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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科37巻9号

2009年09月発行

雑誌目次

認知症の予防に脳神経外科医も手を貸そう

著者: 端和夫

ページ範囲:P.833 - P.834

 先日,脳ドックのことでテレビ番組に出演した.その番組ではキャスターが実際に仮名ひろいテストを受ける場面があり,脳動脈瘤の治療と同じように,私は認知症の早期発見と予防について尋ねられた.そして番組の当事者達は,私が脳神経外科医であることになんの不自然も感じていない様子であった.

 わが国の社会では,脳神経外科医はあたかも脳疾患すべての専門家のように扱われている.私どもは実は手術の専門家で,認知症などについて尋ねられるのは多少迷惑である,と言いたいところではあるが,よく考えてみるまでもなく,われわれの日常は,ことにある程度以上の年配の脳神経外科医の日常は,手術の専門家などではないのである.外来患者はもちろん,入院患者の多くも脳卒中やその後遺症で,それに加えて脳ドックや物忘れ外来などをやっていれば,世の中の人からみれば当然認知症のエキスパートにみえても不思議はない.

総説

脳動脈瘤の血流動態解析

著者: 礒田治夫 ,   平松久弥 ,   難波宏樹 ,   平野勝也 ,   大倉靖栄 ,   小杉隆司 ,   ,   竹田浩康 ,   山下修平 ,   竹原康雄 ,   阪原晴海

ページ範囲:P.836 - P.845

Ⅰ.はじめに

 脳動脈瘤の発生・増大・破裂にはさまざまな因子が関与しているが,血流動態,特に血管壁剪断応力(wall shear stress:WSS)は重要な要因の1つと考えられる.脳血管や脳動脈瘤のWSSが正確に求められ,しかも,WSSと脳動脈瘤の発生・増大・破裂の関連が明らかになれば,脳動脈瘤の発生予測・予防,脳動脈瘤の予後推定,治療方針決定,治療計画,新しい治療法開発に役立つ可能性がある.

 近年,磁気共鳴撮像法の1つである3次元シネ位相コントラスト磁気共鳴撮像法(3D cine phase-contrast[PC]MRI)を用いた磁気共鳴血流動態解析(magnetic resonance[MR]fluid dynamics:MRFD)によるインビボ(in vivo)血流動態解析が可能となってきた.これを用いた脳動脈瘤血流動態解析,WSS解析を紹介する.

解剖を中心とした脳神経手術手技

仮想的3D画像を用いた脳腫瘍に対する手術シミュレーション

著者: 藤井正純 ,   林雄一郎 ,   伊藤英治

ページ範囲:P.847 - P.861

Ⅰ.はじめに

 脳神経外科手術は,1960年代の手術顕微鏡の導入,80年代以降のX線CTおよびMRIの普及に伴って著しい進歩を遂げてきた.しかし,脳という臓器はいったん内部へ入ると道しるべが乏しいため,手術顕微鏡の微視的世界の拡大だけでは正確な航海が難しい.90年代にニューロナビゲーターが登場し,マイクロサージェリーに正しい脳内の進路と位置を示す画像誘導手術という羅針盤を得たことで,脳神経外科手術の新たな地平が切り開かれた.当初,術前画像に基づくニューロナビゲーションは術中のブレインシフトにより大きく精度低下が起こることが大きな問題であったが,95年以降導入が始まった術中MRIなどの術中診断技術により,ブレインシフトのない正確な画像誘導手術が可能になった1).また,鍵穴手術や内視鏡手術の発展があり,より低侵襲な脳神経外科手術実現への流れがある.なかでも内視鏡は,経蝶形骨洞手術や脳室内手術に積極的に応用され普及している.

