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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科37巻1号

2009年01月発行

雑誌目次

日本人気質と自己責任

著者: 野崎和彦

ページ範囲:P.3 - P.4

 8月に行われた北京オリンピックでは,連日熱戦が伝えられていました.「日本人は本番に弱い」という言葉はある意味では的を射ているように思いますが,4年間のプレッシャーを背負いながら日本人らしくない有言実行の活躍をしている選手を見ると,わずかながら時代の変化を感じました.

 日本人の気質として,「皆が同じものを食べて,同じものを着て,同じ情報番組を見て,同じ話題で盛り上がって,常に回りの目を気にしながら,人と同じような行動を選択している」という側面があります.この15年の間は若い世代を中心に服装や主張に多様化がみられ,紅白歌合戦や大河ドラマなどの特定の番組や野球,相撲などの限定したスポーツを見る風潮はなくなりつつあり,「私は皆とは違い自由に生きている」と主張する人もおられます.しかし多くの人は,同じ日本人であるという安心感のもとに生まれたバリエーションにとどまっているにすぎないように思います.日本という国が,幸か不幸か完全な島国であるために,人や物の流通に制限がかかり,都合のよいものだけを取り入れることができ,大国の庇護のもと安全で豊かな国創りができたと思われます.また,日本語という共通言語の世界にとどまりながら生活できるため,コミュニケーションが不得手になっているようで,結果として「一億総日本人」の社会となり,現在起こりつつある世界の諸問題に柔軟に対応できない国民になっているのではと懸念します.個々人においても国家としても「自己の確立」が遅れており,責任を持つことが苦手な国民ではないかと考えてしまいます.

総説

半球離断術までの歴史と現況

著者: 清水弘之

ページ範囲:P.7 - P.14

Ⅰ.はじめに

 半球離断術(hemispherotomy)が成立するまでの歴史的経過を理解する上で重要なことは,各種の術式を正しく理解することである.一側半球に広範囲に焦点が分布している場合に適用される外科的手段として,解剖学的半球切除術(anatomical hemispherectomy),半球皮質切除術(hemidecortication or hemicorticectomy),機能的半球切除術(functional hemispherectomy),半球離断術(hemispherotomy),などの各種の方法が開発されてきた.

 この中で,物理的に基底核を残して半球組織すべてを切除してしまう方法が解剖学的半球切除術である(Fig. 1).また,白質は残して,灰白質のみを皮をむくように切除する方法が半球皮質切除術(Fig. 2)である2).この術式はhemicorticectomyと呼称される場合もあり,Winstonらは“de-gloving”dissection around the lateral ventricle という表現が,この術式の概念を最もよく示していると記載している33).いわゆる古典的半球切除術は,この解剖学的半球切除術と半球皮質切除術の両者のいずれかを意味していることが多い.

 機能的半球切除術は,Rasmussenが解剖学的半球切除術の後遺症を予防するために考案した手術法で,前頭極と後頭極のみを残して,中間の部分は全部切除してしまう手技である(Fig. 3)23).かなり切除範囲の大きい手術で,半球離断術とは基本的に異なっている.機能的という名称がついていることから,機能的半球切除術と半球離断術が同義に用いられている場合を散見するが,両者はまったく異なる手術手技であり,厳密に区別する必要がある.

 半球離断術は,従来の手術手技が広範囲の脳組織の切除を主体にしていたのに対して,最小限の脳組織の切除腔から半球の連絡線維を遮断する方法で,大きな切除腔が形成されないこと,また手術侵襲が小さいことなどから,小児にも比較的安全に適用できる画期的手術法である.この半球離断術の概念は,1992年にDelalandeらにより初めて提唱されたものである5)

 半球離断術は,アプローチの方向からvertical approachとlateral approachに分類されるが,神経線維の離断を主体とする半球離断術の根本的理念には相違がない.これらの手術法については,後で詳細に触れることにする.

