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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科43巻10号

2015年10月発行

雑誌目次

外科医は何歳まで手術できるか

著者: 阿部弘

ページ範囲:P.867 - P.868

 厳冬期の1月末,私は朝6時に起きて雪かきをし,身支度を整え,朝食をとって7時半に自宅を出る.「今日は手術日だ!」と思うと身も心も引き締まる.朝のミーティングと入院患者の回診を終えて,9時過ぎに手術室へ入る.今日は,頸椎OPLLの前方除圧固定術である.顕微鏡下にて2椎体のcorpectomyを行い,骨化病変を慎重に摘出する.椎体の骨欠損部へは人工骨(ADD plus)を挿入して手術を終わる.手術時間は3時間半である.
 私は,北海道大学(北大)を退職してから,私立大学の教官や2〜3の病院へ勤務した後に,現在の病院へ赴任した.手術の機会を得て,数年間のブランクはあったが,慣れ親しんだ手術から手術を再開したところ,スムーズに滑り出すことができた.以来週2件の割合で手術を行い,現在はややペースを落として週1件手術を行っている.頸椎症,頸椎OPLL,腰部脊柱管狭窄症,腰椎椎間板ヘルニア,腰椎すべり症などの脊椎変性疾患が多い.北大時代は,同じ脊髄疾患でも,脊髄髄内腫瘍,脊髄AVM,頭蓋頸椎移行部病変,頸椎OPLL,脊髄空洞症などが多かった.現在最も多く手術を行っている腰部脊柱管狭窄症や腰椎すべり症の経験は北大時代は少なく,種々の文献,学会から学び,経験を重ねた.

総説

くも膜下出血後の遅発性脳障害—現状の整理と今後の治療ターゲット

著者: 鈴木秀謙 ,   川北文博 ,   刘磊 ,   中野芙美

ページ範囲:P.869 - P.877

Ⅰ.はじめに
 脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血(subarachnoid hemorrhage:SAH)では,初期治療の成功にもかかわらず遅発性に神経脱落症状が出現することがあり,遅発性虚血性神経脱落症状(delayed ischemic neurologic deficits:DIND)あるいは遅発性脳虚血(delayed cerebral ischemia:DCI)と呼ばれる36).かつてはDINDあるいはDCIの原因は脳血管攣縮であると単純化され,症候性脳血管攣縮という用語がDINDやDCIとほぼ同義に用いられてきた.しかし,過去60年以上にわたる脳血管攣縮をターゲットとした予防や治療の努力はSAHの予後改善にあまり結びつかず3),最近ではDINDあるいはDCIにおける症候性脳血管攣縮の重要性に関する認識は低下しつつある36).本論文では,SAH後の遅発性(虚血性)脳障害(delayed brain injury:DBI)に関する最新の知見を概説するとともに,今後の展望について述べる.

