icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科38巻2号

2010年02月発行

雑誌目次

使命,宿命,天命

著者: 佐野公俊

ページ範囲:P.103 - P.104

 1976年,私が当大学に赴任して来たとき,ばんたね病院の藤本和男教授の関係でインドからドクター・シャーが研修医として既に勤務していた.その関係からインドとの交流が始まり,講演,手術などで訪印する機会も増えた.また,インドからの留学生も数多く受け入れてきた.そのようなわけで,最近では,街やインド以外の外国の空港でインド人を見ると何か身近な人のような気がする.

 制度上カースト制がなくなったとはいえ,インドには現実的に,未だカースト制の概念が残っているようだ.このカーストという言葉はポルトガル語のカスタ(血統),ラテン語のカストゥス(純血)に起源を持っているヒンドゥー教の身分制度で,バラモン(司祭),クシャトリア(王族,武士),ヴァイシャ(平民),スードラ(一般的に人々の嫌がる職業にのみ就くことができる奴隷),さらにその下のカーストのヴァルナの枠組みに入らないアウトカーストであるアチュート(ダリット)とに分けられる.カーストは親から子に受け継がれ,生まれた後にカーストは変えられていない.また,ヒンドゥー教徒の間では同一カースト内での見合い結婚が大原則である.このようなカースト制を,インド人は意外にも受け入れているのである.そして生まれてきたその人の運命は,すべて決まっているのだという.それでは何の努力をしてもしょうがないではないかというと,努力や行為によっては次の人生でのカーストが上がるので,そのために努力をするという.われわれが運命は既に決まっているのだといわれれば何もやる気がなくなってしまいそうだが,彼らはそれを受け入れているのである.

総説

脳神経学におけるヒト用超高磁場(7T)装置の現状と展望

著者: 藤井幸彦 ,   宇塚岳夫 ,   松澤等 ,   五十嵐博中 ,   中田力

ページ範囲:P.107 - P.116

Ⅰ.緒言

 「Ultra high field MR: useful instruments or toys for the boys?」と題する論説12)の中に以下のようなことが述べられている.「超伝導物質線材や鉄のシールドのコストは容易には下がらないだろうし,超高磁場装置が将来的に研究や臨床に役立つ道具になるか否かは定かでない.超高磁場装置は完成された装置ではなく,この装置で何ができるかでもなく,科学や臨床に役に立つように装置自体を開発していくことが求められる.したがって,現時点において,超高磁場装置は極めて高価であるにもかかわらず,将来具体的に人類にとって有用な装置になるかは未知数である.しかし,3T-MRIなどの高磁場装置の開発研究がそうであったと同様に,超高磁場装置の研究は,直接的,間接的に,MRIの進歩・向上に貢献すると考えられてる.いずれにしても,超高磁場装置は,高磁場装置に取って代わり,MRIにおける“F1 machine”として生き残っていくだろう.」これは,21世紀に入る以前から,ヒト用7T装置の開発に取り組んできたわれわれのチームが常に公言していたことであり,現時点における超高磁場装置の置かれている立場をよく表している.

 術中MR装置などの特殊装置は例外として,現在利用可能なMRIシステムは磁場強度(テスラ:T)によって3つのグループにわけることができる.すなわち,通常装置(1.0~1.5T),高磁場装置(3.0~4.0T),超高磁場装置(7.0~9.0T)である.通常装置は,豊富な臨床経験を結集し,確立されたMRIシステムである.高磁場装置は,形態画像にも,機能画像にも対応した多目的の臨床装置として進化している.本稿では,超高磁場(7T)装置を用いた脳神経学研究の現状と今後の展望について概説する.

解剖を中心とした脳神経手術手技

3次元T2強調画像を用いた腰仙部脂肪腫の手術

著者: 森岡隆人 ,   橋口公章 ,   迎伸孝 ,   佐山徹郎 ,   佐々木富男

ページ範囲:P.117 - P.130

Ⅰ.はじめに

 腰仙部脂肪腫の病態,分類,臨床症状,診断,手術適応に関してはこれまでに多くの優れた報告1-6,14,15)があるので,ここでは省略する.この腰仙部脂肪腫に対する手術目標は言うまでもなく,脊髄係留解除(untethering of the spinal cord)と脂肪腫の可及的切除(debulking of the lipoma)であり,この手術手技に関しても多くの報告がある2,3,5,10,14-16).脊髄のuntetheringと脂肪腫の可及的debulkingとは,すなわち,脊髄周囲に髄液腔を形成することである5).MRIの3次元heavily T2強調画像(3 dimensional heavily T2 weighted image:3D hT2WI)はいわゆるMR cisternographyまたはMR myelographyで,強い高信号を示す脳脊髄液(すなわち髄液腔)を背景として,その中を走行する神経や血管を明瞭に描出するので,術前にこの髄液腔と脊髄,神経根や脂肪腫との解剖学的関係を把握し,手術計画を立てるのに極めて有用である7).本稿ではこの3D hT2WIを用いたわれわれの手術手技を脊髄円錐部脂肪腫(transitional type)の2例を用いて紹介する.

