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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科39巻9号

2011年09月発行

雑誌目次

Professional SpiritとResearch Mind

著者: 藤井幸彦

ページ範囲:P.835 - P.836

 本年5月6日から8日にかけて,第31回日本脳神経外科コングレス総会が開催されました.未曾有の東日本大震災で被災され,地元に甚大な被害を受け,その災害医療に昼夜を問わず奮闘されておられたのにもかかわらず,本総会を成功裏にまっとうされた小笠原邦昭会長をはじめとした岩手医科大学脳神経外科の皆様に,心から敬意を表します.

 

 本総会は「脳神経外科医のProfessional SpiritとResearch Mind」の主題のもとに行われ,練りに練られたプログラムはどれも素晴らしいものであった. その中でも,私にとって特に印象的だったのは,プレナリーセッションの「ニューロリハビリテーションの進歩」であった.運動麻痺や失語症の改善に向けた新たな試み,ロボット支援,ブレイン・マシン・インターフェースが紹介された.ニューロリハビリテーションは,神経科学の実践・検証の場と言っても過言ではないだろう.再組織化(皮質機能再構築),半球間抑制,脱抑制などの神経科学的用語が頻繁に登場した.運動障害や失語症の回復に健常側(病巣の反対側)を連続経頭蓋磁気刺激(rTMS)で刺激すると機能予後が改善することや,皮質再構築が3カ月でピークになることなどが紹介された.それを知り,大変嬉しく感じた.と言うのも,15年ほど前に研究を行い,到達した機能回復の仮説に一致していたからである.周知のごとく,可塑性(plasticity)は脳のもつ基本特性の1つであり,脳卒中などの器質的脳疾患に伴う脳機能障害の回復も脳の可塑性に負うところが多いとされている.障害された本来の脳機能を代償すべくさまざまな脳活動の変化が生じる.残念ながらヒトの脳における機能代償の機序は未だ解明されていないが,それを探るべく,当時,新潟大学脳研究所に日本で最初に導入されたばかりの3テスラMRI装置を用いて,中田 力教授のご指導のもと,fMRIによる研究を行った.多くの諸先輩方・片麻痺患者の方々にご理解・ご協力をいただき,研究を遂行した.技師さんも,看護師さんもおらず,数人の研究者のみですべて自分たちで対処しなければならなかった.インフォームドコンセントはもちろん,自ら自家用車で患者を送迎し,MRI装置を操作し,データを解析し,ときには,最新鋭のMRI装置の修理さえ自分たちで行った.そんな苦労して遂行した研究から興味深い結果が得られた.

総説

神経膠腫の分子生物学に基づいた治療戦略

著者: 廣瀬雄一

ページ範囲:P.837 - P.847

Ⅰ.はじめに

 神経膠腫は,脳組織の中に浸潤性に成長するため,後遺症を残さずに手術で完全に切除することは困難である.一般的にMRI画像において,病変周辺のT2強調画像で高信号を示す領域は脳浮腫と考えられているが,神経膠腫の場合はこの部分には腫瘍細胞が必ず侵入しているとされており,しかも,さらに外側の画像検査上は正常に写る部分にも,腫瘍細胞が存在すると考えられている.

 神経膠腫患者の予後を規定する因子として手術による切除率が注目されており,術中MRIの導入や5-アミノレブリン酸を用いた腫瘍組織の化学標識などにより高い切除率での手術が可能になってきたが,いかなる方法を用いても大半の神経膠腫は外科手術によって根治できないと考えられ,補助療法の併用は不可欠と考えるのが妥当である.しかしその一方で,血液脳関門のために腫瘍への効果的な移行が期待できる薬剤の種類が少ないという問題もあり,治療効果の高い補助療法がなく,神経膠腫は脳神経外科領域においては長年にわたって治療困難な疾患であった.

 その中で1つの進歩といえるのが,近年のテモゾロミドの臨床導入である.DNAメチル化剤であるテモゾロミドは,膠芽腫に対する治療効果がさまざまな形で欧米から報告されているが,従来の化学療法剤と比較すると骨髄抑制が弱く,外来診療により治療を維持することも可能で,わが国でも神経膠腫治療の中心的役割をもつ薬剤になっている29).しかしながら,テモゾロミドによる化学療法は患者のquality of lifeを維持しながら延命効果を示すものの,現時点では,決して悪性神経膠腫の根治を約束するものではなく,腫瘍のもつ薬剤抵抗性は依然として大きな問題である.今後この問題を克服するためには,化学療法剤の分子薬理学と神経膠腫細胞の生物学的特徴に関する知見の蓄積が重要である11)

 一方,放射線治療は古くから神経膠腫に対する有用な補助療法として認識されてきたが,これのみで神経膠腫の進行を完全に阻止できるものではなく,しかも晩期的副作用としての高次脳機能障害という大きな問題があるため,一般的に行われている分割照射による治療を腫瘍の進行に応じて繰り返し行うことができない.したがって通常1回しか行われない放射線治療について,その施行時期をいつにすべきかは大きな問題であるが,未だ諸家の意見が神経膠腫全般にわたる一致には至っていないと思われる.

