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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科42巻8号

2014年08月発行

雑誌目次

活物窮理

著者: 中尾直之

ページ範囲:P.699 - P.700

 「活物窮理(かつぶつきゅうり)」.1840年代に米国でクロフォード・ロングやウイリアム・モートンらによって行われたエーテル麻酔に先駆けること約40年,麻酔薬「通仙散」による全身麻酔で乳がん摘出手術を成功させた医聖・華岡青洲(1760~1835)が医業を営む上で常に信条とした言葉である.「生きた物の中にこそ物事の真理がある.すなわち,物事をよく観察することによってのみその真理を見極めることができる」という現在の実証医学にも通じる考え方である.

 華岡青洲は紀州平山(現在の和歌山県紀の川市)で外科医として診療を行いつつ,春林軒(しゅんりんけん)と呼ばれる医塾を主宰して全国から集まった多くの若手医師たちの指導を行った.青洲が没する1835年までの間,和歌山の片田舎にある春林軒を訪れた門弟はなんと1,000人以上を数え,身分や家格などを問わず,能力のある人材を幅広く受け入れたそうである.1774年に人体解剖学書「ターヘル・アナトミア」が前野良沢・杉田玄白らによって翻訳され,時はちょうど日本の医学が旧来の経験と勘によるものから実験と検証を重視する科学的なオランダ医学へと変わりつつあった時期でもある.このような時代背景のもと,青洲は麻酔薬の開発に着手する.そのきっかけは,青洲がまだ二十代前半で京都に遊学していた頃の経験に由来する.当時の外科手術はもちろん麻酔薬などなく,焼酎のような強い酒で患者を酔わせた状態で行っていた.外科手術はまさに死ぬような苦痛を伴ったであろう.このような状況をみて,青洲は「手術中の患者の苦しみをなんとかして和らげたい,どうすれば苦痛なしに多くの人の生命を救うことができるのだろうか」と思い悩んでいたに違いない.

総説

神経膠腫におけるエピジェネティクス機構とnon-coding RNAs

著者: 出口彰一 ,   近藤豊 ,   夏目敦至

ページ範囲:P.701 - P.709

Ⅰ.はじめに

 Glioblastoma multiforme(GBM)はgliomaの中で最も悪性度が高い.“multiforme”が示すように,この腫瘍の組織病理は非常に多岐にわたり,腫瘍内にheterogeneity(不均一性)がみられ,異なった形態や分化過程を経た腫瘍細胞の集簇である49).外科的手術,放射線治療,temozolomide(TMZ)などの化学療法を複合した治療を行っても,診断後の5年生存率は5%以下である53).GBMを悪性たらしめる機構を明らかにすることが,新たな治療開発の鍵である.

 GBMを含む多くの癌の共通の特徴として,genomeの変化と同時に異常なepigenomeの変化も発見されている21).The Cancer Genome Atlas(TCGA)での大規模なprofiling studyではgliomaの発生および進展に対してより深い考察がなされている38).まず,注目すべき発見はepigenomeを調整している遺伝子に多数の不活化の変異が認められたことである.この変異によってDNAメチル化,ヒストン修飾やヌクレオソームの形態に変化が生じ,それが異常な遺伝子の発現につながっている9).例えばgliomaの一部である,low grade gliomasやsecondary GBMはIDH1/2の変異とプロモーター領域にメチル化が多いG-CIMP(glioma CpG island methylator phenotype)が特徴的である.このようにgenomeとepigenomeの変化は独立した事象ではなく,お互いに関連し,クロストークされていると考えられ,それらを明らかにすることがGBMに対する新たな治療戦略への道標となる.

 タンパク質に翻訳され得る塩基配列情報をもつmessenger RNA(mRNA)はDNAから転写された遺伝情報を担っている.このmRNAと相補的に結合または,翻訳開始部位である3'末端に結合することでmRNAを破壊し,また翻訳を妨げるRNAの存在が発見され,これらをnon-coding RNAs(ncRNAs)という.特にmicroRNA(miRNA,miR)とlong non-coding RNAs(lncRNAs)などのncRNAsは多くの細胞機能と関連しているとされる22).最近の報告ではncRNAsは細胞分化や増殖の重要な調節因子としてだけでなく,多種の癌の癌抑制もしくは癌遺伝子の機能も有するといわれている11).つまりncRNAはgenomeに制御されない遺伝子の発現機構,epigenetics機構の1つであるといえる.このように,ncRNAsやepigenomeの制御因子は,腫瘍形成を含む多種多様の生理的,病理的な過程においてとても重要な役割を演じている.

 ncRNAを含めたepigenomeによる発現調節機構を理解することは,epigenomeを標的とした新たな治療を提示することにつながる.本稿ではgliomaにおけるepigenomeの研究についての近年の進歩を概説し,この疾患に対する新しい治療戦略の展望を示す.