研究

MTX大量療法時のMTX濃度低下遅延に対する柴苓湯の効果

著者: 宇津木聡 ,   岡秀宏 ,   鈴木祥生 ,   佐藤澄人 ,   大澤成之 ,   小泉寛之 ,   宮島良輝 ,   藤井清孝

ページ範囲:P.133 - P.137

Ⅰ.はじめに

 脳原発悪性リンパ腫患者に対する化学療法として,methotrexate(MTX)大量化学療法が行われるが,しばしばその濃度低下が遅延しロイコボリン救援療法を延長しなければならないことがある.MTXの排泄を促進する際,利尿作用が強力なフロセミドなどのループ利尿剤を投与すると尿が酸性化し,尿細管にMTXの結晶が沈着し腎不全を起こす恐れがあり使用することができない12).いくつかの漢方薬は利尿作用を有し,これまでもいろいろな浮腫性病変(ネフローゼ症候群,肝硬変,妊娠,黄斑浮腫,術後のリンパ浮腫など)に使用されてきた4,7,8).そのなかでも柴苓湯は急性の利尿作用があることが報告されている1,6).われわれは柴苓湯の利尿効果で,MTXの排泄を促進させ,その濃度低下遅延を防ぐことができるか検討を行った.

対側内頚動脈狭窄を伴う慢性内頚動脈閉塞の治療方針の検討

著者: 福光龍 ,   吉田和道 ,   定政信猛 ,   鳴海治 ,   沈正樹 ,   山形専

ページ範囲:P.139 - P.146

Ⅰ.背景および目的

 内頚動脈や中大脳動脈など,頭蓋内外の主幹動脈の高度狭窄によりその動脈の灌流域の脳血流が低下している場合,また前交通動脈や後交通動脈などWillis動脈輪を介する側副血行路や脳軟膜吻合などを介する側副血行路,あるいは外頚動脈からの吻合が良好に発達している場合には脳血流が保たれるが,側副血行路の発達が不十分な場合は血圧の変動や脱水などにより血行力学的な脳梗塞が起こることがある.

 一側の内頚動脈が閉塞し,急性期に広範な脳梗塞を免れている場合,同側の大脳半球の血流は一般に対側内頚動脈からの前交通動脈を介した血流や,後方循環からの側副血行路で賄われている.この状態に加え,対側の内頚動脈に狭窄を来した場合,内頚動脈閉塞側の大脳半球に血流低下を伴う危険性がある.

症例

小児の第四脳室に発生した脈絡叢乳頭腫の3例

著者: 藤尾信吾 ,   平野宏文 ,   川野弘人 ,   花谷亮典 ,   大吉達樹 ,   新納正毅 ,   有田和徳

ページ範囲:P.149 - P.155

Ⅰ.はじめに

 脈絡叢乳頭腫(choroid plexus papilloma)は非浸潤性の良性腫瘍で,原発性脳腫瘍の中で1%にも満たない稀な腫瘍である7,13,14).脈絡叢が存在する場所であればどこにでも発生し得るが,その好発部位は小児と成人で大きく異なり,成人では第四脳室に多いが小児では側脳室に多く,後頭蓋窩に発生するものは少ないと言われている5,7,8,11,13,14).しかしながら,われわれが過去10年間に経験した3例の小児脈絡叢乳頭腫は,いずれも第四脳室内からの発生であった.小児の第四脳室脈絡叢乳頭腫について,その臨床的特徴や治療経験を報告する.

14年の経過で増大し症候性となった後部側頭葉底面くも膜囊胞の1手術例

著者: 堀恵美子 ,   藤田智昭 ,   西村真実 ,   川口奉洋 ,   米沢慎悟 ,   金森政之 ,   西嶌美知春

ページ範囲:P.157 - P.162

Ⅰ.はじめに

 Computed tomography(CT)およびmagnetic resonance image(MRI)の普及に伴い,くも膜囊胞を発見する機会が増えているが,症候性の病変の頻度ははっきりとしない.症候性となるものは,小児や若年者に多いと言われるが,成人および高齢者の報告も散見される.われわれは14年の経過で増大し,症候性となった後部側頭葉底面くも膜囊胞の1例を経験した.術中所見および諸検査所見よりその増大機序について検討したので,文献的考察を加え報告する.