頭部外傷データバンク

著者: 亀山元信 ,   刈部博 ,   林俊哲 ,   成澤あゆみ

ページ範囲:P.879 - P.892

Ⅰ.はじめに
 頭部外傷データベース構築の目的はなんであろうか? 小川ら42)は重症頭部外傷の臨床疫学的調査の目的を「頭部外傷の予防,治療,予後研究に役立てること,これまで見逃されていたと考えられる外傷患者の予防,治療対策に役立てようとするものである.また,更に重症生存者に最適のリハビリテーションなど,患者家族が最も期待する対策を追求し医療が果たす社会的貢献を一層向上しようとするものである」と述べている.
 一方,わが国における代表的な疾患データベースである「がん登録」事業についてみると,従来のがん登録の種類には,院内がん登録,地域がん登録,臓器がん登録の3つがある.院内がん登録は,施設内で診断・治療を行ったすべてのがん患者についてその診断・治療・予後に関する情報を登録し,①施設のがん患者の受療状況の把握,②施設のがん患者の生存率の計測,③施設のがん診療の企画・評価のための資料提供,④がん診療活動の支援・研修のための資料提供,⑤診療患者の継続受診支援,⑥地域がん登録,臓器がん登録への診療情報の提供,などを目的としている.地域がん登録は,ある地域に居住する全住民の中に発生したすべてのがん患者について,診断・治療・死亡に関する情報を登録し,①地域のがん罹患率の計測,②がん患者の受療状況の把握,③地域のがん患者の生存率の計測,④検診などの予防対策の企画・評価,⑤医療施設への情報提供,⑥疫学研究の推進,などを目的としている.臓器がん登録は,学会や研究会が独自に実施している症例登録の総称であり,院内がん登録や地域がん登録に比較してさらに詳細な情報を収集して,国内のがん取り扱い規約や診療ガイドラインの作成・改定に用いられることが多い64)
 2013年12月6日に国会で「がん登録等の推進に関する法律(がん登録推進法)」が成立し,2016年1月から医療機関での院内がん登録情報の都道府県への提出が法的拘束力をもって開始される.さらにこれらのデータは国立がん研究センターの中に設置されている「全国がん登録データベース」に登録され,分析・研究されることになる.法律に裏づけされた疾患データベースの1つであるがん登録は,悉皆性が担保されており,さらに全国共通フォーマットであることから精度の高い分析成果を得ることが期待されている.
 疾患データベースの存在意義は法的な裏づけの有無にかかわらず,対象疾患を取りまく現状を知ること,そしてその座標軸を土台に対象疾患に対する新たなアプローチを医学的・社会的に展開する過程を通じて世界に貢献していくことにあると思われる.本稿では国内外のさまざまな頭部外傷データバンクについて概説する.

研究

脳神経症状を呈した未破裂脳動脈瘤に対するコイル塞栓術の治療成績

著者: 高正圭 ,   桑山直也 ,   秋岡直樹 ,   柏崎大奈 ,   黒田敏

ページ範囲:P.893 - P.900

Ⅰ.はじめに
 内頚動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤による動眼神経麻痺に代表されるように,脳動脈瘤による脳神経麻痺は広く知られた症候である6,7,13).多くの場合,脳動脈瘤が脳神経に接触して脈波を脳神経に伝達することで脳神経麻痺が出現すると考えられている.脳動脈瘤頚部クリッピング術後の脳神経麻痺の予後は比較的良好であることは周知の事実であるが8),近年,コイル塞栓術も脳神経麻痺を改善させる上で有用であることが知られつつある.コイル塞栓術の場合,脳動脈瘤と脳神経の解剖学的関係は変化しないものの,術後に脳動脈瘤の拍動や脈波が消失することで脳神経症状が改善すると考えられている1,2,10,13,18).しかしながら,コイル塞栓術による脳神経麻痺の回復を予測できる因子に関しては一定の見解が得られていないのが現状である.今回,われわれは当科での脳神経症状を呈した未破裂脳動脈瘤に対するコイル塞栓術の治療成績を検討したので,文献的考察を含めて報告する.

当院における小脳挫傷例の検討

著者: 梨本岳雄 ,   佐々木修 ,   野澤孝徳 ,   安藤和弘 ,   菊池文平 ,   渡部正俊

ページ範囲:P.901 - P.906

Ⅰ.はじめに
 外傷性後頭蓋窩血腫は全頭部外傷の3〜6%程度と言われており,その発生頻度は高くない2).特に小脳挫傷は稀であり,外傷性後頭蓋窩血腫の4分の1と言われている8).今回われわれは,当院における小脳挫傷例を後方視的に調査し,その発症機転,臨床経過,治療方法,予後について検討し,文献的考察を加えた.

テクニカル・ノート

内膜解離を生じた血管に対する頭蓋内微小血管吻合におけるsilicone rubber stentの使用経験

著者: 船津尭之 ,   川島明次 ,   望月悠一 ,   菊田敬央 ,   今中康介 ,   岡田芳和

ページ範囲:P.907 - P.912

Ⅰ.はじめに
 The Carotid Occlusion Surgery Study randomized trial10)により内頚動脈閉塞症による血行力学的脳虚血に対するextracranial-intracranial(EC-IC)bypassの有効性は否定されたが,脳神経外科領域において微小血管吻合手技は依然重要な役割を占めている1,4).一方で,手技のpitfallとして,内膜解離を生じた血管の微小血管吻合は,graft閉塞などトラブルの原因となることがある7,9)
 われわれは脳神経外科領域の微小血管吻合におけるsilicone rubber stentの有用性を報告してきた3,8).これまではもやもや病など,特に血管径が細いrecipient arteryに対する効果を強調してきたが,今回は内膜解離を生じ吻合操作が困難となることが予想される血管に対する微小血管吻合におけるsilicone rubber stentの使用経験を報告し,有用性,問題点および吻合時の工夫について述べる.