 以上のような経緯から,半球を完全に遮断する手術法として,

 ①解剖学的半球切除術anatomical hemispherectomy

 ②半球皮質切除術hemidecortication or hemicorticectomy

 ③機能的半球切除術functional hemispherectomy

 ④半球離断術hemispherotomy(vertical approach/lateral approach)

の4種類があることをしっかり念頭に入れておく必要がある16).そして,これらの術式は,未だに現在においても,すべて用いられており,時代の変遷とともに術式が進化して,理想的術式として半球離断術に到達したと考えるのは,必ずしも現状の正しい理解とは言いかねる.

解剖を中心とした脳神経手術手技

島限を温存した経シルビウス裂到達法の選択的海馬扁桃体摘出術―手術手技と海馬硬化症70例に対する術後の高次脳機能について

著者: 森野道晴 ,   一ノ瀬努 ,   大藤さとこ ,   近藤亨子 ,   大畑建治

ページ範囲:P.15 - P.23

Ⅰ.はじめに

 側頭葉てんかんは外科治療による発作抑制率が高く,その手術法には最も標準的に行われている前側頭葉切除による海馬扁桃体摘出術(anterior temporal lobectomy:ATL)と側頭葉内側構造のみを摘出する選択的海馬扁桃体摘出術(selective amygdalohippocampectomy:SA)がある.ATLは,特に言語優位側の手術では,術後の言語性記銘力の低下や側頭葉内の視放線の一部損傷による自覚症状は認めないが,対側の上1/4盲の出現が問題となる.これらのATLの合併症を回避するためにSAが開発されたが,海馬扁桃体を中心とする側頭葉内側部への到達経路により,種々の手術法が報告されている.SAの最初の報告は1958年のNiemeyer 19)の中側頭回経由の経皮質到達法である.その後,Wiser とYasargil 28)が経シルビウス裂到達法による選択的海馬扁桃体摘出術(transsylvian SA:TSA)を発表した.しかし,彼らのTSAにおいては側頭幹を切断することと島限の直下を走行するuncinate fasciculusを離断することにより,記銘力温存に不利益をもたらしていると報告されている8)

 当施設では2001年より側頭葉てんかんに対して,島限を温存した経シルビウス裂到達法による選択的海馬扁桃体摘出術(TSA preserving the limen insula:TSA-PLI)を行い,発作予後および術後の高次脳機能について良好な結果を得ている.そこで本稿では代表例の術中写真を提示しながら,本手術法の要点と海馬硬化症70例の発作予後および術前後の高次脳機能を含む手術治療成績について述べる.

研究

重症のsyndromic craniosynostosisに対する集学的治療

著者: 鵜山淳 ,   河村淳史 ,   山元一樹 ,   長嶋達也 ,   西本操 ,   大山知樹 ,   西島栄治 ,   佐藤志以樹 ,   中尾秀人 ,   野村耕治 ,   大津雅秀 ,   阪本浩一

ページ範囲:P.25 - P.34

Ⅰ.緒言

 頭蓋縫合早期癒合症は,1万人に1~5人に発生する44,45).頭蓋縫合早期癒合症のうち頭蓋冠および顔面骨に広範な形態異常を合併するものはsyndromic craniosynostosisに分類され7),重症例では頭蓋顔面奇形に対する乳児期からの多段階的手術や水頭症の管理,気管形成不全に対する呼吸管理などの集学的治療が必要である.今回,当院で経験した乳児期の頭蓋形成術,水頭症の管理,気管切開と人工呼吸器管理を要した最重症のsyndromic craniosynostosis 6例の治療と問題点につき報告する.