未破裂脳動脈瘤塞栓術後に非イオン性造影剤の神経毒性に起因した中枢性合併症を呈した2例

著者: 武藤達士 ,   石川達哉 ,   澤田元史 ,   師井淳太 ,   玉川紀之 ,   引地堅太郎 ,   鈴木明文 ,   安井信之

ページ範囲:P.163 - P.170

Ⅰ.はじめに

 近年,非イオン性造影剤の使用により,脳神経外科領域における造影剤に関連した重篤な副作用の出現頻度は低下しつつある.しかし,脳血管造影検査や血管内治療に際して,痙攣重積や視機能障害の発症についての報告が未だ散見されることから4,6,8,17,22),造影剤の神経毒性に起因した周術期合併症は,稀ながらも遭遇し得る合併症7,9,16)として認識しておく必要がある.今回われわれは,未破裂脳動脈瘤のコイル塞栓術後に生じた,非イオン性造影剤の神経毒性が原因と考えられる一過性皮質盲を呈した症例と痙攣発作を呈した症例を経験したので,各種検査上の知見と文献的考察を加えて報告する.

ヘルペス脳炎治療中に脳出血を合併した1例

著者: 福島浩 ,   土持廣仁 ,   橋本昌典 ,   由比智裕 ,   中島豊 ,   福島武雄 ,   井上亨

ページ範囲:P.171 - P.176

Ⅰ.はじめに

 ヘルペス脳炎は本邦で最も頻度の高い散発性ウイルス脳炎である.今回われわれはヘルペス脳炎治療中にmassiveな脳出血を来し緊急手術となった症例を経験した.ヘルペス脳炎では少量の出血がみられることはあるがmassiveな出血を合併することは稀で,われわれが渉猟し得た範囲では今日までに9例の報告しかなかった1,3,6-8,11,13-15).症例を提示し,臨床的特徴,特に画像上の特徴と出血の機序につき文献的考察を加え報告する.

海外留学記・番外編

エジプト脳神経外科進歩の概観

著者:

ページ範囲:P.177 - P.181

 エジプトは常に広大で,他国に対して強い影響力を持った国であり,文明が生み出され未来へと発展するその岐路において,いつも重要な役割を果たしてきました.古代エジプト人は,自分たちの知識や,脳,脊椎,中枢神経系の疾患治療法について,多くの文書を残しています.例えば1862年に発見されたEdwin Smith papyrusは,紀元前17世紀ごろに記されたものだと言われていますが,そこに書かれている知識はImhotep(2600~2650 B.C.)によるものだと考えられています.頭蓋の損傷と骨折について書かれたそのpapyrusは,知られている限りでは世界最古の外科手術に関する論文で,特に脳病変と運動機能の喪失の相関関係を中心に書かれています1).現在そのpapyrusは,The New York Academy of Scienceで保管されています(Fig. 1).また,Eber papyrus(紀元前16世紀)には,頭痛と片頭痛に対する12の治療法が記されています.「頭蓋骨の半分」とも呼ばれる片頭痛は,特異な疾患であると考えられていたので,その治療も独特な方法で行われていました(Fig. 2)2)

 さらに,文書の他にも,古代エジプト人は脊髄灰白質炎などの疾病を多くの壁画や彫像として残しています(Fig. 3, 4).Rogersは,古代エジプト人の頭蓋骨から2つの頭蓋内髄膜腫の痕跡を発見しました3)

報告記

日中友好シンポジウム報告―第68回日本脳神経外科学会学術総会より(2009年10月16日)

著者: 河本圭司 ,   近藤達也 ,   寺本明

ページ範囲:P.182 - P.184

 2009年日本脳神経外科学会総会の寺本明会長より,特別企画日中友好シンポジウムの開催に向けて,その企画・進行を私と近藤達也先生(独立行政法人医薬品医療機器総合機構理事長)が依頼された.そのシンポジウムで明らかにされた,日中脳神経外科の歴史と今後の展望について記録に残すことは,日本脳神経外科学会にとっても大切であると考えられるので,開催内容の詳細を報告する(表1).

連載 脳神経外科疾患治療のスタンダード

15.頭蓋咽頭腫などのparasellar tumor

著者: 川俣貴一 ,   堀智勝 ,   天野耕作 ,   藍原康雄 ,   久保長生 ,   岡田芳和

ページ範囲:P.185 - P.193

Ⅰ.はじめに

 本稿では下垂体腺腫以外の頭蓋咽頭腫などの傍鞍部腫瘍に関して,治療上の問題点を中心に記載する.