 このように,極言するなら,治療法の進歩にもかかわらず,悪性神経膠腫は決して高い治療効果が約束された腫瘍ではなく,各種治療法のさらなる発展が必要である事態は従来と比べて大きな変化がないといえる.現時点では神経膠腫に対して単独で根治を誘導できるような治療法はなく,神経膠腫の治療にあたっては各種の治療法をいかに組み合わせて有効性を高めるかを考えなければならない.

 最近の試みとしては,有効な治療反応性マーカーを用いて補助療法の進め方を検討する動きがあり,その際のマーカーは腫瘍の遺伝学的解析から得られるものを用いるのが主流になりつつある.また腫瘍生物学の研究から得られた知見を応用した,いわゆる分子標的治療も神経膠腫の治療に導入されつつあり,その効果を予測する上でも分子生物学的な検討が必要であることが既に報告されている.

 本稿では神経膠腫に関する遺伝学的解析の発展とその臨床的意義を解説するとともに,神経膠腫の分子生物学的な特徴と分子標的治療との関連性についても解説し,神経膠腫の治療成績向上のための考察を提示する.

解剖を中心とした脳神経手術手技

鞍上部腫瘍に対する手術アプローチUpdate―頭蓋咽頭腫を中心に

著者: 渡邉督 ,   佐藤拓 ,   市川優寛 ,   佐久間潤 ,   齋藤清 ,   永谷哲也

ページ範囲:P.849 - P.857

Ⅰ.はじめに

 頭蓋咽頭腫は下垂体柄から発生し,さまざまな伸展形式をとる. トルコ鞍内に伸展すると下垂体,下垂体柄を圧迫する. 上前方に伸展すると視交叉,視神経を圧迫し,しばしば強く癒着する.上後方に伸展すると第三脳室内に入り込み,視床下部に癒着する.あるいは,側方や後方にも伸展する.また,内頚動脈,前大脳動脈,中大脳動脈,脳底動脈およびその各穿通枝などを巻き込み,癒着する.これらの伸展形態,および設定するゴールにより戦略を検討するが,特に小児では基本的に全摘出を目指すべきである.

 Approachとしては伸展形式に合わせてpterional,subfrontal,interhemispheric,orbitozygomatic,petrosalなどを選択することができる.われわれが用いている両側前頭開頭によるbifrontal basal interhemispheric approachは,術野が広くいろいろな伸展形態に対応が可能で,最も確実に全摘出を目指すことができる術式と考えている7).また,近年では経鼻的内視鏡下摘出術が発展している.わが国ではKitanoらが顕微鏡下拡大蝶形骨洞手術による頭蓋咽頭腫摘出を報告しており5),内視鏡下拡大蝶形骨洞手術が発達した現在,鞍上部に進展した腫瘍も経鼻的に摘出されるようになった.今後さらに適応が拡大すると考えられる1,2)

 本稿では,頭蓋咽頭腫を中心とした鞍上部腫瘍に対するapproachとして,代表的なbifrontal basal interhemispheric approachとextended endonasal endoscopic approachを解剖学的視点から考察し,手術手技について述べる.解剖を熟知すればおのずと必要な手術操作を行うことができる.

症例

小脳橋角部に発生したmeningeal melanocytomaの1例

著者: 御神本雅亮 ,   瀬尾善宣 ,   伊東民雄 ,   中川原譲二 ,   中村博彦 ,   田中伸哉

ページ範囲:P.859 - P.864

Ⅰ.はじめに

 頭蓋内発生のmeningeal melanocytomaは2005年までに31例しか報告がないなど珍しい腫瘍であり,その中でも小脳橋角部での発生は極めて稀少である4,5).今回,われわれは小脳橋角部に発生したmeningeal melanocytomaの1例を経験したので,文献学的考察を加え報告する.

