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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科44巻10号

2016年10月発行

雑誌目次

てんかん外科40年の歩み

著者: 馬場啓至

ページ範囲:P.813 - P.814

 脳神経外科学会の集計によれば,てんかん外科手術症例数が昨年1,000例を超えたとのこと,手術の詳細は不明ですが,今までの道のりを思うと感慨深いものがあります.てんかん外科は1886年のVictor Horsleyによる手術に始まりますが,日本では伊藤隼三が1902年の第1回日本総合医学会においててんかん外科に関する特別講演を行っており,1世紀以上の歴史のある分野です.脳神経外科の発展に深く関与し,脳機能の解明に大きく寄与してきたと思います.現在行われている術式は,1960年までに確立された術式を発展させたものであると言っても過言ではありません.日本では1970年代に吹き荒れた学園紛争の際,ロボトミー手術に代表される精神外科の1つとみなされ,不毛の時代を経験しています.私は1975年に長崎大学脳神経外科(森 和夫教授)に入局しましたが,当時てんかん外科手術はほとんど行われていませんでした.入局後,kindling(燃え上がり)てんかんモデルの研究を命ぜられましたが,脳神経外科学会では発表する場もなく,脳腫瘍,脳血管障害の研究をしている脳神経外科医を羨ましく眺めていたものです.しかしながら,てんかん外科を研究し,継続しようという種火を守る流れは継続されており,てんかんという言葉を表に出さずにペンフィールドの名前を隠れ蓑にした「ペンフィールド記念懇話会」が1978年に森教授を会長として開始されました.当時の発表をみると外科手術に関する報告は少なく,外傷性てんかんの疫学に関する多施設共同研究が継続して行われていました.現在でもてんかん外科はマイナーな分野ですが,当時はそれ以下で,その頃,森教授は「人の行く,裏に道あり,花の道」と詠んでおられました.また,当時の状況を“現在の日本のてんかん外科は,いわば「一粒の麦,地の塩」のようなものだ”とJuhn Wada教授が述べられています.(真柳佳昭,日本てんかん外科学会設立30年記念講演).ちなみに日本てんかん学会でてんかん外科が初めてシンポジウムで取り上げられたのは1991年の第25回総会からで,私も発表の機会を与えられましたが,清野昌一会長より「てんかん外科に反対するグループが参入するかもしれないので,警備は強化してあるが臨機応変に対応していただきたい」と言われたことが印象に残っています.「ペンフィールド記念懇話会」はその後1997年になり「日本てんかん外科研究会」,さらには私が会長を担当させていただいた2000年の第23回より「日本てんかん外科学会」と改称し,発表演題も増加し,てんかん外科のみをテーマとする世界でも類をみない学会に発展してきています.
 さて,てんかん外科の現状についてみてみますと,日本てんかん学会専門医試験にはここ数年10名程度の脳神経外科医が受験していますが,てんかん外科を目指す若手脳神経外科医が需要に見合うだけ増加しているわけではないように感じます.これはトレーニングを行う施設が必ずしも十分あるとはいえない現状に問題があると思います.てんかん外科は脳神経外科のみで行うのは不可能で,種々の科が連携した包括的なチーム医療の場が必要です.2014年よりてんかんの包括治療を行っている施設が集まり,「全国てんかんセンター協議会」という新たな学会が始まりましたが,てんかん外科を行っている施設は参加30数施設のうち15施設のみです.ここでは2015年に500例弱の手術が行われていますが,年間20例以上の開頭手術を行っているのは9施設で,若手医師が勉強できる環境は十分整っているとはいえません.厚生労働省は「てんかん地域診療連携体制整備事業」を2015年より試験的に開始し,全国で8つの地域ですでに開始されていますが,これは地域における施設の連携を強化し,てんかん治療の充実を図ることを目的にしています.すなわち,地域のてんかんセンターが三次施設となり一次,二次施設と連携を行い,患者さんの状況に応じてより適切な治療を行おうという全国てんかんセンター協議会の構想をバックアップするために開始された事業です.「患者さん目線」という意味では現在の診療体制より望ましい体制だと思います.一方,日本脳神経外科学会専門医受験資格として,てんかん外科を含めた機能的脳神経外科を経験することが要求されていますが,大学を中心としたすべての基幹施設にててんかん外科手術が可能なわけではなく,地域のてんかんセンターと十分連携して若手をトレーニングする必要があると思います.現在,日本の専門医制度は混沌としていますが,最も患者さんに寄与するという視点から大きく体制を見直すべき時期と思います.