症例

頭蓋内出血で発症した神経梅毒の1症例

著者: 高正圭 ,   柏崎大奈 ,   山谷和正 ,   黒田敏

ページ範囲:P.711 - P.716

Ⅰ.はじめに

 梅毒はTreponema pallidumの感染による代表的な性感染症で,慢性の全身性の感染症である.1940年代にペニシリンが開発されたことにより,梅毒の発生率は急激に減少した.しかし,近年,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)と梅毒の合併症例が増加しており,再び注目されている疾患である1,5,10).脳卒中の原因となる神経梅毒の病型としては髄膜血管型が挙げられるが,一過性脳虚血発作(TIA)や脳梗塞といった虚血症状として発症することがほとんどである1).今回,われわれは梅毒感染が原因と考えられた頭蓋内出血の稀な1例を経験したので報告する.

治療方針の決定にMRIが有用であった石灰化慢性硬膜下血腫の1手術例

著者: 伊藤美以子 ,   齋藤伸二郎 ,   近藤礼 ,   長畑守雄 ,   嘉山孝正

ページ範囲:P.717 - P.722

Ⅰ.はじめに

 石灰化慢性硬膜下血腫は全慢性硬膜下血腫の0.4~2.6%と稀なものである1,18).脳と癒着した被膜の剝離操作に起因する脳表の損傷の危険性があることや,手術による症状改善は期待できないとする報告2,3,6-8)もあり,治療法については手術の是非も含め一定の見解は得られていない.今回われわれは,術前のmagnetic resonance imaging(MRI)所見から,脳を損傷することなく被膜を含めた摘出が可能と判断して手術に臨み,顕微鏡下に全摘出し得た1例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

蝶形骨縁髄膜腫の摘出後に症候化した横・S状静脈洞硬膜動静脈瘻の1例

著者: 服部智司 ,   壁谷龍介 ,   圓若幹夫 ,   戸崎富士雄 ,   梶浦大

ページ範囲:P.723 - P.729

Ⅰ.はじめに

 硬膜動静脈瘻と脳腫瘍,特に髄膜腫との合併は,髄膜腫による静脈洞の浸潤閉塞など,硬膜動静脈瘻の成因の視点から論じられ報告されてきた6,8).今回われわれは,症候性外側型蝶形骨縁髄膜腫に合併した,同側の横・S状静脈洞部硬膜動静脈瘻が,腫瘍摘出後に症候化し,経静脈的コイル塞栓術により治癒した1例を経験した.シルビウス裂静脈(superficial middle cerebral vein, superficial sylvian vein)のドレナージ経路のバリエーションにより症候化した症例と考えられ,文献的考察を加えて報告する.

大脳半球円蓋部硬膜に発生した海綿状血管腫の1例―文献的に考察した画像の特徴について

著者: 米澤潮 ,   井川房夫 ,   浜崎理 ,   日高敏和 ,   黒川泰玄 ,   大沼秀行

ページ範囲:P.731 - P.735

Ⅰ.はじめに

 頭蓋内海綿状血管腫は剖検では人口の0.3~0.7%にみられ,脳動静脈奇形に次いで多い血管奇形である.MRIによる診断も近年増加傾向で,0.4~0.9%に認められるとされている11).一方で頭蓋内海綿状血管腫はその95%が脳内に存在するとされており,硬膜に発生するものは5%以下と稀である.その多くは中頭蓋窩に発生し,円蓋部の報告は少ない10).今回われわれは大脳半球円蓋部硬膜に発生した海綿状血管腫の1例を経験したので画像上の特徴について文献的考察を加えて報告する.

周術期管理に苦慮した動脈硬化を合併した成人類もやもや病の1例

著者: 坂田洋之 ,   藤村幹 ,   佐藤健一 ,   清水宏明 ,   冨永悌二

ページ範囲:P.737 - P.743

Ⅰ.はじめに

 もやもや病は両側内頚動脈終末部,前および中大脳動脈近位部が進行性に狭窄・閉塞し,その付近に異常血管網の発達を認める原因不明の特発性疾患である8,12).一方,動脈硬化や自己免疫疾患などの基礎疾患に伴って,血管撮影上もやもや病と同様の両側性内頚動脈病変を認める場合は,類もやもや病と診断される.脳虚血症状を有するもやもや病ならびに類もやもや病に対しては血行再建術が有効であり,高い治療効果が期待できる一方8),術後急性期の急激な脳循環動態の変化により脳虚血・過灌流症候群など多彩な病態を生じ得るため1,6),本治療における最大の課題は術後急性期の合併症回避といっても過言ではない.最近の周術期管理法の飛躍的向上により,もやもや病における血行再建術後の過灌流症候群は克服されつつあるが,動脈硬化や心疾患合併例など本来の周術期管理指針に沿った治療が困難な症例も存在するのが実情である.