 一方コンピュータ技術を基盤とする情報工学の発展は目覚しく,特に高速3D描画技術の発展により,これまで2D画像の3断面表示が主であった画像提示が,より直観的インターフェイスの構築とあいまって,さらにユーザーフレンドリーで理解しやすいものへと発展することが期待されている2).3D画像を用いた術前の手術シミュレーションが自由に可能になれば,これまで手術教科書と経験を基にした脳神経外科医の想像力に頼っていた術野でのオリエンテーションが,術前および術中に手に取るようにわかるようになる.経験の少ない脳神経外科医にとって有効であることは無論のこと,特に鍵穴手術や内視鏡手術のように小さな術野から内部を観察する際や深部腫瘍のシミュレーションは,あらゆる脳神経外科医にとって有用である.さらに,こうした進んだ3D技術は,画像誘導手術との融合により,術中,顕微鏡下の肉眼的情報の他に,例えば術野の裏に隠れる重要な血管や神経などの構造を透見するようなことが可能になる.さらに,術中MRI手術でしばしば経験される問題として,特に残存腫瘍が散在するような場合,従来の3断面画像表示に頼るニューロナビゲーターでは,それぞれの腫瘍部分が術野のどこにあたるのかを迅速に把握することが困難である.しかし,3Dのバーチャルイメージによるガイドがあれば,直観的にこれらを把握することが可能となる.本稿では,名古屋大学大学院情報科学科で開発された医用高速3D画像処理ソフトウェアNewVESを中核に3D画像による手術計画+ナビゲーションソフトウェアへと発展させたバーチャルサージスコープを用いて,画像誘導手術近未来像を提示する.

研究

脳腫瘍による三叉神経痛症例の臨床的検討

著者: 仲川和彦 ,   青柳傑 ,   河野能久 ,   大野喜久郎

ページ範囲:P.863 - P.871

Ⅰ.はじめに

 三叉神経痛(trigeminal neuralgia:TN)はroot entry zone(REZ)を血管が圧迫することで起こること以外に,小脳橋角部(cerebellopontine angle:CPA)腫瘍が原因となる場合もある.TNを起こす主な腫瘍は,類上皮腫,聴神経鞘腫,髄膜腫で,本邦では類上皮腫が多い2,4-6,8-10,15).今回,TNを発症した脳腫瘍症例について,臨床的検討を行った.

仙腸関節障害,梨状筋症候群,足根管症候群を合併した腰椎変性疾患の治療経験

著者: 森本大二郎 ,   井須豊彦 ,   下田祐介 ,   濱内祝嗣 ,   笹森徹 ,   菅原淳 ,   金景成 ,   松本亮司 ,   磯部正則

ページ範囲:P.873 - P.879

Ⅰ.はじめに

 腰椎変性疾患に対する外科的治療は有効性が確立しており,多種の方法により広く行われている.しかし,さまざまな原因によって手術後に症状が残存する場合があり,治療に難渋する症例が経験される.仙腸関節障害,梨状筋症候群,足根管症候群は,腰椎変性疾患と類似する臨床症状を呈し,腰椎変性疾患に合併した場合には,腰椎変性疾患に対する手術後に症状が残存し得る.そのため,腰椎変性疾患の診療を行う際には,常にこれら疾患の合併を念頭に置くべきである.本稿において,腰椎変性疾患に合併した3疾患に対しての治療成績を検討するとともに,各疾患に対する当科での治療方針および各疾患の臨床的特徴について,文献的考察を加えて報告する.

症例

視神経周囲くも膜下腔の拡大を認めた硬膜下水腫の1例

著者: 二木智子 ,   渡辺新 ,   堀越徹 ,   内田幹人 ,   石亀慶一 ,   荒木力 ,   木内博之

ページ範囲:P.881 - P.885

Ⅰ.はじめに

 頭蓋内圧亢進を呈する硬膜下水腫症例に対しては,通常外科的治療が行われるが8,9,15),脳萎縮に伴って受動的に貯留した髄液との鑑別が画像上困難なことも少なくない.したがって,正確に頭蓋内圧を評価することが治療法を決定する上で重要であるが,頭蓋内圧が亢進している場合,腰椎穿刺は脳ヘルニアを生ずる危険性があるため禁忌とされている上,圧センサーを用いた頭蓋内圧の測定も穿頭術を要するため侵襲が大きく,一般的には行われない16).画像から頭蓋内圧亢進を推定する方法として,high resolution CTにおける上眼静脈の拡大をみる方法が報告されているが6),上眼静脈径の定量的評価はされておらず,この所見だけで頭蓋内圧を評価することは困難である.

