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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科36巻4号

2008年04月発行

雑誌目次

医療難民

著者: 大畑建治

ページ範囲:P.289 - P.290

 頭蓋底部腫瘍の手術を長年行ってきましたが,最近特に気になる患者が増えています.それらは,低侵襲治療後のコントロール不良例と主治医喪失例に大別されます.それぞれが現在の医療事情を反映しており,さまざまなことを考えさせられます.これらの問題を通して,脳神経外科医の「外科医」としての心構えについて考えてみました.

 低侵襲治療後のコントロール不良例とは,定位的放射線手術(SRS)後や部分摘出後の腫瘍増大です.SRS後では次の3つのパターンに分けることができます.治療限界型:疾患の特徴のため避けられない再増大(例:髄膜腫など),論文盲信型:有効であるとの論文を信じてSRSを行ったが有効ではなかった(例:頭蓋咽頭腫など),非常識型:SRSの適応を正当化する理由が何らみつからない(例:大きい腫瘍),の3つです.論文盲信型には学問的に論議すべき症例も含まれますが,寛容の度を超えた症例も多くあります.視交叉後方部頭蓋咽頭腫に何度もガンマナイフや放射線治療が繰り返し行われた例,手術で切除する努力をせずに生検にとどまりSRSを行いコントロール不良になっている例,等です.これらの患者は膨大な資料を持って混雑した外来を受診されるわけです.次の一手(手術)がある患者はいいのですが,手術の適応すらなくなった例では,その悪い結果を本人・ご家族にどう伝えるか非常に悩み,言葉すら出ないこともあります.

総説

膠芽腫に対する中性子捕捉療法

著者: 山本哲哉 ,   中井啓 ,   松村明

ページ範囲:P.293 - P.302

Ⅰ.はじめに

 悪性神経膠腫に対する高線量の放射線治療は,標準的X線分割照射治療と比べ腫瘍本体(main tumor mass)に高い治療効果を期待できる一方で,浸潤域(infiltrating area)では浸潤腫瘍細胞に対する効果と正常組織障害が同時に起こってくることへの対策が必要である.これまでの報告では,線量集中性の高い定位照射を用いたboost法が最も一般的で,過分割照射法,強度変調法や陽子線を用いた治療法も試みられてきた.これらの臨床試験では,膠芽腫での生存期間が20カ月を超えるとする良好な結果も含まれるが4,12,13,26,34,35,45),小規模なcase seriesが多く,生存期間延長効果がないとする報告もあり32,38,50),十分な評価を得るには至っていない.

 1936年,Locherがアルファ線を利用した選択的な癌治療として,ホウ素の非放射性同位体(10B)と中性子の核反応の利用(中性子捕捉療法)を提唱してから70年余が経過した30).中性子を取り扱う技術的課題や原子炉施設の利便性から長い期間を要したが,近年になって実用的な中性子捕捉療法の治療シミュレーションが可能となり,従来の悪性新生物に対する放射線治療と同様,線量分布に基づいた臨床効果の判定ができるようになった.

 中性子捕捉療法は,治療に用いる中性子ビームの特殊性から,限られた研究用原子炉で行われているのが現状である.国内の臨床研究は日本原子力研究開発機構(JAEA,茨城県)のJRR-4において行われ,現在6大学の研究グループが参加している.JRR-4における中性子捕捉療法の治療件数は頭頸部癌への適応拡大を契機に年々増加してきており,2006年の治療件数は26例,うち半分の13例が膠芽腫をはじめとする悪性脳腫瘍となっている(Fig. 1).また海外でも,HFR(High Flux Reactor,オランダ),FiR-1(Finnish Research Reactor,フィンランド),SRR(Studsvik Research Reactor,チェコ),NRIR(Nuclear Research Institute of Rez,アルゼンチン)などの研究用原子炉を中心に臨床研究が行われている.

 中性子捕捉療法は,中性子を直接治療に用いるのではなく,ホウ素と中性子の核反応により2次的に得られたアルファ粒子線(および7Li粒子)を治療に用いる.腫瘍細胞選択的照射を行いうるユニークな高LET(linear energy transfer)粒子線治療として研究が続けられ,近年,汎用性が高く簡便に本治療を行うための小型加速器中性子源の開発も本格化しつつある.本稿では膠芽腫に対する中性子捕捉療法の現状について概説する.