テクニカル・ノート

脳箆を用いない片側顔面痙攣手術―テープ引っ張り法による血管転移

著者: 茂野卓 ,   熊井潤一郎 ,   堀川弘吏 ,   相原功輝 ,   遠藤賢 ,   大宅宗一 ,   石川治 ,   西堂創 ,   坂本真幸

ページ範囲:P.35 - P.42

Ⅰ.はじめに

 片側顔面痙攣手術は完全治癒,再発ゼロ,合併症ゼロを理想とする.圧迫血管と顔面神経根出口(REZ:root exit zone)の間に詰め物をする方法(interposition technique)がかつては標準手術であった.しかし現在は十分な自由空間を得る転移法(transposition technique)がより理想に近づいた手術法になってきた.われわれはこの血管転移をより完全なものにするために,テープ引っ張り法(snare technique)を考案した10).この方法は特に椎骨動脈本幹による強い圧迫には有効な方法である.一方手術合併症を極力回避するために,脳箆をまったく用いない手術法に切り替えた.より高い付加価値を求めてその手術手順を述べたい.

前額部におけるチタンミニプレート埋入法―不快な膨隆の回避策

著者: 清水曉 ,   萩原宏之 ,   中山賢司 ,   藤井清孝

ページ範囲:P.43 - P.46

Ⅰ.はじめに

 今日の開頭術ではチタンミニプレート(以下,プレート)による骨弁固定が簡便性と確実性のため普及している.しかし一方で,皮膚が薄い部位では外観上プレートの厚みが膨隆する,不快な膨隆としてプレートを触知する,プレートの膨隆が皮膚を刺激するなどのデザイン上の問題もあり,これらは特に前額部において深刻となる1,4)

 前額部におけるプレートの膨隆を回避するための方法を提示する.

注射器から剝離したインク塊による脳血管撮影時塞栓性合併症の可能性について

著者: 神山信也 ,   石原正一郎 ,   山根文孝 ,   石原秀章 ,   金澤隆三郎 ,   鈴木雅規 ,   根木宏明 ,   大川原舞

ページ範囲:P.47 - P.50

Ⅰ.はじめに

 脳血管撮影に伴う無症候性脳梗塞の発生は約20%に上ると報告されており,その原因はカテーテル操作に伴う血栓性塞栓あるいは造影剤や生理食塩水に混入する小さな泡による塞栓とされている1-3).そして実際,それ以外に脳血管撮影時に血管内に混入して塞栓を起因しうる異物はなさそうである.しかしながらわれわれは,血管撮影時に造影剤を入れた容器内に無数の小さな黒い塊が浮遊しているというできごとを経験した.この黒い塊は,造影剤の容器内に置かれていた注射器から目盛部分のインク塊が剝離したものであることが判明した.この経験から,注射器の目盛部分のインクは脳血管撮影時に無症候性塞栓を起因している可能性があると考え,今回造影剤および注射器の種類によるインク剝離の違いを調べ,注射器のインクが塞栓性合併症の原因となる可能性につき検討した.

症例

脳内出血を繰り返した進行性脳静脈血栓症の1例

著者: 加藤直樹 ,   森良介 ,   関厚二朗 ,   野田靖人 ,   諸岡暁 ,   森田昌代 ,   田中俊英 ,   阿部俊昭

ページ範囲:P.51 - P.55

Ⅰ.はじめに

 脳静脈血栓症は脳静脈および静脈洞の閉塞に伴って脳浮腫や静脈性梗塞を呈する疾患である.従来稀な病態と考えられてきたが,MRIなどの普及により報告例が増えてきている11,12).また静脈閉塞による循環障害から血管が破綻し,脳内血腫が合併することも少なくない.このため,閉塞病変に対する抗凝固療法と出血病変に対する治療を同時に行う必要があり,治療法は複雑である1,2)

 今回われわれは,表在静脈の進行性閉塞により脳内出血を繰り返した1例を報告する.また本疾患における手術報告は少ないが,再出血時に行った開頭血腫除去術が神経症状の改善に有効であった.病態機序や手術適応,周術期管理について考察を加える.