 一方,脂肪抑制眼窩MRIにおいて,視神経鞘内の髄液腔が描出され7),特発性頭蓋内圧亢進症(良性頭蓋内圧亢進症,pseudotumor cerebri)2,4)や水頭症例5)で視神経周囲くも膜下腔が拡大することが報告されており,視神経鞘の拡大が頭蓋内圧亢進の指標となり得ることが指摘されている2,4,5)

 今回,ドレナージ術を施行した硬膜下水腫患者の視神経周囲くも膜下腔径をMRIにて経時的に計測し,これが頭蓋内圧を鋭敏に反映することが示唆されたので,その臨床的意義を含め報告する.

下垂体腺腫の経蝶形骨洞手術後に大量のくも膜下出血・脳室内出血を来した1例

著者: 伊藤嘉朗 ,   高野晋吾 ,   室井愛 ,   松村明

ページ範囲:P.887 - P.892

Ⅰ.はじめに

 下垂体腺腫からの頭蓋内出血としては,下垂体卒中に伴う報告が多い7-10).経蝶形骨洞手術(transsphenoidal surgery:TSS)後に頭蓋内出血を起こす症例は極めて稀な合併症であり,その特徴を論じたものは少ない.今回,TSS直後には特に問題なかったが,4時間が経過した後に意識レベルが低下し,くも膜下出血を認めた1例を経験した.TSS後数時間が経過した後のくも膜下出血の報告はなく,文献的考察も踏まえて報告する.

頭蓋内進展を伴う第2頚神経鞘腫の1例

著者: 園部真也 ,   村上謙介 ,   小濱みさき ,   渡邉みか ,   隈部俊宏 ,   冨永悌二

ページ範囲:P.893 - P.897

Ⅰ.はじめに

 大孔部腫瘍は,その局在を示唆する神経学的所見に乏しく,診断が容易でない.今回われわれは,著明な頭蓋内進展を来し,大孔症候群を呈して認められた第2頚神経鞘腫を経験した.本腫瘍は脊柱管内外,硬膜内外に広がり砂時計腫となっている一方,硬膜内腫瘍は大孔を越えて斜台部へ進展.同部に巨大腫瘍を形成し,脳幹および上位頚髄を高度に圧排していた.この特異な進展様式のみられた頚神経鞘腫について,文献的考察を加え報告する.

外傷後7年目に発生した前頭骨海綿状血管腫の1手術例

著者: 西嶌春生 ,   西村真実 ,   古野優一 ,   貝森光大 ,   西嶌美知春

ページ範囲:P.899 - P.904

Ⅰ.はじめに

 骨内の海綿状血管腫は稀な腫瘍であり頭蓋骨に発生するものはさらに稀である4,7).また,骨内の海綿状血管腫の多くは先天性である10).今回われわれは,頭部外傷の際のCTで腫瘍を認めず,その7年後に同部位に海綿状血管腫様の病理所見を有する腫瘍が発生した1例を経験したので若干の文献的考察を加え報告する.

破裂末梢性後下小脳動脈瘤の末梢側に新生し3年後に破裂した脳動脈瘤の1例

著者: 弘田祐己 ,   池田直廉 ,   田村陽史 ,   横山邦生 ,   山田佳孝 ,   黒岩輝壮 ,   黒岩敏彦

ページ範囲:P.905 - P.911

Ⅰ.緒言

 末梢性後下小脳動脈(distal posterior inferior cerebellar artery:以下dPICA)動脈瘤は頭蓋内動脈瘤の約1%であり,比較的稀な疾患である.PICAや前下小脳動脈(anterior inferior cerebellar artery:以下AICA)の末梢側に発生する動脈瘤は,他の頭蓋内動脈の末梢側に発生する動脈瘤とは異なる特徴を有するとされている.今回われわれは,破裂dPICA動脈瘤に対してクリッピング術を行い,3年後にさらに末梢側の血管ループに新生し破裂したdPICA動脈瘤の1例を経験した.非常に稀な経過であり,その発生機序を中心に文献的考察を加えて報告する.