総説

児童虐待による頭部外傷の診断と対応

著者: 埜中正博

ページ範囲:P.815 - P.822

Ⅰ.はじめに
 近年,児童虐待として児童相談所に通告される事例は増加の一途をたどっており,社会的に深刻さを増している.虐待の定義は,厚生労働省によると身体的虐待,性的虐待,ネグレクト,心理的虐待に分類されるが27),身体的虐待の中でも虐待による頭部外傷は重度の後遺障害を残したり,死に至る原因となる.虐待は繰り返される例も多く,事態が深刻になる前に適切に対応することで被虐待児を救える可能性があるため,虐待を発見することは大きな意味をもつ.
 虐待の通告件数は1990年にはわずか110件であったが,2000年に施行された「児童虐待の防止等に関する法律」で虐待の通告が義務化されると17,725件に急増し,2014年度には88,931件にまで増加した27).これは単に虐待数が増加しただけではなく,虐待に対する社会の関心が高まっていることも反映している.また,厚生労働省の子ども虐待による死亡事例等の検証報告書によると,2013年度の心中死以外の虐待による死亡例は36例で,うち頭部外傷が原因であった例は11例であり最も多かった28).われわれ脳神経外科医も,虐待が疑われる例を適切に,かつ速やかに通告することを義務づけられていることを改めて自覚する必要がある.ところが,いざ虐待が疑われる症例を診察した時,果たしてこれは虐待により受傷した外傷であるのか,あるいは両親が述べるような受傷機転で起きた外傷なのかわからない例も多い.本稿では,特に診断に苦慮することが多い硬膜下血腫の事例について,虐待との関連について考察されてきた歴史と,現在の考え方,実際どのような例が虐待によって生じた可能性があるのか,また疑われる例に遭遇した時,どのような対応を取るべきなのかについて述べる.

研究

成人もやもや病に対する血行再建術後5年以上の長期予後に関する検討

著者: 尾崎沙耶 ,   井上明宏 ,   宮﨑始 ,   尾上信二 ,   市川晴久 ,   福本真也 ,   岩田真治 ,   大上史朗 ,   河野兼久

ページ範囲:P.823 - P.834

Ⅰ.はじめに
 従来,虚血型のもやもや病に対する血行再建術の意義は確立されていたが,出血型における再出血予防効果に関しては意見が分かれており,長年議論の的になっていた.近年,Japan Adult Moyamoya(JAM)Trial12)の結果から出血型の成人もやもや病に対しても直接血行再建術の有用性が立証され,成人もやもや病に対する直接血行再建術の意義は高まっている.しかしながら,出血型・虚血型のいずれでも,血行再建術後長期間を経過してから出血を来す症例が問題となっている10,11,13,15).JAM Trialは研究登録後5年の検討であり,その他の文献でも血行再建術後の長期経過についての報告は少ないのが現状である.今回われわれは,血行再建術後5年以上経過した成人もやもや病患者の長期予後について検討を行い,術後経過観察中の遅発性出血に関与する因子について報告する.

舌骨に関連した頚部内頚動脈狭窄症について—舌骨は急性脳血管症候群の危険因子となり得るか?

著者: 川原一郎 ,   大園恵介 ,   藤本隆史 ,   広瀬誠

ページ範囲:P.835 - P.841

Ⅰ.はじめに
 過長した茎状突起が内頚動脈やその周囲の交感神経叢を刺激することによって顔面や頚部の痛みを生じる過長茎状突起症(Eagle症候群)はよく知られた病態であり2),急性脳血管症候群(acute cerebrovascular syndrome:ACVS)を引き起こすことでも知られている10).一方,stylohyoid complexの一部である舌骨の機械的刺激によるACVS発症の認知度は極めて低く,報告例もほとんどない1,3-5,7-9,11-13,15,17)
 そこで今回われわれは,比較的馴染みの薄い舌骨においても茎状突起同様にACVS発症の危険性があるのか解明することを目的とし,本研究を行った.