遺伝性出血性毛細血管拡張症に合併したhigh-flow AVFの検討

著者: 笹森徹 ,   飛騨一利 ,   浅野剛 ,   中山若樹 ,   黒田敏 ,   岩㟢喜信

ページ範囲:P.57 - P.63

Ⅰ.はじめに

 遺伝性出血性毛細血管拡張症(hereditary haemorrhagic telangiectasia:HHT)は,皮膚・粘膜の毛細血管拡張を特徴とする常染色体優性の遺伝性疾患である3).全身の血管系に異常が出現し,中枢神経系にも動静脈奇形(arteriovenous malformation:AVM)を合併することが知られている8)

 今回,われわれはHHTに合併した中枢神経動静脈瘻(arteriovenous fistula:AVF)の3例を経験し,いずれもhigh-flowな病変であった.1例は巨大なvarixを伴ったcerebral pial AVFであり,2例は脊髄perimedullary AVFである.Cerebral AVFの症例は,subarachnoid hemorrhage(SAH)で発症した脊髄AVF患児の実母であり,無症候であったがHHTを疑って施行したスクリーニング検査で偶然異常を指摘された.

 HHTの病態について触れ,特に中枢神経AVFとの関連について文献的考察を加え報告する.

腕神経叢障害を合併したjugular phlebectasiaの1例

著者: 田中克浩 ,   村松正俊 ,   田代晴彦 ,   伊藤浩二

ページ範囲:P.65 - P.69

Ⅰ.はじめに

 Jugular phlebectasiaは無症候性頚部腫瘤として発見される稀な疾患である.成因としては先天的なanomalyが主体と考えられているが,二次性病変も報告されている4,5).臨床的には経過観察されることが多いが,血栓症やHorner症候群などの稀な合併症を生じることもある3,4).今回,甲状腺腫瘍摘出術後に二次性のjugular phlebectasiaを呈し,これに腕神経叢障害を合併した症例を経験したので文献的考察を加えて報告する.

書評

『小児科学(第3版)』―大関 武彦,近藤 直実●総編集 内山 聖,杉本 徹,田澤 雄作,田村 正徳,原田 研介,福嶋 義光,松石 豊次郎,山口 清次,脇口 宏●編

著者: 澤田淳

ページ範囲:P.63 - P.63

 『小児科学第3版』は1,924ページの分厚い教科書です.私も編集を担当した初版(1997年発行)の1,680ページに比べ,約13%増え,執筆者も204名から350名に増えており,専門性が高められ,充実した内容の本になっています.執筆者は第一線の小児科開業医から大学医学部小児科学の臨床系教授のほか,社会学系,栄養学系,リハビリ関連,行政職の方まで,幅広く,深く専門性が高められています.世界的に有名な英文の小児科学教科書,通称『ネルソン小児科学』(Nelson's TEXTBOOK OF PEDIATRICS)に内容的には匹敵する教科書です.医学生にはちょっと重いけれど,研修医,修練医(後期研修医)には小児科全般の知識の詰まった宝石箱として,小児科専門医には,新知見を習得できる必読の書として座右に置いてほしいと思います.小児科以外の専門医には,自分の専門分野の知識と比較しながら小児科全般の知識の取得に役立てていただけるでしょう.また,学生時代に勉強したことがどのように変化してきたかを知るための百科事典的利用にも役立つでしょう.新しい疾患概念,病態の新知見,診断技術・治療の進歩を教えてくれ,学ぶことができます.きっと,時代とともに変化するスピードに驚かれることと思います.

 第3版では巻頭に16ページのカラーグラフがあり,代表的な疾患を目で見つけることができるようになるかもしれません.目次は27章に分かれ,初版の38章から一見縮小されたように見えますが,知識の分散を避け,うまくまとめられた結果と思われます.

『脳の機能解剖と画像診断』―真柳 佳昭●訳

著者: 中野今治

ページ範囲:P.14 - P.14

 本書は『脳の機能解剖と画像診断』と命名されている.脳の図譜とそれに対応する脳画像(主としてMRI)が見開き2ページで見やすく提示されている.

 しかし,本書は画像診断のための単なるアトラスではない.「最新の画像診断機器は患者にとって不利益ともなり,危険ともなりうる」(p1).その通りである.このような記載は脳画像の他書にはみられない.「画像診断によって一目瞭然な病的所見が,いつも臨床症状を起こしている原因とは限らない.画像上の病理所見と臨床症状とを関連づけるには,機能局在に関する神経解剖学の知識が必要である」(p1).全面的に賛成である.本書は画像の書であるが,神経学の基本的考えで裏打ちされている希有な書である.

