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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科41巻9号

2013年09月発行

雑誌目次

軍陣医学と日本の脳神経外科

著者: 森健太郎

ページ範囲:P.753 - P.754

 昨年防衛医科大学校に赴任して間もなく,私は関連施設である自衛隊中央病院を訪ねた.自衛隊中央病院は,世田谷区池尻という都会の一等地に忽然と存在する,広大なる陸上自衛隊三宿駐屯所敷地内に併設された自衛隊職域病院である.軍服で身を固めた門兵に防衛教官の身分証明書を提示して駐屯所内に入ると,周辺の軍事関連施設群とはやや違和感を覚えるように,近代的な白亜の病院がそびえている.脳神経外科部長である有本医師に手術室などを案内していただいた.有本部長より「彰古館という資料館がありますので,ご覧になりますか」と聞かれ,あまり気のりがしなかったが案内されるままに,同じ三宿駐屯所内の陸上自衛隊衛生学校内に併設された彰古館を訪れた.

 その彰古館は,うらぶれた小さな建物であり,なぜか人目をはばかるようにひっそりと佇んでいた.当時の彰古館学芸員であった木村益雄さんの案内で踏み入れた資料室は,失礼ではあるが一見薄汚い印象であったが,次の瞬間から私は目を疑うものを次から次へと目撃することとなった.彰古館には,明治初期から太平洋戦争,さらに現代にいたる数々の軍陣医学に関する多くの資料と外科機器や日本最古のX線撮影装置などの現物が保存されている.作家・渡辺淳一氏の『光と影』の題材となった寺内正毅大尉(後の内閣総理大臣)の西南戦争・田原坂の激戦で受傷した上腕骨貫通銃創の術後写真,作家・新田次郎氏の『八甲田山―死の彷徨』の題材となった雪中行軍遭難者たちの凍傷図(昨年,同資料館で実物写真が偶然に発見されNHKで放映された),乃木希典大将の銃弾片の残る足のX線写真や,はては乃木大将のご子息であり,日露戦争でお亡くなりになった勝典歩兵少尉の腹部銃創からの摘出弾まで保存されていた.

総説

脳神経領域での最新の抗凝固療法

著者: 矢坂正弘

ページ範囲:P.755 - P.764

Ⅰ.はじめに

 脳神経領域における抗凝固療法のよい適応疾患として,心原性脳塞栓症,脳静脈洞血栓症,および抗リン脂質抗体症候群などが挙げられる.本稿では新規経口抗凝固薬(novel oral anticoagulants:NOAC)の登場を受けて,非弁膜症性心房細動に伴う脳梗塞の再発予防におけるNOACの位置づけや,抗凝固療法と抗血小板療法の併用療法における最近の話題を中心に概説する.

研究

急性期脳卒中患者のせん妄症状に対する抑肝散(TJ-54)の有効性の検討

著者: 中﨑公仁 ,   森貴久 ,   岩田智則 ,   宮崎雄一 ,   高橋陽一郎

ページ範囲:P.765 - P.771

Ⅰ.はじめに

 本邦では,高齢者人口の増加に伴い,脳血管障害(脳内出血,脳梗塞を含む脳卒中)有病者は増加の一途を辿っている11).高齢者における,脳卒中など内科的全身疾患に伴う非特異的な症候としてせん妄があり,最も重要な老年症候群の1つとされている.脳卒中におけるその頻度は12~48%と報告され2,5,6,12),せん妄症状が起きると,単に精神的症状というだけでなく,治療に対する患者の協力が得られなくなり,リハビリテーションを含むすべての治療の障害となる.

 脳卒中入院後に起きる,せん妄症状に使用される薬剤としては,ハロペリドール,リスペリドン,オランザピン,クエチアピンなどがあるが,2005年に米国FDA(Food and Drug Administration)から,非定型抗精神病薬が認知症患者の死亡率を高めるとの勧告が出された22).以後,同様の報告が相次ぎ4,17),これらの薬剤は原則的に使用が困難となってきている.

 抑肝散(TJ-54)は従来,神経症や不眠症に対して用いられてきたが,近年,認知症周辺症状であるbehavioral and psychological symptoms of dementia(BPSD)に改善効果があると報告されている7).その後,精神科,神経内科領域では抑肝散(TJ-54)の有効性が相次いで報告されているが,急性期脳卒中の領域では報告が少ない8)

 今回われわれは,脳卒中を発症して緊急入院後にせん妄症状が出現した患者に対する抑肝散(TJ-54)の効果と安全性について後ろ向きに調査した.