神経血管圧迫症候群―特に神経血管減圧術の現況

著者: 松島俊夫 ,   峯田寿裕

ページ範囲:P.303 - P.313

Ⅰ.はじめに

 三叉神経痛や片側顔面痙攣に対する後頭蓋窩神経血管減圧術(microvascular decompression procedure:MVD)は,1970年代のJannettaらの報告に始まり21-23),本邦でも近藤ら28,29),福島13)や福井ら11,12)により普及された.その後改良も加えられ,現在では世界中に広く普及した比較的安全な手術法であり,良好な手術成績が報告されている.これらの疾患の多数例の病因が血管による脳神経への圧迫であることを経験的に証明したJannettaは,脳神経の拍動性血管圧迫により発病する疾患を神経血管圧迫症候群として提唱した22).三叉神経痛と片側顔面痙攣が有名であるが,他に,突発性めまい・耳鳴発作,舌咽神経痛,本態性高血圧症も,第8脳神経,第9脳神経,延髄を血管が圧迫し同様のメカニズムで生じると述べている.加齢とともに硬化を来し屈曲した血管が脳幹部近くで脳神経を圧迫すると,異常な神経回路ができ発病するという考えである.しかし現在では,三叉神経痛の原因としてくも膜炎などによる三叉神経の神経軸の歪みが起因する場合も多々あることがわかってきた.本稿では,これらの疾患群とその治療法,特に外科治療法,神経血管減圧術の各疾患ごとの現況について,われわれの考えと手術法を交え解説する.

研究

経頭蓋電気刺激による顔面神経運動誘発電位モニタリングの有用性

著者: 福多真史 ,   大石誠 ,   斉藤明彦 ,   高尾哲郎 ,   藤井幸彦

ページ範囲:P.315 - P.321

Ⅰ.はじめに

 頭蓋底手術において,顔面神経機能を温存すべき機会は比較的多い.近年,術中に顔面神経を直接電気刺激することによって誘発される顔面筋の複合活動電位(compound muscle action potential,以下CMAPと略す)を用いたモニタリングが普及し,顔面神経の機能予後を向上させている4,8,9).しかしCMAPモニタリングには,術中に顔面神経が同定できないと機能評価が不可能であるという欠点がある.

 最近,頭蓋底腫瘍摘出術の際に,経頭蓋電気刺激による顔面神経運動誘発電位(facial nerve motor evoked potential,以下FNMEPと略す)モニタリングを行い,特に大きな聴神経腫瘍摘出術のように,顔面神経が確認されない腫瘍摘出早期の段階においても顔面神経機能が評価可能であり,術後機能を予測する上で有用であったという論文が散見される1,3).われわれも,以前より頭蓋底手術の際に顔面神経のCMAPモニタリングを行ってきたが,2005年7月よりこのFNMEPモニタリングも同時に行い,術中の顔面神経機能評価および術後の機能予後について検討してきた.今回は,頭蓋底手術におけるFNMEPモニタリングの有用性と限界について考察した.

症例

急性脳腫脹のため直接吻合術を急遽間接吻合術に変更したもやもや病の3例

著者: 東保肇

ページ範囲:P.323 - P.327

Ⅰ.はじめに

 もやもや病の手術適応については,特に3歳未満では一般的に進行が速いため早期に手術が必要と考えられる.小学校中学年以降は一過性脳虚血発作(TIA:transient ishemic attac)が多く,脳虚血発作が起こり学校生活を含めた日常生活に支障を来す場合に,日常の活動制限をしないことを前提で外科的治療の適応があると考える.また,その間の年齢層は前者と後者の中間に位置しており,やはり日常生活に支障が生ずる場合に手術適応があると考えられる2)

 もやもや病の外科手術は直接吻合術と間接吻合術に大別される.今回,直接吻合術あるいは直接吻合術+間接吻合術を予定し開頭したが,硬膜切開時,著明な脳腫脹を認めそれが治まらず間接吻合術のみで閉創した3症例を経験したので報告する.