症例

出血発症急性期に進行性脳梗塞を呈し緊急バイパス術を施行したもやもや病の1例

著者: 畠山潤也 ,   柳澤俊晴 ,   工藤絵里奈 ,   富樫俊太郎 ,   清水宏明

ページ範囲:P.843 - P.849

Ⅰ.はじめに
 出血発症のもやもや病においては,さまざまな程度で脳虚血がみられることが多く,脳循環予備能が低下している症例も少なくないと報告されている4).しかし,出血発症急性期に続発する脳梗塞は稀で,病態や治療法は確立していない4,13)
 今回われわれは,出血発症急性期に進行性脳梗塞を呈した成人もやもや病に対して,急性期に緊急バイパス術を施行し,良好な結果を得た1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

自然縮小した鞍上部germinomaの1例

著者: 山本修輔 ,   浜田秀雄 ,   永井正一 ,   黒田敏

ページ範囲:P.851 - P.855

Ⅰ.はじめに
 小児の鞍上部や松果体部に発生した腫瘍性病変では,内視鏡下に生検術を施行した上で病理学的に診断を確定して治療方針を決定することが多い.しかし,生検術にて十分な腫瘍組織を採取できなければ,診断確定が困難となる場合がある6).今回われわれは,内視鏡的生検術の前後に著明な縮小を認めた鞍上部germinomaの1例を経験したので報告する.

血管内治療が有効であった小児医原性椎骨動静脈瘻の1例

著者: 横山林太郎 ,   飯星智史 ,   宮田圭 ,   外山賢太郎 ,   小松克也 ,   鰐渕昌彦 ,   三國信啓

ページ範囲:P.857 - P.861

Ⅰ.はじめに
 医原性椎骨動脈損傷は,頚静脈への中心静脈カテーテル挿入時の誤穿刺時に発生し,0.5〜11.4%の合併症率と報告されている9).椎骨動脈損傷により椎骨動静脈瘻や仮性動脈瘤,血管解離・閉塞による脳梗塞などの多彩な症状を呈するが,正確な頻度は不明である5,9,10).また,頭蓋外椎骨動静脈瘻は椎骨動脈とその周囲の静脈や静脈叢との間に生じる動静脈瘻で,原因として特発性,外傷性,動脈硬化,血管炎,放射線障害などがあり6,13),約60%が外傷を含む医原性と言われる9,11).椎骨動静脈瘻の治療には外科治療と血管内治療があり,近年は血管内治療の報告が多く認められるが,治療適応や選択について一定の見解はない.今回われわれは,血管内治療で良好な経過を示し,塞栓術時のコイルにはhydrogel coilが有効であった小児医原性椎骨動静脈瘻の1例を経験したので報告する.

動眼神経麻痺と三叉神経痛を来したメッケル腔類皮囊胞の1例

著者: 田邉望 ,   富田隆浩 ,   永井正一 ,   桑山直也 ,   野口京 ,   黒田敏

ページ範囲:P.863 - P.867

Ⅰ.はじめに
 頭蓋内類皮囊胞は胎生期遺残組織から発生する囊胞性腫瘍で,全脳腫瘍の0.2%と稀な腫瘍である2).また,その発生部位は下垂体周辺部,脳幹周囲,小脳正中部などの頭蓋内正中線上に好発するとされており,メッケル腔に発生するものは極めて稀である7).今回われわれは,メッケル腔に発生して動眼神経麻痺と三叉神経痛を来した類皮囊胞の1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

急性期抗凝固療法後に頚動脈内膜剝離術を行った内頚動脈内血栓の1例

著者: 南出尚人 ,   林裕 ,   上野恵

ページ範囲:P.869 - P.874

Ⅰ.はじめに
 頚部内頚動脈や総頚動脈内に血栓が形成され塞栓源となることは稀であるが,以前より報告されている1-5,11,12).特に血栓が可動性である場合はfree-floating thrombusとも呼ばれ,脳塞栓の発症に注意が必要となる2,4,5).血栓の発生機序については,動脈硬化性狭窄病変を伴う場合は内膜損傷部より発生し増大するものと推測されている.これに対して,狭窄病変を伴わない場合は凝固機能亢進状態を伴うことが多いと報告されている2,12)
 治療法については,抗凝固薬による薬物治療1)と頚動脈内膜剝離術3-5,8)や頚動脈ステント留置術11)などの手術治療が報告されているが,どの治療法をどのようなタイミングで選択するかに関しては,一定の見解は得られていない2,5,8,12)
 今回われわれは,内頚動脈内血栓の症例に対して,一連の治療法として急性期抗凝固薬投与に続いて頚動脈内膜剝離術を行い,良好な転帰を得た.本症例について文献的考察を加えて報告する.

