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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科38巻6号

2010年06月発行

雑誌目次

医療の最後の砦の現状

著者: 中瀬裕之

ページ範囲:P.501 - P.502

 先日,新作映画『キャピタリズム;マネーは踊る』の公開に合わせてマイケル・ムーア米映画監督が来日した.インタビューのなかで「日本で医療費が払えなくて自宅が差し押さえになった人を知っていますか?米国では7秒半に1軒の割合で差し押さえが行われている.なぜ母国だけがこんな状態なのか」と嘆いていた.昨年の報告によると米国で個人破産の原因の第1位は医療費だという.マイケル・ムーア監督といえば,映画『シッコ』をみた人は多いと思う.国民皆保険制度がなく,民間の保険会社に頼るしかない米国医療のひどい状況を告発し,「米国の医療制度はシッコ(sicko=俗語で病人の意)だ」と訴えた作品である.実は,医療保険に加入している人でも,民間保険会社の営利追及の被害者としてひどい扱いを受けている.ひとたび病気になるとたちまち破産したり,医療を受けられずに命を落とす現実があることをあの映画で知った.医療に市場原理主義に基づく民営化路線をもち込むと,あのような悲惨な姿になるのである.

 米国は世界第1位の経済大国でありながら,先進国で唯一公的健康保険制度をもたない国である.一方,日本には国民皆保険制度があり,窓口での一部負担はあるが,健康保険証1枚あれば,いつでも,どこでも,誰でも,医療を受けることができる.この制度のおかげで,日本は今日の長寿社会を作り上げることができた.1993年にClinton health care planを掲げた当時のヒラリー・クリントン上院議員は,国民皆保険の導入を提言した.しかし,彼女は来日して日本の医療を観察し,「日本では医療従事者が聖職者さながらの自己犠牲で働いているから医療がもっている」と,米国での国民皆保険の導入を断念した.当時私は,「日本には医は仁術という心が残っている」とこの報道をうれしく聞いたが,最近ではいつまでも自己犠牲に頼っているだけでは成り立たないのではないかと思うようになった.ましてや,これからの若い人にそれを強いることは無理であろう.われわれ脳神経外科医は,その厳しい職務に見合うだけの社会的,経済的な評価を受けているであろうか.若い人に脳神経外科に入局してもらうためには,現在のスタッフの労働環境を改善しないといけない.スタッフの生き生きとした仕事ぶりをみて,学生は入局を希望するのである.まずは,一教室でできることから始めたい.

総説

内視鏡頭蓋底手術

著者: 戸田正博

ページ範囲:P.505 - P.514

Ⅰ.はじめに

 下垂体腫瘍を中心としたトルコ鞍内病変に対する手術法は,開頭手術から経蝶形骨手術へと移行し,現在の標準的手術として確立されたが,近年の内視鏡手術の発展や新たな手術機器の開発に伴い,内視鏡下の経蝶形骨手術が普及しつつある10).さらに内視鏡の導入により,顕微鏡下では到達困難な部位まで操作可能であることが明らかになり,その対象が下垂体腫瘍から頭蓋底疾患へと拡大している11,15,20,34,35).今後は低侵襲性のみならず根治性を目指して,頭蓋底疾患においても開頭手術から経鼻手術へ移行する症例が増えるかもしれない.

 一方,内視鏡頭蓋底手術では,これまでとは異なる外科解剖知識の習得や内視鏡下の新たな手術手技の習得が必要である.また,経鼻内視鏡手術の限界も明らかにされつつあり,適応疾患を慎重に選択することが重要である.本稿では,基本的に経鼻アプローチによる内視鏡単独の頭蓋底手術を内視鏡頭蓋底手術と呼び,これまでの歴史的背景,現状を概説し,今後の展望についても考察する.

脳虚血に対する幹細胞移植

著者: 本望修 ,   寳金清博

ページ範囲:P.515 - P.520

Ⅰ.緒言

 われわれは,1990年代初期から神経系細胞をはじめとする種々のドナー細胞の研究を開始し,特に神経幹細胞やES細胞(embryonic stem cell)などの幹細胞を用いた基礎研究を展開してきた.近年では実用化を念頭に臨床応用に最短位置と予想される骨髄細胞をドナー細胞とした神経再生研究に注目し,基礎的研究成果を数多く報告してきた1,2-9,11,13-21).その中でも特に神経再生作用の強い細胞群(骨髄間葉系幹細胞)は,経静脈内投与でも実験的脳梗塞に対して著明な治療効果が認められることを報告してきた.これらの基礎研究結果に基づき,2007年1月より脳梗塞亜急性期の患者を対象とした自己骨髄間葉系幹細胞の静脈内投与について,その安全性と治療効果について検討している.

