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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科40巻3号

2012年03月発行

雑誌目次

「想定外」

著者: 片岡和夫

ページ範囲:P.197 - P.198

 「想定外」という言葉は,天災・悲劇を語る上で繰り返し出てきます.2011年3月,わが国は想定外の規模の大震災に襲われ,多くの人々の尊い命,財産,未来が失われました.そして,想定外の福島原子力発電所事故が起きました.原子力発電所の職員たちの懸命の作業により,チェルノブイリ原子力発電所事故のように多くの人命が失われる事態には至りませんでしたが,事故による放射能汚染は広範囲に及び,今後,多大な費用と長期間にわたる地域の人々の苦悩が続くと考えられます.想定外とは,事前に予想した範囲からはずれることを意味しています.確率の極めて低い天災をすべて完全に予防することは現実的にできないと思います.しかし,確率の低いと思われる災害でも,歴史的スパンや地球的レベルで考えると,いつか・どこかで必ず起こっています.したがって,天災を完全に予防することはできなくても,その被害をできるだけ少なくする「減災」にいかに取り組むかが,国家・社会・そして1人ひとりにとって大切です.

 今回の大震災を含め,戦争・経済危機など国家的災いを歴史的に振り返った時,人為的誤謬がしばしば指摘されます.責任ある当事者が恣意的に,あるいは注意を払わず「起こったら都合の悪いことは起こらないこと(想定外のこと)にしよう」という意識に陥ってしまい,その結果,さらに大きな被害を生じることがあります.1979年に起きたスリーマイル島原子力発電所で起きた事故は,米国の原子力に携わる人々に多大な教訓をもたらし,重大事故が起きた時,その影響ができるだけ少なくなるようにさまざまな対策が検討され,実施されてきました.しかし,今回の福島原子力発電所事故では,こうした米国で検討された対策が日本では十分考慮されていなかったのではとの疑問が報道されています.

総説

脳血管内治療の最新デバイス

著者: 石井暁

ページ範囲:P.199 - P.209

Ⅰ.はじめに

 脳血管内治療の治療成績はデバイスに依存する部分が大きく,本邦では1997年にGuglielmi detachable coil(GDC, Stryker)が導入され爆発的に普及した.しかし,本邦では,欧米のみならずアジア諸国よりも新規デバイスの審査に大幅な時間を要し,いわゆる“device lag”に悩まされてきた.近年,少しずつではあるが,医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査は迅速化しつつあり,特にこの3年間は新規デバイスの承認が相次いだ.

 本稿では,過去3年間に承認された新規デバイスの中で,特に治療戦略を大きく変化させた4つのデバイスを中心にreviewし,将来的に導入されるであろう最新デバイスについても触れたい.

研究

類上皮腫に対する外科的治療と長期治療成績

著者: 菊地善彰 ,   竹村直 ,   久下淳史 ,   佐藤慎哉 ,   嘉山孝正

ページ範囲:P.211 - P.219

Ⅰ.はじめに

 類上皮腫は,これまで,部分摘出とすれば高率に再増大し,術後の水頭症の合併も多いと考えられてきており,Yaşargilら9)やSamiiら6)に代表されるように,全摘出が勧められてきた.しかし,しばしば脳神経や血管との癒着が強い腫瘍であり,morbidityは決して低くはない.また,近年では残存する腫瘍の再増大率は比較的高くなく,増大する場合でもその増大速度は非常に遅いという報告が散見されるようになってきている7)

 類上皮腫に対する当科の手術方針は,腫瘍被膜とその周囲のくも膜を可能な限り鋭的に剝離し,可及的摘出を原則としているが,剝離不能な場合はmorbidityを来さぬことを第一義とし,無理な摘出は控え意図的に亜全摘や部分摘出としてきた.

 今回,当科の類上皮腫に対する長期治療成績を検討したので,文献的考察を加え報告する.