総頚動脈狭窄に対するステント術における総頚動脈へ直接カニュレーション可能な経上腕動脈ガイドシースの有用性

著者: 笠倉至言 ,   森貴久 ,   岩田智則 ,   丹野雄平 ,   青柳慶憲 ,   吉岡和博

ページ範囲:P.913 - P.918

Ⅰ.緒言
 頚動脈狭窄症に対する治療の選択肢として,頚動脈ステント留置術(carotid artery stenting:CAS)は現在広く普及している.CASの穿刺部位は,デバイスの径と血管の走行から,大腿動脈が選ばれることが多い.大腿動脈からの操作では,guidewireやcoaxial catheterを内外頚動脈まで進めてから,guide catheterを追従させることが一般的である.しかし総頚動脈に狭窄が存在する場合,このような手技では病変部損傷や遠位塞栓を惹起する可能性がある.
 上腕動脈アプローチ用guide sheathであるMSK-guide(Medikit, Tokyo, Japan)を用いると,coaxial catheterなどを先行させることなく,総頚動脈に直接カニュレーションすることが可能である.今回われわれは,総頚動脈狭窄病変のCASにおける,MSK-guideを用いた上腕動脈アプローチの有用性と安全性について検討した.

書評

—伊藤 壽一:監修,高木 明,平海 晴一:編—耳科手術のための中耳・側頭骨3D解剖マニュアル[DVD-ROM付] フリーアクセス

著者: 加我君孝

ページ範囲:P.920 - P.920

●ビギナーには最初から,ベテランには後ろから読み進めてほしい書
 現代の耳科学手術は人工内耳埋込術と頭蓋底外科というモダンな先端的手術と,60年の歴史のある鼓室形成術からなる.前者は耳科学のエキスパート,後者は耳科学を目指す新世代が最初に目標とする手術である.京都大学の伊藤壽一教授が他大学の参加者を募って,1年に2回,側頭骨の解剖を中心とする修練のためのコースを長い間開催してきた.国立大学の教室として,このような全国の耳科医に対してコースを開催し続けたのは京都大学のみである.最近では世界中の各地の大学で同様のコースが企画されているが,私も駆け出しの頃,ロサンゼルスのHouse Ear Instituteの側頭骨解剖コースに2回参加した.このコースから学んだことはたくさんあった.しかし,昨年突然閉鎖されたため,この伝統あるコースもなくなった.私だけでなく世界各国からの参加者はその教育への熱意,臨床のシステム,研究,そして米国の耳科学の伝統に強い印象を受けたことと思う.日本で同様のことができるであろうか.
 伊藤壽一教授と私は,UCLAに同時期に研究のために留学していたことがあり,それ以来親しい関係にある.ロサンゼルス留学で生まれた夢をわが国で実現したのが京都大学の側頭骨解剖コースと思われる.本書はその成果をA4判の大きなサイズの本に,鮮明な写真と3Dのstill写真と3D DVDが付録として付いている意欲作である.

症例

鉄鋼線が脳実質内へ完全に埋没した経眼窩的穿通性頭部外傷の1例

著者: 金恭平 ,   小野恭裕 ,   藤森健司 ,   藏本智士 ,   勝間田篤 ,   合田雄二 ,   河内正光

ページ範囲:P.921 - P.926

Ⅰ.はじめに
 銃社会でない本邦では,欧米諸外国と比べて穿通性頭部外傷は比較的稀である.また,諸外国も含めた穿通性頭部外傷に関する文献のほとんどが症例報告であり,異物の性状,刺入経路などによって病態がそれぞれ異なるため,エビデンスに基づく統一された治療ガイドラインはなく,症例ごとの検討が必要である.今回,われわれは鉄鋼線の一部が経眼窩的に頭蓋内へ刺入し脳実質内へ完全に埋没した稀な穿通性頭部外傷を経験したため,文献的考察を踏まえて報告する.