 今回われわれは,周術期管理に苦慮した動脈硬化を合併した成人類もやもや病の1例を経験したので,報告する.

真のmixed pial-dural arteriovenous malformationの1例

著者: 牧貴紀 ,   舟木健史 ,   髙橋淳 ,   髙木康志 ,   石井暁 ,   菊池隆幸 ,   吉田和道 ,   牧野恭秀 ,   宮本享

ページ範囲:P.745 - P.750

Ⅰ.はじめに

 Mixed pial-dural arteriovenous malformation(mixed pial-dural AVM)はNewtonとCronqvistにより1969年に提唱された概念であり,硬膜動脈と軟膜動脈の両者がfeederとしてnidusに流入するAVMと定義されている5).この分類はAVMのfeederの種類に基づくものであり,nidusが硬膜と脳実質内の両方に存在することを必ずしも意味しない.近年では,硬膜動脈が脳表に近いpial AVMに流入することは稀ではないことが明らかになっている3).一方で,nidusそのものが硬膜表面と脳実質内の両方に存在する,いわば「真のmixed pial-dural AVM」の報告は,検査手法や顕微鏡手術が進歩した現在においても非常に稀である.

 われわれは小脳テントと脳実質内の両者にnidusが存在するmixed pial-dural AVMの1例を経験し,術中所見と病理所見の詳細な検討を行い得たため,文献的考察を加えて報告する.

連載 合併症のシステマティック・レビュー―適切なInformed Consentのために

(13)定位・機能的脳神経外科手術

著者: 深谷親 ,   山本隆充

ページ範囲:P.751 - P.768

Ⅰ.はじめに

 機能的脳神経外科で用いられる定位脳手術は,脳深部刺激療法(deep brain stimulation:DBS)のための電極挿入留置術と破壊(凝固)術に大別される.定位脳手術を用いた破壊術は,約70年前のSpiegelら87)によるヒト用定位脳手術装置の開発とともに始まった.またDBSは1960年代から主に難治性疼痛の治療法として始められ,1990年代に不随意運動の治療としても用いられるようになったのをきっかけに急速に普及した.

 DBSの手術症例数は全世界で10万例を超え,本邦でも既に6,000例以上にDBSが施行されていると推定される.一方,破壊術はその有効性を認められながらも1),特殊な症例を除き,施行されることは少なくなっている.DBSは「可逆性」と「調節性」という外科的治療には稀有な特長をもつため,破壊術よりも優先的に選択されることが多くなった.ガンマナイフや超音波を用いた定位破壊術61)の普及により,観血的な定位脳手術による破壊術は今後さらに症例数を減じていくことが予想される.

 本稿では,DBSと破壊術の両方の合併症を取り上げるが,上述の理由からDBSにより重きを置く.DBSは脳神経外科手術の中では特殊性の高いものであるが,手術手技そのものは比較的均一で術者間のばらつきが少ないため,合併症に関するデータの臨床的価値は高いと考えられる.ただし,これはいわゆる「手術手技に伴う合併症」に関してである.

 しばしば混同されるのが「手術手技に伴う合併症」と「刺激の副作用として生じる合併症」である.前者には,電極刺入時の頭蓋内出血や手術創の感染などが含まれる.後者には,刺激強度を上げていくことによって生じる眼球運動障害,異常感覚,痙縮や精神症状などが含まれるが,これらは刺激条件の調整により対応可能なことが多い.

 つまり刺激副作用の発生には,調整が適切か否かにかなりの部分が依存する.したがって手術手技に直接関係する合併症(手術合併症)と刺激の副作用として発生する合併症(刺激副作用)は,明確に区別して考えるべきである.本稿では,主に手術合併症について述べ,明確な発生率を示すことが難しい刺激副作用に関しては考察で述べるにとどめる.