症例

椎骨動脈窓形成部に発生した破裂脳動脈瘤の1手術例

著者: 森田隆弘 ,   高沢弘樹 ,   成澤あゆみ ,   川口奉洋 ,   佐々木達也 ,   西嶌美知春

ページ範囲:P.221 - P.227

Ⅰ.はじめに

 頭蓋内動脈の窓形成(fenestration)部に動脈瘤が発生することはよく知られており,過去の報告によるとfenestration部における発生率は全脳動脈瘤のうち約3%である11).一方,頭蓋内動脈の窓形成率は約0.7%と報告されており11),前交通動脈,中大脳動脈をはじめとした前方循環系に多く,椎骨動脈(vertebral artery:VA)のfenestrationが血管撮影上発見される頻度は近年の報告によると全fenestrationのうち約1%である14)

 今回私達はfenestration部に発生した破裂脳動脈瘤の1手術例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

巨大延髄背側血管芽腫の1治療例

著者: 鴨嶋雄大 ,   寺坂俊介 ,   下田祐介 ,   小林浩之 ,   黒田敏 ,   浅野剛 ,   山口秀 ,   村田純一 ,   寳金清博

ページ範囲:P.229 - P.234

Ⅰ.はじめに

 血管芽腫(hemangioblastoma)は,2007年のWHO分類では「その他の髄膜関連腫瘍」として記載されており,本邦の統計では全頭蓋内腫瘍の1.7%を占める良性腫瘍である4).頭蓋内に発生する大部分の血管芽腫は後頭蓋窩,特に小脳半球,虫部内に発生し,延髄など脳幹部に発生することは稀である8,19).頻度的に稀な腫瘍型であることから自然経過が不明なことに加え,同腫瘍型に対する外科治療は,小脳に発生する血管芽腫とは異なり術合併症の発症リスクが高い.頭蓋内血管芽腫のうち20%程度を占めるvon Hippel-Lindau(VHL)病関連血管芽腫を含めて,脳幹部血管芽腫に対する適切な外科治療開始時期に関しては,未だ議論のあるところである.今回われわれは,偶発的に発見された無症候性非VHL延髄背側血管芽腫に対し,経過観察を行い,結果として腫瘍径40mm以上に増大した状態で外科治療を選択しなければならなかった1例を経験した.同腫瘍に対する治療開始時期に関して,文献的考察を踏まえ報告する.

くも膜下出血で発症した特発性内頚動脈海綿静脈洞瘻の1例

著者: 淺野剛 ,   寳金清博 ,   森脇拓也 ,   新谷好正 ,   馬渕正二

ページ範囲:P.235 - P.239

Ⅰ.はじめに

 外傷性,特発性を含め内頚動脈海綿静脈洞瘻(carotid-cavernous fistula:CCF)の症状としては眼球突出,結膜充血,拍動音聴取などが主であるが,今回われわれは重篤な頭部外傷や眼症状の既往がなく,重症くも膜下出血にて発症したdirect CCFの1例を経験したので報告する.

術後長期間を経て脳室腹腔シャントチューブが胸腔内へ迷入した1例

著者: 宮本淳一 ,   新島京

ページ範囲:P.241 - P.245

Ⅰ.はじめに

 水頭症に対する脳室腹腔短絡術(ventriculo-peritoneal shunt:VPS) は一般的な治療法である.シャントチューブが異所に迷入することは稀ではあるが,その報告は散見される.本稿では,VPS術後長期間を経て腹側シャントチューブが胸腔内に迷入し,無症候性の胸水貯留を来したが自然寛解した1例を報告し,迷入の機序について考察を加える.

脳炎を発症した再発性多発軟骨炎の1例

著者: 藤原聡 ,   善家喜一郎 ,   岩田真治 ,   正田大介 ,   末廣諭 ,   河野祐治

ページ範囲:P.247 - P.253

Ⅰ.はじめに

 再発性多発軟骨炎(relapsing polychondritis:RP)は,軟骨組織に炎症が繰り返し生じ,耳介・鼻・喉・気管などの軟骨炎,眼炎,血管炎などの炎症に伴う症状が再発性にみられる稀な全身性の自己免疫疾患である12).中枢神経系の合併症を伴うことがあるが,非常に稀である12).今回われわれは,脳炎を発症したRPの症例を経験したので,文献的考察とともに報告する.