頚髄に発生した脊髄硬膜下膿瘍の1例

著者: 秋山英之 ,   木戸口慶司 ,   林成人 ,   片山重則 ,   武田直也

ページ範囲:P.913 - P.918

Ⅰ.はじめに

 脊髄における硬膜下膿瘍は非常に稀な病態であり,硬膜外膿瘍に比べ発生頻度は明らかに低い12,17).多くは発熱および背部痛にて発症するが3,5,11,17,18),神経症状を来すまで診断が確定せず治療の開始が遅れることが多々ある.過去の報告では下位胸椎あるいは上部腰椎が好発部位であるが15,18),われわれは頚髄に発生した硬膜下膿瘍の稀な1例を経験したので文献的考察を加え報告する.

追悼

半田 肇先生のご逝去を悼む

著者: 太田富雄

ページ範囲:P.919 - P.920

 昨年(2008年)10月,盛岡での総会で,日本脳神経外科塾(Academia Neurochirurgica Japonica)発足記念講演会では,最高顧問として,一般市民に極めてわかりやすい「脳の話」をしていただきました.それから半年ほどですのに,幽明界を異にするとは,無常は世の常とは申せ,残念でなりません.総会の2カ月ほど前に,特別講演の依頼に先生のお宅にお邪魔し,いろいろ雑談をしました.その折,日本人にとって悟りとは何だろうというような話になったときに「もうこの年になると,死ぬことは何も怖いことではない」と仰いました.亡くなられる数日前にお見舞いに伺ったときの先生のお顔は,穏やかそのものでした.きっと悟りの境地に達しておられたのでしょう.

 私が京都大学第一外科に入局した昭和32年(1957年)には,先生はフルブライト留学生として,アメリカでBucyおよびBailay両教授の薫陶を受けて帰国直後の新進気鋭の講師でした.当時,先生のお宅での輪読会では,脳神経外科学のABCから,日本脳神経外科黎明期における京都大学でのエピソードなど,われわれ若い医局員の血肉を湧き立たせるお話をしていただきました.

連載 脳神経外科疾患治療のスタンダード

10.失神

著者: 太田富雄

ページ範囲:P.921 - P.930

Ⅰ.はじめに

 脳神経外科臨床において,頭蓋内占拠性病変をみない原因不明の一過性意識障害の診断は,CT出現以降も依然挑戦的である.特に「失神:syncope(シンコピーと発音),fainting」は一般的な症候群で死亡率も低いが,その定義・分類(Table 1A-E)は,統一性に欠けている3).しかも,その中に起立性失神のように良性のものもあるが,心原性失神のように,対応を誤れば致命的な例もあり,失神とその他の一過性意識喪失または記憶障害発作との鑑別診断(Table 2)に留意しなければならない.

 最近,安部治彦編集『失神の診断と治療』1)に続いて,日本循環器学会,日本救急学会,日本小児循環器学会,日本心臓病学会,日本心電学会,日本不整脈学会の6学会が合同参加し,『失神の診断・治療ガイドライン』7)が公表されている.そこで今回は紙面の都合上,脳神経外科的観点から代表的な失神にのみ触れ,心原性失神に関しては,まずその疑いをもつこと,そして循環器科にコンサルトすることが第1であることを指摘するにとどめたい.

海外留学記

医療とは恋(amour)のように~パリからの留学だより―Service de Neurochirurgie, Hôpital Lariboisière Paris, France

著者: 安田宗義

ページ範囲:P.931 - P.933

 当教室の高安正和教授のご紹介・ご高配により2008年7月からフランス・パリで臨床留学を開始することができ,こちらでの滞在も10カ月になりました.私が留学しているパリ第7大学付属ラリボアジエ病院はパリ北駅隣にある古い施設で,住所には近代外科学の祖Ambroise Paré(アンブロワーズ・パレ)の名を冠しています.建物は江戸時代末期(1850年代)のものでパリの史跡にも指定されていますが,今でも現役で使用されています.脳神経外科の手術件数自体はフランス国内の脳神経外科施設としてかなり少ないのですが,主任教授のBernard George(ベルナール・ジョルジュ)先生は頭蓋底外科,とりわけ頭蓋頚椎移行部手術で世界的に知られており,頭蓋底顔面手術・上位頚椎腫瘍の症例が集中しています.患者さんもフランス国内にとどまらず,ヨーロッパ全土や北アフリカから紹介されてきます.