研究

前脈絡叢動脈と後交通動脈の起始に関する検討

著者: 飯星智史 ,   野中雅 ,   宮田圭 ,   寳金清博

ページ範囲:P.523 - P.530

Ⅰ.はじめに

 前脈絡叢動脈(anterior choroidal artery:AchoA)はすべての脳神経外科医,脳血管内治療医にとって,非常に重要な血管であることに疑いの余地はない.AchoAと後交通動脈(posterior communicating artery:PcomA)の内頚動脈からの分岐や起始については解剖学,発生学的にすでに多く報告されている1,8,9,11,14,15).AchoAが内頚動脈─PcomA分岐部から起始するものや,PcomAと共通幹をもつもの,中大脳動脈(middle cerebral artery:MCA)から起始するものなどが報告されている.またAchoAとPcomA起始部が逆転している報告は過去3例あり3,6,7),AchoAの欠損の報告はほとんどない.今回,AchoA,PcomA分岐部近傍の脳動脈瘤に対して,読影に難渋した2症例を経験したので発生学的,文献的考察を加え検討する.

顔面異常筋電図モニタリングの減圧術操作に与える影響

著者: 福多真史 ,   大石誠 ,   平石哲也 ,   藤井幸彦

ページ範囲:P.531 - P.538

Ⅰ.はじめに

 われわれは,これまで片側顔面痙攣に対する神経減圧術中の顔面異常筋電図(abnormal muscle response:AMR)が,術後の症状消失を予測する術中モニタリングとして有用であることを報告してきた1,2,19).しかし,実際手術中のAMR所見によって手術操作がどのように変わるのかという,AMRモニタリングの及ぼす影響についての具体的な検討はなされていない.Mooijら12)はAMR所見を4つのカテゴリー,すなわち,Guiding:最初に圧迫していると思われた血管がAMR所見から責任血管ではないことがわかり新たな操作を追加した群,Confirming:責任血管を減圧してAMRが消失した群,Indirect confirming:髄液排出によりAMRが消失した群,Inconclusive:術中にAMRの決定的な変化が認められなかった群に分類し,予後との関係を検討した.その結果,Guiding群が74例中25例(33.8%),Confirming群が74例中39例(52.7%)で,統計学的な有意差には至らなかったが,他の2群に比べて術後の症状消失の率が高い傾向があったと報告している.

 今回,われわれは彼らの分類を応用して,術中AMR所見を詳細に検討し,実際の手術操作に与える影響と術後予後との相関を検討したので報告する.

テクニカル・ノート

コロラドマイクロディセクションニードルの使用経験

著者: 馬場史郎 ,   松尾孝之 ,   牛島隆二郎 ,   矢野浩規 ,   陶山一彦 ,   永田泉

ページ範囲:P.539 - P.544

Ⅰ.はじめに

 脳神経外科手術において,頭皮切開にはメスおよび頭皮クリップを用いることが一般的である.これまで電気メスは主に皮下や深部組織に使われ,表皮の切開に対しては創の治癒遅延や感染への恐れから敬遠されてきた.今回われわれは,頭皮切開にコロラドマイクロディセクションニードル(Stryker Co., Ltd.)を用い,その有用性を報告する.

症例

前大脳動脈水平部窓形成部に発生した未破裂脳動脈瘤の1例

著者: 照井慶太 ,   大林慎始 ,   清水美奈 ,   尾崎文教 ,   森脇宏 ,   龍神幸明 ,   板倉徹

ページ範囲:P.545 - P.550

Ⅰ.はじめに

 椎骨脳底動脈系の窓形成(fenestration)は時に経験される.内頚動脈系に発生した窓形成は前交通動脈にはよく認められるが,前交通動脈以外の窓形成の報告は少ない.今回,われわれは前大脳動脈水平部に発生した無症候性未破裂脳動脈瘤に直達手術を施行した症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

