦略と周術期管理について

著者: 茂木洋晃 ,   寺坂俊介 ,   山口秀 ,   小林浩之 ,   浅岡克行 ,   岩﨑喜信

ページ範囲:P.1029 - P.1034

Ⅰ.はじめに

 グロームス腫瘍は全身の傍神経節から発生する良性腫瘍である.頸静脈孔部グロームス腫瘍は脳神経外科医が治療する代表的部位であるが,手術治療には下位脳神経を含めた複数の脳神経障害や頸動脈損傷を惹起する可能性がある.さまざまな頭蓋底到達法を用いたとしても全摘出は必ずしも容易ではない1,2,7,14,19,23).またグロームス腫瘍には,数%にカテコラミン分泌を認め,褐色細胞腫と同様の臨床症状を呈するものがある.これらに外科治療を行う場合には循環血漿量の減少状態や術中のカテコラミン過剰分泌は大きな問題で,術後の低血圧や低血糖にも適切に対処しなければならない9, 21)

 今回われわれは,カテコラミン分泌型頸静脈孔部グロームス腫瘍の1例を経験し,良好な治療経過を得た.本腫瘍は頸静脈孔部グロームス腫瘍とカテコラミン分泌腫瘍の両方の特徴を有しており適切な治療戦略と周術期管理が必要である.文献的考察を加えわれわれの本腫瘍に対する治療戦略と周術期管理を報告する.

術後に自然退縮したdesmoplastic infantile astrocytomaの1例

著者: 辻敬一 ,   中洲敏 ,   辻篤司 ,   深見忠輝 ,   野崎和彦

ページ範囲:P.1035 - P.1039

Ⅰ.はじめに

 Desmoplastic infantile astrocytoma(DIA)およびdesmoplastic infantile gaglioglioma(DIG)は,1984年にTaratutoら17)によって最初に報告された乳幼児期に発生する腫瘍である.前者では膠細胞と間葉系の二相性組織像,後者ではそれに加えて神経細胞への分化をもつ稀な腫瘍である.両者は臨床像,予後に差がないため同様に扱われている.発症年齢は大多数が2歳以下であり,ほとんどの例で大きな囊胞を伴っており,実質部が硬膜に付着する特徴的な形態を示すため,術前診断も困難ではない.

 一般的には外科的に全摘出できれば後療法なしで良好な予後が得られる.しかし実際には播種を来して死亡に至る症例4,8,16)から稀に自然退縮を示す例まで10,14,15),さまざまな経過を辿り,これらの間での腫瘍の病理組織学的な差は明らかにされていない.今回われわれは,術後自然退縮を示したDIAの1例を経験したので病理組織所見とともに報告する.

連載 続・英語のツボ

(2)脳科学に基づいた講演の方法―国際学会での発表を成功させるために

著者: 大坪宏

ページ範囲:P.1041 - P.1048

はじめに

 今回は,2008年5月29日に第50回日本小児神経学会総会で講演した「脳科学に基づいた講演の方法―国際学会での発表を成功させるために」を文章に起こしてみました.この講演は,大会長の東京女子医科大学小児科 大澤真木子教授より,日本人が国際学会に出席して英語で発表する際に,いかに失敗せずに発表ができるかを教えてほしいとの依頼があり行ったものです.ただし,英語での発表を失敗させないためというよりは,もっとポジティブに,“国際学会での発表を成功させるために”というタイトルにしてみました.

 現在は世界共通語が英語となっているため,国際学会での発表,イコール英語での学会発表になるわけです.そこで,母語である日本語ではなく,第二言語である英語での発表をいかに成功させるか,そのポイントを考えてゆきます.

海外留学記

Ludwig Institute for Cancer Research, San Diego

著者: 武笠晃丈

ページ範囲:P.1050 - P.1052

 留学から帰国して,この原稿を執筆している7月で早1年を過ぎようとし,今ゆっくりと当時を振り返ってみると,自分の興味のある仕事に純粋に集中でき,また,現在の大学病院での日常とはあらゆる面でかけ離れた日々を過ごせたことなどから,自分にとって,また家族にとっても,かけがえのない時間だったと懐かしい思いになります.サンディエゴは当然のように未だに地球上の最も愛すべき場所のひとつであり,留学はまさに偶然がいたずらする人生における大きな出会いの1コマでした.行った国や地域,またそこで学ぶことによってその後に与える影響が多大であるにもかかわらず,留学してみなけらばわからない不確実なことだらけなのが憎いところです.

 ただ,自分にとってこの留学という出会いは,ある程度自然な流れでした.東京大学脳神経外科先代教授の桐野高明先生から,「留学したいなら大学院4年間をのんびり過ごすのでなく,早く切り上げるつもりで行きなさい」と言われていたこともあり,当時大学院2年生であり東京大学先端科学技術センターゲノムサイエンス部門(油谷浩幸教授)に所属し,マイクロアレイによる遺伝子発現プロファイル解析をテーマに選んでいた自分は,その研究を発展できる留学先を探していたものの決めあぐねておりました.そこに,医局の脳腫瘍グループの先輩であり,90年代初頭にLudwig Instituteに留学され大きな業績をあげていた西川 亮先生(現・埼玉医科大学国際医療センター脳・脊髄腫瘍科)と,当時同研究所に留学中であった成田善孝先生(現・国立がんセンター中央病院脳神経外科)から,ここに留学すればマイクロアレイの結果を発展できる分子生物学から細胞生物学,または動物モデルに到るような仕事ができるとの誘いを受け大きく心が動きました.そして当時,脳神経外科で実験を指導してくださっていた植木敬介先生(現・獨協医科大学病院脳神経外科)にも快く賛同していただき,Ludwig InstituteのSan Diego branchのdirectorでもあり研究室のボスでもあるWebster K. Cavenee博士からも,西川先生の紹介ならすぐにでもOKというお言葉があったため,この話がとんとん拍子にすすんで,大学院生のうちに留学が決まったわけです.同研究所には,西川先生,成田先生の他,医局から永根基雄先生(現・杏林大学脳神経外科),三島一彦先生(現・埼玉医科大学国際医療センター脳・脊髄腫瘍科)も先に留学しており,やはり高い評価を受けていたため,自分は立派な先輩方に引いていただいたレールの上をまっすぐ進むことができたという感じでした.