症例

Azygos anterior cerebral artery aneurysmを合併したNoonan症候群の1例

著者: 劉美憬 ,   佐藤慎祐 ,   山口浩司 ,   阿部圭市 ,   乙供大樹 ,   岡田芳和

ページ範囲:P.773 - P.777

Ⅰ.はじめに

 Noonan症候群は特異的な顔貌と複数の先天異常を有する症候群であり,出生1,000人から2,500人に1人の罹患率といわれている16).遺伝形式として常染色体優性遺伝の形式をとり,責任遺伝子として12番染色体長腕のPTPN11が同定されている15),Noonan症候群と診断された約半数の症例で同遺伝子変異が同定され,先天性心疾患,成長障害,両眼開離や耳介低位などの特異的顔貌,骨格異常,精神運動発達遅滞,血液凝固障害,リンパ管形成障害,停留精巣などの合併が知られている.Noonan症候群における予後に関与する因子としては特に先天性心疾患が挙げられ,そのほかにリンパ管形成異常,血液学的疾患なども挙げられている.脳血管障害による死亡例の報告は極めて少なく,脳動脈瘤を認めた報告も稀であり,われわれが渉猟し得た症例は4例であった5,6,11).またNoonan症候群におけるazygos anterior cerebral artery(azygos ACA)aneurysmの報告はなく,今回azygos ACA aneurysmを合併したNoonan症候群の1例を経験したので文献的考察を加え報告する.

自然経過で縮小した症候性ラトケ囊胞と考えられる2例の治療経験からみた手術適応の検討

著者: 佐藤元美 ,   小割健太郎 ,   溝渕雅之 ,   津野和幸 ,   中嶋裕之 ,   吉岡純二

ページ範囲:P.779 - P.783

Ⅰ.はじめに

 ラトケ囊胞はその多くが無症候性であるが,進行性に増大した場合は頭痛,視力・視野異常,内分泌障害といった症状を呈することがある.症候性の場合,手術が選択されるが,その治療効果については症状により違いがある.また,近年,自然経過で縮小するラトケ囊胞と考えられる症例も散見されてきており2,7-9),手術適応を再考する余地がある.今回,われわれも2例の縮小するラトケ囊胞と考えられる症例を経験したので,近年の文献的考察を加え,その手術適応についての検討を報告する.

頚動脈ステント留置術後に生じた症候性亜急性期ステント内閉塞に対してPenumbra Aspiration Systemを用いた経皮的血栓除去術が再開通に有用であった1例

著者: 新居浩平 ,   江藤輔聖 ,   阿部悟朗 ,   野元康行 ,   風川清

ページ範囲:P.785 - P.789

Ⅰ.はじめに

 頚動脈狭窄に対する頚動脈ステント留置術(carotid artery stenting:CAS)における急性あるいは亜急性期のステント内血栓症は,重篤な神経学的合併症を来す危険があるにもかかわらず,標準化した治療法は確立していない1,6).今回,われわれはCAS後の亜急性期に生じた症候性のステント内閉塞に対し,経皮的血栓除去術が再灌流療法に有用であったので報告する.

脳底動脈解離によるくも膜下出血の1例

著者: 雄山博文 ,   鬼頭晃 ,   槇英樹 ,   野田智之 ,   和田健太郎

ページ範囲:P.791 - P.795

Ⅰ.はじめに

 脳動脈解離は近年の画像診断の進歩に伴い,従来よりも高い頻度で生じていることが明らかになってきている15).しかしながら脳底動脈解離は比較的稀な疾患であり,われわれはその1例を経験したので報告する1,2)

連載 教訓的症例に学ぶシリーズ

血管構築の術前把握が困難であった未破裂末梢性中大脳動脈大型脳動脈瘤の直達手術に際しバイパス術の併用が有用であった1例

著者: 黒木亮太 ,   伊野波諭 ,   佐山徹郎 ,   西村博行

ページ範囲:P.797 - P.802

Ⅰ.経験症例

1.症例

 66歳女性,右ベル麻痺の精査を契機に頭部MRIで未破裂左中大脳動脈瘤を指摘され,当科に紹介された.高血圧と高脂血症に対し内服治療中であり,くも膜下出血や未破裂脳動脈瘤の家族歴はなかった.意識は清明で,神経学的所見に異常を認めなかった.血液・生化学的所見に異常所見はなかった.頭部CTで左シルビウス裂内に側頭葉に埋没する石灰化を伴う腫瘤を認めた(Fig.1A).頭部MRIでは腫瘤の内部中央は,T1強調画像で等信号(Fig.1B),T2強調画像(Fig.1C)とFLAIR画像(Fig.1D)では高信号を呈し,血栓化は認めなかった.脳血管撮影では,左内頚動脈撮影にて左M2下方に動脈相(Fig.2A,D)ではほとんど描出されないが静脈相(Fig.2C,F)で濃染される15mmの大型動脈瘤を認めた.動脈瘤から流出するinferior trunkも動脈瘤と同様に静脈相で最も強く描出されたが,動脈瘤neckや母動脈は同定困難であった.