脳溝に沿ったくも膜下出血を再発し脳皮質下出血を来したアミロイド・アンギオパチーの1症例

著者: 川原一郎 ,   中本守人 ,   松尾義孝 ,   徳永能治

ページ範囲:P.551 - P.555

Ⅰ.はじめに

 脳アミロイド・アンギオパチー(cerebral amyloid angiopathy:CAA)は,高齢者に多く,臨床的には脳皮質下出血を繰り返すことで知られており,時にくも膜下出血(subarachnoid hemorrhage:SAH)や点状出血なども呈する場合がある.しかしながら,この場合のSAHは一般的に脳皮質下出血に引き続いて生じるもの(secondary SAH)と考えられており9),脳内出血を伴わずにSAHだけを呈する症例は極めて少ない1,3,5-8)

 今回われわれは,明らかな誘因もなく脳溝に沿ったSAHを繰り返し,同部位に脳皮質下出血を来した極めて貴重な症例を経験した.

脳血行再建術後に後大脳動脈に可逆的な狭窄を認めた類もやもや病の1例

著者: 宮本倫行 ,   黒田敏 ,   中山若樹 ,   岩﨑喜信

ページ範囲:P.557 - P.561

Ⅰ.はじめに

 もやもや病は,両側内頚動脈終末部に生じる進行性の狭窄病変を最大の特徴としている8).一方,類もやもや病は,画像上,もやもや病の診断基準を満たすものの,ダウン症候群やレックリングハウゼン病などの基礎疾患を伴う疾患である.ダウン症候群に伴うもやもや病は神経放射線学的に特発性のもやもや病と同様の所見を呈し,治療に関しても脳血行再建術が有効であるが,その成人例における治療の報告は少ないのが現状である3,6)

 今回,われわれはダウン症候群を伴った類もやもや病の成人患者に対して脳血行再建術を施行したが,術後1週間後に両側後大脳動脈(posterior cerebral artery:PCA)に一過性の狭窄が出現し,脳梗塞に至った症例を経験した.本症例における病態に関して文献的考察を加えて報告する.

無痛分娩後に発症した慢性硬膜下血腫の1例

著者: 冨士井睦 ,   新井俊成 ,   松岡義之 ,   唐鎌淳 ,   森本卓史 ,   大野喜久郎

ページ範囲:P.563 - P.568

Ⅰ.はじめに

 硬膜外麻酔施行時に偶発的に硬膜を穿刺すると,その後高い頻度で硬膜穿刺後頭痛(postdural puncture headache:PDPH)が出現することが知られている15).無痛分娩時に偶発的に硬膜穿刺が起きる割合は0.04~6%であり3),この場合発生するPDPHの頻度は50~80%と高率であるが,頭蓋内硬膜下血腫が指摘される例は稀である18).今回,われわれは硬膜外麻酔による無痛分娩後に慢性硬膜下血腫へ至った症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

アルコール性肝炎患者に発生した進行性多発性白質脳症の1例

著者: 小野恭裕 ,   菊池陽一郎 ,   勝間田篤 ,   西尾晋作 ,   河内正光 ,   松本祐蔵 ,   中村聡子 ,   間野正平

ページ範囲:P.569 - P.574

Ⅰ.はじめに

 進行性多発性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML)は,免疫力の低下した患者においてJCウイルス(JCV)の日和見感染によって起きる中枢神経系疾患であり,そのウイルスがoligodendrocyteに感染増殖するために白質病変が主体となる脱髄性疾患である4,6,10).PML発症の基礎疾患としてはAIDS(acquired immunodeficiency syndrome)や臓器移植後の免疫抑制剤使用患者などに発生することが多い4,6,10).今回われわれは,human immunodeficiency virus(HIV)陰性で免疫抑制剤などを使用していないアルコール性肝炎患者にPMLの発生を経験したため,若干の文献的考察を含め報告する.

連載 臨床神経心理学入門

第1回 序論―高次脳機能を学ぶワケ

著者: 河村満 ,   板倉徹

ページ範囲:P.575 - P.583

 本号より,新連載「臨床神経心理学入門」がはじまります.本連載では,脳神経外科医の日々の臨床に役立つ神経心理学の知識を,全8回にわたってご解説いただきます.本号では,連載の開始に先駆け,本連載をプランニングいただいた河村先生,各回のご監修をいただいた板倉先生の対談を掲載いたしました.本号の記事をお読みになった読者のみなさまが,少しでも神経心理学にご興味をお持ちになり,次回以降の記事に期待を寄せていただけるようであれば幸いです.