脳膿瘍治療中に発症したメトロニダゾール脳症の2例

著者: 横山由佳 ,   浅岡克行 ,   杉山拓 ,   内田和希 ,   新保大輔 ,   小林聡 ,   板本孝治

ページ範囲:P.927 - P.932

Ⅰ.はじめに
 メトロニダゾール(5-nitroimidazole, metronidazole)は,嫌気性菌,トリコモナス,アメーバ,原虫,ヘリコバクター・ピロリ菌に対し,広く使用されている殺菌性の抗菌薬で,髄液移行性に優れるため,嫌気性菌や微好気性菌が多い脳膿瘍治療の標準的治療薬として用いられている2,3,8,16).本邦においても2012年6月に公知申請が許可され,適応症に嫌気性菌関連感染症として脳膿瘍が追加記載された16).半減期は6〜8時間で60%が肝代謝される12,15).重要な副作用として,骨髄抑制,肝障害,腎障害,神経障害がある.神経毒性については,末梢神経障害は添付文書上,0.1%未満で発症することが記載されている.また,頻度は不明だが,稀に中枢神経障害を発症することがあり,メトロニダゾール脳症(metronidazole induced encephalopathy:MIE)と呼ばれる16).MIEは,多彩な症状を来し得るが,典型的には構音障害,小脳失調を呈し,これらの症状は休薬により可逆性である.今回,脳膿瘍治療中にMIEを発症した2症例を提示し,文献的考察を加えて報告する.

再発大型下垂体腺腫に対する経蝶形骨洞的および経頭蓋到達法による一期的複合手術:2症例報告

著者: 池田直廉 ,   戸田弘紀 ,   箸方宏州 ,   西田南海子 ,   岩崎孝一

ページ範囲:P.933 - P.939

Ⅰ.はじめに
 大型/巨大下垂体腺腫に対しては,経蝶形骨洞的到達法あるいは経頭蓋到達法による単独手術では十分な摘出が困難で,残存腫瘍からの出血などに起因する重篤な術後合併症を来す危険性がある7,8).また下垂体腺腫の再発例の手術においては,いずれの手術法を用いても周囲正常組織と腫瘍の癒着,腫瘍内隔壁形成,指標となる正常構造の偏位・欠損などのため,初回手術に比して摘出が格段に困難であることは論をまたない2).今回われわれは,再発大型非機能性下垂体腺腫の2例に対して,内視鏡下経蝶形骨洞的到達法と経頭蓋到達法同時手術(combined supra- and infra-sellar approach:CSISA)による一期的摘出術を行い良好な結果を得たので,文献的考察を加え報告する.

報告記

The 27th Annual Meeting of KSPN & 2015 JSPN-KSPN Joint Meeting (2015年5月15日)

著者: 亀田雅博

ページ範囲:P.940 - P.941

 Meeting前夜はロッテワールドホテルにてwelcome receptionがあり,女性2名によるバイオリン演奏から始まりました.このバイオリン奏者のお一人は,会長のYoung-Shin Ra教授(Ulsan大学)が治療され,脳腫瘍を克服された方でした.続いて,過去のJSPN-KSPN Joint Meetingの招待講演の内容とその際の集合写真が提示され,Ra教授の解説でこれまでの歴史を皆で振り返りました.今回は師田信人先生(東京都立小児総合医療センター)のアナウンスのおかげで,これまでよりも多くの日本からの演題が登録されたとの説明がありました.
 MeetingはAsan Medical Centerのauditoriumで行われました.今回の主題はcraniosynostosisで,ドイツのマインツからWolfgang Wagner教授,日本から坂本博昭先生(大阪市立総合医療センター),韓国からはSoo-Han Yoon先生(Ajou大学)がcraniosynostosisに関して講演されました.やはり地域性でしょうか,Wagner教授からは従来型の開頭術についてのお話,坂本先生からは症候群性craniosynostosisに対する延長器を用いたfront-orbital advancementのお話を伺いました.また,師田先生からcranio-cervical junctionの疾患に対する外科治療,山崎麻美先生(高槻病院)から髄膜瘤の患児に対して脳室腹腔シャントを行うべきタイミングに関して招待講演がありました.また,舟状頭蓋に対する治療について,韓国から形成外科の先生が演題を出されており,横方向の拡大のみでなく,前後径の縮小も併せて行っていると伺いました.この件に関しては,質疑応答で,われわれ日本の脳神経外科医は前後径の縮小については頭蓋容積・頭蓋内圧の観点から躊躇してしまうが,その点に関してはどう考えるかと質問がありました.すると韓国側の脳神経外科の先生がお返事をくださいましたが,彼らはそれほど前後径を縮めることに対して不安は抱いていないとのことでした.