連載 脳神経外科手術手技に関する私見とその歴史的背景

5.髄膜腫

著者: 米川泰弘

ページ範囲:P.71 - P.90

Ⅰ.はじめに

 Meningiomaが今回のテーマである.前回39)はselective amygdalohippocampectomy SAHEをお届けしたが,多少このシリーズに興味を示していただいている方々には遅滞をお詫びする.この稿はかなり前に,概要を終えていたのであるが,欧米の脳神経外科教科書,手術書などへの依頼投稿のdead linesが重なり,忙殺されているうちについ日々が経ってしまった.この間に,1996年以来計11回の摘出手術と2回のV-P shunt手術を受け,同時期に放射線治療およびchemotheapyも受けた,30歳を少し超えた女性の患者さんが亡くなった.Meningiomaに関してかつて若い脳神経外科医として持っていた概念〈良性である.一度うまく完全に取ってしまったら,後遺症がなければ完治したと考えてよい〉ははるか彼方に行ってしまっている.Excelで集計して自執刀例がこの13.5年で400回あまりになるのを確認したが,その中で,苦労して全力を尽くしてもうまく行かなかったケースが意外に多かったことが心に残った.

 「小さいmeningiomaはgamma knifeに回す」などをはじめとする,教科書に載っているmeningiomaの最近の治療の常識のみでは,御しがたい事柄がいかに多いかを思い知った.それだけに,meningiomaほど,その処理にあたり,脳神経外科医にとっての腫瘍の摘出,除去における基本的な手技が重要視されながら,challengingな側面もはらんでいる腫瘍はないと考える.この稿では,menigioma手術の際のapproachを中心に,著者が留意している事項の一端を延べ,若い先生方に参考にしていただきたいと思う.

脳神経外科疾患治療のスタンダード

2.軽症頭部外傷の診療指針

著者: 島克司

ページ範囲:P.95 - P.104

Ⅰ.最近の動向

 頭部外傷,なかでも重症患者の治療と管理に関するガイドラインは,2000年初頭,日米欧で一斉に整備された.米国では,Brain Trauma Foundation(BTF)によるevidence-based guidelineが,1995年に初版,2000年に第2版,2003年に第3版の改訂版が公表され現在に至っている4-6).ヨーロッパでは,1997年にEuropean Brain Injury Consortium(EBIC)によりガイドラインが作成された24).このガイドラインは,医療事情の異なるヨーロッパ各国の実情に合わせて,専門家の意見などに基づいて作成されたものである.英国では,2003年に独自のevidence-based guidelineも発表している31).わが国では,日本神経外傷学会のガイドライン作成委員会により1998年から作成が開始され,2000年に初版,2006年に第2版が発表された32,33).日本のガイドラインは,過去の臨床結果に専門家の意見を加味して作成したものでevidence-basedではないが,日米のガイドラインの内容には大きな差異はない.

 一方,軽症頭部外傷患者の診療ガイドライン作成の試みは,1980年代に英国から始まり1),2000年代前半までにイタリア,スカンディナヴィア,米国などで整備された12,14,15).特に2002年に,ヨーロッパ脳神経外科学会European Federation of Neurological Societies(EFNS)が,1966~2001年の論文を対象としてMEDLINE検索を行い,125編の論文を基に作成したガイドラインが,現在欧米における診療ガイドラインのスタンダードとなっている46).わが国では,2006年に発表された重症頭部外傷のガイドライン第2版33)に,初版では参考資料としての掲載にすぎなかった「小児と高齢者に対する治療・管理」を章として内容を充実させるとともに,「軽症・中等症頭部外傷への対処-重症化の危険因子」の章を新たに設けた.しかし,軽症・中等症頭部外傷に関しては,重症化の予測因子と危険因子が列挙されたにすぎず,第2版もまだ十分なガイドラインにはなっていない.したがって,わが国における軽症頭部外傷患者の診療は,まだ脳神経外科医おのおのの経験と判断に任されているのが実情である.しかし,頭部外傷の95%以上は軽症頭部外傷であり,中等症と重症は合わせても5%にすぎないと推測されているように,実際に,ほとんどの脳神経外科医にとって,外来で最も診療機会の多い疾患は軽症の閉鎖性頭部外傷である46).診療録の病名記載で多いのは,「頭部打撲脚注1」や「脳振盪脚注2」の名称で,軽症頭部外傷の同義語のように使用されている.