脳卒中専門医に必要な基本的知識

(1)脳卒中リスクファクター管理

著者: 芝﨑謙作

ページ範囲:P.769 - P.776

Ⅰ.はじめに

 脳卒中は,本邦における死因の第4位であり,寝たきりになる原因疾患の第1位である.近年,遺伝子組み換え組織プラスミノーゲンアクチベータ(recombinant tissue plasminogen activator:rt-PA)療法やMerci®リトリーバーやPenumbraシステム®を用いた機械的再開通療法など,脳梗塞に対する超急性期治療は大きく変貌を遂げた.しかしながら,脳卒中リスクファクターの管理を行い,脳卒中の発症を予防することが最も重要である.本稿では,主な脳卒中のリスクファクター(危険因子)とその管理について概説する.

脊椎脊髄手術に必要な基本的知識

(12)脊髄外傷の急性期治療とその管理

著者: 鈴木晋介

ページ範囲:P.777 - P.793

Ⅰ.はじめに

 脊髄外傷(損傷)は,脳神経外科医にとってポピュラーな疾患ではないかもしれない.整形外科との境界領域であり,本邦では歴史的に先人である整形外科が主にマネジメントしている病院が多いようである.一方で,北米では脳神経外科医が急性期に手術するようになり,よい結果を報告している.脊髄外傷は若い世代と高齢者に二峰性ピークを有し発症する傾向があり21,23,25,26,30),いずれの年代に発症したとしても,重篤な機能障害を来し大きな社会問題となる.脊髄外傷は重篤な障害が遺残する点で,本人や家族の悲劇はもちろん,介護者,社会への影響も多大で経済的損失も計りしれない.だからこそ,彼らの残された機能を十分に発揮させ,社会復帰に導くように援助することが脊髄外傷を治療する者の責任であると痛感している.さらにそれが社会貢献につながると考えている.本稿では,脊髄外傷の急性期治療とその管理の要点について述べたい.

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欧文目次

ページ範囲:P.697 - P.697

ご案内 第13回新都心神経内視鏡症例検討会

ページ範囲:P.716 - P.716

開 催 日 2014年10月25日(土)午後3時より

テ ー マ 脳室内および脳実質内腫瘍へのアプローチ

ご案内 公益信託「時実利彦記念賞」平成27年度申請者募集

ページ範囲:P.722 - P.722

趣  旨 脳研究に従事している優れた研究者を助成し,これを通じて医科学の振興発展と日本国民の健康の増進に寄与することを目的とする.

研究テーマ 脳神経系の統合機能およびこれに関連した生体の統合機能の解明に意義ある研究とする.

お知らせ

ページ範囲:P.735 - P.735

お知らせ

ページ範囲:P.743 - P.743

「読者からの手紙」募集

ページ範囲:P.768 - P.768

投稿ならびに執筆規定

ページ範囲:P.796 - P.796

投稿および著作財産権譲渡承諾書

ページ範囲:P.797 - P.798

略語および度量衡単位について

ページ範囲:P.799 - P.799

次号予告

ページ範囲:P.801 - P.801

編集後記

著者: 岡田芳和

ページ範囲:P.802 - P.802

 瞬く間に本年も半ばを過ぎました.4月に発生した韓国の旅客船「セウォル号」の沈没事故では,現場のcommanderならびに会社,国の責任や指揮に多くの意見が出されました.翻ってわれわれの医療現場においてもさまざまな事故に遭遇していますが,正しく対応できているか考えさせられます.

 本号の「扉」欄では,中尾直之教授より「活物窮理」と題して華岡清洲の麻酔薬の開発記から,“治らないと思っている病を治すべく努力することと,治せる病を必ず治せるように”という日々の実地臨床教育現場で強く身につまされる言葉をいただいています.総説では出口彰一先生より「神経膠腫におけるエピジェネティクス機構とnon-coding RNAs」と題して,複雑怪奇で変幻自在な神経膠腫の解明について新たな糸口を報告いただいています.また,本号には3つの連載が掲載されています.鈴木晋介先生には「脊椎脊髄手術に必要な基本的知識」の第12回として,脊髄外傷の急性期治療とその管理について,豊富な症例をもとに治療ポイントとチーム医療の重要性を解説いただいています.深谷親先生には「合併症のシステマティック・レビュー」の第13回として,定位・機能神経外科手術の合併症に関して,PubMedなどから渉猟した全世界の2001年以降のデータを詳細に分析していただいています.芝﨑謙作先生には新連載「脳卒中専門医に必要な基本的知識」の第1回として,脳卒中のリスクファクター管理を明快に解説いただいています.さらに,症例報告では臨床に直ちに役立つ情報が満載されております.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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