European Stroke Conference 2015(2015年5月13〜15日)

著者: 高橋里史

ページ範囲:P.942 - P.943

 2015年5月13〜15日の3日間,オーストリア,ウィーンにて開催された第24回European Stroke Conference(ESC:ヨーロッパ脳卒中会議)に参加しました.ESCは1990年にスイスのJ. Bogousslavsky教授(元ローザンヌ大学教授.ローザンヌ脳卒中レジストリを構築)とドイツのM. G. Hennerici教授(ハイデルベルグ大学マンハイム校主任教授.Cerebrovascular Diseasesのeditor in chief)が世界中の脳卒中に関連する臨床家と研究者の定期的な交流をサポートする目的で設立された学術集会です.世界中から毎年3,500人を超える参加者が一堂に会します.今回の学会では,本邦からも多くの脳卒中に関わる脳神経外科および神経内科の先生方が参加・発表されていました.
 Hennerici教授が開会の辞で強調されていましたが,本学会は財政的な独立性を目指し,企業などからの財政的なサポートを極力避けているとのことで,純粋に学術的に興味深いプログラムが組まれていると感じました.特に今年は脳神経外科のセッションや,動脈瘤のセッションが組まれており,本邦からも森田明夫教授(日本医科大学)がUCAS JAPANについて発表されており,会場は盛況でした.その他,“Inflammation & stroke”,“Penumbra reperfusion”などのリーサチトピックもそれぞれの最先端の研究をまとめて拝聴することができ,今後の基礎研究のヒントを多数得ることができました.また,例えば頭蓋内動脈狭窄に対するステント治療の有効性を論じたSAMMPRISのfirst authorであるM.I. Chimowitz教授が,論文以降のデータを交えながらSAMMPRISの解説をしてくださるなど,論文でお名前を見る先生方のお話を実際に聞くことができたことも勉強になりました.