海外留学記

海外研修報告:University of Florida, Department of Neurology, Division of Movement Disorders Center

著者: 森下登史

ページ範囲:P.91 - P.93

 米国フロリダ州ゲインズビルにある,フロリダ大学Movement Disorders Center(MDC)にて2008年6月1日より研修を行っております.ゲインズビルはフロリダ州の北西に位置し,フロリダ大学を中心とした小さな町です.住民の大半は大学生で,町の平均年齢は20代後半であるといいます.大学は全米屈指のマンモス校で,毎年全学部で10,000人の入学者がいます.大学のアメリカンフットボールチーム(Gators)が強豪チームとして知られており,チームを応援するためにゲータレード(スポーツ飲料)が開発されたことでも有名です.

 私が現在留学中のMDCは神経内科系の1分野であり,不随意運動を専門としている神経内科医3名と定位脳神経外科手術を専門としている脳神経外科医1名の4名を中心に成り立っています.私が将来の専門分野として希望しているのは不随意運動をはじめとする機能的疾患に対する外科的治療であり,それらを学ぶ上では外科的治療そのものはもちろんのこと,診断学や内科的治療も一通り勉強できたほうがよいだろうという配慮から,脳神経外科ではなく神経内科へ配属されることになりました.私を直接指導してくださっているCo-directorの1人であるDr. Okunは神経内科医でありながら,現在Cleveland Clinicの教授であるDr. Vitekのもとで脳深部刺激療法(deep brain stimulation)を学んだ経歴があり,術中の微小電極記録に精通した人物であります.また,脳神経外科医でCo-directorのDr. Footeは,フランスのグルノーブルで脳深部刺激療法の先駆者であるDr. Benabidのもと定位脳手術を学んできた人物です.また,ここMDCには,神経内科医や脳神経外科医だけではなく,精神科医や理学療法士など多くのスタッフが関わっていることは特記に値すると思います.さらに,医学部入学前の多くの学生たちが,医学部への推薦状を得るためにデータ整理やリサーチに関わる仕事をしています.

報告記

10th International Conference on Neural Transplantation and Repair in Freiburg 報告記(2008年9月10~13日)

著者: 安原隆雄 ,   伊達勲

ページ範囲:P.106 - P.107

 2008年9月10~13日の4日間の会期で,10th International Conference on Neural Transplantation and Repair(INTR10)がドイツ,フライブルグのコンサートホールにて開催されました.フライブルグはドイツ南西部に位置する有名な環境都市で,道路は美しいモザイク柄の石畳で覆われ,町の中には路面電車の線路と700年以上前に防災対策として作られた水路が巡らされています.街の中心に位置するゴシック建築の傑作であるミュンスター大聖堂をはじめ,歴史的な街並みが保存されています.INTRは3~4年に一度アメリカ,ヨーロッパ,アジアの各地域にある施設が順番に開催している神経移植・再生の重要な学会で,今回の会長はフライブルグ大学脳神経外科のGuido Nikkhah教授が務められ,200名のエキスパートが一堂に会しました.当科からは座長として招かれた伊達 勲教授と筆者のほか,日本から4人の大学院生がStudent Travel Awardをいただき,当時のユーロ高もなんのその,ドイツに行ってまいりました.ただ,残念ながら例年はお会いする日本からの参加者とはお会いすることができませんでした.

