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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科42巻2号

2014年02月発行

雑誌目次

国境なきアジア時代の始動

著者: 河瀬斌

ページ範囲:P.97 - P.98

 20世紀には,アジア諸国というと「途上国」の代名詞のようなレッテルが貼られており,西洋諸国にもっぱら目を向けていた日本は,同じアジアの国でありながらこれらの遅れている国々にあまり興味を示さなかったと言っても過言ではないでしょう.われわれ脳神経外科医も例外ではありませんでした.しかし,ミレニアムを境にしてアジアは大きな変動を遂げているという現実を早く察知しなければ,日本はアジアからも浮いた存在になりかねません.

 30年前にはずっと遅れをとっていた韓国,台湾は今では日本と同等かそれ以上の生活レベルを築きました.韓国では大統領が医療を輸出産業として育てたために,医療は今や消費産業どころかその技術を利用して外国人を治療し外貨を稼いでいるのです.中国は20世紀の終わる直前までマイクロ手術もままならない国でしたが,21世紀に入って驚異的な進歩を遂げ,日本の政治経済を脅かしているのはご存知の通りです.北京,上海は一歩空港を降りるとロサンゼルスと見間違うほどの変貌を遂げていますが,日本の高度成長期と同じく,公害がひどく人間や社会の落ち着きはありません.ほとんどの大病院ではMRIを導入し,今ではマイクロ,内視鏡手術が当たり前になって来ています.しかし,医療のハードがよくなってもソフト面ではもう一歩という所でしょう.インドでは多くの貧民を抱えていますので医療の国内格差が大きく,治療のできない貧しい患者が多い一方で,富裕層の病院では医療技術が着実に向上し,日本の病院のほうがむしろ貧しく見えるほど立派な設備をもっています.インドは英語圏でもあり日本より早くIT化を進めてきたおかげで,西洋諸国と時差がある点を生かして米国の夜のIT需要を賄っていると言われています.米国でインド系の脳神経外科の教授が数多く誕生しているのを見ると,国境を越えた彼らのバイタリティーと強い結束力を感じます.東南アジア諸国は国によってまだ大きな差がありますが,シンガポール,香港などは東京以上に洗練された都会であり,優れた医療制度を築いています.一方,タイ,ベトナム,インドネシア,ネパールでの医療は日本と比べ30~40年の遅れがあり,未だ日本の技術援助が必要ですが,タイやマレーシアでは最近優れた外国の医師と先端医療設備を備えた「国際病院」を建設し,高い医療レベルの見本を提供し国内の医療技術の向上に役立っているだけでなく,自国より安い費用で高い技術の医療を求める患者が先進国から集まっています.中国でも数多くの国際病院が計画されていると聞きます.一方,カンボジア,ミャンマーでは長年の内戦の歴史のためインフラが未整備なので,現在はむしろ一般医療を必要とし,脳神経外科の分野が発展するにはほど遠い状況です.カンボジアでは国民の平均年齢がなんと30歳代なのです.それは30年前にポルポト政権によって数多くの成人が,そしてほとんどの医師,教師などの知識人が殺害されてしまったためです.そのために医療を教える人材がいないので,脳神経外科医を目指す若者は海外で学んでいるのが現状です.

総説

傍鞍部腫瘍の自然歴と治療適応の検討について

著者: 大宅宗一 ,   松居徹

ページ範囲:P.99 - P.107

Ⅰ.はじめに

 傍鞍部腫瘍性病変には,髄膜腫・下垂体腺腫・ラトケ囊胞・頭蓋咽頭腫・胚細胞腫・脊索腫・転移性脳腫瘍などがあり,こうした腫瘍の自然歴は,良性腫瘍である前者3つの腫瘍性疾患で特に重要である.近年では偶然こうした腫瘍が発見される機会が増えており,疾患を治療すべきか経過観察すべきかの判断には自然歴の深い理解が必須である.本稿では,①髄膜腫,②下垂体腺腫,③ラトケ囊胞の3つの傍鞍部良性腫瘍に関する最近の知見をまとめ,現在の問題点に関して議論したい.

研究

橋出血による認知機能障害の検討

著者: 根木宏明 ,   山根文孝 ,   大沢愛子 ,   前島伸一郎 ,   石原正一郎

ページ範囲:P.109 - P.113

Ⅰ.はじめに

 近年,テント下病変と認知機能の関係が注目されている.その中でも小脳の病変で,視空間性障害や無言症,感情障害,失文法,注意・遂行機能障害などの認知機能障害が出現することは以前から知られていた.これらの記憶や感情などの障害をまとめて,cerebellar cognitive affective syndrome(CCAS)と呼ぶ概念も提唱されている14)

 脳幹部病変でみられる認知機能障害の報告は少ないが,橋出血のリハビリテーションを行う中で,認知機能障害を呈する患者を臨床ではしばしば経験する.そこでわれわれは,橋出血と認知機能障害に関して,代表症例を提示するとともに,血腫量や病巣との関係について検討を行った.