「脳神経外科」編集室

コラム:医事法の扉

第50回 「予防接種」

著者: 福永篤志 ,   河瀬斌

ページ範囲:P.586 - P.586

 予防接種は,麻疹,結核などの一類疾病(予防接種法2条2項)と,インフルエンザの二類疾病(同条3項)に対して行われます.最近では,新型インフルエンザが記憶に新しいでしょう.

 では,予防接種の副作用で患者に健康被害が発生した場合,被害の塡補はどうなるのでしょうか.この問題は,「賠償」と「補償」を理解することから始まります.賠償も補償も,「行為(接種)」と「結果(後遺障害など)」との因果関係がなければ請求できません.両者の違いは,「賠償」が接種側(当該医師や国)に過失がなければ成立しない一方で,「補償」は過失を必要としない分その塡補範囲は制限されているという点にあります.以前は「補償」されなかったのですが,多くの予防接種を実施すると,ある確率で後遺障害は発生するので,予防接種制度を維持するためにもこの被害は過失の有無にかかわらず「補償」すべきであると考えられ,昭和51年に補償規定が設けられたのです(最近では「産科補償制度」など).

書評

『プロメテウス解剖学アトラス 頭部/神経解剖』―坂井 建雄,河田 光博●監訳 フリーアクセス

著者: 濱口豊太

ページ範囲:P.538 - P.538

 『プロメテウス解剖学アトラス 頭部/神経解剖』は視認性に優れた解剖図と洗練された説明文によって学習者の知的吸収を促進する肉眼解剖学教科書である.先に刊行された第1巻には,総論と運動器系,第2巻には頚部・胸部・腹部・骨盤部が収録され,第3巻の本書は,高次神経機能を支える脳と脊髄,神経機能としての知覚系,運動系が展開されている.頭部に集中する視覚・前庭覚・聴覚・味覚・嗅覚などの知覚受容器と,消化器と呼吸器の入口である口腔,咽頭部の学習に適した書である.

 「全体から局所へ」「単純から複雑へ」「1つの器官から臓器間の機能的関連へ」,本書のシリーズは一貫していくつかの段階に分けて解剖している.最初に頭蓋左側面を示し,左側面から見た骨の範囲や境界を識別して局所の構造理解へと誘う.全体から局所への流れだ.頭蓋骨構造の次は表情筋が概観され,そこに血管,神経,結合組織などの位置関係と機能が解説される.脳神経の序盤までの図は立体的かつ色で識別された肉眼解剖図であるが,それ以降,単純平面図と立体構成図とを使い分けている.これは単純から複雑な構造の理解を読者にもたらす手法であろう.脳幹の神経核や末梢神経節の局在と神経走行,あるいは,視覚・聴覚・前庭覚などの知覚器の構造と機能を読者に理解させるために,この手法は効果的だ.

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編集後記 フリーアクセス

著者: 片山容一

ページ範囲:P.594 - P.594

 この号にも,読みごたえのある多数の原稿をいただいた.ご執筆くださった先生方に深く御礼を申し上げる.中瀬裕之教授が扉に書かれているように,米国の医療は恐るべき状況になっているらしい.数十年前には想像もできなかった.わが国でも,医療の最後の砦・大学病院が陥落寸前である.

 思い返してみると,数十年前の医療は,かなり素朴なものだった.それから,医療は急速に高度なものに進歩した.高度医療の対象になる疾患が増え,そこに投入される資材も人材も多様化してきた.その結果,国民医療費は,国民がみんなで負担することのできる限度を超えてしまったようである.ところが,国民の健康への希求には際限がない.医療が進歩すればするほど,それにつれて高度医療への欲求も増大する.だから,とうとう帳尻が合わなくなった.これが医療問題の本質だろう.みんなの負担を抑えようとすれば,医療を供給する側が悲鳴を上げる.もうお手上げだからと各々の負担に任せれば,裕福な人々に医療資源が吸い上げられ,医療を受給する側の大多数は我慢するしかなくなる.これでは,もはや解決する方法はないように見える.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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