 中枢神経系腫瘍の病理分類は発生部位の性格上,多岐にわたり複雑である.国際分類であるWHO分類の中枢神経系腫瘍2007の分類をもとに傍鞍部に発生する可能性がある腫瘍を挙げると,tumors of neuroepithelial tissue,tumors of the meninges,germ cell tumors,tumors of the sellar region(craniopharyngiomaなど),metastatic tumorsなどとなる.また,WHO分類だけではすべてを網羅することはできないので,臨床・病理脳腫瘍取扱い規約36)から,cysts and tumor-like lesionsとして,craniopharyngioma,Rathke's cleft cyst,epidermoid,dermoid,arachnoid cystなどが挙げられ,さらに下垂体腺腫などは内分泌臓器の腫瘍WHO 2004で詳細に分類されている33)

 誌面の都合もあるため,本稿ではこの中で日常診療で遭遇する機会の多い頭蓋咽頭腫ならびにラトケ囊胞の治療を中心に記載する.

コラム:医事法の扉

第46回 「医療行為と特許」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.195 - P.195

 脳神経外科は,外科系の中でも特に高度な手術技術を必要とする科であるといっても過言ではありません.例えば,巨大脳動脈瘤に対するクリッピング術や,頭蓋底腫瘍に対する摘出術などには,長期にわたる鍛錬と,経験から生まれた独自の工夫が必要であり,専門医の確立されたテクニックはもはや1つの財産と言えるでしょう.

 では,このような手術技術は,知的財産として保護されないのでしょうか.

書評

『ボダージュ先生の医学英語論文講座』―ジョージ・ボダージュ(Georges Bordage)●著,大滝 純司,水嶋 春朔,當山 紀子●訳

著者: 新保卓郎

ページ範囲:P.162 - P.162

 今やあまたのコミュニケーション技術が利用され,個人は多数の表現手段で社会とつながっている.論文を作成するというのも,1つのコミュニケーションの手段であろう.自分の経験や思考を自分の中だけにとどめず,皆が共有できる情報として伝えていく.

 論文を書くことそのものが,コミュニケーション技能を磨くための重要な医学研修の方法であろう.論文を書こうと思えば,読者の思考の流れに思いを馳せなければまとめることができない.この方法の習得に,近道はないものと思われる.多数の医学文献を読み,論文作成の経験を積み,同僚や上司から指摘を繰り返し受け,多数のreject letterを積み重ねて,修得されるものであろう.しかし手引きがあればありがたい.本書はこのような論文作成の優れた手引書である.ポイントが簡潔に整理され,まとめられている.恐らく半日で読み終える分量であろう.その中に重要なエッセンスが多数盛り込まれている.

『プロメテウス解剖学アトラス頭部/神経解剖』―坂井 建雄,河田 光博●監訳

著者: 小林靖

ページ範囲:P.181 - P.181

 『プロメテウス解剖学アトラス』第3巻の日本語版がついに刊行された.第1巻を初めて目にしたときの驚きが,第2巻,第3巻と手に取って開くたびに新たによみがえる思いがする.

 『プロメテウス解剖学アトラス』の極めて強い第1印象がその肉眼解剖の精細な図版によるものであることは,多くの評者の指摘しているところである.コンピュータを駆使して作成されたと聞くが,決してこれまでに多くみられたような,単純化された模式的なものではない.実物を詳しく観察した者誰もが納得する,緻密なテクスチャを再現した図は,従来の図譜になかったリアルさを感じさせる.リアルであるという点は写真のほうが有利だと思われがちであるが,焦点深度に限界のある写真と異なり,本書の図はすべてにピントが合っており,描かれている構造のすみずみまで行きわたった細密な描写に圧倒される.それにもかかわらず,正確な陰影の描き方によって,絵の図譜にありがちな平面的な表現とも無縁である.この奥行きの表現は,構造の立体的な理解を容易にする.これは解剖学のみならず臨床各科においても,実地に本書を利用する読者にとって大きな利点であろう.

--------------------

編集後記

著者: 宮本享

ページ範囲:P.204 - P.204

 本号も力のこもった労作を多数掲載することができた.症例報告は自らの業績というだけではなく,爾後同様の症例に遭遇し対応に難渋する脳神経外科医のための道標となる役割がある.学会で発表するだけではなく,要点を整理し文献的考察も加えて論理的に遂行することはlogical thinkingの練習でもあり,日本語のきちんとした書き言葉を修得するよい機会である.ぜひ今後も本誌への投稿をお願いしたい.

 扉では佐野公俊先生が使命感のある外科医を志すことになった半生を振り返り,則天去私とでも言える現在の感性を紹介されている.多数の手術を経験されて会得されたのであろうと興味深く拝読した.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?