下垂体機能低下症を伴う内頸動脈大型動脈瘤に対し瘤内塞栓術を行った1例

著者: 冨士井睦 ,   戸根修 ,   富田博樹 ,   玉置正史 ,   秋元秀昭 ,   重田恵吾 ,   オルテアサンペトラ ,   菅野一男 ,   松下美加

ページ範囲:P.329 - P.337

Ⅰ.はじめに

 一般に頭蓋内動脈瘤が原因で下垂体機能低下症を呈することは稀であるが2),今回われわれは,下垂体機能低下症にて明らかとなった内頸動脈海綿静脈洞部の未破裂大型動脈瘤に対し瘤内塞栓術を行い,下垂体機能改善が得られた1例を経験したので報告する.

激しい鼻出血を来した外傷性偽性内頸動脈瘤の1例

著者: 藤本憲太 ,   橋本宏之 ,   米澤泰司 ,   枡井勝也 ,   西憲幸 ,   池内尚司 ,   川合省三

ページ範囲:P.339 - P.343

Ⅰ.はじめに

 頭部外傷後の鼻出血はよくみられる症状であり,通常容易に止血可能である.稀に止血が困難な症例が存在し,その原因として内頸動脈の偽性動脈瘤が報告されている.今回われわれは,外傷による内頸動脈の偽性動脈瘤が慢性期に破裂し,危うく致死的多量出血となりかけた症例を提示する.

転移性脊髄髄内腫瘍に対して放射線照射を行った3症例

著者: 遠藤将吾 ,   飛騨一利 ,   矢野俊介 ,   伊東雅基 ,   山口秀 ,   柏崎大奈 ,   木下留美子 ,   白土博樹 ,   岩﨑喜信

ページ範囲:P.345 - P.349

Ⅰ.はじめに

 転移性脊髄髄内腫瘍(intramedullary spinal cord metastasis:ISCM)は全悪性腫瘍の約2%程度と稀であり2,6,9)その治療法は確立されていないが,癌治療に対する医療技術の発達に伴い,転移巣に対して治療を行う機会は今後増加すると予想される.

 これまでに同病に対し外科的治療を行った報告が散見されるが5,9,12,13),その生命予後は決して良好とは言えず,むしろ外科的侵襲による術後ADLの低下を考えるとその適応は慎重にならなければならない.一方,転移性脊椎・脊髄腫瘍に対しての放射線治療の有用性はこれまでにも多数報告され,神経症状の改善からADLの向上をもたらしている2,4,8,10-12)

 今回われわれは放射線単独で治療したISCM症例を経験したので,その治療経過や放射線照射の意義について報告する.

報告記

第2回 国際再建神経外科学会報告記(2007年9月14~17日)

著者: 深谷親

ページ範囲:P.351 - P.351

 このたび,中華民国の台北にて国際再建神経外科学会が開催された.第1回大会は一昨年韓国ソウルにて行われ,今回はそれに引き続き,第2回目の開催である.前回と同様にWFNS Neurorehabilitation and Reconstructive Neurosurgery Committeeの学術集会との同時開催となった.

 会場は,中華民国が世界に誇る高さ508メートルの超高層ビル台北101の裾野,徒歩数分のところにある台北インターナショナル・コンベンションセンターであった.台北101は,全面ガラス張りの近代的建築ながら,輪郭は伝統的な台湾の 塔をイメージしたもので,世界最高層建築物としてその名が知られている.今回の学会のシンボルである.

コラム:医事法の扉

第24回 「患者の期待権」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.353 - P.353

 医療契約の債務不履行(民法415条),あるいは医療側の不法行為(715条)に基づき損害賠償請求された場合,医療側に債務不履行・不法行為のいずれも認定されなかったとしても,患者の期待権が侵害されたと判断されることがあります.すなわち,医療側に不適切な行為があり,その結果,患者が適切な治療を受けることができなかった場合には,たとえ適切な治療を受けても結果が同じ(たとえば末期癌による死亡)でも,適切な治療を受ける利益が侵害されたということを理由に,慰謝料として損害賠償を認める考えがあります.