脳神経外科をとりまく医療・社会環境

説明責任を果たす医療ビッグデータ—National Clinical Database(NCD)とは何か

著者: 平原憲道 ,   宮田裕章 ,   岩中督 ,   斉藤延人 ,   丸山啓介 ,   宮脇哲

ページ範囲:P.945 - P.953

Ⅰ.はじめに
—患者・市民への説明責任の時代—
1.医療を取り巻く環境変化と説明責任
 ここ数年,あらゆる面で社会環境は大きく変化しており,それは医療界とて例外ではない.脳神経外科領域においても変化の波は著しく,従来の手法が置き換えられる場面にも多く遭遇するようになった.例えば脳イメージング技術の進展により,今やこの技術は術前診断に用いる段階から,リアルタイムで手術自体をアシストする時代に入っている4).また,他の固形腫瘍の治療と同様に,小児も含む脳腫瘍への集学的治療が今では当たり前となっており16),この治療スタイルはより一層のチーム医療を促すことになるだろう.少数の外科医が単独で治療を行うスタイルは徐々に減少する中で,外科・内科が協働し医師・看護師・他の職種をまたぐ形で医療チームが自らをコーディネートしつつ,患者の治療に当たるスタイルが,今後はますます主流になると思われる.
 一方,患者を取り巻く視点として最も顕著な変化は,やはり患者-医師関係のシフトである.パターナリズムに代表される一方向の力関係は医療現場では通用しにくくなっており,常に患者または患者家族から医療者が説明責任を求められる時代に入った.それは,定型的な情報提供からなかなか脱却できないinformed consent(IC)から,医療者と患者とが情報だけでなく治療への意思決定全体を共有しようとするshared decision-making(SDM)への変化とも言える11).事実,患者の視点も導入して医療情報をきちんと説明することへの市民社会からの眼差しは年々厳しくなってきている.それは,これまでも外科医療の世界では治療選択に際して珍しいことではなかったが2),広く一般診療の世界でも同様になりつつある13)という認識が必要となっている.
 この患者-医師関係の中でも昨今メディアを中心に頻出するのが「説明責任」という語である.外科医が「Availability, Affability, Ability」という「3つのA」を満たすべきと論じられた時代は過去のものとなり,「4番目のA」として「Accountability」を入れるべきである9)という指摘は10年以上前になされている.治療を受ける患者またはその家族に対する術前・術後の説明を医療者が丁寧に行うことは引き続き推奨されるだろう.加えて今後は,市民や社会全体への説明も含めて,エビデンスに基づく説明責任を医師や領域学会が果たしていくことが,ますます重要となっていく.
 だが,説明責任を果たすために重要なエビデンスを,今の臨床現場が十分にもち合わせているかと問われればどうだろう.科学的エビデンスは,確かに海外著名論文誌から引用できる.しかし,それを説明されて患者が納得・安心しなければ,真の意味での説明責任を果たしたとは言いにくい.例えば,患者に「未破裂脳動脈瘤」のため手術を行うと告げることは難しくない.だが外科医から説明を受けた患者は,インターネットで治療法を調べ上げて診察室に戻ってくる.恐らく彼らの情報収集法は稚拙であり,中には誤った情報もあるだろう.リスクに話が及び海外での研究データを出すと日本のデータで説明してほしいと返される.この施設での治療成績はどうなのか,できれば大規模データをリスク補正された形で見たいと詰め寄られることもある.数年前の施設データを見せると,予後データの最近のトレンドを問われる.プロフェッショナルとして外科医が真剣なことは言うまでもないが,生死をかけた患者もまた真剣そのものであり,その情報収集に妥協はしない8)
 この説明責任をどのように「臨床ビッグデータ」が果たしていくのかを,National Clinical Database(NCD)を通して考えていくのが本稿の目的である.

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欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.865 - P.865

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.961 - P.961

編集後記 フリーアクセス

著者: 伊達勲

ページ範囲:P.962 - P.962

 本号の巻頭には阿部 弘先生の「外科医は何歳まで手術できるか」という大変示唆に富んだ「扉」をいただいた.阿部先生に学会などでお会いした時に,今も手術を定期的にしている,とおっしゃっていたが,「扉」では高齢の脳神経外科医が手術を続けるために心がけるべき点を見事にまとめてくださっている.もちろん本人の健康が第一だが,医学の進歩に遅れないように勉強を続けること,患者への対応を自分自身が責任を持って行うことなど,重要な内容が記されており,これを実行されている阿部先生に敬意を表したい.高齢の脳神経外科医が手術できる場を提供する問題のみならず,メスを置いた後の脳神経外科関連診療の場の問題も学会レベルで検討していく必要があろう.脳神経外科医療について,患者の年齢に関する医学的側面はしばしば学会でも論文でも取り上げられているが,これからの時代背景を考えると医師の年齢についても広く議論が求められる.
 本号には重要な総説が2編掲載されている.鈴木秀謙先生からは,「くも膜下出血後の遅発性脳障害」をいただいた.鈴木先生は,この問題をライフワークの1つとされてきたので,大変わかりやすく現状をまとめてくださった.遅発性の脳血管攣縮の問題だけでは遅発性脳障害を解決できず,早期脳損傷の研究がさらに必要であることを強調されている.来年の日本脳神経外傷学会学術集会会長の亀山元信先生からは,総説「頭部外傷データバンク」をいただいた.脳神経外科のサブスペシャリティーの中では,日本脳神経外傷学会は早くからデータバンクを整えてきたが,その背景や外国の状況,そして関連するビッグデータバンクについて解説がなされている.その他にも本号には,興味ある研究論文,テクニカルノート,症例報告などが掲載されているので,精読をお願いしたい.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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