Covered Stentを用いて治療を行った対側に高度狭窄病変を伴う頚部巨大仮性動脈瘤の1例

著者: 星野達哉 ,   大渕敏樹 ,   古市眞 ,   平山晃康 ,   片山容一

ページ範囲:P.255 - P.260

Ⅰ.はじめに

 頚部仮性動脈瘤は稀な疾患であり,動脈瘤による局所圧迫症状や瘤内血栓による虚血症状で発症する.治療は直達手術が一般的であるが,近年血管内手術の手技を用いた治療報告も散見されている.今回われわれは,対側の内頚動脈に高度狭窄を合併した高位の頚部巨大仮性動脈瘤に,covered stentを用いた治療を行った症例を経験したので報告する.

多発性脳出血にて発症した転移性悪性黒色腫の1例

著者: 四宮あや ,   岡田真樹 ,   畠山哲宗 ,   新堂敦 ,   中村丈洋 ,   川西正彦 ,   三宅啓介 ,   河井信行 ,   田宮隆

ページ範囲:P.261 - P.269

Ⅰ.はじめに

 多発性脳出血にて発症した原発不明の転移性脳腫瘍に対して,外科的摘出術を行い,悪性黒色腫と診断された症例を経験した.悪性黒色腫は,白色人種に比べ,黒色人種や黄色人種では発生が少なく27),文献的にも日本では,人口10万人あたり1年間に1.5人と,欧米諸国に比べて低いと報告されている15).このように,本邦での悪性黒色腫の発生率は少ないが,頭蓋内転移数は,全転移性脳腫瘍の1.5%を占め,7番目に多いとされている5).今回経験した悪性黒色腫の脳転移症例について,文献的考察を踏まえ報告する.

塞栓術中にコイルが逸脱してきた内頚動脈瘤の1例

著者: 林健太郎 ,   堀江信貴 ,   森川実 ,   竹下朝規 ,   陶山一彦 ,   永田泉

ページ範囲:P.271 - P.276

Ⅰ.はじめに

 近年,脳動脈瘤に対するコイル塞栓術はますます普及しつつある.Wide-neckの動脈瘤では,塞栓術中や術後にコイルが母血管に逸脱してくることがある.今回,われわれは内頚動脈瘤の塞栓術中に,離脱したコイルが逸脱してきた症例を経験した.文献的考察を加えて報告する.

読者からの手紙

「柔道における重症頭部外傷」の論文(39(12):1139-1147)について--柔道事故予防に,脳神経外科医の火急の役割

著者: 藤原一枝 ,   永廣信治

ページ範囲:P.277 - P.279

 教育基本法の変化に応じて,2008年度に改訂された新学習指導要領により,2012年4月から中学1,2年の男女(約240万人)に,武道が“必修化”される.武道(柔道・剣道・相撲)の選択は学校ごとであるが,既に7割程度が柔道を選択している.経験の有無を問わず指導は体育科教諭によるので研修があり,武道場の整備も進んでいる.

 ところが,文部科学省外郭団体の日本スポーツ振興センターが1983年から集計している「学校管理下の死亡・障害」事例から,中学・高校でのスポーツ事故を解析した教育学者・内田良の研究(2010年)5)により,柔道による死亡が27年間に110例と多く,他のスポーツより死亡確率も高い,事故は初心者に多い,死因に急性硬膜下血腫が多く転帰不良であることが,“社会的に”初めて明らかになった.

海外留学記

Cedars-Sinai Medical Center研究留学

著者: 峰晴陽平

ページ範囲:P.281 - P.283

はじめに

 2008年9月より2011年8月までの3年間,米国ロサンゼルスのCedars-Sinai(シーダスサイナイ)Medical Centerに研究留学いたしました.日本では脳動脈瘤ともやもや病の感受性遺伝子を同定する研究を行っておりましたが,渡米後は新たな分野へ挑戦しようと思い,グリオーマの免疫遺伝子治療の開発に関わる研究に携わりました.本稿で紹介する内容が,留学に興味をもたれている方々の参考になればと思います.