脊椎脊髄手術に必要な基本的知識

(1)神経学的診断法

著者: 金彪

ページ範囲:P.807 - P.815

Ⅰ.はじめに―神経学的検査の重要性と,神経外科医の優位性

 手術治療に本来の使命がある脳神経外科医が,外来あるいは病棟において神経学的診察を行う際には,限られた時間のなかで問題の本態を見極めることが必要である.例えば痛みの原因として,神経根の圧迫,癒着性変化―血流障害,末梢神経―糖尿病やビタミン欠乏による神経炎,脊髄の障害,視床などの中枢の障害を鑑別するのみでなく,筋骨格,関節の問題も検討しなければならない.運動障害についても同様である.運動,知覚症状全体にわたって鑑別診断を考え,中枢から末梢まで神経系全体に原因を検討できることが重要である4,6).このことは,とりもなおさず神経系が専門の外科医の優位性である.いわば神経外科医の本領であるので,この評価に熟達していることをわれわれは大切にしなければならない.神経学的診察により病態を考察し,そのうえで画像検査と電気生理学検査11)と照らし合わせて確認することを丹念に積み上げていくことで,病因に関して嗅覚ともいえる判断力を身に着けることができる.病態とは離れた訴えや所見,情報に惑わされない判断力を身に着けることは,心理的な修飾が大きいこの領域においてことに重要である.診断力はとりもなおさず適応判断に直結することであり,手術後に患者の満足度の高いよい結果を出すためにも重要である.

脳神経外科手術手技に関する私見とその歴史的背景

11.Gliomaの治療--手術的治療を中心にして

著者: 米川泰弘

ページ範囲:P.817 - P.837

Ⅰ.はじめに

 筆者は,1993年にZürich大学脳神経外科主任教授に着任した後,2007年5月の退官の期日をはさんで2011年末までにgliomaの手術を1,036回行った(Fig.1).これは同じ期間の脳動脈瘤の手術1,039回に匹敵する回数である.その間に前者は,治療的には放射線療法(radiotherapy:RT),化学療法(chemotherapy)の発展,手術的には術中MRI,navigationなどの発達があり,後者は,endovascular surgeryの発展で治療の様相が変わり,その治療成績はともに改善してきたといえる.

 本稿では,筆者が経験してきた自執刀glioma症例についての成績,そのfollow-up,印象をcase report的に提示し,種々の技術的,治療的問題点,それらの歴史的な変遷にも言及するが,読者の日常診療のご参考になれば幸いである.

読者からの手紙

火中の栗を拾う人--平川公義先生追悼文に寄せて

著者: 藤原一枝

ページ範囲:P.804 - P.805

 東京医科歯科大学名誉教授の平川公義先生への追悼文(No Shinkei Geka 41(5):436-437, 2013)に,問題を抱えた場所に立てば人権を重視して火中の栗を拾ってこられた先生の姿を追加したいと思います.1989年に設立した臨床スポーツ医学会関係のご活動もその1つです.

 平川先生は,京都府立医科大学教授時代の1982年に,アメリカンフットボール(アメフト)の交流試合で急性硬膜下血腫になった京都大学4年生の死亡事故に遭遇し,「事故を起こさないのが指導者の責任」と頭を切り替えた京都大学アメフトチームの監督の協力も得て,初めて関西中の重症頭部外傷の実態を調査・分析し,事故予防策を講じました(この後,同チームはめざましく強くなりました).東京医科歯科大学に異動された後は,日本全国のアメフトチームに対して事故予防の啓発運動を行い,この分野での対策を浸透させた後,ラグビー,五輪のボクシング,アマチュアボクシングなどの事故予防にも関わりました3)

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欧文目次

ページ範囲:P.751 - P.751

ご案内 第11回新都心神経内視鏡症例検討会

ページ範囲:P.764 - P.764

開 催 日 2013年11月2日(土)午後3時より

テ ー マ 水頭症(髄液生理学再考)

演題締め切り日 9月30日

幹  事 名古屋市立大学脳神経外科 間瀬光人

開 催 地 株式会社大塚製薬工場本社ビル9階(東京・神田)

お知らせ

ページ範囲:P.771 - P.771

投稿ならびに執筆規定

ページ範囲:P.840 - P.840

投稿および著作財産権譲渡承諾書

ページ範囲:P.841 - P.842

略語および度量衡単位について

ページ範囲:P.843 - P.843

次号予告

ページ範囲:P.845 - P.845

編集後記

著者: 片山容一

ページ範囲:P.846 - P.846

 この号にも,多くのすばらしい論説や論文が掲載されている.森健太郎教授の「扉」に始まり,金彪教授および米川泰弘教授の連載に至るまで,誰しも読み応えがあると感じるだろう.著者の方々の本誌に対する熱意に心から御礼申し上げたい.

 藤原一枝先生の「読者からの手紙」を読んで,故平川公義教授のお手伝いをさせていただいたことを懐かしく思い出した.「頭部外傷10か条の提言」を編纂したときのことである.何度も夕方から出版社の会議室に集まり,夜遅くまで議論をした.手前味噌で恐縮だが,電車のつり革を架橋静脈に擬したイラストは,私のアイデアである.何をそんなに議論することがあったのか.学問としての記述よりも,現場での問題を的確に扱うことに重点を置いていたからのように思う.学問としての記述を厳密にすればするほど,かえって現場での問題を解決できなくなることがよくある.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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