症例

急性期再開通療法におけるsusceptibility-weighted angiography(SWAN)を用いた血栓局在同定の有用性:3例報告

著者: 大西宏之 ,   松本昭大 ,   清水淳哉 ,   中尾善弘 ,   奥田泰章 ,   萬野理 ,   谷口博克 ,   矢木崇善 ,   黒岩敏彦

ページ範囲:P.115 - P.121

Ⅰ.はじめに

 急性動脈閉塞に対する急性期再開通療法は,recombinant tissue-type plasminogen activator(rt-PA)静注単独療法から,現在はMerci retriever(Concentric Medical Inc, Mountain View, CA, USA),Penumbra system(Penumbra Inc, Alameda, CA, USA)の認可に伴い,rt-PA無効例や発症後4.5時間が経過した症例に対しては機械的血栓回収療法が治療の中心となっている2,8,9).機械的血栓回収療法を行う際に,血栓の局在同定を行うことは治療を安全に行う上で有益な情報であり,当院では3 Tesla MRIでのsusceptibility-weighted angiography(SWAN)を治療前に撮像し,良好な治療結果を得ている.このSWANは3DのT2強調像をベースとした撮像法で磁化率変化を鋭敏に捉えることができ,従来の2D gradient echo法によるT2強調像よりも空間分解能が向上し,短時間でかつ高signal-to-noise ratio(SNR)の画像が得られるのが特徴である7)

 今回,内頚動脈閉塞症,中大脳動脈閉塞症,脳底動脈閉塞症の3症例を提示し,急性期再開通療法におけるSWANの有用性について文献的考察を加え報告する.

免疫正常者のCryptococcus neoformans var. gattii髄膜脳炎によるcryptococcomaに対し外科的切除術が奏功した1例

著者: 稲田拓 ,   今村博敏 ,   川本未知 ,   関谷博顕 ,   今井幸弘 ,   谷正一 ,   足立秀光 ,   石川達也 ,   峰晴陽平 ,   浅井克則 ,   池田宏之 ,   小倉健紀 ,   柴田帝式 ,   別府幹也 ,   阿河祐二 ,   清水寛平 ,   坂井信幸 ,   菊池晴彦

ページ範囲:P.123 - P.127

Ⅰ.はじめに

 クリプトコッカス症は,主に呼吸器と中枢神経系に病変を作ることが多い真菌感染症である.本邦ではCryptococcus neoformansC. neoformans)が主な原因である.今回,われわれは免疫正常者が本邦では稀なCryptococcus neoformans var. gattiiC. gattii)によるクリプトコッカス髄膜脳炎を発症し,その治療中に酵母菌腫(cryptococcoma)を形成し抗真菌薬の全身投与および髄腔内投与に抵抗性であり,開頭摘出術が奏功した1例を経験したので報告する.

脳卒中で発症したreversible cerebral vasoconstriction syndromeの3例

著者: 伊師雪友 ,   杉山拓 ,   越前谷すみれ ,   横山由佳 ,   浅岡克行 ,   板本孝治

ページ範囲:P.129 - P.136

Ⅰ.はじめに

 Reversible cerebral vasoconstriction syndrome(RCVS)は,2007年にCalabreseら2)によって新たに疾患概念として提唱されたものであり,これまでにさまざまな名称(isolated benign cerebral vasculitis16),acute benign cerebral angiopathy14),reversible cerebral segmental vasoconstriction11),Call-Fleming syndrome11),CNS pseudovasculitis12),benign angiopathy of the CNS1),post-partum angiopathy17),migraine angiitis7),migrainous vasospasm16),primary thunderclap headache9),cerebral vasculopathy19))で散在性に報告されてきた疾患群を包括するものである.RCVSは雷鳴頭痛と頭蓋内血管攣縮を呈するのが特徴であり,この血管攣縮は通常3カ月以内に自然軽快するといわれている.しかしながら,ときに虚血性あるいは出血性の脳卒中を伴うことが知られており,脳神経外科診療においても遭遇する機会が多く,特に若年者の脳卒中の原因として知っておくべき重要な疾患群と考えられる.

 本稿では,自験例の中でさまざまなタイプの脳卒中で発症し,RCVSと診断された3例を提示するとともに,文献的考察を交えて報告する.