高齢者の大脳半球に発生したpilocytic astrocytomaの1例

著者: 吉田優也 ,   塚田利幸 ,   橋本正明 ,   林裕

ページ範囲:P.865 - P.869

Ⅰ.はじめに

 毛様性星細胞腫(pilocytic astrocytoma)は一般的には20歳以下の若年者に発症し,境界の明瞭な囊胞性腫瘤を形成する増殖の緩徐な星細胞系腫瘍である10).小脳,視床下部,視神経などに好発し,大脳半球に発生することは稀である.今回われわれは,本腫瘍が高齢者の大脳半球に発症した極めて稀な1例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

脳出血に脳梗塞を続発したもやもや病の1例

著者: 冨井雅人 ,   西野晶子 ,   平野仁崇 ,   松島忠夫 ,   水野順一

ページ範囲:P.871 - P.875

Ⅰ.はじめに

 成人の出血発症のもやもや病で,引き続いて虚血(脳梗塞)症状を併発することは稀ながら経験される.しかし,そのほとんどは出血後11~16日後の出血後亜急性期のことが多い.われわれは出血発症後24時間以内の短時間に,出血側の広範囲な脳梗塞を併発し死に至った症例を経験し,その病態および治療法に関して考察した.

海綿静脈洞より発生した囊胞性髄膜腫の1例

著者: 乾登史孝 ,   奥野修三

ページ範囲:P.877 - P.881

Ⅰ.はじめに

 髄膜腫は原発性脳腫瘍のおよそ4分の1を占める最も頻度の高い脳腫瘍であるが,囊胞性髄膜腫は全髄膜腫の4~7%と報告されており,比較的稀である5,9,10).そのため,術前診断では脳実質内悪性腫瘍や血管芽腫など囊胞を有する他病変との鑑別が困難となることも稀ではない.また発生部位別には円蓋部が最も多く,その他傍矢状洞などが多いとされているが,海綿静脈洞部からの発生は文献上渉猟し得る限りこれまでに報告がない.今回われわれは,海綿静脈洞側壁より発生したと考えられる髄膜腫が囊胞変性を呈し,広範に大脳深部に進展した症例を経験したので報告する.

脳原発リンパ腫様肉芽腫症の1例

著者: 香川賢司 ,   石田剛 ,   岡田仁

ページ範囲:P.883 - P.889

Ⅰ.はじめに

 リンパ腫様肉芽腫症(lymphomatoid granulomatosis:LYG)は稀なリンパ球増殖性肉芽腫性の全身性疾患で,多くは肺に単発あるいは多発性の腫瘤性病変が認められる.病変が皮膚,腎臓,中枢神経系など多臓器に及ぶ場合もあるが,他臓器に病変を伴わない脳原発のLYGは極めて稀である.今回,われわれは視野障害にて発症した脳原発LYGの切除例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

母血管温存を考慮して治療を行った高齢者未破裂囊状椎骨動脈瘤の1例

著者: 衛藤達 ,   安部洋 ,   竹本光一郎 ,   大川将和 ,   岩朝光利 ,   東登志夫 ,   阪元政三郎 ,   松本直樹 ,   井上亨

ページ範囲:P.891 - P.895

Ⅰ.はじめに

 椎骨動脈(vertebral artery:VA)─後下小脳動脈(posterior inferior cerebellar artery:PICA)分岐部の動脈瘤neck clippingの際には,母血管および穿通枝の狭窄・閉塞による虚血症状や,下位脳神経麻痺の併発に注意しなければならない.

 今回われわれは,高齢者で動脈瘤domeからPICAが分岐している未破裂囊状椎骨動脈瘤に対して,母血管を温存すべく後頭動脈(occipital artery:OA)-PICA bypassと瘤内コイル塞栓術を併用した治療を経験したので,文献的考察を加え報告する.

書評

細胞診を学ぶ人のために 第5版--坂本 穆彦●編

著者: 畠山重春

ページ範囲:P.889 - P.889

 『細胞診を学ぶ人のために 第5版』〈通称“学ぶ君”〉が,初版の発売された1990年からおよそ21年目となる今年,刊行された.本書は20年以上続くロングセラーである.約20年の間に何人の細胞診をめざす技師,医師が“学ぶ君”の世話になったのであろうか.

 この第5版では新たな執筆陣も多く加わり,まさに時代の流れとともに細胞診への応用範囲が多岐にわたることを裏付ける陣容となっている.目次を見て,細胞診の概論(第1章)に始まり,細胞の基本構造,基礎組織学,病理組織学分野と続き,その後の標本作製法や染色法,顕微鏡操作法,およびスクリーニング技術までの総論部分すべてが,細胞検査士ではなく細胞診専門医が執筆担当していることにふと気付いた.これには若干の戸惑いを覚えたが,興味を引いたのは免疫染色の記述である.細胞診においても免疫染色の応用が不可欠になっている現状に対応し,抗体の入手と保存に関する注意までが細やかに記され,免疫染色を試みる初心者の陥りやすい基本的事項までもが簡潔に記載されている.細胞検査士資格認定試験,あるいは細胞診専門医試験に挑む者にとっては確かに“学ぶ君”である.