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欧文目次

ページ範囲:P.195 - P.195

お知らせ

ページ範囲:P.227 - P.227

ご案内 第21回 日本聴神経腫瘍研究会

ページ範囲:P.239 - P.239

会  期 2012年6月9日(土)

会  場 興和株式会社 東京支店(11F大ホール)(〒103-0023 東京都中央区日本橋本町3-4-14)

     Tel:03-3279-7480(当日のみ)

ご案内 第10回 脳神経外科勉強会

ページ範囲:P.245 - P.245

日  時 2012年4月7日(土)12:00─17:45~8日(日)8:30─16:00

会  場 藤田保健衛生大学病院 外来棟403号室

ご案内 第8回 新都心神経内視鏡症例検討会

ページ範囲:P.245 - P.245

開催日 2012年5月26日(土)15:00より

テーマ 「内視鏡下血腫除去」

幹  事 名古屋大学医学部附属病院脳神経外科 永谷哲也

会場 大塚製薬株式会社本社ビル9階会議室(東京都)

ご案内 第5回 脳血管手術研究会

ページ範囲:P.253 - P.253

日  時 2012年7月1日(日)9:00~16:00

会  場 キャッスルプラザホテル(名古屋市中村区名駅4-3-25)

ご案内 第52回 日本定位・機能神経外科学会

ページ範囲:P.253 - P.253

開催日 2013年1月18日(金)~19日(土)

会  長 伊達 勲

開催場所 岡山コンベンションセンター

投稿ならびに執筆規定

ページ範囲:P.286 - P.286

投稿および著作財産権譲渡承諾書

ページ範囲:P.287 - P.288

略語および度量衡単位について

ページ範囲:P.289 - P.289

次号予告

ページ範囲:P.291 - P.291

編集後記

著者: 𠮷田一成

ページ範囲:P.292 - P.292

 本号の発行は,未曾有の大震災から1年目に当たる.甚大な被害を受けた,東北新幹線,仙台空港が,衆人の予想に比して早い時期に復興し,日本もたいしたものだと感じた人も少なくないと思う.しかしながら,被災地の多くの復興は,遅々として進んでいないようである.管轄の異なる既存の多数の法律が,復興計画の妨げになっているとも聞く.総理大臣が毎年変わる不安定な政権にも大きな問題があろう.政治の重要性を,しみじみと感じる今日この頃である.

 「扉」で片岡和夫先生が,震災後に,再び頻繁に耳にするようになった,「想定外」という言葉を取り上げて,医療における不慮,不測の問題を語られている.ヒト由来乾燥硬膜の移植による医原性プリオン病の発生は,メーカーや管轄省庁にも大きな責任があるが,「脳」という神の領域にメスを入れている脳神経外科医にとっては,忘れてはならない問題である.治療がうまくいけば,神様のように思っていただけるが,ひとたび合併症が起きれば,脳という臓器の特異性から極めて重篤な事態となり,脳神経外科医は,患者様,ご家族にとっては,悪魔にもなってしまう.ときには,刑事責任を負うこともありうる.「想定外」,「不測」の意味をいまさら解説する必要もないが,「想定外」,「不測」の事態は,あくまで,その人にとって「想定外」,「不測」であったわけである.幅広い知識,技量,判断力などがあれば,想定できるのではないだろうか.本号には,総説,研究が各1編,症例8編の原著論文が載っている.「想定外」という観点からすると,総説や研究論文は,どちらかというと教科書的な最新の情報を与えてくれるもので,症例報告の中には,病態,治療などに関して,「想定外」の事項が記載されている.前述のように,技量を磨くことにより,多くのことを想定できるようになる.最近では,主要なジャーナルが症例報告をあまり採用しない傾向にあるが,本誌は日本語であるということに加えて,症例報告を多く採用している.このことは,脳神経外科医が,「想定外」を少なくし,医療の安全性,水準の向上に寄与しているものと考える.これからも,臨床の現場で不慮,不測の事態が起きた時に,問題を十分に解析して,その対応策を示すような論文を多数投稿していただきたい.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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