糖尿病合併下垂体卒中患者における動眼神経麻痺の鑑別に3D-FIESTA MRIが有用であった1例

著者: 山内貴寛 ,   北井隆平 ,   根石拡行 ,   常俊顕三 ,   松田謙 ,   有島英孝 ,   小寺俊昭 ,   新井良和 ,   竹内浩明 ,   菊田健一郎

ページ範囲:P.137 - P.142

Ⅰ.はじめに

 動眼神経麻痺の原因は,脳動脈瘤,脳腫瘍,内頚動脈海綿静脈洞瘻,炎症,糖尿病など多岐にわたる8).内科疾患に起因するものは原疾患の治療が重要であるが,下垂体卒中による動眼神経麻痺は可及的早期の手術が症状の改善に寄与するとの報告が多い1,3,4,8,9).長期間の糖尿病を有する下垂体卒中患者に生じた動眼神経麻痺の原因を鑑別するために,three-dimensional-fast imaging employing steady-state acquisition(3D-FIESTA)MRIを用いて,動眼神経の圧迫を明瞭に描出し得た症例を経験した.文献的考察を加えて報告する.

脳梗塞との鑑別が困難であった特発性脊髄硬膜外血腫の2症例--診断における頚部MRA元画像の有用性

著者: 上羽佑亮 ,   北条雅人 ,   宗光俊博 ,   鈴木啓太 ,   川崎敏生 ,   齋木雅章

ページ範囲:P.143 - P.148

Ⅰ.はじめに

 特発性脊髄硬膜外血腫の頻度は0.1人/100万人と非常に稀な疾患である6).しかし,本疾患は適切な治療が行われないことによって重篤な神経症状の残存や死亡に至ることがあり,早期診断とそれに続く治療が極めて重要である.また,片麻痺のみで発症した特発性脊髄硬膜外血腫は急性期脳血管障害と誤認されることがあり,適切な診断は必ずしも容易ではない.今回われわれは脳梗塞との鑑別に苦慮する特発性脊髄硬膜外血腫の2症例を経験し,その診断において頚部MR angiography(MRA)元画像が有用であったため,文献的考察を加えて報告する.

Cavernous sinusに発生したepidermoidの1例--解剖学的な分類と手術アプローチ

著者: 黒井康博 ,   吉村知香 ,   横佐古卓 ,   新井直幸 ,   大渕英徳 ,   広田健吾 ,   笹原篤 ,   萩原信司 ,   谷茂 ,   藤林真理子 ,   久保長生 ,   糟谷英俊

ページ範囲:P.149 - P.155

Ⅰ.はじめに

 Epidermoidは胎生期遺残組織から発生する稀な腫瘍であり,頭蓋内腫瘍の約1.3%を占める7).Epidermoidは,胎生第3~4週に外胚葉が迷入することにより発生すると考えられており,そのため好発部位は限定される.頭蓋内では小脳橋角部28)または錐体骨先端部,メッケル腔17-20),視交叉部またはトルコ鞍上部,脳梁,シルビウス溝,側脳室,第三・第四脳室16),小脳正中部,松果体部15)に好発する.また,脊髄腔内では腰仙部に好発する.一方,海綿静脈洞近傍に発生するepidermoidは非常に稀であり,現在に至るまで20例程度の報告があるのみである4-6,8-12,14,20-23,26,29).今回われわれは左外転神経麻痺で発症したepidermoidを経験したので,文献的考察を交えて報告する.

連載 脊椎脊髄手術に必要な基本的知識

(6)不安定性腰椎に対する腰椎固定術

著者: 川西昌浩

ページ範囲:P.157 - P.170

Ⅰ.はじめに

 腰椎固定術(以下,固定術)は,運動器である椎体間に,骨性癒合を得て支持性を獲得する手技であり,脊椎外傷,脊椎腫瘍,炎症性疾患,腰椎変性疾患などに広く行われている.変性疾患において,不安定性腰椎(すべり症,分離症)に対しては安定性獲得のために,変形(変性側彎,後彎)に対しては矯正を目的として,固定術が行われている.脊椎・脊髄を扱う脳神経外科にとって,固定術の各種手術法に対する基礎的な理解は重要である.本稿では,不安定性腰椎に対する固定術について,その適応や各手術方法,各術式における解剖を中心に述べてみたい.

脳神経外科をとりまく医療・社会環境

大学病院における院内教育支援の役割とその必要性--新・院内学級設立を通して見えてきたこと

著者: 藍原康雄 ,   岡田芳和

ページ範囲:P.171 - P.179

Ⅰ.はじめに

 近年,医療水準の向上や入院治療の長期化により,脳腫瘍などの固形腫瘍,白血病,腎(移植)疾患,心臓(移植)疾患などで年単位での入院生活を余儀なくされる子どもが増加しています.また,子どもの病気は,治療後も継続的な長期の療養が必要であり,長期療養中の子どもは,学習の遅れや社会的自立に対する困難さを感じています.