連載 先天奇形シリーズ

(10)脊髄脂肪腫

著者: 師田信人 ,   荻原英樹 ,   上甲眞宏

ページ範囲:P.897 - P.917

Ⅰ.はじめに

 脊髄脂肪腫は潜在性二分脊椎の代表的疾患である.小児神経外科領域においてしばしば遭遇する疾患であり,多くは出生後早期に診断され,乳児期に初回治療を受ける.発生頻度は出生4,000名あたり1名といわれるが,潜在性であるがゆえに正確な実態は不明である1,6,49).外科治療が原則となるが,術後は排尿管理・整形外科的病変・脊髄係留症候群などに対する長期かつ専門的な経過観察が必要となる.その一方で,乳児期に診断されず,年長児あるいは青少年期になり発症することもある.そのため,小児神経外科専門医だけでなく,一般脳神経外科医にとっても基本的な疾患概念の理解,診断・治療の進め方を理解しておくことは重要である.

 ここでは,最も代表的な腰仙部脊髄脂肪腫(脊髄円錐部脂肪腫,脊髄終糸脂肪腫)を中心に,稀な病態である脊髄軟膜下脂肪腫にも触れながら,脊髄脂肪腫の発生・診断・手術および予後について述べる.

特別寄稿

AANS 79th Annual Scientific Meeting(2011年4月9~13日)--AANS杉田虔一郎記念国際シンポジウムに寄せて・2

著者: 本郷一博

ページ範囲:P.919 - P.921

 2011年4月9日から13日まで,米国コロラド州デンバーにて第79回米国脳神経外科学会(AANS)がトロント大学のProf.Rutka会長のもとに開催された(写真1).今回のAANSは,特に2つの点で日本の脳神経外科にとりとても意義深い学会であったので,ここにご報告させていただく.1つは,杉田虔一郎先生を偲び,また業績をたたえるためAANSのプログラムの1つとしてSugita International Symposiumが開催されたこと(写真2),もう1つは,信州大学名誉教授の小林茂昭先生が,AANS International Lifetime Recognition Awardを受賞されたことである(写真3).杉田先生は信州大学および名古屋大学の教授をされ,小林先生は杉田先生の後任として信州大学の教授をされていた.いずれも信州大学に深く関わっており,お二人を師にもち信州大学に所属している私にとって,誠に光栄で感慨深いことであった.

 会長のProf.Rutkaが今回このような企画を考えられたのは,本誌8月号の記事でも紹介しているように,杉田先生が教授として名古屋大学に戻られたときに始められたSugita Scholarshipに留学生として来日し,杉田先生からマイクロサージェリーをはじめ多くのことを学んだことがきっかけとなっている.Prof.Rutkaご自身が会長をされる学会のときに,このようなシンポジウムを企画したいと以前から考えていたのだと思う.AANS側はテンプル大学のProf.Loftusに,日本側では名古屋大学の若林俊彦教授と私に企画運営への協力要請があり,一緒にお手伝いをさせていただいた.

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欧文目次

ページ範囲:P.833 - P.833

ご案内 第16回 認知神経科学会学術集会

ページ範囲:P.864 - P.864

会 期 2011年10月22日(土),23日(日)

テーマ 認知神経科学の基礎と応用

会 長 蜂須賀研二(産業医科大学リハビリテーション医学講座・教授)

会 場 産業医科大学ラマツィーニホール

お知らせ

ページ範囲:P.917 - P.917

投稿ならびに執筆規定

ページ範囲:P.924 - P.924

投稿および著作財産権譲渡承諾書

ページ範囲:P.925 - P.926

略語および度量衡単位について

ページ範囲:P.927 - P.927

次号予告

ページ範囲:P.929 - P.929

編集後記

著者: 佐々木富男

ページ範囲:P.930 - P.930

 巻頭に藤井幸彦教授が書かれた扉「Professional SpiritとResearch Mind」は,中堅・若手の先生方にぜひ,読んでいただきたい内容である.藤井教授がfMRIを用いて取り組んでこられた臨床研究に対する熱き思いと苦労,その成果が臨床応用に貢献している喜び,そして神経科学研究へのあくなき探究心がみごとに表現されている.まさに脳神経外科医のあるべき理想の姿であり,このような人生を送られている藤井教授をうらやましく思う.

 廣瀬雄一教授が執筆された「神経膠腫の分子生物学に基づいた治療戦略」は,グリオーマ研究を専門にしてはいない研究者にもわかりやすく解説されているすばらしい総説である.最近,話題となっているテモゾロミドの作用機序,その有用性と問題点,病理組織学的診断に1p/19qの欠損やIDH1変異を加味した新たなGradingと予後,今後目指すべき方向性などについて明快に解説されている.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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