 私はここで,主に頭蓋底・脊椎外科の勉強をしています.8月上旬ころから5月までに170件程度の手術に参加し,およそ6割が頭蓋底を中心とした開頭術,4割は腫瘍を中心とした脊椎手術でした.過半数は見学ですが,しばしば助手として参加をさせてもらう機会もあります.言葉があまり通じず,道具や方法も異なる海外において,日本人としてただ1人で手術に参加するというのは大変緊張します.当たり前とはいえ,何より患者さんには迷惑をかけられません.それだけに技術面だけでなく精神面でも随分鍛えられた気がします.George教授からは大変親切にしていただき,私に対してはフランスの制度枠内で破格の待遇をしてくださっていると思います.

コラム:医事法の扉

第41回 「開業に関する法律問題」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.934 - P.934

 今回は,医療過誤問題とは離れて,病院の開業に関する法律上の問題を取り上げます.診療所や病院を開業するにあたっては,医療法に基づく諸手続が必要となります.例えば,臨床研修などを修了した医師が診療所を開設した場合には,開設後10日以内に診療所の所在地の都道府県知事に届け出ればよいのですが(医療法9条),病院を開設しようとするとき,あるいは医師でない者が診療所を開設しようとする場合には,開設地の都道府県知事の許可を受けなければなりません(7条1項).もっとも,営利目的でなく,医療従事者の人数,診察室,処置室などの設備が充足してさえいれば,原則として,許可は与えられることになります(同条4項,5項).ここで,地域事情に応じた医療の提供を確保するための「医療計画」(30条の4)に基づき,基本病床数の枠による制約が問題となりますが,都道府県知事は,医療審議会の意見を聞いて,新たな病院の開設や病床数の増加の中止を勧告することができます(「中止勧告」,30条の11).開業することは憲法上保障された職業選択の自由から派生しますが,「公共の福祉」(保健医療を遂行できるか)により制限が課せられるという関係になります(憲法22条1項).

 このように,病院の「乱立」や「不適切な増床」を防止するために,行政上の調整が行われますが,行政の処分に不服がある者は,原告適格,処分性などの訴訟要件を満たした場合に限り,裁判所に行政処分の取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)を提起することができます.「原告適格」とは,原告として訴訟を追行し判決を受けうる資格で,「法律上の利益を有する者」(9条1項)に与えられます.「処分性」とは,行政行為のうち,直接国民の権利義務を形成し,あるいは,その範囲を確定することが法律上認められているものをいいます.つまり,1度決定した行政処分の効力(公定力といいます)を排除するための取消訴訟を提起するには,結構高い「ハードル」があるのです.

書評

『脳腫瘍臨床病理カラーアトラス 第3版』―日本脳腫瘍病理学会●編/河本 圭司,吉田 純,中里 洋一●編集委員

著者: 嘉山孝正

ページ範囲:P.845 - P.845

 1988年に初版が発刊されて以来,脳腫瘍病理の解説書として瞬く間に若手の脳神経外科医,神経病理医の必携書になった『脳腫瘍臨床病理カラーアトラス』の第3版が,第2版以来10年ぶりに改訂された.本書は,神経病理,脳神経外科はもとより神経学,病理学に携わる多くの方から好評を得ているのは周知の通りである.その理由は,初版が発刊された目的にあるように,単に病理診断(組織学的特徴)のみならず,一つ一つの疾患におけるその組織学的特徴が,どのような病態,予後を辿るのかを体系立てて明らかとし,実際の治療に役立てんとすることに主眼を置いている,という他に類書がないためである.

 どんな疾患を治療するにあたっても,「相手を知る」ということが最も重要である.本書は,それぞれの脳腫瘍において,その組織学的分類から,それぞれの腫瘍の本質,病因または病態生理と言い換えてもよいかもしれないが,これを明らかにしようとする意欲,つまるところ治療方針を決定することに役立つように考えられている.本書では,画像所見,組織所見(光学顕微鏡所見,電子顕微鏡所見),予後などに加え,最近の分子生物学,遺伝子学分野の知見も網羅されており,疾患単位で,現時点でわかっているその生物学的特性を簡潔明瞭に理解することができる良書である.