コラム:医事法の扉

第31回 「管理義務」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.1053 - P.1053

 脳神経外科領域の医療過誤訴訟では,しばしば管理義務違反の有無が争点になります1).特に,術後管理と検査中の管理で問題となります.具体的には,ラトケ囊胞術後にドルミカム®で鎮静していたところ,心肺停止状態で発見され死亡し,術後管理(監視)義務違反を問われた事例(神戸地裁平成15年6月12日判決),椎骨動脈解離性動脈瘤の破裂によるくも膜下出血患者が術後にベッドから転落して急性硬膜下血腫を負い,結局,重症肺炎で死亡し,管理義務違反を問われた事例(前橋地裁平成16年8月27日判決),ガンマナイフの前処置としてのMRI撮影時に呼吸停止となり死亡し,撮影時の医師による監視義務違反を問われた事例(名古屋地裁平成19年6月13日判決)などがあります.

 管理義務の法的根拠は,「委任の本旨に従い,善良な管理者の注意をもって,委任事務を処理する義務」(民法644条)という,いわゆる「善管注意義務」にあります.つまり,診療契約(準委任,656条)のもとでは,受任者たる医療者は,患者に不利益を生じさせないような高度な注意義務を負うこととなり,その1つが「管理義務」なのです.

文献抄録

Identification of A2B5+CD133-tumor-initiating cells in adult human gliomas

著者: 村垣善浩

ページ範囲:P.1055 - P.1055

Functional outcome after language mapping for glioma resection

著者: 村垣善浩

ページ範囲:P.1055 - P.1055

--------------------

編集後記

著者: 斉藤延人

ページ範囲:P.1062 - P.1062

 6月に閣議決定された「骨太の方針2008」では,医学部学生の定員を「早急に過去最大程度まで増員する」との方針が打ち出された.医学部の定員削減に取り組むとした1997年の閣議決定が転換されることになり,医師不足が深刻な地域や診療科の医師を確保することを目的として,全国の大学で医学部学生の定員増が検討されている.この対策が効果を及ぼし始めるのは,定員増後の学生たちが医学部を卒業し初期研修を終了する約10年先になると考えられるが,医師不足に歯止めがかかりそうだという意味では希望を与えてくれる対策である.一方で,地域や特定の診療科での医師不足は緊急の問題であり,即効性のある対策の必要性は依然として残され,また同時に将来的な医師過剰の危惧についても検討しておかなければならないと考えられる.いずれにしろ同時並行で現在と将来の問題点を見極め,構造改革も進めておかなければならないのだろう.

 さて,本号の扉では浜松医科大学の難波宏樹教授が「茶道と脳神経外科」と題した随筆を寄稿され,茶道の心と脳神経外科手術のそれとに多くの共通点があることを指摘されている.道を究めるとは,その物事に対する真剣度が凝集されていると言うことであろうか.両者とも厳かな中にも真剣に努めている情景が脳裏に浮かんできた.解剖を中心とした脳神経手術手技の欄では東京大学の川合謙介先生が「難治性てんかんに対する迷走神経刺激療法─刺激装置の埋込術─」を解説されている.医療機器として厚生労働省の認可が近いと考えられ,時機を得た内容である.総説では獨協医科大学の荻野雅宏先生らが「スポーツによる頭部外傷」を執筆されている.この分野の進歩は近年特に著しく,多くの文献を元に現時点でのup-to-dateな情報が記載されている.もう1つの総説は東京女子医科大学の林 基弘先生らが「本態性三叉神経痛に対するガンマナイフ治療」を執筆されている.ターゲットをREZ(root entry zone)とする方法とRGR(retro gasserian region)とする方法が紹介され,筆者らの治療成績も含め文献上の報告も検討されている.研究欄では保谷厚生病院の中岡 勤先生らが「頸動脈狭窄部位血管壁の新生血管による血液灌流─3次元real timeプラーク内灌流の観察─」と題し,超音波検査のharmonic imaging法により頸動脈狭窄病変のプラークの性状を評価する方法を報告されている.また,近畿大学の奥田武司先生らが「悪性リンパ腫におけるfluorescein術中蛍光診断の有用性」を報告されている.眼科領域での使用量の倍量を投与することにより,特殊なフィルターを使用することなく蛍光を観察することが可能で,そのカラー写真が印象深い.テクニカルノートの欄では東北大学の中川敦寛先生が「パルスレーザージェットメス─神経膠腫手術への臨床応用」を報告されている.東北大学で開発された脳神経外科手術用のデバイスで,これまでの使用経験を報告している.その他興味深い症例報告や連載記事で今号も充実した内容となっている.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?