連載 教訓的症例に学ぶシリーズ

第1頚椎外側塊骨折に起因する椎骨動脈急性閉塞に対して血栓除去術を行った1例

著者: 横沢路子 ,   吉田昌弘 ,   三野正樹 ,   山下尚子 ,   冨永悌二

ページ範囲:P.875 - P.880

Ⅰ.経験症例
 〈患 者〉 62歳 男性
 主訴 転落による多発外傷

脳腫瘍Update

(11)Metastatic brain tumors(転移性脳腫瘍)

著者: 中洲庸子 ,   三矢幸一 ,   林央周

ページ範囲:P.881 - P.895

Ⅰ.はじめに
 転移性脳腫瘍(metastatic brain tumors, brain metastasis[以下,BM])の予防と治療は,今日のがん患者における重要な臨床課題である.BMは成人のがん患者の10〜20%に発生するとされ,原発性脳腫瘍の10倍の頻度とされている31).最も頻度が高い原発がんは,肺がん,乳がん,さらに欧米では悪性黒色腫が挙げられるが,あらゆる悪性腫瘍が脳に転移する17).BM患者が臨床現場で増加し,臨床課題として注目されている理由は,①空間分解能が高い画像検査,特に脳magnetic resonance(MR)が一般化したこと,②続々と臨床応用される新規薬剤によってがん患者の生存期間が延長したこと,③BMの治療方法が増え,治療後の長期生存者が認知されるようになったことなどによる.
 BMの診療は,ダイナミックに進歩しつつある臨床腫瘍学と集学的治療をリアルタイムで学ぶ機会を与えてくれる.象徴的な事例として,がんに対して新しい分子標的薬が全身的には治療効果を示している場合でも,最初の再発が脳に出現すること(isolated central nervous system[CNS]failure)が増えている59,72).また,がんの治療後,長い寛解期間を経て発症したBM患者に遭遇することがある.この遅発性再発の機序として,がん細胞が転移先の組織に潜伏し増殖休止の状態を保つ状態,すなわちがん休眠(cancer dormancy)が注目され,がん転移の生物学的機序や臨床的リスクに関して研究が進んでいる80)
 日本脳腫瘍学会ガイドライン委員会が2013年7月までの文献をもとに編纂した「成人転移性脳腫瘍ガイドライン」が完成している(『脳腫瘍診療ガイドライン1 2016年版』[金原出版]収載).本稿では,これ以降の資料を中心に,脳神経外科医の視点からBM診療における変革の方向を探る.

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欧文目次

ページ範囲:P.811 - P.811

お知らせ

ページ範囲:P.867 - P.867

略語および度量衡単位について

ページ範囲:P.901 - P.901

次号予告

ページ範囲:P.903 - P.903

編集後記

著者: 寳金清博

ページ範囲:P.904 - P.904

 日常診療に追われていると,社会と科学のデリケートな関係を,あまり深刻に考えることはない.一方で,最近,生命倫理や利益相反,レギュラトリーサイエンスなどが注目され,身近に考える機会が増えている.本号の扉では,馬場啓至先生が「てんかん外科40年の歩み」を書かれており,改めて,私たちの専門とする「脳神経外科」が,社会との関係において難しい問題を抱えて来た歴史の一面を知ることができる.
 少し視点は異なるが,防衛省から競争的な科学研究費が提供されることが明らかとなり,私が所属する日本学術会議でも議論となっている.「てんかんの外科」は,アカデミアが,人格という不可侵の領域に接近したポイントで,社会と衝突した.一方,防衛省予算による科学研究の問題は,社会(政治)が特別な入口から,科学に接点を持とうとしているという意味で,別の議論を引き起こしている.今更ながら,「学問の自由」は,放置すると社会の公益を破壊する力がある一方で,社会の公益性が前面に立つと,それを利用する形で,アカデミアが不健全になることも私たちは歴史から学んできた.さらに「学問」「科学」と「政治」「社会」がつながることで,大きな進歩と同時に筆舌に尽くしがたい悲劇がもたらされることを歴史は実証してきた.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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