『プロメテウス解剖学アトラス 頭部/神経解剖』―坂井 建雄,河田 光博●監訳

著者: 上川秀士

ページ範囲:P.871 - P.871

 解剖学の中でも神経解剖は難しく,わかりづらいと言われることが多い.その理由の1つに3次元的な脳神経系を2次元的な書物で説明していることが考えられる.また,解剖のみの記述であれば,臨床医にとっては日常診療と関係づけにくく,その興味も薄れてしまう.もとより海外の教科書には図のきれいなものがたくさんある.しかし,これまでのものは古くからの解剖学のものを踏襲するものが多く,新しさは感じられなかった.また,1つの図で多くのものを説明するため,結局焦点が定まらなくなり,理解しにくくなってしまうことがしばしば見受けられた.多くの解剖学の教科書を見れば見るほど,図の美しさ以外には大きな感動はなくなってしまっていたのである.本書はこれらの問題を見事に解決したと言えるであろう.

 本書の特色としては,図の美しさは当然のことながら,3次元的な理解の助けとなるわかりやすい図が,髄液や静脈系など従来あまり深く述べられていなかったところまで含めて,たくさん盛り込まれている点である.これらの多くは従来の神経解剖書では見たことがないもので,新しい視点から描かれている.そして,それらは解剖学を超え,生理学,組織学,発生学,病理学などにまで及んでいる.また,局所解剖や局所診断など臨床においても必要な事項を,多くのイラストや表を用いてわかりやすく解説しており,その内容は神経内科や脳神経外科の専門医をも満足させるほどのものである.さらによいことには,理解を助けるために1つの図の中で多くの事項を説明することを避けている.必要なら同じ図を何度も使い,テーマごとに別々に説明していくなど,読みすすめていくうちに,あたかも大学での講義を聴いているような錯覚に陥る.しかも,それぞれの項目が見開きで整理され,非常に見やすい.これほど多くの図を取り入れながら,図ごとに簡潔かつ適切な説明文も添えられており,アトラスと教科書のいずれの役割をも十分に果たしている贅沢な書である.

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編集後記

著者: 冨永悌二

ページ範囲:P.942 - P.942

 クラシック音楽の世界ではカラヤン亡き後いわゆる絶対的な大物がいなくなった.かつてはフルトヴェングラーやメンゲルベルク等々泣く子も黙る指揮者がいたが,今はせいぜいアバドやラトル,ハイティンクなどで泣く子は多分黙らない(特にハイティンクなどは泣くどころかすぐに寝てしまう).かと言って現代の指揮者たちは技術的に劣っているわけではない.おそらくフルトヴェングラーの時代と比較すると作りだされる音楽の水準は技術の面で大分進歩したかもしれない.何しろ1回限りの演奏芸術の時代から,レコード,CD,DVD,Blue Rayの時代になり,再生芸術としての評価にも耐えなければならない.インターネットで曲を購入,直接自分のコンピュータにダウンロードし,例えば第一楽章開始何分何十秒のティンパニーのタイミングまで素人が検証できる時代である.演奏会での魂がこもったと言えるほどの熱い演奏も,繰り返し聴くと指揮者自身も赤面するかもしれない.情報が拡散共有されると,昔のようないわゆる大家のカリスマ性の維持は難しくなる.また時代の変遷もある.フルトヴェングラーがナチ協力を疑われて演奏できなかった時代,共産政権を嫌っての亡命先から故国の土を踏んで行ったクーベリックの「プラハの春」コンサート,東西ドイツ統一直後に自らの命を絶った東ドイツのケーゲルなどなど.歴史に翻弄されるということもなくなり聴く側の思い入れの材料も乏しい.現在の指揮者は,思い入れや感情,恣意性を排して楽譜をできるだけ精緻に再現し,その精緻さの中に作曲者がいわんとすることを表現する傾向にある.そこに人間味は要求されないし表現した作品がすべてでありそれ以上の付加はない.カラヤンがたった1人マスターと呼んで尊敬したセルがそうであったし,ヴァントや今活躍しているブーレーズなどの多くの指揮者がその系譜にある.ヴァーチュオーソよりマスターが求められる時代なのだと思う.乱暴ながら政治状況に敷衍すればどうか.かつての大物政治家は影を潜め,かといってこの困難な時代を乗り切るため“再生”に耐えるほど政治技術にすぐれたマスターがいるのかどうか.さてさて,脳神経外科ではどうか….

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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