 学会は5つの基調講演を含む38口演の合間にポスターセッション(75演題)が組み込まれる形で進行しました.発表1日目はパーキンソン病・アルツハイマー病に代表される神経変性疾患のセッション,2日目は遺伝子治療,脳梗塞のセッション,3日目は幹細胞,脊髄損傷のセッションがそれぞれ設けられました.Björklund先生をはじめ,欧米の高名な先生方の話を聞くことができて非常に勉強になりましたが,これまで移植再生治療をリードしてきた先生方が,今後臨床応用に向かう前にさらに基礎研究を積み重ねなくてはいけないことを強調されていたのが印象的でした.ヒトiPS細胞の樹立が報道され,中枢神経系疾患に対する細胞療法に期待が持たれていますが,超えなくてはならない高いハードルは多数あるということなのだと思われました.一方,パーキンソン病に対するアデノ随伴ウイルスを用いた3つの遺伝子治療臨床試験の現状だけでなく,昨年末から始まっているレンチウイルスを用いた臨床試験についても最新の知見が得られました.3人の患者に対してレンチウイルスが投与されていますが,6カ月後に副作用がなかったことと血液検体からウイルス遺伝子が検出されていないことが報告されました1).幹細胞についてはSnyder先生の,血管新生とともに生じてくる神経新生は末梢神経に誘導されやすいという新しい研究報告2)が非常に興味深かったです.

コラム:医事法の扉

第33回 「製造物責任」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.109 - P.109

 製造物の欠陥により人の生命,身体または財産に係る被害が生じた場合には,その製造業者等は損害賠償責任を負うことがあり,これは「製造物責任法(PL法)」に規定されています.一見,われわれ医師には直接関係がないようにも思われますが,医療技術の進歩に伴い,さまざまな医薬品や医療器具(これらは「製造物」にあたります)を用いるようになったため,それらの欠陥に基づくトラブルが裁判で問題となり,医師が紛争に巻き込まれることがあります.PL法の特徴は,賠償を求めるためには,民法の原則では製造者の過失(民法709条)を立証しなければならないところ,「欠陥」という物の性状を立証することで足りるとしたもので,被害者に有利になっています.

 「製造物の欠陥」とは,製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい(PL法2条2項),「通常有すべき」とは,製造・流通当時の一般的科学技術水準を基準として判断されます.また,「欠陥」には,①製造上の欠陥(製造物が設計・仕様どおりにつくられず安全性を欠く場合),②設計上の欠陥(設計段階で十分に安全性を配慮しなかったために製造物が安全性を欠く場合),③指示・警告上の欠陥(有用性ないし効用との関係で除去し得ない危険性が存在する製造物について,その危険性の発現による事故を消費者側で防止・回避するのに適切な情報を製造者が与えなかった場合)のすべてが含まれていると理解されているようです1)

Nascent aneurysm formation at the basilar terminus induced by hemodynamics

著者: 氏家弘

ページ範囲:P.111 - P.111

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編集後記

著者: 河瀬斌

ページ範囲:P.118 - P.118

 「独立の気概なき者は人に頼る.人に頼れり者は人にへつらう」とは当時の官僚体制を嫌った福澤諭吉の言葉である.

 150年を経た今,しかし何が変わったであろうか.過剰な受験戦争は人間が独立して思考しようとする大切な中学・高校時代を奪い,米国型の自由のみを主張して社会的責任を放棄した無気力な国民を増産している.医療の世界では「医は仁術」と教えながら官僚が過度な医療統制経済を押しつけ,嫌が応でも「医は算術」を体験させている.産科医が不足して社会問題になっているが,その解決方法として医学生を増産することが実行されつつある.しかしどうして勤務医の低賃金・過剰労働と医療訴訟への恐怖がその根底にあることに目が向けられないのか.リスクの多い疾患と戦っている外科系の医師たちがどうして報われないのか.机上に座し,現実を見ずして統制を行っている官僚機構と医師の上げ足ばかりを追っているマスコミにその遠因があることに気づいた時はすでに手遅れなのである.ある分野の医師を育てるには20年要するからである.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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