 医療側としては,いかなる治療を施しても,病気から回復させることができない場合には,たとえ特定の治療を行わなかったとしても,患者の損害と医療側の不作為との間には因果関係は存在しないと主張できそうですし,因果関係がなければ,損害賠償請求権は発生しないのが原則です.しかし,下級裁判所の判決には,「期待権侵害」に基づく損害賠償を認めるものもあります.

連載 悪性脳腫瘍治療の今とこれから

4.神経膠腫における遺伝子診断と個別化治療

著者: 佐々木光 ,   吉田一成 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.355 - P.369

Ⅰ.はじめに

 神経膠腫に対しては,その浸潤性と脳という臓器特殊性のため,一般に安全域をとっての根治切除は困難である.また,放射線治療に対する感受性も高いとは言えず,長く,治療成績の改善は画像技術の進歩や手術手技の熟練によるものに限られていた .その中で,近年,患者の機能,生命予後に大きく貢献するいくつかの重要な進歩が認められている.手術の面では,ナビゲーションシステムや術中モニタリングによる摘出率向上,合併症低減などであり,補助療法においては,1p/19q欠失に代表される遺伝子診断に基づく個別化治療および新規経口抗がん剤テモゾロミド(temozolomide)の臨床導入が挙げられる.本稿では,特に遺伝子診断と個別化治療に関して,その歴史,最近の知見を紹介することにより現状を確認した後,遺伝子診断に基づく神経膠腫の個別化治療に向けてのわれわれの治療方針について概説する.

書評

『神経心理学事典』―岩田 誠,河内 十郎,河村 満●監訳

著者: 山鳥重

ページ範囲:P.337 - P.337

 神経心理学に関心を持つ人間にとっては,願ってもない書物が翻訳出版された.神経心理学は,脳損傷と心理障害,あるいは脳機能と心理現象の相関を追及しているが,問題が問題だけに,初心者にぴったりの,手元で使える参考書というのがなかなかない.記述が心理的側面だけに集中しているのも困るが,機能的側面だけに集中しているのもやっぱり困る.本書はこのバランスが絶妙である.神経解剖学も,神経生理学も,神経学(神経内科・脳外科・精神科を含めて)も,実験心理学も,認知心理学も,リハビリテーション諸科学も,とにかく神経心理学に重なる項目はすべて本書に収められている.この程度のサイズ(711ページ)にしては,その手落ちのなさは憎らしいほどである.

 本書の魅力は編集方針にある.詳細な説明が必要な項目には十分な紙面が割り当てられ,簡単な説明で事が足りる項目は数行で済まされている.このめりはりがすばらしい.例えばAの項目を例にとると,重点項目に選ばれているのはacalculia失計算,aging加齢,agnosia失認,agraphia失書,alcoholismアルコール中毒症,alexia失読,amnesic syndrome健忘症候群,amusia失音楽,anomia失名辞,anosmia嗅覚消失,anosognosia病態失認,aphasia失語,apraxia失行,assessment評価,ataxia運動失調,attention注意,auditory perceptual disorders聴知覚障害,autism自閉症,autotopagnosia自己身体部位失認の19項目で,これらについては総説に近い詳細な解説がなされている.嗅覚消失,評価,注意,それにアルコール中毒が同じ重要性を持つものとして,失認などと肩を並べている点が極めてユニークで,確かにこれぞ神経心理学である.

文献抄録

Gain of 1q is a potential univariate negative prognostic marker for survival in medulloblastoma

著者: 春日千夏

ページ範囲:P.371 - P.371

Long-term survival with glioblastoma multiforme

著者: 春日千夏

ページ範囲:P.371 - P.371

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編集後記

著者: 片山容一

ページ範囲:P.378 - P.378

 この号にも,すばらしい原稿を多数いただいた.ご執筆いただいた先生方に深く御礼申し上げたい.

 昨年5月に,「尊厳死の法制化を考える議員連盟」は,「臨死状態における延命措置の中止等に関する法律案要綱(案)」を公表した.患者が延命措置の中止などを「自己」の意思として書面にしているときは,それに従って「尊厳死」を実施しようというのである.この法律案要綱(案)には,どことは言えないが何となく違和感がある.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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