 脳腫瘍で長期入院を余儀なくされた子どもたちは,退院後も体力回復に時間を要すことがほとんどです.そのため自宅で療養をしながら,復学へ向けて準備を行うのが通常です.また,1~3カ月という短期入院患児であっても,復学するにあたり,体力回復が不十分であったり,学校側での患児の病態把握が困難なことから,他の児童と同様の活動ができないことを理由に普通学級への復学を拒否されたり,特別支援学級への転入を勧められたりすることは少なくありません.一方で,原籍校(普通学級)に復学してもいじめの対象になる場合などもあり,適応できずに結果的には特別支援学級のほうが良好な結果を得られることもあります.また,復学に際しては,学習の遅れや社会的自立への困難感,学校側の理解不足など多くの問題があり,子どもたちの学習環境は十分とはいえない状況があります.

 これらの問題に対して,入院期間中から学習環境の整備や退院時の復学支援だけでなく,復学後にも相談が行えるような連携窓口などの整備が重要であると感じていました.また近年では,小児がん拠点病院の選定条件の1つに「院内学級設置の有無」が重要項目に示されており,長期入院患児に対する院内における教育支援環境が見直される時期にきていると思われます.しかし,院内学級の設立においては,「本校」(後述)の設定も含めて行政との連帯が不可欠であるばかりでなく,学級運営においても解決すべき課題が多く,院内学級の設置準備は後回しになっているのが現状です.

 今回われわれは,大学病院という環境を活かして,入院・通院する長期療養児に対して,学習支援のみならず社会的自立,療養生活に必要なセルフコントロール獲得の支援なども含めて,幅広く子どもの教育を支援することを目指す院内学級として,「院内教育支援室」を設立しました(Fig.1).この構想は,特に院内長期入院・療養生活を必要とする子どもたちのために,従来の院内学級,訪問学級体制をさらに改革した教育支援体制であり,院内の多職種や地域・行政と連携して設立・運営することを目的としました.しかし,設立に至るまでの道のりは険しく,設立過程において浮き彫りとなった解決すべき医学上および教育システム上の問題点について報告いたします.

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欧文目次

ページ範囲:P.95 - P.95

お知らせ

ページ範囲:P.113 - P.113

ご案内 第7回脳血管手術研究会

ページ範囲:P.142 - P.142

テ ー マ 脳神経外科血管障害基本手術手技~開頭からアドバンスまで~

日  時 2014年4月27日(日)9:00~16:00

会  場 キャッスルプラザ3階「孔雀の間」(名古屋市中村区名駅4-3-25)

投稿ならびに執筆規定

ページ範囲:P.182 - P.182

投稿および著作財産権譲渡承諾書

ページ範囲:P.183 - P.184

略語および度量衡単位について

ページ範囲:P.185 - P.185

次号予告

ページ範囲:P.187 - P.187

編集後記

著者: 吉峰俊樹

ページ範囲:P.188 - P.188

 日増しに夜明けが早くなってきました.政権が代わって1年余り,日本にも明るさが少しずつ戻ってきたようにみえます.さて,アジアの国々はどうでしょうか? まだ混乱と波乱,地域による差はあるものの,全体としては成長に向かって蠢動しているようにみえます.本号の「扉」には,このようなアジアの医療や脳神経外科について,河瀬 斌先生から「国境なきアジア時代の始動」をいただきました.世界で最も活発な国際的活躍をされている脳神経外科医である河瀬先生は,現在,世界脳神経外科連盟(WFNS)の首席副会長(First Vice President)を務めておられます.これはWFNSの中でも最も多忙で重要な役職だといわれています.昨年の韓国でのWFNS総会のように,必要に応じて会長の代理も務めることになっています.本稿では複雑な色合いのなか,一部で進歩が著しいアジアの脳神経外科の状況が生き生きと紹介されています.医療は国の経済に依存して発展し,社会の医療制度に従って育ち,特有の文化がこれに彩りを添えるように思います.これからのアジアの時代,アジアの文化の中で発展する脳神経外科の将来を想像するのも楽しいことです.

 大宅宗一先生と松居 徹先生による総説「傍鞍部腫瘍の自然歴と治療適応の検討について」も必読の力作です.社会や医学の進歩に従い,無症候性疾患の治療はますます大きな課題といえますが,本邦の医療レベルや医療環境はその自然経過の検討にとりわけ好適な条件にあります.今後ともこの種の検討が重ねられ,結果を世界に発信し,脳神経外科の進歩に貢献したいものです.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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